人狼物語 三日月国


224 【R18G】海辺のフチラータ2【身内】

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ダニエラ! 今日がお前の命日だ!

リヴィオ! いざや恩讐の碧落に絶えよ!

【人】 暗雲の陰に ニーノ


──天気予報は当たった。

晴天の元、数日ぶりに見た陽光は眩しい。
一応迎えが来るらしい、とは看守からの言伝。
家に戻った後のことを考えると些か気が重いような、そうでもないような。
とりあえずは待つしかないかと行き交う人々を眺めていた、時間。

見慣れた長身は視界の端に掠めればすぐに分かるもので、「ぁ」と声を発した。
自然足がそちらへと寄っていく、聞きたいことがあるんだ。
貴方の罪状は知っていて、それが到底許されないものだと理解していて、尚。
怒り、よりも悲しかった。されど罪を裁くのは己ではないから。

──夕暮れの公園、二人並んで食べたパン。
──声を上げて笑った表情、全てが落ち着いたらの先の話。

だから、手の届かぬ遠くに行ってしまう前に。
ヴィトーさん、いつもみたいに名を呼んで、その先を、


──パン。


距離は開いていた。まだ数メートル先。
それでも見えた。胸から。落ちる。血が。
……なんで?


背後に居るのは誰。目深に被ったキャップ。
でも見間違えるはずがない。横顔は。
……なんで?


#BlackAndWhiteMovie
(29) 2023/09/26(Tue) 23:26:22

【人】 暗雲の陰に ニーノ



「………………なん、で」


止まる足。
立ち尽くす間に二つの人影は遠ざかっていく。

パレードが横切っていく。
全ては足音の元に掻き消されてなかったことみたいに。

心臓がうるさい。
熱は下がったはずなのに頭がぐらついた。


なんで。



──それしか言わないな、って、誰かが言った声が蘇る。
でも、なあ、だって。

それしか言えないだろ、こんなの。


#BlackAndWhiteMovie
(30) 2023/09/26(Tue) 23:27:20

【人】 暗雲の陰に ニーノ

>>37 ルチアーノ

呼ばれる声で白昼夢から醒めるように。
ハッと貴方へ向けられた顔は憔悴しきったように酷く青褪めていた。

「ルチアーノ、さん」


それでも目の前の人が誰かは分かる、理解できる。
鉄格子越しではない再会に伝えたいことは他にもあったはずだ。
けれどどうしたって今、震えた唇が紡ぐのは。

「…………ねえさんが、ヴィトーさんを、撃った」


先の現実をなぞらえる言葉だった。
そうしてはっきりと形にしてようやく喉奥まで飲み込めた気がして、くしゃりと顔が歪む。
泣きたくはなかったのに涙が溢れてしまいそうで。

「……撃った、んだ」


なんではもう声にしなかった。
理由なんてわかっているから。
でも、わかっても、……わかっただけ、だった。

「…………ふたりとも、だいすきなのに…………」


#BlackAndWhiteMovie
(49) 2023/09/27(Wed) 23:14:33

【人】 暗雲の陰に ニーノ

>>52 ルチアーノ

なぜ貴方が謝るのか分からなかった。
以前のようにその理由を問い質す余裕はなかったけれど。
それでも語り掛けてくれる言葉を拾い上げていれば頭の芯が徐々に冷えていく。

誰に、何を。
言葉にせず胸で繰り返した直後、最後の一言にははっと目を瞠り。

「…………ううん」


幾らか落ち着きを取り戻した表情で、首を横に振った。
目を塞がないと決めた、己を責めて泣くこともまた。
此処はもう何もできない牢の内ではないだろう。

……誰に、何を。

もう一度、繰り返したところで解は不明瞭だ。
だが、そうなってしまう理由だけは明らかだったから。

[1/2]

#BlackAndWhiteMovie
(53) 2023/09/28(Thu) 18:09:30

【人】 暗雲の陰に ニーノ

>>52 ルチアーノ

「ごめんなさい、情けないところ見せて……」

「……あはは、ルチアーノさんさ。
 面倒見いいね、ほんとに。
 あの、手助け……というか、また、甘えていい?」
 
「いま、ひとつだけ」

少し遠くで見慣れたひとが自分を探す姿が見えた。
家からの迎えで、ならどうしても帰らなくてはいけなかった。
その先でないと、どれほど貴方の手を借りたところで解は得られないと分かっている。

だから今は、ただ貴方を見上げて乞う。
強く在りたいと願う。
されど気を抜けば目を塞いでしまいそうになる。
その弱さを見抜いてくれた、貴方にだからこそ。

「───"大丈夫だ"、って言って」

「……今のオレ、全然そんな風に見えなくても。
 それだけ、……言ってほしいんだ」

「おまじない、欲しくて」
「……だめかなあ」


[2/2]

#BlackAndWhiteMovie
(54) 2023/09/28(Thu) 18:11:27

【人】 暗雲の陰に ニーノ

>>61 ルチアーノ

その距離は普段なら恐れを抱くものであったのに。
声を望んだ今はどんなものより安堵を渡してくれた。
たったそれだけでよかった、一人で呟くよりもずっと。

見つめる真っ直ぐな眼差しが差し出してくれるのは、勇気と信頼。
それがいつかの夜と重なって喉奥が詰まる心地がして。

「……うん」

貴方の手に指先を重ねて、返す。


「オレは、"大丈夫"」


そうしてようやく、揺らめいていた水面が静寂を得た。

おまじないが無くても立てる強さが在れば本当はよかった。
だけど今はそれは叶わないから、あなたの手を借りさせて。
それでもいつかの先には自分がだれかに、それを与えられる人になれるように。


[1/2]

#BlackAndWhiteMovie
(64) 2023/09/29(Fri) 9:28:31

【人】 暗雲の陰に ニーノ

>>61 >>64 ルチアーノ

続いた沈黙は二呼吸分。
直に貴方の指先を離した男は、一歩後退ってやっと笑えた。

「……へへ。
 ありがとう、ルチアーノさん」
「すっごく助かった、どうにかなっちゃいそうだったから。
 オレさ、ちゃんと答えを見つけて……言いたいことを伝えられるようになるから」

姿に気づいてこちらに駆け寄ってくるのは年嵩の女性だ。
"坊ちゃん"と呼ぶ声にひらりと左手を振って、最後に貴方へと向き直る。

「──おまじない、大事にする!」
「今度はもっと落ち着いたところで話そうね。
 ……ヴィトーさんのこと、よろしくおねがいします」

もう一度だけ『ありがとう』を繰り返せば、じゃあとそのまま女性の元へと歩いて行く。
親し気に彼女へと声を掛けた男の姿は道脇に止められていた車の助手席の中へと消えて、車体もまた遠ざかっていくことだろう。

すれば今度こそ残るのは人々の賑やかな声と、時折宙を舞う鮮やかなリボンと花だけ。
其処に在った凶行など誰も知らないまま、晴天の元を白い鳩が一羽横切って行った。

[2/2]

#BlackAndWhiteMovie
(65) 2023/09/29(Fri) 9:30:31

【人】 暗雲の陰に ニーノ


「──坊ちゃん。
 ……旦那さまが夜、お帰りの後に話があると」

窓の外で流れ行く景色を見ている。
先程の光景は未だ瞼の裏に張り付いて離れはしなかったけれど。
心は、彼のお陰で幾分か落ち着きを取り戻している。

「……うん」

大丈夫……大丈夫だ。

沈黙が長く続いた車内で瞼を伏せ続ける。
口をようやく開いたのは信号待ちの時間。

ひとつを尋ねた、『かあさまはもう長くないの』。

声はない、それでも髪を優しく撫でる指先を感じた。
薄々勘付いていた現実の答えだ。
ならばこれは相応な時で、これ以上にない機なのだろう。

不思議と悲しさはなかった。
それよりも安堵が勝る。
その事実こそが何よりも苦しかった。

#SottoIlSole
(66) 2023/09/29(Fri) 9:50:47

【人】 暗雲の陰に ニーノ


「夜までは身体を休めてくださいね。
 食事も食べられそうになったら、いつでも」

変わらず優しい家政婦に声を掛けて、自室へと足を踏み入れる。
まず目に入ったのは扉近くの数箱の段ボール。
何が入っているのか一瞬思い出せなくて……でも、すぐに思い出した。
置きっぱなしだったからもうダメになってしまっているかもしれない、たくさんの果物。

……ああ、そうだったな、そういえば。

怒りも憎しみもやはり湧かなかった。
あるとするなら上手く騙してくれたことへの感心と。
最後、取り繕えなかった綻びへの好意だろうか。
やさしいひとだって、今でも思っているんだ。

……ぽすり。

誘われるように重たい身体を寝台に載せれば、毎夜目を通した本が其処に在った。
手に取り頁を捲れば幼い子供の字が書き綴られている。
うとうとと落ちていく瞼が最後読めたのは幾度も辿った一文。


おとなになったら、けいさつかんになる!!!


#SottoIlSole
(67) 2023/09/29(Fri) 9:53:24

【人】 暗雲の陰に ニーノ


──名を呼ばれて目を覚ます。

気付けば外はどっぷりと暮れて暗闇に満ちていた。
起こしてくれた家政婦の顔は晴れたものではなくて。
彼が帰ってきたことを知り、立ち上がる。

部屋を出て向かうのは居間。
普段通りの整ったスーツ姿で、その人はソファに腰掛けていた。
右手に巻かれた包帯に視線が寄せられたのは一瞬だけ。
後は、テーブルに載せた一枚の紙を見つめていて。

「……逮捕は誤認に近かったそうだが。
 お前がマフィアと関わりを持っていたのは、事実だな」


固い声、感情の読めない色。
目を細め、「はい」とひとつだけを返す。
これほどの騒ぎとなり彼が知らない筈がなく、だから予感は当たったのだ。

「なら、言いたいことは分かるだろう」


この人にとってどうしたって許容できないもの。
そのラインをオレは知らず飛び越えていた。

ならばこれは、当然の帰結だ。

#SottoIlSole
(68) 2023/09/29(Fri) 9:55:07

【人】 暗雲の陰に ニーノ



「ニーノ・サヴィアを
墓の下へと戻す



放られたのは黒い塊。
彼が見つめる紙の題名は死亡診断書。
記された名は見慣れた並びで。
死因は──『出血性ショック』。


「……選びなさい」



#SottoIlSole
(69) 2023/09/29(Fri) 9:56:45

【人】 暗雲の陰に ニーノ


……拾い上げる。

訓練で幾度か触ったそれは、最後まで人に放つことは無かった。
先輩に幾度か教わった撃ち方を思い出しながら左手に持つ。
利き手じゃないからブレそうだな。
ねえさんはどんな気持ちで、これを握っていたのだろう。

見つめて、見つめて、見つめて──その銃口を。
目の前の彼へと、向けた。

「────」


感情の良く見えない横顔だった。
何を考えているのか知りたいのに、わからない。
それでも彼が眉を動かすこともなく、静かに瞼を伏せた現実を見て。

「…………あはは」


……笑えてしまった。
ああもう、ずっとそうなんだ。

いつも、いつも。


#SottoIlSole
(70) 2023/09/29(Fri) 9:58:47

【人】 暗雲の陰に ニーノ



「……恨んでほしいなら」


「もっと、うまくやれよなぁ」




手は落ちる。
懐へとその重みを仕舞う。

『ねえ、かあさまに会わせてよ』
『それでおしまいにするから』
オレは笑って伝えられただろうか。
返る声はなく、彼は小さく頷いただけだった。

#SottoIlSole
(71) 2023/09/29(Fri) 9:59:32

【人】 暗雲の陰に ニーノ

寝台の上で眠る、随分とやせ細ったその人の頬を撫でて囁いた、「かあさま」。
薄らと開いた瞳はオレとよく似た色をしていて、この姿を視界に入れた途端にほらまた、花が咲く。

「……ニーノ、ずっといなかったきがするの」

「そんなことない、かあさまが寝てただけ」

嘘を吐くことに胸は痛まず、騙すことに罪悪感も無い。

「ニーノ、手はどうしたの」

「転んで怪我をしただけ、大袈裟だよね」

願うのはどうか、彼女がまた迷い路に落ちてしまいませんように。

「そう……、…………ねえ、ニーノ」

「……うん」
「…………ニーノ」

「なぁに」

ただ名を呼ぶだけで体力を消耗し、また落ちかける瞼に微笑んでみせた。
この世はきっと、残酷でやさしい嘘に満ちている。
信じるには時に辛く、眼を塞ぎたくなる現実が其処にある。
だとしてこの身に手渡された祈りに偽りはなかったんだろう。

──オレが、この人の幸せを願うように。

閉じ切った瞳、冷えた額へと唇を寄せた。

#SottoIlSole
(72) 2023/09/29(Fri) 10:03:01

【人】 暗雲の陰に ニーノ



「……良い夢を」

愛してるTi amo.



──彼女の前で一番の本当を告げ、寝顔をしばらく眺めた後に部屋を出る。

自室へと戻って、着替えて、荷物を纏めて、居間を覗く。
彼の姿はもう其処には無くて、最後の挨拶なんて一言もないまま。
ならばと出て行こうとする背を呼び止めたのは家政婦で、差し出されたのは一枚のカード。
全部がへたくそな人だなと、やっぱり笑ってしまった。

軽くなった身体で夜の道を歩いた。
ひとり、星空を眺めていれば先のない孤独を見たような気がした。
だから『大丈夫』をまた形にする、それだけで不安が溶けていく。

向かう場所はどこにしようか。
……そうだな、今日はとりあえず。


#SottoIlSole
(73) 2023/09/29(Fri) 10:03:59

【人】 暗雲の陰に ニーノ



──みゃぁ、白い子猫が鳴いて擦り寄った。


「……んぁ〜なあに。
 新入りに挨拶しにきてくれた?
 そうだよお揃い、住所不定無職の名無し……ああいや、名前はあるな」

「今日はミルクはないぞ〜。
 朝になったら買いに行ってもいいけどさ」

深夜、誰も居ない公園の原っぱに寝転んでいたらすりとちいさなぬくもりに擦り寄られる。
頬を左手で撫でてやりながら、あたたかな存在に知らず目が細まった。

「これからどうしようかな。
 死人が歩いてちゃだめだよなあ、街は出ないと……」

それでもそうする前にやることはある。
解は見つかった、誰に、何を言いたいのかも。
けれどこの夜が明けるまではここで一人、空を見上げて居よう。
ようやくに訪れた彼の死を悼もう。

言葉を交わしたことのない、知らない誰か。
オレに今日までを与えてくれた、陽だまりの子ども。

#SottoIlSole
(74) 2023/09/29(Fri) 10:05:07

【人】 夜明の先へ ニーノ



「……おやすみ、ニーノ」


上手にらしくあれただろうか。
彼女が望むただ一つの太陽に。

陽は何れ落ちる。
夜は必ず訪れる。

されどまた、輝きは昇るだろうから。


その時は違い無く、己自身の光で誰かを照らせますように。


#SottoIlSole
(75) 2023/09/29(Fri) 10:06:07


「いいじゃないですか」「俺がいるんだから」

それだけでこの部屋には価値ができる。
あんたが訪れる。誰かが遊びにくる。それを自覚した者の言葉。

この家には沢山の捨てられなかったものがある。
良いも悪いもない過去の思い出、漠然と受け取った賞状に、
頭にあるのに読み返してばかりいた書物たち。

これからの自分に必要ないものは多く、
きっと新しく増えるものもまた、多いのだろう。

「本調子じゃありませんし、
 適切な仕事の割り振りが行われている為か、
 案外忙殺されているという訳ではないな」

「俺がこうなる前に働き詰めでいた甲斐もあっただろう」

表情や視線に対しても全く悪びれずに言う。
ただ代償を支払っているだけのこと、罪悪感に苛まれるつもりは毛頭ない。

「失礼なのはお互い様でしょうが、全く。
 暑くないとは言わないが、こっちの方がマシですね」

少なくとも、剥き身で見せるよりかは。

【人】 夜明の先へ ニーノ

……ぼんやりと夜空を眺めて過ごした夜。
空が白んできた頃にようやく身体を起こした。
本当に仲間だと思ったのか懐かれてしまった子猫を、……悩んでとりあえず抱えて。

さて、しばらくはどうしようか。
『ニーノ』が死ぬとなればスマートフォンは置いてきてしまった。
手持ちにあるのは幾らかの現金と、少しの着替えと、それから入っている金額を聞いたときに耳を疑って笑ったキャッシュカードだけ。

他にはなんにもない、けれど小さなころよりはずっとましだ。
金があれば大体はなんとかなる、誰かも言ってた。
あまり顔を見られないようにとパーカーのフードを深く被り、ついでに黒いマスクもしておく。
不審者っぽいかな?合ってるからいいか……。


会いたい人にはこの足で。
場所がわからないなら連絡先だけメモをした紙はあるから。

「……行くか」

返事をしてくれるみたいに、子猫が腕の中でまた鳴いたのでひとり笑った。
(76) 2023/09/29(Fri) 10:50:22

──早朝も早朝。

貴方のスマートフォンに着信が一件入る。
表示される名前は非通知、或いは『公衆電話Telefono pubblico』。

怪しいそれにあなたがもし出てくれるのなら。


『……あ、ろーにい?』

『…………ですか?あってる?』


聞き慣れた声が届くだろうか。

「……ん”ぁ」「ぁに……何?」

早朝のコール音。
寝起きは良からずとも無理やり起きる事には慣れている。
また何か誰かの手伝いの依頼だろうか……とベッドサイドに置いたスマートフォンを手に取り画面を見れば、なかなか見ない表示がそこにあった。
訝しむ一瞬で受話ボタンを押すのが遅れたが、無視するわけにもいかないと通話に応じ、

「あいもしもし……
あ?


「フレッド!? 何お前ムショ出てたの!?」

……無事に一気に目が覚めた。
寝転がったまま電話に出たのに、
飛び起きたみたいに上体を起こす。
思わず問う声は早朝に出すにはやや大きかった。

『声でけえ〜』

電話口では貴方の大声に何やら笑っているらしい声。

『刑務所出たよ、ついでに家無し子になった』
『いや、今はそれいいんだ、あの、その』
『やっぱり困っちゃって……ええと……』

よくはなかったが、家が無いのは最初に戻っただけなので。
あまり深刻に捉えていなかった、今の一番の問題は別。
無期限、回数無制限、いつでも言っていい。
に、甘える最初がこれなのもどうかと思うが。

『ぁの〜、…………あのさぁ……』
『……よくないとは思うんだけど……』


よくないなあと思っているから声はちいさくなる。
犯罪だよなあ、わかってるんだけど。

『………………こ、』
『…………戸籍って……お金で、買えるかな……?』


身分を証明するものがないと、何をするにしても困る。
まだはっきりと貴方の素性を聞いたわけではないけれど。
想像がついている弟は、よくない頼り方をしているところだ。

「どこからそんな自信が出てくるんだか」

なんて呆れたように言いながら。顔は穏やかな笑みを浮かべて。
あとで整理するものがあれば手伝いくらいはするわよ、と続けて。
あなたが部屋のものにあまり触れられたくなければ、1人の時に任せるだろうが。

「意外と余裕…があるわけじゃ、ないんでしょうね。動ける人はとんでもなく忙しくしてそうだもの」

テーブルにグラスも並べて。
なんでも良さそうだったから、白ワインを注ぐ。辛口で食事向き。

「私はこう見えて気遣い屋さんだけど」
「そう。まあ無理に見せてとは言わないわよ、その手に関してはね」

他はまあ、追々。
とりあえずは食事が先決だ。

「乾杯でもする?」

「いや……デカくもなるよ、驚いてんだもん」
「家無し子ォ〜〜? お前家まで追い出されてんのかよ。
 や、良くはねえだろ。なんですか」

まだ梳いていない寝起きのままの前髪をかき上げながら、
また仰向けにぼすんと寝転がる。

「……なんだよ。言えよ、何でも」

まごつく様子に、何を言い出すのか待っていれば。

「…………………」
「ああ〜〜……」

納得した。それは確かに貴方には言い辛い話だろうと。

「分籍とか就籍とか養子縁組とかそういう感じじゃない奴ね?
 あれクッソめんどくさい上に書類でつっかかりそうだもんなぁ……う〜〜〜〜〜ん……まあ逆にそっちの方が……」

しばしの間、そんな風に考える呟きが
通話口に垂れ流された後。

「……できるよ。よそのブローカー頼んのはやめな。
 足元見られて適当な仕事されんのやだろ。
 やんならオレがやるから……」

つまり質問の答えは『Yes』だった。
良くない兄も居たものだ。

手伝ってもらった方がいいか。
手袋に包まれたそこを見下ろしながら、助力を受け入れて。

「恨まれていそうですね。俺じゃなくてやらかした奴らが。
 きっとゆくゆくは俺の机にもデスクワークが山積みになるんでしょう、今から少々気が重くなってきますね」

にしてはあまり憂鬱そうにしていないのは、
仕事そのものを苦にしていないからか。
何かしらの世話か、警察の仕事くらいしかしてない男である。

それ故食事の用意も任せっきりにしていて、
どことなく落ち着かない様子に見えるだろう。

「無理に見せろと言ったところで、
 得られるものは何にもないでしょうから、賢明です」

「……できないことはないか、乾杯くらいは」

大人しく席については、自分の手をまた見遣る。
曲げられる指はどれとどれだったかな。

『ぶんせき、しゅうせき、ようしえんぐみ……』


呟きを復唱する声は正直あんまりよくわかっていないのが伝わるだろうか。
養子縁組ぐらいはぎりぎりわかる、他はわからない。
わからないから感心していた、あ、やっぱり詳しいんだな、と。
で、『Yes』の答えが返れば表情が明るくなる。貴方には見えないものだけれど。

『ほんと!?』

『よかったあ、スマホ無くてさ〜。
 新しく契約したかったんだけどそういえばなんもねえ〜と思って……』

『……あはは、ごめん。
 困ったの頼り方の一番最初、こんなで。
 お金はあるんだ、好きに使って』

もっと兄弟らしい可愛げのあるものだったらよかったのだが。
それでも手放しに頼りたいと思える家族がいることは幸福だと心から思う。
相変わらず包帯で固定された右手で、なんとなしに電話機を撫ぜた。

『今家?二度寝する?
 顔見たいな、ろーにいが良い時間に家行きたい』

…コーヒー豆の、香りがした。
ああそっか。
あの人は最初から、許してもらおうなんて思っていなかったんだ。
一番最初に腑に落ちたのはそのことだ。

――いってらっしゃい。幼子の声。
その後数日顔を合わせることもなく母は死んだ。
…同じかもしれない。ずっと同じように時が過ぎるなんてことないって知っていたつもりだったのに。
ばかだなあ。ほんとうにばか。