153 『Override Syndrome』
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───診察以前 介護施設
[ ぽたり、ぽたり、と小さな点滴筒の中を
規則正しいリズムで栄養剤が滴り落ちていく。
母に与えられた個室の内装はとても、簡素だ。
抜け殻のようになってしまった母は
何をすることもないし、望まなかった。
まともに食事をとりすらしないから、
点滴で無理矢理生かしていると言っても過言じゃない。
窓から注ぐ光が瞳に射そうとも
母の目はこちらを捉えることなく、
靄然と空を見つめている。 ]
母さん、
[ 偽りの幸せに浸り続けて
管に繋がれて生きることが、
本当に幸せだといえるのか
ずっと、ずっと考えていた。
LH法──幸福追求法。
エデンが悪いとは思わない。
それによって救われた人は、必ずいる
俺だって、使ったことはあるんだ
廃人になる人間とそうでない人間。
違いは、何か。 ]
[ 弱い人間ほど、依存する
フェイクをフェイクと割り切れない
リアルに目を向けることが出来ない
弱い自分を見たくないから
強い誰かに壊されたくないから
生まれつきの環境 与えられた足場
狭い足場を踏み外して落ちるのは何より容易く。
────…
崩れて、しまう。 ]
ごめん 応えてあげられなくて
[ 静かに、冷えた手を握っていた 某日のこと。 ]*
| [ 楽園に伴うリスクは、科学で解明されていた。 >>1 にも拘らず、 この国は平然と毒をばら撒き続けていたのか。 ……なんて意地の悪い思考も浮かんだけれど。 ] 成程。 "ちゃんと生きる"というのは、難しいものですね。 [ そんな、当たり前な事を改めて呟いた。 用法容量を守るという、 大前提を踏み越えたのは自分だ。 ] (6) 2022/06/17(Fri) 22:31:56 |
| 私、死んだあの子に誓ったんです。 あの子の分も、ちゃんと生きるって。 それなのにこんな有様で、 面目の欠片もありませんけど。 今はまだ引き返せる段階。 そう信じて、今度こそちゃんと生きます。 [ 亜結実に幸せになる権利がないとしても、 そうなることでしか真結実が幸せになれないのなら、 どちらを優先すべきかなんて、考えるまでもない事。 「ご面倒をおかけしますが、宜しくお願いします」 改めて、頭を下げた。 ] (7) 2022/06/17(Fri) 22:33:50 |
| [ 二人の幸福を心から願ってくれている。 そんな人はきっと、目の前の先生くらいなもので。
それこそが今の私が持つ、 得難い幸福なのではないだろうか。 ] (8) 2022/06/17(Fri) 22:34:22 |
| [ 診察が終わり家に帰れば、母にまず事情を説明した。 スマホは外出する時以外は、母に預けるようにして。 久しぶりに摂ったまともな食事は、 真結実の好物だった母のお手製のポトフ。 口に含めば、温かさとコンソメの旨味が広がる。 エデンの疑似体験では決して味わえない感覚だ。 ] (9) 2022/06/17(Fri) 22:34:57 |
| 『 りょーかい。 >>4 13時で良いと思う。 アタシたち、ガチ勢って訳でもないし。 女子は支度に時間がかかるもんね! 』 [ 診察から数日後、 教えて貰ったIDにメッセージを送ったら、 休診日とかぶっていたとはいえ、 すぐに了承の返事を貰えた。 気を遣わせてはいないかしら?と 心配にもなったけれど、 流石に何か用事があれば そちらを優先させるだろう。 ] (10) 2022/06/17(Fri) 22:35:23 |
| [ 翌日、黄色いドット柄のシャツワンピ。 足元にはヒール付きのスニーカーを合わせて、 メイクだってちゃんと、" 真結実"通りに。 何とかこの位は持ち直した。 ……だから、先生を誘ったんだけれど。 ] おはよー、先生。 今日は楽しもうね! [ 駅で先生の姿を見つければ、片手を上げて挨拶。 >>5 可愛いなんてリップサービスを貰えたら、 「さては、言い慣れてるなー」なんて茶化した。 ] (11) 2022/06/17(Fri) 22:35:53 |
| [ 夢の国に来るのは私もかなり久しぶりで、 一応事前にアトラクションや レストランは調べておいた。 テーマパークを歩くだけで、十分楽しい。 まだ本調子とは言えないし、 人気のアトラクションは控えた。 映えそうなスポットで写真を撮ったり、 レストランで可愛く作られた料理に舌鼓を打ったり。 傍から見たら恋人同士というよりは、 年の離れた兄妹に見えたのではないかと思う。 ……だから心配いらないと言ったでしょう? >>2:42 私の様子はどう見えたかしら? 元気な風は装ってみたつもりだけれど、 本当に元気な人と比較すれば、 空元気感は否めなかっただろう。 ] (12) 2022/06/17(Fri) 22:36:29 |
| [ パーク内を歩き回って、そろそろ陽が沈むころ。 黄昏色に塗り替えられた景色に、 一つまた一つと光が灯っていく。 ] 先生、今日は付き合ってくれて有難う。 ……ううん。 私を見捨てないでくれて、有難う。 あの時、先生が踏み込んでくれなかったら、 多分私は、ダメになっていたと思う。 (13) 2022/06/17(Fri) 22:37:04 |
| 私ね、今日一つ宝物を沈めようと、 そう覚悟して来たんだ。 最後まで、付き合ってくれる? [ バッグから、スマホを取り出す。 外出時だから持っているそれを、 先生に見せる様に掲げて、 私は静かに、返事を待った。 ]** (14) 2022/06/17(Fri) 22:37:28 |
[鏡、自らの魂を形に変えて晒す鏡。
それがガラス細工でも薄氷でこしらえたものでも
映す先には投影だけ。
一度ヒビが入ればその筋は伸びていき、
割れた先に映るのは、本物の自分。]
親しくなくても分かる時は分かるよ。
なんとなく、だけどね。
[微笑みは嘲笑か、皮肉なのか。
しかし今ここが診察室であること。
あなたがここにいること。
それが答えだと、そう思うだけ。]
知ってる?
弱さや苦労を認めることは
決して、悪いことじゃないって。
[それが怪我であろうとも、病気であろうとも
精神的な疾患であっても関係ない。
いつかは受け入れなければならないことで。
たとえ指先でガラスを砕くことになろうとも
歪みを抑えきれないあなたに、問い続ける。]
大変だと思ったことがあるんでしょう?
それなら大変だった、が正解じゃない?
[そこに在る矛盾。
自己評価と世間体の大きな剥離。
しかし必要なのは本人がどう思うかであって
世間体や第三者の視点に意義なんてない。]
[目の前で苦悶に満ちていくあなたを前にして、
かつて哲学者シオランが遺した言葉が脳裏を過る。
思い出したくもないだろう古傷。
それでも私は、示さなければいけないから。
たとえそれが、あなたを内側から
乱暴に引き裂き、襲いかかろうとも。
]
[私の手にあるあなたの傷痕。
見せれば返ってきたのは露骨な拒絶で。
やめろと悲鳴を上げるあなたの前で
私は紙束を一枚、一枚と捲る。
そして紡がれた文字列を指先でなぞると。]
[論文からあなたへと視線を戻す。
心残りなんて知らない。
最もな正論と共にあなたの音が軋むと
回らない歯車がその不良を示すように
錆び付いてしまった螺子が呻いた気がした。
怒りか、恐怖か、絶望か、諦観か。
哀しみか
私はあなたの手に自分の手を寄せると、
あなたの目を見て。]
それは出来ない。
それでも生きてもらうことが
古森佳奈の意志で、心療内科の役目だから。
[あなたの願い出に明確にNoと首を横に振る。
そして、それがどんな意図であろうとも
今自分が大変だと考える片鱗が見えた時、
私はあなたに向けて病名を告げる。]
佐々岡くんはOverride Syndromeに
罹ってしまっている可能性があるの。
罹ってしまったあなたに非はない。
でも、治療をするかどうかは別の話、でしょ?
[現状を伝えて対策を促す為の宣告。
その声は、あなたに届くだろうか。]*
| [ 「生きてるだけで偉いっ!」 なんて口癖のゆるキャラがいた。 そんな他愛のない事が頭に浮かんで。 私は捻くれ者だから、そんなことある筈ないと、 その一言で切り捨てた。 "生きる"という言葉の定義にもよるのだけれど、 知っているもの。 ただ"生きている"だけじゃない人が、 沢山いるってこと。 だからと言って、 先生の言葉にケチをつけるつもりもない。 >>-12 生きている以上、 生に向き合わなければいけないのは皆同じで、 間違えてしまった人に与えられた罰が、 挫折や不幸なのではないかと。 今は、そんな風に考えている。 ] (22) 2022/06/18(Sat) 22:04:16 |
| [ だからきっと、本当の幸いは正解の先にあって、 そこに辿り着けた人だけが得ていいものなのだと思う。 正当な手順を踏まずに不当に蜜を得ようとすれば、 それが毒に転じるのは当然のこと。 先生の言う、科学的な理屈に置き換えれば、 セロトニンとオキシトシンが阻害された状態で、 ドーパミンだけ得た……だったかしら? >>1 ] (23) 2022/06/18(Sat) 22:04:51 |
| [ シンプルなカジュアル。 >>17 当然初めて見た姿なので新鮮だった。 よく気の付く男性への評価は高いと認識しているので、 その意味でもやはり"優良物件"という札が似合いそう。 あくまで先生個人としての評価 ……となってしまうけれど。 ] 可愛いって言葉、そんなに埃、被ってたの……? [ 思いがけずレアリティの高い言葉を引き当てたようで、 自分が貰って良いものかと少々恐縮する。 勿論ライトに言われた、 心のこもった世辞であることは、 きちんと認識しているけど。 ] (24) 2022/06/18(Sat) 22:07:09 |
| [ まだ前を向き始めたばかり、気を張っていないと、 すぐに自分の足だけでは、 立っていられなくなるような気がした。 だから空元気を装うくらいで、 丁度いいと思っていたのだけれど。 ] ちゃんと鍛えとかないと、 すぐに表情筋、萎えちゃうんだから。 イイ女は一日にしてならず。 日頃の心がけや習慣が大事だってこと。 [ 私なりの「心配には及ばない」という意思表示。 きちんと身支度して外へ出かける高揚感も 働いていたから、 楽しんでいる証拠とも言える。 ] (25) 2022/06/18(Sat) 22:08:32 |
| [ 意味深な言い方をした所為で、 必要以上に警戒心を抱かせてしまったかしら? >>21 でも改めて考えるとこの荒療治、 医師目線の意見も事前に聞くべきだったと思い直した。 ] 理由は、アタシには必要のないものだから。 そして、私が持つべきものではないから。 ……なんだけど、 理由よりも言葉の意味を説明した方が良さそうですね。 (26) 2022/06/18(Sat) 22:09:08 |
| 一人で勝手にやればいい ……かもしれませんけど、 一度は依存した身ですもの。 勇気が要る事だったので、立会人が欲しかった。 思い切った行動だし、 一度削除したらもう元へは戻せない。 主治医に確認すべきだと、 たった今、気が付きました。 先生、どう思います? [ スマホをパーク外の海に投げ捨てるつもりはない。 普通に不法投棄だし……。 正規の手続きでエデンから投稿を削除するだけ。 投稿を消したからって、 その事実自体が無くなる訳ではない。 思い出は薄くとも私の心に残り続ける。それで十分。 と、私個人は思っているけれど、 医師の見解はどうかしらね。 ]** (27) 2022/06/18(Sat) 22:11:50 |
[ 投影した先に映る
それは、己が姿に他ならない。
一切の装飾を施さない鏡に映る姿を
目を逸らさずに受け入れることは
なかなかに根性の要るものだ。
ああそういえば
我が家の鏡はいつのまにか
一枚もなくなった。
叩き割った、記憶が
どこか、朧に。
]
鏡は己惚の醸造器であるごとく、
同時に自慢の消毒器である。
もし浮華虚栄の念をもってこれに対する時は
これほど愚物を煽動する道具はない。
昔から増上慢をもって己を害し
他を戕うた事蹟の三分の二はたしかに
鏡の所作である。
仏国革命の当時物好きな御医者さんが
改良首きり器械を発明して飛んだ罪を
つくったように、
始めて鏡をこしらえた人も定めし
寝覚のわるい事だろう。
しかし自分に愛想の尽きかけた時、
自我の萎縮した折は鏡を見るほど薬になる事はない。
妍醜瞭然だ。
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