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【人】 碧き叡智 ヴェレス己の苦痛と引き換えに 歪んだ価値を産出し続ける自分の様な生物が いつか人間の自己破壊を引き起こすと 心の片隅では薄ら感じ取っていた。 それが一体何に使われようとしていたのか。 如何にして学星院上層部が難を逃れたのか。 解ってしまえば、呪いと共に滅ぶ他なく。 訪れ、移り住む者はあれど 去る者の居ない、罪の蒐集を続けるこの島で 生まれた魂は、この島に還るのだろう。 …………だから、私は。 (11) 2022/11/15(Tue) 4:23:07 |
【人】 碧き叡智 ヴェレス[刺激臭の立ち込める通りは酷い有様だった。 体調不良を引き起こす何らかの物質が漂う大気は 苛立ちと共に理性を失った人々の欲望を加速させる。 それを密かに写真に収める者がいる。 我が子を叱り付ける事が生き甲斐となってしまった母親、 収穫したての頭部を売り捌いている露天商、 銀鷹公の治世に反対を掲げ川底まで行進を続ける先導者。 秘めた思想、隠れた危険性、それら全てを 戒めの様に残す。 その足取りはやがて、一つの死体の前で止まる。 全身の皮膚が泡立った様な死に姿と、 周囲に散乱する粘性を帯びた液体。 かつて貧相な地人の男であっただろう亡骸が それを半狂乱で小瓶に掬い集めようとして絶命したのは わけなく想像できる。] (12) 2022/11/15(Tue) 4:23:37 |
【人】 碧き叡智 ヴェレス[傍らに立つ小柄な影は、その様子をじっと見詰めて。 遺体の症状と、要因の液体に心当たりがあるかのように、 何も言わずに佇んで、屈み込んで、それから────] [後少しの所で、交わったかも知れない運命は そのか細き糸を罪の色に染めたまま、縺れていく。] (13) 2022/11/15(Tue) 4:23:53 |
【人】 碧き叡智 ヴェレス──── 宵;へレース聖堂 [信仰とはこの島における啓蒙の対義語であり、 研究者達が最も近寄らない場所こそが此処だった。 欲を解放した人々の、奥底にある背徳感もまた 神の御前から足を遠ざけさせるのである。] (14) 2022/11/15(Tue) 4:24:11 |
【人】 碧き叡智 ヴェレス[北側へ続く大通りをなるべく人目に触れぬよう抜け、 今や崩れ落ち、熾火が燻るだけとなった自宅を超え、 漸く辿り着いた静謐な場所。 此処は事件後から人の出入りが無かったようで、 外側から閂を外せば容易く侵入できる構造にも関わらず 誰にも荒らされない聖域として残っていた。 普段通っていた敬虔な信徒や聖職者に至るまで 心のどこかでは質素な暮らしを捨て、 好き勝手振舞ってみたかったのかも知れない。 少し考えてみれば当然のことでもあった。 神に縋る事が真の欲望である者など居ないだろう。 誰しも神に祈るその内容こそが、隠れた欲求なのだ。 そして────最期の仕上げをするには お誂え向き過ぎる場所でもある。] (15) 2022/11/15(Tue) 4:24:29 |
【人】 碧き叡智 ヴェレス[咎人は聖堂の壁に造られた、 記憶に新しすぎる神体を見上げる。 咎人にとって、 発祥も、その名も知らぬ聖女の像が 人々に何を齎したかなど重要ではない。 赦しも、救いも、最早求めるには遅く この場所でさえも一種の舞台装置に過ぎない。 理論としての説明が叶う、それ以上の意義はない。 唯、都合が良いというだけ。 初めから、親殺しの罪を背負ってまで 生き永らえるつもりも、後世に名を連ねるつもりも、 其処にはなかった。 唯一の、揺らぎと言うなれば────] (16) 2022/11/15(Tue) 4:24:44 |
【人】 碧き叡智 ヴェレス[安否の分からぬ友を思えど、既に遅く。 けれども、もしも罪過を抱え生き延びていたら? その後の事は、計り知れない。 表面上取り繕われていた差別感情が噴出するか、 治安の崩壊により今後も略奪が相次ぐようになるか、 問題は幾つでも思い浮かぶ。 学星院の権威と重要な収入源を折ったところで、 これからの人々はまともに生きていけるのだろうか。] (……その為に、フィルムを使い切ったんじゃないか。) (18) 2022/11/15(Tue) 4:25:19 |
【人】 碧き叡智 ヴェレス[咎人は、震える手で日記帳にペンで記し始める。 母を亡くした悲しみと、父が暴虐を働いていた苦しみを。 そして飽くまで自分が正気であるという証明を。 事実の切り取りのみが綴られた紙面にも、 残されたものが全て燃え尽きた火事現場にも、 入念に練られたその罪を裏付けるものはない。 前列のベンチ、今朝の葬儀の際に彼が座っていた席には 核心的な音声記録のみが残った魔道具と “彼がポケットにしまい込んだ”ものを除いた、 無数の凄惨な写真が入った鞄が置かれている。 祭壇の上でランタンを床へ手放し、 不確かな灯りの中、ふたつの凶器を見る。] (19) 2022/11/15(Tue) 4:25:40 |
【人】 碧き叡智 ヴェレス [長年連れ添ってきた者達を殺めた凶刃を] [宿命と連鎖を断つ為持ち出したナイフを] [この魂を完全に滅ぼす為の何よりも確実な手段を] [あなたを加害者にして得るあなたからの安らぎを] (20) 2022/11/15(Tue) 4:26:16 |
【人】 碧き叡智 ヴェレス[じっとりと冷や汗に濡れ、固くなった呪布の結び目は 思いの外あっさりと外れた。 外れて、しまった。 筒型の試料ケースに移し替えた液体を、 神の御前で一息に飲み下す。 十数秒の空白の後、長らく忘れていた味覚を 喉に残る刺激によって思い出す。] ゔ、 ごほ ……ッ あ… …… ァ、 [腹の内側から灼かれる苦痛だけは味わった事がなく。 鈍くなっていた全ての感覚が呼び起こされると共に、 次第に視界の淵までもを紅に染めた。 目を開けていられない程の痛み。 聲は縮れ、呼吸は鉄の味を帯び、音は遠ざかる。 反射的に吐瀉した内容物に赤い石は混ざっておらず、 毒性により凝り固まった鮮血でしかなかった。 ああ、今ならきっと命まで届く。] (21) 2022/11/15(Tue) 4:26:35 |
【人】 碧き叡智 ヴェレス[ぼたぼたと眼窩から、咥内から、 滴り落ちるそれだけが 己が未だ人間である事を肯定する。 記憶の水底から掬い出される、 “まだ”生き甲斐を感じていた頃の光景。 無尽蔵に産み出される「価値」に、 彼らが慣れ切っていなかった頃の噺。 かつて、何度千切っても再生する手指に使用人は慄いた。 次第に、より多く傷付けるほどに己の取り分が増えると 気付いてからは、良心も理性も見て呉れだけに変わった。 期待されたのは、甚振られていた瞬間だけ。 目の色を変えた奴らに貪られる、その時だけ。 それなのに。 こんなにも、久方振りの痛みが愛おしいなど。] (22) 2022/11/15(Tue) 4:26:54 |
【人】 碧き叡智 ヴェレス[内臓を破壊し血流から全身に蔓延っていく甘美な毒が、 元来持つ治癒力を容易に上回る。 手の中で握り締めた刃は、 破裂した血管腫から零れる血液にべっとり濡れていた。 滑らぬように、確実に。 服の袖を介して固く力を込め直す。 死と云う現象の先には何も無い。 遺される人々を想う義務も権利も無い。 誰かへ向けて残す言葉さえも、無い筈だった。 逆手に握ったナイフの切っ先を、 目を瞑ったまま、左胸目掛けて。] (23) 2022/11/15(Tue) 4:27:14 |
【人】 碧き叡智 ヴェレス[祭壇から身廊へ続く流れに 罪を雪ぐ役割はなく。 ただただ、自害を選んだ一つの遺体が 静かに横たわっているのみである。 末端は潰瘍によって壊死し、 本来青白い静脈は肌の下で炎症と破裂を繰り返した。 渇き果てた血の涙がその凄惨さを物語る。 それでいて、呪いに狂わされた者に比べれば 幾分かは名誉の保たれた死に様だった。 学者達が見向きもしない神聖な其の場所で、 身を焼く苦しみに耐え忍び絶命した小さな命を 人々は、何とするだろう。 或いは、“計画通りに”担ぎ上げるのやも。] (26) 2022/11/15(Tue) 4:28:29 |
【人】 住職 チグサ[いったいどればかりの時間がたったのでしょうか。 私は、仏様の頭を膝に抱え、手を合わせ、お経を唱えながら、己の精神世界に没頭していました。 外界からの刺激は遮断され、私と仏様の二人だけがそこにありました。体を膨らませるようにしてお経を唱え、極限まで集中を高めた時、しばしば陥る感覚です。 といっても、体は酷く消耗していましたから、実のところは朦朧としていたのかもしれません。 集中を解き、外に再び意識を向けたのは、何者かによって、故人の肩が揺さぶられたからです。 その方もまた、月明かりに照らされてなお赤い布で口元を隠していました。 呪布とは対照的に顔色は酷く青ざめていて、我が膝で眠る方に必死に呼びかけておられます。 私は、故人を揺さぶるその手に、皺がれた手を重ねて、静かに首を振りました。] (28) 2022/11/15(Tue) 21:47:31 |
【人】 住職 チグサ[南の空に、ぽっかりと月が浮いていました。 やがて彼は、しゃくりあげながらもぽつりぽつりと、何があったのか話してくださいました。 彼と親しかったこと。この計画で知り合って、話すうちに同郷だと知ったこと。 全てを賭けた結果、リーダーがどうなってしまったのかも。] そうですか…… [彼はごく近くで、首魁の夢が破れる様を見ていた様子でした。 一体何があったのか、誰にも追いつけぬ速さで駆け抜けていた首魁が、 命からがら逃げだして、走り迷ううちにここへたどり着いたこと。 加担した私に、何を言う権利もありません。 ただ、憐れでした。] (29) 2022/11/15(Tue) 21:48:08 |
【人】 住職 チグサ……それで、あなたはどうされるのですか? [詳しい話を伺いたくはありましたが、いつまでもここでこうしてはいられません。 私だけならば、ここで果ててもいいという、半ば自棄のような気持でした。 しかし今、また一つの命を見て、心に責任感が灯りました。] 逃げるならば、死角を縫って港へ行かなければ。 裁きを受けるにしても、私刑ではなく、司法によってでしょう。 いずれにしても、私のいる寺院に身を寄せられませんか。 ここに長くとどまっていたら、誰かにいたぶられるのも時間の問題です。 [通りの方からは、相変わらず欲の狂騒が聞こえています。 今まで誰にも襲われずに済んだのは、純粋に運が良かったからでしょう。 とはいえ、私の足はすっかり萎えていました。膝枕のせいなのか、負傷のためか、それすら分かりません。 案内をしながら、あべこべに彼に運んでいただくような形で、なんとか寺院に戻ってまいりました。 そこで目にした光景は──]** (30) 2022/11/15(Tue) 21:48:49 |
【人】 給仕 シロタエ[娘は運がよかった 大した怪我も負わず、手に負えない相手にも会わず 誰かがまき散らした毒に触れることもなく だけどそれはたまたまそうなっただけの事 娘が歩いた足元に澱んでいた毒は靴底に張り付いて すれ違う誰かが跳ね上げた毒の飛沫は服に染みついて そうして気化した毒は知らず娘に纏わりついて 知らぬうちに肺に、肌にそれが取り込まれていることに娘は気付かない 高揚した頭では体調の異変に気付かずに 気付いたとして気にも留めずにここまで来た 娘は、運がよかった] (31) 2022/11/16(Wed) 1:29:20 |
【人】 給仕 シロタエ[悪い人>>2:71 その言葉を投げられた男は明らかに激高していた 恐らくは、それが狂気の引き金になる言葉だったのかもしれないが、それは娘の知ることではなく 意識がこちらに向いたことで、それを避ける、という選択肢が消えた 運がいい娘なら、うまく躱すことを選んだだろう 狂気故か、それともほかの理由か判断力が歪んでいた 運というものに限りがあるとすれば、それが尽きるのが今だったのだろう ここまで己の動きが鈍っていることに気付かずに来た娘は 大きく息を……身に纏わりついた毒気を吸い込み、胸元の痛みにほんのわずか顔を顰めた] まぁったく、ロクデナシがいると気分が悪いわねぇ [先ほどまでなら避けていただろう相手を煽るように笑う 尊大になっているのか思考がぼけているのか、その両方か 娘は運がよかった……それは 過去形 ] (32) 2022/11/16(Wed) 1:31:34 |
【人】 給仕 シロタエ[ロクデナシ、それも目の前の男には地雷だったのだろう 大声で叫びながら手にした鉈を振り上げる、鉄パイプなどでは差は歴然 初手を避けて、向き直って踏み出そうとして、足がもつれた その立て直そうとしたところに鉈が振り下ろされ……] え [鈍い音と衝撃、そうしてどさりと何かが落ちる音 娘の右腕が肩口から切られて地面に落ちていた 空気が冷えたような気がして震える 汗なのか血なのか服がじわりと湿気を帯びていく 体勢を立て直す間も声をあげる間もなく、更なる一撃が今度は左腕を落とした] ひゅ…… [息を吸い込む、湿度の高い空気を吸い込んで……不意に何かが頭で弾けた気がした] (33) 2022/11/16(Wed) 1:33:23 |
【人】 給仕 シロタエ[娘の腕を落とした男は、そのままの姿勢で瞬きをする 何が起きているのかわからないという表情で 娘を見て、その周辺の血だまりを見て そのまま声もなく崩れ落ちる] (34) 2022/11/16(Wed) 1:34:30 |
【人】 給仕 シロタエ あ……ぁ…… [何が起きたの?何があったの? 落ちているものは何? そんなこと、聞かなくても全部知っている!!] あああああぁぁぁ!!!!! [痛い、痛い、 痛い 心が?体が?どうして? 全部覚えてる、全部自分がしたことだもの! 血の気が引いていく、その血を止める腕はなく 顔を覆いたくてもそのための腕はなく どうして、と呟いて娘は膝をついた] (35) 2022/11/16(Wed) 1:37:20 |
【人】 給仕 シロタエ 「まったく、あの人は稼ぎも悪いくせに船を新しくしたいだってさ」 「どうしてお前はそうなんだい、あれに似てぐずなんだから」 「いい加減ちゃんと覚えとくれ、何度言えばできるんだい?」 ごめんなさい、アタシちゃんとやるから 「あのロクデナシやろう、全部持って逃げやがった!」 「きっとお前もロクな奴にならないだろうね」 「ロクデナシになりたくないならいう事を聞けばいいんだよ」 「あぁ、本当にお前はあのロクデナシそっくりだ」 「教えたこともできないロクデナシだよお前は!」 アタシ頑張ったよ、だけどダメだったの アタシ、ああ。アタシ、は (37) 2022/11/16(Wed) 1:39:35 |
【人】 給仕 シロタエあは、あはは あぁぁぁぁ!! [笑う、笑う、慟哭ともつかない声をあげて 気付かない振りでいた本当の自分を嗤う そう、そうだわロクデナシは片付けられなくちゃ だからこうなったのも当然なの だって、あたしはロクデナシなんだもの] あはは あはっ かはっ [笑いすぎたか咳き込んで、血を、吐いた 吸い込んでいた毒がいつの間にか肺の奥を侵食して 激しく笑ったことで崩れ出していたなんて、娘は知らないけれど] (40) 2022/11/16(Wed) 1:45:37 |
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