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【人】 室生 悠仁─── 写真を送る相手はもういない。 とはいえ、別に彼との縁が切れたわけでもない。 SMSを頻繁に送り合うことこそなくなったが きっと連絡すれば返事は返ってくるだろう。 それでも、未だ燻った想いがもう外に出ることはない。 子どもの頃から続いた長く重い片想いは やっと手放される機会を得たのだから。 想定していたより穏やかに進んだ物事を終えると 舞台の幕は下ろされ、客もいないそこには ただ一人の男が残ることとなった。 再び同じ舞台で幕があがることは永遠にない。 いつかこの傷口が痂になり、塞がったとしても 前の形に戻ることはあり得ず、傷跡は残り続けるからだ。 (78) 2022/10/23(Sun) 9:41:00 |
【人】 室生 悠仁椎茸に舞茸、エリンギにしめじ。 見ただけで様々な種類の食材が使われた このオムライスは、普段のものとは一味違うらしい。 口に運びながらSNSで書かれていた内容を思い出す。 しかし思えば、この店の普段のオムライスというものを 知らないから比較をすることが出来ない。 それでも、他の店で食べたことのあるものと 大分趣が違うことはわかった。 きのこに合うようにだろうか、クリーミーな味付けは まろやかに舌の上で踊り、きのことともに 味覚器官を刺激してくる。 匂いも芳醇で、視覚的にも楽しく 五感に訴えてくる商品はこれもまた 店長の手腕なのか、それとも他の社員のものか。 今まで食べたどの食べ物よりも美味しい>>1:10 とは言えないまでも、今まで食べたものの中でも 美味しい部類のオムライスは。 ─── それなのに、どこか味気なく感じた。 (79) 2022/10/23(Sun) 9:41:09 |
【人】 室生 悠仁恋の病とは度し難いものだ。 勝手に燃え上がり、その気がなくとも溺れさせられ、 思考を永遠に蝕み苛んできて。 一度かかったら簡単に治ることはなく 治療のための期間は数日から年単位まで様々に及ぶ。 人生を振り回す大病は厄介に過ぎるが 人は愛することをやめない。 それは繁殖のためであったり、娯楽のためであったり、 長い人生を生きていくためであったり。 はたまた、なんの意味もないときだってあるだろう。 俺の恋はどの部類だったのだろうか。 人間の心は複雑で、全てを全て、 言葉に当てはめることなんて出来やしない。 俺はひとつの恋を手放した。 わかっているのは、その事実だけだ。 (80) 2022/10/23(Sun) 9:41:48 |
【人】 室生 悠仁枯れた向日葵の花びらが散っていく。 夏の季節が終わり、秋を越えて、 もうすぐ冬の季節がやってくる。 動物たちは活発だった動きを止めると 長い休眠期間に入るだろう。 やがて陽だまりのようにあたたかな 春の季節がやってくること夢見て。 瑞々しくも可憐な、新しい花が咲く日を夢見て。 (81) 2022/10/23(Sun) 9:42:22 |
【人】 室生 悠仁オムライスを堪能すれば、締めのデザートに入る。 先日は店長拘りのパンプキンタルトを頂いたから 次は違うものを頼んでみようか。 店員を呼んだあと、注文している最中に ふと思い立って黒猫のホットココア≠燉鰍だ。 気まぐれで愛らしいその顔を、今の心境で 見つめてみたい気分になったから。 さて、商品を発案した店員と話す機会なんてのはあったか。 口に含む味はあの日飲んだものと変わらない。 それでも、今日は黒猫が優しく 愛嬌のある顔で微笑んてでくれている気がした。** (82) 2022/10/23(Sun) 9:42:30 |
【人】 高山 智恵 結局あの日業務外要望を押し付けてしまったバイトの子からは、その日のうちに、ちゃんとカズ君と連絡が取れたとの報告があった。そのカズ君から私宛に「ありがとうございます」の伝言を受けた、とも。 ……バレたくないバイトの件が結局バレたか否か>>52>>53は不明のまま、だけれど(あの子の顔色を見る限りだと、気恥ずかしさとか、そういうのは無かったっぽい)。 手短に報告されたのはそれだけで、あの子が他に何かカズ君から聞いたり話したりしたか>>54>>55>>57>>58というのは聞かなかったけれども。ちゃんとカズ君にこちらからの伝言が届いたというのは判ったから、それだけでも胸が幾らか楽になった。 これでカズ君が一人で突っ走ってしまう心配はなくなったし、いざという時には頼みにできる大人たちが動くだろう。 あとは、昼に来たっきりのあの子が無事であればいい。さらに望むならば――あの子やカズ君が多分抱えてるんだろう浮かなさが、ちゃんと晴れてくれればいい。 そうして日も暮れてから店を閉じるまでの間に、また何かあったかどうか――それについてはまた別の話に。 (83) 2022/10/23(Sun) 16:08:37 |
【人】 高山 智恵 さて、まだ一つ話していなかったことがある。 “ 彼女 ”が去年カフェを辞めた、そのいきさつだ。 ……といっても、特別衝撃的な出来事があった訳じゃない。 単に独立の準備をするからというだけの、いわば円満退職だ。店長も、彼女の新たな航海を後押しする形で、笑って送り出した。 尤もこの時、キッチンスタッフの穴を埋める人材引き継ぎの件で色々あったんだけれど……まあそれはいいや(色々あった程度には、彼女はシェフ兼パティシエとして優秀だった、ってことだ)。 それ以降、彼女はこの街に戻ってきていない。 別の街でカフェの開業を始めるためにあちこち奔走しながら、所々で見つけた“ 素敵なもの ”の写真を私に送ってきているんだろうと、私は思っていた。 (84) 2022/10/23(Sun) 16:12:04 |
【人】 高山 智恵 物理的に遠く離れても結局途切れることのない、この一方的な気持ちは、思えば本当にずるずると長く続いていた。 告白してみる勇気も勢いも持てなかったうちに、「彼女はあの男を見ているんだ」と知った日>>2:106。 それからも何年も何年も、「あり得ない」期待ばかり考えながら彼女の隣で働いていた。 どこかであの男に幻滅してくれないかな、なんていう捻くれた期待すら、抱いていた。結局、正直な彼女の口からは、そんな幻滅が零れることなんてなかったんだけれどね――。 ……こんなこと考えるだけで、大分、自己嫌悪ってひどくなってくる。 打ち明ける勇気も持てなければ断ち切る勇気も出せない私なりに、どうすれば、と今夜も考えるんだな――… (85) 2022/10/23(Sun) 16:13:15 |
【人】 高山 智恵( いっそさ、ちゃんとあの娘に告白して嫌われてみる? ) 多分これ、何度も何度も考えてる。 けれどもそれは、できない。 ――だってあの娘が私を嫌って離れたら、 他に誰が側にいるの? あの男ですら、あの娘の側にいる訳じゃないんだよ? あの子みたいに、探してくれる人や 気遣ってくれる子が他にいる保証なんてない。 (86) 2022/10/23(Sun) 16:16:29 |
【人】 高山 智恵……結局、彼女に嫌われること、拒絶されることを、私は恐れ続けている。 そんな恐れだって、無理してでも超えなくちゃ、片想いを自分から絶ち切るなんて芸当はできやしないんだろう。 ――私がそういう無理なんてしてたら、 他の若い子たちに「無理しない」なんて 言える顔もないでしょ? (87) 2022/10/23(Sun) 16:18:33 |
【人】 高山 智恵 こんな夜に限って、スマホアプリのプレイリストのランダム再生で掛かってくるのは、“ あなたはあなたのままでいい ”なんてメッセージを乗せた柔らかなヴォーカルだ。 ( 私は私のままで――、か ) 私を、“ 私の想い ”を自分で殺してしまうことなく、それでいて想いを薄れさせ、手放すには――。 ( あの男こそ、絶対あの娘に相応しいって ……そう認められるようになったら、いいのかな ) (88) 2022/10/23(Sun) 16:19:36 |
【人】 高山 智恵――明くる日の休日―― その日、私は電車と地下鉄とを乗り継いで、都心の中の少し閑静な地区にあるチョコレート専門店を訪れた。 ここは、彼女の“ 素敵なあの男 ”>>2:106が構える店だ。 シンプルな一粒からデコラティブな一品まで、精緻な細工品とでも呼ぶべきチョコレートがショーケースに並ぶ。 この店でもハロウィーンらしい季節限定の新商品は出されていたけれど、専門店としての基本的な部分――この店ならではのカラーは伝わるようにしているのが、ちゃんと判る。 そして小さいながらもカフェスペースも併設されており、私が来た時にも、何人かのお客様がチョコレート手元に話に花を咲かせていた。 そうした混みがちな時間帯だったからか、シェフである“ あの男 ”も、店頭で接客に当たっているところだった。 (89) 2022/10/23(Sun) 16:20:43 |
【人】 高山 智恵『いらっしゃいませ。 ああ、お客様、もしかして―――の』 「え? あの、覚えてくださってたんですか?」 うちのカフェの店名を挙げながら爽やかに笑うショコラティエに、私は面食らって目を丸くした。 彼はうちの店には客として一度来ただけで、私ともその一度しか顔を合わせたことがない。しかもその時の私はただのバイトの一人だった。 お客様をお迎えする側の私はともかく、彼の方からもこちらの店員の顔を覚えてくれていたとは! これは彼がお客様としてうちに来た時もそうだったのだけれど、彼はただ物腰が柔らかいというだけでなく、自分の立場に驕ることなく、細やかな気配りができる人、という印象だった。それは彼の作品の造りの繊細さにも表れているようだった。 (90) 2022/10/23(Sun) 16:21:37 |
【人】 高山 智恵( ショコラティエとしても、人間としてもデキる男。 そうだな。そりゃ。 あの娘が惚れこんじゃうのも道理かあ――… ) きっとあの娘は最初に出会った時から彼の人間性にも惹きつけられたんだろうな、とひとり納得しながら、プラリネチョコレート6粒の箱を注文した。 そしてカウンター越しに、彼から商品の箱を受け取った――。 (91) 2022/10/23(Sun) 16:22:05 |
【人】 高山 智恵……えーっとこれ、前にうちに来た時は着けてたっけこの人? 顔と態度は覚えていても、指輪の有無までははっきりと記憶に残っていない……いや、過去のことは問題じゃない。今のことが問題なんだよ。なんだけれど。 「……、……ありがとうございます。 あ、あの。失礼ですが……ご結婚されてるんですか?」 いや、これ本当に失礼なやつだよ。仕事に全く関係ないところで他人の既婚未婚を聞き出そうとか。そういう他人のプライベートをどうしてわざわざ人は詮索したがるのかなあ?? ……自分で言ってて情けなくなってきたよ……。 解ってはいた、解ってはいたんだ。でもつい訊かずにはいられなかった。 彼は嫌な顔一つせず(忙しいってのもあるだろうだから、嫌な顔していいところなんだけれど)「そうなんですよ」とさらっと答えた。妻には経営面で支えられてるとか、そういう短い話も笑って添えて。 私は辛うじて内心の動揺を抑えて、プラリネの箱を受け取ってから、もう一度「ありがとうございます」を笑って口にした。 そのままそそくさと店を後にする己の背に、周囲の視線が刺さった気がした。 多分これ、傍から見たら「あの人シェフ狙いで来てたんだ〜」みたいに見えるんだろうな……。そういうの期待していた皆々様には大変残念だけれど、これ、私自身の問題じゃないんだよ。 (93) 2022/10/23(Sun) 16:25:34 |
【人】 高山 智恵( ナナ! あんたがランスロット卿になってどうすんの!! ) かのランスロット卿がそれだけの役柄って訳じゃないことは知ってるよ、知ってるってば! っていうのは置いといて。 この件については、ナナに直に問い質さないといけない。出先での通話は、流石に傍目に見聞きされるとヤバそうな気がしたので、努めて抑えて。 ふつふつと湧きあがるあれやこれや――ちょっと自分でも形容しがたい類の焦燥感を抱きながら、私は真っすぐに自宅へと引き返していった――。 ……っと、そうだった。言い忘れてたけれど。 「ナナ」っていうのが“ あの娘 ”の名前だ。** (94) 2022/10/23(Sun) 16:26:16 |
【人】 高山 智恵 あのチョコレート店から引き返して自宅に着くや否や、SNSの画面を開く。そしてナナに先にチャットを送ることもせず、いきなり通話機能で電話を掛けた。 1秒、2秒、3秒、……(39)10n60秒。 彼女のぼんやりとした声が、スピーカー越しに響いてきた。 『もしもし。高山さん、どうしましたか』 スピーカー越しとはいえ久々にきちんと聞いた彼女の声は、本当に去年までと変わらず、歳の割にどことなく幼くのんびりとした響き。それでいてあの頃よりも、少しぼんやりとしているような声だった。 「ナナ――黒江さん、あのさ、あんた。 あの男……ショコラティエの――さんのこと、 好きだとか言ってたっしょ」 『はい。あの男のことは今でも好きです』 (95) 2022/10/24(Mon) 12:33:02 |
【人】 高山 智恵 今日私が知ってしまったことが事だった所為か。 ナナの声の緊張感のなさを耳にして、焦燥感の中にちょっとした怒りの火が点いた。 「その男、既婚者だよ!! マズいっての!! まさかと思うけど最初から知ってて好きだとか そういうんじゃないよね黒江さん!?」 『いいえ、そういうんじゃないです高山さん。 知らなかったです。今初めて知りました』 ナナは相変わらずのほほんとした調子で、淡々と答えた。 ――最初っから不倫する気満々だったとか、そういう訳じゃないみたい、か。 私がそうほっとしたのも、束の間。 (96) 2022/10/24(Mon) 12:33:35 |
【人】 高山 智恵『でも、どうして既婚者だとマズいんですか?』 「マズいでしょ!!!!」 あまりの返答に、私は思いっきり怒鳴って即答していた。やっちゃった……と内心思いながら、それでも私は声量を抑えて言葉を続けた。 カフェと料理といきものには強い興味があって、けれどその他は大して眼中にない――元々かなり浮世離れしているところのあった“ 天使 ”だったけれど、まさかここまで世間知らずの常識知らずだったとは……という呆れが、この時の私にはあった。 「あのさ、この前ニュースでやってたでしょ――いや、やってたんだけどさ。 浮気がバレて離婚した俳優がいたって」 それから私は、一連の報道内容に基づいたその俳優の状況>>0:15を簡潔に説明した。 (97) 2022/10/24(Mon) 12:35:08 |
【人】 高山 智恵「――既婚者と付き合うって、さ、 そういうヤバいトラブル招くってことだよ。 芸能人みたいに炎上したり追い回されたりは無くても、 相手の奥さんに多額の慰謝料請求されたりとかさ」 社会通念的にどうだとか相手側の気持ちがどうだとか、いつぞや話したアーサー王とグィネヴィアとランスロットが結果としてどんな運命を辿ったかとか、そういうことは言わなかった。彼女にはそれよりも実利的なことを話したほうが効く。そう思いながら、こう説いたのだけれど。 『はい。でも、高山さん』 この期に及んでまだ「でも」が来るのか……と頭を抱えたところで、彼女はこう、続けたんだ。 (98) 2022/10/24(Mon) 12:35:33 |
【人】 高山 智恵「……… ………は?」 ナナが一体何を言っているのか、全く理解できなかった。 その一瞬、思考自体が完全に停止していたんだと思う。 私が「は?」の一声の後、暫く何の返答もできないでいた時に、彼女はさらに話を続けた。 『あの。私は――さんが好きですが、恋してはいません。 ショコラティエとしての一生懸命さが素敵で、好きです。 でも、恋愛や結婚をしたい人、というのとは違います』 漸く、彼女の言葉が飲み込めてきた。 つまり、好きは好きでも、「好ましい」であって「愛してる」ではないってこと? そうなの?? (100) 2022/10/24(Mon) 12:36:45 |
【人】 高山 智恵「そ、そう、なんだ? じゃ、じゃあ『振り向いてもらいたい』ってのは……」 『振り向いて? 私そんなこと言いましたか――、 思い出した。そういえば私、言ってました。 あの男から見ても本格的だって認められるような、 そんなチョコレートを作りたいって思って、 振り向いて、って言ってました』 ……それこそまるで、掛けられていた魔法がさっと解けていくかのように。 通話越しにナナが伝える真相と真意を前に、全身が脱力していくのが判った。 (101) 2022/10/24(Mon) 12:37:23 |
【人】 高山 智恵「そ、そっか……。 じゃあ別に、恋愛対象として 振り向いてほしいとか、じゃなくて」 『違います。 どうして高山さんはそう考えたんですか? 高山さんは、やっぱり 変 です』 いや普通はそう考えちゃうよ!!!! ……と言いたかったけれど、確かに愛だとか恋だとかの言葉をナナの口から聞いた覚えはない。つまり私が一人で勘違いして、何年もそう思い込んだまま今の今まで過ごしていた、ということだ。私もこればかりは、ナナから「変」の烙印を押されるしかない。 (102) 2022/10/24(Mon) 12:37:51 |
【人】 高山 智恵 そう、ナナは最初から、あのショコラティエに想いを寄せてなんていなかった。 私があの娘から離れないといけない絶対の理由は、もう存在しないんだ。 ……でもそれと、彼女が私に振り向くか否かはまた別の問題。 彼女は私に興味なんてないかもしれない――否、そもそも恋愛自体に何の関心もなくたっておかしくない。今までのあの“ 天使 ”の言動を鑑みれば、そんな風にすら自然と考えられる。 (103) 2022/10/24(Mon) 12:38:50 |
【人】 高山 智恵 ふっとこみ上げてきた期待を私は抑えて、努めて平静を保って言葉を続けた。 「……そう、だね。変だったよ私。 なんっていうか、その、ごめん。 変に勘違いしてこんな電話しちゃったりして」 『電話のことは気にしないでください。 私も最近、高山さんに電話したほうが いいかどうか考えてました』 「え?」 この後にナナが続けた話は、不倫疑惑の件やその真相解明とは別の意味で、少しばかり衝撃的だった。 (104) 2022/10/24(Mon) 12:39:01 |
【人】 高山 智恵 曰く、ナナは去年の退職後、確かにカフェの開業を目指して本格的に動き出していた。店舗の場所探し、資金集め、食材の仕入れ先の確保などなど……勿論、オリジナルのメニューの開発も。 こうしたことにひとりきりで取り組み始めた結果、半年ほど前に、文字通り、倒れたのだという。 そういえば確かに一時期、チャットで写真が来なかった時があったけれど……結局1週間くらいでまた写真が届き始めたから、単に忙しくなってたのかなくらいにしか思ってなかったんだ。 結局この件で実家の親御さんまで病院にやってくる始末となり、それ以降は実家に戻って(戻されて)暮らしているとのこと。カフェの新規開業の計画も、一旦白紙に戻すことになったらしい。 (そう、彼女にはちゃんと、いざという時に頼みにできる親御さんがいるんだ) で、暫くは仕事のことは考えずに静養しなさい……と親からも医者からも言われていたんだけれど、それでも、カフェをやる、という“ 使命 ”は彼女の中で消えないままで。 親御さんとも相談した結果、まずは文字通り手を貸してくれる仲間を集めてからにしなさい、ということになったんだって。 ……なんとなく、彼女ならこうなりそうな気はしていたんだ。 だからこの話から受けた衝撃も、「少しばかり」程度のものになってしまった。 (105) 2022/10/24(Mon) 12:41:16 |
【人】 高山 智恵「そっか、黒江さん。そうだったんだ。 ……いや、めちゃくちゃ大変だったんだね」 それ、私にくらいその時に話してくれて良かったのに――と言いそうになった口を噤む。 ちゃんと頼れる親御さんがいる彼女に対し、ただの元同僚の私なんかに言えることじゃないでしょって。 ――助けてあげたい。 そう思ったって、助けてほしい相手は私って訳じゃないでしょって、私はひとり思い直したんだ。 ――わざわざナナが私に電話しようとしていたことの意味も考えずに、ね。 (106) 2022/10/24(Mon) 12:42:02 |
【人】 高山 智恵『はい、大変でした。なので、 私よりもマネジメントが得意な高山さんに オープニングスタッフになって貰いたいです』 …………あの、ナナ、あなた今なんて言った?? とっさには何も彼女に返せず、「えー」だの「あー」だのといったしどろもどろな声ばかりが喉からこぼれ出る。 っていうかオープニングスタッフって言うけれど、カフェ開業計画は一旦白紙に戻してそれっきりなんだよね? 今はもうちょっと先にやることない?? いやそれとも単に計画とか準備とかを一緒に手伝ってほしいってだけの意味合い? 正直、私自身かなり混乱していて、この時きちんと筋道立てて考えられていたのか自信がない。 「あ。うん、だから私に電話しようとしてたんだ……。 うん、そう言って貰えるのは嬉しいん、だけれど。 ちょっとこっちの勤務とかのこともあるから すぐさまスタッフに〜っていうのは難しいかな……」 実際今の私は正社員の身分だ。それは彼女も当然把握している。 本気でナナの店に移るとなれば、うちのカフェでもそれ相応の引き継ぎをきちんと行わなければならない。私も将来独立を考えてるってことは店長も聞いてるから>>2:105、そこまで強硬に引き止められる……ってことはないと思う、けれど。 というかこれ、古巣からの人材引き抜きってやつじゃ……。ナナ本当に堂々とこういうこと言うよね……。 (107) 2022/10/24(Mon) 12:42:57 |
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