260 【身内】Secret
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ずっとって言うなら、たかだか10年ちょっとで
終わらせんな!
ずっと、ずーっと言えよ!
そしたら今度こそ、 ……死ぬまで、忘れないから。
[強く腕を握って、それから撫でた。]
いーたいの、いーたいの、おーれがたーべた!
[傷つけておいて、その傷を奪う傲慢な男は、
大仰な動作で飲み込んで、
「俺の」と呟いた。**]
[ 騙しても犯しても傷付けても手にしたかった。
恋が実にならずに落ちるだけなら、
愛が返ってこずに抱えるだけなら。
責めて詰って喚いて足掻いて
忘れ去られる透明な存在になってしまうのではなく
思い出さずとも痛む傷になりたかった。
その後自分が生きるか死ぬかなんてこと、
心の底からどうでもよくて。
積年の恋を殺して執着を埋めてしまったら
わたしはわたしじゃなくなるから。
いっそ本当に目の前で死んでやる方が
深い心の傷になれただろうか。 ]
[ 抉らなければ傷は治る。
その言葉が出てくる時点できっと、
生涯の傷にはなれなかったのだろう。 ]
責任……
……責任、じゃ、ない
わたしの責任を取って欲しいんだったら
それこそ子どもでも作って縛ってる。
…………好きだから、忘れて欲しくないから
こうするしかなかっただけ……
[ いや、それもある意味責任のひとつなのか。
貴方が好きで忘れられたことが悲しくて、
こうするしかなかった責任を取って
傷付いてくださいと言うようなものかもしれない。
結局安易で安直だった子どもの計画は、
そうやって穴だらけのまま終幕を、 ]
[ おしまいを迎え──── ]
………………?
……………………ずっと生きて
お兄さんに突きつけ……
罪を突きつけられるべきは、わたし、じゃ…?
[ 理解出来ずに数瞬固まって、
俺に罪を突きつければという言葉を飲み込み
今度は戸惑いながら首を傾ぐ。
脳内処理が追いつかない時にぎこちなくなるのは
幼い頃から変わらない癖だった。
罪には罰が伴うもの。
わたしの罪への罰はこの恋を殺すこと。
彼の忘却が罪だと言うのならば、
その罰は今与えられているのでは無いか。
探るように彼の目を覗き込んだ。
未だなお恋に囚われた亡霊のままで。 ]
[ 矢継ぎ早に彼の口から言葉が紡がれる。
声が音になって、音が輪郭を持ち
わたしに恋の種が降り注いで芽生えて。
執着の果ては絶望のはずでは無いのか。
終着の果てで過去が現在に塗り変わる。
──なんて、そんな、都合のいい夢は。 ]
……、な、んで?
間に合わない方が、お兄さんにとっては
関わらずに済んで良いんじゃないの……?
わたしがかわいそうだから?
罪悪感があるから?
[ 睨むような目の色で思わず声が萎む。
間に合うと言いたげな様子を見て、
疑問符ばかりが頭上に浮かんだ。
新しい2人で始めたかったわけじゃない。
昔のわたしたちを無かったことばかりにして
平気なふりが出来るわたしと、
平気なふりをさせるあなたなんてものじゃなくて。 ]
[ わたしが一緒にいたかったのは、
関わらない方が良いような子どもにも笑ってくれて
冷たい雨から連れ出してくれて
たくさんのことを教えてくれたお兄さん。
優しいお兄さんが好きだった。
同時にひどく憎かったのだと思う。
あそこでわたしを放って大人になるのなら、
ずっとなんて無理だと突き放してくれたら。
────今この場で言ってくれたなら。
このどろどろに煮詰まった貴方への愛を
きっと正しく罪悪として扱えた。
これは手離したくない愛執で、
けれど手放さねばならない妄執なのに ]
た、…たかが10年ちょっとって何よ!
わたしには永遠に近い時間だったんだから!
死ぬまでとか、ずっととか、
そういう……そういうのっ
いまさら信じろって!?
[ まるで子犬が噛み付くように言葉を返し、
今度はこちらが彼をき、と睨んだ。
なんの気の迷いかは知らないが
少なくとも正気じゃないと叫びかけて、 ]
─────────…………っ、
[ 自分で傷付けておいて、傷を勝手に食べて、
どうして今更そんなことを言うのだ。
なんとも傲慢な「俺の」という呟きに、
何故か力が抜けて暴れる気力も失った。
──記憶の補完なんて。
都合のいいことばかり吹き込まれたらどうするのか。
ずっと、がいつか重荷になる日がくるのに、
唇を噛んで、錆びた鉄の味を感じながら
わたしは大きく息を吐いた。 ]
………………
……………………どういう心変わりか知らないけど…
死ぬまでの間、ずっとずっと
他の女を好きになった分だけ腕切ってやるから。
わたしを捨てようとしたら死んでやるし、
その言葉を裏切ろうとしただけで気付くし…っ
────分かってるの?
わたしにそうやって捕まったらもう二度と
普通の人生送れないんだよ。
お兄さんの痛みも、傷も、
人生ごと一緒にわたしが食べちゃうんだよ?
[ これが最後通牒だ。
蜘蛛の毒で目を回していたとしても、
今ならまだ逃げられる。
逃げて欲しいのか、逃げて欲しくないのか
問われてもきっとすぐには答えられない。
わたしに残ったただひとつの明瞭は
今なお抱え続ける恋心だけ。** ]
[たとえばこれがルミではなく、見知らぬ女だったら。
こうする理由がただ道端の一目惚れと言われたら。
完全に眠らされている内に身体のどこかが損失したなら。
生まれる命を顧みず妊娠を望まれたなら。
その傷は深く、今後の人生を苛んだかもしれない。
憎しみに支配されていたかもしれない。
自分は変わってしまったかもしれない。]
[もうここで別れて二度と会わなくても、
ルミの存在自体を忘れることはないだろう。
だが傷の痛みは、ルミが願った通りの深さでは
いられない。
忘れまいと抉る習慣がなければ。]
可哀想って思うんなら、
ここで嘘ついて安心させる方が楽だろ。
[目に見えない傷なら「深い」と申告すれば
外から確かめる術はない。
脱力したルミを警察に引き渡して自分の身の安全を
保証しつつ、彼女の執着を終わらせてやれば良い。]
はは、やっぱり子どもの時のままだな。
困った時ロボットみたいになんの。
納得できる理由が必要か?
今何言っても「嘘」って言われそうだからなー。
自分の目で確かめたらいいんじゃね?
[関わらない方が良い子だと思ったことはない。
したいからしていたことがルミの救いになっただけで、
救おうとしていたら逆に離れることはなかったかもしれない。
そうしたら、責任感だけが育って、
逆に林檎を腐らせた可能性だってある。]
俺のこと信じろなんて言わないけど、
その永遠に思えるくらいずっと俺を想って
こうやって捕まえる力までつけたルミなら
「ずっと」は叶うんじゃねーの。
[睨まれても怯まない。
目も逸らさない。
逃げる為の方便で言っている言葉ではない。]
心変わり?
あー、ストーカーって、俺の知らない女になったって
思ったけど、ルミだったからな。
何も変わってないよ。
ルミって呼ぶし、痛いのは俺が食ってやるって、
小学生の時の俺の気持ちのまんま。
離れなきゃ忘れることもないんだし、
忘れてほしくなきゃ、その度にこうすればいい。
[他の女を好きにならないと誓わない。
言葉は信じてもらえないかもしれないから。
ただ、「傍に居る」を続ければそれは「ずっと」になると
能天気に考えているだけだ。]
[身体を起こした。
仰向けのままでは流石に届かない唇に指を伸ばす為。*]
[ 自分の傷は自分にしか分からない。
なのに心の傷は自分だけでは癒せない。
ずっと消えない傷になりたかった。
そうすれば彼の中で、彼の人生の中で、
彼に恋していたわたしが生きてる。 ]
……自分の目でって、いわれても、こまる……。
そんな、
…………
[ なにが" 困る "?
願ってもない、自分にとって都合の良い話じゃないか。
通報もされず突き放されもせずに
一生かけて彼の傷を抉って生きて行けるなら。
そのずっとがもしも訪れなければ、
今度こそ本当に彼のせいだと罪を詰ることが出来るし
そうする権利も得られるだろう。 ]
( わたしは、
わたしにとって痛い現実が欲しいのか )
[ 目を逸らさず言葉を続ける彼になにも言えぬまま、
ただ呼吸だけを繰り返す。
何も変わっていない。──そうだろうか。
あの時無邪気に誓った貴方の痛みの食べ方が、
正しく優しくそうする方法が。
分からないままここにいるのに。 ]
……お兄さん、変わんないね……。
………………。
ずっと一緒にいるなんて言われたこともないし、
未来の約束なんか、したこともなかったし
できないことを言われたことも、ほんとは、ないよ…
[ ライ。
周りの人が呼んでいるお兄さんの名前。
同じ呼び方で呼びたくないって嫌だった二文字。
でも今は、気付けばわたしが、一番最悪な意味を込めて
お兄さんを嘘つきって呼んでる。 ]
ずっとルミって呼ぶって言ってくれたのも
痛いの食べてくれるって言ってくれたのも。
嘘になんか、なってない、のに
────……ごめんなさい、 お兄さん、
[ 何を謝っているのか、自分にも分からなかった。
理不尽な理由で傷付けたことなのか。
信じようともせず嘘つきと詰っていることなのか。
こんなことをしておいて、
見捨てられない自信がないから不安がっている。
愛されることも恋が叶うことも諦めたから、
不確かな糸が、まだ続いたことに怯えているだけ。 ]
[ 傷付け続ける許可を出すなんて普通じゃない。
自分がそうしてしまったのか、
或いは元からそうだったのか。
分からないなら、この先で知れるだろうか
──ほんとうにまだ道があるのなら。 ]
……わかった、自分の目で確かめる。
やっぱ無しとか聞かないから。
逃げても追い掛けて捕まえて、
──────ッ ゎ、
[ もはやお得意になった脅しのような羅列を連ね
──ようとして、言葉が止まる。
突然彼の身体が起こされるのを止められず、
反動で後ろに倒れそうになったのを堪えると
見上げた先には貴方がいる。* ]
[「恋愛の成就」で物語は終わる。
正しく成就に至る方法がわからなかった白雪姫が考えた
「成就」を取り上げれば物語を終わらせることはできない。
困った顔をさせている。
「愛してる」と言いながら痛がっている顔よりもずっと良い。
本音を言うならば、たのしくてわらう顔が見たい。]
思い出した?
じゃーこれからは忘れなきゃいいよ。
俺もそうするから。
[全部覚えていると言った彼女は
自分が嘘を吐かなかったことも覚えていたのだろうけれど
忘れていた自分と同じ立ち位置に立たせる。
「ごめんなさい」と小さく響く声色は
大人になって成長した声帯を通っているのに
小さな女の子のままに聞こえた。]
[起き上がると反射でルミの身体が傾ぐ。
痺れが直っていて良かった。
支える腕が間に合う。
触れようとした手は背中に使ってしまったから。
反対の手を使うのではなく、
直接傷を食べに行く。]
ルミ。
こいびとに、なるよ。
[言わなかったら嘘にはならない。
言ったからには嘘にはしない。]
いーたいのいーたいの、おーれがたーべ、
[た、の音で広がる鉄の味。*]
[ 物語、は。
ハッピーエンドのその先がどうなっているのかを
仕事中にふと考えたことがある。
たとえば、いじわるな継母たちから離れて
王子様のもとに嫁いだシンデレラ。
あのまま彼女たちは不幸などひとつも知らず、至らず、
生きていくことが出来るだろうか。
" 恋愛の成就 "で大団円、終幕になるのなら
その先がどうなっても読者に知るすべはないけれど。
結ばれて終わるのがおとぎ話の運命ならば。 ]
…………ぅん。
[ 忘れてたわけじゃない、と言うのはやめた。
飲み込んだ罪の味。
気付かないフリをしていたふたりの過去。
記憶の残り香が頬を撫でる。
匂い立つような昔の思い出が部屋に漂う。
変わったね、と貴方を詰ったこのなかで
変わらない、と優しいままの貴方を見つめた。
痛みも恨みも苦しみも煮詰めてしまったその後に
それでも消えないふたりの今が残っている。 ]
ッいきなり起きると、危ない……
[ もうほとんど薬が抜けたらしい。
油断して転びそうになった背中を支えて貰いながら、
「ありがとう」と言おうとして。
呆けたわたしの顔が、貴方の水晶に映り込む。 ]
ぇ、
[ 唇は赤い。
おとぎ話の白雪姫よりも真紅に濡れて
りんごよりも苦くて錆びた味で満ちて。 ]
──────…、
[ 言い終わると同時に奪われていく鉄の味。
睫毛を震わせ、瞳を瞬かせるのも忘れて瞠ると
いよいよわたしの思考は現実に追いつかない。
こいびと。 なる。
だれの? ────わたしの。
だれが。 ────お兄さん?
言ったからには、嘘には、ならない。 ]
────……お兄さんの未来も痛みもずーっと、
わたしがたーべた。