45 【R18】雲を泳ぐラッコ
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視点:人 狼 墓 恋 少 霊 九 全 管
── 迷い込んだ直後、あるいは紙一重にて ──
[ 瞼越しに瞳を突き刺され、強く眉根を寄せてから目を覚ます。
喧騒とは呼べない風音と奇妙なまでに心地の好い気候。少しも見覚えのない景色の中央で、男は思わず瞬いた。 ]
……んん?
あれ、ここは……、
[ 眼前には鄙びた住居があり、足の下には剥き身の地面があった。空が妙に広く思えるの織られるように奔る電線が存在しないからだろう。良く言えば長閑な気に満ちた周囲の状況に見覚えなどあるはずもなく、もう一度目をぱちり。
……彼が布団に収まってから、きちんと入眠したはずだが。その隙に運ばれたなんてことがなければ状況が不自然だ。己に恨みを持つものの犯行は否めないが、それにしては手段がまどるっこしい。
自分が敵など捕まえたなら、
屹度銃でも向けて腕くらいは撃ち抜くだろう。
だが立ち尽くす体に欠損は無いし、燦燦と惨憺たる日差しを浴びて尚不快な熱など覚えない。……手の甲を抓る。残念ながら現実と納得できるだけの痛みはあった。]
[ そうこうしているうちに漸く足元の存在に気が付いて。 ]
……シグマ?
あれ、どうしたのその……
[ 膝を折って目を合わせればその昏さには見覚えがあった。というかその姿や出で立ちもだ。]
お、おう。変な覚えかたされてんのはともかく……
久し振りだね。元気そうで何よりだぜ。
けどお前どうして。
[ 見覚えがあると言えど普段通りでない彼の姿。明らかに異常事態だ……とは言い切れないのが
ランダ村出身の
妙な飯を食べ合った弊害だろう。
軽く屈んで眼を合わせれば、あの時と同じ警戒心が滲んでいる。
そういえばあの時、己はこの棘をどかしてやることは出来なかったな。子供の扱いには慣れているつもりでいたがほんの少し気がかりだったのは覚えていた。]
[ あの時のリベンジができるだろうか、などと考えていればその警戒色はさっさと鳴りを潜めた。後に残った不明瞭なかたち……を見て取り、きょとんと目を丸くする。 ]
冗談って。……あくしゅみい。
相変わらず訳がわかんないねお前は。
[ 今更か。取ってつけたように肩を竦めて目を伏せた。
現実に似た空気感と、現実にはない居心地の良さ。夢だと言われればなるほどそうなのかと思えてくる。それくらい現状への探求心は希薄であった。ついさっきまで眠たかったのだから致し方ない。
……小さいと可愛げがあるのにどうしてああなってしまうのだろうか。嘆きともとれぬ複雑な心境でもう一つ、溜息。 ]
[ 彼について知りたいこと等、多くは思いつかなかった。
一番気になるのは───生まれた時に与えられたたった一つの名前。
生まれた証とも言いたい一言を呼ぶためだけに己は焚きつけているのだから。
衝動的に口にしようとしたが、声は喉元で止められる。 ]
……けど、
[ 一応住屋や居場所は見つけたと言っていたしな。
未探求の手がかりがある以上、本人より先に真実を得るのは少しだけ躊躇があった。ロマンチストの気は希薄……な方だろうが、特別な一口目は当人に与えられるべきのような気もして。
小さく唸って首を傾げる。
閉じた瞼を持ち上げてみれば、ふと幾つもの球体が目に入る。 ]
……? なにそれ。
一体何をしてんの?
[ 途端に幻想的に見えてきた景色をきょとんと眺めた。風船のように漂った一つはすわっと手を通り抜けるが、足元に横たわるそれは爪先で転がそうともびくともしない。
そうして「触れよう」とした途端、どちらにも奇妙なポップアップが浮かぶようだ。
試しに、(3)1d4らしきものを、]
[目当ての楽譜は、音楽祭で知り合った友人が書いたもの。
出来立ての楽譜は店頭に並んでいなかった。
在庫があると言われたときはお願いしますと目を輝かせ、
嬉しそうにリフルに近寄った。]
きれいな曲を書く人なの
弾けるようになったら聞いてね
[彼の笑顔に鏡みたいに笑顔を返した。
中庭の住人の彼がまだ居るのが当たり前な提案をして、
はっと口をつぐんだ]
[《私、結婚しちゃうかもしれない》
王子の話をしたのはメグだったはずなのに、
彼に出て行けと告げたのはシャーリエだった。
リフルの声が凍って、メグの心臓を刺した。
デートって、楽しくないのかな。
嬉しいのって最初だけなのかな。
もう戻れないのかな。
仮面の後ろで私が泣いている。
話もできない私《メグ》の代わりに
私《次期当主》の仮面を被った。
お屋敷の私《お嬢さま》でもない、とびきりよそいきの私]
ありがとう
お代はこちらから。
[ピアノ譜には釣り合わない銀貨を一枚置いて、
釣りも受け取らずにきびすを返す。
リフルの隣で手を握っていた私は殺した。
彼を従えて歩く私になって、行きますよと前を歩いた。
これじゃあ手は繋げないんだな]
―― 公園 ――
[日が高いからか、子供や犬連れの東洋人が
公園を楽しんでいる中で、
人気のない並木道のベンチにリフルを座らせた。
人もいないのに隣に座ってもデートの続きには戻れない。
ため息を吐くのはお嬢さまの私。
――彼女も次期当主の後ろに押し込めた]
訳がわかんねぇ、ですか……。
貴方に構う答えが必要でしょうか。
ならお答えします。
……貴方は屋敷の中でも特別です。
この国には貴方の左手を直せる技師はいません。
王国に技師の養成を願い出ましたが、
この先10年は王国から先生に
おいでいただく事になるでしょう。
王国と良好な関係ができなければ、
貴方の左手を看る人は居なくなるのです。
……貴方はこの国を去ることになるのでしょうね。
もう一つ、貴方は特別なんです。
私の他に中庭に入るのが貴方くらいなのは
気づいていましたか。
貴方に中庭を許していたことは。
『私』は姉と中庭で話すのが好きでした。
特別な庭に招くくらいには、
貴方がお気に入りだったんですよ?
このまま王子を迎えたとしたら。
……きっとリフルに話し掛けちゃうし、
それじゃ王子に申し訳が立たないから……。
[泣いていた私が戻ってきて、
目の前にいる人の顔がぼやけた。]
……どうしたら、リフルといられる?
友達ならいいの? お国を諦めたらいいの?
……デートも忘れなきゃいけないかな……
[リフルの顔が波打って見えない。
抱えた薄い不面目に雨粒が落ちた。
空には薄い雲しかなく、雨はひと粒しか落ちない。]
……帰りましょうか
[今日はどうにも焦ってしまう。
いつもの私と違う考え方をしてしまう。
でも、いつもの私《メグ》では国を守れないんだ。
板挟みに押し込まれた私は、心の内で雨に打たれていた*]
……、これは、
[ 屈んだ体制のまま我にかえり、暫し呆然と動きを止めた。
異国の響きを口にするかんばせはどこか見覚えのあるような雰囲気を湛えていた。この国の建築構造に見えた部屋の中、歩み寄る子供もまた。
チラリとこの世界の彼を盗み見る。間違いなく昔の彼の姿だろう。ともすれば彼女こそが彼の愛した母親で。 ]
……なるほどなあ。
[ 問いかけども返事はなく、顔を見ることもしない肉親に寄り添い、生存の意思が伺えることだけを喜びとしながら、日々衰えていく姿を眺める日々。
キツイなア、と苦笑めいた表情になった。 ]
……これは、あいつが忘れてる思い出?
[ 沈黙した球体を意味もなく撫でながら顔を上げた。]*
―― 記憶 ――
[慣れないヒールを折って、庭で休憩していたら
窓の外を通ったリフルに手を振った。]
リフルって旅人さんよね。
変なこと聞くけど、シャーリエって人見たことなかった?
……私のお姉さまなの。
[驚かれたか、訝しまれたか、私が耐えきれなくなったか。
眉尻を下げて変だよねって言い繕った]
本当はお姉さまが家を継ぐはずだったんだけど
いなくなっちゃって。
……さらわれた、らしくて。
私はお姉さまの替え玉だから、
こういうの剥いてないの
[ヒールの折れた赤い靴をぽいって芝生に放り投げた。
シャーリエの仮面に慣れることはなく、
日々の用事をお姉さまの代わりにこなしているだけ。
できるようになってきたけど向いているとは思えない。]
家族は私のこと、メグって呼ぶの。
でも本名はシャーリエなの。
……やっぱり変だよね
[えへって困ってない顔を作ったけど、
無事な片方のヒールも投げてしまってから、ようやく笑った]
[この先の記憶は曖昧だ。
きっと貴方を気にとめた理由なのに、
その後の中庭の記憶で薄れてしまった。]
ねえ。
あなたの手は大丈夫?
生まれたときからつけてたわけじゃないよね、
痛くなったりしない?
この国でその腕、聞いたことないもの、
腕が痛くて倒れたりしない?
お姉さまはこの庭でさらわれたから、
ここで倒れちゃやだよ
痛かったら守るから、どうにかするから。
言ってね
[もやもやの気分の向こうで毛玉がくるんと回った。
これは夢じゃないけど、私にとっては薄い記憶。
貴方と笑ったお茶会の方が大切で、
思い出すことも少なく薄れていく夢みたいな記憶]
貴方が男の人じゃなかったのなら
友達のままいられたのでしょうか……?
[公園のベンチ で呟いたのは、私《次期当主》。
泣き声の私《メグ》の代わりに口を貸しただけなのに、
ひどく胸が痛い。
目を閉じて私を殺して、
息を整えるために風の音を聞いていた**]
[そっと挟み込んだ内側で
潤んだ瞳が揺れ、
静謐さを保ったまま唇が動く。
ほんのりと色づいていく
艶めかしい変化は
美蝶の羽化を見ているようで。
息をするのも忘れて魅入っていると
口元がふわりと緩み
堪らない微笑が咲いた。]
…………
[この世のものと思えぬ可憐さに
撃ち抜かれて
あれほど饒舌だった舌が、言葉を失う。]
[同時に、一気に溢れかえったのは
叶うことのない欲だ。
チャペル
(この、大きな標本箱ごと
持ち帰って
ずっと手元に置いておきたい…)
一瞬でも見逃したくない。
ずっとこの奇跡を見ていたい。]
[だが、そんなこと
人間相手に許されないことくらい
いくら虫狂いの、常識の薄い男でも知っている。
先程、彼も言っていたではないか。
”離して” ”帰して” と。
きっと拘束を解いたが最後
羽ばたいて
手の届かぬところへ
飛び去ってしまうのだろう。
24時間びくともしないというアナウンスの
真偽は定かではないが
警備の手が回るまでの間だけでも
せめて────…]
[限りある時間。
もっと、余すところなく愛でようと
頬から手を浮かそうとすると
柔らかな肌が わずかに泪で張り付いて
”行かないで…”と
引き止めてくれているように感じた。
本当にそうなら
どれだけ良いだろう。
心裡だけに留めておきたいのに
慣れぬ切なさは
いとおしさと共に視線に滲む。]
[さっきは有無を言わせず
無遠慮に剥いた服。
ベルトに手を掛けながら
落とす声には、懇願の響きが宿る。]
………… 全部 見せて
貴方の綺麗なところ、全部 俺に
[明日になれば
もう望めぬ相手なら
また無理やり肌蹴けさせても構わぬ筈だし、
嫌だと拒まれても
きっと手は止められないと思うのに
やはり
諦め切れていないのか
この柔らかな表情を崩したくないのか
羽化を強引に手伝いながら、希う。]*
[温かい掌が離れて行くのは
一瞬だって寂しいけれど
他の場所にも触れられたいから――、
我慢できない辛さじゃない。]
……?
[彼の方は……、どうしてだろう。
向けられる眼差しが曇った気がした。
僕は何か粗相をしてしまったのだろうか。
伝播したように胸を締め付けられながら
下にずれて行く彼を視線で追う。]
[針が刺さったままの胸と胸の先
彼の手はベルトに掛かった。
それから、切実な響きを伴って
彼の望みが鼓膜を打つ。
一気に渇いた口を、躊躇いがちに動かした。]
……うん。……見て、欲しい……
[決して、嫌ではない。
僕も望んでいることだ。
だけどどうしたって、顔が強張る。
不安がちに瞳が揺れる。
自社製品のモデルを自ら務めて
肌を晒すことはあるが
性器は流石に母と業者にしか見せたことがない。]
[特に母だ。
そこを見るときだけ残念そうな……、
或いはほっとしたような顔をしていたから
男としての自信を持てずに来た。]
[緊張する。
続きを早く見たくて仕方がないし
今すぐ息の根を止めて欲しくもある。]
(彼の元に届いた蝶たちも
いまの僕と同じように
酷く緊張したんだろうな……)
[虫たちが感情を持つかは解らないが
もし在るならきっとそうだ。
彼のお眼鏡に叶わぬのは
価値が無いに等しいこと。
生かすも殺すも貴方次第。]
[そんな依存しきった存在だからこそ
不安の隠せぬ眼差しで見つめる。
下が脱がされるなら
黒のレース製の下着が露わになる。
大事な部分だけ黒い裏地に隠され
脚の部分は透けている薔薇柄のそれは
黒の手袋とお揃いで
両サイドから三本上に伸びる黒ガーターが
ズボンに留められていたシャツを
スス、と左右に開き
無駄毛が一本とない肌を
彼の前に晒す行為を、手伝うだろう。
下着の下も、不要な茂みは処理済みで
使用感の少ない半身は本人と同じく萎縮し
今は大人しく中心に収まっていた。*]
[妙なご飯で変化した時、真っ先に目に入ったのは、
燥ぐ元気なお兄さん。
あの短い邂逅では、
第一印象がそのまま固まってしまうのは致し方ない事だ。]
…すみません、
こうして人が来る事など有り得ないので対応に迷い、
貴方が不可思議な出来事によって出会ったこの姿の時に
合わせてしまいました。
俺は現在の時間までの出来事を知識として知っているので、
あの時とは別のものとなります。
[悪趣味と言われれば少年は頭を下げて謝罪をする。
普段より淀みなく淡々と説明をして、
溜息に僅か口元だけを上げたが、
球体に向けて俯けば目立つものではなかったか。]
[何かを言いかけたが、彼は聞きたい事は無いようだった。
代わりに向けられた言葉には、視線を上げて。]
手入れをしています。
俺はこの手入れの為に、存在しているので。
[アバウトな説明をしていれば、彼は鈍色の球体を選んだようだ。
説明をするには、一番手っ取り早い選択。
球体をクロスで拭きながら、戻ってくるまで様子を窺う。]
簡単に言えばそうですね。
正確に言えば十六夜の力の代償に払った記憶です。
光を失った球体達は二度と浮かび上がる事はなく、
上にいる存在が思い出す事は永劫ありません。
[ここを底と称して、本体を上にいる存在と呼び。
淡色の球体は、浮かべば記憶として思い出しますよ、と補足。]
[ただ知るだけでは、
特別な一口目になどはなりはしない。
レーションのように、機械的に飲み込んで簡単に溶けていく。
意味を持つならそこに別の味が付けられた時だろう。
とは言え、望んでいる訳でもない。
女には呼ばれる事の無かった名前。
男が呼ぶ時は言い聞かせる為ばかりだった。]*
[彼女の探し物が本当に探さないと見付からない様なものだった事は露知らず、声を弾ませ目を輝かせて喜んでいる彼女に
「おおげさだなぁ」と思った。
有名な奴が書いたのか、と勝手に納得しながら、
「聞いて」と笑う彼女に当然の様に頷いたけど。
店主が消えた店内で、
彼女の持って来た話に己は胸を引っ掻かれて、
ざわざわと落ち着かない腹の底から、
彼女を刺す声を浴びせた。
彼女とこんな空気になった事は、
未だかつてなかっただろう]
[確かめる前に、彼女は店主へ代金を置き、
主人の顔で颯爽と、優雅に歩いて行ってしまう。
返事の代わりに小さく舌打ちをして、4pヒールのシークレットブーツをゴツゴツとわざと踏み鳴らして後を追った。
ちゃんとついていっているとわかる様に]
[足が止まった場所は、公園だった。
そこは心地よい天気と風と遠い喧騒で、ただのピクニックだったらきっと楽しかったろうと思わせる。
促されるままベンチに座って、
ため息を聞けば気分は下がるが、
ここへ持って来たのは自分だ。
そうさせたのは、自分だ。
こんな顔させたかった訳じゃないのに
]
ふん……
[己に答える凛とした、ともすれば冷たい声を大人しく聞く。
己の義手をそんなに重く見ているとは思わなかった。
でも、彼女が気に掛けてくれるほどこの手はいいモンじゃない。
そんな本音が、話の途中で小さく息を漏らした]
[続く話には目を丸くした。
いやだから何でお気に入りなんだって、
やっぱり答えになってねぇって、と噛み付きかけたけれど、
何もしていない自分をお気に入りだと言われて、
無性にこそばゆくて、足元が浮きそうになる。
盗賊団の中でも、言ってしまえば自分は団長のお気に入りだったかもしれない。団に利をもたらす手先を持っていたから。それからどちらかというと女寄りの顔をしていたから。
でも彼女は
己にそんなものを求めてはいない様に思えて……
浮つきかけた気持ちは、
彼女の瞳を覆う薄い膜で焦りに変わる]
なに、泣いてんだ……
[盗賊に襲われて泣き喚く人々の顔からは目を背けてきたが、
彼女から目が離せなかった。
こんなに、静かに涙を堪える人がいるのか。
どうしたら、この涙を零させないで済む?
時間は長く与えられただろうに、
愚かにも成す術ひとつ頭に浮かばず、
彼女に涙を流させた]
………………
[言いたい言葉は沢山あったのに、
静かな一滴の雨に全部流されてしまったかの様に、
喉からは声が出なかった。
帰ろうと言われたけれど、尻がベンチにへばりついている]
………友達は、もともと無理ですよ。
だって主人と従者ですから。
[彼女の閉じた瞳を縁取る睫毛を見つめながら、
ようやく出た言葉は、冷たい真実。鬼に見えるだろうか。
でもぶっきらぼうに吐き捨てたその言葉で、勢いがついた。
重い腰をゆっくりと上げると、
べりべりとベンチから剥がれる幻聴が聞こえた。
苦笑いを浮かべて、彼女を見降ろした]
オレ、出て行きますよ。
[告げてから二度瞬けば、
少し吹っ切れた様な顔になる]
なぁ、
そんな気分じゃないかもしれねぇけど、
よかったら帰る前に飲みに行かないか?
[帰りましょうかと言われたけれど、
酒が飲みたいと今日何度か聞いていたから誘ってみた。
もう少し彼女と話がしたい、が本音。
いつもと違う、いろんな顔を見せてくれる彼女と話がしたい。
けれど、気分がのらないなら明日、又は別の日でもいい、とは付け足して]
オレの話もしたいし……
[とも言ってみる。
連れて行こうと思っているのは少々柄は悪いが、とびきりうまい酒を出してくれる店だった。*]
― いつかの記憶 ―
[それは、まだ屋敷を把握しきっていなかった頃の事か。
それでも一人で歩けるほどに馴染んだ頃か。
あまり使用人同士の話題に上らない、けれど存在は知っていた庭があった。別段緑や花に興味があった訳ではないから、気にはしていなかった場所。そこを通りがかった時、ひらりと何か視界の端で揺れた。
何かと思えば、銀の髪のこの屋敷のお嬢様。
庭迄は回らず、窓を開けて彼女の声を聞き取った]
は。 左様ですが……
は……? ぁ、いえ……
[「変なこと聞くけど」と前置きされた通り、
尋ねて来たのは変な事だった。
思わず素で呆けてしまって、取り繕った。
どういう意味かと聞き返す言葉を探している内に、
彼女の方が口を開いた]
………
[その内容は、屋敷一番の新入りに話す事ではない様に思えた。
嘘だとは疑わなかった。彼女が狂っているとも思わなかった。
語る声は幼さを残すが誠実で、
瞳は己よりずっと澄んでいたから]
メグ……
[ええと、結局どちらが真名なんだ?
彼女から目が離せないまま困惑していたら、視界の外でぽふっとヒールが落ちる音がした]
えっと……
[義手の事を聞かれると、口籠る。
まぁ義手を着けられた理由が理由だったから。
あどけない笑顔から目を逸らしてぽつぽつと説明する。
おかげさまで調子はいい。
左手は数年前の事故で駄目になった。
今のところ痛む事はない。
それよりたまにかゆい。
そんな事をあまり慣れない敬語で伝える。
この庭で姉がさらわれたから倒れたら嫌だ、と聞けば、不意に気付く。
そうか、ここ、オレが倒れていたところか。
思い出した、と言えるほど鮮明な記憶ではない。
けれど彼女から聞かずとも、ここがそうだと、何故か確信した。
……いやな記憶をオレが増やしてしまったんだな、と、眉が下がる。自分より年下だろう彼女に心配されて、ますますいたたまれない気持ちになる]
そちらに行っても構いませんか?
[庭にはテーブルとかあっただろうか。
許されるのならその庭で一緒にお茶をして、
ひとつ、甘い香りの思い出を積もうと思った]
[それでも、自分から彼女を誘ったのはこの一度だけ。
使用人のする事ではないと思ったから。
でも、それ以降彼女の方から誘われたりする様になったんだっけ?
「あの、替え玉とかって話、本当なんですか?
この屋敷ではみんな知ってる事なんですか?」と、
気になっていた事を、どこかのタイミングで聞いたりしながら。
彼女がごく普通の少女の様に話すものだから、
自分も敬語がたまに砕けた。
けれど主人と従者のていは崩さず、
自らの生い立ちや深いプライベートは語らず、又、
彼女の事も多くは尋ねなかった。
だからきっと、
彼女にお気に入りと言われても、
己にはわからなかったんだ。**]
[楽譜を手に入れてデートは姿を変えてしまった。
後ろに足音を聞きながら歩く道は、
さっきまでと違って心細い。
大きな木を目印に公園まで自力で歩く。
店の並ぶ通りを割入れば、
土地勘のない静かなエリアになる。
ここに連れてきてもらったことはないけど、
祭りが開かれる公園にはシャーリエとして来ている。
あの木まで行けばわかるだろうと、
後ろのリフルに頼ることはしなかった。]
―― 公園・ベンチ ――
[答えに満足いかないのか、気に入らないのか。
彼は唇を結んで眉を釣り上げる
。
その不満顔が見慣れたリフルだったことに少し救われる。
思いついた言葉は全部投げてしまった。
それでもどうしても二文字が言えない。
きっとこれは貴方を特別に思う理由なんだろう。
昔お姉さまになんどでも言った二文字、
すき
だから見返りを求める言葉]
(……言えないよ)
[言ってしまえば、
友情でも憧れでも尊敬でもない気持ちを認めることになる。
すき
だから撫でて、で済むならばいいが]
[
すき
だから 結婚の話は考えたくない
すき
だから 彼の居場所を守りたい
すき
だから わがままに彼を傷つけてしまいたい
すき
だから 幸せになってほしい
すき
だから
すき
になってほしい
いつの間にか膨らんだ気持ちは、口にしたとたんに
シャーリエが崩れてしまいそうだ。]
(恋人ってなんですか。
私の気持ちは、恋なのですか)
[誰にも相談できないことは彼に聞くしかなかったのだ]
(友達じゃないなら
どうして優しくしたの。
私のこと小さな子だと思ってるの?)
[全部、ぜぇんぶ。
内側に押し付けていたから、
私の顔のまま顔を上げる羽目になる。
今、出て行くって、言った……?
屋敷から?国から?
私のところからリフルが消えてしまう……?
最後に見るのがこの苦笑いになるの?]
[なんとか私《次期当主》を引っ張り出して取り繕う。
選択肢を見せたのは私だ。
臣下が選んだのなら、その責を負うのは私だ。
……いくら私が望んだって、貴方が頷かないなら
すき
な気持ちが実を結ぶことはない。
そっか、宿題は決まったんだ。
もうデートは知らなくていい。
帰りましょうか。
開けることもなくなった気持ちごと、
私《メグ》を押し込めて蓋をした。
蓋が間に合ったのか、それ以上瞳が潤まなくて済んだ]
のみに、ですか?
[予想しなかった誘い
にオウム返ししてしまった。
お茶の席は庭でなんども設けたけど、
お酒は彼に連れていってもらったことと、
パーティーで口にしたことくらいだ。
普段は飲まない。
――と思っているが、寝る前のホットミルクに
ブランデーが混ざっているのは例外でいいと思う――]
うん、そうですね……
リフルの話も?
[話し足りないことがありますか、と目を見た。
確かに、話したのはほぼこちらから一方的。
デートに連れていけと行ったのも私だ。
言い分を聞くのは当たり前の礼儀ではないだろうか。
それに、リフルの個人的な話って聞いたことない。
リフルはどう生きてきて、この国に来たんだろう。
これからどうするつもりなんだろう。
暴れそうになる蓋の上に重石をして、お願いしますと頷いた。
苦笑いを最後にしたくないから、
もう少し笑える私で貴方の顔が見ていたい、が本音*]
―― 思い出の庭 ――
[リフルとの思い出はゆったりしていた。
お茶を飲んで話をするときも、ピアノを聞いてもらうときも。
為になる話は……最初にお姉さま知らないか聞いたのと
義手はかゆいと聞いたことくらい?
お姉さまがいた時には必要だった区別のあだ名《メグ》も、
シャーリエが一人になった今では為にならない話。
隠してはいないから、前から屋敷にいる人なら知っている。
「替え玉の話」を直接訊かれたこともあった]
お姉さま居なくなったのが五年前だから、
そのときから居る人なら知ってますよ。
今はお姉さまの代わりをしてるけど、
帰ってきたら仕事お返ししたい……。
[倍返しだ!って笑えたのは、
ここにいない愚痴聞き役を埋めてくれた人がいたから]
―― 幕間 ――
[一度だけ臣下としての彼を庭に連れ込んだことがあった。
街の様子を定期報告してくれたリフルに、
真っ青な顔で詰め寄ってから、ちょっと来てって
人の居ない夜の庭まで歩いてきた。
窓のない壁際で数枚の紙をぎゅっと握る]
本当にあの人を見たの……?
もうっ、あの家、変にすり寄ってくると思った…!
どうしてこんな事するかな、
どれだけ信用失うと思って……ああっもう!
[他の部門からお金の流れがおかしいことは聞いていた。
リフルの証言と合わせれば、
有力な貴族が孤児院の寄付を横領していることになる。]
わ あ
ら
?
[頭抱えてうずくまって…柔らかい芝にころんと転がった。
ヒール履いてたのを忘れて重心が前にありすぎたのだ]
わ、笑わないで……ほしぃです、けど……
[手かしてください、と真っ赤な顔を伏せたまま
立ち上がらせてもらった。
ふわふわスカートを摘まんで一礼。
……正式にお礼をしたのに締まらないったらない]
こほん。
リフルにお願いします。
土曜の夕方からこの人を見張ってください。
孤児院に寄った証拠を掴んで欲しいのです。
騎士班が必要ですね。
ユーディトという者を任に付けます。
『赤いバラの件』と言う者以外には内密にお願いします。
……あ、お願いしていいですか…?
物騒なことにはならないと思いますが……
[貴族の爵位剥奪で終わった事件の一部を任せた。
後でお父様から騎士を使えとお小言をいただくのだけれど、
素晴らしい働きだったとユーディトから聞いて
得意な私にはお小言もくすぐったいだけ]
ありがとうリフル助かりました〜
[次に庭に呼んだときには、ご褒美とかできる範囲で!と
意気込む私がリフルを迎えたことでしょう*]
―― お酒屋さん ――
[私は下町のシンプルな味のお酒が好きだった。
土の香りがどうとかリッチなナッツの後味だとか、
ややこしく考えなくても、林檎の味!がするから。
混ぜてカクテルになるのも可愛らしい。
高いものじゃなくても
好みに合わせて楽しんでいる人々を見ているのが楽しい]
辛口のシードルありますか?
[リフルに連れてきてもらったお店で、
前に飲んで美味しかったお酒があるか聞いてみる。
店員さんは体をかがめても
カウンターから背中がはみ出すくらいの大柄な人だった]
リフル。
ここで話せそうなことですか
[リフルに向ける顔は少しぎこちない。
街の中でシャーリエでいるのもおかしいし、
どっちつかずの私がつぎはぎ人形を演じている。
彼に向けた視線は留まっておけず、
店のあちこちにさまよっていた**]
[外はまだ明るいけれど、お店の中は薄暗い。
ランプを光らせている脂の焼けるにおいと食事のにおいが
ざわざわした声に混じって、活気とも違う喧騒がある。
壁がときどき焦げているのは葉巻のせいだろうか。
椅子もテーブルも清潔なのに
欠けていたりガタガタしたりする。
柄の悪い、とはこういうことだろうか]
……ん……。
[運ばれてきたものに手を着けないまま、
彼の話したいことを待った。
これを飲み干したらいつもみたいに笑えるかな。
帰るまで自然にメグができるかな。
もっと強いお酒を頼めば一気に変われたかな。
そう思って伸ばした手は、グラスの水滴に触れているだけ。
最初に運ばれてきた串焼きは
暖かいうちに食べられるのを待っているのに、
どうしてもお酒を先に口にしたかった**]
[切実な願いは、聞き届けられた。
ただ、
諸手を挙げて…という訳では無さそうなことは
躊躇いがちな口調と
翳ってしまった表情から感じ取れた。
ベルトに続き
釦やチャックを外し
スラックスを引き下ろそうとしながら
(一体、なにを考えているのだろう…?)
これまで標本にしてきた
数多の虫たちの心なんか気に掛けたこともなかったのに
貴方が今、どんな気持ちでいるのか
気になって仕方なくなる。
知りたいと願う反面
深く刺さって抜けなくなりそうで
知るのが怖い。]
[僅かな逡巡の後、
一気に膝まで引きずり下ろした。]
っ、……これは、また すごいな、
[現れた景色に、ほぅと目を見張る。
黒いベルトに縁取られた
非の打ち所のない白い肌を
レースが絶妙に透かしつつ隠しているのが
艶めかしい。]
……美しい
[ガーターが開いて曝け出してくれた脇腹から
布地を通って、太ももへ
右手で撫で下ろしながら賞賛する。
脱ぎ捨ててしまう蛹まで
麗しい様は、オオゴマダラを思い起こさせた。
彼らが包まる蛹は金色に輝いて
人々を魅了する。
でも、あれは本来、捕食者の目を意識したものだ。
理由は諸説あるが
生き残るために独自の進化を遂げてきた。]
[普段は見えぬところまで
こんな風に拘り抜いて、
貴方は一体誰の目を意識しているのだろう。
必死に探して此処に来なければ
逢うはずも無かった
己では無いことだけは明らかだ。]
…………
[訳の分からぬ苦さ。
もやついた気持ちを晴らすように
パチン、パチン、パチン
留め具とシャツを別れさせ
白さをより際立たせる額縁を取り払っていく。
どうしても鎖が邪魔で
まだ逃げられぬことを確認しつつ
椅子の足と繋いだ片側をひとつだけ外した。
自由になった すらりとした脚。
恭しく捧げ持って
革靴に続き、スラックスとガーター
履いているなら靴下も抜き取ろうとするだろう。]
[黒革の拘束具だけは
俺が施したものだから
このままで、────良い。]*
[手枷と繋がる鎖に戒められて
"諸手"はずっと挙げたままだけれど
いま僕を見てくれているのは
他でもない彼だから……、
緊張せずには、居られない。]
(変じゃない、かな……)
[ジム通いで余分な贅肉を落とし
肌の手入れを欠かした日はない。
万全と言っていい状態だが、
それでも不安の種は育っていく。
下半身など、普段他人に見せる機会はない。
羞恥も伴えば、
頭が沸騰しそうになっていた。]
[何か、気になることでもあるのか
少しの間が置かれ
不安が一層膨らんだところで
ズボンを一気に脱がされた。
膝上まで、冷んやりした外気に触れる。]
……、ええと、それは、……
[日本語は時に難しい。
すごい、はどう受け止めていいのか。
わからぬまま
眉尻を落として見つめていれば
賞賛を告げてくれながら動かされる手が見えた。]
[脇腹から太腿へと掌が伝い降りるのと裏腹に
ぞくぞくとする何かが背筋を駆け上り
頸の辺りで蟠る。]
……、……っ
[両目を細め、小さく震えながら
慣れない快楽を甘受した。
その声で褒めて貰えるのも
その掌で触れて貰えるのも
信じられないほど、気持ちが良いよ――…。]
[先程、虫ピンを刺される前に
胸を弄られたときは、
擽ったさしかなかった。
心が無防備だと
こんなにも……、違うんだ。
下着が、少し窮屈に感じる。
]
そう見えるなら、良かった……
[賛辞に答えながら僕は
身体まで彼に懐いていくのを
自覚するけれど
どうしてだろう
彼の方は……、余り面白くなさそうだ。]
[無言で裸に剥かれていく。
腰や足を浮かせて手伝いつつ
気に掛かる。
足を持ち上げてくれる所作から
僕を大切に扱ってくれているのは
伝わってくるのだけれど
彼は本当にしたいことを
出来ているのだろうか。]
[シャツガーターを外され
靴下まで脱がされたが
鎖を離した足枷は足首に残された。
脱がしきりたいのか
それとも脱がしきりたくないのか
何とも不思議で、少し首を傾げる。]
(……ああ、)
[けれど、足元を眺める彼の表情は
心なしか嬉しそうに見えるから……、
このままが、────良い。]
[手足の拘束具。
貴方が付けてくれたと
改めて認識すれば
一番の気に入りの装飾具になってしまう。
この先ずっとつけていてもいい。
僕の中、在原治人というひとが
一秒ごとに大きくなって、占めていく。]
[自覚すればする程に不安も育つ。
嘗て自身の基準の全てを作った人は
最期には僕を仕上げるのを諦めて
僕のことを捨てて
自分だけのために生きて
自分だけのために死んだのだから……。
貴方に価値を与えて貰って、
漸く得られた命だ。
また手離されたら……と想像すると、
ぎゅうぅ、と強く胸が締め付けられる。
息がしにくくなって
また、辛い方の涙が瞳に集まっていく。]
[生きることはかくも苦しいことなのだ。
重い肺を働かせながら、想いを声に載せる。]
Herr在原、治人……
……、僕を、最後まで仕上げて
[切望で、渇望していた。
もう貴方のための僕だから
途中で投げ出さないで欲しい。
しかもそれだけじゃないと
吐き出してから気づいてしまう。
口をもごもごと動かし
躊躇って、躊躇って、……付け足すだろう。]
僕を、手元に置いて欲しい……
叶うことなら、ずっと……
[声は怯えを孕んで震えていた。
僕は、貴方なしに生きられないだろう。
もし叶わぬのなら、今すぐ命を摘み取って欲しい。
……そんな想いで。**]
[行きますよって彼女は堂々と出て行き、途中微妙に頼りなさ気な足取りになりながら、辿り着いたのは公園だった。
よく喋ったのは彼女の方で、
言葉をたくさん飲み込んだのも彼女の方だった。
彼女よりずっとシンプルで身軽な己は、
答えももうこの手に持っていて、
彼女に差し出しさえした。
それでこれ以上泣かせる事はないと踏んだ通り、彼女は落ち着いた顔をしていた。
彼女が仮面を被っているとは、まぁ気付いていたけれど、
それでも大泣きとかされずに済んだ事に、
身勝手ながら安心していた。
飲みに誘ったけれど、
断られたって「そっか」となるだけだと思った。
でも、何か言いたげながらも頷いてくれて、
嬉しい自分がいる事に驚いた]
お願いするのはこっちだなぁ
[少し照れくさそうな顔を傾け、
結んだ髪がかかる首をかいかいと掻いた後、
今度はまた、自分が道案内をした]
[屋敷に仕えているものだから流石に店は選んでいるけれど、たまに足を運ぶ。彼女を連れてやって来たのは、奥まった立地のせいで少し暗い、そんな店。
何かいつ行ってもやっていて、そこが楽しい様などこか不安になる様な気もする。
おめかしした彼女を連れて行くと、ある人は不躾にジロジロ見て来るし、ある人はちらちらと気付かれない様に視線を寄越して来た。
あー流石にお嬢様嫌かなと思って引き返そうとしたが、
人懐こい女性店員が席を用意してくれて、
半ば強引に席につく事になった。
彼女へ向けられる視線が大半の中、己に向けられる視線があった事には気付けないまま。
彼女の方はこっちの気もしらないでか、
まぁ浮いているのに態度は毅然としたものだった。
店員もまわりの客も絡んで来ないし、まぁいいかと、レモンの酒を頼んで一息ついた。
彼女の酒の好みは把握して……いるという事はなかった。
お出しする機会がなかったものだから。
果物の味の強い酒がふたつ並んだのが、何だか面白かった]
え?
ここじゃ話せない様な事、
話しちゃう?
[さっき迄はよく出来た大人だったのに、
今こちらへ向ける顔も視線も、アウェイの少女だ。
おどけて返してみたが、彼女の反応がどうであれ、調子に乗り過ぎたなとこっそり反省して、運ばれて来たグラスに手を伸ばした。
……こういう場所は昔の匂いがする。
呑まれない様に気を付けないと]
えーと、何から話そうかな……
そうそう、この手だけど。
あんたが思ってるほど、オレはこの手が好きじゃねぇよ。
悪い事をしてきたからな。
[「こういう」と続けて、
隣に座る彼女のほっぺを左手でムニとつまんだ。
こんな可愛い悪戯じゃない、と示す様に、少し力を込めた。
抵抗したって唇が開くくらいに。
……さっき気を付けないとと思ったばかりなのに。
今一度反省したという訳ではないが、するりと手を離した]
あると便利だ、普通の奴みたいに生活出来るし。
でも、駄目になったら駄目になったで、オレは構わない。
きっとすぐに諦めがつく。
もともと、あの時駄目になってる筈だったんだ。
だから、こいつの事は気にしないで良いんだ。
[片手でも真っ当な仕事もあればそうでないものもあるだろう。
それは両手でも同じ事で、
とどのつまり、手はそう重要ではない]
これからは……まぁ、どこに行こうかな。
[出て行くのは屋敷をなのか、国をなのか。
アテも含めて決めてないが、この場で「屋敷」とか言えないので濁す。
とりあえず、先の手の話から、技師を求めて国を出ると迄決めている訳ではない事は伝わるだろうか。ただ、結局国をも出る事になる様な気はする。
「あ、それ美味いよ」と、運ばれて来た串焼きに話を移したりしつつ、]
……オレがあんたに何をして
そんなに気に掛けてくれてんのか、
やっぱりよくわかってねぇんだけど、
でも、この手で出来る事を求められた訳でもなく、
女みたいな顔だから服を脱げって言われるでもなく、
気に入ってくれんのは嬉しかったよ。
[ふ、と笑って串からひとつ肉を食い千切って。
もむもむと、使用人顔で上品に咀嚼して飲み込んでから、また笑みを向けた。ちょっと複雑に眉を下げていたが、哀しみや苦悩を含んだ笑みではなかった]
でも、オレがあんたの傍に居る事を
疎む奴も居るだろうし、
オレ自身も、あんたを悩ませるタネでありたくない。
例の場所でオレが倒れ…寝転がってたのだって、
オレが今迄悪い事をして来たからだ。
またあんな事、嫌だろ。
……オレも……いやだよ………
[血に染まった庭を見て、当時彼女はどんな顔をしていたんだろうか。どれだけ胸を痛めたんだろうか。
想像してしまえば、
最後の言葉は彼女でなく、
薄いレモン色のグラスに向けられた]
[恩返し、と言って屋敷に居ついたし、その気持ちも本当。
いつ迄、とか考えてなかったけれど、
永遠に居る事は良くないだろう。
彼女の結婚と、彼女の想いで考えさせられた。
盗賊団に見付かって屋敷や彼女に迷惑がかかると迄考えた訳ではないが、己の過去が暴かれて何か取り返しのつかない事になる可能性は大いにあるんじゃないか、とは思い至ってしまった。
例えば彼女が結婚を断ったとして、身辺を調べられて、
彼女に危害が加えられなくとも、原因になったオレが見せしめの様に殺されるとか。
別に死んでも構わないけれど、
彼女に死体を見せ付ける様な過激な奴だったら?
それなら、オレがおとなしくどっかに去った方が、
色々と問題が回避出来るのではないか。
そんな事迄すぐに思い浮かぶほど、
オレはオレの過去を煩わしく、又、重く見ている。
出会ってすぐ聞いた替え玉の話は記憶に薄い。
盗賊の仕業と考えている訳ではないが、
少なくともオレ達は、攫った人間は返した事も逃がした事もないから……。**]
[剣呑でお互いを刺し合う話でもなく、
泣いてばかりでなにも話せない訳でもなく。
ふと柔らかい表情を見せてくれるのがありがたい。
一緒にドアをくぐったお店では
いくつもの視線を浴びることになった。
注目されることに慣れてしまったシャーリエでは
視線を探り当てて笑みを返してしまうのだけど、
今日はそういうの必要じゃないから、
ふうって目をそらした。
「席はこちらで」って
高い声でやってくる店員と彼の間に挟まって、
他にこっちに向かう視線がないか偵察をしている最中。
1つ彼に向けられた視線を見つけた。
込められていたのは、ミーハーな女性の視線っぽくなく、
なんだか、こう……]
[席に座ってもう一度そっちを見れば、
もう視線は切れてしまっていた]
話せない話って…… もぅ、からかってる?
……悪い子。
[真面目な話かと隣のリフルを見つめたのに、
抑揚つけておどけた語尾に冗談だと気がついた。
こういう話し方で私に接する人なんていないので、
どうしても気がつくのが遅れてしまう。
顔をテーブルに戻す前に「悪いこと」までされて、
しかめっ面をして義手を捕まえようとした。
ひらりと翻されて触れることもできなかった私の手は、
お酒混じりの空気をわたわたかき回して、
テーブルに落ちた。]
私は、その手、すきですよ
きっと片手をなくして困っている人の夢になる
[リフルの手、なら二文字言えるんだ]
[冷たい手に触られたのに赤くなる頬を抑える。
どうやって動いてるのか知らないけど、
器用にクッキーを二つに割った手は、
彼にとって嫌な思い出なのだろうか。
たしかに片手になっても仕事はあるだろう。
街を見てもらう今の仕事だって、手が2つは条件ではない]
[どこへ行ったってなんとか生きていくのだろう、彼は。
屋敷を出たら迷うだけの私と違って、どこかへ行ける。]
…… ……。
[美味いよと串焼きを掴む彼の手と、
嬉しかったと語る彼の唇を順に見る。
リフルの壮絶な過去が見えた気がする。
けど、きっとその顔の下に隠れてるのがまだまだある]
どうして、あなたが疎まれるの。
疎まれたら止めちゃうの。
それを阻むのは私の仕事です、
街の秩序を作るのが私です。
人々から罰を預かっているのが私です。
ルールを破る私刑はそれ自体が罪です。
……守るから。言ってよ
悪い子には罰をあげるから、それで許すから……
[彼のグラスの隣に黄色いお酒のグラスが並んでいる。
シードルのグラスを手にして覗けば、
揺れている私の顔が悲しそうに揺らいでいた。
そうか。そういうことなんだ。
私、リフルに言って欲しいと思ってるんだ。
これからも一緒にいるって、
すき
だって。]
[グラスを口に運び、
息を吸い込んでから上下をひっくり返した。
弱いお酒とはいえ、流れ込んでくる勢いは垂直だ。
味とか香りとか関係なく喉を動かして飲み、
なだれてくるリンゴ酒を全部お腹に納めてから。
隣の彼へ、すっきりした笑顔を向けた]
リフル。わかっちゃった。
……私、あなたのこと引き止めたいんだ。
諦めるには遅いの、もう私の思い出だもの
[ふふふ、って、
難しいことを削ぎ落とした私《メグ》が笑う。
難しいことはシャーリエの担当だから、
私は正直でいなくちゃいけなかったんだ。
やる気がでればシャーリエも動きやすいんだから、
私は私と喧嘩してる場合じゃなかった。]
[ ばちん と大きな音を立てて、店の灯りが落ちた。 ]
リフル、 リフル?
どこっ…… !!
[驚いて離してしまった彼の手が見当たらない。
暗闇であちこち手探りしてみるけど、
リフルの手なんて間違えようがないものにかすりもしない]
リフル! っ!
[暗くなった店内でグラスの倒れる音がした。
どこにいるの、彼になにかあった……?
お酒で熱くなった体が冷えていく中、
誰のか分からない大きな手で口を塞がれた。
身動きとれないほどに強く引き寄せられ、
誰かに捕まった、とどこか冷静なシャーリエがはじき出す。
命の危険を感じたのは初めてのことだった**]
…俺は俺ですが、
上にいる存在とは違いますので、
言った事が真実かは別としておきます。
俺は全ての記憶を持っていますし、
[色の無い声で紡ぐと、球体をまた手入れし始めた。]*
[彼女がこの店を嫌じゃないかな、とだけ考えて座った席で、「悪い子」と言われると不思議な気持ちになる。
(おそらく)年下だけど目上で大人っぽい彼女がそんな事を言う様は、どこか色っぽいとでも言おうか。
まぁそれ以上は考えない様にしたから、くっくと笑い返して、
それから左手で悪さも出来たんだろう。
彼女の顔が不機嫌に歪んだが、
そう、そうやって嫌悪してくれれば良い、と思った。
彼女の手は己の手を退ける為に伸ばされたと思ったが、避けるつもりもなかったけどタイミングが重なり、結果として避ける形になった。
空を切った手が可笑しく踊る。
馬鹿にした訳ではないが、
小さく笑ってしまうのは許してほしい]
夢、ねぇ……
[彼女の発想は、否定もしなかったが頷く事も出来なかった。
そういう一面もあるんだろうが、
そういう綺麗な物語があるのなら、オレの関係のないところでやってほしい、と冷めた喉奥で思う。
夢の方に気を取られて、彼女の中で大事な言葉を聞き捨てた]
[掴んだ頬が赤く見えて、やり過ぎたかなと思った。
もし腫れでもしたらオレがやりましたと彼女の御父上に自首して強制的に辞めさせてもらおうとか考えた。そのくらいにもう腹が決まっていた。
だから、この場がどこかも忘れてお嬢様の話し振りになって、「守る」と、「許す」と言ってくれる彼女に、]
ありがと。
[短く言って笑った。
この笑みは「受け入れない」と拒む笑み。
彼女が言葉を尽くしてくれても、
グラスに視線を落として胸の痛む様な顔をしていても]
[……と思えば、彼女は酒を煽った。
ヤケ酒ですか、お上品じゃないですね。
と心の内でからかってみている内に、
彼女の顔つきが変わった]
……酔っ払いの話は聞きません。
[引き止めたいなんて、それはこっちは先にわかってたぞ。
はぁーと彼女から顔を背けてため息を隠す。
後の話はよくわからない。
いやな気はしないけれど、
まともに取り合うと後で後悔しそうな気がして。
何か可愛く笑ってる彼女から、身体は隣にあるままでも、心は格好悪く逃げ出す]
───!?
[突然視界が真っ暗になり、けれどこれが消灯だと瞬時に理解する。同時に大きな音が鳴ったから。
驚いた彼女の声に、]
落ち着いて、大丈夫ですから。
[と、あくまで冷静に声を掛けたが、
おかしな事に、彼女のどこにも触れられない。
すぐ傍に居る筈なのに。
手の感触が無くなったのは、驚いて離れたのだとはわかるけれど。
お互い動き過ぎて奇跡的な確率ですれ違ってるのか?なんて過ったから、もう身体ごと抱き締める様に近付こうとした己も、相当酔っていたのかもしれない。
けれど、椅子から身を乗り出し、足を踏み出した時、
ガシャン、とどこかで何かが割れる音が聞こえて、一瞬気を取られる。
……踏み出した足が止まる。
目の前には何もない、と、わかってしまった]
……お嬢様……?
[呼び掛けてみても、返事はない]
お嬢様、お嬢様ッ!
[ざわざわした店内では、この声も埋もれた。
それをいい事に、
見えないのにキョロキョロと狂った様にあたりを見回し、
何度も呼び掛けた。
嫌な予感に冷や汗が浮かんで、吐きそうな呼吸を飲み込む]
早く! 灯りを点けろよクソッタレ!!
[そう時間は経っていないだろうにいやに焦り怒る己に、周囲から視線が集まるのも気にせず、どこに居るかわからない店員に聞こえる様に声を張った。いや、八つ当たりの方が正しかっただろうが。
灯りは復旧しただろうか。
そこに彼女の姿はなかっただろうか。
誰か事情を知っている人か、犯人の手掛かりはあっただろうか……。*]
──淡色の球体3──
[どんな職業にも向き不向きと言うのはあるものだ。
無愛想な少年は命令される事に疑問を持たず、
明確な理由があるなら人を傷付ける事が出来、
兵士には比較的向いてる方だったろうか。
同じ頃に兵士になった少年達の中には、
向かないものもいた。
人の怨みに怯えて、足が竦んで動けなくなるもの。
夢に見ては憔悴し、上官の圧にも精神を削られ。
無愛想な少年は彼に、
最初、軍を辞める事を勧めたが、
逃げ出す事すら彼は無理だと泣いた。
訓練と戦場を繰り返した。
飲み会や少年達だけで話もした。
だが、友情を育んでも、
出兵する度、彼はどんどん追い詰められていった。
このままでは遠くない未来に狂ってしまう。]
『殺す事が怖い』『上官はどうして酷い事をするのか』
『憎しみの目が忘れられない』
[その1つ1つを月の出る夜に撫でて、ぼやかした。
放ってはおけなかった。
苦しみを封じて、少しずつやり直せば、
彼は勇敢な軍人となり、認められて、
前線から離れて暮らす事が出来るようになった。
2度目の自己存在と過去の廃棄。
それで友を救えたのならと言うのは烏滸がましい事だが。
]*
──淡色の球体4──
[
この球体にあるのは、
唯アジダルの背中を見つめ続けている無愛想な男のみ。
初めてそれを知ったのは子供の頃のような気がした。
誰だったかなどは全く覚えていない。
年下で自分が可愛いと自覚している方が、
恐らく好みだと言うのも忘れた。
それから他にあったとしても、
捨て去ったものの中であれば覚えていない。
次に自覚があるのは向こうから言われた時。
少し年上の人。
戦地に向かうのを心配されるまでならまだ良かった。
だが、目元のそれに気付いたらもう駄目だった。
ついぞ、本気を向ける事も出来なかった相手。
そうして、朧気に分かる中では3人目。
大切だと思っている。
その背中に触れたくなると同時に
胸が潰れそうになった時もある。
救ってくれた相手、
出会った事で自分に変化を齎した、幸せになって欲しい人。]
[名前が呼ばれた。
普段、呼ばれることのない下の名に
妙にどきりとして、足元に集中していた目線を上げると
切実な響きを伴って、願いが
唇から吐き出されるところだった。
涙を滲ませた表情が物語っているのは、
望まぬ行為への苦渋…か。
だとしたら、
早く逃れたくて
仕上げろと言っているのかもしれない。
完成すれば気が済むと思っているのだろうが、
残念だが俺は
警備員に取り押さえられでもしない限り、
貴方を離してやれそうにない。]
[本音を言い淀むように
動く口元を
じっと見つめながら苦さを噛み潰していると
思い掛けない言葉が聴こえた。]
っ…、 今、なん…て ?
[にわかには信じ難くて、聞き返す。]
[あまりにも
自分に都合が良すぎて
幻聴や白昼夢の可能性が脳裏を過ぎった。
いや…、
やはりそうやって
俺の気を緩ませておいて
隙を見て助けを求めに行くのかもしれない。
だって、ほら…
こんなにも声は怯えをはらみ
瞳から辛さが零れ落ちそうになっている。]
[虫の魅力に
取り憑かれてきた男にとって彼は
初めて興味を持ち、惹かれた人間だ。
まだ複雑な内面を推し量るのは難しくて
喉から手が出るほど望む言葉が
本音であると
信じることができなかった。
それでも、
聞いてしまった
聞こえてしまった
その前の心境に戻ることの方が
もっと、難しくて。]
[は……と、ひとつ息を吐き
無理矢理に笑みの形を作ると、
切なさを押し隠し
できる限り、穏やかな声音になるよう
意識しながら語りかける。]
ああ、いいよ。
さっきから、俺も思っていたんだ。
教会みたいなこの部屋ごと
貴方を持ち帰れたらどんなに良いだろうか、って。
連れ帰って
部屋に閉じ込めて
この手で愛でてあげような。
ずっと、ずっと…
[今だけでも仮初の幸せに酔わせて欲しい、と
音にすれば、
どれだけ手放したく無いのかを
より深く自覚する羽目に陥った。
叶わぬ未来だと分かっているのに────…
]*
[「受け入れない」「要りません」
彼のまとう雰囲気が使用人の空気に戻っていく。
ため息だって言葉にされないから信じない。
煽ったお酒は喉を温めてとくとく胸を高鳴らせる。
ねえリフル。
私、あなたのこと特別だったんだ。
あなたが義手を無くてもいいと思うなら
身を捧げてまで王国と繋がる理由無くなっちゃったの。
中庭のように暖かい返事を期待して、
断られる怖さを打ち消すように笑った]
[ 光が見えなくなって誰かに捕まった ]
[誰だかわからないけどリフルじゃないことは分かる。
小さな動きの癖が違う。呼吸の音が違う。
助けを求めた声をせき止められてもがいていた体が
知らない男の声で止まった]
『シャーリエ・サティ』
[違う、わたしはレモン、と答える隙間も貰えない。
暗闇の中ずるずると引きずられていく間、
どうして正体がバレたのかと
血の気の引いた体は抵抗を止めてしまう。]
「お嬢様ッ!」
[聞こえた彼の声に体が暖かさを取り返した。
んっ! 聞こえない返事をして、足で闇を払う。
ガツンっとテーブルを蹴り上げて、
お皿がぶつかる音を返事に追加した。
たぶん裏口から出ようとしている。
もう一度返事をしようと蹴り上げた足から
片方の靴がすっぽ抜けて暗闇に落ちた。]
[店の照明が戻るのと、私が外の光を見たのは同時だった。
私を捕まえている男は
店の裏に止めてあった藁を積み上げた荷馬車に潜り、
待っていた御者が馬に鞭を入れた。
馬が嘶きもせずに動き出す。
待って、待って。
私誘拐されてる?]
[馬車の後ろには不用心にもエンブレムが焼き付けてあった。
叙勲されて平民にさせられた男のエンブレムは
乗り込んでしまった私には見えないところだったけど、
走り去るところを見れば分かっただろう。
元貴族の家は郊外に移されていたことも、
街の噂として聞けたに違いない。
プライドを損ねられた貴族が復讐を練っていたなんて
私は気づいていなかった。]
―― 荷馬車の藁の中 ――
[通りを抜けてへんぴな道を使っているのか、
道が悪くて体ががたがた揺れる。
捕まえた男は逃げるとでも思ったのか、
きつく両手を巻きつけて触ってくる。
胸部を。]
……ん゛ん! やめ…… なにして、やだあっ!
[全身トリハダが立ち、気持ち悪いで頭がいっぱいになる。
抵抗すればあばら骨を殴られ、痛みに手が竦む。
その間にブラウスの上から胸部を触られ、
後ろから荒い息を吹きかけられた。
きもちわるい きもちわるい きもちわるい
人に触られるのが怖くなっていく。
頭を撫でてくれた記憶が黒い雲に覆われていく。
命の危険の前に貞操があった。
お屋敷は平和で考えるのを忘れていた。]
[荒い息の誘拐犯に弄ばれながら。
もし。このまま傷物にされでもしたら
王子は結婚を考え直すだろうか。
屋敷に戻って結婚もせず、哀れな娘として
このままこの国で過ごせるだろうか。
――あの人は哀れんで慰めてくれるだろうか。]
[そういっても我慢することはできなくて、
やだやだと肘を使って体を引き剥がそうとする。
あんたなんかにくれてやるほど、私安くない。]
[がたがた揺れるのも味方に付けて、
暴れまくって犯人から身を剥がしたのは良かったけど、
藁の薄い馬車の後ろから転げ落ちてしまった。
ああ!? 戻れ!って奴の怒声を聞きながら
落ちたのはどこかの庭の池。
水に落ちて怪我はなかったけど、濡れ鼠になってしまった。
水を吸った服が重くて泳ぐこともうまくいかない。
仕方ないので顔を出して周りを確認すれば、
広い麦畑の真ん中の池が着地点だった。
農道を走っていく馬車が見えるくらいに見晴らしがいい。
追っ手が来るのなら、馬車が向かった方向からだろう。
池の岩影に隠れて震えながら、
護身用のダガーに手をかけた。
刃物の存在がバレたら反撃の手段は無くなる。
仕留めなければならない。
人を刺したことなんてない震える手で束を握る。
怖い。怖いよ。たすけて ]
たすけて
リフル
[体温を奪っていく水から逃げることもできず、
一振りだけの反撃を頼りにきっかけを待って耐えていた。
到着したのは犯人だったか、それとも助けだったのか**]
― 小さな事件 ―
[生まれ育った盗賊団での生活と違い、屋敷に住まわせてもらう様になって、ハラハラした事なんて数えるくらいしかない。
無理して大荷物を抱えているメイドに、持とうかって声をかけたのに断られて、最後に階段を踏み外しかけているのを目撃しただとか、飲み過ぎて荒れたユージーンを介抱していたら顔面に吐かれた事だとか、
まぁ、物騒とは程遠い。
それらに比べれば、暗がりの中でも顔色を悪くしてたシャーリエとの庭での出来事も、目に見える被害者がいなかっただけあり、事件としては記憶にも挙がらない。
何か途中、頭を抱えてしまった彼女が転がったけど。
笑わないでほしいとか言われたけど、笑ってないぞ。
顔を伏せていたから、言われる前に手を差し出していた事に彼女は気付かなかったんだろう。まぁ急に転がるから少し驚いたけれど、恥ずかしい事だとは思わなかったし、女って大変だなと同情したくらい。
難しい事はわからないので、
彼女の言う事も鵜呑みにして、言われた通りの仕事をこなした]
ご褒美とか、別に。
[言われるまま動いただけで、褒美とか気が引けた。
何だかすごくご機嫌な彼女に首を傾げながら、
賞賛ならユーディト様に、と、謙遜でもなく譲っただろう]
[特定の人をつけろなんて仕事はおそらくそう無かったから、
覚えていないではない事件。
けれど小難しい事は理解していなかったし、
今のこの状況と結び付くのもきっとずっと後になるだろう]
お嬢様……?
[突然の暗闇の中で、主人を探して喚く。
少し離れたところで、どこか意図的に作られた様な、食器の音がした。返事の様に聞こえたなんて、おかしいだろうか。
暗闇の中でも、又、灯りが戻っても素早く動く事の出来なかった自分を詰りたい。
彼女の姿がそこに無い事なんて、これ迄の状況から予想出来ただろうに。
復旧した灯りに店内が余計にざわついている中で、
己だけが茫然と立ちすくんでいる]
───……
[不自然に片方だけ転がった女物の靴。
拾い上げて、どこぞの御伽話の王子の様に見つめる。
彼女が履いていたものと迄は記憶していなかったが、
彼女のものと思いたくないのに、心臓が身体から突き出てきそうなくらいにうるさい]
[暗闇の中で己に注がれていた視線の数々は、
灯りが点いた事で散って行ったが、
席に案内してくれた女性店員が恐々と声を掛けて来た]
「あの……裏口から、
たぶん誰か出て行きましたよ……
お連れのお姉さんじゃ?」
………
[どうやら彼女は裏口へ続く道の傍に居たらしい。
先程の己の錯乱を気に掛けて教えてくれた様だ。
人の厚意に触れて、少し冷静さを取り戻せたのか、
ツケといてくれ、と彼女に告げて、裏口に走った]
[外はまだ真っ暗とはいかなかったから、
傍に出来た新しい馬車の轍を見付ける。
こんな所に馬車?
止まった跡があったから、余計に引っ掛かった。
あたりに居た人間に聞いている間も惜しんで、地面の目印を追った。
無我夢中で走って、遠くにその後姿を見たのは、
彼女が濡れ鼠になって震えていた頃か。
エンブレムは見覚えがある様なない様な……そんな事はどうでもいい。
あの馬車の中に彼女がいるかもしれないと思って、]
お嬢様!!
[叫んだけれど、何やら男が近くの岩の方へ歩いて行って、手を伸ばそうとしている姿が見えたから、
持っていたシャーリエの靴を、思わず投げた。
当てるつもりだったけれど、
男のデコに当たって自分でもちょっと驚いた]
[男が怯んだ隙にぐっと距離を詰めて、
男の前に割って入った]
お嬢様……
[驚いている男から目を逸らすなんて愚かだったけれど、
後ろを見遣って、そこにシャーリエがいる事を確認する。
ずぶ濡れだったけど、酷く怯えている様子だったけれど、
彼女がそこに居て、生きている事に救いを見た。
よかった、とか、下がって、とか気の利いた言葉が出て来ないまま、男が振り上げた拳を避ける為に腰を屈めた。
ひらりと身をかわしたその流れでジャケットを脱いで、
びしょ濡れの彼女の肩に貸した]
お嬢様、隠れてて
[それだけ言って、腰の後ろの方に仕込んでいたナイフを抜いた。彼女の護身用のナイフよりずっと安物で、けれど同じ様に刀身が綺麗なのは、手入れが行き届いているからではない]
………
[抜いたはいいけれど、
これだけでビビって引いてくれる気はあまりしていない。
予想の通り、男は刃物すら持ち出して、躊躇いもなく振るって来た。……オレとは違って]
ん、グッ……
[それはナイフで受け切る事が出来ない強い力で、
吹っ飛ばされるかと思った。
地面から足が離れなかったのは、刃物が義手の隙間に入り込んだから。
そこに痛みはないが、
受けた振動と、義手が壊れる感覚にぶわっと汗が浮かぶ。
男は腕の硬さに不思議そうにしながらも、ギリギリと義手の中で刃物を動かしている。
男の動きが止まっている今が好機なのに、
ナイフを振るえなかったのは、義手へのダメージを考えたからではない]
、はぁッ、はぁっ……
[人を、斬った事がない。
こんなロクでもない奴相手でも………怖かった]
[バキン、と音がして、男の刃物が抜けた。
ばらりと部品が落ちるのがわかったけれど、
左手がうまく動かせない事もわかったけれど、
今はそんな事どうでもいい。
男は御者の他に仲間はいただろうか。
最低でも一人の仲間が増えれば、とうとう覚悟を決めなければいけないと思った。
シャーリエの方を振り返ってはいられない。
彼女の顔を見たら、決意が揺らぎそうだ]
お嬢様、
[だから、
己の後ろにいてくれるだろう彼女に声だけ掛けた]
[すぅ、と息を吸った]
………お前を殺す。
[小さく呟いた。
彼女へ優しい声で願った己は一旦黙ってもらう]
お前を殺す。
[もう一度、さっきよりはっきりと口にする。
言霊というものを信じている訳ではないが、
言葉にすると力が湧いてくる様な錯覚を手にした。
足に芯が出来て、簡単には吹っ飛ばされないと思える。
震えが隠せなかったナイフを持つ手は、今はぎゅうと握り込まれている。
ナイフで人を斬る自分の未来を見る。
人を斬った事がない弱い己は、
彼女を守る為に、少しだけ強くならなければいけなかった]
オレが、殺す。
お前を殺す。
殺す………
殺して やる !!!
[殺さずに撃退できるなら良かった。
でもそうするには、己は弱過ぎた。
何度も「殺す」と声にして、時に叫んで、
同じ命と肉体を持つ人間を斬った。
弱い心が恐ろしさを感じそうになれば、
自らを洗脳する様にまた「殺す」と言葉にした。
そうすれば、何度でもナイフを振るえた。
二人でも三人でも立ち向かって、
斬り返される痛みにも、肉の感触にも決して怯む事なく、
道を赤に染めた。
今怖い事は、
斬られる事より、死ぬ事より、
彼女が傷付く事だった。
だから一人残らず殺すしかない。
一人が怯んで命乞いをしかけたが、
聞き入れずに喉を裂いた。
崩れゆく男の手の刃物が己の右手を滑って、お返しの様に深く裂いた。思わず呻いたが、連中を一人残らず始末する迄、この手は動いてくれた]
───ぶじ、ですか
お嬢様……
[斬った男たちの安否は……わからない。
多分殺したと思うけれど、しっかり確認できた訳ではない。
立っている人間が自分だけになって、
ようやく血に染まった顔で彼女を振り向いた。
怖い思いはさせたくなかったが、
無事を確認しないと倒れられない。
彼女がそこにいてくれたなら、
その場に崩れ落ちるだろう。
彼女が恐ろしいものを見る目でこちらを見ていても、
軽蔑のまなざしを向けていても、
気にしなかった。
生きていればそれで。
それだけでいいんだ。
流石におおごとになって周辺から人が集まって来ただろうか。
薄れゆく意識の中で、そんな喧騒を聞いたかもしれない。**]
[つい先刻まで彼にとって僕は
ただの盗人だった。
彼の態度が豹変したのは
僕の見てくれを
好いてくれたからだと思う。
母と、同じように。]
[彼には言うなと言われたけれど
WこんなW僕には
親から貰った容姿しかないのだ。
スポーツは怪我や日焼けをするからと
最初からさせて貰えなかったし
母の仕事を手伝うために
薬剤師の資格の取得を目指しても
特段喜んでは貰えなかった。
いつだって誉めて貰えるのは見た目だけ。]
[その唯一の見目が損なわれることは
死より辛いことだった。
けれど、いまの僕の容姿でも彼は
美しいと言ってくれるから
すべてを許された気になってしまう。
アクスル・パームは一度死んだ。
新たに命を与えたのは貴方。
無責任に投げ出すことを許したくない。]
[捨てられた時を想起してしまうから
胸が苦しくなる。
見つめる先の顔が、
ぎこちなく笑みの形を作った。
拒まれることを予期して
一瞬だけ、哀しげに眉が寄る。]
……え、……
[けれど返されたのは、是だった。
眉を戻し、瞬きをゆっくりと繰り返す。
その間にも、穏やかな声は続いた。]
[彼の方も僕をW連れて帰りたいWと――、
そう思ってくれていたと言う。
嗚呼、これこそ夢のような話。]
…………はぁ
[その手に愛でられる想像で
頭の奥から甘い痺れが拡がり
小さく吐息をこぼした。
もう、身体が覚えてしまった。
貴方に手掛けられるのは
大変に気持ちが良いことだと。]
[……ただ、互いの想いが
真にひとつだと言うならば
もっと自然に笑ってくれても、いいと思う。
どこか表情は硬く、違和感がある。
訊ねるべきだろうか。]
[しかし、時差ボケと
負傷による体力の磨耗で
色々と限界だった。
彼のこと
僕を傷つけるだけの存在ではないと
認識したから、気が抜けたのもあり]
……、……うん、……ずっと、だよ……
[重たくなった目蓋を必死に持ち上げながら
釘を刺すことで、今は精一杯だった。
言質はとった。
やっぱりずっとはダメなんて、言わせない――…]
[知っている。
貴方の家、綺麗な子、たっくさんいるんだ。
余所見は、出来たらしないで欲しいよ。
だから、貴方の家じゃなくて
僕の家に来て欲しい……こととか
貴方のこと
貴方がどんな風に生きてきたのか
知りたい……ってこととか
話したいこと、山程あるんだけれど]
……、ごめん、……眠くて……
ちょっとだけ、……眠らせて……
[断りを入れてから目を閉じようとする。
許可が得られたなら間もなく、
……得られなければ少し抗った末に、
金の睫毛に縁取られた目蓋が
蒼い瞳を隠してしまう。
無防備な姿を晒して、
小さな寝息を立て始めるだろう。]
[がたがた揺れる馬車の中でがたがた震えながら、
リフルが探してくれてると疑いもしなかった。
見つけてくれるかはわからないし、
間に合うかもわからないけど、私の希望は彼だった。
屋敷に救援を出してくれる。
そしたらお父様がどうにかしてくれる。
馬車から落ちて奴らと離れられたんだから、
見つからないように池に隠れていればいい。
寒さで震えた頭はマトモなことを吐き出さない
]
[池の底は苔に覆われていて
立とうとしたら頭まで水に沈んだ。
片方しかない靴よりも、裸足の方が石の凹凸を掴めるか、と
水の底に靴を捨てた。
素足で触れる苔はぬるぬる滑って安定させてくれない。
水面をばしゃばしゃさせてなんとか岩影の水から抜け出せば、
「お嬢様」と聞き慣れた呼び名を叫ばれた]
リフルっ !
[そっちを向いた私の目に映ったのは、知らない男の顔だった。
すごい速度で嫌悪感が肌を伝わっていく。
顔なんて見ていなかったけど分かってしまった。
私を捕らえたのと同じむっちりした手。
すぐ後ろで感じた、私を包んでしまう体格。
怒りと好色で目をギラつかせて、にたにた笑う髭の顔。
首に当てられたざらついた皮膚が、あの髭だったに違いない。
嫌悪があふれて喉が開かない。叫ぶこともできなくなってしまう。
その場にへたりこんでしまって、
なにがなんだか分からない涙が、濡れている頬に混じっていった。]
[私が後ろに向かって叫んだことで男は振り返る。
なにをされそうになったか思い出した体が逃げ出そうとするが、
男の目線の先に居るのは彼なんだ。
ようやく距離が詰まってなびく髪が見えて、
彼は何かをこっちに投げる。
男の頭に吸い込まれるように当たったのは……くつ?
音で聞くよりダメージがあったらしい男が怯んでいる間に、
私の目の前に頼もしい背中が現れた。]
[リフルだ。 来てくれたんだ。
もうそれだけで安心して泣いているのに、
事態は収まってはくれない。
彼に向かって横に薙がれる拳に悲鳴をあげてしまう。
リフルはしゃがんでかわしながらジャケットを掛けてくれて。
隠れてて、ってどこかからナイフを取り出して構えた。]
[こわい。 こわい、こわい。
リフルが傷つくのが怖い、なにもできないのが怖い、
泣いたって後悔が消えないのが怖い。
ジャケットごと自分を落ち着けるように抱いて、
リフル!って叫んだのは彼の左腕に凶刃が食い込んだシーンだった。
恵まれた体格から繰り出された奴の刃物は、
常人より遙かに丈夫なリフルの腕にぶつかって止まる。
奴と私の間にリフルがいたおかげで、私の視界からは奴の後ろが見えている。]
リフル…… リフルっ、 二人来てるっ!
[ひょろ長いのと小さいの、そしてリフルと組み合って離れた太いの。
馬車に乗れるのはこれだけだろう、とは思ったが、
ここは公共の場ではない。
この街で公共の場に麦は植えていない。
ここは誰かの庭で、呼ばないと助けは訪れないんだ。
三人に増えた奴らに圧倒されてしまいそうになる。
なのにリフルは私を庇ってくれる。
震えて縮こまっている私に、場違いに優しい声をかけてくれる]
なんで、今いうの……
どうしていつも、私の思い出になっちゃうの……
[泣いているだけではなにも役に立てない。
ジャケットを握った手を無理矢理開き、
転がっている片方の靴を掴んだ。
リフルの低い声が聞こえる。
目の前で殺意を見たのは初めてだ。
こんな命のやりとりがあるなんて、知ってはいたけど解っていなかった。]
[ごめんね、リフル。
いやな役目させてるね。
でも離れたいと思えないの。
ごめんね。]
[三人の間を風になってリフルが走り抜ける。
細いのは腿を、長いのは喉を、太いのは腹を。
鬼神のようになったリフルの前にあったのは三つの人だったものだけだった。
細いのは虫の息、太いのは叫び声も枯れてきた。
長いのはリフルに太刀を食らわせたところからぴくりとも動かない。
どれも残り短い命だろう。増援を考えなければいけない今、かまっている時間はない。]
[私は「衛兵を呼んで!」って腹から声を出して、持っていた靴をできるだけ遠くに投げた。
それから赤にまみれたリフルと向き合った。]
りふる……
ごめんね、ごめん……
[泣きはらしてうまくしゃべれない。
芝生の上に倒れていた彼と、麦の上に崩れた彼が重なって、
焦りと後悔が積み重なっていく。
隣に座って血を浴びた腕を指先で拭っていく。
そのうちに傷口に気づけば、そこから沸く血に涙を流した。
今日お酒飲みたいって言わなければこうならなかったかな。
胸元にあったリボンをほどいて、彼の右腕にまきつけるけれど、止血の役に立つのかは頼りなさすぎる。]
痛いよね、ごめんね……
[麦畑の向こうで悲鳴が上がる。誰かが事態に気がついたらしい。
奴らの増援では出さない悲鳴に、山場を越えたことを感じて、また泣けてきた。]
[人混みをなだめながら寄ってきた衛兵の中には
シャーリエを見たことのある者もいるだろう。
結わいたお下げをほどき、ひとまとまりの長い髪にすれば、
シャーリエに近づけるだろうか。]
さらわれそうになったところを彼が助けてくれました。
輩の身元の確認と馬車の確保を。
……いえ、
彼の救護を!はやく!
[事件の大きさに驚いた衛兵が馬車ごと詰め所に連れて行ってくれて、衛生班に驚かれる。二人とも、処置の後に屋敷に戻された。
あまりに泣いたせいか、お小言は後回しに捜査がはじまったらしい。]
[そして今。
私は貴方と逢ったときと同じ部屋で
貴方と逢ったときと同じように、
寝かされた貴方を見ている。
濡れ鼠のまま看病するのは止められたので、
簡単なドレス姿に戻ってしまった。
前にリフルを見ていたときよりもずっと怖い。
リフルと過ごした時間がぜんぶ無くなってしまうようで、怖い。
ごめんね、と時々口にしてはリフルを見て、頬にふれる。
暖かいのを確認して、生きているって感じて、イスに戻る。
医療的なことは全て終わっているから、
看病とはいえないのだろうけど。
イスでうつらうつらしても、リフルが目を覚ますまで離れないつもりで部屋にこもっている*]
──鈍色の球体3──
[“故郷に帰った方がいいだろう。”
憔悴した女に施されたのはチケット1枚。
厄介者であり、当人の希望もあって、チケットがもう1枚。
元より貧困が進み、
10年以上経てば小競り合いで地域の変動、
そこは女にとって知らない一面を見せていた。
怒鳴られ蔑まれる事が無くなったのは救いだが、
病弱な女が一人生きていくには過酷な環境。
付いてきた子供は、
食べ物を探し求めて一日中歩き回ったり、
少しずつ動作で言葉の代わりが出来れば、
彼女に力を貸して貰えるようにと周りを手伝い。
夜は泣き続ける女を見守り、寝てる時には撫で触れ。
簡単な言葉がわかるようになった頃、
女が『あの国の事を忘れたい』と嘆いてるのを初めて知った。
より細くなっていく身体、
泣き濡れた頬、何時限界を迎えてもおかしくない細い糸。
平和な国よりもっと大きく丸い月を見た時に気付いた自分の能力。]
[辛い事は忘れてしまえばいい。
向こうで暮らした事、嫁いだ事、
出会った事さえ苦しみでしかないのなら、
見なくていい。
あなたの望んだ事、唯一叶えられる事。]
──だから……笑って…ください、お母さん
[彼女をそう呼ぶのは、この夜が最後だと決めて。
十六夜かけて祈り続ける。]
[月の晩が終わり、朝日が昇る。
酷い頭の痛みに少年は固い床に頭を押し付け。
代わりに顔色がよく見えるあの人が目を覚ます。]
『…あら、あなたはだれ?』
[自分を映す目から翳りが消えていた。
成功を知るが、その先を考えておらず、
問いかけに咄嗟に口をついたのは名前。]
シグマ。…シグマだ。
[彼女は向こうの国の言語に不慣れだった。
夫が最初に名乗った苗字を、婚姻しても愛しげに呼んでいた。
──忘れて欲しくなかったのは、家でも自分でもなく、
彼女が男を愛した証。
弱い子供の顔をしたら思い出してしまうかもと、
言葉を変えて素っ気のない色を出す。
一番最初だけはこの名を示す相手の模倣。
貴女は具合の悪い所を助けてくれた恩人だと、
日常生活の協力を申し出ながら、
少年は青年へと変わっていき、離れていった。]*
[ごめんねを山ほど聞かせて落ち着いてからも、
ベッドに寝かされている彼に話しかけている。]
リフルに勲章を贈ることになったんですよ。
騎士さま。
[名誉称号なので騎士になれというものではないし、
領主から贈られる感謝状のようなもの。]
この国はあなたに感謝します。
いつでも歓迎しますよ、
私の騎士さま
……起きてよ
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