(a3) 2021/06/21(Mon) 0:27:05
こんなものでよいのか? [かんぅ殿に描き終えた絵を渡す。 技巧に長けているのは描きなれているせいと、見ながら描けたせい。 絵を渡した時に触れ合った指先が温かく、彼の手が自分の手を握りしめてきた。 かんぅから流れるその想いの交歓とかができるほど育ってない心は、どうしたのだろう、と普通に謎めくだけだ]
それならば、余はかんぅ殿のために首から下げる掛守(かけまもり)を作ろうか。 どこにいてもかんぅ殿が怪我などしないように願いを込めて。 [絵を持ち歩くより、その方がよほど楽に違いない。 すぐに全裸になるかんぅだから、首から下げられる方がいいだろうと。 既にヤオディの中でかんぅは全裸が基本と刷り込みが起きている]
かんぅ殿、こちらへ。 [彼を自分の衣装が納まっている部屋へ連れていくと、衣架に目を当てる] かんぅ殿はどのお色が好きか? [どうせなら自分が着ている着物をほどき、それで作ろうと。 布も用意し綺麗な刺繍糸も用意して、縁起のいい図案も考えて。 どのようなものがいいか、とウキウキしていた*]
[愛おしさが爆発しそうだった。 こんなものではない。と否定の強さは強く。 彼の心が恋しい。思わず山に登って雄たけびを上げそうになるのを踏みとどまり。兄者偉いぞ。絵を持つためにと掛守を作ろうとしてくれる婿殿に連れられて衣装部屋に。 なんでこの子、こんなに献身的なの。 もしかして惚れられているんじゃ。 という淡い期待は抱かぬ方がよい。彼は魔物。 長く恋焦がれる覚悟はできていて]
白が好きだな。 ……婿殿ばかり見て何時の間にか 白が好きになってしまった。 [その薄い唇に重ねる事を考える。 だがかんぅは学習した。突然の熱い口づけ(べーぜ)は無垢な婿殿を驚かせるだけだと。ウキウキとする婿殿の頬にそっと手を添える傍まで寄せるのは突然のふれあいは邪となると知ったから触れぬ距離を保ち。]
婿殿、抱きしめてもよいか? [溢れる愛しさの逃れどころを探し そんな事を聞けば、許しが出るかどうかを迷ったであろう。文明人、服を着ている今はとても文明人にみえる。 かんぅどうしちゃったの(困惑)*]
なっ…… [ 気づけば吐息が掛かる距離。差し出された紅色と甘く響く囁き。 こんなにも二人の顔があるのは、初めてではないだろうか。 そんなことを冷静に思考する余裕が、鬼には無かった。 離れていては意識の外だった血の芳香が、すぐ傍に香るのだから。 千太郎に付きっきりで暫くありつけてない新鮮な血肉が、 そこには、いや、それこそが千太郎で── その千太郎が誘ってくる。求めてくる。]
[ 誘われるように手は伸びて、手首を掴み強くこちらに引く。 傷ついた指を口内に迎え入れれば、甘く噛みながら舌を這わせた。 理性を遠のかせる味を齎す一筋を、何度もなぞり先を押し付ける。 引き摺り出された本能。切り捨てられない本質。 咎める言葉の代わり、漏れ落ちるのは獣じみた息ばかり。 捕食者じみた贄の望むままに、今その目には「千太郎」は映っていない。 ]
かんぅ殿ったら [彼がまさか雄たけびを上げそうになるとか野蛮なことを思っているとは思わず、色にかこつけて好きだと言われて照れて頬を染める。 かんぅは出会った当初から自分に対して好意的な言葉ばかりを口にしてくれて、嬉しがらせてくれる。 最初は呆れるばかりだったのだけれど、どうしてだろう。 いつしか照れて仕方がなくなってきた]
そ、そうか。 それならば、生成りの白の地に、白い絹糸で縫い取りをしようか。 平織のものなら縫いやすいし、肌に触れても痛くない。 [長く身に着けてほしいから、と彼の肌に傷みがないように思うのは、自分の肌が弱いせいか。 すぐに治ってしまうが、人に化けているとどうしても白竜での鱗とは違って傷つきやすいのだ。 かんぅの肌は強そうに思うが、少しでも自分のせいで傷がと思うと胸が痛くなってしまうだろうし]
ん? よいぞ、そんなのはいくらだって。 [抱きしめたいと言われて、何を今さら、と思ってしまう。出会い頭は傍若無人に抱き上げられたりしていたような気もするが。 それならば、と自分の方から抱き着こう。 彼の太い胴に抱き着いても腕が回らない。 本当に、子供と大人のような体格差だ。そのせいだろうか。自分の方がうんと年上だというのに、かんぅ殿にいつも子供扱いされてしまうのは]
かんぅ殿には、余はどう見えているのかの。 [無鉄砲さや突拍子の無さから、余の方がかんぅ殿が子供ように見えるのに、と彼の胸に頬を擦りつけながら拗ねたように唇を尖らせて] 余はもう色々と知っている大人だというに [その知識がとても偏っていて薄いなどとは本人気づいていないのだが*]
*** 『神様』である彼のもとに、 嫁いだ者は何人もいただろう。 その一人ひとりを、彼は覚えているのだろうか>=2 それとも、記憶に留めてさえいないだろうか。 あの日のことは忘れもしない あの優しさを覚えている けれど、彼は『生贄』を求める『神様』で。 ……私たちとは、違う存在。
小屋を出ればざわめく声が聞こえた 私と友人は何事だろうと顔を見合わせる。 そう大きな村ではない。 歩けばすぐに理由はわかるのだろうけれど。 こちらは大切な花嫁なのだから。 そう外で逃げ出さないようにか 見張っていた村人に言われ、 報告を待つことになる。
やがて、伝え聞いたのは 「 よそ者がどこから聞いたのかわからないが 花嫁に会いに来た 」 という話。 ざわめきはどうなっていただろう。 疑問を抱いたものの、 周囲の目から逃げられない私は その人に会いに行くことなく、 静かに、声のするほうを見ていた。*
[動悸が激しい。 照れて頬を染めている姿に目を奪われた。可愛い、愛い。愛らしい。幾つもの言葉が胸を回る。真面目に死にそう。このままでは血が足りない、輸血を頼む。心が滾って血管がいく。様々な表現では追いつかぬ程の愛いを見て、その上心遣いまで聞けばかんぅは死にそうだった。 可愛さで。]
[人は可愛いで殺せる。] 平織のものか。 恩に着るぞ、婿殿。 ……そこまでしてくれるとは、婿殿は まさに神! [魔物です。 かんぅの肌は多分やすりでも大丈夫だけど、その心が嬉しい。あ、また天国が見えた。そして追い返される。その繰り返しである。絹糸は彼の髪に似て見えるだろう。白く艶めく其れは、さらりとして流れのように美しい。肌もまたきめ細かく少し触れるだけでも傷つきそうだった。 だからこその躊躇い。 いや婿殿を知る程に 尊さが増して、知らぬ頃よりもずっと 壊してしまうのではと考えるようになった]
…いくらだって良いのか? [思い出すのは最初のやり取り。 あの時自分は聊か勢いが良すぎた。聊かか、聊かぐらいだったか。婿殿は初めて会ったとき怯えていたのではないか。と思うようになったのは穏やかな時を過ごすようになってから。今気づくのか、愛は深さを増すごとに相手を思いやる気持ちを生む。愛ってすごい。 躊躇いと確認のために問うていれば 婿殿の方から抱き着いて] …!!!!!!!!! [かんぅは、息を飲んだ。]
[やばい、すごいやっばい] …ど う? [ぎゅっとして壊れないか。 怖くなった。大丈夫だろうか、ぎゅっとしていいのか。分からない何も分からないが胸に頬を擦り付けて拗ねる唇を見ればおそるおそる背に手を回した。最初のときは何も考えずに触れていた。けれど、今は違う。愛しいの深みを知ったのだ。 其れに彼から触れてくれた。 壊さぬように背を撫でて] 大人といえど、命の精の意味も 知らぬかったではないか。 [ふっと笑い。 其れから背から髪を撫でてその瞳を覗きこもうか。確かに婿殿の方が自分よりも長く生きているのだろう。そして長く生きる。美しい白竜。この洞の主。下界に触れず、天女のように清く生きてきた彼は欲に関しては幼子のようだ。 拗ねたような唇が幼さを増して見えるのだと 指摘するにはあまりに愛らしく]
かんぅには、愛おしく見えている。 [恋しく愛おしく。 髪を撫でる手とは異なる手で顎をなぞれば 唇に指腹を触れさせて、触れても。と問うのは接吻。トキメキが抑えられずに、唇を重ねる許しを待つのだ。*]
記憶はいずれ朽ち果てる。 たかだか100年の中ですら言伝はヒレを生やし 伝聞は姿形を成すことすら叶わない。 忘れぬということ。 ただそれだけが如何に尊いか。 我が『花嫁』に全てを示そう。 それはただ一人、お前にのみ相応しい。
花嫁が逃げぬように? 実に愚かしい。 私が選んだ唯一無二の女が 己の運命に背を向けるような 醜女だとでも言うのか。
紅のシャシュカを携え村の奥へと進む。 先程逃げ出した人間がそろそろ報告に 向かっている頃だろう。 あぁ実にバカバカしい。 自分達が祀る『神』から『供物』を守ろうなどと。 その勇猛にソフィアへの愛などあるのだろうか。 『ラサルハグ』は『花嫁』を憂い、村人達を退ける。 そして、いつかたどり着くその場所で
[ぎゅうっと抱きしめるというより抱き着いていると、そっと背中を撫でられる。ああ、癒される。やはり人のぬくもりはよいものだ。 水の魔物である自分は、水生生物をやはり傍に置くものだから、それを人の姿に変化させたとしても本性は変わらずにいて。 そういうものたちは元々抱きしめる腕がないから、そのような習性がない。 だから、抱きしめることの温かさを教えてくれたのはかんぅだった] そ、そんなことは知っている、もう知っているぞ。 [ふいっと知ったかぶりをしてしまうのだけれど。 優しく髪を撫でるかんぅの手が心地よく、顎に添えられた手が上を向かせる。 どうしたのだ?と思えば顔がなぜか近づいてきたので、自然と落ちる瞼をそのままにしておけば]
[―――唇同士が触れた。 いや、最後は自分の方から求めるように動いていったかもしれない]
[唇が触れただけだというのに、なぜだろう、すごくドキドキしてきた。 それはかんぅが移した何かの病かもしれないのだけれど。 しかし、その病は嫌いではない]
かんぅ、どの、どうしてだろう。 余は病かもしれぬ。 妙に、ドキドキが止まらない………。 すまぬが閨に連れてってくれ。 [そう言って、抱っこ、と彼に向って両腕を差し出した*]
[しったかぶりの言葉が愛おしい。 自然と近づいた唇は柔らかなものに触れた。婿殿から求められたのは気のせいではない、と思いたい。掌が彼の背に強く触れた。人と人のように。愛を育むように唇が重なった箇所が熱い。人の鼓動を感じるのはいつぶりであろうか。 彼が初めてなのは口づけだけでないと 知ればその尊さを抱きしめる力を強めてしまったかもしれない。抱きしめてその華奢な体を壊してしまったかもしれないから知らなくてよかったのだ。 ただトキメキはとまらず]
…病だと? [婿殿が病にかかった。 医者を、医者を、名医を寄越せ。と村に降りていきそうになった。だがそのはた迷惑な行動は行われなかった。何故なら、両腕を差し出し抱っこと告げる彼に息を飲んでいたからだ。ドキドキが止まらない。とは…… 閨…閨 ……閨!!!]
あ、あいわかった。 [抱き上げてそのまま すさまじい勢いで閨へと走った。布団の上に彼を下ろすまで一瞬だっただろう。ふんどしでかける如く。閨に寝かせた彼の姿は髪を散らばらせて、トキメキを抱えてみえた。 愛だ、愛しかない。] む、婿殿 どきどきは止まらぬか? [無事か。と問いながら その衣の胸元にと手をやり、人ならば心の臓がある場所を撫でて息が苦しくないか。と問うように衣類を緩め。それから、少しだけためらったのち。]
婿殿…その どきどきは その 恋 …ではなかろうか [そいや、そいや。 祭りだ祭りだ、ああ、漢祭り!!*]
[駆けるかんぅは風のごとくであった。 閨に下されても、かんぅが腕に抱き寄せ、触れている限りドキドキが止まらない―――気がする。 衣を緩め、かんぅの手が胸を撫でてくる。 そうされると、もっとドキドキするのに、もっとしてほしい、と言いたくなるのが不思議だ] 鯉? あ、いや、違う。 恋……とな? そうなのか? [このドキドキは恋という病なのか、とうなずく。 かんぅの手に、直接肌を撫でられると、ドキドキは止まらぬのに、病が良くなる気がする]
かんぅ殿 もっとさすってほしいのだ。 そう、布を脱ぐでの……… [中途半端にまとわりつく衣類がもどかしく、彼の前でしゅるり、と帯を解いていく。 彼とはもう一緒に風呂に入った仲なのだから、恥ずかしがることもない。 それに、彼には童と思われている身なれば、恥ずかしがる方がおかしいと自分で言いきかせ]
ふう………楽だの。 そちがいつも裸で野山を駆けまわる気持ちがわかるの [そう笑うが、もし自分がそうするとなったら、白竜の姿でするだけだろう。 彼の手を勝手に持つと、ぺた、ぺたと自分の体に当てていく。 まるでおさまりのよい寝方を探す蒸し暑い夜のように]
やはり、かんぅ殿が傍にいるのが、余は心地よいようだの。 恋とは、異なる病よの [そう思わぬか?と、かんぅを自分の隣に寝るように促せば、彼に抱き着きながらすり寄り、裸の足を行儀悪く彼の腰の辺りにかけて、ぎゅうっと密着するように甘えて抱き着いた*]
[なんだ、こんなにも簡単なことだったのか。 ────この男の表層はこんなにも脆かったのか。 もっと早く、実行に移っていれば良かった。 これ程近い距離に在りながら、強く寄せられる手首。 引っ張られる身体が更に鬼と密着し、両者の温度が交わる。どうしようもなく、全てが熱い。]
………っは、ぁ [鬼の舌先は傷よりも大きく、広げられてしまいそうだった。 しかし、傷口を抉る柔いものより、容赦無く腕を掴む力の痛みより 背筋を走る刺激が強くて、呻きの代わりに吐息が漏れる。 歯は獲物を抑え込むように甘く噛むばかりで肉に突き立てられないのは、喰らう前に味わっているのかはたまた、抵抗する理性が残っているのか。 早く喰ってほしいのに。花嫁として、全てを腹に収められたいのに。 今も咥えられている指を更に押すと関節が歯に引っかかり、ごり、と骨が鳴った。肉を食い千切る部位に強く当たる痛みに切なげに眉を寄せる。 満たされる期待と焦らされるもどかしさが、更なる行動に駆り立てる。]
なあ…… 此処に牙を立てたら、もっと沢山飲めると思わないか [囚われていない手が衿元を引き、もっとよく見えるよう緩める。 思い通りに操られる他者を嘲る笑みは何処にも無い。 ただただ、求められることを求めて熱に浮かされているだけ。] 全部喰ってしまったって、構わないんだぜ 俺の血も肉も命もあんたのもの、そうだろう? [逞しい身体に包まれるように片手が背に半端に回る。 そうすればきっと、視界に、すぐに噛みつける位置に首筋があるだろう。]
[ 日常に埋もれ蔑ろにされていた、断ち切れぬ本能が血肉を求める。 ほんの一筋の細やかな芳香に乗せられるまま誘われ、 舌を痺れさせる味に夢中になるのは、果たしてそれだけが原因か。 ひと思いに齧りつかずに蜜の壺を探るように舐め続けるのは何故か。 この状況で漏らすには異様な、顔に掛かる甘く熱い吐息のことすら 意識の外にある今、分かるわけがない。 ]
[ 薄い肉越しに当たる骨、喰い応えの無さそうな身体。 しかし、 苦しげな顔──としか、今は思うことはない──に唆られる。 追い詰めていく感覚は、たまらない。 他の獣を喰らう獣も、人を喰らう鬼も その瞬間にどうしようもなく昂ぶることに変わりなく。 ]
[ 己の手で肌を晒し、自ら胸に収まって大人しくなる身体。 生を諦めた小動物のようで、 ついに捕えたと、今こそ喰らえと本能が騒ぐ。 指を離し、顎が更に開けば鋭い犬歯が見えて そして──── ]
[ 欲を誘う首筋に流れる、あの日から見つめ続けた白色が 此の男が獲物ではないことを、鬼に思い出させた。 ]
─ さとという女 ─ 「あら、見つかったわ」 「折角逃げようとしていたのに」 [許可なく山に立ち入ってはならない。深くまで踏み入れば命はない。 この村に住まう者は誰しもが知っている。 繊細な花の刺繍を施された白い着物を纏った女は、向き合う角の生えた大男を見上げ、少しも悪びれない声で呟き 白魚のような手の右を頬に添え淑やかに微笑んだ。]
「紅鉄坊様には見えないの? わたしの首に掛かった、運命の縄が」 [何処か夢見がちな顔で女は語り、締め上げる如く己の細首に触れる。 何度目かの失敗を遂げた、ある日のこと。 幾度鬼と面しても怯え一つ見せることはなく反省もせず、追い返されても村の者に連れ戻されても、懲りることもなくやって来る。 遂に廃寺の中まで入り込むようになり、咎める声にも気にした様子もなく山での暮らしや鬼という生き物について聞きたがる程に懐いていた。 鬼の落ち着いた振る舞いと、見目に合わない優しさがそうさせたのだ。 望まぬ許嫁の花嫁となることが受け入れ難い。 ただそれだけとは言えない事情が、彼女の足を山に向かわせ続ける。 しかし若い女が追手を巻きながら一人下るには山は険しく、大型動物より危険なモノたちが暗がりに犇めく。 望みは中々叶うことはなく、鬼との親交だけが深まっていく。]
「従順な道具で在らないのは、そんなにも罪かしら」 「女には思考の権利すら、無いのかしら?」 「知っているのよ。あの家がなんでこんな息苦しい村に来たのか」 「幕府のお膝元の呉服問屋を分家に任せて逃げるように……、」 [鈴を転がす声色が、吐き捨てる一言を発する時だけは低くなる。 優しい母は立場も心も非常に弱い、父や兄に逆らうことは出来ない。 女にとって胸の内を打ち明けられる存在は鬼だけだった。] 「一つしかない人生を、家と兄様の為にすり減らしたくないの」 [分かるでしょうと影の中の紅い光を見上げる。]
「心配してくれているのね。紅鉄坊様は、いつもそう」 「村の皆とは違うわ。 自分の為ではなく、ただ心から誰かを想っている」 「…………、一体どちらが鬼なのか分かったものじゃないわね」 [選ばれる言葉の節々から、穏やかな低い声から伝わるもの。 性を理由にしてもそこにあるのは嘲りや見下しではない。 弱者と定義されながらも女の胸に憤りがないのは、ただただ目の前の鬼が真摯であり続けるからこそ。] 「でもわたし、どれだけ辛くてもいいの。自由になりたい 何の苦しみもない世界には、喜びだって存在しないでしょう?」 [理解しながらも頷くことが出来ないのは、夢があるから。 女の身で男達と同じように働くことが、必ずしも不可能だとは思えなかったから。]
「ねえ紅鉄坊様、わたし好きな人が出来たの。 向日葵より綺麗な御髪の、異人さんよ。 お父様に会う為に、村に来たんですって」 [ある日初めて、逃げるでも苦しみを語るでもなく幸せそうな笑顔で鬼の元へやって来ることとなる。 道で足を挫いた女を、海の向こうからやって来た異国の商人である男が助けてくれたのだという。 彼の目的が父親だったこともあり、二人は何度も顔を合わせ語らう機会があった。自立を望む女の想いを理解し、外の世界について沢山の面白い話を聞かせてくれた。 幼子のようにはしゃぎ語るその頬は赤らんでいた。]
「わたしを連れて行ってくれるって 一緒に船に乗って、彼の祖国に行こうって」 「あの花がまた咲く頃に、迎えに来てくれるのよ」 「ええきっと、国を渡るのはとても大変なことだわ それでもわたし、理由を探して諦めたくない。 あの方となら、頑張れる気がするの」 [だからその時は──……と女は願う。 鬼にも立場がある、あの約束を結んだことも知っている。 それでも、愛する人と山を越える為には彼を頼る以外には無かった。]
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