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【人】 春野 清華たしかに。 見たことない。あんな大きなもやしは。 彼の言葉にうんうんと頷いて「確かに」とこぼした。 その好奇心に、新しいものに触れてみたいという 気持ちに、なにひとつ否定する要素などなくて。 「ん、わかった」 と微笑みかけてまた、頷いた。 * (1) 2021/11/01(Mon) 18:39:55 |
【人】 春野 清華流れる風景を見ていた。 それは、ありきたりなはずだけれど、 普段は触れない、田舎の道だった。 穏やかで、和やかな空気。どこか、都会のそれとは ちがって、澄んでいるようにもかんじた。 きっと一歩外に出れば、早朝のような きりりとした冷たい空気が耳殻を かすめていくのだろう。 彼の見せてくれたガイドブックによると、 例のもやしのあるところには、あまり何も ないようだったから、まずは弘前駅の周辺を 観光して回るということに異論はなかった。 「そうだね、リンゴのイメージが強いな。」 はじめはたしか、マグカップを買いに行く、 という話だったはずなのに、私の提案で 随分と遠いお買い物になったな、と思う。 それでも、彼と過ごせる時間は多い方がいい。 重ねた思い出の数が、いつの日か「彼」と 同じだけになった時、私たちの関係は 変わっているような気がしたから。 (2) 2021/11/01(Mon) 18:40:10 |
【人】 春野 清華少しだけ、よそよそしい雰囲気。 触れるのに、口付けをするのに、それに、 ためらいなどないのに。どうしてだろう。 こんな時に、手指を絡めて握ることの方が よほど難しくかんじた。 「外に出たら、甘い匂いとかしないかな」 なんて、笑ってみせて、また過ぎゆく景色に 目を向けてから、揺れる車体にそっと目を閉じた。 (3) 2021/11/01(Mon) 18:40:23 |
【人】 春野 清華瞼に映る光が途切れる。 何もうつさなくなった真っ暗闇。 触れない。息遣いも、聞こえなかった。 たった一人、取り残されたみたいな、 そんなわけないのに、きっとそれを口に出したら 彼を傷つけるとわかっている。 でも、隣にいるのは彼であって欲しかったし 彼以外には考えられない。 手探りで進んでいる、みたいな心地だ。 見つけられない、着地点。 この気持ちを言い表すこともできないまま。 (4) 2021/11/01(Mon) 18:41:04 |
【人】 春野 清華ゆっくり息を吸って、吐いた、そのとき、 視界が明るくなって、隣から聞こえた 明るい声にゆっくりと目をひらいた。 一瞬ちか、と目端を煌めきが抜ける。 白からじわりと滲むように映ったその景色は、 色を、与えて、開ける。 「わ、 ほんとだ」 とくん、と心臓がひとつ、鳴った。 背もたれから体を離すように背筋を伸ばす。 がたん、と車体が揺れた。バランスが崩れて、 手が、彼のそれと重なる。 (5) 2021/11/01(Mon) 18:41:24 |
【人】 春野 清華「、 っ」 短く、息が詰まる。 反射的に彼の方を見て、離してしまう。 ───目は、合っただろうか。 もし、車窓からこちらに振り向くのならば、 ぱちぱちとまぶたを瞬かせてから、 唇を結んで、ほんの少し恥ずかしそうに頬を染める 顔を、見られてしまうのだろう。 けれど─── 「あ、ごめん、わざと、じゃ、なくて」 でも、それでも。 (6) 2021/11/01(Mon) 18:41:40 |
【人】 春野 清華「あ、の、嫌じゃなかったら、繋いでも、いい?」 小さくぼそぼそと尋ねた言葉。 年甲斐もないお願いだけれど、きっと、 彼ならきっと、笑顔で頷いてくれる気がして。 そうしたらきっと、外の寒さだって、 気にならないような、そんな気がして。* (7) 2021/11/01(Mon) 18:42:02 |
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