45 【R18】雲を泳ぐラッコ
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ああ、良いに決まってる
頼むから…さ
”こんな”とか、もう言うなよ
どこもかしこも魅力的で
俺を魅了して止まないっていうのに
良くない訳がないだろ
俺の手で、その美しさを
更に際立たせてやりたくて
今も、どうしようもなく、うずうずしてる
[愛おしさを隠しもしない
甘い声音で、諭すように静かに囁いて
それから、少し遠慮がちに
座面で乱れている金色の毛先を一房
そっと掬い上げた。
先程は拒まれてしまったけれど、
今度は構わないだろうかと問いかけるように。]*
[泪が一時的に止まっていたから
はっきりと見えた。
僕を見つめる彼が、微笑むのが。]
……ッ
[――母さんは、顔に皺が寄ることを気にして
余り表情を変えようとしないひとだった。
誰かの心からの笑顔を見たのは
もしかしたら、初めてだったかも知れない。]
[トクトク、心地よく胸が鳴っている。
草木が芽吹くようなこの気持ちを、
僕は知らない。
貴方なら、知っているんだろうか。]
[愛おしさが全面に載る声の囁きは
鼓膜からするりと滑り込んで
砕かれたばかりの心の傷を癒してしまう。
金の髪ごと救い上げられて
心の奥底からこれまで感じたことのない歓びが
胸の奥から泉のように溢れて、溢れ出して
目元から透明な雫となって発露する。]
…………………うん
[うずうずすると言った貴方の
思うが儘にして欲しい。
そんな想いを込めて、頷く。
優しく細めた左右の瞳から
ぽろぽろと温かい雨が降り落ちた。**]
[まだよそいき顔のリフルに裏口で逢ったときには
ごめんね、って言ったけれど、
ジャケットに袖を通した彼の後ろを歩く間は、
勝手に頬がゆるんでいた。
街歩きの靴でリフルと歩くと、
ちょっと上に目線が向いて姿勢が伸びる。
その少しの背の差が面白い。
お姉さまの背はいつの間にか追い抜いてしまっていたから、
並んでもこうはならなかったんだろう。
お姉さまと街を歩くことは叶わなかったけど
リフルと歩くのは楽しいんだ。
思い切って誘ってみて良かったって、今でも思っている]
リフルは着替えないのね。
[使用人は屋敷の外に出ることも多いのだから、
制服で出かけるのは当たり前なんだろう。
ジャケットでサスペンダーを隠している
と
動きやすさの格好から身なりを整えたようにすら感じる。
変装をイメージして髪に櫛を通した私より気楽なのに、
しっかりした男性だなあって思うのは何でだろう。ずるい。
帽子とステッキがあれば、立派な紳士になるのでは?
本人に言ったら、堅苦しいと渋い顔になるかなあ。
彼の後ろに隠れてくすくすと笑った。
使用人姿とドレス姿で逢うのと違って、これも楽しい。
差が埋まった姿でデート(スポット)に出かけるのも、
後で楽しい話の種になるに違いない。
結局楽しいからってリフルを連れ出すのが私なのだ。
定期報告以外で呼び出すことはほとんどなかったりする]
[その笑顔は、リフルにお願いをするときに一度消えた。
無茶なことを言っているんだろうな、と思っても
彼以外にこんなこと頼めない。
断られたら困るから、
ごめんね、は飲み込んで、手を握って欲しいと伸ばした。]
[演劇とかオペラとかで、恋人というものは知っている。
その次に結婚するらしいよ、とも知っていたので、
これは予行練習なのだ。
ただの興味本位かもしれないけど、宿題の為なのだ。
そんな毒に当たった顔しないで欲しい。
心配になっちゃうから。]
よろしくね。
[かしこまりました、って、
まだ中庭の住人に戻ってくれない彼が
義手の左手をかしてくれた。
利き手と義手と、どちらが大事なものなのか、
そんなことは考えに登らない。
出したのは右手、出てきたのは左手。
不慣れな配置に手が止まった。
……これは握手じゃないから反対側でいいんだ。
横に並んで手を繋ぐんだ。
手を握って欲しいと思ったくせに、
握手することしか頭になかった。]
……うん
[ボディーガードさんの隣に移って、
精巧な指をまとめて包んだ。
検索に忙しい彼の横で、冷たい親指の関節をなぞってみる。
この人は私の知らないことを知ってる人なんだ。
こういうところを頼もしいと思う]
レモン?
[横顔を見ていたら、彼の提案の意味をつかみ損ねた。
私を表す名前は教えてあるのだからそれでいいのに。
彼が呼んでくれたことは一度もない。
中庭の住人と認めてくれないみたいで悔しいのだけど、
――シャーリエと呼ぶのは、お姉さまと区別しない人たちだ――
それより、リフルの視線の先のすっぱい果物が気になった]
レモンはあなたの名前だと思うんだけど……
私でいいのかな
[金の髪に若い果実の黄緑の瞳。
甘い柑橘の仲間なのに、甘さを見せてくれないとんがり具合。
でも毒は持っていない、少しで料理の味わいを変えてくれる、
レモンの人。
レモンの人にレモンと呼ばれてしまうのも面白くて、
硬い手を温めながら、うん、と頷いた]
お気に入りの、クッキー!
[デートが始まってすぐ、恋人の話を曲解した。
彼はお気に入りの店と言ったのだ。
ここが諜報スポットだとか、ここでバイトしてたとか
そんなこともあったかもしれない(ない)のに、
もう口がクッキーの口になっている。
リフルのお気に入りのクッキー食べたい。]
好きなものを一緒に見る、 見るデート。
……うん、楽しい
[ゆっくりと回っている間に、いつの間にか
チョコチップクッキーのビンを抱えている私が、
彼の左手にくっついている。
レシピを読んでふんふん覚えた後、
「小麦粉が入っていたんですね」とのたまう。
空になった試食のお皿をクッキーで出来てると勘違いする。
ビン入りは大きいですよと店員にたしなめられている横で、
リフルはどんな事を思っていただろう。
手はしっかり握って離していない。
離したら迷子になりますからね]
私は二色のクッキー好きです。
バニラとココアのマーブル模様の〜
[レモンを食べて酸っぱい顔になった彼とケースに立って、
気に入ったクッキーを選んでいく。
まず私がマーブルクッキーを選んで、
次にリフルが選んだクッキーを入れてもらい、
後は興味の湧いたレモンクッキーを一枚追加して、
私が出します!と鞄からおサイフを取り出した。
これでもリフルと街にでているのだ、
お金は使えるんですからね。]
[子供のお使いのように得意げに
クッキーの紙袋を抱えてお店を出た。
これで両手がリフルとクッキーで埋まってしまった。
デートとは手が足りなくならないだろうか。
鞄が肩掛けで良かった。
通りの二人連れを見て、紙袋を片手に2つ持っているのに なるほどガッテンしていたけど、
荷物は増やすと良くないものと連れから聞いた。]
食べ歩き……は、はい
[食べ歩きは少しだけ経験があった。
人の多いところで歩きながら食べたらわたわたしたので、
今日は一度止まって口にクッキーを詰める。
三枚のチョコチップは一枚ずつ食べた。
おまけのレモンは私のにして、チョコチップを譲った。
一枚入りのマーブルは彼が割ってくれた]
[たのしくておいしい。
うれしい。
人にぶつかりそうになったらリフルの方にくっついた。
もしお姉さまと出かけられたら
食べ歩きを教えてもらっていたのだろうか。
そしたら彼と自然に歩けていただろうか。
クッキー屋で注目されてしまった自覚はあったから、
歩いてる間はちょっと大人しくなった。]
ご飯、はお酒のおつまみよね?
[クッキーをちゃんと飲み込んでから話すのが、
躾の行き届いた娘っぽかったかもしれない。
ディナーはコース料理を想像して、
一品料理はお酒のお供と思っている]
前はそうじゃなかった?
[立食パーティーみたいな、料理が最初に出てるやつ、
と説明を試みながら左側の店を覗く。
キラキラした宝石はふぅん、って素通りした。
リボンを売ってるお店は、興味ある?って彼に聞いた。
画商に浮世絵が飾ってあるのを見て振り返った。
その先のお店で。]
あ……
[お客のいないお店の中に、
ピアノが飾ってあるのを見つけた。
ピアノがある家は多くないだろうが、
貴族のお嬢さんが嗜んでいることがあるからお店がある。
お店があるから、音楽家が来ることもある。
普段は客の入らない楽譜のお店だった]
ひとつ、一つだけ探し物してもいいかな……?
[多分リフルは興味がないだろうお店だ、
「デート」じゃなくなってしまうかもしれない。
ささっと用事だけ済ませてしまうつもりで……]
荷物になっちゃうかしら
[食べられない楽譜を思って恋人の顔を見た。
表紙と裏表紙を含めて4ページの紙だから、
折ってしまえば鞄に入るかも……と少し悩み。]
お願いっ
[本日三度目のお願いをした**]
[俺の言葉を聞いて
表情が柔らかく変化していく。
まるでその様は
雲間から光が差し込んで
七色の橋が架かる瞬間を目の当たりにしているようで
目だけでなく、心も奪われた。]
[彼が生きているからこそ
見ることの出来る、嫋やかな変貌に
感嘆のため息が止まらない。]
ああ……、本当に凄いな
先程まで在った最上を
易々と超えて
更に高みへと昇って行ってしまう
今の、その顔、 堪らなく綺麗だ…
[青いふたつの泉から
零れ落ちる雫に
どうしても触れてみたくなって、
金色の房をそっと降ろすと
両方の掌で濡れた頬を包み込んだ。]*
──鈍色の記憶2──
[怯えた者たちも立派に努めを果たし、
兵達は戦果を上げて帰郷した。
家族があるものは、再会を喜んだ。
友や恋人、知人を持つものも喜びを顕にした。
無愛想な少年を待つ者は普段はいない。
だが、伝えたい事があるのだと、妙齢の女性が少年に近付いた。]
『シグマ!わたし、結婚することになったの!』
[世話になったし言っておこうと思ってと、幸せそうに笑う女。
祝事に少年も喜びを浮かべたが、
同時にズキリと痛む頭を押さえ。
“おめでとう”と言葉にはして幾つか話したが、
すぐに回復しなかった少年は体調が悪いと言い、
日を改めて祝儀を持って行く約束をして、女と別れた。
あの人が幸せで、嬉しい事に偽りはない。
全部忘れて、きっとそれで正解だった。
あの人に呼んで欲しかった存在を捨て去っても。
]*
[裏口で言われた「ごめんね」は、呼び出した事や食堂で目立ってしまった事だろう。
何でも許される立場なのに、きちんと謝ってくれるその姿勢は好きだった。
隣を歩いてくれていたら、締まりのないその顔を見てきっとこちらも笑って、もう少し空気も和んだ事だろう]
着替えてますよ。
[着替えてないと言われたけど、ジャケットを羽織ったんだからこっちの認識としては着替えてる、の部類だった。
確かにお嬢様に比べたらきがえたレベルは雑魚だが。
何か後ろでくすくす笑い声が聞こえたのは、
着替えてないと笑われたんだと思ってちょっとバツが悪くなった。
更に突飛なお願いを持って来られて、
多分今迄生きて来て一番間抜けな顔をしたんだ。
彼女が飲み込んだものも、
不安を抱えたその胸も気付く事さえなく、
一つしか持たない答えを差し出して、
それから、あくまでも彼女の意思に従うと左手を差し出した]
………
[変な間があった。
この間の解説を彼女から聞ければきっと笑ったんだろうが、まだ主従の気持ちが抜けていなかったものだから、問う口を持ち合わせていなかった]
[義手を、こんな風に優しく握った人なんていなかった。
生身の右手だって、よく考えればそんな感触は覚えていなかったけれど。
感覚のない筈の機械の手でも、触れられた事はわかるし、握られた事もわかる……検索に忙しかった訳ではないが、関節をなぞられたとは気付かなかった。力加減は器用なもので、決して彼女に痛みを与える事はなかった]
オレの名前?
[レモンという名を気に入らないという顔はしていないが、
彼女は何故かこちらにレモンを投げて来た。
彼女の頭と心に浮かんでいるレモンは感性に富んでいたのに、己は「髪の色が?」とはてなの顔をするに留まる。
まぁ、彼女は心から良いと思ってくれた様に見えたから、
うん、と頷かれたら、うん、と、同じに返して、
隣に歩く彼女と空気を分かち合った]
[「お気に入りのクッキー」は……まぁ、間違ってはいない。
屋敷では澄ましている事が多いのに、
今日は子供の様に目を輝かせている。
そのきらきらの瞳にあてられると、ふっと笑みがこぼれる。
多分、うちのパティシエが作ったのの方が美味しいぜ、とは言わないでおいた。
店員の前じゃなければ言っていたかもしれないが]
楽しい? よかった。
[聞いた事をふんふんと覚えようとする姿も珍しくて、ついじっと見た。楽しい、と言われれば、ほっとする様な、嬉しい様な気持ちになる。
片手が塞がれて不便ではないだろうかと少し心配したが、彼女は問題なくついて来た。
と思ったら、瓶を抱えていて思わず噴き出した。
いやそんなに買わねぇよと笑った。
店員にも声を掛けられている姿に、
こちらが楽しませてもらってしまっている事に気付く。
レシピをすらすら読む彼女には、「小麦粉が入ってたんだすげえな!」と合わせてみたら自分でおかしくなって肩を震わせた。
試食の皿もクッキーと勘違いした彼女には感心した。
流石頭の出来が違うなぁとおどけて言ったが、
なかなか良いアイデアじゃね?と店員に振って店員を困らせた。
ちょっとうるさくしてしまったけれど、
ずっと彼女の手が離れなかったのは、
ただ真面目なだけではないと思う。
きっと嫌ではないと汲み取れて、己は終始笑顔だった]
[彼女の好きなクッキーと、自分の好きなクッキーと、
レモンと甘い香りが詰められていって、
小さなしあわせぶくろが出来上がった。
こちらが財布を出す前に鼻息荒く彼女の財布が飛び出して、ええと、と言い掛けたけれど、まぁこのへんはいいか、と苦笑した。別に悪い訳じゃないし。淑女はこうはしないイメージだが、オレに恋人を教えろって言ったんだから、平民のデートでいいだろ、多分。
小さく驚いた振りをして、ありがと、と呟いた。
店員に、女に払わせるのが当たり前の男に見られるのが嫌だという、格好の悪いただの見栄]
[見栄を張った後は、増えた荷物に失敗した、と思った。
上手くリード出来ないのが悔しくて、
すぐに対処法を捻り出した。
流石に抵抗があるかと思ったけれど、
食べ歩きも彼女は批判しなかった。
それでもやはり育ちがよいせいか、
立ち止まって食べる事になった。
そこで感じた差を、割ったクッキーを二人で食べて埋めた様な気持ちになった。
クッキーの袋に集まる様に少し身を寄せて、
再び歩き出したらまた少し離れて、
時々人を避ける様に彼女が身を寄せて来たり、
逆にこっちが彼女の方へ寄ったり……]
ええと……
[ご飯が酒のつまみだと言われて、
説明もしてもらったが、「まぁ後で行けばわかる」「食べきれなかったらオレが食べるから」と手抜きな回答になった。
心や身体や立場や知識や経験が寄ったり離れたり、
また寄ったりしながらデートが続く先に、
彼女が心惹かれる店があった様だ]
[リボンは別に、と通り過ぎたが、
彼女の入りたがった店にはじっと視線を向けた。
ピアノ。
彼女の得意なそれは、何度か耳にしている。
音楽がよくわからない己でも、
聴けば落ち着く曲もいくつかあっただろうか]
勿論。
一つと言わず、気が済む迄。
[言った後、
ピアノをまさか買う訳ではないかとちょっと過ったが、
彼女のお目当ては楽譜の様でほっとする。
興味が薄いものでも、
恋人と一緒なら楽しめるところもあるかもしれない、とか意見を述べるタイミングは逃して、荷物も大したものじゃないだろう、お願いっておおげさだなぁと笑った後、
二人きりになると、
彼女がどこか屋敷のシャーリエの顔で話し出した]
[それは例えば寝癖で一束だけ跳ねた髪を
見つかってしまったときや
声を上げて笑ってしまったときに
吐き出された溜め息とは
質が異なるものだ。
温かい吐息と彼の言葉が
開かれたワイシャツの間の肌を撫ぜ
熱を持つ二粒とその奥の心を震わせる。]
……、……
[脂汗を噴き出させる痛みは
相変わらずあった。
けれど、味わったことのない幸福感が
次から次に溢れてもいて
痛みによる辛さと綯い交ぜになる。]
[新しい自分に変わっていく。
けれど、不思議と怖くはない。
────かの男も、復活を遂げる前には
手足を貫かれて磔られ、痛みを伴ったものだ。
生まれて初めて吸った空気は彼の――、
在原治人の、匂いがした。]
[濡れる顔を包むように触れられれば
混ざり合ったそれらはいよいよ
結合してしまったのだろう
嬉しい、正の感情だけが残り
とろりと蕩けた瞳で
彼の左目、……右目、…また左、と見つめ
頬は血色を取り戻し淡く色づいていった。
同じ色の唇を、ゆっくりと動かす。]
……、……
[けれど、饒舌になった彼とは裏腹に
僕の口からは言葉が出てこない。
貴方のことをもっと知りたい。
僕のことを知って欲しい。
そんな欲が確かにあるのだけれど
音に換えることが出来ない。
頬に伝わる温もりに、声を奪われてしまって。]
[七週の間、
何度焦がれ、何度妬んだことだろうか。
あの標本を作り上げたこの掌に。]
(あったかい……)
[安くはない代償を払って
危険な海の外に出て
最期には泡になって消えてしまうだなんて
馬鹿のすることだと思っていたけれど
W声を犠牲にしてでも逢いに行きたいW
その気持ちが少しは理解出来た気がする。]
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