人狼物語 三日月国


69 【R18RP】乾いた風の向こうへ

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視点:


拾うモノがあれば捨てるモノがあった。

『俺を拾ったやつは少なくとも神ではなかった。』

怒りも苦痛も畏敬も焦慮も懐旧も絶望も無くなった。
戦いを続ければどんなフラストレーションも落ち着いた。
隊長の称号を得た時からルサンチマンの概念も失った。
一番の恩人を崇拝をしていた気もするが、
それすらも忘れた。

いっそのこと愛も情も超越し、
人で無き者へ成りたいと何度も望んで、頓挫した。
芽が伸びる度、摘んで、摘んで、繰り返した。

己の下に積まれた者たちが、応えてくれる事も無い。
『そこにあるのは俺が捨てたもの』。



 それだけの事。     *


[ 彼の笑う、笑い方、というのだろうか。
  その声というのは喉を鳴らす感じで、
  とても独特な感じがする。
  彼女があまり聞いたことのない、
  何かを含んだような声。
  でも、その笑い方が何を意図するものか
  何も知らない彼女には全くもって
  分からずじまいのよう。       ]


   本当に……?
   何か、私に出来ることがあるなら…、

   お家のため、ってどういうこと?
   まだ、お昼なのに、おやすみなさい?
   どうしてなのかしら?


[ 会話をしていけば生まれる疑問。
  それを胸の内の中に秘められるほど大人でもなく。
  別れの言葉まで聞こえると、
  更に彼女は疑問を口にして。

  そう、まだ外は昼下がりのはず。
  でもこの場所というのはよく見てみると
  窓もなく空気が悪かった。
  異臭などはしないけれど彼女の住む環境とは違う。 ]




   私の名前は、アウドラと言います。
   あなたのお名前を伺っても?


[ わかれを告げられるのであれば、
  聞いておきたいことのひとつであろう。
  名前くらいは教えてもらえると信じて
  彼女は声の掠れたその人に、最後の質問を。 ]*





 あ、あと、君は下着は?

[ 今頃思いついたが、ぶかぶかの服で分かりづらいが、襟もとから覗く鎖骨から布で隠れた丸い肩。女性らしい線を思えば胸元なども変わっているはずで。

 それに下履きなどは今はどうしているのだろう。気づくのが遅すぎるのと縁遠い買い物すぎて慌ててしまう。*]


[ 握り込んだ指先、爪が掌の肉を突き破った
  感覚があった。
  ぷつ、と音がして、小さな痛みが生まれる。

  悪意のない純粋な質問が礫のように
  突き刺さり、目の奥ががんがんと鳴った。

  下卑た行為には折れることを許さない自尊心が、
  眩しい輝きに容易くぐらつく。 ]
 


[ きっと、それは、
  あまりの純な、汚れの無い
  澄んだ湖面のような彼女に映し出された己が、

  あまりにも下劣で、醜悪で、穢れているのだと

  まざまざと見せつけられるからだろう─── ]
 


[ 丁寧に名を名乗る彼女の顔は
  やはり見られなかった。
  父親が己にしていることを知れば、
  その美しく整った表情はどんな風に
  取り乱すのだろう、と醜く唇の端が歪む。

  けれど飼い主にされたことの仕返しを、
  この純な少女に擦ることが正しいとは
  どうしても思えずに。

  甘いのだ、己は。
  今も、昔も。

  馬鹿馬鹿しい。  ]
 


   ……名乗る名など、ありません。


[ 吐き捨てるように囁いて。
  そうして座ったまま凛と背を伸ばし、
  身体ごと彼女に向かい合う。

  口を笑みの形に動かして。
  にやりと微笑んだ。 ]
 


   そう、ですね。
   ならば、─── le chien.
   ルシアン、とでも。


[ 地下に飼われた、少々生意気な犬。
  彼女がその単語の意を知っているかは
  わからないけれど。

  シャルケ・セト・ドゥ・シュバリエ

  由緒正しき己の名は、
  もう捨てたと思って尚、
  この澱んだ地下で口にすることは躊躇われて。]*
 

*



  "私が作る国を。"




*



[ どれくらいの時が経ったのかも分からない。
  この場所で、過ごした時間というのは
  彼女の人生に大きな影響を与えたことだけは
  間違えることのない事実である。

  彼の爪が肉を通った際に、少しでも顔が歪めば
  彼女は心配そうに何かあったのかと聞いたけれど
  顔を伏せていたから、それは起こらなかった。 

  20年ほどの人生は、綺麗なもので大半を占めている。
  それに彼女は気づいておらず、
  やりたいことをやり、与えられるものを与えられ。
  過酷だと思ったことは、諸国の政治を知ること。
  座学は嫌いではないけれど、
  先生を選べないためものによっては
  眠たくなってしまうものもあった。 ]






   ルシアン、と呼べば良いのね?
   また迷ってしまったら……
   あなたのもとに来ることにします。


[ その人の祖国で、それがなにを意味するのか。
  語学をしっかりと学んでいない彼女には
  わかるよしもなく。
  もし、分かっていたのならダメ、と
  強い気持ちを持って言っていたと思うけれど。

  勿論、地下に迷うということは
  ほとんど無いだろうけれど、
  まだ散策は続くだろうから予防線。

  ルシアン、とまた呼んで、
  彼女は腰をゆっくりとあげる。      ]







   お邪魔して申し訳ありませんでした。
   おやすみなさい。


[ ふわりと舞った洋服の裾が
  床を軽く撫で、彼女は軽く腰を落とし
  会釈を済ませるとゆっくり元来た道を
  戻って行き、静かにその扉を閉じる。

  地下から上に戻れば、
  しもべの1人にどこにいたのか、など
  心配そうな声で沢山聞かれてしまった。
  そんなに心配をしなくても、と
  彼女は思ったが、国政が危ないからか、と
  歩きながら散策をしていたと教えた。 ]





────────


    お父様、お母様?
    私、何か愛でるものが欲しいの。



[ 夕食の折に、彼女はそう伝えてみた。
  犬や猫などのものが与えれるのではと
  淡い期待を描いてみて。

  どこか、不思議な反応をした両親を見ながら
  どんな子が来るのだろうか、と
  その日を待ってみることだろう。  ]*




  

[ 今着用している服と替えたい為、試着室を使いたいと店主に問えば、快く場所を示された。店の更に奥まった一角。買った服を抱えそちらに向かおうとすると、気がついたようにダンテに呼び止められた。]

 下はそのまま。

[ つまり上は何も頓着していないということだ。すっかり弛くなった上衣で紛れている程度のささやかな膨らみであるから、特段気を払わなくてもいいかと思っていたが、ダンテの選んだ衣服を着るにはそれでは不都合があると自分にもわかる。

 結局数組の下着も合わせて購うことになった。
 流石にこの店には扱っておらず、商人繋がりで店を紹介して貰い、何せ寸法を測るところから。先の店で買った衣服に合わせたものを後は女性店員に見繕って貰う。]

[ それから、買物の間に離れた指をまた掛ける。]**

[20という節目を迎える年に初めに贈られたものは、
陣頭に立って一番初めに返り血を浴びるという"功績"だった。

 そもそも。その日が、
 の誕生日であるということもすっかり忘れていたのだが。]**



 かわいい

[ きっとニコニコとして、あれこれヴィに当ててみて、最終判断は彼に委ねられてしまうが、合いそうなものがあればそんな風に言葉をかける。

 自分が夢中になっている間に、ヴィが手を伸ばしている事がたまにあったが、高い位置にあるものに手が届かないらしい
 ぶかぶかの服の袖が重力に負けて細い腕があらわになるから、どれが欲しいのとあわてて間にはいることしばしば。]

 女の子って大変だな

[ 顔立ちは普段のヴィと同じ系統なのに、頰が丸く柔和になり唇もやや桃色で少女めいた華やかさを纏う。白金の髪が輪郭を淡くして、店内の明るい場所で見れば本当に可愛らしい。

 小さくため息をついて動揺をごまかすようなことを言う。ヴィのことだから自身の変化だとか容貌が優れていることなんてのには無頓着なのだろうけど。

 無頓着というか、理解していてそれが当然といった様子なのかもしれない。彼の種族特性も関係しているとは過去に聞いたんだったか。食性のためか他者の好む姿を取るというのは、彼らの種族の生存戦略らしく、今更にそれを実感する。
 
 それとも、もとから自分はヴィに好意を抱いているのだから、その彼が女性姿になっているなら全部を可愛い綺麗だと思うのは仕方がないのか?]

[ 女性の上下の下着も必要になったと気づいて、この店だけでは流石に揃わず、店主が良い店を教えてくれた。
 それにしても、全部が必要だなんて何があったんですなんて控えめに聞かれてしまったが、着替えを入れた荷物がなんてもごもご言っていたら店主なりに勝手に理解してくれたようだ。]

 そうだ、化粧品もいるんじゃない?

[ 布地の多いひらひらとした可愛い衣服を自分が選んでしまったせいで、そんな衣服を女性が化粧もせずに身につけることはあまりないのではとようやく。

 だから、ヴィも今夜は長衣を身につけたのかもしれないとようやく。ただ、そのままでも似合うのにと思ってしまっているから脳が沸いている。]

[ 店を出て教えられた道順を辿り店を目指す。
 すっかり大荷物になっていたが、自分が持つと当然のように受け取った。

 それから開いた方の手にヴィがそっと指を掛けるから少し笑って。]

 腕を組んでくれてもいいんだけど

[ 流石に望みすぎだろうかと思いつつも冗談めかしてそんな言葉をかけ。こんな時は冬がやっぱり良いなとか考えたりもする。
 そうすれば彼の手を掴んで温めるふりだってできるから。*]

[

  ――いや、本当なら、王は死んだ。死んだから。
  真実を隠す鎖はとうに千切れているはずだった。なのに。


]

 ………"白痴のしゃべる物語"か。

 先程の俺じゃないか。


[ はて、それは独り言のつもりだった。
  貴女には5年間「私」と言ってきたつもりだったので。

[ 訳なく男女の形を取ることはないが、未分化の身体は月の満ち欠けに引き摺られることが大儀だ。分化を促す生理なのかもしれない。

 それでもまだ女性の形は、図体ばかりでかく油断をすればあちこち打ち付けてしまう男の形よりはマシだとしても、届く筈のものに手が届かないのはもどかしい。]

 ごめん、ありがとう。

[ 気が付く限りはダンテが手助けをしてくれるが、都度都度手を煩わせるのも申し訳ない。]

 ……楽しそうだけど、気の所為?

[ つまらない事で手を掛けさせてしまっているから、溜息を吐かれても仕方がないが、その様子と相反して、服を選ぶ様、下着、化粧も必要ではと、女体になった自分よりも女性であることに気を配る彼が浮足立つようにも見えるのに可笑しさを覚えてしまう。

 化粧品も必要では、と言われて己の頬に触れる。
 特段必要とは思っていないが、この形姿であるだけで幾らかも喜んで貰えるなら、彼の望む在り方であるのは易いものだと思う。]

 いいの?

[ そっと触れても良いかと確認するように指を掛けると、腕を組んでくれてもいいというから逆に驚いたような声がでた。

 おずおずと袖を摘んで、いつ冗談だよと言われても離せるように肘へと指で辿っていく。拒絶がないなら、肘まで上がった手がするりと腕を絡ませる。人に添うことなど慣れていないから、仕草はどこかぎこちない。]



 [白と赤との格子柄が目に浮く様に
  並べられていくのは白磁と深紅の駒
  
  此方が執るのは
  何時もの様に 赤く紅く深紅≠フ側]

 



    一手、
    まずはナイトを進ませて

    *
 


[ ルシアン、と繰り返す彼女の声は、
  綺麗な鈴を転がしたようにころころと艶やか。
  
その意味も知らずに。


  質の良いドレスを纏い、
  穏やかな笑みを浮かべて己に向かい
  the DOG、と呼んでいることが可笑しくて、
  

  同時に自分で言ったことなのに
  何処か苦しくて。


  知らないということは、幸せなこと。 ]
 


[ 己のような怪しげな人間にも恐れず
  気負わず話しかけてくれる彼女
  ───アウドラと言ったか。
  
  良い娘だ、純粋で、素直で。
  きっとこの屋敷の中で、見るもの触れるものを
  彼女のまわりの人間によって選別され
  制限されているのだろう。

  そう、無知は、幸せ。
  ……そして時には残酷で。 ]
 


   もう、迷ってはいけませんよ。
   ここは、あなたの美しさには相応しくない。
   汚れた場所です。


[ 同じことを繰り返す。
  また彼女はここに来てしまう気がしたから。

  おやすみなさい、と小さな声が響けば
  部屋の空気も揺らぐ。

  花のようにひらり、ひらりと舞う
  ドレスの裾が冷たい床を掃いて。 ]
 


[ 邪魔なことなど。

  ここへ来てから、飼い主以外の人間と
  言葉を交わしたのは初めてだったな、と
  思いながら微かに頭を下げた。

  きちんとした礼をするには、
  体も、心も苦しかった。 ]
 

 *

[ 彼女が当の主である父親に、
  愛でるものが欲しいなどと懇願していること
  など知る由もないが

  もしその場に居合せたなら、
  その時主はどのような顔をしたのかは
  どうしても知りたいと思うだろう。

  己は己で、その主に
  閨に引き出された夜も相変わらず
  反抗的な態度を変えることなく。

  ぐ、と床に押し付けられた頬を歪めながら、
  そう言えば、花のように美しいお嬢様が
  いらっしゃるのですね、と笑ってやった。]
 


[ 顔色を変えた主から
  執拗になにがあったか聞かれたが、
  その先は頑として口を割らずにいてやった。

  その日からしばらくの間
  食事が与えられることはなかったが、
  主の動揺が己の心を満たしてくれ、
  それは愉快で満足だった。]**
 

[自覚が無いのだろうか?

どんなに温和に事を済ませたって、優しく接したって、持っているつもりが無いとしたって。伴う結果と彼の立場は、狂おしく、著しく、燃え盛る野心の塊を抱えているようにしか見えないのに。

いずれは虎とて、龍に頭を平服する日が来るのではないのだろうかと恐怖すら抱いていた事もあったのに。]

[ (何だ、随分と急に牙を向けてくるじゃあないか) ]

 

 楽しいよ

[ 楽しそうだねと言われたから肯定を返した。ごめんねとお礼と一緒に言われたから、その分は慌てて否定もしただろう。ため息は自分ごとだと伝えて。

 高いところのものが取れない様子やら何もかも可愛くて仕方がない。*]

[ 逸れないようにと自分が心配するからか、いろんな理由で繋がれていた指。それでは心許なくて。戯けたフリをして腕を組んでも良いなんて言ったら、逆に良いの?と問うような言葉。
 自分は是非と即答して、その声はきっと明るい。]

 どうぞって毎回言ったらそうしてくれるの?

[ 気恥ずかしそうに見えるのは、慣れないからであって腕を組むこと自体が嫌だとか恥ずかしいとは見えず道すがらそんなことを尋ねた。
 中性体の時でも自分はヴィと手を繋ぎたがっていたけれど腕も組んでくれたりするんだろうか。一つ許されたからといって前のめりすぎではないかと少し恥ずかしくなってきた。]

 ……

[ ヴィの手が少しずつ確認するみたいにぺたぺたと、彼の心中はしらず。冗談だよなんて言うわけがない。
 自分の空いた方の腕のちょうどいい場所を探している様にも感じた。すっかり収まった所で歩幅を合わせて、手の添えられた微かな重みが胸に明かりを灯すようで、少しだけ鼻の奥がつんとした。

 一瞬一瞬を全部記憶して置けたら良いのにと思う。だから、自分はメモをするのかもしれない。*]



   また、迷ってしまったわ。
   ……随分と、痩せてはいない?


[ また別の日。
  それは彼女が愛でるものを与えられた後。
  彼には話さなかったけれど、
  彼女の両親は容姿の整った少し若い
  ルシアンのような異性を数名連れてきた。

  彼女はその時訳がわからず、
  両親に猫や犬は?と人には目もくれずに
  聞いてしまい、少しだけその場がざわついた。

  しかし、数日をおいて迷子になった彼女は
  鉄格子の中のその彼の様子が気になってしまう。
  彼はどこか、先日連れてこられていた
  異性たちと似ているような気がして。  ]







   何か、食べるものと飲むものを
   厨房から持ってくるわ。
   ルシアンも連れてくるか…
   そう、あなたの髪色に似た
   毛の色をした猫を飼い始めたの。


[ 猫に犬と名付けてしまった彼女。
  悪気なんて一切なくて。
  目の前の彼に似た、グレーの毛色に惹かれ
  彼女はその猫を手元に置くことにした。
  止められたり、声をかけられたり
  しなかったなら、
  彼女の愛でる対象になった猫を連れ
  食事を持って戻ってきたはず。  ]*
  




貴族の娘 アウドラは、メモを貼った。
(a2) 2021/04/18(Sun) 15:55:34



 [さて途中から当初の目的など忘れて
  成り上がる事に喜びを抱く様になってしまったのは
  否定が出来ない。


  そして今この時世が
  単純で退屈なシステムを崩し得る
  絶好の機であると、歓喜し計り巡らせている事も。]


 



  返された応手にはどの駒で応えようか、と
  流れる仕草で口元を隠しながら。*

 

[ 怖じたような問い返しに、返ったのは明朗な肯定だった。
 それから、尋ねるならば何度でもとの言葉。]

 ……この国にいる間はそれでもいい?

[ 先の午睡の遣り取りのように、節度を望んでいる所が彼にはあるのではないかと思っていたから、言葉に詰まり、口に出たのはそんな答え。
 今の自分は確かに普段よりは頼りなくみえるだろうから、言葉通りに彼に甘えても許されるのではないかとの咄嗟の考え。

 元の姿に戻ればどうだろうか。今がそうでない為あまり想像がつかないが、大の大人が庇護を強請って、と、気恥ずかしさを覚えるような気もする。

 ゆるゆると探るように腕を絡めるまでの間、荷の空く腕を差し出しダンテはそこで待っていてくれた。

 自分の国へ訪う事があれば街中を散策し、旅にも出掛けたこともある。
 逸れないようにと手を繋ぎ歩くことはあっても、こんなに体温の触れるような距離で添うたことはなく、指先に血が集まるような熱さを覚える。

 一度だけ触れた熱を思い出すようで胸が苦しい。]


 うん、勿論

[ 「この国にいる間は」その言葉に確かになと思うところもある。女性姿であるし治安に不安のある国という理由が有る。
 本当ならいつだって手を取って歩きたいし、腕を組んでくれるならとても嬉しい。

 まさか自分の彼への敬いや、指紋を残してはいけない宝物に触れるときのような距離感が彼からの躊躇いになっているとは気づかないでいる。]

 あの日…

[ 言いかけて口籠った、こんなに距離が狭まったのはいつ以来だろう。明け方目を覚まして一階に降りたらヴィはずっと起きていて自分の書いた拙い文章を読んでくれていたらしい。

 なぜか泣きそうに見えたとか今はそんなふうに記憶している。

 あの日自分は告白をして、君が好きだと。ヴィは人の記憶を糧としていて、自分のもう殆ど風化して心の痛みなんて伴わない懐かしいだけの初恋の思い出を、まるで得難いもののように扱ってくれた。]

 いや、後で話すね
 お店はあのあたりかな?

[ 教えてもらった道順ならそろそろな事を理由に先送りしてしまった。意気地がない。

 あのときの熱病みたいなものだったのかとも思えてしまうが、自分はそうじゃない。1度目は勢いでも2度目が欲しい。なんだか十代後半に戻ってしまったみたいで情けない。いつもならどうしていたんだっけ?
 過去のことなんてなにも参考にならない。*]


[ 食事を数日与えられないくらいのこと、
  どうと言うことは無い。
  そろそろ折れるかと出された食事にも
  さらに数日は敢えて手を出さずに
  いてやったほどだ。

  それでもさすがに意識が朦朧とした己に、
  焦った主が医者を呼んだのだと聞いた時は
  ひとり、笑ってしまった。

  
つくづく愛された犬だと。
 ]
 


   ……もう来てはならないと
   申し上げましたのに。


[ 溜息にも満たない吐息を溢しながら、
  横目でちらりとみやった先の、揺れるドレスの裾。
  当たり前のように、以前会った時とは
  異なる布地に、彼女が大切にされていることが
  改めて分かると思った。]


   そうですか?
   変わらないと思いますが。


[ 一度会っただけの己に、痩せている、と
  指摘する言葉になんでもない、と返す。

  目立つくらいには肉は落ちたのだろうと
  自嘲気味な含み笑いが浮かんだ。 ]
 


   お気遣いなく。
   そのようなことが誰かの目に止まれば、
   宜しくないでしょうから。
   お気持ち、嬉しく思っています。


[ 食べ物を持ってくる、と言う彼女は、
  いつかの時と変わらず穏やかに笑んでいて。
  こちらはやんわりと否定する。
  やれやれ、と竦めた肩が、
  続けられた彼女の言葉に一瞬、
  ぴたりと止まった。 
 
  己の忠告は彼女に届いただろうか。
  もしかしたら、気にせず厨房へ向かって
  足を動かしていたかも知れないが。]


   ─── 猫、……
 


[ そうして彼女の腕に優しく抱かれた猫を
  目にすることがあったのなら、
  己はその猫に大変申し訳ない気持ちで、
  くつくつと笑ってしまうだろう。 ]


   ……あなたのその美しい猫の名は、
   ルシアン、と言うのですか。


[ 無遠慮にけらけらと笑いながら告げる。]


   この国の言葉ではありませんから
   良いと思いますが、
   その方は嫌がりませんかねぇ。
 


[ すう、と顔に浮かんだ笑みを引いて、
  ちらりと猫に目を向けた。
  主と同じように美しく、
  艶やかな毛皮を纏っている。

  口を開けば、冷たい空気が喉に張り付いて。]


   ……変えてやってもいいかもしれません。
   ─── le chien、は、俺の祖国の言葉で
   
、と言う意味ですから。


[ 感情を削ぎ落とした顔で、けらけらと笑った。
  乾いた笑いが、この国の乾いた風に靡いて
  部屋を漂って、いつしか混じりそして消えた。]**
 

[ 身形姿と、情勢に甘えた問を彼は快く請け負ってくれる。
 許されているのだからと腕を取る。彼は何時だって優しく、それが自分だけに向けられた特別なものだと、夢のような自惚れを抱かせる程だ。自惚れではと自戒するだけの分別はある。物語にある恋の病のようだと他人事染みて独り言ちる自分がいる。

 文筆の傍ら、行き交う旅人が語る余聞が得難いとの方便で、簡易な宿を開いている。巣に招いているのだ。ひとの記憶を糧としてひとかけらを得る代償に、快適な寝台と温かな食事を差し出す。長くそうした生活を続けて、そこに彼は訪れた。

 行き交い過ぎ去る旅人を見送るだけの自分が、初めて手元に留めたいと願った。
 限られた彼の命の時間の、今を過ごせるだけで僥倖の筈が、過去に焦がれて未来までを欲しがった。
 記憶を糧とする食性であること知っているだろうに、何故彼が、あんなにも美しい初恋の思い出を自分に与えたのかわからない。もう二度と自分に与えられることはない過去の記憶に自分は羨望さえ覚え、口にしたいと涙した。]

 なに?

[ 彼が何かを口にし言い詰まった。
 あの日の出来事は麻疹熱に当てられたものだったろうか。彼の口にした、これきりにしないでとの言葉の響きも、今となっては熱に浮かされた自分の願望でしかなかったのではないかと思う。自分に取っては一時の熱ではない。

 あれからも変わらぬ様子で彼は何度か自分の元を訪れた。
 凪のように変わらぬまま今があり、こうして寄り添そう事で足り得ると思えればよいものを。

 道の少し先、灯りの下教えられた店名を刻んだ看板が照らされているのが見えた。]

[ 日付の変わる頃宿の部屋に着いた。サンドウィッチの皿は片付けられ、昼に乱した寝台のシーツは綺麗に整えられていた。顔を洗おうと浴室に入ると、水気も綺麗に拭われ、新しいタオルが備えられている。

 ワインとチーズの皿は窓際の卓にそのままだったので、アラックの酔いに乾いた喉をまた白ワインで潤した。]

 眠い。

[ 思えば今日の1日は長く、この国に足留められたこと、朝市の後宿を探し、姿を変え、必要な身の回りの品を購い、雰囲気の良い酒場で食事をした。

 昼に幾らか眠りはしたが、強い陽射しと姿形の変化、酔いも合わせて、こんな時間であるのに眠気を覚えた。寝台に腰掛け、編上げのサンダルの紐を解こうとするのも、気が急くほどに結び目を硬くする。

 酒場への道すがら、ダンテが言い差した言葉は店の喧騒の中続きを語ることはあったのだろうか。もしくは帰路。宿までの間に沈黙を守っていたなら、問うてみたかもしれない。]**


   お話をする相手がいるんだもの。
   どうしても迷い込みたくなるわ。


[ 今日は少し彼女の体型に沿った形のワンピースで
  薄いラベンダーカラーの珍しいものだったかも。
  前回よりはふんわりとしていないけれど、
  彼女が動けば床を裾がはらって動きが生まれる。

  彼のため息のような吐息が耳に入れば
  ふふっとゆったりとした笑みが彼女からは溢れた。
  それほど、特に気にしていないようで
  食事のほうが気になってしまった。   ]


   わかったわ。ルシアン見つけてくるわね。


[ とは言ったものの、やっぱり気になって
  彼女はルシアンを屋敷の中で見つけ出す
  その中で厨房に行き、パンと飲み物を
  こっそりと頂いてルシアンを見つけた。
  本当は他にも何か、と思ったけれど
  断食後はすぐになんでも食べられるわけではなく
  彼を思ってそれだけをとってきた。

  彼のところを出て少し経ってしまったような。 ]



   よければ、これを食べて?
   さ、ルシアンご挨拶を。


[ ようやく戻れば、
  鉄格子の中へ飲み物が入った瓶と
  布にくるんだ柔らかいパンを置いて
  一緒についてきていた短毛のロシアンブルーを
  抱き抱えると、にゃぁんっと鈴のような声が
  その場所に響いたことだろう。

  しかし、彼の言葉は彼女をまた驚かせるに
  十分すぎる話で。
  まさか、彼の名前の意味が犬だなんて、
  おかしすぎる話では?          ]


   どうして、そんなお名前なの?
   あなたのご両親は、
   あなたを愛していないの…?
   ────あなたの、
本当の
お名前は?







[ 矢継ぎ早に質問をして、鉄格子に近づいたら
  腕の中にいたルシアンが飛び降りて
  あちらのほうへと隙間を見つけて入ってしまった。

  どうしたものかしら、と思ったけれど
  名前を変えたほうがいいのかしら、と
  うぅん、と悩みつつ彼の返事を待った。  ]*




[ ホテルの部屋は自分がフロントで頼んでおいたように、空いた皿などは片付けをしてくれたようだ。ヴィがバスルームに消えて洗面台を使う物音がしたから、その間スーツケースにしまっておいた部屋着に着替えておいた。
 一人なら下着でもなんでも適当に寝てしまうのだが、ヴィの前でそんな図々しいことはしたくない。

 それから歯磨きをしたり、寝る準備をすませようとしていら、ヴィが眠たいと言うから再び驚いてしまったが、すぐに自分の至らなさにも気づく。]

 …ごめんね、無理させてた

[ 言われて見れば、無理に計画を変更させられいつもなら眠る時間に歩いて宿を探したり、その上身体の変化はそれなりの体力を使うなんてことはは少し考えれば分かるはずなのに失念していた。

 そんな中での数時間の移動や買い物は彼が疲れるには十分だっただろう。]



  それなら、そばで眠ってくれる?

[ 絞り出すような一言になっていたような気がする。自分が長椅子に行くなんて言えばまたヴィのほうが気遣うだろうし、と言い訳でしかない。

 店へ行く前に言おうとして言えなかった言葉も今なら言えるだろうか。**]


[ ラベンダー色のドレスが
  前回とは違う揺れ方で風を纏う。
  話をする相手というには、
  自分はあまりにも立場が違うと思うのだが、
  彼女はそんなこと意に介さないようで。

  ふふと溢れ落ちる笑みは軽やか。
  己の話も忠告も何処へやら、
  同じように軽やかな足取りで歩き出した彼女は、
  幾らもしないうちにまた舞い戻る。]
 


   迷子はご卒業されたようですが。


[ 迷うこともなく此処に戻られた様子に
  皮肉げに笑みを一つ。
  鉄格子から躊躇いもなくすい、と腕が伸びて、
  布に包まれたものと飲み物の瓶が
  そっと置かれる。

  いつだって仄暗いこの世界に、
  細く白い腕がやけに鮮やかで艶かしく映って、
  一瞬、目を奪われた。 ]
 


[ にゃぁん、という声に我に返り、
  は、と慌てて視線を逸らす。
  グレーの被毛、細身の身体はしなやかに伸びて。]


   ……君が、ルシアンかい?


[ くつくつと笑いを噛み殺しながら
  エメラルドグリーンの瞳を見つめる。

  主が口にする疑問を聴きながら、
  呆然、といった表情などどこ吹く風。
  その腕の中からすとんと飛び降りて、
  いとも簡単に鉄格子をすり抜けた猫は、
  足を伸ばして座り込む己の元へ
  怯える様子もなく近付いた。 ]
 


[ 差し出した指先に頭を押し付けるように、
  不運な名前をつけられた美しい猫は
  ゴロゴロと喉を鳴らす。 ]


   良い子だね。
   良い飼い主のもと良い子が育つ。


[ ふふ、と口元が綻ぶ。
  指に残る生き物の温もりが、
  じんわりと心に灯った。 ]
 


   ─── 本当の、名、ね。


[ 親指の腹でくりくりと猫の額を撫でながら。
  視線は艶やかな毛皮に落としたまま。 ]


   俺は、隣国の生まれです。
   両親は死にました。
   ……愛してくれていたと思いますよ、
   神話に登場する砂漠と異邦の神の名を
   俺に授けてくれたのだから。

   まぁ、砂漠を行く旅人の守護神とされながら、
   嵐と悪意、戦争を司る神でもあるそうですから、
   無償の愛とは少し違うのかも知れませんが。


[ 猫に向かって話すように、淡々と口にする。
  告げることなどないと思っていたはずの名が、
  エメラルドグリーンの瞳に吸い込まれるように
  静かに流れて。 ]
 


   俺の名は、セト。
   ここにいる間は、ただの犬だけれど。

   ─── 君の名も、変えてもらうと良い。


[ つん、と指先で、猫の湿った鼻先にそっと触れ、
  ようやく顔を上げて、彼女の瞳を見つめて。 ]*
 



   ここを見つけ出すのに少し時間を要したから
   やはり私は、迷子だと思うのだけれど……


[ 腕の中にまだ収まる愛猫を連れて戻った彼女に
  かけられた言葉に、
  まだまだ言い返すことはできるよう。
  でも本当は全く迷っていないから、
  彼の言葉は彼女の心にちくっと刺さっている。

  迷子が大義名分なのは既に気づかれているだろうし
  本来なら、ここにきていることが気づかれれば
  2人とも何が起きるか分からない。
  けれど、混乱のおかげで父親が家を空けているので
  ここに彼女もいられるというもの。

  迷子に、なりたくてなっている。  ]






   あ、っ……!


   良い飼い主なのかしら……


[ 腕の中から移動した愛猫は
  彼女の代わりに、なのだろうか。
  彼のそばに行って心地よさげに居座る。

  愛猫が褒められると嬉しくなるが、
  幾分不安は拭われることなく、
  彼と愛猫の様子を腰を下ろし眺めた。

  そして聞かされる彼の出生や名前の由来。
  ふ、っと何かが彼女の心の中に沸いた。
  彼の名前が耳に入れば、
  その何かは彼女の中で弾けた。  ]







   名前を、変えてもらう…
   私にも名前をくださるの?


[ 愛猫に言った一言だろうが、
  瞳が交わってしまったので彼女が誤解をした。

  首を傾げながら、愛猫への名前がふたつ。

  ひとつは、彼と同じセトという名前。
  両親が彼の名前を知らなければ
  その名前にしようと思うけれど、
  どちらかがしっているのであれば、
  ピヤール
-愛-
にしようと
  彼に話をしてみて、反応を見たくなった。 ]






[ ピヤールという名前が浮かんだ理由は、
  セトという人物のことから
  目が離せなくなったが故。
  彼女の中で弾けた何かに、
  彼は深く関与してしまっているが
  彼女は何もわかっていない。

  知ることができる時はあるのか。

  ──────それはまだ分からなくて。 ]*




 君のせいじゃないだろう?

[ 国に足留められたのは不可抗力であるし、宿を探すのもその後の買物も自分の為に必要なものだ。夜の食事は楽しかった。なにひとつダンテに振り回されたものなどない。

 彼はまだ酔いが残っているのだろうか。掠れた声で傍で眠ってくれるかと言った。だから腕の届く場所より近くに寄り添う。
 大人ならば三人はゆうに眠れそうな寝台で、傍にと言ったのはダンテなのだからと腕の中へと潜り込む。

 沈黙は落ち、その唇が何かを言いたげに震えたなら、黙ったままに音が発されるのを待った。夜は思うより長いことを知っているので、彼の鼓動の音を聞いていればきっといつまでも待てる。]**


[ 自分があまりにヴィの事を貴重品のように扱うから、ヴィがその事を距離だと考えていることに気づけていない。自分もおそれているだけだ、厭わしいものと思われたくない。

 本当なら抱きしめてしまいたいし、触れてしまいたい。物欲しげにしながら許されはしないかと様子を伺っている浅ましさだ。*]



 そうなんだけど、いつもどおりに連れ回してしまったから。無理してなかった?
 まあ、今更なんだけど、寝る準備をしてきて、早く休もう。

[ 身体の変化が疲れる事に理解が及んでいたならもう少し労われたかもしれない。今更と言葉どおり反省しても無駄な問答になるからベッドに早くと招くような事をして

 自分は普通に眠る時間で、酒も入っていたから待ちながらも少しうつらうつらとしていただろうか。]

 猫みたいだね

[ ベッドの端に微かに振動がして、その後自分のそばにヴィが移動してくるのがわかった。掛け物を浮かしてヴィが入りやすい様にしていたなら腕の中に寄りそう位置まで来てくれて胸が詰まりそうな思いがする。

 そばで眠ってくれる?と自分が言った通りにしてくれたのだろう。]

[ 灯りを落とした室内は、窓から差し込む月明かりで青白く見える。自分のすぐそばに最愛の人が子猫みたいにそばにいて、腕に伝わる重みをもう一方の腕で閉じ込めてしまいたくなる。]

 あの日のことがまだ、夢みたいに思えていて

[ 先送りにしていた言葉を考え考え口にするから酷くゆっくりになる。あの日と言うだけでヴィに伝わるかどうかもわからないのに。]

 あれは、本当のことだったって
 君にまた

[ これきりなんて嫌だと、あの時も懇願したのだったか。何度も何度も確認してしまうのは、ヴィに責任を預けるような卑怯さのような気もしてくる。]



 だめだな
 僕は君が好きなんだ

[ 触れても良いかと許可を取ろうとして、結局出てきたのはそんな言葉だった。]

 君に触れたいっていつも思ってる
 君は?

 僕を好きだと思ってくれる?

[ 掠め取るようにして、以前のような幸運が舞い降りてきて、施しでも貰えれば良いなんてずるいことばかり考えていた。

 ヴィの気持ちを何も確認しないままだった。怖くて。 
 そっと寄り添ってくれて、手を伸ばせばそれを取ってくれる。ヴィのその気持ちを自分は何と思って受け取っていたのか。

 好意だと思っては図々しいような気がしていた。あまりに勿体無いことだと。だけど、逆ではないか?

 これが特別なものでなくて何なのだろう。
 自分だけが受け取れる貴重なものではないか?
 そうだったら良い。確認させてほしい。

 寄り添っている分きっと自分の鼓動はヴィに筒抜けだろう。ただでさえ五感が優れている彼なのだから。。**]



 [どうしてやろうかと考えるのが
  酷く楽しくて仕方が無い。
  
  無数のチェス盤が
  定跡ばかりで置かれていて、
       決めた手を返すだけで欲しい物が
        簡単に手に入る状態なのだから、と。]

 



          


 

 昼間少し寝たから。

[ 日中活動できない訳ではないが、直接陽の当たるのはどうしても不得手で、朝方の早い時刻、もしくは夕方からの活動になりがちだ。
 旅行先なら一番活動しやすいだろう時間に、同行者の動きを制限してしまう事に申し訳なさがある。

 だからこそ彼も最初の旅行は、陽の短い季節に雪国へ行こうと誘ってくれたのだろう。旅の最中に、何がきっかけだったか海の話になった。北方の鈍色の海。物語にあるような青い海を見たことがないと言えば、次はそれを見に行こうと彼は言った。]

 明け方起きられたら、お城に行って、それから何処かの店で朝食にしよう。
 それから、もし僕が眠るようなら、ダンテは何処か見て回って貰ってもいいし……。

[ 寝台に膝で乗り上げると深く沈み、ほんの微かにだけ撥条が軋む音がした。ダンテが掛け布を開いて自分を招く素振りだが、既に眠そうで聴こえているかわからない。
 今日一日の様子では、外を出歩くに危険がある程の殺伐とした世情でないようではあるが、引き続いて明日もそうであるかはわからない。彼を一人にすること、語尾は言い淀む。

 寝台の軋みは体重を乗せた最初のひとつきり、後は音もなくシーツを渡って寄り添い腕に収まると、猫みたいだね、と彼が言った。起きている。

 月明かりが思いがけぬほど冴え冴えと、部屋の中の陰を明瞭にする。
 規則正しい筈の心音が時折跳ねるように響き、浅い長い呼吸の音が、隣の人が、横たわって暫くの後もまだ眠らずにいることを伝える。]

 




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