81 【身内】三途病院連続殺人事件【R18G】
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「……あはは……なーんちゃって……」
「…………」
「…………………」
メイジは、ひとり手術室にあった椅子に座り込み
膝を抱えて蹲った。
メイジは、ふと顔を上げた。
それは誰かがいるような気がしてそうしたのか
ただなんとなく顔を上げたのか
ただ何もないところを見つめている。
「…………」
「オレさあ、駄菓子屋で働いてるって言ってたじゃん?」
「あれね、ウソなんだ」
「でもねーそういう、子供が喜びそうな
店に行ってみたかったのはホント」
「ほんとは、ちっさい工場でさ、雑用してるんだ。
良いか悪いかっていったらね、悪いと思う。
人使いは荒いし、電話番とかなんて一生したくない。
親父よりはマシだからなんとかやってた
もしかしてオレって親父に感謝すべきかな?」
「君はあんまり外の世界を知らないみたいだったから
オレのせいで夢を壊したくなかったんだ」
「ごめんね、嘘ついて」
つらつらと、懺悔のようなただの独り言だった。
「あと他に嘘ついたことあったかな?」
「……癖になってんだよね。嘘つくの」
「──、──……」
ぶつぶつ、つらつら、独り言を言っている。
「──あ。ミロクさんも解体しないと食べ物なくなっちゃうね」
「せっかく、死んでくれたのに」
「もう、やらなくていい?」
「やらなくていい?」
「…………最近、人を殺すことばかり考えてた」
刺し殺そうと思った。
──最初は、身を守ろうと刃物を取った。
本当は、話がしたかっただけだった。
けれど、暴力に屈するばかりだった無力な少年に
確実に、急所を狙う力なんてなかった。
逃げるのに十分な傷だったことなんて、気付ける頭脳もない。
父親
ああ、脅威がまだ動いている、息をしている。
また"狼"が牙を剥いて来る。
──次は殺されるかもしれない!
ぼろぼろの壁際に寄り掛かる男
刻まれたふたりの子の名と数字。
かつては、幸福の記憶が染みついていたであろうボロ家
恐怖の感情に支配された少年は、牙を剥いた。
……動かなくなるまで、恐怖が、消えるまで。
この手で、首を絞めて、息の根をとめてやった。
もう誰もいない空っぽの空間。
この嵐と共に沈んでいくことを、願った。
「…………」
だれかが、傍にいたような気がした。
以前感じた悪寒はない。根拠もない。
ただ彼のことを思い出していたから
そう思い込んだだけかもしれない。
メイジは、ふいに立ち上がって
干されていた"肉"をかき集めて、その場を後にした。
これは、誰かが遺体を見る少し前の手術室──
メイジは壁際に座り込んだまま動かない男と
結構な時間、寄り添っていた。
悲しみに暮れていたのか、動く気力がなかったからか。
「やっぱ起きないや」
当然だ。己の手で殺したのだから。
やがてそれにも飽きたのか、気だるそうに立ち上がり
ずるずると遺体を手術室の中央まで引きずっていた。
「………重い」
持ち上げて、仰向けに手術台に寝かせた。
だらりと投げ出された手を胸の前で合わせる。
「………………重たいよ」
消え入りそうな、忌々しげな声が
腐敗臭のただよう手術室にむなしく響いた。
メイジは、用事がある時以外は、ずっと手術室にいる。
手術台の上でずっと、突っ伏して
返事も帰ってこない抜け殻に話し続けていた。
少年は死後の世界があるなんて知るはずもない。
……だからこそ、友達にも嘘を吐き続けた。
なにも知らないままでいてほしかった。
「セナさん、雨と風弱まってきたんだ
……もうすぐ帰れるかな。助けなんてくるのかな」
「セナさんがいなかったら
……誰がオレを助けてくれるの……?」
そうして呟く背中は、ただの小さな子供のようだった。
「……あはは……もうそんな子供みたいなこと
言ってられないよな……。
もうひとりだ、オレ。家族はみんな死んじゃったり
出ていったり、いなくなっちゃったから」
「自分でやったんだ」
実の父親も、──優しい父親がいたらと夢見た人のことも。
「最後、なんて言おうとしたのかな」
ふいに思い出す。考えてもわかるはずもない。
メイジには何も見えない、聞こえない。
だから、ずっと目の前の遺体だけを見つめている。
「死んだら、どこにいくのかな」
「やっぱ地獄かな? 悪いことしたもんね」
「楽になれないかもね」
「オレのこと、実はどっかで見てんのかな
……それはそれで、いやだな」
「オレも死んだらおなじとこ行けるかな
悪いことしたからさ」
思い浮かんだ言葉を脈絡もなくぽつぽつ。
「頭から焼きついて離れないんだ」
バラバラになっていく手足や、開かれる胸、鮮血
赤黒い内臓、砕かれる骨──頭だけになった、人間の姿が。
人を刺して、肉を切る、感触が──
この手で、脈打っていた鼓動を止める瞬間が。
忘れろ、と言われたことは覚えている。
忘れられる日なんて、来るだろうかと今は思う。
胸が痛い、頭が痛い、とうの昔に治ったはずの傷が疼く
メイジは、よく怪我をする少年だった。
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