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【人】 大守 威優[涙を堪えるように天を仰いだ礼の後、 沈黙が漂った。 その間、花嫁の支度を担ってくれたスタッフも 空気を呼んで部屋の隅でじっと大人しくしていた。 退室はしないだろう。 どんなに堪えても、堪えた分だけお直しの必要がある。 己が話すバージンロードの意味を聞く間、 噛み締めていた唇に引かれた「可愛い」リップや、 父親に向けた瞳の端でよれた発色の良いファンデなど、 整えて貰ってから手を取りたいし、手を取ってほしいだろうから。] (82) 2023/09/01(Fri) 22:21:47 |
【人】 大守 威優うちの母には良かったら写真を送らせて。 忙しくしてないと死ぬ病なんだあの人。 [志麻が了承してくれるなら、 世界一美しい花嫁を自慢したい。 この姿を見たらきっと母は今度は孫が見たくなる。 そうして生きてほしいのだ。 どんなに野心に溢れ親族との間に溝があった男だったとしても 愛していた、たった一人の番がいないこの世界で。] (83) 2023/09/01(Fri) 22:22:58 |
【人】 大守 威優じゃあ、祭壇で待ってる。 メイクを直して貰ってからおいで。 一度ベールを上げてもらうから、 下ろすのはお義母さんに。 ベールダウンは「子育てを終える」って意味で 母親にしてもらう習わしがあるそうだよ。 [そう言えば、またメイクを直す場所が増えるだろうか。 義弟にはフラワーボーイを頼んである。 花嫁が悪魔に攫われないように道を「護る」役を、 もう「護られる」だけの存在ではないのだと 兄に安心してもらえる姿を見せられるように。] (84) 2023/09/01(Fri) 22:23:16 |
【人】 田臥 志麻[二人だけの挙式にしたいと言ったのは、自身の方。 威優もその意図を汲み取ってくれていた。 人に見られるのが恥ずかしいというところから 始まった挙式への準備。 二人で作り上げてきた計画は ウェディングドレスの素材から式場、 どれもこれも拘って選んできたものだった。 威優が「可愛い」と言ってくれたことは、 己を卑下していた自己肯定にも繋がる。 当初からの計画が二人で、だっただけに。 家族には見せることはないと思っていたけれど。 いざ目の前に家族が現れたなら、 見て居て欲しいという想いに繋がっていく。 苦労や心配をかけてきた自身が、 自ら選んで番となった人と手を取り合っていく瞬間を。 小さい頃からの夢であった 「およめさん」になった姿を──。] (86) 2023/09/01(Fri) 23:16:10 |
【人】 田臥 志麻わかった。 威優とオレが一番気に入ったやつを送ろう。 [長男の門出の涙につられて涙腺が緩んだ 父の背中を撫でて微笑む。 威優と父を送り出したら、 母と莉久が入れ替わりでやってきた。 メイクを直してもらいつつ鏡越しに莉久と視線が合えば、 父と全く同じセリフを口にしたので また笑ってフェイスパウダーがよれそうになった。 フラワーボーイなんて出来るのか?と揶揄えば、 威優から聞いたのだろう役目を誇らしげに語る。 「威優さんの元に辿り着くまでしっかり護るよ」 庇護の対象だった弟からそんな言葉が出てくるのが感慨深い。] (87) 2023/09/01(Fri) 23:16:51 |
【人】 田臥 志麻[元の唇がほんのりと色づくくらいのピンクのリップ。 最後に仕上げてもらえば、鏡に映るのは最高の自分。 祭壇で待つ彼の隣に立っても恥じない姿で、 胸を張っていられるようになりたい。 母が目の前に立ち、ヴェールを両手に取った。 「志麻、夢が叶って良かったわね」 レース越しに見える母が口にしたその言葉に、 覚えていたのかと僅かに目を見開いた。] ……もう、メイクを直したばかりなのに。 [外で待つ威優と父を、 更に少し、待たせることになってしまっただろう。] (88) 2023/09/01(Fri) 23:17:41 |
【人】 田臥 志麻[荘厳な音と共に扉が開けば、 真っ直ぐ続いていく真っ赤なアイルランナー。 莉久が散らしていく「清め」の花が絨毯に落ちる。 隣に立つ父と目線を合わせ、 腕を添えて、一歩、一歩、進んでいく。 人生を歩んできたみたいに。 十字架に近づけば母の姿が見える。 また、震えそうになる唇を引き結んだ。 愛している家族に見守られながら、 愛しい番の元へ、導かれて。 祭壇の前、白いタキシードに身を包む威優と目が合う。] (89) 2023/09/01(Fri) 23:17:53 |
【人】 大守 威優[現在、婚姻関係を証明するのは戸籍であり、 挙式の有無は公的に何も関係しない。 では何故挙式をするのか? 始まりは番の可愛いドレス姿を見たいと思ったところから。 準備をする内に、結婚の実感が湧くという利点を「実感」した。 結婚式について調べる内に、 志麻をここまで育ててくれた家族には やはり「関わってほしい」という想いが強くなった。 大切な家族を送り出す役割を得ることで 心の整理がつくものではないかと考えたのだ。 花嫁の支度部屋には今、田臥家の4人がいる。 正確にはもうパスポートには"Oogami"と書かれているが、 これが最後の「家族水入らず」だ。] (90) 2023/09/02(Sat) 0:08:56 |
【人】 大守 威優[花嫁の一歩は一年に相当すると言う。 一歩、二歩、三歩、 四歩、五歩、六歩、 ――女の子だと思って生きていた時間。 七歩、八歩、九歩、 十歩、十一歩、十二歩、 ――男の子の制服に戸惑っただろう。 十三歩、十四歩、十五歩、――体つきが男になって、 十六歩、十七歩、十八歩、――Ωとしての人生になった。 困難を抱えながら受験をして、就職して、] (91) 2023/09/02(Sat) 0:09:30 |
【人】 大守 威優[丁度二十四歩で辿り着いた訳ではない。 だから、二十五歩を数える前に立ち位置を変えた。 この位なら誤差だと開き直る。 引き継いだ志麻の手を受け止めて、祭壇へと。] "Will you love him , comfort, hornor and keep him so long as you both shall live?" (92) 2023/09/02(Sat) 0:10:48 |
【人】 田臥 志麻[自身の人生の数だけの歩幅を歩む。 十九歩、二十歩、 ──まだ藻掻いていた時期。 二十一歩、二十ニ歩、──妥協を知った。 二十三歩、 ──全てを諦めたようとした。 威優が少し立ち位置を変える。 そして──、] (93) 2023/09/02(Sat) 1:53:51 |
【人】 田臥 志麻[少しだけ足を止めて、目を見合わせて微笑む。 レースの手袋に包まれた手を彼の腕に添えて。 二十五歩、二十六歩、その先も。 これからの人生のように、威優と並んで歩いて。 たった三人しかいない参列者。 静謐な空気の中で、儀式が行われていく。 威優が誓いを立てれば、自身の名前を呼ばれた。] "Will you love him, comfort, hornor and keep him so long as you both shall live?" (94) 2023/09/02(Sat) 1:55:10 |
【人】 大守 威優[相手が「彼」なので、一言一句同じ言葉が繰り返される。 そして志麻の口からも、己と同じ言葉が。 万感の想いで、鼻の奥がツンと痛んだ。 ああこれは、どうやら己は泣きそうになっているようだ。 最後に泣いたのがいつだったか思い出せないが、 きっとそうだ。 人は悲しくなくても泣くのだ。 涙こそ出なかったが、喉が熱い感覚がずっと続いている。 神父に促され、ベールを持ち上げて] 愛してるよ、志麻。 [躊躇なく唇にキスをした。 閉じた瞼裏に、出逢った時のことを思い浮かべながら。] [讃美歌と共に式が終わる。 扉が開かれ、ガーデンに出るよう促された。] (95) 2023/09/02(Sat) 19:53:26 |
【人】 大守 威優写真、撮ってもらうか? [ガーデンには、ミモザのアーチが設置されていて、 そこで写真を撮ることが想定されているようだ。 二人で撮って貰うのは予定にあったが、 折角なので3人とも撮ったらどうかと提案した。 ドレス姿の結婚写真は、 親族には見せることはないかもしれないが、 家族が時折開いて思い出に浸る為には 手元に残しておきたいだろうから。*] (96) 2023/09/02(Sat) 19:53:41 |
【人】 田臥 志麻[同じ方向を向いて、同じ言葉を並べて。 神に誓いを立てる。 十字架の奥に海から顔を出す月が見える。 いつかの日にも見た丸い形をした満月が 太陽の代わりに、細やかな明るさを齎していく。 神父の言葉が終わり、彼と向かい合う。 威優の手がヴェールを持ち上げれば、 倣って視線を上げ、愛おしい翠緑の瞳を見つめた。 少し、潤んでいただろうか。 気づきはしたけれど、自身も同じくらい。 それ以上に、視界が滲んでいたから笑うだけに留める。] (97) 2023/09/02(Sat) 21:12:48 |
【人】 田臥 志麻オレも、──愛してる。 [何度もつっかえた言葉を、 今はもう澱みなく伝えられる。 距離が狭まっていくのに、そっと瞼を下ろして。 誓いのキスを交わす。] (98) 2023/09/02(Sat) 21:13:14 |
【人】 田臥 志麻[月が海から完全に顔を出して、空に浮かぶ頃。 教会を出て、ガーデンを歩く。 夜でも写真が撮れるように照明が点いている。 家族との記念写真を威優に促され、] ……うん、そうだな。 せっかくだし。 [頷いて両親と弟に声をかけた。 三人とも笑顔で喜んでくれた。 ブーケを手にしたままアーチの下に立つと、 傍らに母が、その隣に父が。 そして、自身を挟んで反対側に弟が立つ。 プロのカメラマンが撮ろうとする前に、 莉久がスマホでも撮りたい!と新郎である 威優にお願いしに行ったことには、 こらっ!と兄の顔をして叱った。] (99) 2023/09/02(Sat) 21:14:04 |
【人】 田臥 志麻[少し気恥ずかしい、一生に一度の記念写真。 何枚か納めた後は、家族の代わりに威優が喚ばれる。 スマホを威優から受け取った莉久が、 ちゃっかりカメラマンの横を陣取り、 自身もカメラマン気取りでレンズを構える。 「ほらもっと、威優さんの傍に寄って。 新婚らしく、ほっぺにちゅうとかする? 大丈夫、ここ海外だから!」 ポーズまで指定してくるはしゃぎっぷりに、 呆れながらも、誓いのキスとは違う写真用は 些か嬉しさよりも、照れ臭さのほうが前に立つ。] (100) 2023/09/02(Sat) 21:14:17 |
【人】 田臥 志麻……ごめん、莉久が浮かれてる。 [隣に立つ威優を見上げつつ、 指定通りに隣の距離を詰めながら、 何とも言えない表情を浮かべて眉根を寄せる。 「せっかくだからリングも見せて!」 更にもう一つ、注文がついた。] お前ね……プロの人に任せなさいよ。 [言いながらも注文に答えるように、 左手を胸元に持ち上げながら。*] (101) 2023/09/02(Sat) 21:17:38 |
【人】 大守 威優[「愛してる」と言えるようになるまで。 志麻には少し時間が必要だった。 その間、彼の気持ちが違うと思っていたことはない。 言葉には出さなくても、態度で、身体の反応で、 己を愛しているとずっと示してくれていた。 言葉に出来なかった理由は、志麻が話したければ聞くし、 無理に聞きだす心算はない。 大切な場面で、周囲の目が合っても、 淀みなくまっすぐ伝えてくれた。 その事実で充分だ。] (102) 2023/09/02(Sat) 21:43:49 |
【人】 大守 威優[ガーデンでは、荘厳な空気から解放されたからか、 義弟がいつも以上にはしゃいでいた。 4人家族の写真をスマホで撮れば、 撮影係はお役御免で花嫁の元に促され。 カメラマンを差し置いて色々とポーズの注文をつけるのに、 ケラケラと笑いながら応える。 頬へのキス、二人でハートマークを作る、 お姫様抱っこ、そしてリングを嵌めた手を並べて。 大きな満月が海にゆっくり溶ける時間、 義弟が満足するまで撮影会は続いたのだった。] (104) 2023/09/02(Sat) 21:44:50 |
【人】 田臥 志麻[撮影会は弟の注文のお陰で賑やかになった。 お姫様抱っこは自宅でもされているが、 人前で、しかも家族の前とあっては さすがに照れが勝ってしまう。 けれど、腕の中で暴れたらドレスを汚してしまいそうで、 莉久を睨みつけながら渋々大人しくした一場面もあった。 翌日からは家族は観光に回るという。 ガイドも威優が手配してくれていたらしく それならば、と安心もした。] (105) 2023/09/02(Sat) 22:17:38 |
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