【墓】 HNアキナ 本名は 早乙女 菜月[カナカナと、ひとりぼっちのひぐらしが鳴いていた。 いつの間にか薄くなったセミしぐれの代わりに、 キョ、キョ、とモズが鳴く。 高くなった秋の空から、オレンジ色の夕日が差し込む。 眩しい図書室の中に、一人の影が立っていた。 あの時>>0:60と同じように、だけど逃げ出さずに、 その人は私を見つめている。 少し違うか。彼には私は見えていない。私に彼が見えないように。 ぺこっとお辞儀をすると、私の影が不自然に伸びた。] ── ユウ君、だよね。 [呼びかけても、返事はない。 仕方ないか。声は影にならないし。] (+4) 2020/10/03(Sat) 19:42:24 |
【墓】 HNアキナ 本名は 早乙女 菜月[吹き込んだ風がカーテンをあおって、 スカートの中を通り過ぎた。 裸の腿をなぞるキンモクセイの香りは、ちょっと冷たい。 スカート下のハーパンを脱いでも、 前髪が割れないように気を付けても、 カーディガンのボタンを可愛いハート型に付け替えたって、 ユウ君には伝わらない。 何となく予想してはいたけれど、 いざ何の反応も無いユウ君を見ていると、 息が苦しくなってしまった。 淋しいけど、泣きそうな顔が見られずに済むのは、助かるかな。 声も表情も分からない人と、どうやって接すればいいんだろう。 何も知らないうちなら、思いっきり距離を詰められたけど。 ユウ君を怖がらせるのが嫌で、お辞儀の後が続かない。] (+5) 2020/10/03(Sat) 19:42:58 |
【墓】 HNアキナ 本名は 早乙女 菜月[やがてユウ君が動きだした。] あ……ねえ、待って! [帰っちゃうのかと思ったけど、ユウ君は椅子に腰かけた。 腕が隣の椅子に伸びて、影だけを引っ張り出す。 のっぺりした椅子の実体と、ユウ君の影を見比べて、 私はゆっくり近づいた。 椅子を正しく影に合わせて、ユウ君の隣に座る。 誰かの隣に座るなんて、どれぐらいぶりだろう。 本棚に映る影は、二人並んでいるのに、隣を見ても誰もいない。 その間にユウ君は鞄らしきものから何かを取り出した。 見えなくたって分かる。 私たちを繋いでくれた、紙一枚分だけ重い本。 それを机に広げて、何かを書いている。 だけど机の上を見ても、黄色い木目しか見えない。 私も鞄から本を取り出す。 机の上に本を置いて、傷んでしまった便箋を広げると、 見つめている間にもコバルトブルーが引かれていく。 その線は複雑に組み合って、言葉になって私に届く。 リアルタイムで紡がれる言葉。 ふと思い立って、その便箋をユウ君の手元に置いた。 ちょうどユウ君が書いてるだろう場所に合わせて。] (+6) 2020/10/03(Sat) 19:44:07 |
【墓】 HNアキナ 本名は 早乙女 菜月[ぽんぽんと喋っても、 おーい、と呼び掛けてみても、 耳のあたりにふって息を吹き込んでも、 筆の速度は変わらない。 ああ、本当に聞こえないんだね。 本棚に映る私と、友君。 友君は何かを書いていて、 私はその手元をのぞき込んで、 影だけ見たら仲良しの恋人たちみたいだ。 実際はこんなに遠いのに。 まだ濡れたコバルトブルーを、そっと人差指でなぞる。 私の肌に引きずられて、インクだまりが線を引いた。 指についた青い色。 今、確かに友君は私に向けてメッセージを送っているのに、 それはどこの世界なんだろう。 目を閉じて、ここにいるはずのユウ君を思い浮かべる。 同い年の男の子が、紙面に思いを綴る様を想像する。 私はそれを覗きこんで、時々つついてからかったり、 甘えるみたいに顔を窺ったりして── 再び開いた時には、机の上に紙は無かった。] (+7) 2020/10/03(Sat) 19:46:23 |
【墓】 HNアキナ 本名は 早乙女 菜月[一冊だけの童話集のページをめくる。 さっきまで机上にあった便箋は、 トモ君が挟んだだろう場所にあった。] (+8) 2020/10/03(Sat) 19:48:30 |
【墓】 二年生 早乙女 菜月[私が書いている間、トモ君は本を読む。 音のない読書が寂しくて、 「ぺら、ぺらり……なんてね」って、 ときどき効果音をつける。 シャーペンを走らせるさりさりという音は、 さっきまでは聞こえなかった。] (+9) 2020/10/03(Sat) 19:50:05 |
【墓】 二年生 早乙女 菜月[ニュースを見るたびに、チョコの包みをはがすたびに、 本を思い出す。 トモ君のことを思い出す。 トモ君もそうだったら嬉しいな……なんて、 トモ君の感情を確認したがって、 他愛のない話題に逃げた。 トモ君は「話す前に逃げ出したくない」って言ってくれたのに。 だって、こんなに楽しくおしゃべりできてるんだもん。 どこにいるのか、はっきり確認するのが怖いんだもん。 だけど知りたくて、探りを入れるようなやり方で、 トモ君の世界を知ろうとする。 時間は有限なのに。 少しずつ、日が沈んでいく。 私たちの影の、輪郭が曖昧になる。 真っ暗になっちゃったら、トモ君を見つける術はない。 マツムシが、夜の帳を連れてきた。]** (+11) 2020/10/03(Sat) 19:55:02 |
【墓】 二年生 早乙女 菜月[書きかけた言葉は、心の中にしまったまま。 口やSNSだと勢いで言ってしまっても、 手書きの文字だと考えこめる。 勢いで、伝えちゃえればよかったのに。] (+15) 2020/10/04(Sun) 9:57:53 |
【墓】 二年生 早乙女 菜月クラスメイトに声をかけたの、頑張ったね…… [聞こえないのは分かっていても、自分の声も使う。 多分、私は友君にとって、苦手な人種。 クラスに一人や二人いる、物静かな子たち。 そういう子から、私は怖がられる。 話しかけても目を逸らされて、 一刻も早く会話を切り上げたい、 そんな意志をひしひしと感じる。 だから、友君がクラスメイトに話しかけるとき、 どれだけ勇気を振り絞ったかは、 想像できる気がした。] (+16) 2020/10/04(Sun) 10:23:20 |
【墓】 二年生 早乙女 菜月[友君の言葉は、どんなに温かい言葉も、 消 えてしまう。フリクションのコバルトブルーを、 黒板みたいに書いては消してを繰り返したから、 紙面はすっかり毛羽だって、よれよれで、 青いインクは染み込んで、少しずつ消えなくなっていく。 SNSだったら履歴が残るのに。 便箋がたくさんあったら、本だってできるのに。 神様が与えてくれたのは、たった一枚のダサい便箋で、 友君からもらった言葉がどんなにうれしくても、 形には残らない。 せめて黒板みたいに頑丈だったら、 ずっとやりとりができたのに、 本当に、神様は残酷だ。 それでも、限られた条件の中でも、 私が臨む景色を、見せてあげられてたかな。] (+17) 2020/10/04(Sun) 10:26:02 |
【墓】 二年生 早乙女 菜月[私はわざと大げさに口元を抑えて、 笑顔を伝えようとする。 表情が見えなくたって、ボディランゲージなら見えるよね。] (+19) 2020/10/04(Sun) 10:28:20 |
【人】 二年生 早乙女 菜月「うわ!?」 [パチっと音がして、図書室の中が明るくなる。 文庫本を胸に抱いたまま振り返ると、ドン引きした司書の先生と目が合う。 「電気もつけずに何してんだ早乙女。もう下校時刻過ぎてるぞ、帰れ帰れ。あとそこ座るの禁止の椅子だから」] あ……はい [感染症対策で、座れる場所はかなり減った。椅子の半分には赤いテープでバッテンが貼られているし、机も同じ。 さっきまでこんなのなかったのに。 延長手続きを済ませて廊下に出る。 廊下から外を見たら、チア部の横断幕>>0:23がはためいていた。 中庭の明かりに照らされて、かろうじて読める。 銅賞の文字が一瞬霞んで、優賞、と書かれているように見えたのは>>1:43、暗さで目がバグったんだろう。]* (25) 2020/10/04(Sun) 10:33:58 |
【墓】 二年生 早乙女 菜月[次の日も、その次の日も、私は図書室へ通い詰めた。 少しずつ、私たちの世界の差に目を向ける。 目をそらしていた溝の、絶望的な深さを知る。] (+21) 2020/10/04(Sun) 10:36:50 |
【人】 二年生 早乙女 菜月「ナツキ、」 [と心配そうに友達が言う。] 「どうしたのここんとこ。図書室で見かけた時、ずっとぼうっと壁を眺めてたから、怖すぎて声かけられなかったよ。しかも、次の瞬間ふらっと消えちゃったし……どこ行ってたの?」 どこ? ……デートかな〜〜〜〜? あんま無粋なこと聞かないでよね! [私は笑ってごまかす。 紙はすっかり傷んでしまったから、裏面を丁寧に補強した。 一面に、縦にも横にも張り付けたセロハンテープ。 パッと見ると市松模様みたいで、ああ、そういえば、オリンピックもどうなるんだろう。 あれだけ大騒ぎしてたのに、今年もどうなるか怪しいや。 筋トレとランニングの時間が減って、少し、体重が落ちた。]** (26) 2020/10/04(Sun) 10:39:03 |
二年生 早乙女 菜月は、メモを貼った。 (a9) 2020/10/04(Sun) 10:40:16 |
【墓】 二年生 早乙女 菜月 (+28) 2020/10/05(Mon) 5:58:32 |
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