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【人】 子天狗 茅[次の瞬間、“お嬢さん”が、新郎を匕首で刺した。 さっきまで無かったはずのその刃物は、茅が一度天狗さまに向けたものと、そっくり同じ形をしていた。 新郎はただの人間だから、不意打ちに成すすべもない。 そして刃が刺されば、ヒトは傷つく。 傷の場所が悪ければ、ヒトは死ぬ。 “花嫁”の刃は、“花婿”の喉を、正確に切り裂いた。 紅い血潮が夜空に舞う。 しん、と辺りが静まり返る。 どさ、と“新郎だった骸”が大地に倒れた。] (40) 2021/07/01(Thu) 0:07:03 |
【人】 子天狗 茅[子天狗が呟くと、ざわ、とヒトに波が立った。 驚く声、叫ぶ声、問いただす声。 あぁ、ぐちゃぐちゃだ。 ぐちゃぐちゃ。 『だってこの人、私のこと馬鹿にしたんだもの』 うつろな表情で、“花嫁”が言う。 同時に別の所で、誰かが誰かを殴り倒す音がした。 それを機に、あちらこちらでヒトとヒトの争う声がし始める。] (42) 2021/07/01(Thu) 0:07:08 |
【人】 子天狗 茅[子天狗はただ、そのきっかけを与えただけだ。 子天狗の妖力では、ヒトに特別な力を分け与えることはできないししないけれど、代わりに幻聴を聞かせることはできた。 ただ、ほんの些細な悪口を、隣の誰かが囁いたように、聞かせただけ。 それからちょっと試しに、“花嫁”の手に、刃を握らせただけ。 聞こえた声に何を思ったかは勿論、どんな行動に出たかなんて、そんなのは子天狗の預かり知るところではない。 ヒトとヒトが争うのを眺めつつ、と、と、と天狗さまに近寄って、寄り添う。] (44) 2021/07/01(Thu) 0:07:13 |
【人】 子天狗 茅[気づけば紅く濡れて倒れている身体は一つや二つではない。 村長の家の屋根に、火が付いた。 悪意の声が聞こえた所で、普段の行いが良かったならば、それが幻聴であることになど容易に気づけたことだろう。 何せ、長く共に暮らした隣人だ。 けれど、悪意の声を疑いなく信じてしまった時点で……彼らは元々、そういった疑いを互いに抱いていたということだ。 何て哀しいことだろう!] 案外、幻聴でもなかったのかなぁ。 [くすくすと、子天狗が笑う。 笑う。 ……嗤う。] (45) 2021/07/01(Thu) 0:07:18 |
【人】 子天狗 茅[どれだけの時間が経ったろう。 決して小さな村というわけでもなかったと思うが、その割に終わりは割合あっさりしていたかもしれない。 子天狗が、と、と、と大地に波紋を残す。 じゃり、と砂を踏むような音がして、幻覚が霧散した。 後に残ったのは、死屍累々。 そしてその真ん中に座り込む、『お嬢さん』の姿。 真っ白だったはずの着物に、誰かの赤を浴びて、がたがたと震えていた。 その眼前に子天狗がしゃがみ込む。] どうしたの? “お嬢さん”? [はじかれたように顔を上げ、『お嬢さん』は怯えたように、後ずさった。 子天狗は、まるで心外だとでも言いたげな顔をする。 ついと近寄って、その冷たくなった両手を握ってにっこり笑ってあげた。] (46) 2021/07/01(Thu) 0:07:20 |
【人】 子天狗 茅 泣かないで? 綺麗なお顔が、台無しだよ? [にっこりと、優し気に。 なのに“どういうわけか”、『お嬢さん』は震えたまま、涙を流し続けている。 可哀想だなぁ、と思った。] しょうがないなぁ。 じゃぁ、 『夢』 [きゅ、と冷たい指先を握りしめると同時、『お嬢さん』が眼を見開いた。 いやぁぁ!と叫んで、白眼を剥いてしまう。 おかしいな。どうしたのかな。 “家族”や“旦那様”との、 甘い夢 を見せてあげてるはずなのにな。子天狗は首をかしげる。 そっと手を放すと、 自らの手で死んだはずの彼らに追い回され続ける夢に堕ちた 『お嬢さん』は、ぱったりとその場に倒れてしまった。なるほどきっと、“歓喜の”叫びなんだろう。 俺にはわからないけれど。] よかったねぇ。 “皆”にまた 逢 えて。[一度だけ、『お嬢さん』の頭を撫でて、子天狗は立ち上がった。 振り返った先、天狗さまの姿を見つければ、また嬉しそうに笑う。 そうして子天狗は、天狗さまの元へと駆け寄った。**] (47) 2021/07/01(Thu) 0:07:23 |
【人】 鬼 紅鉄坊── 来たる冬 ── では、行ってくる 見つければ村近くまで届けねばならないのでな、 遅くなるだろうが、心配しなくていい [ 戸口に立った千を見下ろし、頬を撫でる。 人よりずっと強く逞しくある鬼の身体とはいえ、 凍える空気の中その命の温かさが愛おしい。 少しばかりの名残惜しさを覚えながら、背を向け山の奥へ歩き出す。 その日、独り寺を出たのは陽が昇りきった刻 薬屋の店主が訪ねて来た後だった。 ] (48) 2021/07/01(Thu) 1:56:16 |
【人】 鬼 紅鉄坊[ 奪い合った時間、抱いていた温かさはもう名残も無い。>>37 その分過ぎた日々で、幾度も触れてきた。 すっかり梔子の実が橙に染まり、収穫を終えたのは数日前のこと。 辺りは白に包まれ、すっかり姿を変えている。 この百数十年山で過ごし、数える程しか見たことのない雪。 やはりこのところの気象が影響しているのだろう。 店主曰く、その中で一人の子供が朝から山に遊びに行ってしまい 昼を過ぎても帰ってこず、村人が立ち入れる範囲では見つからない。 先日実を引き渡した際、寺を気にしている様は気に掛かったが 村の者など皆、どうせ千を嫌っている。早く喰われろと思っている。 引き合わせたわけでもないなら、そこまで気にすることもない。 千について口に出して何かを言うでもなかった男の願い、 小さな子供の命が掛かっているとあれば、引き受けぬ理由は無い。 ] (49) 2021/07/01(Thu) 1:56:32 |
【人】 鬼 紅鉄坊……一体、何処に行ったんだ [ 山は何処までも静まり返っている。 どれ程歩いても、痕跡は見つけられなかった。 同胞が騒いでいないのなら、つまり襲ってはいない。 雪はとうに降り止んでいる、 途中からでも隠されていない足跡がある筈だ。 陽の傾き始めた空を木々の合間から確認し、ふと気づく。 ああ、 そういえば性別も名前も聞いていなかった。 ]* (52) 2021/07/01(Thu) 1:57:19 |
【人】 鬼の花嫁 千─ 必然の冬 ─ 寺の中を暖めながら待ってるさ 精々あんたに怯えた迷子の捕まえ方でも考えとけよ、ひひ [口角を歪めた笑みで可愛げのない事を言い、千は鬼を見送った。 自分など気にせず、子供を見つけることに集中出来るように。 その目立つ姿が白に消えるまで、中に戻ることなく見つめていた。 こんな寒い日に迷惑な子供だと思う。だが、雪が物珍しい気持ちは、分からなくもない。 村人が門前まで訪ねて来るまでは、千と鬼も外の景色を寄り添って眺めていた。] (53) 2021/07/01(Thu) 1:57:45 |
【人】 鬼の花嫁 千[朽ちた穴を板で塞いでいるような廃寺の中はとても寒い。 座敷牢は、陽が入らないがしっかりとした家の中だった。 それでも、千にとってはこの場所のほうが好ましい。 いつも共に食事を摂る、かつて像が置かれ経を唱える為に使われていた広い部屋の中。 長らくしまいこんでいたあの白い着物を纏った上に、更に外套を羽織り 燃えた石炭を、灰が入った火鉢の中へと火箸で移していく。 鉄瓶で湯を沸かすのは、鬼が帰ってきてからだ。 時折灰をならし新しく炭を運びながら、火鉢の前で手を擦りその時を待っていた。] (54) 2021/07/01(Thu) 1:57:59 |
【人】 鬼の花嫁 千[──待てども待てども、その時は来ない。 陽は既に暮れようとしていた。 まさか自分のように子供が襲われてしまったのだろうか。 見つかっていないなんてことは、まさか無いだろう。 いくら送って行くとしても、怯えられたとしても遅すぎる。 鬼にとっては庭に等しい筈の山、理由の分からない不安。 今更飛び出すことも出来ず、もどかしさが胸に渦巻くばかり。] (55) 2021/07/01(Thu) 1:58:12 |
【人】 鬼の花嫁 千[そんな時に戸口が開く音がすれば、何の思考もなく喜んでしまう。 立ち上がり、直ぐに迎えに行ってしまう。 最初から迷子などいなかったなど、鬼すら知る由もないことだ。] (56) 2021/07/01(Thu) 1:58:23 |
【人】 鬼の花嫁 千紅鉄様……!随分遅く…… [その時の千は、鬼子であった男は まるでらしくなく、ただの人間みたいに笑みを浮かべていたのだろう。] (57) 2021/07/01(Thu) 1:58:36 |
【人】 鬼 紅鉄坊[ 人の善意を信じる鬼は、何の情報もなく未だ彷徨い続けようとしていた 何処からか怒号のように響き渡る、 育ての父たる男の声がその歩みを漸く止める。 直ぐに同胞が狼狽え囁き合うような気配を、あちこちから感じた。 ] まさか…… [ 鬼は漸く気づく。 山に棲まう妖らにとっても想定外の、非常事態が起きている。 迷子など、何処にもいない。 ] (59) 2021/07/01(Thu) 2:02:28 |
【人】 鬼 紅鉄坊[ 輿入れの季から時は過ぎ、 鬼の知る彼らしい振る舞いをしていた薬屋の店主。 その傷は決して癒えないものだとしても、 裏で何を考えていたのか、思いもしなかった。 体躯に似合わぬ速さの走りが、鬼の焦りをありありと表す。 己を傷付けることなど無い枝や草など押し退け、 道無き道を駆け、最悪の想像を払う為に寺を目指す。 ] (60) 2021/07/01(Thu) 2:02:43 |
【人】 水分神[妾はずぅっと嫌だったのじゃ。 人の子を気に入ってしもうた その先に 必ずきたる別れのことが。 最初から近づかなければ良い。 そう自らに思い聞かせてきたと言うに。] (61) 2021/07/01(Thu) 2:32:25 |
【人】 水分神[どうしようもなかった。 その男は、料理がンマかった。 掃除が完璧じゃった。 我儘な妾に懲りず呆れず 笑顔でついてきおった。 優しかった。 単なるご機嫌取りじゃと思うて 抑えようとしても抑えられぬほど まいにちが嬉しさで満たされてしまったのだから。] (62) 2021/07/01(Thu) 2:32:29 |
【人】 水分神[頼み事を投げ出し 村に逃げ帰ってくれていたらと 考えていた一方で いいや逃げ出してしまう様な お主ではないと確信する妾もいた。 故にこそ 行かせてはならんかったのじゃ。] (63) 2021/07/01(Thu) 2:32:49 |
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