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【人】 春野 清華これは、ありきたりな話。 きっと、ごく普通に、ありふれた話。 愛した人と、噛み合わなかっただけ。 うまく、いかなかっただけ。 誰も悪くない。わたしも、悪くない。 彼も、悪くない。 ただ、それだけの話。 (6) 2021/10/28(Thu) 1:06:24 |
【人】 春野 清華仕事を終えて帰ると、そこには小さな画面に向けて 手を振るW彼Wの姿があった。 相手は桃農園で出会った家族なのだろう。 綻んだ顔で、画面に向かって語りかけている。 その横顔をただ黙って、見つめていた。 別れの言葉を告げて、電源が切られる。 かたん、と音がして、そばにあった コーヒーのカップを持ち上げる。 それは『彼』のでもなくW彼Wのでもない 来客用の───他人のための、もの。 (7) 2021/10/28(Thu) 1:06:42 |
【人】 春野 清華彼をこの家に連れてきたとき、その荷物の少なさに 驚きを覚えたものだけれど。 わたしが、何も知らない、何もわからない 彼のことを置いていったから。 あの日から今まで、彼の中で変わったことを 何を知ったのか、何がわかったのか それすら知らないまま。 その荷物の少なさが、何かを物語っている気がして ただそのなにかがわからなくて、 わかる、とはおもえなくて。 いまだにその距離を計りかねている。 あの日別れを告げた彼にもう一度出会って。 どうしようもなくまた、焦がれてしまった。 ああやはり、私は《彼》から、離れられない。 そこから動くことができない。 触れたい。この人のことを、愛している。 (8) 2021/10/28(Thu) 1:06:59 |
【人】 春野 清華W彼Wが『彼』と同じでないことはわかっている。 脳では理解していても、感情は追いつかない。 奇妙な感覚だ。わたしはあのとき、あの場所で 再び出会ったW彼Wを愛していると、 確かに言えるはずなのに。 『彼』のことも、未だに愛している。 忘れられるわけがない。 それが膿んだ傷だとしても、一生。 その横顔から視線を落とした。一歩踏み出す。 「ただいま」 そう、声をかけた。 夢を見る。 おなじ、夢を見てくれる。 私と彼は今、どんな、関係なのだろう。* (9) 2021/10/28(Thu) 1:07:17 |
【人】 春野 清華振り返って笑う、そのふにゃりとした表情を。 わたしはかつて、暮らしていたその人の そんな表情を、うまく思い出せなかった。 思い出せないのならば、見ていないのと同じだろうか。 ……それとも、思い出せないのではなくて、 本当はそんな表情、見せてくれたことは なかったのかもしれない、とさえ。 (14) 2021/10/29(Fri) 1:04:13 |
【人】 春野 清華嬉しそうに、楽しそうに話してくれる彼に こちらも微笑みを浮かべて頷き返す。 その内容は確かにW彼Wの見つけて手にした、 大切な大切な日々のかけらだった。 W彼Wと「彼」が別のひとなのだと実感するたび 重ねてしまう罪悪感がつきんと痛む。 わかっているのに、うまく処理できない。 「うん、そっか、いいね、」 一生懸命話してくれる彼に微笑みを浮かべて、こくこくと頷きを返しながらエピソードを聞く。 その間も、つきん、つきん、刺すような痛みが。 「あ……うん、順調。 おいしかったって、好評だったよ」 そう微笑みかけてから、彼の話を促した。 (15) 2021/10/29(Fri) 1:04:32 |
【人】 春野 清華ふと、彼の言葉が不自然に途切れる。 「うん?」 首を傾げてそちらを見れば、落とされた視線に 釣られるようにして、そちらをみる。 そこには他人用のマグカップがひとつ。 言葉を待って、それから微笑み返した。 「……もちろん。…大丈夫、明後日お休みなの。 マグカップ、買いに行こう。」 * (16) 2021/10/29(Fri) 1:04:59 |
【人】 春野 清華名前のない関係を、私たちがどうしていくのか それは、きっと互いにしかわからないこと。 それでいて、今はきっと、どちらにもわからないこと。 計りかねた距離が、この奇妙な関係を曖昧にする。 夫婦でも、友人でもない。名前をつけるなら、 W恋人Wが近いのかもしれないけれど、 そう呼ぶにはずいぶんとぎこちなかった。 「彼」との関係を進めた時、わたしは、 一目散にそちらに向かって走ることができたのに 今は、それがうまくできそうになくて。 それがどうしてかと尋ねられれば、 あの日々のことが…… ───いいえ、それに繋げてしまった、 きっと、自分の中の何かがまた、W彼Wを 苦しませてしまうのではないか、と 思ってしまうからかもしれない。 (20) 2021/10/30(Sat) 7:07:19 |
【人】 春野 清華あの日々の中、わたしも苦しかった。 彼もきっと、苦しんでいた。 何一つ、生み出さないあの時間を、 ただ互いに削り、疲弊し、枯渇したあの時を また、繰り返すのだけは恐ろしくて。 彼のことを解放して、 私も自らを解放したかった、のかもしれない。 それがただの自己愛で、彼にとっては 苦しめるだけになるとわかっていたのに。 (21) 2021/10/30(Sat) 7:07:38 |
【人】 春野 清華微笑みを返すと、彼が子供のようにはしゃぐ。 「ずっと欲しいの」という言葉に、唇を結ぶ。 また、気づけなかった。W彼Wの求めるもの。 あの頃のように、W彼Wは手を挙げることはない。 同じ顔。おなじ、声。同じ背丈だけれど、 彼はその人じゃない。 W彼Wは怒鳴らないし、手を上げない。 それでも、私が気づかないことばかりが続けば いつか、その手が振り下ろされるんじゃないかと フラッシュバックして身構えることもある。 頭では理解しているのに、この人は、 きっとそんなことしないって、わかってるのに。 どうしたって求めてしまう。 「彼」に望まれた自分になれないかと、いまだ。 囚われて、ばかりだ。 (22) 2021/10/30(Sat) 7:07:59 |
【人】 春野 清華伸ばされた手が、頬に触れる。 滑らかで、柔らかなその熱に、眉を上げた。 問われた事柄に、ぱちぱちと瞬きをして、 それから結んだ唇を解き、返事の代わりに目を閉じた。 優しく触れた唇に、少しだけ肩が上がる。 離れれば、薄く目を開いて、まつ毛の隙間から 彼の顔をじっと見つめる。 いまだ、計りかねる距離を縮めたいとは ずっと、ずっと思っていて、だから。 包み込む。手の甲に自分の手を重ねて 軽く頬を寄せ,目を閉じる。 いつだってそう、優しく問いかけてから触れるのは 彼もきっと、計りかねているから。 彼は、『ヒトではない』はずなのに。 どうしてこんなにも優しく、あたたかいのか。 (23) 2021/10/30(Sat) 7:08:28 |
【人】 春野 清華ゆるく、口許は弧を描く。 ゆっくりと瞼を開いた。 「ねえ、清正くん」 やり直すわけじゃない。 ただ、もう一度。 ただ、───何度でも。 「明明後日も、お休みにするから、 どこかに泊まって、小旅行、しない? 場所は、清正くんの行きたいところがいい。」 あなたとの思い出を重ねたくて。* (24) 2021/10/30(Sat) 7:09:57 |
【人】 春野 清華彼の喜色を帯びた表情に安堵する。 ほ、と胸を撫で下ろして、それから笑んだ口許。 「もちろん」 とつぶやいてひとつ、頷いた。 彼が唸る。考え込む様子をみていたら、 出た結論に、また唇は少し弧を描いた。 (31) 2021/10/30(Sat) 18:39:05 |
【人】 春野 清華「そうね、温泉あるとこに、しよっか」 別にビジネスホテルが悪いわけではないけれど、 せっかくの旅行なのだから、少しいいところに 泊まったってきっとばちはあたらない。 わたしがリクエストしたのはただそれだけ。 あとは、彼にお願いしておいた。 ───無責任かもしれないけれど、 わたしは、彼の行きたいところに行きたくて。 彼の、みたい景色が見たかった。 ろくに遠出もできなかった『彼』への せめてもの、償いだなんて思ってない。 ただ、わたしはW彼Wの目から見た世界を 「彼」じゃないその世界を、知りたい。 ささいな仕草を見ていると、あの頃よりも ずっと、「彼」とはちがっていて。 W彼W自身がちがうひとになっていっている そんな気もしてくる。 それにどんな感情を抱いているのか、 わたしには自分でもよくわからなかった。 (32) 2021/10/30(Sat) 18:39:24 |
【人】 春野 清華そんな、翌朝。 つけっぱなしのテレビをとくに真剣にみるわけでもなく スマホで天気を確認して、コーヒーを啜っていたら 彼が声をあげたから、わたしも小さな画面から 顔を上げて、そちらを見た。 ぱちぱちと目を瞬かせ、指されたテレビの画面には それはそれは立派なもやしの料理がうつっていて。 首を傾げて、まるで麺のようなそのもやしを見る。 「これが、食べたいの?」 たしかに、珍しそうではある。 正直、もやしにそこまで心惹かれるかといわれると それは残念ながら否、ではあるけれど。 それでもそれが、彼のしたいこと、ならば 断る理由などひとつもなかった。 (33) 2021/10/30(Sat) 18:39:37 |
【人】 春野 清華「……うん、いいよ。 じゃあ、青森、行こうか。」 と微笑みかけて、コーヒーをまた一口。 「普通のもやしなのかなあ……」 リポーターの頬張る料理を見つめながら ぼそりとこぼす。 おばけもやし、とでも称されそうなその大きさ。 そばもやし,と呼ばれているのを知って、 麺類というのはあながち間違ってなかったな、 なんて考えながら。 み青森って他に何があるんだろう。 青函トンネルとか、りんご?」と、それはそれは 薄い青森知識を頭の中で巡らせた。* (34) 2021/10/30(Sat) 18:39:49 |
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