【人】 二年生 小林 友「柔軟体操はじめるぞ、二人組を作れ」 [体育教師の号令は、俺にとっての死刑宣告。 クラスの中に、気のおける友人なんか 一人もいやしないんだから。 ……友人じゃなくても、初対面じゃないから 声掛けても変じゃない、って?陰キャ舐めんな。 目の前で次々と組を作っていく クラスメイト達を後目に、俺はため息をついた。 腹が痛い、と言い張って帰りたい。 二日目なんです、とか言って。 あー、空の青さが、ひたすらに憎い。 俺が体操着の裾を握りしめて ただじっと立ち尽くしていると…… クラスメイトの青柳がそっと俺の肩を叩く。] (40) 2020/09/27(Sun) 15:09:21 |
【人】 二年生 小林 友「トモちんもひとり? したらオレと組んでくんね?」 [頼むよぅ、なんて声を出す青柳は 男の俺から見ても背は高いし、バスケ部だし 髪も染めてて……如何にも陽キャって感じ。 白く眩しい歯を覗かせて笑う青柳に 結局俺も断り文句が浮かばなくって 運動靴の先を睨みながら頷く他なくって。 いっその事、虐められてるとか、 ……靴隠されたり、教科書燃やされたり 今みたいに、ぼっち丸出しなことを 指を指して笑われたりとか、 ─────俺が被害者なら、 多分この心持ちはよりマシだった、と思う。 優しい人達の間で上手く立ち回れない自分が ただただ、惨めで。 けど死ぬとかそういうつもりもなくって。 屈託の無い青柳の笑みに消えたくなりながら 俺は体を二つに折って、地べたへ手を着いた。] (41) 2020/09/27(Sun) 15:10:06 |
【人】 二年生 小林 友[望んでこの世界に生まれたわけじゃない。 望んでこんな生き方を選んだわけじゃない。 だから、全部、仕方の無いこと。 結局その日、体育が終わった瞬間 俺は全速力で更衣室に駆け込んで 着替えを済ませるやいなや 教室へと駆け出した。 ─────青柳に感謝も謝罪も、 する勇気なんか、無かった。] (42) 2020/09/27(Sun) 15:10:38 |
【人】 二年生 小林 友[それと、もうひとつ。 ネットの青空文庫でも読めるこの本を わざわざ学校で読む理由。 俺は、書架の陰になった机に荷物を置いて 本棚から慣れたように 『赤いろうそくと人魚』を取り出すと…… 間に挟まっているだろう便箋を探して ぱらぱらと頁を捲るのだ。] (44) 2020/09/27(Sun) 15:11:17 |
【人】 二年生 小林 友[窓の外ではバットがボールを打った カッコーン、と軽い音が響いている。 図書館の前の廊下を、軽音部らしき数人が 楽器ケースを背負って駆けていく。 そんな学校の風景から逃げるように 俺は古びた本の世界へ埋没していった。] (45) 2020/09/27(Sun) 15:12:12 |
【人】 二年生 小林 友 人間は、この世界の中で いちばんやさしいものだと聞いている。 そして、かわいそうなものや頼りないものは、 けっしていじめたり、 苦しめたりすることはないと聞いている。 いったん手づけたなら、けっして、 それを捨てないとも聞いている。 (中略) せめて、自分の子供だけは、 にぎやかな、明るい町で育てて 大きくしたいという情けから、 女の人魚は、子供を陸の上に 産み落とそうとしたのであります。 そうすれば、自分は、再び我が子の顔を 見ることはできぬかもしれないが、 子供は人間の仲間入りをして、 幸福に生活することができるであろうと 思ったのです。 ─────『赤いろうそくと人魚』 小川 未明* (46) 2020/09/27(Sun) 15:18:41 |
【人】 二年生 小林 友 ー あの日の話 ー [あの日はいつもと同じように 書架の陰に隠れながら本を読んでいたっけ。 いつも同じか、時々違うの。 でもあの日は『赤いろうそくと人魚』だった。 読み慣れた物語を進める指先が、 ふと、質感の違う紙に触れた。 見てみると、ページの間に、一枚 一昔前の雑誌の付録みたいな便箋が 世界を区切るように挟まっている。 「okini no Book!」 と吹き出しの出た目ン玉が顔の三分の一を占めてそうな 二頭身の女の子……まじまじと見ると クリーチャーのような彼女は 薄桃の用紙の上でにっこり笑っている。 羽根が生えてる辺り、天使なんだろうか? 正直、よく分からないけど……] (49) 2020/09/27(Sun) 21:14:57 |
【人】 二年生 小林 友[ずっとこの本を読んでいたけれど こんなのが挟まってるなんて、初めてのこと。 やけに静かな図書館の中を 窓も閉めているのに、静かに空気がそよぐ。 後ろの貸出カードは白紙。 ……俺、最近借りたのに。 ─────これは、陽キャの嫌がらせ? え、こんな地味なこと、する? これ誰にもダメージなくない? ……とかなんとか、くるくるその場で考えて。] (50) 2020/09/27(Sun) 21:15:48 |
【人】 二年生 小林 友[色々考えた末に、俺は消えるインクペンを 取り出すと、そのダs……レトロな便箋に 適当にメッセージを書くことにした。 イジメにせよ、誰かの忘れ物にせよ ここに気付いた人間がいることを 何となく、示しておきたくって。] (51) 2020/09/27(Sun) 21:16:05 |
【人】 二年生 小林 友[コバルトブルーのインクが、 薄桃の便箋の上を走る。 はっきりそこに、俺の意思として。 ……後半のポエムな感じはまあ、ともかく。 大して読み進められなかった本も この便箋のせいで読む気になれなくて 俺はそそくさと本を取って棚に閉まった。 その日は、それっきり。 ベッドに入る頃には、便箋のことより 俺は元カノの事に想いを馳せていただろう。] (52) 2020/09/27(Sun) 21:18:33 |
【人】 二年生 小林 友 ー 回想 元カノとの蜜月 ー [……………………………………………………。 …………………………………………………… …………はい、すいません、見栄張りました。 いた事ありません。 彼女とか。もうかれこれ17年ほど。 大体、野郎の青柳にも ろくに話しかけられないのに 女子相手とかホント輪をかけて無理。 無理オブ無理。多分話しかける前に泣く。 ……いいんだ、俺将来の夢、魔法使いだし。 あーあ、マジしんど。寝よ。] [〜蜜月編、完〜] (53) 2020/09/27(Sun) 21:19:46 |
【人】 二年生 小林 友[そうして翌日、あの本に挟んだメモを見に 再び図書館を訪れたのだけれど…… やはり、図書館は波を打ったように静か。 ごくり、と何となく飲んだつばきの音すら 館内に響き渡ってしまいそうなほど。 毎回このくらい静かだったらいいのに、なんて。 けれど、目的の書架に向かって歩き始めると ……なんだろ、妙な視線を感じる>>30 相も変わらず図書館は無音で、足音は一人分。 なのに、誰かにじっとつけられてるような じんわり背筋を逆撫でするような、 妙な心地が続いていたか。 もしかしたら、ここで振り向いていれば ]忍べてない忍者みたいな格好の影に ばったり出くわしてたかもしれないけど>>31 やだよだって怖いじゃん。 イジメだった時に主犯格がいても怖い。 つまり、俺には振り返るメリットが無いのだ。 (54) 2020/09/27(Sun) 21:28:42 |
【人】 二年生 小林 友[『赤いろうそくと人魚』は 相も変わらず本棚の一角に収まっていた。 いつもの通り、背表紙に手をかけて 棚から引き抜こうとしたその時───── 横合いから ズァッ! と真っ黒な影が現れて本を取る俺の手の上へと手を伸ばそうとしたのだ。] おヒ─────っ!!!! [俺は思わず悲鳴を上げて飛び退いた。 見れば、身長同じくらいの、影だけが ぬぼーっと俺の真横に立っている。 何これ、どんないじめ?祟り系いじめ? 影は物言いたげに本棚へと手を伸ばすけれど 俺はもう、正直、キャパシティオーバー。 シャカシャカと床を這いずって 出口の方へと逃げようとする。] (60) 2020/09/27(Sun) 22:08:45 |
【人】 二年生 小林 友[……もし、影の声が聞こえていたら この後の話って変わっていただろうか。 後から思えば、そうなんだけど。 でもあの時の俺は突然の怪奇現象を前に チビらんばかりにビビりあがっていた。 顔中でろでろにしながら図書館を飛び出し……] 「うわっ!……えっ、どしたトモちん!」 [そのまま、図書館の外を歩いていた青柳に 思い切り体当たりしたのだった。] あ、わ、ま、ま、ま……! か、かぎぇ、わ! [顔面蒼白、歯をガチガチ鳴らしながら 俺は今起きたことを説明しようとしたけれど 全然、言葉にできなくて。] (61) 2020/09/27(Sun) 22:10:00 |
【人】 二年生 小林 友[なんて説明すればいい。 図書館で本を借りようとしたら 突然黒い影が現れた? 本当にそれ、見間違えじゃないの? 居眠りでもしてた? 床に蹲った俺の肩をしっかり支えながら じっと顔を覗き込んでくる青柳を見ていたら パニックの波が引く毎に、 だんだん惨めさと恥ずかしさとが募ってきて 結局俺は何も答えられずに 赤い顔して、胸中の本を抱き締めるだろう。 それでも、青柳は黙って俺に着いてきてくれて その日はバスケ部の面々に囲まれながら帰った。 「いじめられてるなら、言えよ?」 「トモちんちょっと疲れてたんだよね」 「ほんとに、無理してない?」 もうどいつもこいつもほんとに、イケメンで 優しくて……俺はいっそ殺して欲しくなった。] (62) 2020/09/27(Sun) 22:10:41 |
【人】 二年生 小林 友[優しいバスケ部の面々は 最寄りの駅まで着いてきてくれた上に アイスまで奢ってくれた。 だぁれも、「ありがとう」なんか求めてなくて 最後まで俺を気遣ってくれてて…… 家に着くなり、情けなさで俺は泣いた。 その間も、バスケ部と過ごしてる間も 図書館から持ち出してしまったあの本は ずっと、俺の腕の中にいた。]* (63) 2020/09/27(Sun) 22:11:06 |
【人】 二年生 小林 友[そりゃあさ、誰も信じてくれないって。 図書館にいたら黒い影に襲われた、とか。 図書館から持ち出した本に、ダサい便箋が挟まっていて それにメッセージを書くと、ずっと俺が持ち出してても いつの間にか返信が書き込まれている、とか。 俺だって、他の誰かががそんなこと言ったって 多分、絶対信じないもん。] (111) 2020/09/28(Mon) 13:33:37 |
【人】 二年生 小林 友[最初にもらったメッセージは果たして 俺のポエムへの感想だったか、 それとも俺に倣って本の感想でも書いていたか。 どんなんでもいい。 だってそんなことより、誰かが、俺の言葉に 何かの意思を示してくれた。 正体はあの影かもしれないけど 正直、怪奇現象は俺に実害がなければオッケー。 特に殺すだの祟るだのの物騒ワードが出てこなければ 俺はまた便箋に返事を書くだろう。] (112) 2020/09/28(Mon) 13:33:50 |
【人】 二年生 小林 友[青いインクに声を乗せて 俺はこの便箋越しの相手と何を語るだろう。 俺がこの桐皇学院高等学校の二年生で この本が好きで読んでいたこと。 図書館へはよく放課後本を読みに来ること。 名前は……そうだ、ユウ、ということにしよう。 もしなんかお化けだったら、怖いし。 俺はペンを走らせながら ふと、自分の口角が上がっていることに気付くだろう。 物語の一頁に自分がいるみたいな不思議な感覚。] (113) 2020/09/28(Mon) 13:35:03 |
【人】 二年生 小林 友「いいとも、なんでもかまわない。 神様のお授けなった子供だから、 大事にして育てよう。 きっと大きくなったら、りこうな、 いい子になるに違いない」 ─────『赤いろうそくと人魚』 小川 未明 (136) 2020/09/29(Tue) 0:54:45 |
【人】 二年生 小林 友[バスケ部の面々にアイスを奢られ帰ったあの日。 家に帰るなり、出迎えた母さんは ぎょっとした顔で俺を見た。] 「やっだアンタ!目が真っ赤! なに、どしたの。」 [小太りの腹に押されてぱつぱつになった エプロンで手をふきふき、 俺の顔を覗き込もうとするものだから 俺はいやいやと首を振って逃げた。] おふくろには関係ないだろ! ……別に、なんもないったら。 [いや本当は今日は人生で一二を争う トンデモ現象に遭遇したのだけれど。 それを母さんに言ったところで 信じて貰えないだろうし……それに 心配症の母さんは多分、もっと別なことに 気をもんでいるに違いないのだ。 ほら、部屋に行こうとする俺の前を塞ぐように 視線をさ迷わせながら、忙しなく手を揉み合わせ] (137) 2020/09/29(Tue) 0:55:16 |
【人】 二年生 小林 友「…………本当に、何も無いの?」 [この、目。 慈しみ溢れるこの目を向けられると 俺はもう、何も言えなくなる。 昔っから、そう。 彼女は、自分の息子がいじめられてやしないか それを健気に心の内に留めてやしないか 心配で心配で仕方ないのだ。 安心して、母さん。 あんたの息子はいじめられてない。 今日も陽気で心優しい連中に囲まれて ソーダアイスを食ってきたところ。 あんたの息子がこんなんなのは、 いじめのせいとかじゃ、全然なくて ただ、あんたの息子がダメなだけ。] (138) 2020/09/29(Tue) 0:55:46 |
【人】 二年生 小林 友[それを、ぶちまけられたらどれだけいいか。 結局、その日も俺は沈黙を選択して 母さんを半ば突き飛ばすように自室に籠って ─────ふと、図書館から持ち出した あの本のことを思い返すんだ。] ……やっべ、手続きなんもしてね…… ………………あー、まいっか。 [どうせ日陰に生きるもの。 ここに「図書館からの無断持ち出し」の前科が 加わったところで、一体なんだというのか。 本を捲って、あのクソダs……いや、 キッチュな便箋を探すと、 それは変わらず本の間にいた、が。] (139) 2020/09/29(Tue) 0:56:17 |
【人】 二年生 小林 友[だから、返事を書いたんだ。 顔を見れば声も出ないくせに、 人かどうかも分からない相手になら こんなに嬉々として筆が取れるのかって 自分でも意外なくらい。] (141) 2020/09/29(Tue) 0:57:12 |
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