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【人】 鬼の花嫁 千─ 秋 ─ こんな時くらい胸を張ったっていいんだぜ 山一つ守ったあんたが情けないわけがあるか ……本当によく帰ってきてくれたなァ [痛々しく傷の残る腕に木綿の布を丁寧に巻いていきながら、千は小さく笑う。 夏までは時折顔に掛かり煩わしかった長髪は、今や肩につかぬ程で切られていた。 男が髪を結わえる時代は今や昔、伸ばされていたのは唯一千に触れることに忌避感の無い祖母が目を悪くしたからでしかない。 もし頷いてくれるのなら鬼に鋏を預けたが、そうでなければ自分で刃を入れたことだろう。] (9) 2021/06/26(Sat) 3:41:12 |
【人】 鬼の花嫁 千また何か考えているな? ひとりで考え込むのはやめてくれよ、 置き去りはもう勘弁だ、ひひッ [戸口が開き見えた姿には、らしからぬ焦り声で名前を呼び駆け寄ってしまったが 腕は深傷ながら繋がってはおり、他には酷い負傷はしていないことに安堵し、手当する側としてもう狼狽える様子は見せないようにした。 夏の終わりの出来事も、既に冗談として口に出来るようになっている─少なくとも、千の側は─] 腰を落ち着けて休まないと、治るものも治らないさ [痛ましい様につい寄る眉や、注ぐ視線ばかりは中々隠せはしないが。] (10) 2021/06/26(Sat) 3:41:30 |
【人】 鬼の花嫁 千[木々の葉が落ち始めた季節、十年ぶりに肌身に感じる冷えは厳しい。 よく風が通るようになったのか、寒い寒いと出歩く度身を摩るようになった千はある朝見慣れぬ姿で鬼の部屋にやって来た。 黒い首巻きに薄茶の外套、異人だった父親が村に縁として残していったとされている品。 置かれた年月相応に褪せて古びてはいたが、祖母が長く手入れしていたらしく着れる状態にはなっている。 恐らく洋装を見慣れてはいない相手に似合うかと戯けて見せた時、どんな反応があったか。] (11) 2021/06/26(Sat) 3:41:43 |
【人】 鬼の花嫁 千暫くは大人しくしておいてくれよ 俺だって時間を掛ければ薪くらい割れるし風呂も焚ける 随分立派になったのさ、旦那様のお陰でな ま、その体格には何十年掛けてもなれないだろうがね [巻き終わり、仕上がりを確認した手を鬼の両頬に添えて顔を近づける。 額が合わさる距離で、口角を釣り上げて笑う。] なあ、誰かの言うことを気にするよりも こうやって俺のことを見ている方がずっといいだろう? [村人が千を見つけたということは、その逆もまた然り。 されど敢えて口にはせず、ただその心を気遣う。 少年時代から十年を失った頼りない身体の人間には、知ることも出来ることも非常に少ない。 大切に思えるものも、一つしか無かった。**] (12) 2021/06/26(Sat) 3:42:10 |
【人】 鬼の花嫁 千紅鉄様らしいね 怠けて顎で使ったって、あんたの嫁は少しも怒りゃしねぇのによ 損な性格してるぜ [一つに注ぐ二つの眼差しが捉える笑みに肩を竦める。 今の鬼は此処にいない誰かを見ているわけでもなく、自分をその子供として親のように振る舞っているわけでもない。 千はそれを確かに理解している。故に、呆れたようなふりをするのはただ真っ直ぐ過ぎる言葉の数々がむず痒かっただけ。] (23) 2021/06/27(Sun) 1:38:35 |
【人】 鬼の花嫁 千[負傷した家族を出迎えた経験など無く、あったとして何か人間らしいことを思えたのかどうか。 身体を切れば血が出るのも、いつか死ぬのだって当然の仕組み。そんな思考の持ち主だ。 真っ当な生き物と呼んでいいのかも分からない存在が呼び起こした、亡くしていた筈の感情。 きちんと持ち合わせていたら、生き続けていることを村人に疎まれることも無かったのか。 可能性の話から生まれるものは無いから、鬼が憂うなら思考を流してやるのが千の出来ることだ。 今でも紅鉄坊以外に対して同じような感情を向けられる自信がない以上、やはり村人にとっては鬼子に違いはないのだから。] (24) 2021/06/27(Sun) 1:38:50 |
【人】 鬼の花嫁 千ひひ、気づかれたか。そうだよな 出ていく前に帰ってきてくれたんだから、問題ないだろう? ……ああ、分かった 遅いと思うと、どうしても落ち着かなくてさ 悪かったよ。ちゃんと、我慢する [顰める眉に向く悪びれない笑い。 しかし、相手はこちらよりずっと深刻に考えたと理解しすぐに消え、大人しく謝罪する。 だが、続いた内容には今度は千のほうが顔をしかめる番だった。] ………… 何が大丈夫なんだよ、そんな知らせは要らねぇ されたところで、この目で見るまで信じるものか [咎める声は低くも、小さい。] (25) 2021/06/27(Sun) 1:39:05 |
【人】 鬼の花嫁 千当たり前だ あんたには、俺を二度も選んだ責任があるんだ あんたが俺に生きろと言ったんだ [付け加える言葉にも揺れない表情が、大きな掌の感触に少しずつ穏やかに戻る。 その腕には小さいだろう道具で、恐る恐る髪を切ってくれた記憶。 伝わる恐れがなんとも微笑ましく、何気ない時間が快かった。 責めるような口振りではあるが、独りになった後の生活が気になるわけではない。 ただ、失い難い。千の中にあるのはそれだけだ。] (26) 2021/06/27(Sun) 1:39:54 |
【人】 鬼の花嫁 千前から思っていたんだけどよ 少しは着込んだほうが怪我がし難くなるんじゃないか普通は やっぱり、鬼と人間は違うものなのかね あんたはこの格好でどこでも平気で歩いてるしなァ [ふと目線は降りて、相変わらずの襤褸とそこから覗く筋肉質な身体を眺める。 これ以上その話を続けたくなかったのもあるが、以前から気になっていたことでもあった。] なあ、この跡と左目も昔戦った時のものなのか? ……もう痛くはないのか? [答え次第では、右半身の黒い跡を五指がゆっくりとなぞる。**] (27) 2021/06/27(Sun) 1:40:11 |
【人】 鬼の花嫁 千[「流石天下の紅鉄坊様だ」などと巫山戯ていたのも一時のこと。 ふと掛けた問いには、思わぬ答えが返ることとなった、 黒色をなぞる手は止まり、驚きに固まった後ぎこちなく顔を見上げる。] は……そんなこと、 [あるわけがない──本当に? 今まさに、人と鬼の違いについて語らっていたというのに。 当たり前の否定を当然の思考が押し留め、言葉は途切れる。 この鬼があまりにも人間らしく、温かくあったものだから 鬼とは神仏に背いた妖しの類であるということを、千はすっかり忘れていて。] (31) 2021/06/28(Mon) 6:43:46 |
【人】 鬼の花嫁 千……そりゃ、気になるさ 忘れちまっていても、確かにそれもあんたなんだろう? [他人事のような素振りに苦笑する。 負わせた責任とは種が違う。 求められてはいない、ただこちらが知りたがっているだけ。 だが、これも相手を受け止めようとする想いではある。**] (32) 2021/06/28(Mon) 6:44:23 |
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