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【人】 春野 清華伸ばされた手が、頬に触れる。 滑らかで、柔らかなその熱に、眉を上げた。 問われた事柄に、ぱちぱちと瞬きをして、 それから結んだ唇を解き、返事の代わりに目を閉じた。 優しく触れた唇に、少しだけ肩が上がる。 離れれば、薄く目を開いて、まつ毛の隙間から 彼の顔をじっと見つめる。 いまだ、計りかねる距離を縮めたいとは ずっと、ずっと思っていて、だから。 包み込む。手の甲に自分の手を重ねて 軽く頬を寄せ,目を閉じる。 いつだってそう、優しく問いかけてから触れるのは 彼もきっと、計りかねているから。 彼は、『ヒトではない』はずなのに。 どうしてこんなにも優しく、あたたかいのか。 (23) 2021/10/30(Sat) 7:08:28 |
【人】 春野 清華ゆるく、口許は弧を描く。 ゆっくりと瞼を開いた。 「ねえ、清正くん」 やり直すわけじゃない。 ただ、もう一度。 ただ、───何度でも。 「明明後日も、お休みにするから、 どこかに泊まって、小旅行、しない? 場所は、清正くんの行きたいところがいい。」 あなたとの思い出を重ねたくて。* (24) 2021/10/30(Sat) 7:09:57 |
【人】 ろぼ先生 夏越 清正[言葉にしなくても、そっと閉じられた瞳に 意図を察して、まるで教会でするみたいなキスを いちばん愛する人に注ぐ。 重ねた手は温かい。 男にはない鼓動が分け与えられるよう。 角度を変えてもう一度、手を頬から滑らせ 背中をそっと抱き寄せる。 震えてない?もう、怯えてない? “僕”は、君のそばにいてもいい? 言葉に出来ない意思確認を掌に乗せる。] (25) 2021/10/30(Sat) 12:00:59 |
【人】 ろぼ先生 夏越 清正[閉じた瞼を開いて唇を離せば視線が通い合って、 男は照れくさそうに、ひひ…と笑う。 自分からキスを強請ったのに、 このつかの間満たされた空気が 流れるのは慣れていないのだ。 緩く弧を描く清華の唇に倣って 微笑んでみせようとするのだけれど、 どうしても恥じらいが邪魔をする。 だけどそのもにゃりと不格好な唇の笑みは、 清華の言葉で弾けて、より深い喜色に変わる。] いく……!え、いいの? [一緒に泊まりの旅行なんて、あの時以来。 数ヶ月悩んでたセレクトショップのカップが 頭の中からぽーいとすっ飛んでいって 男は早速、お土産にカップを買うことを考えている。] (26) 2021/10/30(Sat) 12:17:42 |
【人】 ろぼ先生 夏越 清正[行きたいところ、というのがパッと思いつかなくて んー、うーん、と清華の肩に手を置いたまま 悩んで唸ってしばし。] …………今度は、ビジホじゃないとこにしよ。 [インパクト大な女社長の顔が 至る所にあるあそこじゃなくて。 冗談半分、半分は本気。] (27) 2021/10/30(Sat) 12:22:05 |
【人】 ろぼ先生 夏越 清正[結局、今すぐ「ココ!」となる場所が思いつかなくて 少し時間をもらうことにした。 写真の撮影しがいある、映え、なところがいいかな。 今なら渓谷の紅葉が綺麗かな。 あーでもない、こーでもない。 PCとにらめっこしたり、 本屋で旅行雑誌を立ち読みしたり。 しかしいまいちピンと来ない。 その日の夜も、ノートPCを膝に載っけて真剣な顔をして。 不安定だと、椅子に座った手で太腿をぴちぴち叩くのは ]オリジナルにはない、桃農家の息子さんから移った癖。 (28) 2021/10/30(Sat) 12:30:54 |
【人】 ろぼ先生 夏越 清正[けれど翌朝、清華と朝食を取っている時に たまたまつけていたテレビの旅番組を見ていたら 画面にものすごいものが写った。 温泉の地熱ですくすく育った、 ものすごーーーく大きな、 もやし。 農家のおじさんの膝より大きく育ったそれは 正しくは「そばもやし」という、 スーパーで見かける「まめもやし」とは違うもの。 それにしても、でかい。 レポーターがそのでっかいもやしを使った料理を がつがつと頬張っている。 温泉があるとはいっても、それ以外何も無い。 だからもやしを栽培してみたのだという。 恐ろしく映えない光景だけれど、 なぜだか男は画面に釘付けになってしまった。] (29) 2021/10/30(Sat) 12:38:42 |
【人】 ろぼ先生 夏越 清正清華…………あれ、 [食べに行かない?と続ける。 場所は青森だから、朝早くに出なくちゃだけど 行って帰ってこれる距離だ。 清華はもっと華やかなところがいいだろうか。 でも、紅葉の山に囲まれて人も少ない場所で ゆっくり体と心を休めるのもいいかな、と。 もしそれでOKがもらえたならば いざ、もやしといやしを求めて 何もしない旅に出よう。]* (30) 2021/10/30(Sat) 12:43:33 |
【人】 春野 清華彼の喜色を帯びた表情に安堵する。 ほ、と胸を撫で下ろして、それから笑んだ口許。 「もちろん」 とつぶやいてひとつ、頷いた。 彼が唸る。考え込む様子をみていたら、 出た結論に、また唇は少し弧を描いた。 (31) 2021/10/30(Sat) 18:39:05 |
【人】 春野 清華「そうね、温泉あるとこに、しよっか」 別にビジネスホテルが悪いわけではないけれど、 せっかくの旅行なのだから、少しいいところに 泊まったってきっとばちはあたらない。 わたしがリクエストしたのはただそれだけ。 あとは、彼にお願いしておいた。 ───無責任かもしれないけれど、 わたしは、彼の行きたいところに行きたくて。 彼の、みたい景色が見たかった。 ろくに遠出もできなかった『彼』への せめてもの、償いだなんて思ってない。 ただ、わたしはW彼Wの目から見た世界を 「彼」じゃないその世界を、知りたい。 ささいな仕草を見ていると、あの頃よりも ずっと、「彼」とはちがっていて。 W彼W自身がちがうひとになっていっている そんな気もしてくる。 それにどんな感情を抱いているのか、 わたしには自分でもよくわからなかった。 (32) 2021/10/30(Sat) 18:39:24 |
【人】 春野 清華そんな、翌朝。 つけっぱなしのテレビをとくに真剣にみるわけでもなく スマホで天気を確認して、コーヒーを啜っていたら 彼が声をあげたから、わたしも小さな画面から 顔を上げて、そちらを見た。 ぱちぱちと目を瞬かせ、指されたテレビの画面には それはそれは立派なもやしの料理がうつっていて。 首を傾げて、まるで麺のようなそのもやしを見る。 「これが、食べたいの?」 たしかに、珍しそうではある。 正直、もやしにそこまで心惹かれるかといわれると それは残念ながら否、ではあるけれど。 それでもそれが、彼のしたいこと、ならば 断る理由などひとつもなかった。 (33) 2021/10/30(Sat) 18:39:37 |
【人】 春野 清華「……うん、いいよ。 じゃあ、青森、行こうか。」 と微笑みかけて、コーヒーをまた一口。 「普通のもやしなのかなあ……」 リポーターの頬張る料理を見つめながら ぼそりとこぼす。 おばけもやし、とでも称されそうなその大きさ。 そばもやし,と呼ばれているのを知って、 麺類というのはあながち間違ってなかったな、 なんて考えながら。 み青森って他に何があるんだろう。 青函トンネルとか、りんご?」と、それはそれは 薄い青森知識を頭の中で巡らせた。* (34) 2021/10/30(Sat) 18:39:49 |
【人】 ろぼ先生 夏越 清正食べたい、とは少し違うかな。 見た事ないじゃない、あんな大きいの。 [男も、オリジナルも、そこまで もやし好きではない、はず。 不思議そうに小首を傾げた清華に こてん、とこちらも首を傾げながら、男は言葉を探す。] 見た事ないから見に行きたい、が近いかも。 もちろん食べるのも楽しみだけどさ。 [知らないものを見に行って、触れたい。 普通はどうするべきかはともかく 自分の気持ちと向き合ってみたい。 そういう、気持ち。] (35) 2021/10/31(Sun) 9:21:17 |
【人】 ろぼ先生 夏越 清正[レポーターが美味しそうにパリパリ音を立てながら もやし炒めを平らげているが、その味は未知数。 テレビではもやし炒めのほか もやしをたくさんのせたラーメンを紹介していたがさて。 日が暮れると氷点下を下回るらしいから しっかり暖かいものを用意して 男は清華とともに北の大地に旅立とう。 新幹線とはいえ数時間はかかる道のり、 ガイドブックを捲りながら旅程を組もう。] もやしのある温泉地には ほぼ観光できるところないね…… 弘前駅のまわりを少し観光してからいこうよ。 [弘前城や、りんご公園、ねぶたを展示した資料館。 もう少し海が近ければホタテやイカなどの 海鮮にありつけたかもしれないが。] (36) 2021/10/31(Sun) 12:11:41 |
【人】 ろぼ先生 夏越 清正[都心から離れるにつれて、車窓から眺める風景は ビルの林が次第になだらかになって、 やがて畑の中に家が点在するようになり、 最終的には完全に森の中へと変わっていく。 その次々変わる景色は、カメラには収められない。 代わりに男はつぶさに記憶にとどめようとするように じっと景色を眺めている。 心做しか、北上するにつれて肌寒さを感じ 男は首元に巻いたマフラーに頬を埋める。] 青森っていったら、やっぱりりんごかな。 [また巡り会えた場所が桃農家だったのもあって、 男は何の気なしに、青森でも おいしいリンゴを探すのか尋ねようとするだろう。] (37) 2021/10/31(Sun) 13:36:29 |
【人】 ろぼ先生 夏越 清正[しばらく続いたトンネルの真っ暗闇が晴れると、 朱や黄に色付く木立が広がっていた。 花の盛りのような光景に魂を奪われしばし 黙って目を向けていたが、やがてまたその林がひらけ 赤く色付く果実を実らせた畑がちらほら見えてくる。] ね、りんごなってる! [山梨や、普段の景色と違う風景に歓喜する男は、 数十分後、目的地に着いた途端に 肌を切るような寒風の歓迎を受けることを まだ知らないでいる。]* (38) 2021/10/31(Sun) 14:02:09 |
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