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【人】 鬼の子 千はは、成程なァ あんたってさ、人間より人間らしいな [常とは違う静かな笑いが一度落ちた。 誰かが似たような意味の言葉をかつて口にしたことを、千太郎と呼ばれる鬼子は知らない。] 善良で、瞿曇だよ [こいつは人間としてあの村に関わらず済んで幸せだ。 異形の無い男がどんな人生を辿ったか想像し、昏い黒色が細まる。 有り得なかったのだろう可能性は、語らずに胸に残るのみ。] (25) 2021/06/19(Sat) 11:55:06 |
【人】 鬼の子 千─ それから/鬼との日々 ─ こんなのはあんたの手で掴んだほうが沢山取れるだろうさ、きっと [暴れる小魚を眺め、隣の鬼を鬼子は半目で見遣る。心から褒めていそうなのが救えないと内心ぼやいた。 退屈がる人間を宥めて宥めて、やっと結果が出て感動もひとしおというところなのだろうか。 初めて自分で食事を拵えた時もこんな風に喜ばれた気がすると、記憶に新しい過去を思い起こす。 台所で細々とした作業をするのが、大柄過ぎる鬼には大変だったからかも知れないけれど。それが鬼子が積極的に料理を覚えようとした理由でもあったわけだから。 ただやはり肉しか喰わないらしく、相手に幾ら勧めてもいつも傍らで干し肉を食べるばかりなのだが。 村で鬼の子と呼ばれていたのはそんな意味では無かったのだが、息子だと思われているのかもしれない。 五月雨の季節に輿入れし今や初夏を迎える程経った時間、記憶に残る出来事は料理以外もどれもそのように感じられるものだった。] (75) 2021/06/20(Sun) 20:24:36 |
【人】 鬼の子 千[木々の合間から差し込む日光が、鬼と鬼子、そして彼らが面する川に届く。 水面を眺める花嫁の光を透かす髪は今も色素を持たぬまま、隈も変わらずに縁取っている。 ただ肌の色は目に見えて変わり、力仕事は任されずともこうして歩くことではない目的で鬼に連れられる程には身体も見れるものになっていた。 深まる緑と強くなる日差しの中、紅色が見つめる白色も少しずつ変わっていく。 高価で山歩きには重たい白一色の着物も今はしまわれて、持ち込んだそれよりは安価で薄く色が付いたものを纏っている。 何処かできっと起きている悲劇は遠い出来事、名ばかりの夫婦の閉じた世界の時間は穏やかに流れていった。] (76) 2021/06/20(Sun) 20:25:12 |
【人】 鬼の子 千まあ、こういうのも悪くはないけどな そっちは中々掛からねぇな? やっぱり手掴みで獲ったらどうだ、きっと似合うぞ?ひひッ [少なくとも花を書物で潰すよりは有意義だと意地悪く笑うが、それ以上の悪態は続かない。 重石にするより読みたいと、鬼が持って来た歴史書を見て文句を付けはしたものの。止めようとは言わず、不器用そうな手の代わりに自分が花を紙の上に置いた。 行いを咎め伸ばされた手に大人しく摘んだ花を渡したように、「やっぱり花が好きなんじゃないか?」と悪びれず誂いながらも反論せず説かれたように。 そもそも押し花の話に異を唱えなかったからこそ、鬼は行動したわけだから。] (77) 2021/06/20(Sun) 20:26:26 |
【人】 鬼の子 千[平らな花が出来上がったとして、一体どうするというのか。 考えていないことは分かりきってるので、いつか忘れた頃確認するまでその誂いは取っておこうと閉じた書物を眺めて鬼子は考えた。 廃墟同然の建物に棲まい行水はしても風呂など使っていなかっただろう鬼の身体を、桶に汲んだ湯で手拭いを濡らし擦ってやりながら 右半身の黒い跡を眺めそれについて結局聞かなかった時も。 未来への約束を無意識の中積み上げていく自分がいることに、久しぶりに眠気がやってこなかった湿った暑い寝苦しい夜鬼子は気づく。 いつまでも「相応」は与えられず、こちらばかりが用意されたぬるま湯に浸り始めている。] (78) 2021/06/20(Sun) 20:27:13 |
【人】 鬼の子 千─ ある夏の日/山奥 ─ そんなに大した怪我じゃねぇよ 未だ何も採ってないのに、ここまで来て帰れないだろ [だからこんなことで目的を果たさずに戻る必要は無いと言い、額を拭う。 すっかり夏が訪れ、虫達が活発になった頃。今日は山の奥まで薬草を採りに来ていた。 大きな木の根元で腰を下ろし、昼の握り飯──自分で作っているから形はともかく大きすぎない──を食べた後 変わった草を見つけ不用意に伸ばした指の腹、一筋傷が入ったのがこの問答の原因。 百数十年の山暮らしがずっと牢にいた者に向けるには当然の心配なのかも知れないが 相変わらず親気取りのような過保護だと、鬼子の呆れは声に顔に表れる。 初めの頃などすぐ寺の中に戻されるから、鬼が薪割りなどで外にいる間非常に退屈していたものだ。 自分は二つの意味で子供ではない。きちんと理解してほしい。 悪意のない人外と知っているからこそ、その不満はいつも胸にある。 語り聞かされることはなくとも、さと、さとと事あるごとに死んだ人間の名前が出てくると一層想いは強いものになった。] (80) 2021/06/20(Sun) 20:29:41 |
【人】 鬼の子 千[たった一瞬の出来事で熱は冷え切る。 草地に身体を打ち付けられ、無様に転がった。] ………… [そのまま黙って頭上から届く声を聞いていた。 分かりきっていた筈の本心、 望んでいない「お前の為」 そして、「さと」 起き上がり乱れた衿元を正しながら、鬼子の目もどこか遠くを見た。 先を行く相手を追い掛けるのが辛くとも、何も言わなかった。 傷薬を受け取り部屋に戻り、その日は部屋から出てくることはなく。 どれだけの時間鬼が帰ってこなかったのか、それすら知りもせず。] (135) 2021/06/22(Tue) 3:19:42 |
【人】 鬼の子 千[その日は眠れなかった。 翌朝、何事も無かったように接されて、合わせて振る舞った。 次の日も眠れなかった。 更に翌日も、ずっと、ずっと。 毎晩暗闇で手首に残る赤紫色の跡をじっと眺めていた。 既に塞がり始めていた傷のように、消えてしまうことがどうしても──だったから。 もうあの時のようにはしてくれないと分かっていても。] (136) 2021/06/22(Tue) 3:20:01 |
【人】 鬼の子 千[それでも、疑いもなく信じていた。 その内関係も元に戻れると、これからも一緒なのだと。 未だ押し花は確かめていないし、 身体の跡の理由も聞いていなくて、 川に入ってもいなかったのだから、 沢山の約束が鬼と鬼子にはあった筈なのだから。 役目を果たせない日々が、まるで牢の飼い殺しと変わらないと思っても 心苦しく虚しくても、────何にもない日常が、嫌だったわけじゃなかった。] (137) 2021/06/22(Tue) 3:20:19 |
【人】 鬼の子 千─ そして ─ なあ旦那様、なんで抱えるんだ あの時以外今までちゃんと歩いてただろう俺は この風呂敷の中身はなんだ 何が入っていたらこんなに重くなるんだ、なあ [理由と行動が全く合っていない。抱き上げられた瞬間には指摘していた。 少しも解決にならない返答に何も返せなくなっても、すぐに別のことを問いたくなる。] (138) 2021/06/22(Tue) 3:21:59 |
【人】 鬼の子 千そもそも何処に行くっていうんだい ここは村に行く人間が通るところだよ、なあ あんた見つかっていいのかい、怯えられちまうぜ 帰ろう、なあ…… …………紅鉄様 [語らいながら何を思っているのかは理解しても、傍にいない時の脳裏の思考まで分かるわけがない。 理解出来ないまま広がっていく不安に似合わない狼狽えを鬼子は見せ、暴れて嫌がり触れた身を離すことを躊躇い指一つ動かせなかった。 どれだけ見上げても声をかけても、紅色は白色を見ない。**] (139) 2021/06/22(Tue) 3:22:19 |
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