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【人】 灯守り 芒種[ 液体以外が物理的に通る気がしないので 用意された食事に一切手をつけないまま 暖かいお茶を啜っているふりだけして時間が流れる。 妹だけを眺めていた視線は、その視界に ひとりまたひとりと別な顔が映り込む度 その景色に焦点を合わせることを放棄してゆく。 明るく社交的な妹。 誰とも関わろうとしない陰気な姉。 比べて責められる事にはもう慣れた。 そんなことが辛いわけではない。 あの子の世界が広がることを喜びきれない自分と 上手く向き合いきれずにいるだけだ。 あの隣に並んでほかの誰ともにこやかに、なんて 努力しようか悩んだこともある。 けれど向いていないのだ。 あの子がいる場所でそれ以外になど まるで興味が湧かないのは目に見えていた。 楽しく過ごすあのこの邪魔をしたいわけではない。 ] (7) 2022/01/27(Thu) 2:18:05 |
【人】 灯守り 芒種[ ピクニックシートの小さな家に ずっと二人きりなら良かったのに。 それだけでよかったのに。 あなたはそうじゃないのでしょう? それが普通だ。その成長が喜ばしい。 けれど あなたはそうじゃなかったことが こんなにも苦しくてたまらない。 わたしにはあなただけなのに あなたにはわたし以外が在ることが。 閉じ込めたいわけではない。 あなたには自由で在ってほしい。 子供みたいな我侭な独占欲と、それに伴う矛盾とに 喉の奥が締め付けられて苦しい息が もうすっかり湯気もあがらぬお茶の水面を揺らした。 ] (8) 2022/01/27(Thu) 2:18:51 |
【人】 灯守り 芒種[ 俯くことはできない。 辛い顔をすることも。 きっとあの子は心配しをして駆けつけてしまう。 邪魔をしたいわけじゃない。 邪魔をしてしまいたい。けれど…… わたしになんか気付かなかったらどうしよう。 ほんの少しでも気付かれない時間があれば きっと心が死んでしまうから試せない。 しにたい気持ちは今日も絶えず心の中に燻っていたけれど しにたいなんて願望、しねない人間が抱くものだ。 所詮自死を選ぶ度胸なんてない。 心を殺す度胸もない。 ] ( かえりたい ) [ 何もかもがどうでもよくて何も考えずにいられる 陰鬱で退屈な日常にはやく帰ってしまいたかった。 気が滅入る湿っぽさすらもはや恋しく思える。 ] (9) 2022/01/27(Thu) 2:20:10 |
【人】 灯守り 芒種[ それなのに 焦点が逸れてぼやけた視界でも 幼い頃よりも少し落ち着いた柔らかな亜麻色を 意識しなくても目が追いかけてしまう。 離れてしまったほうが楽なのに、離れることが苦しい。 だから来たくなかったんだ。 抱きしめたぬくもりも握る手の力強さも甘い肌の香りも 他と話す時とはまるで違う甘え切った声も すっかりと鮮明に思い出してしまった 。 甘ったるい毒に自ら侵されている気分だ。 ] (ばかみたい) [ もう何度も繰り返した自嘲を口の中に持て余して 結局吐き出すこともできずそっとお茶で流し込んだ。*] (10) 2022/01/27(Thu) 2:20:56 |
【人】 灯守り 芒種[ >>65年少者を見守っていた大人びた顔が途端に綻び >>89駆け寄ってくる頃にはすっかり妹の顔に戻る。 優越感に似た感情の明確な名前は知らない。 知らぬままただ無性に胸が苦しくなる。 あなたの唯一にはなれないわたしにも あなたの唯一で在れるものがまだ残っていることに。 あぶないからはしってはだめよ、なんて何度言い聞かせても ちっとも変わらない事が無性に愛おしくて。 背筋を正して澄ましていた顔が思わず緩む。 きらきら目を輝かせているあの顔はきっと 新しくみつけたすてきなものをわたしにも共有したい顔だ。 なんてわかったふりをしてちょっとした充足感を得る。 本当はあなたのことなんて殆どなにも知らないのに。 ] (140) 2022/01/29(Sat) 20:48:44 |
【人】 灯守り 芒種あら、すてきね。 じゃあ、ひとついただこうかしら…… [ 無論入るか入らないかではなく入れるのである。 幸い潰せば殆ど水分だ。いける。 意気込んでフォークに手を伸ばそうとすれば 心配性の双眸に見透かすように覗き込まれた。 そういえばいつからだろう。 すっかり心配されることが当たり前になりつつある 今への違和感がふいにぽつりと浮かんだ。 駆け回っては転げるこの子の心配をするのがわたしの役目で 心配される側ではなかったはずなのに。 ] (141) 2022/01/29(Sat) 20:49:13 |
【人】 灯守り 芒種[ 何も変わらないと言ったけれど 変わらないものなんてないことを知っている。 変われないのはいつだってわたしだけだ。 最初に味わった暖かな幸せの時間から、ずっと ひとり残されたまま、動けずにいる。 おいかけないと、おいつかないと あなたが戻ってくるはこないと知っているのに。 ] ‥‥‥‥‥‥ああ、違うの。大丈夫よ。 お留守番の子がいるから、頂いていないだけ。 心配症ね、茉莉は。 [ 運んできてくれたいちごをひとつフォークで突き刺して 笑みの消えてしまった口元にひょいと押し込んだ。 おいしい?って視線で訪ねて小首をかしげた。 ] (142) 2022/01/29(Sat) 20:50:57 |
【人】 灯守り 芒種[ 用意しておいた言い訳を淀みなく紡げば 二つ目を突き刺して、自分の口に運ぶ。 瑞々しい果肉に歯を立てて噛み締める。 随分前から味覚が低下した舌先では 酸いのか甘いのかよくわからないから おいしい、と笑みを含んだ声音で零して誤魔化した。 ] お食事は出るって伝えあるのだけれど、それでも きっとわたしの分も用意して帰りを待っているでしょうから お腹をいっぱいにして帰ると、拗ねてしまうから……。 [ 人が来るたびすぐに隠れてしまうから いることは知っていても顔を合わせたことのない筈の 留守番の猫を口実にすれば疑われることもないだろう。 そんな性格じゃないことを知る事はないでしょうから。*] (143) 2022/01/29(Sat) 20:51:51 |
【人】 灯守り 芒種[ 帰り際、大袈裟に別れを惜しむ妹を抱きしめる。 いつ突然そうなるか、わからない能力を継いだこの子に 今生の別れでもあるまいに、なんて気安くは言えない。 何度わたしが「また遊びに来る」を繰り返しても 「帰らないで」ではなく「行かないで」と泣きついた 小さな頃と何にも変わらない寂しげで 不安いっぱいの双眸を覗き込んで、 頬を撫でて、こみ上げる愛おしさのまま 昔と変わらぬ所作で、前髪の上から そっと額に唇を押し当てた。 眠るのを嫌がる幼い子供に、彼女の両親を真似て 何度も繰り返した、寂しさを吹き消すおまじない。 ] しばらくは忙しいでしょうけれど 手が空く季節になったら、またいつでも遊びに、…… [ 何度も繰り返した「また遊びに来る」の言葉は この子が先代立春に弟子入りして 「また遊びに来て」に変化した。 この子の帰る場所はもう、芒種域ではないから。 理解している。今更言い澱む言葉でもない。 なのに もう何度も繰り返してきた言葉が 喉に痞えて出てこない。 ] (330) 2022/01/30(Sun) 23:59:12 |
【人】 灯守り 芒種[ やられた。頭を抱えたくなる衝動と 不自然に途切れた言葉に心配性の妹を 心配させてしまうのとを 掛けた天秤は一瞬で後者に傾いた。 犯人はどうせこの場にはいないのだから お仕置きをするのもどうせ帰ってからだ。 なら今すべきことは、 この場をどうにか取り繕う事だけ。 ] (332) 2022/01/30(Sun) 23:59:36 |
【人】 灯守り 芒種[ 飼い猫はちょっとした能力を持っていた。 どんな能力なのか問いただしたことはないので 正確な能力も、いますぐ解除する術もわからない。 関心を向けなかったツケだ。 今かろうじてわかっていることは、猫の能力が 『ほんの一言の指定した言葉をしばらくの間封じる』 だとか、そんな感じの能力であるということだけ。 そういえば出がけになにかぐずっていた 「その気もないくせに無闇矢鱈にひとを誘うな」と 社交辞令で紡ぎかねない「遊びに来て」を封じたようだ。 社交辞令で紡ぐのなら「遊びに いらして 」を使うけれどそのへんの些細な違いは理解していないのかもしれない。 「遊びに いらして 」なら言えるのか?茉莉にいうの?そんな他人行儀に? 「来て」がだめなら「来る」で 何かしら言い換えれば……? どうすべきか悩んでいる間にも沈黙は過ぎて、 なんだかなにもかも面倒になってきた。 いいか、もう、言ってしまっても。 べつになにも間違ってはいないのだから。 ] (333) 2022/01/30(Sun) 23:59:51 |
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