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【人】 雨宮 瀬里その日の夜か、翌朝か。 貴方と別れてからというものの 貴方のことがどうしたって頭を離れず どこか熱に浮かされたような心地は続く。 溜まっていた写真や、メールのやり取りから どうやら週末だけ私たちは会っていたようだし 彼のことを、蓮司、と呼び捨てにしていたようだ 貴方が居ない部屋で「蓮司」と呼んでみて なんだか恥ずかしくなって顔を赤らめたのは 貴方が知らない私だけの秘密。 『 また週末、会ってくれますか 』 貴方に一文メールを送るだけでも、心が跳ねた。 (114) 2022/05/30(Mon) 13:10:04 |
【人】 雨宮 瀬里貴方に再び恋をした今、 記憶なんてなくてもいいと思う自分がいた だけど 貴方に再び恋をしたからこそ、 貴方との過去を取り戻したいと思う自分がいた お見合いで出会ったのだろう人々との 縁を思い出したい、そんな気持ちもあった それに ────── (115) 2022/05/30(Mon) 13:10:38 |
【人】 雨宮 瀬里貴方は、何を言おうとしてたんだろう。 手紙の最後に書かれている文章を目で追う。 それから何か ── 私たちは約束を交わしたような、 ………そんな気がずっとしていたんだ。 * (116) 2022/05/30(Mon) 13:10:56 |
【人】 雨宮 瀬里 諦めなかった。 記憶を喪ってしまったこと。 恋心を喪ってしまったこと。 わからなかったことが悔しかったんじゃない。 忘れてしまったことが悔しかったんじゃない。 1年経っているはずの私は随分と変わっていた。 以前のはっきりした記憶の中の雨宮瀬里は、 もう、私の要素のどこにもなかった。 これだけ人を変えてしまうほどの恋を。 これだけ私を変えてしまうほどの貴方を。 忘れたまま、生きていくということが 私にとって、望ましくない。 私の理性はそう思った。 (123) 2022/05/30(Mon) 15:08:11 |
【人】 雨宮 瀬里 それと同時に、理性じゃない部分が 貴方を喪うことを、恐れていた。 貴方と離れることを、強く拒んだ。 涙を流した理由は、 悲しみも悔しさでもなくて きっと貴方と離れることに対する恐怖だった (124) 2022/05/30(Mon) 15:09:00 |
【人】 雨宮 瀬里貴方に恋をすることが、 必然だったような、気がしていた。 貴方との記憶を喪っても、なお。 靄が晴れるきっかけは、 まだ私には、訪れなくとも。 週末のデートまでの日数を私は指折り数えている * (125) 2022/05/30(Mon) 15:10:26 |
【人】 雨宮 瀬里私にとって初めての週末デートの日。 その日私は家にいて、 貴方が来ることを今か今かと待っていた 靄はまだ晴れていなかった 貴方がすでに記憶を取り戻したことを私は知らない 私が、いつ取り戻せるのかも、分からない だから、貴方を迎えたときに 「 蓮司 さん 」と。私は呼んだ。 (128) 2022/05/30(Mon) 21:17:31 |
【人】 雨宮 瀬里「 待ってた。遠いところまでありがとう。 ……ご飯……かな?このあとどうする? 」 週末デート。この後いつもどうしていたんだろう。 私はこの町のこと、知っているようで何も知らない。 きっと住み慣れた町、だったはずなのに。 (129) 2022/05/30(Mon) 21:17:47 |
【人】 雨宮 瀬里私の瞳に映る貴方は、 もう一度私に恋をしてくれたひとのはずだった 貴方の瞳には、 上手くいったあとのお願い事も、 貴方との日々も、忘れてしまった私が映る だけどきっと貴方が誰であっても。 忘れてしまったころの貴方も、 これから先の貴方のことも、全部知りたいと私は願う。 * (130) 2022/05/30(Mon) 21:17:59 |
【人】 雨宮 瀬里貴方と過ごす時間なら、きっとどこだって楽しい。 …こんな気持ちで、今までの雨宮瀬里は、 貴方と一年も過ごしてきたのだろうか。 それとも恋矢を受けた恋と、 今の恋は、何かが違うのだろうか。 恋をしたことがない≠ゥら これが恋なのかどうかも確かめられずに 私は初めての週末デートを迎える。 そういえば。と、私がきっと提案したのは この町にきて貴方と最初に行った店=B 「 この間見かけて、気になっていたの 」 と、きっと私は一年前と同じことを言う。 それを私が気づいていないだけで。 ふいに囁かれた言葉には、 真っ赤になって、頷いた。 これを一年続けてきたというのか、私は。 (133) 2022/05/30(Mon) 23:19:05 |
【人】 雨宮 瀬里同じメニューを頼み、同じ感想をいう。 お店の人が「ああ、」という顔をしていたから もしかしたら何度も訪れたことがあるのかも、と そう気づいてからは、貴方に向かって苦笑した。 私たち、どうやら来たことがあるみたいね、って。 貴方が思い出したなんて知らないもの それからまた少しだけ車を走らせて といっても都会ほど、夜景が美しいわけじゃないから きっと、それはそこそこに。 (134) 2022/05/30(Mon) 23:19:22 |
【人】 雨宮 瀬里「 蓮司さん、 」 それはそれからだいぶ時間が経った後。 身体が幾度貴方を求めようと、 まだ記憶を取り戻す前の私は、 薄いタオルケットにくるまりながら 薄暗い部屋の中、肌を貴方に寄せている 「 あれから暫く、 記憶を思いだそうと、頑張ったんだ 」 どうだった?って聞かれたら 首を横に振るだけだけど。ご存じの通り。 (135) 2022/05/30(Mon) 23:19:47 |
【人】 雨宮 瀬里「 家にある服とか、 随分、昔の私と、違うの。 昔の私がどうだったか、っていうのは ……蓮司さんには、内緒。 今と全然違って、びっくりしちゃうから 」 知ってる、ってネタ晴らしされない限りは 私はその話はしないつもりで。 見てみたいとか言い出されても ほらまた、私は首を横に振るだけ。二回目。 (136) 2022/05/30(Mon) 23:20:02 |
【人】 雨宮 瀬里「 でもきっと蓮司さんが変えてくれたんだなあって だって変わった記憶が、ないんだもの。 つまらないことは案外覚えてるのよ。 蓮司さんと関係ないこと。 ここの町の人間関係だとか、 私の師匠にあたる人のおでこ掻く癖とか。 でも私の中から、蓮司さんとの記憶だけが すっぽりと抜け落ちちゃってるの。 」 多分きっと、貴方もそうじゃない?って同意を求める ……その返事がね、どうであれ。 私はそれ以上に、貴方に言いたいことがあったの。 (137) 2022/05/30(Mon) 23:20:16 |
【人】 雨宮 瀬里体を起こしてちいさな棚へと手を伸ばす。 一番上の引き出しを開けて、中から取り出したのは ── 見覚えのない、 赤 いマニキュア。 (139) 2022/05/30(Mon) 23:21:10 |
【人】 雨宮 瀬里「 陶芸をするときね。 ネイルって基本だめなの。 作品に爪が刺さったら台無しだし 納得いく作品は絶対にネイルをしてたら作れない だから、私は、これ、使わないはずなの でも憶えてないってことは、 貴方との記憶の何かに、関係するんだと思う ……って言われても困っちゃうか。 見覚え、ないよね。 あるはず、ないよね。 」 私は記憶を喪っているはずの貴方≠ノ問いかけた * (140) 2022/05/30(Mon) 23:21:24 |
【人】 雨宮 瀬里「 これを? 」 ベッドサイドにはちいさなランプが灯り 赤いマニキュアを僅かな光の中で翳してみせる 殆ど使っていないゆえなのかほとんど減っていない赤を そっと目の前で揺らして 「 似合うかな… 」 …などと。 どちらにしろ週末が終わったら剝がさねばなるまい。 一日、二日くらい指先が赤でも、 なんとなく悪くはない気がした。 (144) 2022/05/31(Tue) 8:42:13 |
【人】 雨宮 瀬里一糸纏わずベッドに寝転がりながら。 灯りは相変わらずあまりないまま 私は爪に色をのせる 「 不思議ね。 前もなんだかこんなことがあった気がしたの 暗い場所だとマニキュアが塗りにくい、って 私、なんだか知ってる気がする 」 大人になってからネイルなんてしたことないのに どうしてか、この感覚を私は知っている 「 でも、普段指に色がついていないから なんだか不思議な感じ。 まるで、別の私になるみたい。 」 色づき艶めく左手の小指と薬指。 二本塗って光に翳して、そうして私は首を傾げる (145) 2022/05/31(Tue) 8:42:38 |
【人】 雨宮 瀬里「 あれ?この赤、最近どこかで、 」 薄れてしまった記憶の中とかじゃない。 最近、どこかでこれと同じ色を私は見た気がする (146) 2022/05/31(Tue) 8:42:58 |
【人】 雨宮 瀬里『 私ね、変わろうと思って 』 それは確かに私の声。 透明な歌声、跳ねるような指の音。 ちいさな灯りが照らす暗がり。 明るい光が私の手元を照らしていて 私の指先が、ひとつひとつ色づいていく (150) 2022/05/31(Tue) 8:44:37 |
【人】 雨宮 瀬里赤く塗られた左手の小指と薬指 見慣れた部屋と匂い いつもの週末 肌で感じる貴方の体温 隣には恋をしている相手がいて、 私は、貴方に向かって 「 蓮司? 」 ……と。一言だけ呟いた。 * (153) 2022/05/31(Tue) 8:46:26 |
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