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【人】 雨宮 瀬里その日はすぐにやってきただろう。 宮々の家に行く車の中では、 きっといつもよりも会話は少なかった。 私ね。 時折貴方を窺っては 貴方を好きであることを確かめてた。 貴方の気持ちがなくなったとしても、 私の気持ちがなくなったとしても、 一瞬一瞬のことを、思い出せるように、 流れる景色の内側に、貴方の存在を確かめてた。 (0) 2022/05/26(Thu) 13:58:42 |
【人】 雨宮 瀬里私が知らなかったのは 恋矢が抜かれると、恋心を失うだけではなくて 貴方が記憶を失う可能性もあるということ 私も貴方も知らなかったのは 恋矢が抜かれると、 その恋矢と繋がっていた相手の恋矢も消滅して 相手の恋心や、記憶にも影響があるかもしれないこと 恋をしていた間の私自身が、 いなくなってしまう可能性もあるということ (1) 2022/05/26(Thu) 13:59:12 |
【人】 雨宮 瀬里宮々の家に着く。 私たちを迎えてくれたのは誰だったか。 貴方の隣で、私は薄紫の翼を揺らす。 貴方の隣に居られるのは、 どれくらいの間だったのだろう。 僅かなひととき。私は貴方と手を繋ぐ。 * (3) 2022/05/26(Thu) 13:59:54 |
【人】 雨宮 瀬里「 もちろん、覚えてるよ。 」 あの時のふたつの音。 私たちを結び付けてくれた恋の矢は、 確かに今もここにあって、 おかげで、私たちは素敵な恋をすることができた。 目を閉じれば今でも胸の中で響いている気がした 澄んだ美しい歌声が。幸せを願って鳴らした指音が。 「 忘れないよ 」 私にとっての忘れない≠ヘ 貴方にとってのそれとは重みが違ったけれど それでも、きっと、気持ちは同じ。 (7) 2022/05/26(Thu) 19:46:15 |
【人】 雨宮 瀬里武家屋敷のような平屋建てに、 まったく驚かなかったかと言えば嘘になるけれど それでもなんとか澄ました顔は出来ていただろうか こんな時に、作りものの顔が得意なのが役立つとは 通された客間で、机を囲んで貴方と向かい合う 二人きりになったときには、 あれがお祖父さん?とでも聞いただろうか 肯定が返ってきたら、優しそうね、とも。 「 治療、怖い? ……病気、良くなるといいね 」 恋天使の矢を除去する治療。 どんなことをするのだろうか。 想像すらつかない私は、そんなことしか言えなくて。 恋を失うことからは、目を背けた。 (8) 2022/05/26(Thu) 19:47:10 |
【人】 雨宮 瀬里上手くいったら その言葉は、単に貴方の病が治ったら、 という意味ではないことくらい、私にもわかる。 何もかもがただの杞憂で終わったら。 貴方と私が今のままで、在り続けられるなら。 「 うーん、何かな… 」 何をしたいか、なんて考えたことなかった。 何処に行きたいか、なんて考えたことがなかった。 貴方と一緒だったら、どこでもよかった。 それが当たり前≠セったから。 ……結果。私は一つの答えにたどり着く。 (11) 2022/05/27(Fri) 7:58:13 |
【人】 雨宮 瀬里「 すぐには無理かもしれないけれど 私ね。蓮司と一緒に暮らしたい。 週末デートで突然音沙汰なくなって 貴方の有事に駆けつけられないとか。 そんなの、もう嫌だもの。 」 お互いに生活の拠点を持っているから すぐに共に暮らすのは難しいかもしれない。 だけど当たり前≠ェずっと続くように、 私は、貴方の傍に在りたい。 * (12) 2022/05/27(Fri) 7:58:33 |
【人】 雨宮 瀬里それは上手くいったら≠フ話。 だけど、絶対に訪れないなんて仮定はせずに 訪れるかもしれない未来を夢見た。 「 うん、約束 」 もちろん上手くいったって、 そうするには山ほど課題はあるかもしれないけど それでも。夢を見ないよりかは、全然いい。 (16) 2022/05/27(Fri) 14:58:08 |
【人】 雨宮 瀬里「 待ってるよ。 行ってらっしゃい。 」 あなたの右目を見つめてぎこちなく微笑んで。 大丈夫だよ、と言うようにひとつ頷いた。 貴方がそうやって微笑んでくれるなら 私も、貴方を微笑んで送り出したい。 貴方に最後に見せる顔は、 やっぱり笑顔がいい。………なんて。 そんな言葉が頭を過ぎったら、 込み上げるものは、あったけれど。 泣くのは、今じゃない。 (17) 2022/05/27(Fri) 14:58:30 |
【人】 雨宮 瀬里きっとお祖父さんが、 もしくはお手伝いの人が。 治療が1日近く掛かることを私に伝えたのは それから間もなくのことだったし、 きっと、私は不自由なく滞在させてもらえたのだろう 食事も、寝床も、きちんと宛てがわれて 私はそこで貴方を待つことになる (19) 2022/05/27(Fri) 14:58:57 |
【人】 雨宮 瀬里1時間、2時間、 経過する時間の中で、 私は常に貴方のことを思い浮かべた。 まだ、私は貴方のことを愛している。 そんな言葉を反芻しながら、 涙を流しながら 恋心を何度も確かめた。 同時に、恋心を抱いているということは まだ、貴方の治療が終わっていないということだ。 それは、私にもわかること。 同時に、貴方のことを思い出せるということは まだ、貴方の治療が終わっていない可能性があるということ それは、私にはわからないこと。 貴方への恋心を最後に確かに感じたのは、 私が眠りにつく前のことだった。 * (20) 2022/05/27(Fri) 14:59:50 |
【人】 雨宮 瀬里夢を見た。 とても大切な人と手を繋いでどこかへと歩いている夢。 顔には陰が掛かっていてそれが誰かはわからない。 私は、誰かの名前を呼んでいるのに、 それがどんな音なのかわからない。 聞こえない。自分の声も、誰かの声も。 (25) 2022/05/27(Fri) 20:21:14 |
【人】 雨宮 瀬里目を覚ますと、私は知らない場所にいた。 朝の陽ざしがとても眩しく、暑く。 季節が夏に移り変わっていることを知る。 知らない場所、というのも語弊があった 私は確かにそこを知っていた。 知っているはずなのに、思い出せないのだ。 (26) 2022/05/27(Fri) 20:21:34 |
【人】 雨宮 瀬里私は私のものであるらしい♀唐開ける 私のものであることはわかっている だけど、そう、何かが違う。 鞄の中を開ければそれは顕著で、 詰められた服はどれもカジュアルなものばかり だけどそれも、 どうしてか私のものであることはわかってる。 ただ、それを着ていた記憶がないだけだ。 (27) 2022/05/27(Fri) 20:21:50 |
【人】 雨宮 瀬里 恋矢を取り除いた貴方と それに伴って恋矢が消滅した私と その程度に差があったかどうかは神のみぞ知る話 少なくとも私には あの春から今までの記憶が ぼんやりと、朧げにしか残っていなかった 朧げに、残っていたことは、不幸中の幸いか。 ……いや、思い出そうと思えば 思い出せることもある 例えば私が、学校を卒業して弟子入りをしたこと そういえば着る服が変わったということ そう、私は確かにあれから1年以上の歳月を 雨宮瀬里として生きてきたのだ。 季節が夏に移り変わっていたことも、 次第に納得することは、できた。 (28) 2022/05/27(Fri) 20:22:27 |
【人】 雨宮 瀬里俺 宮々 蓮司 恋 お見合い 記憶 手紙に書かれた単語が、 ただの単語として、意味も成さずに滑り落ちていく だけど、ここに書かれたことが本当だとすれば…… 私は、暫くその文字をずっと指で辿っていた。 * (30) 2022/05/27(Fri) 20:23:18 |
【人】 雨宮 瀬里扉が3回叩かれる。 そこに立っていたのは見知らぬ老人だった。 ほんの少し、身構える。 人のよさそうな顔つき、白い髪、刻まれた皺 そして ────── 紅い瞳。 「 ……あの、えっと。 ここに来た理由…? いえ、覚えていません。 」 不安げな表情を浮かべながら、 私はその老人に答える 紅い瞳が、どうにも心をざわつかせる。 (34) 2022/05/28(Sat) 0:40:45 |
【人】 雨宮 瀬里答えながら、私は老人にさらに問いかけるだろう 手に持っていた封筒を見せながら。 手紙を見せはしないが、 いわゆるラブレターというやつに近い。 他人に中身を見せるものでもないだろうから。 封筒の表面には「瀬里へ」と書かれており、 裏面には「蓮司」と書かれているはずだ。 「 手紙は、蓮司、という人からのものでした 私は、……ちょっと、わからなくて。 あの、ここは、どこなんでしょうか。 あと、この、宮々、というのは、その… 」 言葉を紡げない。 宮々が何を指すのかはわからないし、 矢継ぎ早に聞いた質問の答えは、 この目の前の老人が持っている、そんな気がした。 答えを待つのが正解だ、と。 (35) 2022/05/28(Sat) 0:41:22 |
【人】 雨宮 瀬里私は、気づかなかった。 その名前を、滞ることなく宮々と読めたことに。 かつて冗談でもなんでもなく 雨宮瀬里という人間は、その名前を初見の時に みやみやさん、と呼んだというのに。 * (36) 2022/05/28(Sat) 0:41:51 |
【人】 雨宮 瀬里「 ………手違い 」 私はただその言葉を繰り返す。 ちょっとした事故、恋矢をなかったことにする、 その言葉を頭の中で繰り返した。 「 そう。なんですね。でも、 」 でも、の言葉の先を紡げない。 この頭にこびりつくほんの少しの違和感はなんだろう。 (40) 2022/05/28(Sat) 10:06:13 |
【人】 雨宮 瀬里 恋天使のお見合いのことは知っている。 蓮司という人が手紙に書いていた、 お見合い、というのはそのことだろう。 恋天使のお見合いで 手違いなどが起こるだろうか 手紙が本当であるならば 蓮司という人は、私を愛していてくれたらしい 記憶を喪っても、取り戻したいと思うほどに。 一番私が引っかかっているのは その感情を目にしても、 何も嫌な気持ちが起こらないということ。 私が恋に抱いていたはずの忌避感を なぜか抱いていないということ ── まさに、私は恋をしていたのだろう。 そしてそれが、嫌な感情でなかったことだけは どうしてか、今も思い出せるのだ (41) 2022/05/28(Sat) 10:06:42 |
【人】 雨宮 瀬里「 ……あの。 蓮司さん?に、会うことはできますか 」 私はまっすぐに紅い瞳を見つめて問う。 やっぱりこの紅い瞳は私の心をざわつかせる。 会ってもわからないかもしれない。 会っても思い出せないかもしれない。 思い出しても、何の意味もないのかもしれない だけど手紙のそのひとは、私に会いたいと望んでいた それが、そのひとと記憶にない私が望んだことならば せめて叶えるくらいは、……そう願って。 * (42) 2022/05/28(Sat) 10:07:02 |
【人】 雨宮 瀬里広げられた大きな翼 同族の証 が畳まれる残ったのは紅い瞳のそのひとだけ。 「 それは…… 」 会ってどうする?の問いには言葉を詰まらせる 話しがしたいという気持ちもないし 会っても知らない人だろう、という想いは強い 赤の他人になった、そう告げる老人の声は、 まぎれもなく事実だった。 それは今の私にとって≠サの通りの意味を持つ だけど前までの私≠ノとっては? (45) 2022/05/28(Sat) 11:32:10 |
【人】 雨宮 瀬里手紙が残っていたことと、 手紙にお見合いと書かれていたこと 恋に対する忌避感がないこと。 それらは確かに私に恋人≠ェいたのだろう事実を 浮かび上がらせる。 老人や、この手紙の主が嘘を吐く理由もない…筈だ。 老人が渋っているのもそれが真実だからだろう。 そして老人にも、私が戸惑っている様子は そのまま伝わるに違いない。 (46) 2022/05/28(Sat) 11:32:22 |
【人】 雨宮 瀬里「 ……だけど、 会わないのは、後悔すると、思うから。 多分記憶が混乱する前の私だったら、 会いたい、って願うような、そんな気がするんです 」 そのひとの気持ちはわからない。 今の私の気持ちでもない。 だけど今までの雨宮瀬里≠セったら。 そうしたい、と望むだろうから。 気の強い、私のことだから。 20年以上この心で生きてきた。 記憶がなくても、私のことくらいはわかる。 朝食を食べろという声には頷いて、 私は蓮司≠フ意向を、老人の答えを、待つことにする (47) 2022/05/28(Sat) 11:33:31 |
【人】 雨宮 瀬里恋人だった人との記憶はないけれど 私が確かに変わった、という事実だけは、 私の中に薄ぼんやりと残っている 以前のような洋服を着なくなったこと 母親とはそれでも良好な関係を築いていること 家を出て、陶芸の道に私が進んだこと それは蓮司≠ニ関係ない部分だから 記憶の混乱が起きていないのだろうか それでもその変化≠キるきっかけは思い出せないから それをくれたのは、まぎれもない、その人なのだろう。 * (48) 2022/05/28(Sat) 11:33:57 |
【人】 雨宮 瀬里昼よりも前のころ、 空には高く陽が昇り、木々の緑を美しく照らす 案内された庭には洋装の男性がひとり佇んでいる 私は白のブラウスと赤紫のスカートを纏って その人のほうへ近寄っていく それはいつ手に入れたものなのか 私は、憶えていない。 そこにも貴方との記憶があるのだろう その人の背中を後ろから見たとき、 会うのが怖い、と思ってしまった 怖い、という感情が、 いつかの感情に重なった気がしたけれど それはいつのことだったのかわからない (51) 2022/05/28(Sat) 13:43:51 |
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