203 三月うさぎの不思議なテーブル
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…………、
[目を擦っていた手を下ろして、
渡されたカップを無言で受け取る。
しっかりと記憶に残っている昨夜のこと。
思春期でもあるまいし。
こんな朝を何度か迎えたことはあったはずなのに。
跳ねた寝癖の下で、また耳朶が赤く染まった。
言葉を返さないのは、寝起きのせいだと思われたい。
乾いた喉に、熱々のコーヒーを一口含ませる。
苦味があっても、ホットの場合は
熱さで、苦さを忘れてしまうから。]
[ベッドの上で足を畳んだまま、カップを傾ける。
隣に腰を下ろした彼が、指先で首筋をつつく。]
……ん?
[横目に小さく反応を返したら。
指摘の声に
、今の姿を鑑みる。
シーツ以外には必要最低限のものしか
身に着けていない現状。鎖骨に残る――……、
引きかけた熱がまたぶり返しそうになって。]
ッ、 …………だめ、
です
[もう一口飲んだら、熱を悟られないように
カップをテーブルへ置いて洗面所へ逃げ込んだ。*]
[ビニール袋からポッキーを出した瞬間
彼が盛大に笑い始める。
いやここで被るとは思わなかったよねほんとにね。]
あははははは。
まーじで以心伝心じゃん。
はははっ、おっかし〜〜………ふっ、 くく……!!
[なんだか変なツボに入ってしまい
二人して一頻りげらげら笑い転げる。
ようやく笑いの波が収まって、目尻に滲んだ涙を軽く拭い。
さあゲーム開始だ、と言わんばかりに封を切った。]
ルールはねえ、シンプルに
二人で両端から食べ進めて行って、
先に口を離した方が負け。簡単でしょ?
……ン、いーよ。
[誘うように小首を傾げる彼ににんまり笑い、
向き合うと床に手をついて距離をつめ。
ぱくり、と躊躇なく片方の端を咥える。
なお君が負けず嫌いなのは何となく察しております。
何故なら私も負けず嫌いなので。
カリカリとポッキーを食べ進めていく間
じいっと彼の方を見つめたまま
その表情を窺っていたけれど、
向こうの反応はどうだったかな?**]
[2人でゲラった
後。
戦いの火蓋は切って落とされた。
ねえ。玲羅。俺思ったんだけど…………
これ。ポッキーゲームじゃなくて、にらめっこじゃない?
それくらい互いの視線が逸れないし。
君は距離を詰めてくるのに。
俺も距離を離そうとしないし。
ポッキーが短くなるにつれ、俺は可笑しくて。
吹き出したくなるのを堪える始末だった。]
[
カリッ
と。音がして、最後のポッキーが齧られて。
互いの唇が触れたけど。
君はその時どんな顔をしてたかな?
俺はもう笑いを堪える事が出来なくて。
声をあげて笑いながら、君を抱き締めた。]
あっはははははは。玲羅。君、負けず嫌いでしょ?!
[笑いながら。身を乗り出していた君を抱き締める。
少しだけ腕を引いて、抱き寄せたなら。
肩口に顔を寄せて、抱き締めた。]
[微かに、笑いの名残で、胸が上下してる。
鼓動が何時もより少しだけ速い。
でも俺の何時もを君はまだ知らないか。
抱き寄せて。抱き締めて。耳元で囁いた。]
[それからもう一度力を込めて抱き締めて。
唇が触れる箇所。耳元に小さく口付けると。
抱き締める腕の力をゆるめた。
顔が見えたら、もう一回。
今度はゲームじゃなくて、キスがしたいな。**]
― 後輩と惚気 ―
[まあ、喩えスカウトしたところで
栗栖が芸能界に行くことはないだろうと思ってはいるけど。
彼が目標を持って勉強していることは知ってるので。
しれっとジョークを交える高野に
そういう奴だよ君は…と言う視線などを向け。
グラスを片手に惚気話は続く。]
へー、俺心狭ぁって思うんだ高野君も。
聞きたいなそのエピソード。
[みっともなく縋る高野も
いまいち想像つかないのでちょっと見たいような。
いや勿論後輩には幸せになってくれと
思っているので別に他意はないです。
ただ単にレアな姿にちょっと興味があるだけです。
ともあれ後輩が聞いてくれるのをいいことに
つらつらと一方的に惚気話を聞かせ。]
ふふー、ありがとぉ〜。
高野くんも幸せになんなよぉ〜。
[祝福にはへにゃりと笑い、礼を返す。
心の中の賛辞は伝わらずとも
向けられる温かな親愛は伝わってくるから。
気安い友人としての距離感。
それが喩え互いの深くに踏み込むことがないものでも、
幸せを願っていることは確かですとも。]
[で。]
え、なによぉ〜〜その反応。
なんかあるでしょぉ〜。
恥ずかしがり屋とか自分で言うなって。
[本当に話したくなさそうなら遠慮するが
単に照れているだけなら嫌よ嫌よもなんとやらで。
いいから聞かせろとつつき、
ぽつぽつと話し出すなら耳を傾けたことだろう。**]
[ 今でさえ甘やかすのが上手なのに、更に向上されては
大咲もいよいよ彼がいなくては駄目になってしまう。
「こうおねだりすれば多分応えてくれる」と分かっても
いざ実行するのは、案外勇気だっているもので。
そんな行動も"可愛い"と甘やかされるなら
今後の必殺技のレパートリーにも乞うご期待。なんて。
こうやってひとつひとつ、知っていく。
メンズ服を見ることの楽しみ
試着した姿を恋人へ見せることへの、少しのそわそわも。
逆に知られていくこともあるのだろう。
例えば、自覚していない反芻の癖、だとか。
]
……職業病ですっ
[ 料理人の顔になってる、と触れられれば
ライバル心を燃やしているのが途端に気恥ずかしい。
彼がうさぎ穴から出て行くことはないと思っていても、
それはそれとして
美味しい、と感じた店の味は知っておきたいものだ。
真似をするつもりも、味を寄せるつもりもない。
ただ"自分の料理"を磨くには不可欠の工程では、ある。
自分の味しか感じられなければ
そこからずっと成長出来ないままなのだから。 ]
[ 一説によれば、恋は病であるらしい。
相手のことを愛おしく想う感情と同時、
その人になら傷付けられても良いと思う矛盾。
相手の未来が幸福であることを祈るこころと、
隣にいるのが自分でなければ嫌だと厭う相反。
"クッキーを美味しいと言って食べてくれるだけで良い"
────……否、今はもう、"良かった"としか言えない。
あの時は、彼に他の想い人や恋人がいても
自分のお菓子を食べて貰えるだけで十分だと思っていた。
幸せプラス。ほんの少しの、なにか、でいられれば。
そんなちいさな欲は、恋を知って 愛を覚えて、
プラスじゃなくて 彼の心全てを占めたいに 変わり。 ]
[ 知らないところがあるなら、全部知りたい。
見せていない部分があるのなら
その秘密事の種を、自分の前でだけ、咲かせて欲しい。
──…きっとこれは、名前を付けるなら独占欲。
だから、単なる店員と客の間柄だった時は見れなかった
彼の欲へ喜んでしまうのだ。
たとえそれが、空腹の獣めいた欲の色でも。 ]
[ 電話口の向こうの母は、そんな欲とは縁遠そうだった。
母と子というよりも 人と人。
求めた愛の形と、差し出せる愛の形が当て嵌まらない。
──ただそれだけのこと。
一応は娘である自分にも、その価値観は理解出来ないが
やっぱり、彼のように怒りを抱くことはないままだ。 ]
ね、意味分かんないですよねぇ。
でもおかげで手放す決心、つきました。
ずっと。曖昧にしておくつもりだったんですけど。
どんな答えが来て、いったんは傷付くことになっても
それ以上に大事にしたい人が、今は隣にいるから。
案外傷付きもしなかったですよ。
こんな風に、私の代わりに怒ってくれるような、
やさしい恋人と生きていく方が良いって思えましたし。
[ へにゃ、と笑って、「頑張ったね」の肯定へ頷きを。
過去の清算も済み 後は、と口を開きかけて。 ]
…………そ、れ って、
[ 近いうちに。
最初の名乗りを、彼と、同じに。
意味を理解し、暫し固まった大咲の指へ、彼の手が触れる。
重なる体温。
彼が触れた場所、──永遠の愛を誓うところ。
今はまだ何にも飾られていない、互いの約束の指。
……後は、と考えていたことを先取りされてしまった。
言葉が出て来ないまま、ローテーブルの上
開かれたベルベットの箱の中、銀色を見つめて。 ]
[ 雨のように降り続ける彼の声が、ぴた、と止む。
見上げた顔が赤くなっていて、目線が落ちた。 ]
……あの、夜綿さん
[ 名前を呼ぶ。腕を動かし、合鍵を持っていない方の手で
彼の頬へそっと触れ、「こっちみて」と行動で促した。
目が合ったなら、微笑みを浮かべ。 ]
電話をね、して。縁を切った後、思ったんです
ずっと、家族が欲しかったけど。
家族がどんなものか、知りたかったけど。
でも、これから先私に家族が出来て。
その相手が夜綿さんだったら、って考えたらね
ちょっとだけ 変わったんです。
────私、夜綿さんと、家族を作っていきたいなって。
[ 教えて貰うのでもなく、与えて貰うわけでもなく。
一緒でしか作れない料理の味があるように
二人でしか作れない、家族、というものを。
──だから。 ]
ください。その、約束の証。
印の方も、お互いで選びたいです。
[ 前のめりなんかじゃ、全然なくて。
同じこと考えてたんですよってこと、この言葉で
貴方に伝わってはくれるでしょうか。 ]
夜綿さん。
私、夜綿さんのこともちゃんと、幸せにしたいです。
──それが私の幸せだから。
…………で、その、あの。
いっぱい最近考えて、気付いたことが、あって
最高に可愛い自分でデートした後がいいって
お泊りした時、言ったじゃないですか。
……でも、よく考えたら
デート服もメイクも大事なことには変わりないけど、
過去のこと内心で少しでも引きずってたら、
中身が結局かわいくないな、って、気付いたというか…
[ 顔が熱い。今度は自分の方が顔が赤い自信しかない。
つまりなにが言いたいかって、……その。 ]
……ケーキも、母親との縁にも、答え見つけて。
心から、夜綿さんと家族を作りたいって言えた、今の私が。
…………………最高に可愛い自分でいられてる、と
思ったりもしたりするんですけど ……どうでしょう……
[ なにが「どうでしょう」なのかはもう、
お願いだから察して欲しい。
これで通じなかったら私は今すぐ
電車へ飛び乗りに行く覚悟で、言ったので。* ]
寝起きも可愛くなっちゃうんだね。
早起きが得って、こういうことかなぁ。
[ 早起きとは、というハッシュタグが
付きそうではあるが。
なんにせよ、安心して休んでくれた
証を貰ったような気持ちになるし、
なにより、かわいい。
聞こえてはいるのかこくんと、
頷くように首を揺らして見せるから ]
もう少し寝る?
[ と聞いたけど、カップは無事
受け取られたので
寝起きで意識がふわふわとしていても、
起きるつもりはあるのだろう。
今朝もまた言葉の少ない事を
気にするつもりはないので、
自分も座り込む。 ]
[ 珈琲の香りと、
昼近く、穏やかなな日差し。
――の中、刺激的な姿の恋人。
誘われるには満点の状況だけど、
さすがに冗談、だよ。
だったんだよ? ]
転ばないでね
[ あからさまに、意識していますという
反応を返されるとは、思ってなかったんだよな。
洗面所へ逃げ込む君に転ばないで
と声を掛けて、一人分空いたベッドのスペースに
転がった。 ]
は〜〜〜〜………
[ 昨晩このベッドは、はじめて家主以外を
招いた。
甘えたいという割に、甘やかし上手な恋人は
昨晩も、ものの見事に自分を甘やかしてくれた。
嫌だとそう言われても、
拒まないでと縋っただろうに、
……じゃない、
と添えてくれたものだから。
自分の中に、こんな気持もあるのかと、
また一つ、君に教えてもらえたと思う。
目が覚めて、ひとりじゃない。
そんな幸せな気持ちは、穏やかな日和には
似合いの、やさしい色をしていた。* ]
―― ムール貝の日 ――
う〜ん。
[ 到着し、着席そうそうのため息は
何を食べようか、悩んでいるときよりも
かなり軽い声色。 ]
あ、そら豆は食べたいな
焼いたのしか食べたことないから
おいしい食べ方を知っていたら是非
[ この場所に仕事を持ち込むことは
ほとんどない、が。 ]
――どう見ても分が悪い賭けなんだよな
[ 今日ばかりは愚痴めいた言葉が飛び出して
来てしまった。
画面にはトークアプリのやり取り。
それを眺めながら、もう一度、唸った。* ]
―― 先輩の惚気 ――
前から思ってたけど、先輩の俺への評価
ちょいちょいおかしくない?
[ どうせ恋愛経験豊富だとか、前にも
言っていたな。
そういうやつだよ、という視線
には、にっこりと。多分貴方はよく見ていた
表情で答えた。ゴチです、先輩。 ]
えぇ、ちっちゃい男だなって思うよきっと。
……葉月って知ってる?ここにも
よく来るんだけどさ。
ちょっとした切っ掛けで友達になって、
好きなやつ、だれだってしつこいって話したら
紹介しても良いって言うんだけどさ。
……疑ってるとか心配してるとかじゃなくて
葉月いいやつだし、話もうまいし
俺と話してる時より楽しそうにされたら
やだな、とかそんなとこ。
[ 先輩の話が途切れたタイミングで
聞きたいと言われれば、そんな話もしただろう。 ]
十分幸せだよ、今でも。
[ へにゃりと笑う先輩の指には
きらりと光る指輪がある。
よっぽど、嬉しかったんだ。良かったねと
もう一度言って、ビールを口に運んだのだが ]
なんかってそりゃま、あるけど
えぇ、シャイボーイなんで勘弁して……
っふ、ふふ
[ おっと、これは煙に巻くことは
できなさそうだと、判断したのもあるし、
自分で言っておきながら、似合わないにも
程があり笑ってしまったこともある。
それが少し、今宵の俺をお喋りに
させたようで、 ]
普段、面倒見良くて、クールなとこ
あるわりに、二人でいると
可愛いとこ とか。
……最近どんどん可愛くなって、
ほんと、参る……
それでいて、男前というか
格好いいとこもあるので
だいたいいつも負けてる感じ、ある
[ そんな話をぽつぽつとは、話し出したり
したかな。揃って惚気って字面に少し
笑いながら。* ]
[
せやな。
…とは、内心が分かるわけではないので口にはせずとも。
ずいずいと遠慮なく距離を詰めれば
彼の方もまたじっとこちらを見据えたまま。
室内にサクサクと互いがポッキーを齧る音だけが静かに響き。
そのままどちらも退くことなく―――
最終的にちゅ、と軽く唇が触れたかと思えば
大きく声をあげて彼が破願した。]
……ふっ、
[キスのドキドキどうこうよりも
もうおかしくなって、釣られてこちらも噴き出してしまって。]
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