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【人】 木峰 夏生[ たん、と薄いキーボードを叩いた小気味良い音が 指先から伝わるのを合図にして、ふと軽い息を吐き出した。 凝り固まった肩を上下させて、首をぐるりと回す。 ようやくひと段落した仕事を確認しながら、 手元に置いてある煙草を一本引っ張り出して咥えた。 生温いリモートワークにすっかり馴染んだ身体は、 堂々と煙草とコーヒーを相棒に据えて。 咎める人は今ここには居ない。 喫煙者には肩身の狭いご時世、けれど町外れに ぽつんと忘れ去られたように建つ この小さなカフェでは当たり前のように 白い陶器の灰皿が置かれていて、俺の格好の溜まり場、 もとい居心地の良いオフィスになって久しい。 ] (24) 2021/12/01(Wed) 8:24:36 |
【人】 木峰 夏生[ シルバーのジッポライターはカチンと 透明な金属音を立てる。 火をつけた煙草をゆっくり、深く肺の隅々まで 行き渡らせるように吸い込んで、 細く、長く吐き出してからちらりと時計に目をやった。 相変わらず仲の良い両親は少し前から不在。 だから仕事だって家でやりゃあいいんだけれど、 仕事そっちのけで夢中になるものがすぐ近くに 存在してるもんだから一向に捗りはしないわけで。 そりゃまあ長年ドス黒く渦巻いて、 どうにも消化できずにいた想いが、神の悪戯か気まぐれか 通じ合うなんて奇跡が降って湧いたというのだから、 少しくらいはしゃいでしまうのは仕方がないと思う。 初めて恋人が出来た中学生となんら変わりはしない。 呼吸をするよりも触れたい、なんて。 (25) 2021/12/01(Wed) 8:27:44 |
【人】 木峰 夏生[ 俺の自制心とか貞操観念とか社会的道徳とか 懸命に保ってきたものはあっという間に 絹ごし豆腐より脆く柔らかくなっていて、 さすがに少し物理的な距離を置かないと、 当の本人以前に猿にさえ呆れられてしまいそう。 ゆらりとのぼっていく紫煙を目で追って、 それからスマホを手に、メッセージを送った。 ] 『しごおわ♡』 『まだ学校?』 『今から帰るけどメシどうする?』 [ 事務的な短い吹き出しをいくつか並べて。 ちょっと考えてから、ころんとしたフォルムのうさぎが おとうとがかわいい♡ と呟くスタンプを添えた。 海斗。 ───おれの、大切な人に。 ] (26) 2021/12/01(Wed) 8:34:48 |
【人】 木峰 夏生[ 同期もぽろぽろと結婚して、父親になっているやつも 少なくはない。そんな年代。 当たり前とされる幸せに身を置いて、 当たり前のような幸せに包まれて、 当たり前に祝福されて。 柔らかな陽だまりに似た光景を見るたびに、 心の片隅に本当は、小さな苦味が込み上げる。 俺は、なによりも大切な弟から、 そういう機会を奪ってしまったのではないだろうか、と。 本当に、これで良かったのだろうか、と。 あいつの心がいつか、俺から離れて、 真っ当な道を歩む日が来ることを、 実は心のまた違った片隅でも願ってしまう。 ] (27) 2021/12/01(Wed) 8:38:00 |
【人】 木峰 夏生ただいま。 [ 頬が緩む。だらしないほどに。 締まりのない口元を動かして、早かったなと付け足した。 夕食をどうするかと考えていたのだけれど、 海斗から冷やし中華の言葉が聞けたのなら、 さらに唇は弧を描くだろう。 ] メシ作ってくれたの? 悪りいな、嬉しい。 ありがとな。 (29) 2021/12/01(Wed) 8:41:16 |
【人】 木峰 夏生[ 着替えもせず、手さえ洗わず、このまま 押し倒してしまいたくなる。 どうせ大暴れして、手を洗え、うがいをしろ、 そして着替えろって言われるだろうから、 ぐっと堪えて洗面所へ向かうのだけれど、それでも 一度、足を止めて、 ] ───そんでもう風呂まで入ったんだ? [ にや、と意地悪な笑みを浮かべるくらいは許されたい。] (30) 2021/12/01(Wed) 8:45:04 |
【人】 木峰 夏生『おかえりなさい!ごはんにする?お風呂にする? それとも、あ・た・し?』 ───って言ってもらうの 男のロマンなんだけどダメ? [ くつくつと笑いながら、海斗に向かって 両手を伸ばせば、さて気まぐれな王子様のご機嫌は いかがなものか。 どんなことでも、仰せのままに。 お前が望むならなんだって全部、やるから。 (31) 2021/12/01(Wed) 8:46:55 |
【人】 木峰 海斗[ 風呂上り、タオル越しに髪を乾かしながら、 ぺたぺたと、裸足で廊下を歩く。 片手でスマホをつければ、 兄貴からいくつかメッセージが来ていた。>>26] ……ッ、 [ ハートも見慣れて、動揺することも 殆どなくなったけれど。 最後に追加されたうさぎのスタンプに、 思わず、かっ、と頬が熱くなる。 てか、こんなスタンプあるのかよ。 ―― いや、リアルにあるからそうだんだけど 呼吸を整えるように、ふぅと一息つけば、 残念ながら、今回は10回に1回や、 5回に1回、3回に1回の気まぐれな日ではなくて。 そのまま、既読をつけただけ。 どうせ、すぐ帰ってくるだろう。] (32) 2021/12/01(Wed) 19:56:57 |
【人】 木峰 海斗[ 相変わらず、俺は、 そっけない態度を取ることの方が多い。 それでも、想いが重なっていることを知っている。 それでも、兄貴が嫌ってくれないのは分かってる。 相変わらず、俺は、 そんな態度で、兄貴に甘えていた。 兄貴に周りで、結婚したとか、 子どもが生まれたとか、 そういう話を聞く度に、 早く、この手を離さないと、 そう思うのに、放せないでいた。 お伽話みたいに、 このまま、ずっと一緒にいられたらいいのに いつかこの恋草が枯れる日がくるってこと。 分かり切っているというのに、 まだ、心の片隅で子どものように願ってしまう。] (33) 2021/12/01(Wed) 19:57:00 |
【人】 木峰 海斗[ そう思っていれば、予想通り 玄関の扉が開く音がした。>>28 火照った顔を隠すように、 髪を拭くタオルを引き寄せて、 真っすぐに、だらしない顔で近づいてる方を、 何でもない風を装って、ちらりと視線を向けた。] ん、……夕飯、冷やし中華あるから いや、まぁ……たまには、な [ ただいま、と言われても、 おかえり、なんて可愛らしく迎えたりはしない。 お互いの気持ちを理解していても、 兄貴みたいに好意を表現するのは、 やはり、恥ずかしくて、苦手で、 ふい、と顔を反らせば、 手を洗って、うがいをして来いと、 ひら、と手を揺らせば、 意地悪げな笑い声が、鼓膜を揺らすものだから、] (34) 2021/12/01(Wed) 19:57:02 |
【人】 木峰 海斗ばっ 、か、じゃねーの……さっさと、手洗って来いよッ [ 新婚さんの定番台詞というやつ。 誰が、そんなこっぱずかしい言うかよ。 片方の手の甲を口元に寄せて、 一瞬で、風呂上りというだけではない色を 頬の乗せて、一歩後ずさる。 それから、ちら、と視線を寄越せば、] (36) 2021/12/01(Wed) 19:57:06 |
【人】 木峰 夏生[ W普通の幸せWを得る権利なんて、 とうに捨てたつもりでいる。 自分の想いを自覚すると同時に それは手に入らないものだと理解したから。 代わりにあいつの幸せを願う。そりゃあもう心から。 全身全霊をかけて世界中の誰よりも 幸せになって欲しいと希っているのも、嘘じゃない。 決して重ならない、ふたつの想望。 ] (38) 2021/12/02(Thu) 8:11:03 |
【人】 木峰 夏生[ 自分の未来など髪の毛ほどもどうでも良いというのに このままでいいはずがないと知りながら、 滾る欲を曝け出しぶつけてしまう俺は、 やっぱり人としてどうかしているのだろう。 ] (39) 2021/12/02(Thu) 8:11:51 |
【人】 木峰 夏生[ 片眉をぎゅ、と持ち上げて、こみ上げる笑みを口元に 浮かべたまま、逃げるように背を向ける海斗に 視線を投げた。 ] マジ? じゃ、とっととごはんにして、おふろにして、 それから あ・な・た♡ にしよ。[ にんまり笑いながら口にすればまた叱られるだろうか。 その先の夜を思えば少しの文句どころか 二、三発殴られたところでぜんぜん構わないから、 さっさと手を洗っていそいそと食卓へ向かおうか。 ] (41) 2021/12/02(Thu) 8:15:48 |
【人】 木峰 夏生* 美味そう、いただきます。 [ トマト、きゅうり、ハムがきちんと大きさを揃えて 切られ並んでいる、お手製の冷やし中華。 もしかしたら簡単なものだと言うのかもしれないが、 何種類かの具材を切ること、暑い最中に湯を沸かすこと、 やはり手間はかかる。 自分でも料理はやるからこそわかること。 感謝と喜びは自然に湧き上がって、 しっかり両手を合わせて目を閉じた。 ] (42) 2021/12/02(Thu) 8:17:30 |
【人】 木峰 夏生マヨネーズかけていい? [ 冷やし中華にマヨネーズ。 賛否両論あるけれど俺は譲れない派。 ただし作ってくれた人に敬意と感謝が先立つから、 一応確認してからにしよう。 学校はどうだったとか、こんな仕事をしてきた、とか、 かわいいスタンプを発見した、とか。 俺からの食事中の会話はもっぱらそんな感じ。 海斗からの返事があれば箸を止め、 昔から変わらない日常を楽しむ。 ] (43) 2021/12/02(Thu) 8:18:34 |
【人】 木峰 夏生[ ふたりはいつまでも、いつまでも しあわせにくらしました。 そんな御伽噺のエンディングを うっかり望んでしまうのは、意外にも乱れた夜以上に こんな時なのかもしれない。 ] (44) 2021/12/02(Thu) 8:19:55 |
【人】 木峰 夏生[ 食事が終わったら俺が片付けを申し出よう。 構ってくれるらしい気高い彪は 本日はなにをお望みか。 その言葉尻から捕まえるのは少し難しいから ───なにせツンデレが極まっているので 風呂に入るついでに諸々準備も済ませるつもり。 ]* (45) 2021/12/02(Thu) 8:22:10 |
【人】 木峰 海斗[ 可愛げのない言葉を落として、 逃げる背にかかる声に、うるさいという様に ひらひらと、手を振れば、赤い頬を隠すため、 さっさと、一人台所へと足を向けた。 素直に、あの腕の中に入る それくらいできたら、そう思うけれど、 長年の癖や矜持が邪魔をする 代わりに、少しだけ、 以前は、邪険に払っていた 触れてくる手を避けることは減ったし、 時折、自分から触れることは増えた方。] (46) 2021/12/02(Thu) 18:48:48 |
【人】 木峰 海斗[ 冷蔵庫から取り出した冷やし中華。 誰が作っても、そう味は変わらないが、 美味そう。と言われれば、悪い気はしない。] ……ん、いただきます [ 自然と、頬が緩み、 仄かに浮かべた笑みに気付かぬまま、 刻んだ具材と、麺と、スープを箸で混ぜていれば、 わざわざ、俺に聞く必要はないだろうに、 マヨネーズをかけていいかと、問いかけられて] (47) 2021/12/02(Thu) 18:48:50 |
【人】 木峰 海斗好きにしろよ 俺は別に、気にしないし [ 俺は、マヨネーズかけない。 だけど、否定するつもりもない。 つるつると、何でもないように麺をすすった。 酸味のある独特の香りと風味、 トマトやきゅうりで、少し緩和されて、 程よい味わいに、悪くない出来、と一人笑う。 学校は、いつも通り。 授業が少ない日だったから、少し帰りが早かった。 あのスタンプなんだよ、とか。 他愛もない会話をする。 少し前までは、こんな会話をすることも あまりなかった気がするけど、どうだったか。 最近では、会話をすることが増えて、 それが、当たり前になってきていた。 こういう、何でもない日常が、 ]実は、少しだけ幸せだ。 なんて思っているのは秘密だ。 (48) 2021/12/02(Thu) 18:49:08 |
【人】 木峰 海斗[ いつか、"普通"の兄弟に戻る日が来ても、 このしあわせは、つづけばいい。 神話だって踏み入れていない許されない領域に、 足を踏み入れてるっていうのに、 こんな時すら、望んでしまうんだ。 ―――― 都合の良い、 甘 い夢 ] (49) 2021/12/02(Thu) 18:49:32 |
【人】 木峰 海斗[ 食事を終えて、 片づけを申し出るなら、 それを断る理由は、俺にはないから。 素直に任せて、 それでも、隣に立って、 食器洗いくらいは手伝っただろう。 きゅ、と最後の一つを拭いて、 籠の中に置けば、 とん、と、わざと肩を触れさせて、 ちら、と、見上げて、にやりと笑みを浮かべた。] (50) 2021/12/02(Thu) 18:49:44 |
【人】 木峰 海斗じゃ、俺の部屋で、な [ 今日は、どっちの気分。とか、 そういうのは、ないけど。 先ほど、風呂でしていたことを思い起こすと、 腰の奥が、僅かに疼くの感じて、 ほんのり熱を帯びた瞳を緩く細めていた。 離れる間際に、 ひょい、と背伸びをして、頬に唇を寄せたが、 それも、一瞬のことで、すぐに するり、と気まぐれな猫のように 離れていこうとしたけれど、兄貴が捕まえようと、 伸ばした手から逃れられたことなんて、 そう多くないことは、お互い知ってるよな。**] (51) 2021/12/02(Thu) 18:49:59 |
【人】 木峰 夏生[ 俺の記憶の中の夕食の光景は、ずいぶんと昔に遡る。 父と母と、今よりずっと小さな海斗。 今日の出来事を矢継ぎ早に喋っていたら 母が呆れたように、 口にご飯入れたまま話さないの、と笑う。 他愛もないことで海斗が笑ってくれるのが嬉しくて 注意されたしりからまた喋って、叱られて、笑って。 ] (52) 2021/12/02(Thu) 22:45:23 |
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