人狼物語 三日月国


184 【R-18G】ヴンダーカンマーの狂馨

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【人】 隻影 ヴェレス



  幼い頃は憧れだった、顔を合わせる事の無い父。
  疑念が一つ増えたところで直接尋ねればいいと。
  その為に学星院に加わって登り詰めればいいと。

  ただその一心で、どれだけの分野を学んだのだろう。
  
生傷の絶えないこんな身体
では通学など出来ないから、
  出入りを許された図書館の蔵書を幾つも漁ったものだ。

  
  兄ばかりが学会で持て囃されるようになり、
 「病弱な弟に捧げる発明」という新聞の見出しを見た時
  疑念は二つに増えた。


 
(50) 2022/11/08(Tue) 3:49:50

【人】 隻影 ヴェレス



  何度傷付けられても、血を流しても、
  いずれ痛覚すら遠のいて大切なものを失くしても、
  それが父に必要なものだと信じ続けた。 



  信じていたのに、調べずにはいられなかった。
  突き止めてしまった、秘匿された計画の一部。
  あなた方が⬛︎を殺し、それに成り代わるための。



  私にひた隠しにして来た計画の中に私は居ない。
  なのに、何も知らない儘に保護され
  狂う事さえ赦されないなど。どんな形でもあなたの役に立ちたかった


  
  私達を傷付けて剥ぎ取り、生み出した資金の使い道が
  余所者を招き入れてこの島を実験台に変える
  摂理に逆らった試みだと知ってしまえば。



  疑念は、……疑念は、もはや…………嗚呼。


 
(51) 2022/11/08(Tue) 3:50:09

【人】 隻影 ヴェレス

 


諢帙@縺ヲ諢帙@縺ヲ諢帙@縺ヲ諢帙@縺ヲ

  
「ヴェレス様、ああ」

  
迥ッ繧キ繧ソ繧、迥ッ繧キ繧ソ繧、迥ッ繧キ繧ソ繧、迥ッ繧キ繧ソ繧、

          
「此方に居らしたのですか」

           
郢九′縺」縺ヲ郢九′縺」縺ヲ郢九′縺」縺ヲ郢九′縺」縺ヲ


 [階段を覚束なく降りて来る使用人の面々。
  彼等もまた、あえて若く未熟な個体として選ばれ、
 
魔人の特性を研究する為に投入された憐れなる命。


   渦を巻く、渦を巻く、呼び起こされた思惑。
   誰もが理性で縛り付けて来た本音。
   封じながら、良心を果てもなく傷付けられながら
   命令を遵守し少年の肉体を損ない続けてきた。]

 
(52) 2022/11/08(Tue) 3:50:32

【人】 隻影 ヴェレス




  其処に憐れみはない。怒りもない。
  軽蔑も、嫌悪も、惜別も、憂鬱も、ありはしない。

  ただ私は、父上と同じやり方で。
  手段を問わずにあなた方の罪をなぞるだろう。
  そして全てを███にするのだ。


  ────あの人を舞台装置のとして死なせたように。       
本当に死にそうなほど辛かったけどね。


 
(53) 2022/11/08(Tue) 3:51:13

【人】 隻影 ヴェレス




  虚弱で外を出歩けない次男坊とは
偽り
である。
  名誉ある研究助手としての未来は
嘯き
である。
  無気力で籠の鳥じみた少年の姿は
欺き
である。

   
おまえたちには日頃から感謝していたよ。

   
(何もかも無価値だったと気付かせてくれてありがとう)

 


 
(54) 2022/11/08(Tue) 3:51:34

【人】 碧き叡智 ヴェレス





  
 おいで。最後に一曲、踊ってあげよう────


  [幕を上げろ。慟哭のワルツを鳴らし、擾乱で彩り、
   人生の終末、一夜限りの狂気を永遠の一秒へ。]


 
(55) 2022/11/08(Tue) 3:52:11

【人】 碧き叡智 ヴェレス




 我先にと、折れたパンプスで階段を駆け下りる女。
 よろこびと、焦燥と、手に汗握るほどの感動に
 今にも息が上がって死んでしまいそうな。

  その手を取って、くるくるとステップを踏む。
  螺子が外れるまで、歯車が止まるまで、
  あなたが人生の絶頂において死を迎えるまで。


            
「ああ、ゆめのよう」
   𑁍
    * .゚   


 私は感涙さえする彼女の頬へ呪布越しの接吻を贈る。
 首に回した腕を引けば、柔らかい首の皮が断ち切れて
 忽ち、それが今際の言葉となる。

  膂力を失った肉体が足元に転がり、物と化す。
  宛ら花のひとつが散るように。

 
(56) 2022/11/08(Tue) 3:52:30

【人】 碧き叡智 ヴェレス



 歌姫として期待されていた魔人の女
 劇場の没落により学星院に買われる
 その最期は甘い声で囀り地に臥した

          若くして故郷を失った逞しい獣人の男
          庭木の手入れが密かな趣味でもあった
          囁いてやれば二重の意味で「果てた」

  下流階級家庭の長子だった地人の女
  魅了に弱く好意を隠せていなかった
  慄いて舞踏と呼べるものでなかった



    お前たちは記録であり手段に過ぎない。
     それも本当に些細な脇役としての。

      私はお前たちの価値を否定する。
    摂理に反した実験を禁忌の儘にする為に。

 
(57) 2022/11/08(Tue) 3:52:42

【人】 碧き叡智 ヴェレス

 


 [出自も種族も異なる七人のモルモット。
  常日頃から魅了性にあてられていながらも
  業務を徹底していた彼等でさえ、衝動を孕んでいる。

   耐え難きに耐えし日々も全てが無に帰す。
   学星院は彼等の生活を、名誉を、意義を焼いたが
   今日この日、与えられた地位さえ無意味になった。]



     
( 滑稽だと思わないか )

     
✟ ♱ ✛ ✚ ✞ ✥ ✢

( 狂ってもなお、私の言葉に操られるなんて )


 
(58) 2022/11/08(Tue) 3:53:08

【人】 碧き叡智 ヴェレス

 

 [血に濡れたナイフを携えたまま、
  少年は他に誰も居なくなった大広間を一瞥する。

  喉を、頸を掻き切られ血の海に沈む幾つもの屍体。
  結界は窓と共に破られ、何もかもが狂い果てた。

  それでも仕事はまだ残っている。
  最後の仕上げをしなくてはならなかった。]
 
(59) 2022/11/08(Tue) 3:53:26

【人】 碧き叡智 ヴェレス




 [────同刻、ブランドンは思わず息を飲む。
  ・・・・・・・
  名状し難い景色の中、子息が何かを叫んでいる。
  魔導レンズの先で唇の動きが見て取れる。]


    「 ……よもや、だ。予想していなかった。
      それはお前が取る選択では無かった筈。
      動機がなければ、効果も不明だ。

       これまでになく、度し難い──── 」


 
(60) 2022/11/08(Tue) 3:53:53

【人】 碧き叡智 ヴェレス




 [ごう、ごう、と音を立てて炎が立ち昇る。
  庭木の白樺から植込みへ、そこから屋敷の壁へ。
  枠組に着火した建築物は最早、狂気に飲まれた街では
  全焼するのをただ待つだけ。

  少年は遠くの空を見る。
  黒煙と呪香に霞む、堆き学星院の塔に向かって
  返り血を浴びた手を振っている。

  もう片方の手に、母親の肖像画を抱えて。

  そして口元に巻かれた赤い布を自ら解くと────]


 
(61) 2022/11/08(Tue) 3:54:06

【人】 碧き叡智 ヴェレス



  お前たちは叡智の代償に、教えを破り神を殺した。
  罰などないと自らの行いで証明してしまったのだ。

  だからこれは一身上の都合による制裁だ。
  我々を資金繰りの為の道具として保護するのなら、
  そんなものは願い下げだ。
  私は私の手で、お前達の全てを台無しにする。



     
「 僕がやった! 」



  嗚呼、だからね────
  本当は神に救いを求めちゃいなかったんだ。
  救えるものなら救ってみせろよ。もっと早く。
  僕は親殺しで、母は台本の為に殺された。
  それ以上でもそれ以下でもないよ。
  
  どんな宗教でも親殺しは重罪だったろう?
  だから、君らの神様方の裁きが「本当に」降りるなら
  僕は地獄に堕ちるだろうね、って。


 
(62) 2022/11/08(Tue) 3:54:34

【人】 碧き叡智 ヴェレス




   この歪んだ命でさえも蒐集品だと云うのなら
   この
苦悩
を証明する権利も手段も無いのなら
   最早あなた方に遣わせるものなど存在しない。

     全て台無しにしてしまいたかった。
  学星院に抱いてきた自らの疑念を人々に植え替え、
    今日この日まで牙を隠して居続けるには
     全ての人に同情される必要があった。

   
本当
愛した母の殺害
の哀しみでなくては意味がなかった。
   


(63) 2022/11/08(Tue) 3:54:49

【人】 碧き叡智 ヴェレス



  学星院だけが被害を免れた暴動。
  無惨にも襲撃され、使用人が死に絶えた別邸。
  最後に見付かる、私の亡骸。

  そして早すぎる母の死と、それらを
  世間の人々が結び付けるのに時間はかからない。
  このまま滅びるか、存続したとしても
  立つ瀬を無くすかのどちらでしかないだろう。
  私を嫡子だと広めた見栄と建前が仇になったな。

  さあ、後は…………



  「次はもっと重要なものを奪ってやる」



  何もかも壊して己ごと終わらせてしまいたい衝動と
  普段通りの明日と少しの平穏を望む想いが
  矛盾せず両立するなんて皮肉だね。

  父に裏切られた絶望からなる全てへの悪意も、
  大切な友人と過ごして与えられる安らぎも
  僕にとってはどちらも真実だった。

  ……そのどちらも選び取る手段が、
  どうして一つしか思い浮かばないんだろう。

 
(64) 2022/11/08(Tue) 3:55:11

【人】 碧き叡智 ヴェレス

 

 [再び呪布の結び目をきつく締め直し、
  少年は燃え盛る生家を後にする。

  肩から提げた普段使いの鞄に入っているのは
  彼が副葬品として選んだ品の数々。

   父の眼前で果てるまでの片道切符に等しい物資、
   母の形見、愛用の写真機、心許ない武器、
   ……そして“幸福”或いは“未来”を願った幾つかの写真。


  望まない儘に生み出され、地位を着せられた。
  そしてこの結末に辿り着くまでに抱いてきた感情は
  どれだけ歪んでいたとしても真実に変わりなく。*]

 
(65) 2022/11/08(Tue) 3:55:26
碧き叡智 ヴェレスは、メモを貼った。
(a13) 2022/11/08(Tue) 4:16:06

【人】 住職 チグサ

── 回想:いつの日かの本堂にて ──

我昔所造諸悪業
皆由無始貪瞋痴
従身口意之所生
一切我今皆懺悔

 
さんげもん

[懺悔文は、よく唱えられるお経の一つです。
 それだけ重要だからではありますが、お経のままでは意味が分からないでしょう。
 短いお経を三回繰り返した後に、私はお集まりいただいた皆様に向き直りました。]

 仏教の開祖であるお釈迦様は、人の心の仕組みを解明されたお方です。
 お釈迦様は、苦しみとは自身の煩悩──つまり心が生み出した妄想であり、煩悩を捨て去ることによって涅槃寂静、すなわち究極の安心を得るとされました。
 さて、百八もあると言われる煩悩のうち、代表格となるのが貪、瞋、痴です。
 
とん

 貪とは、むさぼり、必要以上に求める心。
 
じん

 瞋とは、怒り、憎しみ、妬みの心。
 

 痴とは、おろかさ、愚痴、無知。
 仏教では、これらを心の三毒としています。
 毒です。この毒は己自身を蝕みます。
 己を守るために、できるだけ早く捨ててしまいなさいと繰り返し説かれました。
(66) 2022/11/08(Tue) 6:06:17

【人】 住職 チグサ

 ですがどうでしょう。
 これらの心を、本当に三毒だと思われますか。
 欲しいものが手に入らなくて苦しみ、
 理不尽な扱いへの怒りにのぼせ、
 己の立場で物事を推し量っては悪口をおっしゃる。
 これらの三毒に苦しみながらも、どこかで自分は正しい、間違っているのは相手であるのに何故分かってくれないのだと、そのように思ってはおられませんか。
 そうであるからこそ、三毒を手放せずにおられるのではありませんか。
 本当に三毒であると──己を殺しかねない危険な感情であると。認識しておられるならば、一刻も早く手放そうとするはず。
 毒ではないと思っておられるから、後生大事に抱え込んでしまう。
(67) 2022/11/08(Tue) 6:07:59

【人】 住職 チグサ

 三毒は炎のようなもの。燃え盛れば、あっというまに勢いを増して自らを包み込みます。
 どうぞ、自身の三毒を、ありのままに見つめ、御仏に告白してください。
 けれど三毒を評価してはいけません。こんなことを考えるから自分は駄目なんだとか、私の中に生まれたこんなに多くの苦しみはあいつのせいだとか、そのような評価をすれば、ますますご自身が苦しくなります。
 だから何も言わず、ただ黙ってそこに居てくださる御仏の前で告白をするのです。
 自分の中の欲の火種を見つめることで、炎は燃え広がることなく収められます。
 そのようにして、苦しみは自ら制御せねば。

[かつて、そのように説いたこともありました。
 けれど──
 既に炎に呑まれてしまった方々に、説法とはなんと無力なことでしょうか。]*
(68) 2022/11/08(Tue) 6:10:47
住職 チグサは、メモを貼った。
(a14) 2022/11/08(Tue) 6:13:01

【人】 碧き叡智 ヴェレス

 


 [燃える、燃え行く、二十余年の記録。
  彼は知った、故に物証に意味はなく。
  彼は去った、故に発明に意義はない。
 
  炎の立てる音、建材の崩れる音。
  灰と化す調度品の数々、過ごした時間、
  何度没収されようと密かに組み上げて来た魔道具たち、
  幾度となく読み返した書物、擦り切れたペン、
  母が編んだ衣服、「兄」と交わした手紙。そして。

  取り残された肖像画、その柔らかな瞳が
  愛する我が子の罪を見据え、見届け、燃え尽きる迄。]

 
(69) 2022/11/08(Tue) 7:52:50

【人】 碧き叡智 ヴェレス




 [それは奇しくも、若き日のブランドンが
  密やかに暮らしていた宝石の魔人の集落を焼き、
  最も美しく無知だった女を連れ去った日の光景と
  何処までも告示していた。


    ────老いた男は溜息を吐く。
        それですら少年の仕草とよく似ている。]


 
(70) 2022/11/08(Tue) 7:53:03

【人】 碧き叡智 ヴェレス

 

 [一片の情も無かったのなら、
  初めから人権を与える事もしなかった。
  我が子であろうと家畜の様に育てた事だろう。

  何処からが過ちだったかなど、遡れど限がない。
  唯一分かっている事は、人間のエゴが引き起こしたこと。

  魔人達の信仰心を根こそぎ折り砕き、神を殺した。
  研究に従わない者は心臓の石を奪い、滅ぼした。
  その過程を記し、最後の生き残りを連れ去り、
  合の子を産ませた挙句、生殖能力を奪う事で
  無知だった女の、世界の全てを掌握した。

  己の罪と向き合うのは恐ろしかったが、
  それ以上に、我が子が成長する程に
  知性、感性、その全てにおいて
  想定外の変化を重ねるのが不穏でしかなかった。]

 
(71) 2022/11/08(Tue) 7:53:20

【人】 碧き叡智 ヴェレス

 

 [見目の変わらぬ母子を別邸に閉じ込め、
  新たな妻と血の繋がらぬ子を迎えた。

  何年も掛けて世間にカバーストーリーを流布し、
  あの恐ろしい母子の存在感はすっかり消えた。

  そうまでして漸くこの地位に登り詰めたのだ。
  そこまでしたのに『人間』の儘にしておいた事が、]


        「 ……矢張り、失態だったろうか。 」


 
(72) 2022/11/08(Tue) 7:53:36

【人】 碧き叡智 ヴェレス

 

 [学星院の低階層では混沌が広がり始める。
  階級の低い職員達がこの下界へと送り込まれ、
  その上で遠隔操作により結界を取り払われた。

   とどのつまり、彼等は悪影響を恐れた指導者により
  『学星院も被害者である』という名目を作る為の
   尊い犠牲となったのである。]


     「 明日が来れば、明日が来てしまえば。
       どれだけ輝かしい実績を得ようとも、
       最早こうなっては追及は避けられぬ 」

  [奴等は目的を果たしただろうか。
   外部からの介入までどれ程の猶予があるだろうか。
   それまでに消しておける火は如何程か。

   初めから狂っていた機関は、
   既のところで選択を誤らない。]


 
(73) 2022/11/08(Tue) 7:54:09

【人】 碧き叡智 ヴェレス



 [ブランドンの瞳には燃え落ちていく建物が映る。
  懐かしくも忌々しき、偽りだらけの家が。

  夫人は美しく、柔和で人畜無害な人柄だった。
  子息は今日この時まで息を潜めていた。

  暴動によって焼かれたと説明するには、
  余りにも不可解で、動機が薄すぎる。

  何を支払えば、何を犠牲にすれば、
  引き続きこの叡智の為の研究を続けられるだろう。


  覗いたレンズ越しに既に息子の姿はなく。
  階下から響く絶叫や嘆きが狂気の感嘆に変わるまで、
  耳を塞いだ。]


 
(74) 2022/11/08(Tue) 7:54:29

【人】 碧き叡智 ヴェレス




「エル、お前は次に────何を為出かそうとしている?」*


 
(75) 2022/11/08(Tue) 7:54:54

【人】 住職 チグサ

── 夕刻の鐘の後:境内にて ──

[梵鐘の柱に、
を見つけました。
 私は、この島を売った賊ですから。
 売国の罪は私の独断です。寺院は知らぬこと。
いえ、少々の協力者程度は居たでしょうか?

 ここもまた、結界の保護の対象とされておりました>>0:57
 賊に隠れ蓑を差し出す代わりに、慈厳寺は欲の炎や暴徒の襲撃から逃れられるのです。
 そうして、暴動が終わった後、難を逃れたこの寺は、霊験あらたかな寺院としてますます大きく、地位を確立していくのでしょう。

 御仏が、まがい物の神になってしまう。
 
 私は路傍の石を拾うと、その柱の印を、削り壊しました。]
 
   
ほうげじゃく

 ……放下着。

[全ての執着を、捨ててしまえ。]
(76) 2022/11/08(Tue) 20:48:16

【人】 住職 チグサ

[街から隔絶された寺院でありますから、日が落ちると、灯はごく最低限になります。
 ぽつぽつと立ち並ぶ石灯籠が、夕闇の中に朧げな明かりを写していました。
 一歩、一歩と歩きなれた道の歩みを進めるうちに、伽藍の影が見えて参りました。
 僧達の住まう庫裏や、ご本尊様のおられる本堂。
 それらも、あの印が守ってくださっております。
 私は庫裏の後ろに回ると、印を打ち消すべく、石を握りしめました。
 放下着、と呟きながら。

 今は夜のお勤めの時間です。
 本堂からは、誰かの読経が聞こえてきました。]


しょあくまくさ

諸悪莫作
しゅぜんぶぎょう

衆善奉行
じじょうごい

自浄其意
ぜしょぶっきょう

是諸仏教

       
もろもろの悪を作すこと莫く
もろもろの善を行い
自ら其の意を浄くす
是がもろもろの仏の教えなり』
(77) 2022/11/08(Tue) 20:49:24

【人】 住職 チグサ

[──何かが落ちる音がしました。
 きっと、手のひらから石が滑り落ちた音だったのでしょう。
 しばらくの間、呆けたように夜風に老躯を曝していました。
 自分が立っているのかさえ、よくわかりませんでした。]

『どなたかおられるのですか?』

[ふと、庫裏の障子に小さな影が映っていました。影から伸びる手は障子戸にかけられ、今にも開かれそうです。]

 出てきてはなりません!

[思わずぴしゃりと𠮟りつけました。]

『……お師匠様?』

[まだ幼い声に、精一杯毅然とした声で答えました。]

 街で騒ぎが起きているようです。
 自らの身を守ることに徹し、決して出てきてはなりません。
 ですが、お寺を頼って来られた方があれば、必ずお助けしてさしあげなさい。

[ああ──と。
 自分自身に深く落胆しながら、私は踵を返しました。
 放下着。全ての執着を捨て去ってしまえ。
 けれど私には、この寺院を捨てることができなかった。
 他人の死であれば、予測はできても手を貸せた。
 にもかかわらず、身内となると、この手で死の因を作ることができなかった。
 なんと浅ましい利己心でしょう。]
(78) 2022/11/08(Tue) 20:50:57

【人】 住職 チグサ

[捨てられぬのならば、自我を抱えたまま立ち去るしかありません。
 白い尼頭巾を外し、赤い呪布を巻き付けると、私は街へと歩みを進めました。

 甘く腐った匂い。その中に、きな臭い嫌な臭いさえ混じっています。
 歩みを進めるにつれて、私は突き付けられるのでしょう。己がしでかした事の大きさを。]**
(79) 2022/11/08(Tue) 20:51:37
 




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