人狼物語 三日月国


132 【身内RP】穏健なる提案【R18G】

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 合議の時間は裁判場の傍聴席にいた。自分にはもう投票権が無いから、静かに成り行きを見守っている。

「……そうか」

 始まる前に結果を見た。一緒に生きて帰ると話した者が選ばれていた。にも拘らず、眉一つ動かさず事実を受け止める。自分で投票先を選んだ時のような動揺すら無い。

(後で印見せてもらうか)

 呑気にそんな事を考えながら、話し合いに意識を向けた。

その日は裁判場へ向かわなかった。

 薬局

際限なく他者の心に寄り添う事が美徳とは言い難い。
他者の痛みを知りすぎれば、それはじわりと心を侵すもの。
たとえそれが直接の原因ではなくとも。
それもまた、この清掃員の物病みの一因なのだから。

人の痛みを理解しすぎる事は、時に毒だ。
限度を過ぎれば徐々に心が蝕まれ、身動きが取れなくなる。
毒を食らう自由さえない事を、幸福とも言えないけれど。

「……そうですね」

無彩な双眸に、淀みのない言葉に。
少し困ったように笑って、やっぱり独り言のように呟いた。

「でも」

「誰かがそこに居た事を、踏み躙られないように。
 それが、その人の望まない形に歪められてしまわないように。
 ちゃんと…綺麗にする必要もあるんですよね」

ここではきっと、必要ないのだろうけど、なんて。

──続き、やりましょうか。話し合いに遅れないように。
掃除が終わったら、ちゃんと手を洗ってから戻りましょうね。
……あ、そうだ。ユスさん、ご存知でしたか?
手を洗うのは、思ったより時間を掛けた方がよくて。
洗いながら『ハッピーバースデー』を二回歌うくらいがちょうどいいんです

薬局

 困ったように笑う人の声を聞いた。
 やはり自分と違うと思った。他人に寄り添える、名残さえも大切にしてくれる人。
 ……だから、難儀な人だとも思った。痕跡に安心感を得ながら、同時に胸を痛めるなど。なんだかやめるにやめられない、中毒者のようだとも僅かながらに思ってしまった。

「……」

 痕跡を消し始める前に、地面に落とした視線をもう一度だけ上げた。

「……そうですね。死人に口なし。死者に出来ることは痕跡を残すことだけ。
 事実を歪めるのも、代弁だとさも当然のように死者になったつもりで何かをるのも」

 柄を握る拳に力が込められる。何故だか心臓が妙に痛い気がした。

「全て生者のエゴだ」

 吐き捨てた言葉を血痕と共にモップで乱雑に拭った。それきり、青年は黙々と作業に徹するのだった。

成る程、覚えておきます。手はしっかり洗うことにします。
でも、カミクズさん。
その参考にする歌、誰が言い出したのでしょうね。皮肉だなと思いました。
死んだ人間の、僅かに残された痕跡を綺麗に片付け後なのに。
Wお誕生日おめでとうWと言うなんて。

やっぱりバースデーソングは最後まで歌わなかった。

妹と弟の分はよく歌ったなと思いながらバースデーソングを口ずさんだ。

「そう、祈ってますから。」傍聴席で呟いた。

バァン!!!!!!!!!!!!!!!!!!


合議の場、その傍聴席。
投票券を手に取る君達が議論をしている最中。

昨日はどこにも姿を現さなかった男が
めちゃめちゃ大きな音で扉を叩き、開いて立ち入る。

「籠ってると、息つまる!」

髪はぼさぼさ。目の下にはクマ。
いかにも、締切ギリギリの人みたいな風貌だ。

ど真ん中の空席にどかっと腰を下ろし、
左隣の席へ白紙の紙束をどさどさ置いて占領。
前の席には足を置くし、態度が最悪だ。


ログを開けば、

「は、……はァあああ!!?」


紙束がバサバサーッ!落下!
この辺が散らかりましたね。

目をまんまるにして
傍聴席からエノを睨み付けている。

「アクタ。話し合う者たちの集中力が乱れたらどうする。
 もう少し静かに」

 一瞥し、それだけ冷静に言った。
 態度が最悪なのは特に気にしなかった。傍聴席来る人間、限られてるし……スペースは自由に使うといい。

静かに行く末を見守っている。


「これが静かに聞いてられるかよ!?」


落ちた紙束には手を付けない。落としたまんま。
きっとユメスケやメイサイの足元にも散らばりまくっただろう。

「たった今凄い疲れた……………」

前の席の背もたれをガンガン蹴りながら、
描きかけの原稿を更に床に放り投げる。態度が最悪だ。

「……」

 一つため息。

「W上演中はお静かにW。
 ……舞台などてんで分からない俺でも知っている注意事項だが」

「脚本家は裏方にいすぎて、それも聞いたことないのか?」

 人差し指を一つ立て、自分の唇に持っていった。騒ぐ子供にするような仕草をアクタに見せる。
 ここでは必死に覚えた世間一般的な反応を真似てもあまり良い反応されない。開き直って取り繕わない事にしたが、それにしても妙に性格が悪かった。麻痺が薄れてきたからか、人間味が出てきたのかも。

「………ああ、どうりで。」

青年はエノという人間と交わした言葉の中で、妙な違和感を覚えていた。
その違和感にやっと答えを得た。

同じ理解≠ニいう言葉でも、類語が違う
からだ。

何もかも違いましたね、俺たちは。


誰にも聞こえないように、小さくその背中に告げる。
だから合わなかったんだ。
だって俺は、傍にいてくれるだけじゃ嫌だから。


「………」

ユスに指を示されれば、眉間に皺を寄せてぐ、と口を噤む。
蹴り上げる足を止め、背もたれに乗せ上げた。
変わった君の印象に驚いたのもある。


 ……だって、それじゃあ、まるで。
   あの時彼らの間に割り込んだ自分が、
    あの時彼が生きていることを喜んだ自分が、
     全部間違ってたみたいじゃないか。



「……こんな舞台、
 最初っからめちゃめちゃだ。」

「……。気に食わないか?」

 もう一度アクタを見る。

「なら舞台に上がるといい。聞きたいことを聞いて、言いたいことを言え。脚本家ではなく、登場人物として。
 少なくとも今この裁判場シーンは、お前の出番ではないから。お前の出るべき場所でな」

「言わないのなら、存在しないのと同じだ」

ハナサキは、もうこの答えを疑う事はしません。
(a3) 2022/03/05(Sat) 19:53:22

「……ユス。あんまりアクタをいじめるなよ。」

ユスへ軽く嗜めるような視線を向けた後、二人に近い席へ移動する。選んだのは後輩の斜め後ろの座席だ。
そしてその後頭部を見つめて。

「不貞腐れてる暇があったら聞いとけよ。
 俺に言っただろ、お前。糧にしてやるって。」


「しないよ」

昨日からずーっとペンを握っていた右手を、ぱっと開く。
手のひらに、はっきりと記されたバツ印。
正論を吐くユスに、よぉく見せつけてやる。

「もうW僕Wって言う登場人物アクターの出番は終わり。
 脚本家なんて、舞台の幕が上がればドヤ顔の観客同然。
 だからこーして好き勝手言ってるんじゃん。」

舞台上へ干渉せず、思いのままに言を吐く。
それは、
演者の義務
の代わりに手にした、
観客の権利

ひねくれた男は、意地を張って、べ、と舌を出してやった。


「不貞腐れてないし、いじめられてない!

 ……今ちゃんと糧にしてるだろ、こうしてさ。」

紙を丸めて放り投げた。脚本は、また全部書き直し。


まあ、でも、しかし。
思い返してみると、
僕煩かったな……
とは思うので。

ぎゅっと目を閉じて、ペットボトルをぽんと生む。
お気に入りのレモンティをぐーっと飲み干せば
あとは口をつぐんで、W大人しい観客Wをしていた。
     
あ、なんか、もうこの味、好きじゃないかも。


男はいつだって、言動を起こしてから気が付く。
後悔する代わりに、意地の張り方だけが上達していった。

「そうか。それならちゃんと見届けてやれ」

 それだけ呟いた。意地を張り続ける奴だな、と呑気に思う。きっと前を歩くにはそうする必要があるんだろうなとぼんやり思いながら。

「いじめたつもりはなかったんだがな。悪いと思わないから謝らない」

 最初の顔合わせでも似たようなやりとりをしたなと思いながら、それでも最初とは違う態度と答えを返して前を向いた。

「   。」

 前を向いて一人の人間が一つの決断をした瞬間を見届けた。
 思うところはあったが、自分は傍聴席。喝采もブーイングもする気のない、必要ないと思っている観客の一人。
 だから、口を閉じて見守り続ける。

 やっぱり、理解は出来そうになかった。

#水族館

「────、」

それは、唐突な事だった。

聞こえた言葉、背を押される感触。

直後、ぐらり、視界が、傾いで。

ああ、時が来たのだな、と思った。


「さようなら」

「さいごの夜を、暖かくしてくれてありがとう」


「僕の、大好きな人」

抗わず、どこまでも深い蒼に沈む。

メモを貼った。

#水族館

きみが手を伸ばす光景は、清掃員に見えていたかな。
見えていたら、少しだけ申し訳無さそうに笑って、
手は、伸ばさなかったかもしれないな。

清掃員は、きみの事を投げ出して生きるつもりは無かったから。
死にたくはなかったけれど、でも。
少しでも長く一緒に居たかったけれど、でも。

それがきみの望みに繋がるなら、それでよかった。

だから、きみが楽しかったと語った思い出の、この場所で。
抗わず、ただ重力に従って。

──与えられた終わりへと落ちていく。

落ちて、落ちて、落ちて…

手向けでなく、贈られた花と共に。

ゆっくりと広がる赤に沈む。

きみが望むなら、それでよくて。

でも、きみの望まない事はしたくないな、と思う。

「はいはい、そうだな。俺の見間違いだ。」

後輩へ軽く返事をして、再び視線は舞台へ。

「…ま、悪いと思ってないんなら仕方ないか。」

最初の顔合わせと違う態度と答えに、変わったなあと。変えたのは自分だという事実に対する、嬉しさを隠して。



人殺しをどうして重く考えるのだろう、と思った。

勿論、道徳や法律とか、色々なものを知らないわけじゃない。

だけど全ては選択の一つ。
人の手を取ることも、
人を手放すことも


同じ直線の上にあるんだから、重さは同じじゃないかって思う。
あくまで俺の意見だよ?あくまでも。

それはもしかしたら、人を殺した後の時間を生きたことのある自分と、君たちの差なのかもしれない。

だけど、死にたくないくせに殺させようとする彼に対するコメントは一緒だ。
気持ちは違うけど


同じ人殺しなのに、どうしてこんなに違うんでしょうね。


口の形だけで、そう呟いて。

やっぱり、理解は出来そうになかった。

手を伸ばしたくて、でも、届かなくて。

その涙に触れられなかった。

その夜、いっとう深い眠りに就いた。

きみのくれた、誰かの死を悼む花と、
真っ赤な花
を抱いて。

それに、大好きなきみが傍に居てくれたから。

眠りに就くのは少し怖かったけれど。

その夜も、ちっとも寂しくはなかった。

普川邦幸の傍に居る。これからもずっと。


(……死にたくないなら、死ぬなよ。
  生きる権利がまだあるなら、死ぬ義務を選ぶなよ。)


浮かぶ言葉。
なんだか既視感がある。

飲み切ったペットボトルを床に転がせば
きっともう、この味を自ら選ぶことはない。


 どこでも──コンビニなんかで手頃に買える、透明な黄色いレモンティ。
 体に悪そうな甘さに、レモンの風味。チープな味が親しみやすくて、好きだった。



止まりかけた鼓動が、
再び生きたいと鳴らしたあの音が、呼吸音が、頭から離れない。


もしも、自分がまだあの場に居たら。
『エノ』とたった二文字、書けなかっただろう。

議論の最中。立ち上がれば、自室へ戻っていった。

もう遅いのだろうけど。「理解、したかった。お前の事。」

 裁判場を後にするアクタを一瞥した。
 死んでほしくない人がいるという気持ちは漸く分かってきた。けれど、皆の話がどうしても遠いもののように感じてしまう。何故あんなにも悩んでいるのかと。

 死は取り消せない。死だけは作り物ではない。否、死だけじゃない。感情だって本物だ。
自分の胸の内にはその感情と呼べるものの死骸ばかりが転がり腐れ果てていたけれど。


「……貴方なら、どう思っていたのでしょうね」

 他人に寄り添う優しすぎる青年の姿が脳裏によぎった。名残すらも大切に、心を痛める清掃員ならこの現状に何を思うのかと。

「……」

 周囲を見渡す。
 漸く、彼が裁判場に来ていない事に気付く。余程のことがない限り、傍聴席で参加者の話を聞いていた彼の姿がない。

 そんな日もあるだろう。でも、掃除で無理をしてしまったんじゃないだろうか。

 後で彼の様子を見てみようか。そんなことをぼんやりと頭の片隅で考えていた。

メモを貼った。

もう下手くそな笑顔を見せる事は無い。

その顔は傷付けられて、見る影もないけれど。

目も口もただ閉じられて、笑みの形でこそ、ないけれど。

きっと、だからこそ表情は穏やかなものだった。


──合議が終わってから。
眠って、とびきり優しい夢を見て、目を覚まして。

ぐしゃぐしゃの紙束が占領するベッドの中で
スマホ端末を確認して、誰かからのメッセージを見ればひとつ頷く。


「行こう、」

遅い話を、蒸し返す為に。

エノを探している。

瞳から濁りが隠れ切った後、手帳で何かを調べた。

鉄の匂いが抜け切らない唇に指を当てながら思考する。……数が足りない。

長い時間どこかで過ごした後、寮を出た。けれど、思い当たる節は無かった。

 寮を出てすぐ、見慣れぬ建物の方を見た。水族館だ。
 合議を終えて裁判場を出た時点でなんとなく見えていたが、見慣れないものは慣れるまで異様に目を奪われるというもの。

「……」

 眉一つ動かさずそちらへと足を運んだ。返ってこない連絡の代わりを探しに。

>>水族館

 さりさりと床を踏みしめる足音。顔を上げれば透明な壁一枚隔てた先に紛い物の海中が広がっている。

 照明が落とされた薄暗い建物の中、向こう側の水の中がまるで逃げ道のように輝いていて。けれどあの煌めく世界もまた人の手によって作られ管理された箱庭であることを知っている。

「どこに行っても、何かが誰かに管理されているばかりだな」

 何の気無しに呟いた。
 ふと少年に頼まれて作り出した空を泳ぐ鯨を思い出す。アレはまだ泳いでいるんだろうか。

>>水族館

 水族館は過去に一度も行ったことがなかった。小学校の修学旅行は体調を崩して行けなかったし、中学や高校の旅行などにはそもそもスケジュールに組まれていなかった。

 魚たちの為に作られた薄暗い空間が続く景色も、鮮やかなブルーライトの中で泳ぐ生き物たちの様子も、こうして見るのは初めてで。

「……」

 それでも、心が動くことなど決してなく。
 一度に色んな種類の魚が観察できて便利だな程度の感想だけを胸中に落として先へと進んだ。

「それとも、■■■■で何か変わったりしました?」
「……なんて。さすがに■■で変わるとか、
 そんな胡散臭い話はないですよねえ」


 誰かに言われた言葉が響いて消える。変わった訳では無い筈だが。昔は知らない景色を見るだけで楽しかった筈なのに。

 無意識のうちに左胸を押さえてしまう。手を当てたところで服の下、肉の中にあるそれが何か声を上げてくれることなどないのに。

 死者は貴方の中で生き続けるなど、いったい何処の誰が言い始めたのだか。

 反吐が出る。……ああ、これは、恐らくW不愉快Wだ。

ハナサキは、合議の後に温室でうたた寝。
(a18) 2022/03/07(Mon) 7:34:30

>>水族館

 見て回る途中でポスターが目に入った。
 Wバックヤード見学ツアーW。
 ……。ここは怒られない。怒る人がいない。つまりバックヤードも入り放題。

 悪いことに気付いた青年はツアーに申し込まず正々堂々関係者以外立ち入り禁止と書かれた扉を開けてあちこち不法侵入し始めた。

 来場した人間を楽しむ為の空間と違い、関係者にとって必要なものを詰め込み見てくれは二の次にした場所は他のエリアよりも少し眺める時間が長かった。

「……む」

 一つだけからっぽの水槽がある。
 否、中身はある。紫と赤の花。清掃員の帽子と黒いエプロン。

 誰かが生きて、生きようとした事の、名残。
 その終わりに寄り添ったものの、名残。
 それを汲み取る事のできる、最後の痕跡。
 
人が人らしく生きたように
思える最期のメッセージ。

 梯子を作り出し、それを使って落ちないように水槽の中へ。
 表に咲いた血は一度に流れ出たにしては少々不自然で、二回にわたって血を流したと考えるほうが自然だろうか。また、争った形跡らしきものも無い。まるで抵抗なんてする気がなかったように。

 思いを馳せる。何があったのか、名残から組み立てていく……
 ……が、足りない。自分では補えそうなパーツが作れなかった。何が起きたかまでは穴だらけの推測はできても、"何を思っていたか"までは分からない。それもその筈だ。他人のことなど、今まで碌に興味を持たなかったし、今も殆どそうだから。とある一人を除いて。

>>水族館

 端末でいくつか操作を済ませる。とある人が水族館を一人で徘徊した後、裁判所にも向かわず外を出歩いている形跡が発見された。

 返ってこない連絡。置き去りにされた帽子。表示されない現在地。
 ……名残が教えてくれるものは。即ち。

「……そうか」

 それだけを呟いて、更に端末を操作する。
 モップ、水の入ったバケツ、それからオキシドールの入ったハンドスプレー。

 清掃員が教えてくれたものをなぞるように取り出していく。

「カミクズさんは恐らく死んだのか」

 最後に紙袋を取り出して、それに帽子と血のついたエプロンをしまった。

>>水族館

 このまま放置してもよかった。
 ただ、まだ彼が投票権を持っていた頃。立候補した際自分の事は話さないでほしいと語っていたのを思い出す。それは帰ってからの話ではあったが。

 それに。
「誰かがそこに居た事を、踏み躙られないように。
 それが、その人の望まない形に歪められてしまわないように。
 ちゃんと…綺麗にする必要もあるんですよね」


 そうも話していたから。ここに踏み躙るような者がいるか話は別だが、そう考えているのなら。歪まないうちに綺麗にしてやるべきかもしれないと判断する。

 このまま放置してもよかった。
 ただ、彼には世話になったから。それくらいの義理を果たしても、きっとバチは当たるまい。

殺害現場を荒らした。名残を全て片付けていく。

水槽の中を綺麗にしていく。そこで何を起こして何を思ったか正確に知れるのは、当事者二人だけ。

>>水族館

 どれくらい時間が過ぎたのか定かではないが。
 暫くして水槽の中は文字通りからっぽになった。橋の上から生きていた名残も死の欠片も、何もかも無くなってしまった空間を見下ろす。

「……」

 お世話になりましたくらい言うべきだっただろうか。
 とはいえもう清掃員はどこにもいないのだから此処で言っても仕方がない。無意味なものだと青年は切り捨てた。

 帽子やエプロンを詰めた紙袋をかさりと揺らしながら、手帳型の端末に何かを書き込む。

「水槽いっぱいの水と、それから……」

 書き終えて満足したのか、それを最後に青年は水族館から立ち去った。


 程なくして、からっぽだった水槽は水で満たされ始める。誰かの生きた名残は、人が人らしくいた痕跡は、水の底に沈められる。


 ──その場に残されたのは、生きた名残を塗りつぶしていくのは、水槽という狭い箱庭の中で泳ぐ二匹のクラゲだった。

紙袋を手にして水族館を出た。

残された言葉を聞く事は無い。

残された言葉を聞かれていたら困る。だからW今W言った。

返信漏れがないか確認中。

少し脚を気にしながら寮の廊下を歩く。

傍聴席から送受信した、いくつかのメッセージを読み返して。
そういえばあの人は上手くいったのかなあ、と思い出した。
呼び出したマップを眺めて、アイコンの数を指折り数えていく。…また一つ減っていた。

二つ減っていないってことは、多分、概ね計画通りできたのかな。
運良く殺せたのか、それとも、運悪く殺せたのかはわからないけど。

(感想はちょっと聞きたいかも)
(それぐらいはいいよな?)

………同じ人殺しでも、やっぱり自分と違うことを感じるんだろう。
だから難しいんだ、理解者作りって。

誰かと会う約束をする前に手を洗った。ちゃんと、教わったことを実行する。

ハッピーバースデー ディア……

それが最後まで歌われることは、なかった。

きっと君の事が好きだと思う。

今や名残ばかりの亡霊は、甘い誘いを投げ掛けて。

触れられなくとも、手を伸ばそうとする。

「じゃあ、同じものをくれてやる。」

 




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