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【人】 黒眼鏡>>42 「兄 貴、… は? …ぇ、 」「ガイオ。犬の世話は、俺からお前の部下に頼んどく。 引き取り先も探すよ」 「……ぁ、……っ、……」 ぼた、ぼた。 綺麗に磨かれた床に、赤い雫がぼたぼたと落ちる。 体ごとぶつかるように突き込まれたナイフの先端は狭い肋骨の間をすり抜けて、 ちょうどガイオの肝臓に達していた。 太い血管がいくつも同時に切断され、ごぼり、と大量の血が傷跡から零れ落ちる。 ナイフを握ったままのアレッサンドロの手が一瞬で赤に染まって、受け皿にもなりきれず、零れた血液はばちゃばちゃと床をまだらに汚していった。 ──そのまま。固く握りしめられたナイフの柄が、ぐるんと捻り捻じ込まれる。 ぶぢぶぢと、さらにいくつもの血管が引きちぎられる音が響いた。 #AlisonCampanello (43) 2023/09/27(Wed) 20:38:48 |
【人】 黒眼鏡>>43 「……あに、……ぃ、 なん、……で、」 「お前、10年前に観光客ひとりひっかけただろ」 「………、……」 「それだ。お前ほんと、引き運悪いよな」 「………」 「悪い」 ぽん、ぽん。 まるで幼子をあやすように、血に染まった手がガイオの背中を叩く。 出血性ショックで既に気を失ったその体は、男の手に支えられながらゆっくりと傾ぎ、倒れる。 それを抱き留めて、まるで気遣うように優しく床に横たえると、 「バカラの続き、できなくて残念だ」 アレッサンドロはいつもの、酒の席で別れる時にかける調子のまま、そう声をかけた。 #AlisonCampanello (44) 2023/09/27(Wed) 20:39:48 |
【人】 黒眼鏡>>44 ぼた、ぼた。 返り血がカウンターの上に数滴飛ぶのも構わず、アレッサンドロは立ち上がった。 血に染まったスウェットを脱ぎ捨てて、扉の隙間から差し込む潮風をも追い越すような早足で、店の廊下を歩いていく。 まだらに赤く染まったトランクスをひっつかんで引き下ろし、サンダルを放り捨て、裸足で全裸のまま私室の扉を蹴り開けた。 みしり、と音がして蝶番が歪み、中途半端に傾いた扉。 それを振り返ることもなく、乱雑にかけられた黒いシャツをとスーツをひっつかむ。 下着、肌着、シャツ、スーツ。 次々と脚と腕を通していって、ボタンが捻じ込まれるように止まる。 その一挙手一投足が鳴り響く開演のベルのように耳に響いて、 アレッサンドロの全身を流れる血流がどくどくと脈打った。 その高ぶりを鎮めるように一度、ぱちんと頬を叩いて。 「うし」 ──すっかり準備を終えてから、壁際に据え付けられた鏡を見る。 ふーー、と吹きだした息は、まるで火が舌なめずりをしたかのよう。 ぎらぎらと燃え盛る堅炭の瞳がひび割れて、ごう、と熱が渦を巻く。 自分でその顔を見て、ふ、と笑い。 「確かに、こりゃ。 人相が悪い」 #AlisonCampanello (45) 2023/09/27(Wed) 20:40:45 |
黒眼鏡は、ポケットに突っ込まれていたサングラスをぴんと指先で弾き、つるを伸ばす。#AlisonCampanello (a10) 2023/09/27(Wed) 20:41:18 |
【人】 黒眼鏡>>45 拳銃に弾倉を装填する時のようにもったいぶって、かちゃり、と顔にひっかけて。 「──久しぶりの喧嘩だ。 楽しくなってきたよなあ、おい」 に、と口許が、牙をむくように暴力をにじませて笑う。 その様相は馬鹿みたいに荒々しく、 気さくで飄々としたカポ・レジームの面影はもうどこにも残っていない。 ──アレッサンドロ・ルカーニア。 それはかつて十四にしてスラム街の一角を暴力で纏め上げ、 その喧嘩の腕と狂暴性だけでファミリーへと拾い上げられた 喧嘩屋の小僧の顔だった。 #AlisonCampanello (46) 2023/09/27(Wed) 20:42:25 |
【人】 黒眼鏡>>46 そいつは格好をつけて黒眼鏡をかけると、またずかずかと店の方へ脚を進め、 折りたたまれた看板を片手で持ち上げる。 【CHIUSO】の面を向けて店先に放り出す。 潮風がごう、と吹く。 風に流された雲が太陽を覆い隠して、 三日月島の名物である太陽に照らされた海面はほどほどにしか光っていない。 それでもかまわない、と男は、革靴に包まれた脚をがつんと前にだした。 くるくると指先で回す、革細工のキーリング。 かちゃりかちゃりと音を手てて、愛車――フィアット500の鍵が音を立てる。 そんな音では、足りはしない。 そんな音では、贖えない。 10年を費やした弔いが、今日この時に結実する。 そんな風に喧嘩をしたことがないから、男にとってそれは最初で最後の、 ──最初で最後の、 ことだった。 「負ける事考えて喧嘩するやつが、いるもんかい」 だから、彼は勝つつもりだ。 だから、彼は笑っている。 #AlisonCampanello (47) 2023/09/27(Wed) 20:45:26 |
【人】 アリソンに捧ぐ鐘 黒眼鏡>>47 潮風がごう、と吹く。 地を照らさぬ太陽の代わり、差別主義者の神の代わりに、 俺がやる。 アレッサンドロ・ルカーニアはそういう風に生きて来て、 だから最後までそういう風にやるつもりだった。 「──さあて。」 ──さあて、鳴らそう。 アリソンに捧ぐ鐘を。 #AlisonCampanello (48) 2023/09/27(Wed) 20:47:29 |
黒眼鏡は、行方を晦ませた。 #AlisonCampanello (a13) 2023/09/28(Thu) 11:39:29 |
【人】 アリソンに捧ぐ鐘 黒眼鏡>>a33 店に置きざりにされていたコーヒーミルには、 「使用禁止 廃棄しろ」という張り紙がある。 どうも食品ではないものを曳いたらしい。 喫茶店の風上にもおけない所業だ。 ガレージはがらんとしていて、 けれど多くのものがそのままだ。 それはきっと、戻ってくるつもりだったからではない。 このままにする以外に、なかったのだ。 それ以外に、何を足すことも、何を引くこともしたくはなかった。 潮風だけが、その憩いを見守っていた。 #Mazzetto (95) 2023/09/30(Sat) 18:41:27 |
【人】 アリソンに捧ぐ鐘 黒眼鏡>>-363 ぐおおおん、と。 尋問と拷問に意識の向いていた構成員たちのなかで、 壁越しに遠く響いていたエンジン音が、ぐんぐんと近づいてきたことに気が付いたものはいただろうか。 ──ば がぁん。 甲高く硬質な音が、建物の中に響く。 差し込んでいた日の光が、眩く溢れ出すように強さを増した。 建材がへこみ弾ける音とともに、真っ赤な車が突っ込んできたのだ。 もうもうと車から吹きだした白煙に、ノッテの構成員たちががなり、銃を向け、あるいは混乱しヴィンセンツィオを引き倒そうとする。 めいめいに好き勝手な反応を見せるものたちは確かに、元から乏しかった統率を欠いており。 ばがん。 ──扉の隙間から滑り込んできた男が、両手に構えた拳銃と短機関銃をまき散らす間隙を与えることになる。 #BlackAndWhiteMovie (1/2) (96) 2023/09/30(Sat) 23:03:24 |
【人】 アリソンに捧ぐ鐘 黒眼鏡>>-363 ぱ、ぱ、ぱ、ぱぱぱぱぁん。 発砲炎と共に破裂音が何度も瞬き、血飛沫と湿った音が響く。 構成員たちの半数近くを奇襲で叩き、 がしゃあん!! ――照明を打ち抜き。 暗闇に閉ざされた中で殴打と落下音、銃声がさらに続いて―― 「おう」 ――あなたのそばで、足音が聞こえる。 「生きてるかあ、ヴィンセンツィオ」 #BlackAndWhiteMovie (2/2) (97) 2023/09/30(Sat) 23:06:51 |
【人】 アリソンに捧ぐ鐘 黒眼鏡>>101 満身創痍の男の前に、黒いスーツを翻した男が立っている。 壁の隙間から差し込む燦光が、ちかちかとその輪郭を彩って。 見やれば、その体のあちこちに乱雑にまかれた包帯や布の切れ端が赤く染まり、彼もまた無傷ではないことが分かるだろう。 そいつはあなたの表情に、に、と笑顔のように口元を歪めると。 「――気安く 呼ぶン じゃッ ね えよ、 くそヴィト ッ!!!!」――横殴りに銃身を叩きつける。 #BlackAndWhiteMovie (103) 2023/09/30(Sat) 23:35:27 |
【人】 アリソンに捧ぐ鐘 黒眼鏡>>104 ぷ、と吐き捨てる唾は赤黒い。 ストックに張り付いてしまったような指を引きはがして、 弾切れになったらしい短機関銃ががらんと床を転がった。 「うるせェ。 舐めやがってマジで」 乱暴に伸ばした腕で、あなたの肩を掴み引き起こす。 その振る舞いに"カポ・レジーム"としての、 あなたからすれば取り繕った、気さくな様子は欠片もない。 ──ただ、まったく、見慣れた様子。 かつてソルジャーとして纏っていた、当時の顔をすっかりと取り戻した顔で。 「ここで元部下の代わりをやってやってもいいンだが──」 じろ、と目だけで横を見る。 「………」 「乗れ」 車体のひしゃげたフィアットを指さす。 「これ以上話を聞いてやる気も、解釈してやる気もねえ」 「ただ、ここにいると邪魔が入るだろ」 「──ンなことしてる時間も余裕も、暇もねえ」 だろ、と。 答えも聞かずに、車の方に向かっていく。 (105) 2023/10/01(Sun) 0:10:00 |
【人】 アリソンに捧ぐ鐘 黒眼鏡>>106 怪我を慮る様子など一切なく、力任せに腕を引き起こす。 手招きも指図も、説明も気づかいも無い。 奇妙で不格好な、それは信頼ににた形。 ここ十年ばかりお互いの間に横たわっていたさまざまなしがらみや思惑、年月や歳月。 そういったどうでもいいもの全て、 ばたんと乱暴に閉じられる扉の音にかき消えていくようだった。 「……カー・ラジオ代わりに流してやるから、勝手に話せよ」 分泌される脳内物質のせいか、 それとも流れ出す血のせいか。 なにもかもを走り切った直後のような、気怠さと自由の境目のような空気。 ──この十年ばかしあった微妙な距離感の代わりに、そういったものがぶちまけられたような感覚。 それを形容する名前を、ふたりは持たなかった。 あるいは、必要としなかった。 「たりめーだろ。 カポの車に乗る警部がいるかよ」 がたがたと煙と異音をあげながら、フィアットのタイヤが滑り出す。 行先は、港。 ゆっくりと沈みゆく太陽を追いかけるようにして、ひびの入ったフロントガラスが瞬いた。 #BlackAndWhiteMovie (107) 2023/10/01(Sun) 0:35:59 |
【人】 アリソンに捧ぐ鐘 黒眼鏡>>108 潮風はまだ遠く、けれど海から吹き上がる風は真っ直ぐに削いでいくようだ。 こんなときにこそ使うべき黒眼鏡を助手席にかちゃりと放り捨てて、 ハンドルを苛立たし気に指先が叩く。 とん、とんというリズムは、鼓動とも路面の震動とも入り混じらない不協和音。 なのにその音が妙に耳に響いて、それ以外がどこか遠くに聞こえてくる。 「今ならぜって〜被害届出してるからな、あんなの。クソ暴力警官。 あの時懲戒喰らわせておくべきだった」 今にして思えば、あの時分が一番互いを信頼していたとさえ思う。 何も伝えず、何も理解せず、 それなのに同じ場所にいた。 その時のように交わされる言葉は、 傷跡に疼く熱に溶けていくよう。 ──理解とは程遠く、けれど齟齬がなかった。 スラムか、暴力か、あるいは痛みか。 何某かの塔の正体が何だったのかはいまだに分らないが、 少なくとも、同じ言語が通じていた。 「…そっち、あの状況でしてきたのか? 嘘だろ。 俺ぁなんもしてねえよ。あいつらならどうにかするさ」 車は海辺へと続く道路を曲がり、赤い照明が明滅する港湾設備へと進んでいく。 その光をフロントガラスに映しながら、 なんだか嬉しそうに笑う。 ──相変わらずの放任主義だ。信頼する相手のことは、あとは大丈夫だと無条件に、どこまでも放り出す。 #BlackAndWhiteMovie (109) 2023/10/01(Sun) 1:10:39 |
【人】 アリソンに捧ぐ鐘 黒眼鏡>>110 がたがたと歪んだフレームの隙間から、さんざめく潮騒が聞こえてくる。 フロントガラスから回り込むように、 海面が反射する橙の光が覆っていく。 ぐるりとハンドルを回して、半開きのゲートをくぐる。 するすると滑り落ちるように向かう先は、港湾施設に併設された倉庫群だ。 「俺の部下にも引き継ぎなんて必要ねぇけど!? 俺のやってた仕事なんざ、あることをあるようにしただけだ。 もっとうまくやるまであるね」 張り合っているのかなんなのか、それとも誇らしく主張しているのだろうか。 確かなものなど何一つなく、空々しくすらあるがなり声が車内に響く。 葉巻の先端を視界の端にだけとらえながら、 「セルフサービスだ。 お前の人生に俺からくれてやるものなんて一つもねえ」 アクセルをがん、と蹴りつけるように踏む音。 速度を増した車は、舗装された斜面を跳ねるように降りて、 ある倉庫の陰へと向かう。 ──そこは、カポ・レジーム"黒眼鏡"が管理する倉庫群。 治安組織もファミリーの監視も、少なくとも普段はほとんど及ばない この街の空白地帯。 #BlackAndWhiteMovie (111) 2023/10/01(Sun) 1:38:23 |
【人】 アリソンに捧ぐ鐘 黒眼鏡>>112 「ぬかせ。お前よりよっぽどいい上司してたわ」 本気の舌打ちをぶちまけながら、バックミラーをぐいと捻る。 根本から明後日の方向を向いた鏡は、もう背後の街並みを映し出したりはしない。 視界に広がるのは風の割には穏やかに揺れる海面と、 それを無機質な倉庫の陰が無機質に、参差として遮っていた。 助手席が開くの音に覆いかぶさるように、 蹴り開けるような勢いで扉が開く。 ところどころ穴の開いたスーツの裾がばたばたと、 忙しなく海風を孕んで揺れていた。 「一服する間くらいは待ってやるよ」 ばん、と力任せに叩きつけられたドアは、しっかりとは閉まらずに中途半端にずれた。 車越しににらみつけるアレッサンドロの片目もまた、押し当てられた布切れを赤黒く滲ませている。 銃弾が掠めたのか、あるいは貫通したのか肩や腿にはごわごわと乾いた血液の痕が張り付いていて、特に左腕の動きが鈍い。 それでも、 「おめえが何やったか、よく見てなかったンだけどよ」 フィアットの天板に、ごとん、と肘を乗せて。 「んなもん、どうでもいいから。」 「これからぶっ殺すくれえ殴るから、死んでも文句言うなよ」 ――笑った。 #BlackAndWhiteMovie (113) 2023/10/01(Sun) 2:30:45 |
【人】 アリソンに捧ぐ鐘 黒眼鏡>>114 「そりゃこっちの台詞だ、あんたが大人になっちまう日が来るとは思っちゃいなかった」 車に体重を預けながら、悪餓鬼のような笑みを浮かべる。 怒りと苛立ち、嘲りと――仲間意識。 そういったものがないまぜになって、ぐつぐつと、 耐えがたいはずの悪臭を放ち煮えたぎるような凶相。 なのにそれは、どこまでいっても笑みと表現されるものだ。 「──俺だってガキじゃあいられねえ。ただ、どーでもよくなる時だってある」 はるか遠くを過ぎゆくプレジャーボートのエンジン音が、波を伝い足元にまで響いてくる。 そうして、あなたの漏らした言葉には、一瞬きょとん、と目を丸くして。 「──ハ」 「気色悪いこといってんじゃねえよ」 ははは、ははは、と。抑えきれなくなったような哄笑が、途切れ途切れに漏れ出して。 「──オッサン、コラ。ノンビリ吸ってんじゃねえぞ」 かつては大人と子供ほどに離れていた年齢は、今やすっかりと希釈された。 それなのに、その口調は悪態をつく子供のようだ。 ポケットに片手を突っ込んだまま、車に手をついてゆっくりと回り込む。 おぼつかなかったはずの足取りは、舗装された足元を引きちぎるかのように重く、強い。 ぴりぴりと、引き絞られたか弓矢のように、それは放たれる時を待っている。 #BlackAndWhiteMovie (115) 2023/10/01(Sun) 9:41:54 |
【人】 アリソンに捧ぐ鐘 黒眼鏡>>116 「ガキみてえなこと 言ってんじゃ ね ぇえぇえええエエエエエよッ!!!」 葉巻が撃鉄のように落ちて、 そらすら待たずにばねは動いた。 ほぼノーモーションで放たれた蹴りを避けられたのは、同時に動き出していたからにすぎない。 だ、だん、と鋼板をへこませる音と同時に、アレッサンドロの長身が車の天板よりも高く飛び上がる。 大きく孤を描き放たれる、横殴りの足刀。 ──だが本命は、その陰。 先ほどまでポケットに突っ込まれていた拳が緩く握りしめられて、空中に身を躍らせた直後── 蹴りとワンテンポ遅れただけの奇妙なタイミング、そして間合いで突き出される。 当たるはずも牽制になるはずもない、ばたつかせただけのような手。それがぱ、と開かれて、 ばさり 、と。握り込まれていた粉末が、 掠れた音とともにぶちまけられる。 派手な蹴撃に紛れて放たれるそれは、 アルミ片を削った金属の欠片。 粘膜を容易く傷つける無数の礫が、潮風に逆巻きながら、顔面を狙ってぶちまけられた。 #BlackAndWhiteMovie (117) 2023/10/01(Sun) 10:25:28 |
【人】 アリソンに捧ぐ鐘 黒眼鏡>>118 爪先が何かを掠めて、あるいはまったく空振りをして、 けれどそんなものはどうでもいいと引き戻す。 格闘戦において、自らの肉体を伸ばしたまんま相手の射程内に置いておくほど愚かしいことはない。 ──そんなものを分かっているとばかり、即座に叩きつけられた拳と脚刀がぶつかりあう。 「っ、っだ、」 膝裏を鉤のようにひっかける指を上から押しつぶすように、 器用に全身のばねをたわませてもう片方の足を叩きつける。 技術というにはあまりにも稚拙で力任せなそれが、 もつれあうようにして互いの手足をはじき合った。 人間が滞空していられる時間は、そう長くはない。 アレッサンドロが辛うじて両足を地面に着地した時には、 そんな一瞬の攻防を経て、互いが姿勢を崩したままだった。 否。 僅かに、無茶な動きをしたアレッサンドロの方が姿勢が悪い。 それを補うように、咄嗟に距離を埋めるように左手の拳が突き出される。 ──ちか、と。 金属の輝き。 握り締めた拳の指と指の隙間、 そこに握り込むように金属片。 拳から突き出す先端は猛獣の爪のように、防御すれば肉を裂き骨を打つ。 距離と間隙を埋めるように鋭く二度、三度、狙うは当然顔面、あるいは傷を負った胸元や肩口。 #BlackAndWhiteMovie (119) 2023/10/01(Sun) 11:03:51 |
【人】 アリソンに捧ぐ鐘 黒眼鏡>>120 極至近距離での白兵戦で、完全に攻撃を避けることなど不可能だ。 姿勢を僅かに整えるまでの数瞬に、 殴打は筋肉と骨で、刃は服の表面で受ける。 みしりという音が体内で響いて、足先が思わず溢れ、 それでも牽制を幾度と放ち、 そのまま押し込まれることを防ぎ切る。 体躯では負けている。 体重というものは格闘戦において絶対だ。 それでも、正面からぶつかり合う。僅かでも腕のうちに潜り込むように身をかがめて、 「っ、づ」 抉りこむような蹴りが、突然そこに現れたかのように肉を打つ。 ばぢん、という音を遠くに聞きながら僅かに体を引いて、 じんと痺れる足をかばうよう片足でかるくステップを踏みながら、ノックするような軽く早い拳を叩きつける。 体力と血液を絞り出すかのように打ち、打たれ、削り合う。 喧嘩でも殺し合いでもある、それはひどく原始的な闘争だった。。 #BlackAndWhiteMovie (121) 2023/10/01(Sun) 11:39:49 |
【人】 アリソンに捧ぐ鐘 黒眼鏡>>122 「ッダ、…っあぁ゙あ!!」 振り上げられたナイフに対し、踏み込んだのは本能的な反射行動だった。 刃ではなく、それを握る腕を止める。 それもガードと呼べるものではなく、飛び込み、胸板で受けるだけ。 どんという衝撃が肺を貫き呼吸を止めるが、 構わず、かじりつくようにナイフごと腕を抱き込みひっつかむ。 「…… っラ、 ぁ゙!!」命を振り絞るような格闘戦では、ぱたた、と水音が響くものだ。 それは汗か涎か、血か、あるいは髄に近いものか。 生命の雫が撒き散らされていくように 二人の足元になにかが飛沫く。 笑顔はない。 だが高揚し、滾り、燃えていた。 その勢いのままに大きく体を捻り、 砲弾のようなストレートが放たれる。 技巧も戦術も殴り合いの中に消えていき、 あるのはただ肉と骨を叩きつけるような気迫だけ。 #BlackAndWhiteMovie (123) 2023/10/01(Sun) 12:19:44 |
【人】 アリソンに捧ぐ鐘 黒眼鏡>>124 振り抜いた腕が、拳が、びきびきと軋む。 指がひしゃげてしまったかのような衝撃。 ─構わず、再び握り込む。 「…、っ、お休みしてンじゃ、ねえぞおっ!!」 ナイフの音、体勢、隙。 それらを自覚しながら、けれどどうでもよかった。 2度。3度。その一撃一撃で殺すつもりで、 拳を叩き込みながら前に出る。 突き進む。 もつれ合うほどに飛び込んで、めちゃくちゃに殴りつける。 どちらのものかもわからない液体が飛んで、びたびたと落ちていく。 それらすべてを振り払うように足を振り上げて、 そのまま蹴倒す様な前蹴り。 姿勢を崩せば、あとは絞め殺してやるだけだと、 前へ。 #BlackAndWhiteMovie (125) 2023/10/01(Sun) 18:22:36 |
【人】 アリソンに捧ぐ鐘 黒眼鏡>>126 がつがつと頭蓋骨を殴りつける拳が、恐らくは指としての機能を失いつつある。 だとしてもそれは打突部位として、最後までそこに在る。 だったら、十分だ。 いつのまにか取り落としてしまった車のキーは、もう見当たらない。 苦し紛れのように腕時計を外して、それを握り込み、 僅かに重みを増した拳を何度も何度も叩きつける。 油断は、しない。慢心も、しない。 このまま殺しきるつもりで打ち、殴り、叩き、蹴る。 呼吸することすら忘れ繰り返す打擲の末、 「っ、お」 先ほどナイフを握る掌を受けた時の、逆回しか。 蹴りが威力を発揮する前に受け止められ、 ぐわんと体が持ち上がる。不味い、と体を引く―― より 、も、そんなことよりも。 「…っがッ!!!」 一撃入れることばかりが、脳を焼く。 持ち上げられた肩口に重心を預けて、倒れるに任せて。咄嗟に跳ね上げた軸足を折りたたみ、 ――顔面に、膝を叩き込む。 踏みとどまるつもりは、なかった。もろともに海へと叩き込むその狭間に、がづん、と。 #BlackAndWhiteMovie (127) 2023/10/01(Sun) 18:56:14 |
【人】 アリソンに捧ぐ鐘 黒眼鏡>>128 「てめえ」 口を大きく開いて、 赤い飛沫が白波を横切り、 橙の燦光が瞼を過り、 視界と天空が回転する。 「なあ」 がづん、がづん、がづん、がづん。 肉と骨が打ち合う衝撃が、今も続いているのか、 それともずきずきと鈍く残る残響なのかもわからないまま。 誰も逃れられぬ運命のごとく、 重力が追いついてきて、 「──ふざ」 #BlackAndWhiteMovie → (130) 2023/10/01(Sun) 19:18:23 |
【人】 アリソンに捧ぐ鐘 黒眼鏡音も衝撃も、感じなかった。 気が付いた時には、全身に泡がまとわりついていた。 どちらが漏らしたものかもわからない 気泡が全身を覆って、 海面で乱反射する夕日が薄暗く差し込んで、 がぼ。 この泡は、自分の口から出たものだ。 それだけを自覚しながら、 ごぼ ごぼぼ。 ――握り締めた拳を、そ の顔面に 叩き #BlackAndWhiteMovie → (131) 2023/10/01(Sun) 19:19:32 |
黒眼鏡は、ヴィンセンツィオとケリをつけた。 #BlackAndWhiteMovie (a44) 2023/10/01(Sun) 19:25:35 |
【人】 黒眼鏡>>138 『…もしもし?』 その電話を取ると、 男の声が聞こえた。 ──君はきっと、よく知っている。 思い出せるかは分からないが、思い出してもおかしくないくらいに。 ……あのジェラート屋の店主だ。 『──ああ。ええと。今日、あんたから電話がくるか、 あんたが電話に出たら、こう言えと言われてます』 彼はあなたの声を聴くと、 何も尋ねることなく、 『「俺が一番好きなのは、カップのバニラ」って』 『お届けしましょうか、なんて聞いたんですが、いや、食いたいわけじゃないと……』 咳払い。 『すみません、私が首を突っ込むことではなかったです。 それだけ…ああ、その電話はやるから好きにしろと。 それだけ伝えろと言われていますので、伝えました。 あ、私は姿を晦ましますのが、店は娘が継ぎます。 今後とも、ごひいきに』 がちゃり、と電話がきれて、それきり。つー、つー、つー、という電子音だけが聞こえた。 (139) 2023/10/01(Sun) 20:36:14 |
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