100 【身内RP】待宵館で月を待つ2【R18G】
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帽子を深く被り直して、俯く。
熱くなる心のままに泣いてしまいそうで、表情が崩れてしまいそうで。
誰に見られるわけでもないのに、そうしたかった。
「トラヴィス……ありがとう」
夢を見ていた。誰もいない、触れたいものにも触れられない、高くて寒い宙の夢。
「…………」
目を醒ましたわたしはまず、あんなにこびりついていた
寒さ
がなくなっていることに気付く。
身体を起こして辺りを見回した。
彼の姿がどこにもない。
部屋に戻ってしまったかしら、とそう思った。
「……?」
そしてもうひとつ気が付いた。
あんなに毎日お腹を空かせていたのに、その空腹感がどこにもない。
けれど夜が来たというわけではなさそう。
わたしは魔法がまだ使えない。
「……行かないと」
置き去りにしたいくつかの約束が待っている。
違和感に不安な気持ちを抱きながら、わたしはドアノブに触れようとした。
触れようとして、すり抜けた。
予想なんてしていないものだから、わたしは扉もすり抜けて転んでしまう。
廊下を、使用人が歩いていた。
使用人は、部屋の外で転んだわたしに構うことなく、廊下を横切っていく。
「────え?」
何が起きたかわからなくて、すぐに起き上がることができなかった。
そうする間にも使用人、来賓、数名の往来がある。
その誰ひとりとして、わたしを見る人はいない。
背筋が凍るような心地がした。
多分また、酷い顔色をしているのだけど、それを指摘してくれるポルクスもいない。
ようやく立ち上がったわたしは、広間に向かうことにした。
莫迦ではないから、人とすれ違う度、状況を呑み込んでいく。
どうやらわたしは、誰にも見えていないみたい。
広間でわたしは彼らの姿を探す。
人混みもすべてすり抜けるから、動きやすいといえばさすがに楽観視が過ぎるかしら。
そう、わたしは冷静だった。
なぜか
ぬくもり
をずっと感じていた。
それがなければ、もっと取り乱していたかもしれないけど。
わたしは探す。
わたしに気づいてくれる人を。
少しそそっかしくて、一生懸命なお友達の姿を。
夢の中にまで会いに来てくれた、白い鴉の姿を。
いつの間にか隣からいなくなっていた、優しい、彼の姿を。
大きくてふわふわいつも浮いている、不思議な彼の姿を。
探している。広間を、中庭を、館中を。誰の目にも触れなくても、今のわたしは孤独じゃない。
ポルクスは目を覚ました。
泡沫の夢のよう。
宙に漂いながら俺は見た。
――被害者の顔をして泣く少女。
可哀想だ、ごめんねと思う。
――夢の中でも何かを探しさまよう夜の少女。
ありがとう、その温もりを手放さないでと思う。
神隠しの顛末にしては陳腐だろうか。
俺の身体は一線を画するこの空間にすら降り立てないらしい。
「……トラヴィス。礼を言う。
…………前のことは一生根に持つが、この恩もまたきっと忘れないだろう」
舞台人の一挙一動を見届けて、独り言つ。
皆が同じように願ってくれるか分からないからこれは賭けだ。
でも、「願えば何かが変わるかもしれない」という予感だけは男の中でほんの少し芽生えていた。
揺蕩っていた夢の底から、少しずつ浮き上がってきているのだろう。
「リーパー。俺を殺して満足したか?神隠しに遭わせてしまえば何も出来ないと思ったか?
俺が壇上から引き摺り下ろされて大人しくしている人間だと思ったなら。
その身をもって考えを改めることだな、ご愁傷様。
自堕落に溺れる俺を動かしたのは、お前だよ」
男は身勝手な性格で、身勝手な理由で動く人間だ。
だから、どこかの宇宙服に身を包んだ男にもし問いかけられたとしても、「俺が救いたかったのは少女だから知ったことではない」と述べるだろう。
……
少女が『彼も救いたい』と願うなら話は別かもしれないが。
今その少女は、眠りについたままだ。
「本当はお前のこと、もっと知れたのならよかったんだがな」
「少女の内側に潜む殺人鬼。題材としては非常に面白い。
作家はそこからミステリでも悲劇でもなんでも膨らませるだろうし、詩人ものびのびと感情を乗せて歌い上げるだろう。
でもな……」
▽
「すまないな」
「女を傷つけ苦しめる奴の物語など、俺は死んでも歌えない」
ユピテル
「……ユピテル」
男は振り向かない。貴方は自分と再会した時のように目を閉じているのかもしれないと予想はつくけれど、それでも、顔を合わせる事ができなかった。
断末魔を上げる少女を見捨てる事ができなくて、どうにか考えて動いた結果だ。後悔などしていない。
……けれど、自分だって事情を何一つ聞いていない。
「……いいや、知らない。
俺だって、聞けるなら聞きたいさ。
あいつに殺された瞬間はまだはっきり思い出せる。死ぬほど辛くて苦しくて、今も思い出すと怖くて仕方がないけれど」
誰にも見えないくせにッ!
オレと同じ、ひとりぼっちの癖に!!
「……救えるなら、救ってやりたいよ。
その判断をするユピテルを、俺は否定しない。許さない筈がない」
頭の奥で、かすかに聞こえた似た者同士の残滓が響いている。
殺人鬼の苦しみを完全に理解する事が出来なかったとしても、ひとりぼっちの苦しみは、自分もよく知っている。
……けれど。
▽
「でも、もしそれで、ユピテルが危険な目に遭ったら?」
自分はユピテルのように多くの為に心を砕く事ができない。
自分は親しい者を優先する。酷く身勝手で、ろくでもない人間であることは自覚している。
「もしそれで、お前が襲われて死んでしまったら?」
「そんな考えばかりが、頭に浮かんでしまうんだ」
▽
「お前が死んだら俺はきっとあいつを一生許せない。
例えお前があいつを救ってくれと願ったとしても」
「俺自身が死ぬことより、お前が死ぬほうがたまらなく怖くて苦しいよ、ユピテル」
――人はポルクスを称賛した。
心優しい王子様だと。
――人はポルクスを称賛した。
見目麗しく天才だと。
――人はポルクスを称賛した。
神の血を受け継いだ特別な子供だと。
そんなものは嘘だ。
俺は優しくはないし、努力をしただけで天才などではない。
ましてや神の子だなんてありえるわけがない。
俺はただの王の子であり、人間である。
全て特別な力を持って生まれた兄が受けるべき称賛だったはず。
兄が受けるべき寵愛だったはず。
死者に干渉する力というだけで忌み嫌った者たちが自分にはわからない。
我が半身は、力を持った特別な人間だったというのに。
わたしは彼を探している。
ふたりがひとりだったなら、きっとわたしたちは出会うことはなかった。
頬に触れた手と、この
ぬくもり
は似ているように思う。
だからかしら、胸騒ぎがして。
だってあなたはどこにもいない。
──わたしはあなたになにかしてあげることができた?
あなたはわたしに優しくしてくれた。
わたしはあなたに何も返せていない。
あなたの望みは叶えられない。
わたしでは、叶えてあげることはできない。
でも。わたしがあなたにできることは、本当にそれしかないのかしら?
わたしは探す。
わたしは彼を探している。
そしてわたしは、わたしにできることを、探している。
ようやく俺は地に足が着いた。
そこは館の外の中庭の、あまり人目につかない外れの方。
兄の残り香が……強い。
本来のそこにはないものが、この空間には確かに残されている。
薄紅色の花びらが舞う大輪の桜の木。
そして残されたおびただしい――――――血の跡が。
「これは兄さんのものではないな」
では何故だろうか。
血の跡を一瞥し、桜を見上げると、
ひらりと舞う桜が一枚、鼻の上に止まった。
――――――あ。
「これだ……」
桜の花びらから確かに漂う残り香と、兄の気配。
木に背を預けて目を閉じると、不思議と知るはずもない成長した兄の姿が映し出された。
やはり兄は、この館に来ていた。
「――――――ずるいよ、兄さん」
何に対してそう形容したのだろうか。
ただわかるのはカストルという双子の青年は、必要としあえる相手と出会ったということ。
そしてポルクスという双子の青年は、ひとり残されたということだけだった。
ポルクス
わたしはあなたを探している。
まだ自分ができることは、わからない。
それでも、あなたを探していた。
いだいたぬくもり
は、まだ、手元にある。
「……?」
広い中庭の隅、見たことのない、桃色の木。
わたしの知っている木は、みんな緑の葉を茂らせたものだけど。
足を止めたわたしは、そこにあなたの姿を見つけた。
まだ自分ができることは、わからない。 でも
「ポルクス……?」
木の根元に広がる赤い液。
あなたのものじゃ、ないのでしょう?
遠くで見ても分からなかったから、わたしは恐る恐るとあなたの名前を呼んだ。
ユピテル
唇を噛む。自分だって彼女の言葉に助けられた。死ぬことを躊躇わず何でも言えるその姿勢が大きな魅力であることはよく知っている。
何も言えなかった。
貴方の言う通り、今の貴方を作る全てに惹かれたのだから。
自分の言葉に決して頷かない貴方の答えに胸が締め付けられそうになって。でも、「ああやっぱり好きだな」という気持ちが浮かんだのも確かだ。
▽
ユピテル
「ユピテル」
もう一度名前を呼ぶ。
立ち上がり、振り返る。
自分がしたいのは愛することであって束縛することじゃない。
本当はついて行って後ろから死神の彼に睨みを利かせてやろうかとも考えたけれど。
それで彼女が聞けたいことも聞けなくなってしまうのは本意じゃない。
「信じてる」
でも、それだけじゃ足りない。
「『自分がこうしたい』と思ったことをしてくれ、ユピテル。
俺はどんな選択をしても、お前を応援しているから。
お前が道を選んで進むことを、自分のことのように嬉しく思えるのだから」
ずっと迷って傷ついている貴方を見たが故の言葉。
言葉を重ねながら、拒まれないのなら抱きしめる。もう寒さはどこにもない。氷のような冷たさは、貴方が溶かしてくれたのだから。
我儘を通した罰で動けないのなら此方が許しを与えるまでだ。
チャンドラ
声をかけられそっと目を開ける。
あなたの姿がわかれば、にこりと笑みを浮かべた。
「ここは不思議なところだね。
チャンドラまで居るとは思わなかったな。
これが神隠し……?」
花びらがひらりと舞い、二人の間に1枚、2枚と落ちてゆく。
「もう動けるようになった?
寒くなくなったなら、良いんだけど」
ポルクス
よかった、この赤はやっぱりポルクスのものじゃない。
安心したわたしは、少しだけ緊張を緩める。
「あなた、わたしが見えるのね。
……目を醒ましてから、わたしのことが見える人、ほとんどいなくて」
それが神隠しなのでしょう。わたしは頷く。
「もう、寒くないわ。
むしろ少しあたたかいくらい。……不思議ね」
チャンドラ
「見えるよ。不思議なことを言うね、館にいる皆には俺達が見えなくなってるの?」
未だ館に入ってない俺にはその現象がわかっていない。
けれどもこれが神隠しを経た空間だというのなら、そういうものなんだろうと納得だ。
「寒くない。……そう、それならよかった」
願いは聞き届けられたということだ。
驚いた様子も、ホッとした様子も見せることはなく。
理由を告げるつもりはないのか、静かに答えるのみだ。
ポルクス
「ええ、その通りよ。
誰にも見向きされなくて、最初は驚いたものだけど」
わたしは目を閉じる。
そうすると、このぬくもり
がより強く感じられる気がして。
「ひとりじゃないって、思えたの。
あなたのことも、思い出したわ」
このぬくもり
は、あなたの掌にとても似ている。
あなたがわたしに無償でそそいだ優しさに、とてもよく似ている。
無償でしょう? あなたが言った通り、あなたの望みを叶えるならば、わたしに酷いことをするべきだもの。
チャンドラ
「俺達は死んだのかな。
神隠しに遭った者が帰ってくることはあるようだから、生きてるのかな。
これが死後の世界だというのなら、悪くない」
痛みも苦しみもなく死ねたというのなら、これ以上の死に方はきっとないだろう。
「けど……俺だけじゃなくて君もここにいるというのは良くないね。
思い出してもらえたのは嬉しいけど……君は、もっと生きるべきだ」
底冷えする寒さがあるわけではないが、今、自分には一欠片のぬくもり
も存在していはいない。
自分の魂は兄のものだけど、ぬくもり
だけはあなたに遺して行こうと思ったことは後悔もしていない。
そこに取引も駆け引きも欲望も、ひとつもありはしない。
ただただ一方通行の感情でしかなかった。
ポルクス
「言われてみれば。
死んだっていう発想は、しなかったわね」
死後の世界なんてものを信じていない。
夜でないなら、わたしたちにはその権利すらない。
わたしたちは夜にしか生きられないの。
「……ポルクス。
それはあなたは死んでもいいと、そう言っているの?」
常昼のこの館で死後の世界を信じないわたしは、自分が生きていることを疑わない。
もちろん、あなたも。
あなたの望みは知っている。
それは叶っていないと思っている。
同じくらい、叶わない方がいいとも思っている。
あなたの言葉を借りるなら、わたしはあなたに生きてほしいと思っている。
チャンドラ
「わからない。
この花弁が教えてくれたから……兄もこの館に来ていたこと、館であったこと、兄が得たもの、兄が捨てたもの」
今更捨てたものを欲しなどしないだろう。
ならば俺の行き場はどこにあるのだろうか。
「でも……一度捨てようとした命だから、あまり惜しくはないかな」
ポルクス
「……お兄さんが?」
偶然か、双子の神秘がそうさせたのか。
でも偶然にしてはできすぎていて、わたしは驚いていた。
追うものと追われるもの。
あなたとお兄さんの関係は、聞いた話ではそんなもの。
それなのに、先にこの館に来たのはお兄さんの方。
そしてあなたが追うようにここを訪れた。
とんだ運命の悪戯ね。
それともこれも、館の主の意志かしら。
「惜しくはない……あなたはそう、思うのね」
ひとつ知る。
お兄さんの影がなくなって尚、あなたを蝕むもの。
わたしが思っていたとおり、そしてあなたの話していたとおり、あなたの中のお兄さんの存在はとても大きい。
ポルクス
「わたしはそうは思わないわ。
命は粗末にするべきではないもの」
ひとつ知ったなら、次はわたしの番。
わたしはわたしの道徳を語る。
そしてこれはわたしだけの道徳では決してない。
「命を危険に晒しても、やりたいことがあるなら別よ。
わたしはそれは、粗末とは別と思うもの。
わたしはあなたに、命を粗末にして欲しくないわ」
わたしは探して欲しいと言う。
どうせなくなってもいい命なら、それを賭けてでもやりたいことを。
叶うかは、また別の話。
それでも目標のために冒険する時間は、きっと有意義なもののはずだから。
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