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【人】 鬼の子 千[鬼子にはとても恐ろしかった。 交わされているようで突き放されている会話が、 見る見る内に慣れた道を過ぎて、知らぬ場所へ運ばれていくことが 鬼が自分を見ていない事実が。 行動を起こせる時間は充分あったというのに、決定的な瞬間まで何も出来なかった。] (43) 2021/06/23(Wed) 1:51:46 |
【人】 鬼の子 千だから何で、 [こんなところまで来たのか、と 少し踏み出せばそこにある外の世界にも目もくれず、問い詰めようとしたのだが。 次々と語られると挟むことが出来なく、それ以前にあまりの内容に声も失い固まってしまって その間にされるがままに荷を抱え直されることとなり、肩に大きな掌を置いた鬼を呆然と見上げた。 喉が乾いた音を鳴らす、離された肩が震えた。 用意されたこれからの為に大切な内容も真摯な励ましの言葉も、賢いと称された頭には少しも入らない。] (44) 2021/06/23(Wed) 1:52:00 |
【人】 鬼の子 千[ただ、穏やかな鬼に向けられたことのない声は耳に留まる。 それはまさしく決別の証。 静かで低く紡がれた言葉が、怒鳴られるより鋭い棘になる。] 何で、どうして…… 待って、待ってくれよ…… [明滅する光の幻に視界を奪われる 自分の物ではないように遠のく手足の感覚。 その中で必死に伸ばした手は届くことなく鬼は踵を返し、大きな背は直ぐに見えなくなった。 嗚呼、今まで随分気を遣って横を歩いてくれていたのだ。現実逃避の思考が過る。] (45) 2021/06/23(Wed) 1:52:13 |
【人】 鬼の子 千[人間の人生の二つ分よりずっと多く、鬼は山で生きている。 きっと隅々までよく知っていて、遮る枝も草もあの身体が簡単に退けてしまう。 今から追いつくことは不可能だろう。 それでもいい、寺にさえ帰れたのなら同じことだ。 喰らうことを拒まれるのもまた同じこと。 求めてもらえたというのは勘違いで、どれだけ過ごしてもその気にはなってもらえなく、ついには役目を果たさないまま別れを告げられた。 再び連れて行かれることになるのかもしれない。それでも──] (48) 2021/06/23(Wed) 1:52:49 |
【人】 鬼の子 千[日の出と共に目覚め、日暮れと共に眠るのが人間というもの。 鬼に許されていた範囲ですら夜には出歩かなかったのだ。 初めてやって来た廃寺から離れた場所は、夏の日差しを頼りにしても同じような風景が続いているようで分かり難い。 気づけば昼間とは表情を一変させた宵闇の中に独り彷徨っている。 重なる睡眠不足を抱えていた身体は、疲れ果て不安定な軸で歩みがぶれている。 それでも立ち止まらなかった。あの大きな身体と紅い目を、ひたすらに求めていた。 だから側の茂みから音が近付いてきた時、期待を持って呼んでしまった。] (49) 2021/06/23(Wed) 1:53:39 |
【人】 鬼の子 千紅鉄様……? [だが、現れた姿は彼ではない。 鬼はおろか自分よりも背が低くより濃い異形を持った何かは、毎年花嫁を求めている妖怪の内の一体なのは確かだ。 あの鬼が絶対に会わせなかった仲間、いつでも側にいたのにもしもの時について話した理由。 目を見開き後退り、すぐに逃げ出す。 老人にも赤子にも思える不鮮明な笑い声が、背後から聴こえる。] (50) 2021/06/23(Wed) 1:53:58 |
【人】 鬼の子 千[早く寺に、早くあの男の元に──── 視界もまともに確保出来ない夜の山、地を蹴り駆ける。 追いかける音が一体分ではないことに、すぐに気づいた。 ただの人間にも、この山の夜の異様な雰囲気が今は分かる。 戻らせない為の脅しも、確かに自分を想っての言葉ではあったのだ。] あっ、……! [廃寺はおろか、門すらも見えない内に声が上がった。 太い根に躓き、呆気なく逃走劇は終わる。 手から離れ解けた包みより零れた何かが、地に伏せた頭の近くに落ちた。 それは持ち込んだ薬より大きく、替えの着物より小さい。 あの時花を挟んだ、いつか鬼と開く筈の。] (51) 2021/06/23(Wed) 1:54:18 |
【人】 鬼の子 千[乱入者の登場はその場の者達にとって予想外。 諦めた獲物も興奮した捕食者らも、音に配る意識が欠如していた。 故にあっさりと取り返される。 気の合わない同胞が捨てたものを拾いに今更やって来ても、 納得はしないままでも、言い争いの結末として彼らは引かざるを得なくなった。 闇に潜み様子を見ていた者達も、黙したままに離れていき そうして、鬼と鬼子だけが残される。] (90) 2021/06/24(Thu) 1:57:54 |
【人】 鬼の子 千何も違わねぇよ…… [場が静まるまで地に伏したままでいた鬼子は、抱き起こされ漸く顔を上げる。そうして閉ざされない右目の紅を睨みつける。 返したのは嘆きではなく、言い争う最中鬼が叫んだ言葉への答え。 何故戻ってきたのかなど、こちらが聞きたいくらいだった。 要らないのなら、捨てたのならそのまま喰わせれば良かったのに。 そう思うと、ふつふつと滾り奥底から湧き上がるものがあった。 今まで経験したことがない感覚は、抑えが効かなかった。] (91) 2021/06/24(Thu) 1:58:12 |
【人】 鬼の子 千誰がこんなことをしてほしいなんて言った? 誰があんたと暮らすのが嫌だって言った? あの時愛想を尽かしたなら、そう言えばいいだろう お前なんて嫌いだ、だから捨てるって言えよ……! 望んでもいないことで、俺のせいにするな! 自分の気持ちで自分の言葉で拒絶しろ! さと、さと、さと。今傍にいるのは俺なのに! あんたはこっちのことは少しも見ずに、 最後には死んだ人間の夢まで押し付けて! 俺はさとじゃない。俺は、俺は………… (92) 2021/06/24(Thu) 1:58:37 |
【人】 鬼の子 千[俯き、厚い胸板を何度も拳で打つ。 響かないと知りながら、痛まないと分かりながら、 加減のない力に、言葉になりきらず自己でも解釈しきれない感情を乗せ、何度も繰り返された。 村人に浴びせられ、そして浴びせてきた罵りは ただの一つも口にせずに。*] (93) 2021/06/24(Thu) 1:59:22 |
【人】 鬼の子 千[言葉が足りていなかった。それは真に違いない。 何事も口にしなければ明確な答えは得られないだろう。 何故戻ってきたのか、鬼の口から語られはしなかったように。 しかし、本当に相手を見ていれば伝わるものはある筈だ。 あやす掌の慈しみや強すぎる抱擁の中にある感情が、鬼子には痛い程に感じ取れた。 初めて会った時は鬼を理解出来ない男と思っていたのが嘘のようだ。 拳はとうに解け、下りた腕は広すぎる背に回っている。 穏やかな影色に包まれて、強い雨は勢いを失い消えた。] (99) 2021/06/24(Thu) 2:02:44 |
【人】 鬼の子 千俺も……悪かったよ 紅鉄様を無理矢理、けだものにしようとしちまった 文句を言いもしないでさ [心から謝るなど、今まで一度でもしただろうか。鬼子はふと疑問に思う。 随分とそのせいで取り返しのつかないことになり、気にもしてなかった。 むしろそれこそが満たされる唯一の方法だと思っていた。 千、そう自然に響いた呼びかけが、鬼子にらしくない言葉を紡がせたのかもしれない。 知らぬ母が嫌いなのではない、本来はそう名付けられる筈だったと知っている。どう呼ばれても構わないと思っていた。 それでも千として生きてきた。だから漸く、認められた気がした。] (100) 2021/06/24(Thu) 2:03:12 |
【人】 鬼の花嫁 千…………そうなのか。そう、かもしれねぇな 何しろあんたが言ってるんだから [少し考え、ぎこちのない返事をする。 未だ実感が沸かない。でも、何となく分かる気もした。 それ以上にこの鬼の言葉に強い信頼感が今はあった。] ひひ、本当に酔狂な鬼だなァ 言うことも聞かない、迷惑を掛ける 女でもない白髪の嫁なんぞでいいのかい? 紅鉄様がなんと言っても、俺はあんたがいいけどな [らしく不気味に笑って見せても、ほろりと覗く別の顔。 表層を剥がされたのは、鬼子のほうであったらしい。] (101) 2021/06/24(Thu) 2:03:47 |
【人】 鬼の花嫁 千[運ばれ置かれた記憶はまだ新しすぎる。 伸ばされる腕を避けるが、代わりに隣に立って腕を掴んだ。 合わない身の丈の男同士では、なんともちぐはぐな絵面なのだろうが どれ程怠く感じ痛んでも、辿り着くまでは離さなかった。 その夜、眠るまで部屋にいてほしいと望んだ願いは叶えられただろうか?**] (102) 2021/06/24(Thu) 2:04:07 |
【人】 鬼の花嫁 千[ 自分が眠らなければ心優しい鬼は自身の寝床に戻れないというのに 一向に目を閉じようとせず、語り部とさせてしまったのは 再び捨てられると怯える疑心からなどではない。 静かに目を細め聞き入る姿には、信頼と安堵が宿る。 聞きたがらなかった母親の話にも、 今は嫌がる様子は見せず、静かに相槌を打って受け入れた。 ] 成程な、あの村らしいやり方だと思うぜ 汚いものは他の誰かに捨てさせるか、隠しちまうのさ そこを暴くのが愉しくて愉しくて仕方なかったもんだ [ 口を挟んだのは、確かに知らなかったこちらを鬼が知った経緯。 釣り上がる口角、過ごした日々を思い出すが とても遠い記憶のように感じ、それは語り口に表れる。 ] (129) 2021/06/25(Fri) 3:34:31 |
【人】 鬼の花嫁 千─後日─ 散々紅鉄様を誂ったものだけど 案外、俺も楽しみにしていたのさ それに、強引にさせちまったのもこっちだ [花の出来上がりではなく、その時相手と何を話すのかを。 故に慰めを受けても首は横に振られる。落ち込むことはなくとも、少し残念だった。 思い出ごと不要とされたのではなく、鬼の側にとっても大切なものだから持たされたのだと分かったのなら一層に。] (131) 2021/06/25(Fri) 3:36:45 |
【人】 鬼の花嫁 千へぇ……へぇ! 鬼様にもそういう欲もあったんだなァ [僅かに言い淀んだ様子を見逃さず、紅色を覗き込むのは根付いた癖がさせたこと。 しかしあの夜、置き去った後の鬼が抱いていた苦しさを聞かされていたが為に、それ以上言葉を求めることもなく鬼子の顔は引っ込んで。 まるで子供を教育するような問いにも、素直に顎を引く。] (132) 2021/06/25(Fri) 3:36:53 |
【人】 鬼の花嫁 千……俺も今はそう思ってるよ [あの夜出会った、血肉を求め喰らう者 奪われんとしたその瞬間、何の喜びも生まれなかった。 髪を撫で梳く手の甲に指で触れ、隆起した命の流れをなぞる。] なら、これからも変わっていくあんたを見ていられたらいいね [交わる視線は離れ、互いに同じ方角へと向いた。 思わぬ邂逅を果たした傍らの男の同胞を思い、唇は引き結ばれた。**] (133) 2021/06/25(Fri) 3:37:13 |
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