203 三月うさぎの不思議なテーブル
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― 白うさぎは混乱中 ―
[ 分かってるのに、ちゃんと聞きたくて嘘をついた。
そんなちょっとした我儘で零した「勘が良くない」を
可愛い嘘、なんて言われて大咲は更に混乱する。
あのもう頭と頬と胸全部が熱くて、砂糖みたいに甘くって
限度を超えてしまいそうなんです。
平常心、平常心……と言い聞かせるよう心中で唱えながら
そういえば、お互いのこと、実はあんまり知らないなと
気付いたのは 連絡先が差し出されてから。 ]
……合意がある場合でも、ナンパって、言いますかね
[ 出来れば、その、ナンパじゃなくて。
貴方が好きなんですって言うための、…ううん
私と貴方を知るためのチケットに、なりませんか。
なんて思いも込めて、掴んだ服。 ]
……〜〜〜!?
[ 駄目です大咲キャパオーバーです助けて店長!!
いや店長ヘルプしてもらっても解決しませんが!
「待て」ができなくなるとか可愛いとか
そんな、これ以上わたしを熱くさせてどうするんですか。
何かを堪えるように唇を噛む神田と同じくらい
間抜けなきょとん顔と赤い頬を晒した大咲は
「終わったらすぐ連絡するのでっ」と言い逃げて
厨房を抜け、バックヤードへ駆け込み、
いつの間にか鎮座している新顔を抱きしめた。
製作者によもや目撃され、可愛いと思われていたり
貴方の心の中の主張なんか勿論知らぬまま
白うさぎは落ち着くまで忙しさも忘れ、
焼きたてパンみたいなふわふわうさぎで心を落ち着けた。* ]
― うさぎの穴から出た後は、 ―
[ 二連トラブルがあってもうさぎの穴は営業を終えた。
大咲は爆速で洗い物や後片付け、在庫確認、
明日のランチ向けの軽い仕込みを手早く済ませる合間。
店へ個人置きしているタンブラーをひとつ持ち出し
いつもお客様へ提供するのと全く同じ手間と時間を掛け
淹れたコーヒーを、タンブラーに注いだりも。 ]
ごめん皆、クローズ作業終わったからもう帰るね!
ちょっとあの、大事な用があるんだ!
[ 制服から私服へ着替え終え、鏡で前髪を整えると
面々に声を掛け、大咲はスカートを翻した。
黒色のドレープ袖のブラウス、白のマーメイドスカート。
クリーム色のボアカーディガンを羽織り、
タンブラーを鞄へ仕舞って、スマホを取り出せば。
渡された連絡先、…声が聞きたくて電話を選ぶ。 ]
あの、……大咲です
今退勤したから……えっと、会いにいって、いいですか
すぐ向かう、ので!
[ 神田ブレンドのコーヒーは
まだまだ寒い春先の夜の中、待ってくれたお礼として。
在庫ちょっと勝手に使ってごめんね店長!
人生掛かってるんです、可愛さに免じてゆるして!
そう。店長やスタッフ達には遠慮も照れもなく
「大咲かわいいもんね〜」とか言えるのに。
なんで一人の言葉に、あんなに乱されたのか、とか
解答欄はとっくに埋まってる。
きっと通知音に気付いてくれた貴方がいる場所へ
時計うさぎみたいに慌てて向かえば、
貴方はどんな顔でそれを迎えてくれただろう。 ]
ごめんなさい、お待たせしました、神田さん
これ……寒かったと思うので、良かったら。
……えっと。家の方向、どっちですか?
私、ここから一駅だけ電車に乗らなきゃで。
でも終電までまだあるし、明日はシフト無い、ですし。
ちょっとだけ、ゆっくりめに歩いて、いいですか
…………顔見ながら、話したい……です。
[ もし話し終えるだけの時間がなければ、電話でも。
そんなことも頭を過ったけれど
特別、な貴方には、やっぱり直接聞いて欲しい。
徒歩圏内に家があると教えて貰えるのなら
何だったら、近くの公園へ寄り道をしてでも。 ]
[ どうするかの結論はともかくとして。
コーヒーは無事に神田の体を温めるには至れたか。
いつもなら気兼ねなく歩ける見慣れた道も、
今日ばかりはまるで異世界みたい。 ]
……改めてみたいになるんですけど。
うさぎ、喜んでくれて、ありがとうございました。
誰かにこの話をするの ……初めてだから
上手く話したり出来ないかも、しれないですけど。
聞いてくれますか、──知りたいって言ってくれたこと。
[ 伺うように、瞳を見上げる。
肯いてくれたなら、今まで誰にも言いたくなかった、
──言えなかった過去のことを、貴方に話したい。
同時に、抱え続けていた夢の、もうひとつも。* ]
[がっついている自分を見せるのが恥ずかしくてつい「ナンパ」なんて言葉で自分の行動を茶化した。
それなのに、ああもう。
「合意」なんて言ってくれちゃって。]
っは〜〜〜〜〜〜
[外で待つ間、桃色に染まった顔を思い出す。
その顔を見る前にもう、心は彼女のことだけを求めていたけれど。]
……ああもう堪んないな。
落ち着け僕。
[自分が心を向けることであんな表情を見せてくれるのかと思えば、跳ね上がった感情が身体を渦巻いて気を抜いたら叫びだしそうになる。
店の真向い、もう灯りの消えているビルの壁にごちんと頭部をぶつけた。
火照った頬から冷たい壁が体温を奪っていく。]
――通知音――
はい、神田です。
[退店してから今まで時間はあった筈なのに、余裕なんて全然手に入らなかった。
驚くべき速さで通話ボタンを押し、緊張があからさまな応答をする。
]
向かいのビルにいるよ。
もう車も殆ど通ってないけど気を付けて。
――逢いたい。
[待っていると約束をした自分に「会いに行っていいですか」と言ってくれるものだから、先程まで同じ空間にいたのに胸がきゅうと苦しくなった。
いつもより近くで聞こえる、いつもとは少し違う電話口の声。
同じ条件で自分の声を聞く彼女も同じ胸中でいてくれたらいい。]
[程なく駆けて来た彼女の姿を見つけて片手を挙げる。
嬉しさを隠せない緩み切った表情は、暗がりで真白の瞳にどう映っただろう。]
お疲れ様。
忙しかったのに帰り急かしちゃって此方こそごめんね。
わあありがとう。
そわそわしちゃって口が乾いてたから助かる。
[タンブラーを受け取って早速蓋を開ける。
すぐに立つ湯気の香りは自分ブレンドだとわかれば、飲む前にもう身体の内側が温かい。]
私服初めて見た。
可愛い。
あーもう僕「可愛い」しか口に出せなくなりそ。
[一口飲んで蓋を締め直すと、見かけた時からずっと思っていたことを言わずにはいられなかった。
タンブラーを持ち替えて、片手を差し出す。
んん、と喉を鳴らして心の準備。]
まだ寒いので、手を繋いでもいいですか?
[自然に繋げる程スマートな男ではないので背伸びをせずに正直に誘います。]
終電あるないに関わらず送るつもりだけどね。
一駅くらいなら歩いても帰れるし。
僕ん家はすぐそこ。高層マンションて訳じゃないからここからは見えないけど。
じゃあ、ゆっくり歩いて、少し遠回りしようか。
[近所なので土地勘はある。
駅を一度通り過ぎる形で散歩道に。
桜はまだだが梅は綺麗に咲いている。
電車が動いている時間では人通りもある程度あって、歩きながらでは真剣な話は難しいか。
その先にある公園のベンチまで、歩幅を合わせて二人で。
今日の料理の感想を改めて喋ったりしながら。]
こっち来たことある?
今は草しかないけど、5月の前くらいになったら藤棚が綺麗だよ。
うーん、草の屋根程度じゃまだ寒いかな。
これ使って。
[モバイルプリンターも入る大きなリュックには、仕事先の椅子が冷たかった時に使う携帯用座布団が入っている。
バッテリーを接続してスイッチを入れれば、程なく温かくなる筈だ。
外のベンチで綺麗なスカートが汚れるのも嫌だしね!と強調したから、自分がベタにスカート好きの男だということはバレるかもしれない。**]
[ 数コールどころか、覚悟の間もなく音速で通話が始まる。
ナンパだと茶化した真意なんて知らない大咲は
「緊張しているのはお互い様なのかな」なんて考えて、
第一声に微かに咲いながら。 ]
……私も、逢いたいです 待っててください
[ 待ってるって、約束してくれた。
それは理由や場所は違えども、これで二度目。
通話が切れ、はふ、と知らずのうちに息を吐く。
胸が苦しくて、でもそれは嫌な息苦しさじゃなくって、
そわそわするような 込み上げてくるような。
貴方もそんな胸中だったかな。…そうならいいな。 ]
[ そうして駆け寄った先、片手を挙げる彼の姿。
夜の暗がりでも分かる緩み切った表情に滲む色。
直視すると照れてしまうと分かっているのに、
目を逸らすことは 出来なかった。
急かしてごめんと謝られれば、気にしないで、と笑いかけ
タンブラーを手渡して。
落ち着いていたはずの心がまた爆発した。 ]
か、かわい、ぃ ……です……?
……ぅ。
神田さんにかわいいって言ってもらえるの、嬉しい、けど
…………照れちゃう、ので……控えめで……。
[ 言わないで、とは言いたくないけど。
ああ今日もっと可愛い私服で来るんだった。そんな矛盾。
服の好みが知りたい。彼の好きなタイプのことも。
高野といつだったか交えていた気になる人談義、
こっそり、こっそり、大咲は聞いていたけれど
結局収穫は得られないままだったから。 ]
……ッはい。
私も、手。……繋ぎたい、です
[ 正直な誘いには、頬を赤らめながら
きゅう、と柔く彼の手を握った。
スマートに自然に繋がれたら、慣れてるのかな、とか
そんな風に少し、もやもやしてしまったかもしれない。
だから。聞いてくれて良かった。 ]
え。でも、一駅分送ってもらうなんて、申し訳ないです
お家が近くなら余計に。
営業後の仕込みで終電逃した時も歩いて帰ってますし…
[ そう。この業界は帰宅が遅いのだ。
寒空の中待たせた上に一駅も送らせるのは、と思えども
けれど「じゃあ後日」とはなれなかった。
彼が進むまま、駅を一度通り過ぎ、
梅が春を報せる道を不意に眺めながら。
歩幅を合わせてくれているだろう彼に甘えつつ、
穏やかに語らいながら、公園のベンチまで。 ]
いえ、普段出勤ルートしか歩かないので……
良いですね、藤棚。見たいな。
いつもお店のことばっかり考えて、花の移り変わりとか
……そういえばろくに見てなかったかも……
[ 問いには首を横へ振り、春の訪れを想いながら。
春夏秋冬の彩りを楽しむことを、こうして教えてもらって。
背負っている大きなリュックから取り出された、
温かさを与えてくれる携帯用の座布団に目を瞬かせ。 ]
…良いんですか? ありがとうございます。
…………ふふ、スカート、好きなんですね?
[ 遅れて耳へ訪った強調は流石に察するものがある。
大咲も好きで制服にスカートを選んでいる。
お揃い、だ。
少し揶揄うように笑い、それからそっと、息を吐く。 ]
[ 神田が横に座れば、大咲はぽつりと口を開く。
強調された言葉によるスカート好きの露呈により
僅かに緊張は緩んだけれど、無くなったわけでもない。 ]
んー……どこから話せばいいかな。
ちょっと話すの下手でも、許してください。
私ね、母子家庭で。
物心ついた時からお母さんしかいなくて、多忙な人で。
机の上に毎朝置かれてるお金で生活してたんです。
[ 何の仕事をしているのかも、良く知らない。
ただお金は置かれ続けていたから何となく
多忙な人なんだと思っているだけ。 ]
で、小学校の……高学年くらいのころだったかな
お母さんが作れないくらい忙しいならと思って
興味もあったし、料理し始めたのが切欠でした。
美澄くんのおばあさんがやってたお店。
あそこで食べたあったかいご飯が美味しくて。
大事な人と、一緒にご飯食べたいなぁって、
……そんな思いも、ちょっとだけ。
[ まあ最初は悲惨でしたけどねぇ、と茶化した。
重い空気にしてしまうのも嫌で
別に、それ自体を引きずっているわけでもなくて。 ]
毎日作った料理を置いておくんです。
そしたら朝起きて、一口も食べられないまま残ってて、
でもお金は毎朝置かれてて。
[ 嫌いな食材も知らない。アレルギーでもあるのかも。
そんな風に思いながら、そんなわけないと知っていて
何年も。 ]
高校一年の母の日に、初めて、ケーキを作ったんです
周りに何を言われても、お母さんは
お金をかけて私を育ててくれたから。
お礼のつもりで、これなら食べてくれるかなって。
そしたら、……次の日、捨てられちゃってたんですよね
料理は捨てずに残すだけだったのに、
わざわざ捨てるくらい迷惑だったんだ、と思って。
私がお菓子を渡すの、迷惑だって思っちゃうのは
ずーっとそれを引きずってるだけなんです。
[ 寒々しい筈なのに、不思議と寒くないのは
彼が用意してくれた温かい座布団のおかげでもあり
きっと繋がれたままの、手の温もりがあったから。
「いやー、そっからは数年荒れましたねえ」と言って
えへ、といつもと変わらぬ笑みを浮かべた。 ]
でもやっぱり、料理が好きなんです。
だから生まれ変わるつもりで、今のお店に頭下げましたね
作ったものを食べてくれるだけで十分嬉しいし、
喜んでくれたらもっと楽しい。
美味しいって言ってくれる人はいっぱいいるけど
神田さんは特に、幸せプラスとか、色んな感想とか
"また私のクッキーが食べたい"……とか。
……多分、神田さんにとっては何気ない言葉でも
私にはなにより欲しかった特別をくれました。
勝手に救われた気になってたんです、……重いですけど。
[ 一回だけ作ったのは、ここでなら、と思えたから。
でもやっぱり怖くて一歩下がり直してしまったとも。
知って欲しくて話す時間は随分長く感じたけれど
まだ告げたいことは、ひとつあるのだ。 ]
私、お母さんのことは恨んだり嫌いじゃないです。
育ててくれたのは本当だから。
正直まだ、お菓子…特にケーキを作るのは怖いです。
……でも、いつかもし、大事な…特別な人ができたら
いつか作っていきたいって、ずっと、思ってて。
あの。…………あの、ですね
[ 言い淀む。
けれど"言わずに後悔した"過去が大咲の背中を押した。
どんな顔で聞いているか、怖くて見れずにいた神田の方を
恐る恐る見上げて、髪を揺らして。 ]
神田さんのこと、好きです。
……お客様としてとか、そういうのじゃ、なくて。
いつか特別な人に作りたいと思ってたケーキ、
神田さんが、食べてくれませんか。
他の、まだ作れないお菓子も全部、一番最初に。
後、あと、……一緒にご飯も食べたいです。
[ だから、"勘の良くない"私に、
どうか頷いて 答えを教えては、くれませんか。** ]
僕は出来ない約束はしない主義なんだ。
[これは「かわいい」を控え目に、というお願いに対してだけれど。
これまでやこれから自分が結ぶ約束は、「できる」と確信しているものだという意味も籠っている。]
諦めて。
多分これ控え目になる日は来ないから。
[けらけらと笑う。
揶揄っている訳ではない。]
ああでも、誰か周りにいたら我慢しなきゃいけないな。
そんな可愛い顔、僕以外に見せたくない。
[我慢なんて出来るだろうか。
まだまだ知らないことはたくさんあって、知る度に「可愛い」が勝手に口から零れてしまうくらい、既に真白でいっぱいなのに。
――ほらまた。
肯定するだけじゃなくて、恥ずかしがりながらちゃんと「自分も」と伝えてくれるところが、自分は――]
この手が僕の幸せをつくってくれるんだよなぁ。
特に大きい方じゃない僕の手でも包めるくらいの大きさで、いつも。
ふふ、あったかい。
あったまり過ぎて手汗かいたらごめんね?
[予防線を張っておくのを忘れない。
既にじわりと滲みそうなのを止める術は持っていない。]
僕ができるだけ長く一緒にいたいからだよ。
登山が好きだから歩くのは全然苦じゃないの。
ああそう、車も仕事で必要だから持ってるんだけど。
次、仕事で終電逃した〜って時は呼んでよ。
駆けつけさせて。
[ぎゅっと手を握った。
今まで夜に一人で彼女が歩いている時に何かが起きなくて良かった。]
そうそう、勿体ぶる訳じゃないけど、
仕事の話は後でね。
藤棚は咲きそろったらまた見に来よう。
夏になったら小学校がひまわりの鉢植えずらーって並べるし、
秋は老人会の人が焼き芋焼いてお裾分けくれたりもする。
この冬に大人げなく中学生と雪合戦して負けたから次は別の楽しみ方考えてるとこ。
[公園に着くまでの会話は、浮かれているからか自分の方が饒舌だった。
尤もいつもお喋りだから、目立たなかったかもしれないが。
彼女のスカートが好きだというのがバレて指摘されたら照れて少し唇を尖らせて。]
スカートだけじゃなくて、その如何にも女の子って感じのデザインのブラウスも、モコモコの上も好みだよ。
[と白状した。
それを彼女が着ているから余計好きになりそう、とも。]
[ベンチに並んで座っても、繋いだ手は解かないまま。
荷物を下ろして、タンブラーは横に置いて。
彼女が気持ちを整えるのを待つ。]
ホントに嬉しかったからね。
僕も改めて、ありがとう。
[改めて礼を言われれば、礼を返す
前置きをする彼女の瞳をしっかり見つめて「うん」と返した。]
全部聞かせて。
順番もマシロちゃんが話したいようにで大丈夫。
[「初めて」。
あんなに仲の良いうさぎ達にも話さなかった、話せなかったこと。
知りたいと踏み込んだ覚悟は繋いだ手にもう片方の手を重ねさせる。]
――うん。
[それから始まった打ち明け話。
最初は彼女の家庭環境から。
料理を始めたきっかけを知ると「へえ」と眉を上げ、自分の記憶にもある店の話題に店主の笑顔を思い出しては目を細めた。
小学生の真白が悪戦苦闘をして料理を作る様子を想像して、茶化す言葉には「うんうん」と頷いた。]
――っ、
[ああそれなのに。
想像だけで可愛さいじらしさに頬が緩んでしまうのに、彼女のやさしい気持ちのこもった料理は。
話の腰を折りたくなくて堪えたが、上向いていた唇は下がり、眉根に皺が寄る。]
は?!
え。
[だが、母の日のエピソードは、それよりもなお悲しい記憶だった。
堪え切れずに険のある声が零れ、聞いた内容を反芻した。
彼女がお菓子を作るのに勇気が必要だった理由。
技術的に全く問題がないのに、「迷惑」と口にして恐れてしまう理由。
(なんだそれ。なんだよ。)
荒れましたね、なんてさらっと言う彼女の笑顔がいつも通りで、「数年」を折り畳むことにした彼女の苦労を思う。
生まれ変わるつもりで白うさぎとなって、たくさんの料理で人を笑顔にしながら、彼女はずっと高校1年生の自分を背負っていたのだ。]
っ、
[僕は、と思わず口を挟みそうになったが話はまだ終わっていなかった。
彼女が「恨んでいない」と言ったところで自分はもう今後彼女の母親を許せはしない。
「いつかもし」なんて聞いたら、そのポジションは自分にと身を乗り出して、今度は間違いようのない言葉で自分の想いを告げようとした。
恐る恐る見上げてくる瞳を見つめて口を開きかけ、]