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【人】 千どこぞの酔狂な金持ちの寄付によって、 ここ数年の内に建て替えられたというこの建物は 規模と需要に反した、真新しく清潔な内装が目を引く まさしく金の無駄遣いであると、 望んで働いているわけではない一般庶民には思えてならないが 無駄に大きな窓から差し込む月の光に関しては、 巡回中いつも有り難く感じていた。 夜の資料館は不気味に思えてならない。 今の時代を生きる存在は自分一人きり、 犇めく過去が黙して暗がりからこちらを見ている。 そこには独特の居心地の悪さがあった。 中にはきな臭く鬱蒼としたものも収められていて、 そんなものを置いているからいつでも客足が少ないのではと 思えてならないが、当然口を出せる立場でもない。 (104) 2021/07/02(Fri) 23:06:11 |
【人】 千一人分の靴音だけが、反響し静かな空間に響く 丁度この先にあるコーナーが、きな臭い展示物のある場所だった。 不気味であっても、怖いと感じているわけじゃない。 自分は既に親に結婚を急かされる年齢の男で、 真夜中に展示物が動き出し警備員を巻き込み騒動を起こすのは 映画やゲームの話でしかないのだから。 何も起きやしない。いつもと変わらず時間が過ぎ、帰宅する。 その筈なのに──── あるわけがない風の流れを、温い空気の中確かに感じた。 (105) 2021/07/02(Fri) 23:06:25 |
【人】 紅鉄坊男が二人、何かを話している。 息を殺し足音を潜め近づき、様子を覗っているが その内容が聞き取れる位置に来ても、意味がよく分からない。 こんな寂れた資料館なんかに、強盗が入ったというのか。 どれ程建物が新しく見えても、金があるわけがないだろう。 大昔は山ばかりだったという、過疎化の進んだ田舎町だが 夜遅くだって、いくらでもコンビニやガソリンスタンドがあるのに。 自分から見て正面に開け放たれた窓、左右に展示物が置かれている 差し込む光により、それを眺める男達の輪郭が浮かび上がる。 一人は黒い短髪の大柄な男、青緑色の上着越しにも筋肉が分かる。 もう一人は脱色したのか白い髪の小柄な男で、やけに着込んでいた。 (106) 2021/07/02(Fri) 23:07:44 |
【人】 紅鉄坊侵入経路は明確だが、窓に鍵を忘れていたのだろうか。 今までそんなことは一度も無かったし、 警報装置が起動していないのも奇妙だ。 だが、凶器の類は見当たらない。 懐にあるとしても、こちらは直ぐに然るべき場所へ連絡が出来る。 何が目的かは未だ検討も付かないが、 その現代社会を舐めた行いをすぐ後悔することになるだろう。 踏み込み、彼らを手持ちのライトで照らしながら叫ぶように言った。 (107) 2021/07/02(Fri) 23:07:57 |
【人】 紅鉄坊驚いたように両者の身体が反応し、こちらへと振り返った。 そして、そして──……これはなんだ? 続ける言葉も思考も足も、何もかもが停止してしまう。 自分は休憩室の机に突っ伏して、居眠りでもしているのか? そう思ってしまう程、信じられないことだった。 (109) 2021/07/02(Fri) 23:08:22 |
【人】 異形 紅鉄坊男達が一瞬で、まるで普通の人と思えない姿に変わったなどと。 奇特なコスプレイヤーという言い訳すら出来ないじゃないか! 勇敢な警備員ぶろうとしていた筈が、腰を抜かして座り込む。 大柄な──より異形が強い方が何か弁明する言葉など、 耳にも入らないどころか、必死に距離を取ろうとしてしまう。 その時、小柄で白い方が動いた。 一歩、一歩。この状況など意に介さないような軽い足取り 目前まで近づいて、屈んでこちらを紅い片目が凝視した。 男達はどちらも片方しか目が開いていなくて、 紅色をしていることも同じらしい。 補い合うように左右対称のそれの意味を考えてしまったのは、 恐ろしさでついに後退ることも出来なくなった現実逃避なのか。 (111) 2021/07/02(Fri) 23:09:03 |
【人】 千どうやら気絶していたらしい。 すっかり静けさを取り戻している空間。 不審者も恐ろしい異形も、何処にもいない。 ふらつきながら窓に近づき、外を見下ろしても その先、資料館の傍らで咲き誇る純白の梔子が見えて、 芳しい香りが風に乗り届くばかりだった。 湿度の高い夜、あれはよく香るから──── (117) 2021/07/02(Fri) 23:13:10 |
【置】 千彼らが見ていたのは、透明なケースに収められた石版。 かつて山の中に存在した、文化の発展も届かない閉鎖的な村は 災害や疫病を人々を呪う鬼の所業とし、 鎮める為に花嫁と称して贄を出していたという。 それも恐ろしい程長い年月、定期的に。 生け贄とされた村娘たちの名前が、 何者かにより代々記録されていたという品が、それだ。 科学が人間の妄想を払い切れなかった時代 数多の血を流させてしまった、悍ましい集団妄想。 その筈だ。そうであるべきだ。それ以外には可能性は無い だが、これでは (L0) 2021/07/02(Fri) 23:13:49 公開: 2021/07/02(Fri) 23:15:00 |
【人】 龍之介[それにしても 腕に息づくこの”龍”が みくまり様の、もうひとつのお姿だったなんて…、 そう分かってから見つめると、 なんだか 愛おしさ が込み上げてきて 思わず、手のひらで そっと優しく撫でてしまっていた。]** (122) 2021/07/02(Fri) 23:30:18 |
【人】 水分神[態とらしく咳払いをすれば 表情をきりりと引き締めて立ち上がる。] ……、…… 疲れておるじゃろうから今宵とは言わぬが…… 覚悟が決まれば、閨に来るが良い 其処で妾の夫に相応しいかとくと見極めてやろう [抱擁した時に着物が汚れた。 身を清めてから部屋に戻るとしようか。] (126) 2021/07/03(Sat) 0:54:00 |
【人】 天狗―― 後日譚 ―― [天狗の加護を受けていた村の一つが「無くなった」という話は 偶然その村を訪れた行商人から周囲の集落に伝わった 何事かと駆け付け調べては見たが、そこにあるのは焼け跡のみで 居た筈の住人の姿は「どこにも」無かった ただ一人、娘が彷徨っているのを保護したが、答えられる状態ではなく よほど恐ろしい思いをしたのだろうと人々は噂をした だが、誰一人として、それが天狗の仕業だとは口にしなかった それは、口にすれば災いが及ぶなどという話ではなく 「山神様がそのようなことはしないだろう」と皆が思ったからだった 山神様は山裾の村々を護り、その「礼」にと娘を嫁に送り出す それはもう、ずっと昔からのことで、そもそもそれが何故かなど 村人はほとんど覚えてはいなかったので] (128) 2021/07/03(Sat) 2:30:06 |
【人】 天狗[それから少したって、天狗は保護している村全てに使いを送る そのようなことは滅多になかったから村人は驚き そうして、先の村が滅んだ一件を思い出す もしや、この先に良からぬことが起きるのではないかと 不安げな人々に向かって、使いは天狗の声で「安心せぇ」と笑って見せた 使いは「影」であり、それを通して話しているのだと前置きしてから 此度の要件を語りだす ……「もう、嫁はいらぬ」と] (129) 2021/07/03(Sat) 2:31:04 |
【人】 天狗 もう嫁はいらぬ 此度、ワシは長きにわたり共にある「眷属」を得た これまで、大切な娘を送り出してくれたことに感謝する そして、悲しい思いをさせただろう、すまんかった [村人はざわめき、そうして泣き出す者もいた 天狗が去ってしまうのではないかと、そう気に掛けるものもいた、が] 安心せぇ、ワシはこれからもこの地を護る 嫁を取らぬようになるだけじゃ じゃがの、一つ気がかりなことがある…… 皆も知っとるじゃろ、先日「無くなった」村の件じゃ [村人たちがはっとして使いを、天狗を見る] (130) 2021/07/03(Sat) 2:32:11 |
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