203 三月うさぎの不思議なテーブル
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[ ぽん、と置かれた手の先は。
あの騒動の時みたいに肩ではなく、今度は頭。 ]
……えへ。
はぁい、瑞野お兄ちゃん。
代わりに妹の大咲にも、相談とか
してくれていいんですからね?
例えば…………恋とかの……?
[ 速崎から既に話を聞いているとは知らないけれど。
「オニイチャン」という自称へ満足げに笑い、
お返しとばかり投げた言葉は
つい、MVを何気なく見せた時の瑞野の顔を思い出して。
言い詰まったのは、わざとじゃないです、本当に。
大咲はしれっとした顔を貫き通しました。えらい。 ]
[ 続けられた言葉と、流された視線の先。
入社早々、既にある意味大物の気配がする新人うさぎ。 ]
……もしかして、カクテル教育係、私ですか?
ちょっと……いや、うん、頑張りますけどね……?
[ 足すか掛けるかじゃなく割ることを覚えて頂きたい。
早速頼られますよ、ええ、任せてくださいお兄ちゃん。
しかし大咲も谷底に子ライオンを落とす親ライオン。
教育方法はしっかり兄の背を見て育つので
後日、 徹底指導した後輩くんの縋りには
にこにこ、教育の成果を見せて貰うことになった。* ]
[ 傷も過去も、あるから今がある。
なかったことにするなんて、
自分で自分を恥じているようで、
嫌いになってしまいそうだったから。
自分自身がそこそこ気に入っている
俺という人間を、選んでほしかった。
見てくれとか、よそ行きの大人ぶった
気さくな青年、ではなく。
言葉をかけられることはなくとも
がっかりしているようでなければ、良かった。
代わりに返された情報については
後ほど、詳しく聞くとしよう。
言葉を交わし合うように、
触れ合った指先から熱が伝わり合えば
目を細める君につられ、微笑んだ。 ]
――「いただきます」――
あは。ちょっと寝惚けてる?
初めて見る顔だ。
可愛いけど、顔は洗いたいよね?
行っといで〜。
[朝からハイなのはお察しというやつだ。
彼女の方は初めての家の慣れない布団でもぐっすり眠れたようで良かった。
来客用の布団、浮かれて買った甲斐があった。
洗面所に彼女が向かう間にお茶を入れる。
湯呑はないのでマグカップだ。]
[ 肝心なときに、決まらない俺を
君が笑う。
格好付かないけれど、君が笑うなら
今はそれでよかった。
のに、な。
逃げも止めもしないばかりか、
小さく歯を見せて
ねだるように言葉を口にする
鼻先が触れ合うほどの距離、
囁く声が、鼓膜を震わせ、心臓まで
蕩かせそうに、甘く。 ]
すきだよ 那岐くん
ずっとずっと、俺の隣にいて。
友達じゃなくて、恋人として。
[ 紡ぎ終わると同時に、
二人の距離はゼロになる。 ]
[二人分の朝食を作ることは、彼女のお泊りが決定した時から決めていた。]
明日二人で何食べようって考えるの楽しかったよ。
[呆気にとられたような彼女に向かって微笑む。
約束したから、というのもあるけれど。
約束がなくても、こうしたかった。
彼女が自分の目の前で「いただきます」と同時に手を合わせるのを、恥ずかしながらずっと妄想していたもので。]
ありがとう、これも宝物にする
[ 応じてくれたなら、最高の一枚を
スマホで撮り、嬉しそうにスマホを
仕舞い込んだ。 ]
じゃ、帰ろうか
夜はもっと冷えるから。
今朝さ、聞こえなくてもいいやって
思ったんだけど。
夢、今日一つ叶ったんだ。
好きな子、乗せて走って見たかったんだ。
だから今日、……今、すげー、最高の気分
[ 帰り道も安全運転を約束し、
走り出す。――行きと同じ道、
夕日に照らされて、また違う景色に見える
いつもの道が、夢見るように、鮮やかだった。 ]
うん。
朝ごはんは自分で作る主義だけど、
こんなに喜んでもらえたの、初めて。
あー……やばい僕、すっごい浮かれてる。
[夜が過ぎ、朝となっても真白は自分を名前で呼んでくれる。
それだけでなんだか胸がいっぱいで頬が緩みっぱなしで。
彼女が泣き止むのを待つ間、自分もゆっくり表情筋を躾けていった。]
[ 帰りはドライブインには寄らない代わりに、
コンビニに一度バイクを止めて、 ]
予約はしてなかったけど、
夕飯もどっかで、って思ってたんだけど
離れ難いんで、ウチ、来ない?
[ そう問いかけたが答えはどうだったか。
君の職場に行くルートも少し、考えてたんだけど ]
もう少しだけ、独り占めさせてよ
[ あそこ行ったら、皆のお兄ちゃんに、
なっちゃうからね。* ]
[出汁に使った昆布は途中で取ったが、煮干しは入れたままだ。
そもそも煮干しは出汁に使うなら頭とワタを取った方が良いのだろうが、これはスターゲイジーパイを模しているので。]
インパクト重視で一旦そのままにしたけど、
煮干しは食べにくいから取っちゃうね。
[手を合わせる前に彼女の器から顔を出していた煮干しを抜き出す。
言わなくてもきっと意図は伝わっているし、
そもそも自分の推察が的外れだった場合は、単に「味噌汁おいしいね」で済ませれば良い話だ。
「いただきます」と声を重ねて向い合せで箸を持つ。]
おいしい?良かった。
好きな子が料理人だと緊張すんね!
[そっと零された言葉に身体を振るわせて安堵の溜息を吐く。
勿論味見はしたし、自分の舌には自信があるが、それとこれとは別の話だ。
メインも芙蓉蟹のジェネリックとばかりカニカマを使っている。
次に作る時には鮭とか鯖とかを用意しておこうと思うが、食卓に込めた願いを思えば今日はこれで良いと自分に言い聞かせた。]
帰んなくていーよ。
[思いの外真剣な響きになってしまった。]
ていうか、「ここ」に帰っておいでよ。
[言ってから、それを切望している自分を実感する。
単なる徹夜ハイの譫言ではなく]
住んでみて窮屈だったら別の部屋探すから、
完全な「お引越し」はちょっとだけ待ってもらうことにして。
[気の早さを競おうか。]
今日は昨日買ったお泊りセットの残りを置いて帰って、
それがなくなる前には「いつもの」をこっちに持ってきてもらって。
新しい衣装ケース……クローゼット?は
次の休みにでも。
[彼女がもし「ちょっと言ってみただけ」なら、引かれてしまうだろうか。
使われないなら衣装ケースは新しい本棚として使おう。
そんな計画。]
[夜から仕事だという彼女を車で送っていくことにした。
少しでも独り占めの時間を長引かせたくて。
荷物を纏めて出ようとしたら、彼女から思いもよらないお願いが。
]
へっ?!
ス、スウェットでいいの?
寂しくなったら僕がいるけど、 って自分のスウェットに嫉妬してどうする僕、
えーと、
[ちゃんと毎回洗濯はしているけれど、臭くないかな。
少し焦る。
夜に着ていたものをそのまま持って帰る?
いやそっちは僕が欲しいな?!
えーと、
えーっと、]
じゃあ、選ぶ……?
[てんぱった結果、変なことを口走った気がする。
彼女に二択を迫るのか?!*]
――鴨肉の日――
[ひとつの恋が成就しようとしている時、「やあ、空いてる?」と来店する。
テーブル席は良い雰囲気。
「えっあの二人まだつきあってないの?」なんて、空気の読めないことは言わない。]
店長、こないだそば入れといてって頼んでたからあるよね?
あるでしょ?!
鴨!と来たら!
鴨南蛮そば!!くださいな!!
―― 初鰹の日 ――
鰹かぁいいね
え?鴨肉もあるの?
鴨、好きなんだよなぁ
[ 珍しく、悩んでしまったので、
注文はまだしていない。手元には
とりあえず、の定番ビールがあるだけ。
なにやら春めいた匂いのするテーブルには
顔見知りの姿
ああ、デートってお肉の彼だったの
ふぅん、って楽しげな視線と、会釈だけは
投げた。
だってずいぶんめかし込んでいるからね。
気づいちゃってもしょうがないでしょ。 ]
ロースト、……南蛮……
[ まさに今来た彼の言うように、
南蛮そばにも心惹かれる俺はまだ、
メニューを悩んでいる。* ]
やだ、……って言ったら、どうします?
[ 少し遠くに、まだ終電を迎えていない電車が走る音
帰れない時間ではないことを今更実感したけれど
その時はまだ お泊りへの情緒は中学生より下だった。
だからかもしれない。
早鐘を打つ心臓に気付いていながら、
差し出されたお願いへ、そんな意地悪を言えたのは。
杏仁マンゴータルトの味もしっかり記憶でき、
お風呂を上がるまでは至って普通の顔で過ごしていたが。
恋と女心というものを知れても、
彼の理性を己が危ぶませていることは分からなかった。
何せこちらは初恋で、初めてのお付き合いなので。
]
[ 浮かべられた苦笑に、いよいよ顔が沸騰しそう。
手を頬へ宛がい、うさぎ林檎のような顔を隠そうとして、
ろくな言葉も出て来やしなかった。 ]
り、りせい、
[ 削ってるんですか。私が。一体なにで。
あ、いえ答えなくていいんです、しんでしまう予感がする。
理性が何を言わんとしているかくらいは分かります。
でも、私、やっぱり少しおかしいかもしれません
……理性を削られてくれるくらい、
好きでいてくれるのがうれしいと 思ってしまう、ので ]
[ でも、彼からの言葉は、きちんと聞き続けた。
いやじゃない。こわくもない。
そういうコトを、したくないってわけでも、ない。
自分から据え膳のお皿へ乗っかりに行ったようなものなのに
彼は肝心なところで鈍感な自分の、
我儘を「嬉しい」と言ってくれる。
他の誰でもない、"大咲真白"を幸せにしたいから、と。 ]
……ううん。私の方こそ、ありがとうございます。
その……全然、気付いてなくて
本当に脈無しだと思ってた分、夜綿さんが
私をそう見てくれる実感がなかった、と、いうか……
[ 寧ろ、恋にケリをつけるくらいの気持ちだったから。
うさぎのクッキーを「美味しい」とさえ言って貰えれば
この恋が結ばれなくても、前を向いて生きていけるって。
いつの間にか心に住んでいた、特別な人
──ああ、恋ってほんとうに私をばかにするのかも。 ]
[ 仕事終わりの──連勤明けで疲れた私じゃなくて
お休みの日に、最高に可愛い私を見せたいんです。
髪型もメイクも服もちゃんと納得行くまで仕上げてから
胸を張って 貴方の彼女です、と言えるように。
私だって他の子を牽制したい気持ち、あるんですよ。
そんな我儘は、貴方だから自然に出てきたこと。
きっと嫌いも面倒くさがったりもしないって分かってる。
ちゃんと言わせてくれる優しさが、あたたかい。 ]
……店長に、近いうちに二日間、お休み貰います。
それまでは……その
ぐらぐらして、私のことばっかり考えててください
その代わり、……というとアレかもしれませんけど…。
[ 上手く言葉が出てくれなくて、でも、
精一杯、精一杯。
指先を引く前に。 ]
わがままで、今日は待たせちゃうので
……一番幸せにしてくれる日は
夜綿さんの すきに して、ください
私も、それがいちばん、しあわせ です…。
[ 言いたいことはちゃんと言いましょうって
私も過去に散々教訓は得ていますからね!
……キスしたいですとか、そういう率直な物言いは
経験不足なので代わりの仕草でどうにか、こうにか。
今はまだ、ご勘弁願えればと思いますが。
指先を引いてお願いした「少しだけ」の信頼ひとさじ、
なぜか貴方の"かわいい"のコップが溢れたらしい
]
…………私のことかわいく見えるのは
夜綿さんと過ごす私だから……かな……?
[ 好きな人を好きだと思っているだけなので。
でも、よく言うじゃないですか。
人が一番きらきらしたり、輝く時って
好きなものを見つめている時なんだよ、って。
あれ、わりと真理かもしれません。
桃色に染め上げた私の顔に影が差す。
合図を受け取り、桜が落ちる時のように穏やかに瞼を閉じ
聞こえてしまう喉の音が、我慢を示すようで。 ]
[ 初めてのキスはレモンの味がするという噂話は、
どうやら嘘の様子。
耳まで真っ赤になった私は、彼がくつくつと笑う声へ
満足に反応も出来ないまま。 ]
……白って、何色にも染まるんです、よ
[ 今は貴方のおかげでまっかです。
しかも何度か甘さとやわさを教えられてしまえば
最後はつい、「ぁ…」と寂し気な声さえ零れ落ちるのに。
親指が私の唇へ触れれば、もう、大咲は敗北です
──ほんとに理性とやらはぐらついてるんですか?
全然余裕ありげに見えて、なんだか悔しいような
味見だけにさせたのは私なのに
…………最後まで食べて欲しいと思う、のも、ああもう ]
……お、おやすみなさいっ!
[ 恋って滅茶苦茶な感情ばっかり!
変なことを口走らないよう、手を繋いで布団へ潜り込む。
疲れ切った体は少しの間の後
静かな寝息を立てて、眠りの海へ。* ]
[ ――ところで。
別に態度をいつもとなにか
変えているわけではないのだけど、
杏の姿を見かけたら
いや、見かける度、
ちょっと落ち着かない表情をしていた
男が一人、居たそうな。
あちら、ご存知なのでしょうか。
ご存知でしたら挨拶すべきでしょうか。
そんな風にそわそわしているの
どう見られていただろう。* ]
― いただきますと、それから ―
ぅ……ちょっと、ねむくて
かお、あらいます……
[ 自宅なら二度寝を決め込んでいるかもしれない。
しかしここは彼の家だし、起こして貰った立場なので
朝から元気な彼に後押しされ、顔を洗う。
尚、テンションの理由は「朝に強い」と思い込んでいた。
徹夜してもペースが変わらないタイプである、
……それも想像に至らない理由のひとつかもしれない。
初恋の大咲には。
据え膳を前にしても人は別に眠れるという
考えがまだ、堂々頭の中に存在するのだ。 ]
浮かれてるのは、私もです
──……うれしい。好きです。
[ 自然と、好き、が零れ落ちた。
泣き止むのを待ってくれる彼に甘え、少しの時間を貰い
一緒に手を合わせてからご飯を食べる。
インパクト重視。
そんな優しい嘘をつけるところが、すきです。
まだ言わない私と、尊重しながらも示してくれる貴方
──私、ちゃんと向き合っていきたいです。
けいちゃんにも、自業自得の私自身にも、
こうやって道をそっと照らしてくれる貴方にも。 ]
[ 料理人だと緊張する、と言われれば
ふふ と微かな笑い声を零し ]
特別な人が作ってくれたものなら、なんだって。
美味しくないわけ、ないですよ
[ それに、料理人の自分も二回目のうさぎクッキーは
情けないくらい緊張して震えてしまったのだし?
うさぎの穴の先輩面子に比べればまだまだひよっこ。
カクテル作りは自信ありますけどね!
思わず言ってしまった「帰りたくなくなる」という言葉へ
返って来たのは、存外、真剣な響き。
ぱちぱちと瞳が瞬いた。 ]
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