人狼物語 三日月国


224 【R18G】海辺のフチラータ2【身内】

情報 プロローグ 1日目 2日目 3日目 4日目 5日目 エピローグ 終了 / 最新

視点:


ダニエラ! 今日がお前の命日だ!

リヴィオ! いざや恩讐の碧落に絶えよ!

【人】 暗雲の陰に ニーノ


──天気予報は当たった。

晴天の元、数日ぶりに見た陽光は眩しい。
一応迎えが来るらしい、とは看守からの言伝。
家に戻った後のことを考えると些か気が重いような、そうでもないような。
とりあえずは待つしかないかと行き交う人々を眺めていた、時間。

見慣れた長身は視界の端に掠めればすぐに分かるもので、「ぁ」と声を発した。
自然足がそちらへと寄っていく、聞きたいことがあるんだ。
貴方の罪状は知っていて、それが到底許されないものだと理解していて、尚。
怒り、よりも悲しかった。されど罪を裁くのは己ではないから。

──夕暮れの公園、二人並んで食べたパン。
──声を上げて笑った表情、全てが落ち着いたらの先の話。

だから、手の届かぬ遠くに行ってしまう前に。
ヴィトーさん、いつもみたいに名を呼んで、その先を、


──パン。


距離は開いていた。まだ数メートル先。
それでも見えた。胸から。落ちる。血が。
……なんで?


背後に居るのは誰。目深に被ったキャップ。
でも見間違えるはずがない。横顔は。
……なんで?


#BlackAndWhiteMovie
(29) 2023/09/26(Tue) 23:26:22

【人】 暗雲の陰に ニーノ



「………………なん、で」


止まる足。
立ち尽くす間に二つの人影は遠ざかっていく。

パレードが横切っていく。
全ては足音の元に掻き消されてなかったことみたいに。

心臓がうるさい。
熱は下がったはずなのに頭がぐらついた。


なんで。



──それしか言わないな、って、誰かが言った声が蘇る。
でも、なあ、だって。

それしか言えないだろ、こんなの。


#BlackAndWhiteMovie
(30) 2023/09/26(Tue) 23:27:20

【人】 暗雲の陰に ニーノ

>>37 ルチアーノ

呼ばれる声で白昼夢から醒めるように。
ハッと貴方へ向けられた顔は憔悴しきったように酷く青褪めていた。

「ルチアーノ、さん」


それでも目の前の人が誰かは分かる、理解できる。
鉄格子越しではない再会に伝えたいことは他にもあったはずだ。
けれどどうしたって今、震えた唇が紡ぐのは。

「…………ねえさんが、ヴィトーさんを、撃った」


先の現実をなぞらえる言葉だった。
そうしてはっきりと形にしてようやく喉奥まで飲み込めた気がして、くしゃりと顔が歪む。
泣きたくはなかったのに涙が溢れてしまいそうで。

「……撃った、んだ」


なんではもう声にしなかった。
理由なんてわかっているから。
でも、わかっても、……わかっただけ、だった。

「…………ふたりとも、だいすきなのに…………」


#BlackAndWhiteMovie
(49) 2023/09/27(Wed) 23:14:33

【人】 暗雲の陰に ニーノ

>>52 ルチアーノ

なぜ貴方が謝るのか分からなかった。
以前のようにその理由を問い質す余裕はなかったけれど。
それでも語り掛けてくれる言葉を拾い上げていれば頭の芯が徐々に冷えていく。

誰に、何を。
言葉にせず胸で繰り返した直後、最後の一言にははっと目を瞠り。

「…………ううん」


幾らか落ち着きを取り戻した表情で、首を横に振った。
目を塞がないと決めた、己を責めて泣くこともまた。
此処はもう何もできない牢の内ではないだろう。

……誰に、何を。

もう一度、繰り返したところで解は不明瞭だ。
だが、そうなってしまう理由だけは明らかだったから。

[1/2]

#BlackAndWhiteMovie
(53) 2023/09/28(Thu) 18:09:30

【人】 暗雲の陰に ニーノ

>>52 ルチアーノ

「ごめんなさい、情けないところ見せて……」

「……あはは、ルチアーノさんさ。
 面倒見いいね、ほんとに。
 あの、手助け……というか、また、甘えていい?」
 
「いま、ひとつだけ」

少し遠くで見慣れたひとが自分を探す姿が見えた。
家からの迎えで、ならどうしても帰らなくてはいけなかった。
その先でないと、どれほど貴方の手を借りたところで解は得られないと分かっている。

だから今は、ただ貴方を見上げて乞う。
強く在りたいと願う。
されど気を抜けば目を塞いでしまいそうになる。
その弱さを見抜いてくれた、貴方にだからこそ。

「───"大丈夫だ"、って言って」

「……今のオレ、全然そんな風に見えなくても。
 それだけ、……言ってほしいんだ」

「おまじない、欲しくて」
「……だめかなあ」


[2/2]

#BlackAndWhiteMovie
(54) 2023/09/28(Thu) 18:11:27

【人】 暗雲の陰に ニーノ

>>61 ルチアーノ

その距離は普段なら恐れを抱くものであったのに。
声を望んだ今はどんなものより安堵を渡してくれた。
たったそれだけでよかった、一人で呟くよりもずっと。

見つめる真っ直ぐな眼差しが差し出してくれるのは、勇気と信頼。
それがいつかの夜と重なって喉奥が詰まる心地がして。

「……うん」

貴方の手に指先を重ねて、返す。


「オレは、"大丈夫"」


そうしてようやく、揺らめいていた水面が静寂を得た。

おまじないが無くても立てる強さが在れば本当はよかった。
だけど今はそれは叶わないから、あなたの手を借りさせて。
それでもいつかの先には自分がだれかに、それを与えられる人になれるように。


[1/2]

#BlackAndWhiteMovie
(64) 2023/09/29(Fri) 9:28:31

【人】 暗雲の陰に ニーノ

>>61 >>64 ルチアーノ

続いた沈黙は二呼吸分。
直に貴方の指先を離した男は、一歩後退ってやっと笑えた。

「……へへ。
 ありがとう、ルチアーノさん」
「すっごく助かった、どうにかなっちゃいそうだったから。
 オレさ、ちゃんと答えを見つけて……言いたいことを伝えられるようになるから」

姿に気づいてこちらに駆け寄ってくるのは年嵩の女性だ。
"坊ちゃん"と呼ぶ声にひらりと左手を振って、最後に貴方へと向き直る。

「──おまじない、大事にする!」
「今度はもっと落ち着いたところで話そうね。
 ……ヴィトーさんのこと、よろしくおねがいします」

もう一度だけ『ありがとう』を繰り返せば、じゃあとそのまま女性の元へと歩いて行く。
親し気に彼女へと声を掛けた男の姿は道脇に止められていた車の助手席の中へと消えて、車体もまた遠ざかっていくことだろう。

すれば今度こそ残るのは人々の賑やかな声と、時折宙を舞う鮮やかなリボンと花だけ。
其処に在った凶行など誰も知らないまま、晴天の元を白い鳩が一羽横切って行った。

[2/2]

#BlackAndWhiteMovie
(65) 2023/09/29(Fri) 9:30:31

【人】 暗雲の陰に ニーノ


「──坊ちゃん。
 ……旦那さまが夜、お帰りの後に話があると」

窓の外で流れ行く景色を見ている。
先程の光景は未だ瞼の裏に張り付いて離れはしなかったけれど。
心は、彼のお陰で幾分か落ち着きを取り戻している。

「……うん」

大丈夫……大丈夫だ。

沈黙が長く続いた車内で瞼を伏せ続ける。
口をようやく開いたのは信号待ちの時間。

ひとつを尋ねた、『かあさまはもう長くないの』。

声はない、それでも髪を優しく撫でる指先を感じた。
薄々勘付いていた現実の答えだ。
ならばこれは相応な時で、これ以上にない機なのだろう。

不思議と悲しさはなかった。
それよりも安堵が勝る。
その事実こそが何よりも苦しかった。

#SottoIlSole
(66) 2023/09/29(Fri) 9:50:47

【人】 暗雲の陰に ニーノ


「夜までは身体を休めてくださいね。
 食事も食べられそうになったら、いつでも」

変わらず優しい家政婦に声を掛けて、自室へと足を踏み入れる。
まず目に入ったのは扉近くの数箱の段ボール。
何が入っているのか一瞬思い出せなくて……でも、すぐに思い出した。
置きっぱなしだったからもうダメになってしまっているかもしれない、たくさんの果物。

……ああ、そうだったな、そういえば。

怒りも憎しみもやはり湧かなかった。
あるとするなら上手く騙してくれたことへの感心と。
最後、取り繕えなかった綻びへの好意だろうか。
やさしいひとだって、今でも思っているんだ。

……ぽすり。

誘われるように重たい身体を寝台に載せれば、毎夜目を通した本が其処に在った。
手に取り頁を捲れば幼い子供の字が書き綴られている。
うとうとと落ちていく瞼が最後読めたのは幾度も辿った一文。


おとなになったら、けいさつかんになる!!!


#SottoIlSole
(67) 2023/09/29(Fri) 9:53:24

【人】 暗雲の陰に ニーノ


──名を呼ばれて目を覚ます。

気付けば外はどっぷりと暮れて暗闇に満ちていた。
起こしてくれた家政婦の顔は晴れたものではなくて。
彼が帰ってきたことを知り、立ち上がる。

部屋を出て向かうのは居間。
普段通りの整ったスーツ姿で、その人はソファに腰掛けていた。
右手に巻かれた包帯に視線が寄せられたのは一瞬だけ。
後は、テーブルに載せた一枚の紙を見つめていて。

「……逮捕は誤認に近かったそうだが。
 お前がマフィアと関わりを持っていたのは、事実だな」


固い声、感情の読めない色。
目を細め、「はい」とひとつだけを返す。
これほどの騒ぎとなり彼が知らない筈がなく、だから予感は当たったのだ。

「なら、言いたいことは分かるだろう」


この人にとってどうしたって許容できないもの。
そのラインをオレは知らず飛び越えていた。

ならばこれは、当然の帰結だ。

#SottoIlSole
(68) 2023/09/29(Fri) 9:55:07

【人】 暗雲の陰に ニーノ



「ニーノ・サヴィアを
墓の下へと戻す



放られたのは黒い塊。
彼が見つめる紙の題名は死亡診断書。
記された名は見慣れた並びで。
死因は──『出血性ショック』。


「……選びなさい」



#SottoIlSole
(69) 2023/09/29(Fri) 9:56:45

【人】 暗雲の陰に ニーノ


……拾い上げる。

訓練で幾度か触ったそれは、最後まで人に放つことは無かった。
先輩に幾度か教わった撃ち方を思い出しながら左手に持つ。
利き手じゃないからブレそうだな。
ねえさんはどんな気持ちで、これを握っていたのだろう。

見つめて、見つめて、見つめて──その銃口を。
目の前の彼へと、向けた。

「────」


感情の良く見えない横顔だった。
何を考えているのか知りたいのに、わからない。
それでも彼が眉を動かすこともなく、静かに瞼を伏せた現実を見て。

「…………あはは」


……笑えてしまった。
ああもう、ずっとそうなんだ。

いつも、いつも。


#SottoIlSole
(70) 2023/09/29(Fri) 9:58:47

【人】 暗雲の陰に ニーノ



「……恨んでほしいなら」


「もっと、うまくやれよなぁ」




手は落ちる。
懐へとその重みを仕舞う。

『ねえ、かあさまに会わせてよ』
『それでおしまいにするから』
オレは笑って伝えられただろうか。
返る声はなく、彼は小さく頷いただけだった。

#SottoIlSole
(71) 2023/09/29(Fri) 9:59:32

【人】 暗雲の陰に ニーノ

寝台の上で眠る、随分とやせ細ったその人の頬を撫でて囁いた、「かあさま」。
薄らと開いた瞳はオレとよく似た色をしていて、この姿を視界に入れた途端にほらまた、花が咲く。

「……ニーノ、ずっといなかったきがするの」

「そんなことない、かあさまが寝てただけ」

嘘を吐くことに胸は痛まず、騙すことに罪悪感も無い。

「ニーノ、手はどうしたの」

「転んで怪我をしただけ、大袈裟だよね」

願うのはどうか、彼女がまた迷い路に落ちてしまいませんように。

「そう……、…………ねえ、ニーノ」

「……うん」
「…………ニーノ」

「なぁに」

ただ名を呼ぶだけで体力を消耗し、また落ちかける瞼に微笑んでみせた。
この世はきっと、残酷でやさしい嘘に満ちている。
信じるには時に辛く、眼を塞ぎたくなる現実が其処にある。
だとしてこの身に手渡された祈りに偽りはなかったんだろう。

──オレが、この人の幸せを願うように。

閉じ切った瞳、冷えた額へと唇を寄せた。

#SottoIlSole
(72) 2023/09/29(Fri) 10:03:01

【人】 暗雲の陰に ニーノ



「……良い夢を」

愛してるTi amo.



──彼女の前で一番の本当を告げ、寝顔をしばらく眺めた後に部屋を出る。

自室へと戻って、着替えて、荷物を纏めて、居間を覗く。
彼の姿はもう其処には無くて、最後の挨拶なんて一言もないまま。
ならばと出て行こうとする背を呼び止めたのは家政婦で、差し出されたのは一枚のカード。
全部がへたくそな人だなと、やっぱり笑ってしまった。

軽くなった身体で夜の道を歩いた。
ひとり、星空を眺めていれば先のない孤独を見たような気がした。
だから『大丈夫』をまた形にする、それだけで不安が溶けていく。

向かう場所はどこにしようか。
……そうだな、今日はとりあえず。


#SottoIlSole
(73) 2023/09/29(Fri) 10:03:59

【人】 暗雲の陰に ニーノ



──みゃぁ、白い子猫が鳴いて擦り寄った。


「……んぁ〜なあに。
 新入りに挨拶しにきてくれた?
 そうだよお揃い、住所不定無職の名無し……ああいや、名前はあるな」

「今日はミルクはないぞ〜。
 朝になったら買いに行ってもいいけどさ」

深夜、誰も居ない公園の原っぱに寝転んでいたらすりとちいさなぬくもりに擦り寄られる。
頬を左手で撫でてやりながら、あたたかな存在に知らず目が細まった。

「これからどうしようかな。
 死人が歩いてちゃだめだよなあ、街は出ないと……」

それでもそうする前にやることはある。
解は見つかった、誰に、何を言いたいのかも。
けれどこの夜が明けるまではここで一人、空を見上げて居よう。
ようやくに訪れた彼の死を悼もう。

言葉を交わしたことのない、知らない誰か。
オレに今日までを与えてくれた、陽だまりの子ども。

#SottoIlSole
(74) 2023/09/29(Fri) 10:05:07

【人】 夜明の先へ ニーノ



「……おやすみ、ニーノ」


上手にらしくあれただろうか。
彼女が望むただ一つの太陽に。

陽は何れ落ちる。
夜は必ず訪れる。

されどまた、輝きは昇るだろうから。


その時は違い無く、己自身の光で誰かを照らせますように。


#SottoIlSole
(75) 2023/09/29(Fri) 10:06:07


「いいじゃないですか」「俺がいるんだから」

それだけでこの部屋には価値ができる。
あんたが訪れる。誰かが遊びにくる。それを自覚した者の言葉。

この家には沢山の捨てられなかったものがある。
良いも悪いもない過去の思い出、漠然と受け取った賞状に、
頭にあるのに読み返してばかりいた書物たち。

これからの自分に必要ないものは多く、
きっと新しく増えるものもまた、多いのだろう。

「本調子じゃありませんし、
 適切な仕事の割り振りが行われている為か、
 案外忙殺されているという訳ではないな」

「俺がこうなる前に働き詰めでいた甲斐もあっただろう」

表情や視線に対しても全く悪びれずに言う。
ただ代償を支払っているだけのこと、罪悪感に苛まれるつもりは毛頭ない。

「失礼なのはお互い様でしょうが、全く。
 暑くないとは言わないが、こっちの方がマシですね」

少なくとも、剥き身で見せるよりかは。

【人】 夜明の先へ ニーノ

……ぼんやりと夜空を眺めて過ごした夜。
空が白んできた頃にようやく身体を起こした。
本当に仲間だと思ったのか懐かれてしまった子猫を、……悩んでとりあえず抱えて。

さて、しばらくはどうしようか。
『ニーノ』が死ぬとなればスマートフォンは置いてきてしまった。
手持ちにあるのは幾らかの現金と、少しの着替えと、それから入っている金額を聞いたときに耳を疑って笑ったキャッシュカードだけ。

他にはなんにもない、けれど小さなころよりはずっとましだ。
金があれば大体はなんとかなる、誰かも言ってた。
あまり顔を見られないようにとパーカーのフードを深く被り、ついでに黒いマスクもしておく。
不審者っぽいかな?合ってるからいいか……。


会いたい人にはこの足で。
場所がわからないなら連絡先だけメモをした紙はあるから。

「……行くか」

返事をしてくれるみたいに、子猫が腕の中でまた鳴いたのでひとり笑った。
(76) 2023/09/29(Fri) 10:50:22

──早朝も早朝。

貴方のスマートフォンに着信が一件入る。
表示される名前は非通知、或いは『公衆電話Telefono pubblico』。

怪しいそれにあなたがもし出てくれるのなら。


『……あ、ろーにい?』

『…………ですか?あってる?』


聞き慣れた声が届くだろうか。

「……ん”ぁ」「ぁに……何?」

早朝のコール音。
寝起きは良からずとも無理やり起きる事には慣れている。
また何か誰かの手伝いの依頼だろうか……とベッドサイドに置いたスマートフォンを手に取り画面を見れば、なかなか見ない表示がそこにあった。
訝しむ一瞬で受話ボタンを押すのが遅れたが、無視するわけにもいかないと通話に応じ、

「あいもしもし……
あ?


「フレッド!? 何お前ムショ出てたの!?」

……無事に一気に目が覚めた。
寝転がったまま電話に出たのに、
飛び起きたみたいに上体を起こす。
思わず問う声は早朝に出すにはやや大きかった。

『声でけえ〜』

電話口では貴方の大声に何やら笑っているらしい声。

『刑務所出たよ、ついでに家無し子になった』
『いや、今はそれいいんだ、あの、その』
『やっぱり困っちゃって……ええと……』

よくはなかったが、家が無いのは最初に戻っただけなので。
あまり深刻に捉えていなかった、今の一番の問題は別。
無期限、回数無制限、いつでも言っていい。
に、甘える最初がこれなのもどうかと思うが。

『ぁの〜、…………あのさぁ……』
『……よくないとは思うんだけど……』


よくないなあと思っているから声はちいさくなる。
犯罪だよなあ、わかってるんだけど。

『………………こ、』
『…………戸籍って……お金で、買えるかな……?』


身分を証明するものがないと、何をするにしても困る。
まだはっきりと貴方の素性を聞いたわけではないけれど。
想像がついている弟は、よくない頼り方をしているところだ。

「どこからそんな自信が出てくるんだか」

なんて呆れたように言いながら。顔は穏やかな笑みを浮かべて。
あとで整理するものがあれば手伝いくらいはするわよ、と続けて。
あなたが部屋のものにあまり触れられたくなければ、1人の時に任せるだろうが。

「意外と余裕…があるわけじゃ、ないんでしょうね。動ける人はとんでもなく忙しくしてそうだもの」

テーブルにグラスも並べて。
なんでも良さそうだったから、白ワインを注ぐ。辛口で食事向き。

「私はこう見えて気遣い屋さんだけど」
「そう。まあ無理に見せてとは言わないわよ、その手に関してはね」

他はまあ、追々。
とりあえずは食事が先決だ。

「乾杯でもする?」

「いや……デカくもなるよ、驚いてんだもん」
「家無し子ォ〜〜? お前家まで追い出されてんのかよ。
 や、良くはねえだろ。なんですか」

まだ梳いていない寝起きのままの前髪をかき上げながら、
また仰向けにぼすんと寝転がる。

「……なんだよ。言えよ、何でも」

まごつく様子に、何を言い出すのか待っていれば。

「…………………」
「ああ〜〜……」

納得した。それは確かに貴方には言い辛い話だろうと。

「分籍とか就籍とか養子縁組とかそういう感じじゃない奴ね?
 あれクッソめんどくさい上に書類でつっかかりそうだもんなぁ……う〜〜〜〜〜ん……まあ逆にそっちの方が……」

しばしの間、そんな風に考える呟きが
通話口に垂れ流された後。

「……できるよ。よそのブローカー頼んのはやめな。
 足元見られて適当な仕事されんのやだろ。
 やんならオレがやるから……」

つまり質問の答えは『Yes』だった。
良くない兄も居たものだ。

手伝ってもらった方がいいか。
手袋に包まれたそこを見下ろしながら、助力を受け入れて。

「恨まれていそうですね。俺じゃなくてやらかした奴らが。
 きっとゆくゆくは俺の机にもデスクワークが山積みになるんでしょう、今から少々気が重くなってきますね」

にしてはあまり憂鬱そうにしていないのは、
仕事そのものを苦にしていないからか。
何かしらの世話か、警察の仕事くらいしかしてない男である。

それ故食事の用意も任せっきりにしていて、
どことなく落ち着かない様子に見えるだろう。

「無理に見せろと言ったところで、
 得られるものは何にもないでしょうから、賢明です」

「……できないことはないか、乾杯くらいは」

大人しく席については、自分の手をまた見遣る。
曲げられる指はどれとどれだったかな。

『ぶんせき、しゅうせき、ようしえんぐみ……』


呟きを復唱する声は正直あんまりよくわかっていないのが伝わるだろうか。
養子縁組ぐらいはぎりぎりわかる、他はわからない。
わからないから感心していた、あ、やっぱり詳しいんだな、と。
で、『Yes』の答えが返れば表情が明るくなる。貴方には見えないものだけれど。

『ほんと!?』

『よかったあ、スマホ無くてさ〜。
 新しく契約したかったんだけどそういえばなんもねえ〜と思って……』

『……あはは、ごめん。
 困ったの頼り方の一番最初、こんなで。
 お金はあるんだ、好きに使って』

もっと兄弟らしい可愛げのあるものだったらよかったのだが。
それでも手放しに頼りたいと思える家族がいることは幸福だと心から思う。
相変わらず包帯で固定された右手で、なんとなしに電話機を撫ぜた。

『今家?二度寝する?
 顔見たいな、ろーにいが良い時間に家行きたい』

…コーヒー豆の、香りがした。
ああそっか。
あの人は最初から、許してもらおうなんて思っていなかったんだ。
一番最初に腑に落ちたのはそのことだ。

――いってらっしゃい。幼子の声。
その後数日顔を合わせることもなく母は死んだ。
…同じかもしれない。ずっと同じように時が過ぎるなんてことないって知っていたつもりだったのに。
ばかだなあ。ほんとうにばか。

「おう、いいよ。なる早でやっとく。
 スマホもねえのは不便だろうさ。
 お前の事、他に心配してる奴いるんじゃねーの?」

公衆電話だけで知人とやり取りするのは余りに不便だろう。
友人も多いだろう貴方のそういう不自由はやや不憫に感じた。

「なんでもいいよ、頼ってくれんなら。
 金は貰う事になるけどそれは勘弁な。安くはしとくよ」

個人的にやったっていいのだが、他の人間と連携を取る以上仕事の客として扱った方が勘ぐられもされずに済むだろうと思っての事だ。自分もだが、相手の立場は守らねばなるまい。
詐欺としてやるなら別だが今回はそうではないので。

「家だよ。いいよ、今来る?
 なんもねーけど……30分くれない? 身支度とか終わらす」

来てくれるのは純粋に嬉しい。素直に快諾して、話しながらようやっとベッドから起き上がる。
場所ならこの間連れて帰ってきたときに覚えてもらっている筈だ。

「なんなら迎えに行くけど……足あんの? 近場?」

『ありがと、すっげ〜助かる!
 心配はどうだろ、連絡取りたいの職場のせんぱいとちょっと身内ぐらいだからな』

だからそう貴方が不憫に感じる必要はなく、というのは此方が知っていることでもないのだが。
早めに手に入れたい理由は生存報告がしたいそれだけだった。
『高くてもい〜よ』と値段については伝えたものの、安いままでも素直に甘えることだろう。
さっぱり入手経路なんてわからない自分にとっては大層なものだから、何らかの形で恩は返すつもりだが。

『今行く!』

『足ならあるよ、オレの足が。
 近場かな、わかんないけど。
 場所は覚えてる、のんびり歩いてたらそれぐらいにならないかな』

回答全てがふわふわしているが、道は覚えているのでとりあえず辿り着けそうなことだけ確かだ。

『だからだいじょうぶ、ゆっくり身支度しててよ。
 あ、猫アレルギーじゃない?
 仲間がいてさ、離れてくんないの』

伝え、切ろうとして、その前に思い出したように最後の確認がひとつ。
猫を家にあげてもいいかなの意。

檻の中の言葉。渡された荷物。コーヒーの香りする紙片1枚。
…答えは出ているはずだった。
彼が自分を、どう思っていたかは知らないけれど。

…少なくとも。

「おう。用意出来たら出来たって言うわ。
 スマホに掛けたら繋がらないのは心配させるだろ、
 早く安心させてやらねえとさ」

ついでにスマホも登録しておいてやろうかな、
なんて企みは口には出さないでおこう。

「そ? わかった、徒歩なら気を付けて来いよ。
 ──あ。そうだ、猫」

それならこっちも色々用意できるな、とズレかけた思考は、
『猫』という単語ですぐに戻った。

「あのさ。飼ったわ、猫。家に居る」
「貰ったんだよ。白猫……」

だから大丈夫、と一言。
いつぞやは自分では飼わないと言った覚えがあるが、
結果として今、家に一匹いらっしゃるのだった。

じゃあ後で手伝うわね、なんて会話をしたかもしれない。
この女に任せると、捨てようと思っていた物をいくつか持って帰られるかもしれないけれど。
それはそれとして。

「お気の毒様ねえ」
「まあ、警察も上がああなった以上はドタバタ騒ぎもやむなし……っていうか。
 それくらいで済んでよかったって感じじゃない?書類仕事で済むなら、それほどの痛手でもないでしょうしね」

署長代理とやらが捕まることで、丸く収まっているならいいことなのだろうけれど。
自分が撃ち抜いた彼の事も公になっている。結構な地位にいたらしいと聞いたから。
警察内部の事情に疎い女は、実際のところどうなの?と聞いてみている。

落ち着かない様子をちらりとみて、にまと悪戯っぽい笑みを浮かべる。
「怪我人は大人しくしてて下さ〜い」と楽しそうに口にして。
鼻歌まじりにデリのパックを開けていく。
チーズとろけるピザに熱々揚げたてのアランチーニ。ジューシーなポルケッタ、パリパリのパネッレにほくほくクロッケー……本当に片っ端から屋台飯を買ってきたようなラインナップ。
結局こういうものが一番おいしいのだ。

「まあそれもそうなんだけど。
 テオが見せたくないものは、無理に見たくないってだけ」

嫌な思いさせたくないし。気を遣ってくれてるのを無碍にはしたくないし。

「できないことはないか、じゃないのっ」
「もし難しそうなら私の片手をテオだと思って乾杯するから」

どういう有様かは知らないけど。無理してグラスを落としたり、不安定になってもいけないし。
ちゃんと持てる状態でないと、この女は折れなさそうだ。

「口さえ利けるならできる仕事は幾らでもありますから、
 幸いにも税金泥棒になることはなさそうだ」

悪逆の限りを尽くしてくれたとはいえ親しかった、
因縁深い警部の話になれば、ほんの少し渋い顔をして。

余罪の追求に関する話を幾つか述べた後に、
彼を打った下手人の捜索が行われ始めていることも語る。

その方針について口利きできないわけでもないが、今はそこまで言う必要もあるまい。テオドロ・アストーリは兎も角、この警部補は何も知らないのだから。

「尊重を身に着けたのは良い傾向だな。
 この調子で俺の不機嫌を悟ったときに、
 いつでも離れられる心掛けをしていてほしいものだが」

少なくとも今は言うほど機嫌が悪く無さそう。
それよりも並べられた食事を見て、「これが怪我人の食事か……」と苦笑をしつつも賞味を楽しみにしている。

「俺の目の前で独り芝居をしないでほしい。
 そっちに滑らせるくらいはできるから、
 ちゃんとこっち宛に乾杯をしてくれ」

ここで無理を言っても仕方ないことは分かるから、譲歩案を提出する。暫くは強く出られなさそうだ。



気遣いを感じる言葉には『ありがと〜』と嬉しそうな声、もちろん企みにも気が付かないままだ。
そうして猫については……

『え?飼ったの?やだーってしてたのに。
 あはは、そっか、でもならよかった。
 遊び相手になるかも、なー』

足元で丸まってる白い毛玉に話しかけてから、それなら問題ないかと一安心。
じゃあこいつも連れてくなとそれだけを伝えて、電話を切ることだろう。

まだ人々の活気は遠い街中を伝えた通りにのんびりと歩いていく。
ようやく会えるなあ、とか。どういう心変わりがあったんだろうなあ、とか。
考えながら歩みを進めていれば、目的地までは案外すぐだった。

いつぞやもお泊まりをした貴方の家の扉前。
左の指先を伸ばしチャイムを鳴らす、ピンポーン。

「ろーーにいーーー」

ついでに子供みたいに呼びかけながら。

優秀な人は引く手数多でいいことねえ、なんて言う。
その分頼られて大変なのだろうけど。

「そう。妥当な処分が下るといいわね」

下手人の捜索が始まっていると聞けば、少しだけ目をそらすようにして。
それでも、それ以上の動揺はない。
協力者がうまくやってくれているだろうから、よほどのことがなければ足がつくこともないだろう。
そして何より、目の前の彼に知られたくはないものだったから。

あの時のことを見られていたなんて、彼女には知る由もないのだ。


「もう!前から尊重はしてたと思うんだけどっ」
「あなたが何してようと勝手に喜んでる女なんだから。
 まあ……しつこく付きまとってるところを言ってるなら、たまには放っておけって言うのも分かるけど」
「不機嫌になったくらいで離れるような女、つまんないでしょ」

黙って近くにいるくらいはするのだろうけど。
「病人食の方が好みだった?」なんて揶揄いながら。

「それなら許してあげる。軽めのグラス選んだから、そんなに力入れなくていいわよ」

それじゃあ、と気を取り直して。

「お疲れ様、テオ。乾杯〜」

テーブルの上で、グラス同士をぶつけ合うのだろう。軽い音が響いた。



「いや〜、人間心変わりってするもんだよ。
 きっかけさえありゃあ人間なんでもするんだね。
 猫用のおやつはあるから分けてやるよ。んじゃな」

ぴ、と電話の切れた音。
さて、とりあえず顔を洗わなければ。
適度に取っ散らかった床も片付けて、それから……



「はあい、はいはい、はーい……」

近所のガキみたいだな、なんて思わず笑みが零れる。
早足で玄関まで行けばすぐに扉を開いた。
貴方に会う時はいつも髪を結んでいたけれど今日はそのまま。
勿論眼鏡もかけていなかった。

「入んな〜。飲み物、用意してるから」

扉を開け放ち貴方を家の中へ迎え入れる。
ロメオの家は一階建てのこじんまりとした家で、それほど部屋は多くない。けれど物が少ないから少し広く見えるのだった。ガラスのローテーブルを挟んで一人掛けの白いソファと椅子代わりにもなる大きなクッションが置いてあり、窓際には白猫が丸まって眠っていた。

「近所の店にマリトッツォ売ってたから買ってきたわ。
 これ二人で食べよ」

心なしかそわそわと嬉しそうにおやつの用意をしながら、
「好きなとこ座んな」と促した。

そわりとこちらも扉が開くまでを待っていたところ、貴方の姿見えたのならわかりやすく瞳が輝いた。

「かっこいいろーにいだ〜」

眼鏡しててもかっこいいけれどね。
謎に付け足しながらありがとうとお邪魔しますを続けて口にし、中へと入っていく。
ちなみに子猫は腕の中ですやすやお昼寝中だった。

「え、今買って来てくれたの?」

気にしなくても良かったのに、を続けようとしたが。
何やらそわそわと貴方が嬉しそうなのが見えて……ああ、と納得する。
喜んでくれているんだなって気が付かないわけがない、だから言わなかった。

「……へへ、ありがと、うれしい。
 お腹減ってたんだ、そういえば全然何も食べてなかった」

言葉は感謝へと形を変えて、抱くのはいとおしいなという感情。
ちょうどおんなじ色の……なんなら子猫をおっきくしたかのような白猫が窓際に居たので、そっと並べて隣で寝かせてみる。よし。
好きなところの指定には「どこだったらろーにいの隣に座れる〜?」と尋ねたりして、貴方が嫌がらないのならそれを叶えられるようにしながら。

「にしてもさ、ほんとに戸籍どうにかできちゃうんだね」

などと口にする言外で求めているのは、貴方の口から語ってもらえる本当のことだ。ちら、と顔を見上げた。

「はい、かっこいいろーにいです」

かっこいいだろ。はずかしげもなくおふざけの延長でそう言って、
貴方の腕の中の子猫を見れば「かわいっ」と笑った。

「おう。折角だから一緒に何か食べたいだろ」
「オレも朝飯まだだったし……丁度よかったな〜」

朝飯にしては甘いが、見たら食べたくなってしまったのだ。
気付いたら2個買っていた次第だ。
飲み物は何がいいか聞いて、その通りにグラスに注げばマリトッツォと一緒にテーブルへ並べる。

隣に座りたい様子があれば、
クッションをソファの横に持ってきて横並びに。
自分はクッションの方に座ろう。

「まあなー。もちろん違法だけど」

「………………ノッテの人間だからね。慣れてるよ」

これだけ言えばあなたには伝わるだろうと思った。
今回の騒動で仲間が牢屋に入れられたのだと。
自分は運が良かっただけだと。

「ごめん。黙ってて」「怖がらせるかなって……」

丁度よかったな〜に、うん〜と返して笑う声は陽気なものだ、訪れた平和を享受するみたいに。
飲み物についてはミルクがあればそれをねだり、横並びになれると分かればソファにぽすんと座る。
そうしてマリトッツォにはまだ指先を伸ばさず、返答を待って、待って。

「……そっか」

内容は予期していたものだから驚きはなく、答え合わせが済んだだけに違いない。
でも貴方の口から直接伝えてもらえたことに何よりもの意味がある。

「そりゃ〜中々言えないだろ、オレが同じ立場でもそうだよ。
 怖いの気にしてくれてありがとう、隠さず言ってくれたのも」

ふっと目を細めると其方へと少し身体を傾けた。
クッションとソファでは高低差があるだろうからバランスには気を付けつつ、とはいえ身長差を考えれば丁度いいぐらいなのかもしれない。
頬に当たるのはあの日とおんなじ、柔らかなひだまり色。

「……大丈夫、怖くなんかない。
 だから安心してね、変わらないから」

……で。
結局それだけじゃ足りなかったから、両腕を伸ばした。
貴方の頭を抱え込んで、それから左手でやさしく髪を撫でる。
抱いているこの思いがちゃんと真っ直ぐ届くよう。

「きれいじゃなくても、ろーにいがだいすき」

違法頼んだのオレだしな、とも、笑声を傍で揺らしながら。

「お前の事こっちのゴタゴタに巻き込みたくないし」
「どうせだったら
マトモ
な部分だけ見て欲しくて……」

貴方をそういう世界に触れさせたくはなかった。
無かったけれど、貴方がそうやって許すから、
正直に言おうと思えたのだ。
それでもこれは言い辛そうにしていたけれど。

「え」

──伸ばされる両腕に、ぽんと抱き寄せられる。
抱えられた頭を、自分よりも小さな手が撫でている。

「あ」「…………」「フ、フレッド」
「オレ、」

これは途端に驚いた顔をして、何回も瞬きをし。
ふと弱弱しく名前を呼んで、貴方の胸に頭を押し付ける。
弟に甘えるなんて思っても無かったけれど。

「……きらわれなくてよかった」「安心した……」
「…………あは。オレもお前の事は好きだよ」

今は抱き締め返すよりも、この時間を享受していたかった。
穏やかに目を閉じて、ぽつりと「よかった」とまた言って。

「お前……これからどーすんの」
「他に手伝う事無いの。オレやるから……」

ニーノは、あなたと同じものを見続けていたい。
(a38) 2023/10/01(Sun) 11:27:22

ニーノは、だから、「いっしょにいて」とねだった。
(a39) 2023/10/01(Sun) 11:27:27

貴方が見せたいものがあるのならそれだけを見続けているのも良かっただろうか。
だけれどだいすきだと思うからこそ、全部知っていたいとも思ってしまう。
何かあったときも足元を揺らがせることなく、同じ言葉を紡げるように。

弱弱しく名を呼ぶ声に戸惑っているなと感じながら。
それでも嫌がられているわけではないから、抱きしめたままだ。

「……うれし」

貴方を甘やかしたいし、こうすることで自分だって甘えている。
柔らかな髪を幾度も撫でてはここに在る愛情を伝えるように。

「他はぁ……ええっとさ、街出ようと思ってて。
 オレ、ニーノって子の代わりしてただけなんだけど、死んだことになったから。
 死人歩いてちゃだめでしょ、だからそう……出るんだけど……」

「……それまでの家がないです。
 野宿でもしようと思ったんだけど」

お金はたくさんあるとはいえ有限だ。
節約するべきところは節約しようかと考えていたが。
抱きしめていた腕を少し緩めて、そぅと貴方の瞳を見つめた。

「街出る準備できるまで……ろーにいの家に泊まっちゃダメ?」

「え。街出んの? 近場?
 てか今そんな事になってんの? 難儀だな……。
 遠かったらやだな……会いに行けなくなる」

街を離れる事については、素直に寂しそうな顔をした。
きっとパン屋で会える事も今よりずっと少なくなるかもしれない。
死人が歩いていちゃあいけない理屈は分かっているけれど。

腕が緩まれば距離は少しだけ離れる。
何を言うつもりなのだろうかと見上げればきっと目が合って。

「………………」
「なんだ。オレが断ると思ってんの?」

にま、と笑った。
そういう事ならお安い御用だ。むしろ嬉しくもある。
いつか話していたお泊り会が、
ちょっと長めに開催されるようなもの。
ロメオはそのまま身体を起こして、今度は貴方に手を伸ばす。
叶うならそのまま、むぎゅっと抱きしめて。

「いいよ。泊まりなよ、オレの家は自由に使いな。
 鍵も渡しとくかな……あ、落とすなよ。色んな意味で危ない」
「あと夜帰り遅かったりとか……他の人が来ても良いタイプ?
 多分たまに来たりすると思うから……」

そうやって撫でくりまわしながら、注意事項の確認。





    
「――ねえ。
     三日月島の夕日が見たいんだ。
     連れて行ってよ。

     …珈琲の恩が、あるでしょう?」




#AlisonWaterston






「悪い。
 一人で見に行ってくれ」



#AlisonWaterston





くそヴィト・・・・・に、
 もう一発くれてやる」



#AlisonWaterston


「近場……かなあ。
 まだ決めてない、とりあえず知り合いあんまりいないところ〜って……」

貴方があんまりにも素直に寂しそうな顔をしたので。
寂しくさせるのが自分だってわかってるのに、なんだか笑ってしまった。
嬉しかったのだ、そうやって求めてもらえることが。
なのでもう一度、いや二度ぐらい、やさしく髪を撫でてから。
にま、向けられた笑みに更にこちらも笑みを深めていれば……むぎゅっと。

「ゎ」

貴方に抱きしめられると本当にいつもすっぽり収まってしまう。
あの牢の内に居たときからそうしてほしかったと、
望む心が満たされていくのを感じて、しあわせだ、と思った。

「へへ……
 ろーにいならいいよって言ってくれると思ってた」
「はぁい、鍵は失くしません、大事にするし」
「帰り遅くなってもいいよ。
 オレ寝てておかえり言えないかもだけど……」
「誰か来るのも大丈夫、だめなときは外に居るし。
 そうじゃなかったら家の中で大人しくもできます」

注意事項にはきちんと全てに返事を返す。
だって大事なことなんだろう、そして全部大丈夫。
ぎゅっと抱きしめながらも顔だけは上げて、貴方を見上げて。

「……だから、しばらくよろしくね?ろーにい」

無職なので家事はしまーす、と。最後に付け足して笑っていた。

「……そっか。そっかあ、ならいいや。
 オレが会いに行ける所ならどこでも……
 あ。治安いい所にしろよ」

オレマフィアが言う事じゃねえけど!なんて付け足した。
髪を撫でられている間は、やっぱり目を閉じて嬉しそうに。
せっかく兄弟が出来たってのに、すぐにお別れなんて嫌だったのだ。会いに行けるなら、顔を見に行けるなら、それならいいかな。

包むようなハグはちょっと力が強くて、
それでも苦しくはないくらい。温かい体温は変わらないまま。

「言うよ。相手がお前なら猶更」
「帰ったら猫とお前が居るのか……嬉しいな。
 ホントに家族みたいだな。アハハ……」

想像をしたらどうしようもなく嬉しくなった。
貴方が旅立つ時に離れ難くなっていたらどうしようか。
『フレッド』としての新たな再出発を、
自分は笑顔で見送っていたいのだ。

「……うん。こちらこそよろしく、フレッド」

頼みまーす、と笑って返して、背に回した腕を離す。
こうして一緒に居る時間が限られているのなら、
それまではこうやって家族らしくしていよう。
本当の家族じゃないけれど、本当の家族みたいに。


「……マリトッツォ溶けるわ」

食おうぜ、と促して朝食と称した甘味を手に取る。
まずはゆっくりお互い休もう。
これから文字通りきっと、新しい一日が始まるんだから。

ちょっと力の強いハグは苦しさを教えるものではなくて、
貴方からの愛情を教えてくれるものだ。
兄弟としてのこれからは始まったばっかりだったのに、
すぐに遠くなってしまうことはこちらも寂しいけれども。

「そうだよ、ろーにいが帰ってきたらにゃんことオレがいる。
 へへ……競おうかな、この子たちと。
 どっちが早く玄関までろーにいを出迎えられるか……」

それでも、それまでの少しの間だけでも。
貴方に家族の温もりを与えられるのなら。
"オレでいいの"、と。
零された小さな声を未だ、覚えているから。


「…………────」

そうして腕が離れた頃。
そっと伝えられる感謝には目を瞠り。
呆けている間にマリトッツォを手に取った貴方を見て、眦を下げる。
すこしだけ、視界が滲むのを感じながら。

「…………それなら、オレだって」


[1/3]

さて、翌日。
正式な手続きを踏まず脱獄した女にどれほどの時間があるだろう。
少なくとも今ここで、自宅のアパルトメントへと立ち寄るような女ではなかった。

「…ただいまあ」

だから、最後に立ち寄ったのはそのホテルだった。
…変わらず、照明はついたまま。誰もいない室内に声をかける。
そうして真っ先にデスクへと向かい。
そこにある『大切なもの』たちを見つめ、ひとつひとつを回収してく。
冷蔵庫から、チョコレートも取り出した。

片腕にそれら『大切なもの』たちを抱いて。
そのまま振り返り、部屋の隅を向く。
ちょこんと最後にひとつ残されたスーツケース。
片腕で、よいしょ。これもそこそこ重いから、怪我した腕ではひと苦労。

…この中身は、どうしようか。
それだけは、まだ決められそうにない。
自分ひとりの問題ではないからかもしれない。
でも、いづれは決める心算ではあった。


「……溶けるのは、困る〜」

そうしてぐしと少し乱暴に目元を拭ってから、
己もまた同じように甘味を手に取る。
食べ終わったら何をしようか。
夜になっても貴方の隣に居られるのを思いながら。
久々に口に入れた甘味は幸福と呼ぶのが相応しい味がした。

──『ねえ、戸籍ってろーにいのと同じにできないのかなあ』
そうして食べている最中、そんなことを零していただろう。
難しかったら大丈夫、あんまりよくわかってないから、と添えてもいたが。

──『そうしたら、ほんとの家族になれるでしょ』
すれば離れたとして、貴方の寂しさも少しは紛れるかなって。
子どものような発想を声に載せて。

──『そうじゃなくても、ほんとの家族だって思ってるけどね』
貴方の弟は甘えただから、変わらずぎゅっと肩を寄せて笑っていた。


[3/3]

「常連さんには、結局なれませんでしたしねえ」

そうひとりでに、からころ笑う。
喜ぶべきか悲しむべきか微妙なところだ。
女はそもそもコーヒーという飲み物の味が好きではなかった。
今まで一度も、誰にも、そのことを口にしなかっただけで。

荷物に両腕を抱えて、女はホテルを後にする。
もうここを訪れることもないだろう。そうやって初めて照明を消した。