153 『Override Syndrome』
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[ ───兄が失敗したのは、俺が高校入学を決めた年。
二度目、落ちて、三度目も、落ちて
荒れ狂う海のような家庭で、3年を過ごした
俺は初めて、兄は4度目の大学受験。
この状況で凡人が勉強になど
集中出来るはずもなく、成績は下がる一方。
まだギリギリ合格ラインだった
底辺に近い私立医大を、兄と受けた。
結果。 ]
[ パチパチと火が爆ぜる音に、視界を蹂躙する赤。
燃え盛る棚の下敷きになって、呻く妹。
私はただただ脚を震わせて、
何をすることもなく絶望的な光景を見下ろしていた。
「何してんの!?……早く逃げなさいよ。
アンタがそこでじっとしてたって、
何にもならないじゃない!
さっさと逃げて、助けでも呼んできなさいよ」
じわじわと後退る。確かに、真結実の言う通りだ。
それでもすぐに体は言う事を聞かなくて、
ぼろぼろ涙を零して、少しずつでも足を動かす。
やっと背を向けることが出来たその時に、
私の耳は最期の言葉を拾った。 ]
「もしダメだったらさ、アタシの分もちゃんと生きなさいよ」
[ "真結実の分もちゃんと生きる"
その言葉の意味が、これだなんて私だって思っていない。
でも、これまでちゃんと生きてきたとは
到底思えない私は、
"真結実のような生き方"しか、
ちゃんとした生き方を知らなかった。
ニュースや新聞で報じられたとおり、
遺体の損傷は激しく、双子のどちらか所か、
性別や年齢を判別するのも困難な有様であったらしい。
亜結実なのか真結実なのか、
判断する材料がもう私の自己申告しかなかったから。
私の一世一代の嘘は、
あっさりと受理されてしまった。 ]
[ 半年間、聞けなかった。
でも、船越亜結実の死は、知ってしまった。
それはここ数月前のこと。 ]
『佐々岡さん』
あなたが受付を済ませていたのなら
私はきっと扉を開いてあなたを呼ぶの。*
[ 声が聞こえた気がした。
ざざ、と、ひらがなの羅列。
自分のことを呼ばれた感覚はない。
本から視線を上げてぼんやりと周りを
見渡すけれど、そこには誰もいないから
それでようやく気づく。 ]
ささおかさん、……ああ、おれか。
─── はい、すみません。
[ なんだか今日はネクタイの結び方が
わからなくて、ノーネクタイ。
シャツにパンツ、ジャケットは手に持って
ゆっくり立ち上がる。
ウエスト部に緩く余裕がある。
今更気付いてベルトの部分に手をやった。 ]
[ 開いた扉に向かう。
背筋は伸ばして、整えた穏やかな笑みで、
真っ直ぐに足を運んでいるつもりだけれど
診察室までの数歩がやや遠い。
床がぐにゃりと歪んでいるような錯覚に
二、三度足を止めながら、
迎え入れてくれる医師の前に立つ。 ]
こんにちは。
[ あくまでにこやかに、声音も穏やかに
軽く頭を下げれば、医師の顔を見られただろうか。
ぼんやりと靄がかかる頭の中、
ちかちかと何かが瞬くのがわかる。 ]
だめだ。
おもいだしては、いけない。
─── やめて、しらない。
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