「いやだ、いやだ、いやだ……」
階段に蹲る。身を守るように体を丸め、がたがたと震えながら嗚咽を零す。
男は才能も努力を続ける根気もなかったけれど、勇気だって持っていなかった。
こんなところで死ねるほどの勇気があったなら、最初から酒と女に逃げる選択肢など取っている筈ないのだ。
怯える男の脳裏にとある光景が蘇る。蘇ってしまった。
命が潰える直前の記憶だ。
動けない。
何度も何度も命乞いをした。
ナイフが腹に突き立てられる。
泣いて喚いた。耐えられない痛みに絶叫した。
それで相手は満足したのか、より深く刃を差し込んでとどめを刺した。
思い出した。思い出してしまった。
「死にたくない、死にたくない……死にたくない……!」
それでも自分は一度、確かに死んだ。だからこんな事になっている。
死んだのに周り続ける世界にいなくてはならないなんて、悪夢以外の何者でもない。
じゃあどうしたらこれは終わるんだろう。
夢が醒めるには夜が過ぎ、朝が来る必要がある。
それなのにこの館は一向に夜が来ない。ずっとずっと、明るいまま。
酔いに溺れることも出来ず、来ない宵を渇望し続ける。
男は一人、寒さに震え続けた。