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【人】 春野 清華何気ない質問に返ってきたのは、たしかに 「彼」の記録ではなくW彼Wの記憶で。 たいせつな、一部で、生きてきた証で。 「ほんとだね」 隣で、りんごの箱を覗き込む。 そこにある赤くてまあるい果実は、弾けるような 甘酸っぱい香りをただよわせている。 ふだん、スーパーで見るものよりも赤みは深く ずいぶんと大きく感じた。 (0) 2021/11/05(Fri) 12:54:20 |
【人】 春野 清華質問へのW答えWがかえってくる。 それは、生きている、W彼Wと「彼」が べつのものだ、ということだろう。 それでいい。───それがいい。 重ねていく思い出の中に。 経験の中に、彼の存在を確立する。 ならばそう───その存在の中には、 経験の中には、私が、居たい、 それを口に出すのは、やめた。 (1) 2021/11/05(Fri) 12:55:00 |
【人】 春野 清華だから、かわりに、大きく頷いた。 桃の匂いに包まれた車内を思い出す。 今回は新幹線だけれど、家の中が甘酸っぱいにおいに 満たされて、それをいっぱいに吸い込むことを 想像したらそれだけで幸せだった。 「わたしは何だろう……イチゴは好き」 なんて、話しながら歩く道すがら。 繋いだ手の温もりを感じたくて、 ぎゅ、ぎゅ、と強く2度、握った。 ふわり、舞った雪の華が、落ちてくる。 隣から聞こえた感嘆の声。 わたしが、うまく口に出せないことを 彼が体現してくれる気がして、嬉しい。 指先に留まった結晶を一緒に覗き込む。 (2) 2021/11/05(Fri) 12:55:37 |
【人】 春野 清華「わ ぁっ……! ううん、はじめてみた!」 画面や本ではみたことのある、ノルディック柄の それが、間違いなく彼の手の上にある。 なんだか不思議で、きれいで、表情が緩む。 にや、と笑った彼の鼻頭が赤くて、 ふ、と噴き出すように息を吐けば、 そのまま目を細めて笑った。 雪がふわふわと降りていく空の下。 肩口におちて溶けて、コートを濡らす。 マフラーに埋めた口許。 鼻先に落ちた雪がまたじわりと馴染んでいく。 2人、駆け込んだ宿の中。 じんわりと肌にしみるあたたかさ。 こわばっていたものが解けるよう。 ただひとつ、彼と繋いでいた手だけがその温度に── 否、その温度よりもきっと、1度高い。 (3) 2021/11/05(Fri) 12:55:52 |
【人】 春野 清華* 「きれいなところだね」 こぢんまりとした歴史ある宿は、 古いながらも綺麗に保たれていた。 ロビーに入って、オレンジ色の柔らかな灯りの下 チェックインを済ませて部屋へと向かう。 部屋は思っていたよりも広い。少し低めの天井。 案内をしてくれた中居さんが出ていけば、 2人きりの空間にまた一つ息を吐いた。 「雪、明日積もるかな?」 暗闇の中、はらはらと降る雪だけが見える。 白くぼんやりとしたそれを見つめていた。* (4) 2021/11/05(Fri) 12:56:04 |
【人】 春野 清華「こんなにたくさんの雪、あんまり見ないから わかんないけど……」 出れなければ、彼と2人、こうしていたい。 こうしているので、それでいいと。 冷えていた体を芯から温めようと、 こたつに2人で入り込む。 温かいお茶を入れて、窓の外をまた、見つめていれば 彼の声がおずおず、と響いた。 (9) 2021/11/06(Sat) 9:53:15 |
【人】 春野 清華視線をゆっくりと彼の方に向け。 紡がれる言葉を黙って聞いて、 それから口角を少しだけ上げた。 「───うん。」 触れた指先が絡む。 そのぬくもりが、灯る。 瞼をゆっくりと2度、動かして瞬く。 (10) 2021/11/06(Sat) 9:53:30 |
【人】 春野 清華「わたしのなかで、あなたと彼が いつも、重なってしまってた。 だけど、知ることができて。 ───あなたは、あなたなんだと。 他の誰でもない、模造品でも、 コピーでもない、あなたは、あなたで あなた個人として、ここに存在して そのひととわたし─── もっと、一緒にいたいって思うの。」 伝えた言葉は少しだけふるえた。 けれど、それでも、言葉にできた。 関係性に名前をつけることは、 私だけではできないけれど。 (12) 2021/11/06(Sat) 9:54:08 |
【人】 春野 清華それは、人と人であっても 人とヒューマノイドであっても 変わらない、事実だと。 そこに、なんの差も感じなかった。 ただ、目の前の彼は───私のことを、 刷り込みでもなんでもなく、ただ私のことを 純粋に愛してくれているのだ。 夢を、見てくれるのだ。 手に入らなくなってしまったものに 縋るんじゃない。新しく、手に入れた。 これは、わたしたちだけの、関係だから。 (13) 2021/11/06(Sat) 9:54:24 |
【人】 春野 清華素直に嬉しいと笑ってくれる。 はにかむような笑顔を向けて 照れ臭そうに律儀にキスの許可を 求める彼は、「彼」とは違う。 微笑んだまま小さく頷けば、 穏やかな灯りの下、静かな2人の部屋に 小さくリップ音が響いた。 粘膜が触れると、それは人間のものと 差異ないように感じるのに、 彼には心臓がなくて、鼓動がなくて、 機械であることは、不思議で。 (16) 2021/11/08(Mon) 22:44:48 |
【人】 春野 清華でも、2人だけのこの部屋で、 ───否、2人で歩むこの将来で そんなこと、大した問題じゃあないんじゃ ないかと思えるのだ。 彼が言いかけた言葉を遮るように 中居さんが入ってくる。 聞きそびれてしまったけれど、なんとなく。 なんとなく、わかるような気がして。 机の上に置かれた豪華な料理を口に運んでいた 箸をとめて、彼の方を見るの。 (17) 2021/11/08(Mon) 22:45:03 |
【人】 春野 清華この関係に名前をつけるのはもう少し先に なるかもしれないのだけれど。 それでも、分かり合えるような気がする。 あなたが私のそばにいてくれるのなら。 あなたが私と同じ夢を見てくれるのなら。 (19) 2021/11/08(Mon) 22:45:57 |
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