【人】 弁当『もりや』 安住 香菜[仕込みから始まる一日が 接客と発注とに忙殺されて 閉店する頃には、頭はパンパン、足は棒。 同級生達が子育てや合コンに追われる中 あたしはひとりクタクタになって家に帰る。 そんな、毎日が続くと思ってた。 きっとこのまま小さい頃の綺麗な思い出を胸に じわじわ、おばさんになっていくだけの。 若い子の流行りに乗り切れなくなって ふとした瞬間、「お姉さん」じゃなくて 「おばちゃん」て呼ばれて それに傷付くより先に、にっこり笑って 「はーい」なんて返しちゃって。] (28) 2021/06/04(Fri) 2:27:49 |
【人】 弁当『もりや』 安住 香菜[眠りの中で、綺麗な思い出が 蘇ってきたりなんかすると 懐かしくて、嬉しいのに 現実との乖離に泣きたくなって、 決まって必ず、涙に浸された枕の上で目覚めるの。 その日も、そんな夢を見た。] (29) 2021/06/04(Fri) 2:28:23 |
【人】 弁当『もりや』 安住 香菜[ふ、と意識を取り戻して目を開くと 目の前にぱっ、と朱が咲く。 全く知識はないから知らないけれど 修学旅行で行った寺社仏閣みたいな朱塗りの柱。 それに支えられた空間を隔てるように 鮮やかな牡丹が描かれた壁が くるりと部屋を囲っている。 びくりと身を跳ね起こすと いつもの煎餅布団の何倍も柔らかい寝具が ふわ、とあたしの手を押し返してきた。 知らない、部屋。 ふと見下ろした自分の体は、 部屋着のグレーのショートパンツと 黒いキャミソール。 下着をつけてないのは元からだけれど この奇妙な状況の中、こんな薄着だけだと 酷く心細くなって、 あたしはたまらず寝台の上で自分を抱きしめた。] (30) 2021/06/04(Fri) 2:28:59 |
【人】 弁当『もりや』 安住 香菜なに、ここ………… [大きな円形のベッドを中央に据えた部屋は、 なんというか、何処と無く淫靡な空気がして。 もしそんな部屋に他の人の気配を察して それが長年の想い人だったなら───── あたしは本当に、いたたまれない顔をするんだ。]* (31) 2021/06/04(Fri) 2:36:15 |
【人】 弁当『もりや』 安住 香菜[だって、ニチアサ9時の番組を見る男の子は おままごとに付き合ってくれないし ご飯を取りに行ってくれたりしないんだ。 すぐに自分の世界に入って 見えない怪獣を戦い始めて ひどい時にはあたしを怪獣にしたりして。 お弁当の利益まで考えてくれたり 少しでも楽になれるように すごい商品のサンプル持ってきてくれたりさ。 そんな優しいあんたが、すきで、 どうしようもなく、すきで……。 でも、それを形にしたら 今の心地よい関係も崩れてしまいやしないか。 それが怖くて、何も言えないの。] (100) 2021/06/05(Sat) 12:11:08 |
【人】 弁当『もりや』 安住 香菜[「ただいま」の挨拶に 笑って「おかえり」って返して それが私にできる限界。] うーん、鮭弁当で御殿建てようってんじゃ ないしなぁ…… [古くから続く弁当屋の味を落とさないよう でも、飽きられないよう。 そのさじ加減に困ってたのは本音だったから 心の中で言葉を選びながら伝えよう。] どっちかっていうと、商売ってより 昔から来てくれる常連さんとの 繋がりを大事にしたい、って感じかな。 他にコンビニもあるし、 新しくて美味しいものは 他にも沢山あるんだし、ね。 [だけど好意はうれしいから ほっけはホッケスティックにして パックで売ってみようかな、なんて。] (101) 2021/06/05(Sat) 12:12:28 |
【人】 弁当『もりや』 安住 香菜[またある日は恋バナなんか。 彼よりラガーマンの方に靡いた女なんて 粉付けて揚げてやりたいけれど 「かなおねえちゃん」はそんな事言わないの。] ……うーん、好きって気持ちは 思うだけじゃなくて言葉にしなきゃ 伝わらないし、その気持ちが大きく見えるほど 嬉しい、って気持ちは分からなくもないかな。 [そう言って揚げたての唐揚げを、 爪楊枝に刺したやつを差し出す。 あたしは、美味いって言ってもらえるのも こんな美味そうな顔して食べて また来てくれるのも、どっちも嬉しいけど。 あんたはほかの店に浮気しないしさ。] けど、そのラガーマンの方があんたより いい男って話じゃないんだ。 どっしり構えてた方がいい。 そのうちもっとまともな子が寄ってくるよ。 [そう、偉そうなことを言う。 あたしは?って聞く勇気もなくて 好き、って言葉も言えないくせに。] (102) 2021/06/05(Sat) 12:13:02 |
【人】 弁当『もりや』 安住 香菜[目覚めたら、そこはラブホテル(?)でした。 行ったことは、無いけど、多分。 訳が分からず呆然としていると 奥の扉がガラリと開いて 男の人の声が聞こえ、あたしは身を固くした。] ……あ、よしやくん…… [けどなんてことはない。 知らない人じゃなくて、想い人。 あたしは恥ずかしい服ではあるけど 女の子に乱暴しない、いいひと。 その視線が心許ない服に向けられ あたしは視線をシーツの波に落として ずり落ちた肩紐を整える。 ふわ、と掛けられたバスローブを羽織り直して もぞもぞも布団の外へと這い出した。] 出口を探す、って……見たとこ あんたが来たのがこの部屋唯一の出口だけど。 [そう言うなり、よしやくんが来た ドアを引っつかみ、開く。 様相が違うだけで、そこも同じく 性のための場所、という感じで あたしは耳まで朱に染めて、ぱたん、と閉じる。] (104) 2021/06/05(Sat) 12:14:14 |
【人】 弁当『もりや』 安住 香菜…………なんだ、ここ…… [乱暴にローブの前を掻き合せて 紐でぐるぐるかた縛り。 混乱の波が引くと、どんどん腹が立ってきた。 何なんだ、何だってこんなことするんだ。 だって、あたしはまだ好きって言ってない。 あの神社の裏の秘密基地みたいに 甘い時間を過ごしたり、デートしたり…… そ、れで、せっ………… じわりと目の端に涙が滲む。 だけれどここでさめざめ泣くのより とっとと首謀者をとっちめてボコボコにしよう。 うん、そうしよう。絶対。] よしやくん!出口探そう! そんで此処にあたしたち閉じ込めたやつ ぼこぼこのけちょんけちょんに してやるんだから! [早速ローブの袖を捲りあげ 部屋の探索へとよしやくんを引っ張り出す。 ベッド脇のサイドテーブルを開ければ 見たことの無い物体がごろん、と まろびでたけれど、何だこれ。] (105) 2021/06/05(Sat) 12:15:07 |
【人】 弁当『もりや』 安住 香菜ぱいぱいぽっぷ☆ぷわぷわぷ〜 ……って、昔無かったっけ?あはは…… [紫の毒々しいステッキ(?)を振っておどけてみせた。 こんな状況だし、笑いが無いと、ね。]* (106) 2021/06/05(Sat) 12:17:07 |
【人】 弁当『もりや』 安住 香菜[くるり、爪楊枝が彼の手の中で踊る。 向けられた問いに、一瞬あたしは息を飲んで エプロンの裾をこっそり握りしめるの。 こういう時、どう答えるのがいいのかな。 「お姉さん」なら 「あたしみたいな子なんて早々いないよ」 なんて笑って見せればいいのかな。 それとも、「あなたに気のある女の子」として 「そう、目の前にいるあたしみたいな、ね」 って、そっとウィンクのひとつでもすればいいかな。 でも、あたしにはどれひとつ「正しい」とは 思えなくって、そっと胸の痛みを押し殺す。 結局、あたしは話の後ろから割り込んできた 山田のおじさんに救われる形で その話を結んでしまったの。] (130) 2021/06/05(Sat) 23:06:21 |
【人】 弁当『もりや』 安住 香菜[セックスのための部屋から出ようと ドアを開けても、結局セックスのための部屋で よく考えなくても出口があるなら よしやくんはそのまま出て行ったろう。] ………… モチョットハヤクイッテヨ ……[目にじわりと涙を溜めたまま じと、と八つ当たり気味に睨みつけて あたしは後ろ手にドアを閉める。 まだ「シないと出られない部屋」とは知らず この間動画配信サービスで観たばかりの 異常者によって密室に閉じ込められて 殺し合いをさせられる映画を思い出し、 勝手に震えたり、怒りに燃えたり。] (131) 2021/06/05(Sat) 23:06:47 |
【人】 弁当『もりや』 安住 香菜[手分けしようという言葉に頷き返し さて見つけた魔法のステッキは この状況に和やかな笑いをもたらす…… はずだった、のに、ぴしり、と空気が凍る。 きょとん、と目を丸くするあたしの前に 怒ったみたいな顔したよしやくんが来て 今まで見たことも無い顔してるから 思わず、後ろから壁に押し返されるまで すりすりと後退る。 ステッキを持った手と、腰に回された手が 昔より酷く大きくて、熱くて、 あたしは義哉くんの目を見上げて息を飲んだ。 動物園で肉食獣の檻の前に立つより ずっと怖い、捕食者の目。 このままずるりと布団の中に連れ込まれても きっと、圧倒的な力の差を前に 抵抗も叶わないかもしれない、なんて。] (132) 2021/06/05(Sat) 23:07:10 |
【人】 弁当『もりや』 安住 香菜あ、 [密着していた身体が離れて 遠のく体温を追うように、 視線をその背に絡ませる。 でも、義哉くんは振り返らない。 二人の手から震える魔法のステッキが滑り落ちて 床の上でのたうち回る。 あたしはローブの前をまたきちんと合わせると] ……ううん、あたしこそ、ごめん。 [知らなかったから、とは言えなかった。 この話を広げるのは、多分まずい。 それくらいは分かるもの。] (133) 2021/06/05(Sat) 23:11:19 |
【人】 弁当『もりや』 安住 香菜[それから手分けして部屋の中を探索したけれど 本当は、一緒にいた方が良かったのかも。 だって、変な器具とかロープとかあっても それがヤラシイものか否かなんて あたしにはちっとも分からなかったし。 ただ、適当にいじったテレビのリモコンが 大音量のえっちなビデオを流した時は 流石にビビったな……チャンネル変えても どの局も全部えっちなやつばっか。 「ニュースとかやってないのかな」って聞いたら 義哉くんは答えてくれたかな。 そしてあたしが元いた部屋から 義哉くんが来た方の部屋に足を伸ばして ……そこで、やっと テーブルの上に置かれた紙を見た。] (134) 2021/06/05(Sat) 23:11:44 |
【人】 弁当『もりや』 安住 香菜しないと、出られない部屋…… [何を?というのはこの最大限に お膳立てされた様子を見れば明白で。 あたしはローブの裾を握ろうとして そこで初めて、自分が震えてるのに気が付いた。] (135) 2021/06/05(Sat) 23:12:05 |
【人】 弁当『もりや』 安住 香菜[せっくす、というのは 男の人のアレを入れること……というのは さすがに知ってる。 けどそこに至るまでの過程はすっぽり あたしの頭の中には抜け落ちていた。 代わりに、今まで夢に見ていた 甘酸っぱい「恋」の過程は 嫌になるほど思い描いていて。 じわり、とまた視界が歪んで、 零れ落ちた一雫は、ラミネートされた紙の上を つるりと滑って床に染みていく。] …………義哉、くん。これ…… [ラミネートされた紙を片手に呼び掛けて あたしは元いた部屋のベッドに腰を下ろした。 ぐし、と鼻を啜りあげながら 手でつまみ上げた施設案内の紙を突き付け] 義哉くんは、これ、読んだの? [この部屋が「シないと出られない」と知っていて それでも外に出ようとしていたのか、って。]* (136) 2021/06/05(Sat) 23:12:57 |
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