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【人】 宮々 蓮司暗い部屋で立ち上がると備え付けの冷蔵庫からミネラルウォーターのペットボトルを取り出した。冷蔵庫を開けた時の僅かな冷気が火照った体に気持ちがいい。 「 飲むか? 」 瀬里に向けてひとつ差し出す。 カーテンの隙間から差し込んだ月明かりが、暗がりに蓮司の姿を薄らと浮かび上がらせる。まだ落ち着かない呼吸に僅かに揺れる肩。 その近く、ペットボトルを持った側の上腕がすこし赤くなっていた。蓮司はそれに気づいていないのか、意に介していない。 ベッドの縁に腰を下ろすと、ゆっくりと瀬里の髪を撫でた。 「 俺の恋人は、 世界一可愛いな。」 そして、そんな惚気を口にする。* (1) 2022/05/23(Mon) 19:39:38 |
【人】 宮々 蓮司それもまた疲れからだろうか。 触れられても痛くはないそれは確かに赤くなっていた。 「 なんだろうな、発疹か? 」 少し皮膚が乾燥しているだろうか。 言われるまで気にすることもなかったように、痒みも痛みもないのだけど。 「 ぶつけたとかではないし。 汗疹とかに近いのかもな。」 最近は気温も上がってきたし、もしかしたらそうなのかもしれない。 大した自覚症状もなく、「大丈夫だろう」なんて、蓮司自身は不安も心配も、気にするそぶりはなかった。 (4) 2022/05/24(Tue) 19:16:19 |
【人】 宮々 蓮司そんなこと≠謔閧焉B もっと瀬里と触れ合っていたい。 「 大丈夫だろ。」 この時は楽観的だった。 でも、誰だってそれが重篤な結果になるなんて思わないだろう。 発疹はしばらくすれば消えたし。 結局痛いも痒いも何もなく。 ただ、数日後にまた別の場所に同じような発疹が現れては消えていた。 瀬里があまりにも心配するので、健康診断も受けてみたが左目以外に異常は見られなかった。 「 ほらな? 」 瀬里は心配性だなんて笑っていたんだ。* (5) 2022/05/24(Tue) 19:16:34 |
【人】 宮々 蓮司月日が少しずつ巡るたびに、 楽観は段々と形を潜め、不安ばかりが募っていく。 どんな検査をしようとも何も見つからない。 だというのに体調は徐々に悪くなっていく。 瀬里に心配をさせまいと、誤魔化すことばかりが上手くなっていく。 疲れやすい、季節の変わり目に弱い、今ではすっかり体の弱い男だ。 大きく体調を崩すようなことはなかった。 だけど、それが余計に不安を煽る。 原因のない、だけど徐々に悪化する謎の症状。 他の可能性を排除していったとき、心当たりがひとつだけ残った。 (9) 2022/05/24(Tue) 20:30:39 |
【人】 宮々 蓮司週末のデートを続ける。 それは瀬里が学校を卒業してからも。 一人暮らしの瀬里の部屋に俺のものが増えていく。 一人暮らしの俺の部屋に瀬里のものが増えていく。 でも、そのデートも週末ごとに、それが二週に一度のときもあった、三週に一度のときも。土曜のうちに帰ることもあった。 瀬里に、気づかれないように、心配をかけないように。 それでも、心当たり≠確かめるのとはなかった。 半ばそうであると確信はあったが、それでもまだ楽観的だったのだ。 (10) 2022/05/24(Tue) 20:30:57 |
【人】 宮々 蓮司そしてついに、週末デートをすっぽかした。 一人暮らしのその部屋で、不意に意識を失った。 倒れ込んだ床の冷たさが最後に感じたものだった。 瀬里の笑顔が最後に思い浮かべたものだった。 (11) 2022/05/24(Tue) 20:31:17 |
【人】 宮々 蓮司蓮司が目を覚ましたのは翌日のことだった。 意識が戻ってすぐにスマホを手にメッセージを打った。 『 ごめん、体調が優れなくて 』 いい加減、隠し通すのは無理がでてきた。 いい加減、看過するのが難しくなってきた。 二度と戻ることはないと思っていたあの場所。 宮々の家に赴かなければならないと思えば、気分はさらに落ち込んだ。 だけど、それよりも恐怖が勝った。 恋熱病。 その身に恋矢を受けた恋天使が稀に発症するという。 ほとんどの場合は軽い症状が少しの間でるだけ。 でも、宮々の人間にとっては、命すら危ぶむ可能性のある病だった。 (12) 2022/05/24(Tue) 20:32:06 |
【人】 宮々 蓮司瀬里の部屋に入って、それから。 抱擁もキスもないまま部屋の中へ。 そして、いつもの場所に座ると口を開いた。 「 しばらく宮々の家に戻ろうと思う。」 ─── 宮々の家。 それは蓮司にとっては忌々しいはずの場所。 <gray>蓮司を出来損ないと断じ、生家であるはずなのにその居場所を奪った。父も母も、弟も妹も、誰もが蓮司を蔑み軽んじた。 ただひとり、祖父だけを除いて。 <gray>恋人となってから1年、その間に家の話、そして過去の話はしただろう。 そんな宮々の家に戻ると言い出した。 気まぐれなんかで出てくる言葉では決してない。 (18) 2022/05/25(Wed) 13:07:06 |
【人】 宮々 蓮司しばしの沈黙。 「 ………… 」 言葉が紡げない。 伝えなければならないのに。 言わなければならないのに。 もう二度と言えないかもしれないのに。 じっと、ただじっと瀬里を見つめ続けていた。* (19) 2022/05/25(Wed) 13:07:21 |
【人】 宮々 蓮司もしも、この恋が終わるとしたら。 お前はそれでも俺を送り出すだろうか。 きっとお前はそうする。 恋と命、天秤にかけるまでもない。 もしも、この命が終わるとしたら。 お前はそれでも俺を許してくれるだろうか。 きっと許してくれないだろう。 恋と命、天秤にかけることすらもしかしたら。 「どうして」の答えを紡げない。 何をどこまで話せばいい? 祖父に告げられたこと。 体が病に冒されているという事実。 治療には恋矢を取り除けばいいということ。自身に刺さった4本の矢、その全てを、あるいは2本を抜き去ることで、治るという。 そんなこと、どうやって話せばいい? (23) 2022/05/25(Wed) 16:57:16 |
【人】 宮々 蓮司それでも静かに口を開いた。 何も告げないままにだけはしたくなかった。 「 病気、なんだ。 とても珍しい病気で…… 」 恋熱病 矢を受けた恋天使が罹る病気で、一種のアレルギ反応のようなもの。本来であれば発症自体珍しく、そしてすぐに治るようなもの。 だけど宮々の血筋はそれが発症すると重篤な症状となるケースが多く、ときには命すら危うくなるということ。 それを伝えた。 治療方法はまだ口にできないまま。 「 でも、 宮々にはそれを治す方法が伝わっている。」 そんなもの、いっそ無かった方がよかったのに。 * (24) 2022/05/25(Wed) 16:57:40 |
【人】 宮々 蓮司結局、宮々に全てを奪われるのか。 宮々に生まれたことがまるで呪いであるかのように。 「 ……瀬里は、 自分に刺さった恋矢を今でも感じるか? 」 俺はない、と小さく零す。 「 俺には四つの矢が刺さっている。 治療法は……それを抜きさることだ。」 今もこの胸に刺さったままの恋矢。 とうに気持ちが消えていると思っていた彼女との絆すら、今も繋がったまま。 (29) 2022/05/25(Wed) 19:09:45 |
【人】 宮々 蓮司もしも、この恋矢が今もこの心を縛っていたら? そんな心配を口にした俺に、祖父はこう言った。 『 恋天使の恋矢はとても強い。 矢を抜けば、それによって変化した心も、 そして……その前後の記憶すら失いかねん。」 それは最悪の答えだった。 (30) 2022/05/25(Wed) 19:10:06 |
【人】 宮々 蓮司「 ……瀬里…… もしも恋矢が俺たちを結ばなかったして、 それでもお前は俺を好きになっていただろうか。」 意味のない仮定。 恋矢は二人を結びつけた。 それはきっと、数ある可能性の中から、ただ一つだけ現実となったもの。 過去は変えられない。 だからそんな仮定は意味を持たない。 だけど、それがこの先の未来の話なら? * (31) 2022/05/25(Wed) 19:10:50 |
【人】 宮々 蓮司宮々の家は恋天使であることを生業にしている古い家だった。 恋矢による縁結び≠ヘもちろん、一度結ばれた縁を別の縁で結び直したり。人間には無いその力を最大限に利用していた。 それもあって、宮々の家には他の恋天使にはあまり知られていない知識やノウハウがあった。 恋熱病にしてもそのひとつ。 それは宮々の血筋が昔からその病に患わされてきた証でもあった。 (38) 2022/05/25(Wed) 20:28:49 |
【人】 宮々 蓮司「 そうだったな。」 それは友人の受け売りだ。 でも、確かにそう信じたはずの言葉。 もしも恋矢が刺さったままなら、なぜ以前の恋心を失ってしまったのだろう。なぜ、瀬里にだけ恋焦がれるのだろう。 「 最初は、 瀬里のことを失うぐらいな、 いっそ治療なんていらないとさえ思った。」 この恋を失ってしまうのなら。 瀬里のことをなんとも思わなくなるぐらいなら。 この命に何の意味があるのだろう。 (39) 2022/05/25(Wed) 20:29:28 |
【人】 宮々 蓮司「 お前は俺の全てだ。 たとえ恋矢の力が無くなって、 それで何かが変わってしまったとしても。」 俺はもう一度お前に恋をする。 その誓いを胸に強く抱く。 それが強い不安の裏返しだとしても。 「 ……、一緒に来てくれるか? 」 もしかしたらお前を傷つけることになるかもしれない。 それでも、お前がそばにいてくれるならきっと乗り越えられる気がするんだ。 * (40) 2022/05/25(Wed) 20:30:04 |
【人】 宮々 蓮司瀬里の手を引いて抱き寄せる。 「 いいに決まってる。 一緒に来てほしい。 宮々の家にお前を紹介する気はないが、 爺様だけにはお前を会わせたいし。」 ただひとり、宮々の家で俺がそこにいることを認めてくれた人。 恋熱病、皮肉にも恋天使であることを証明するその病の原因が、その相手が瀬里なんだって、この娘なんだって知らせたい。 でももしも、恋矢を取り除いた時、瀬里への恋心を失っていたら?瀬里のことを覚えていなかったら? 消えぬ不安をかき消すように強く瀬里を抱きしめる。 (45) 2022/05/25(Wed) 21:16:39 |
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