26 【身内】朧月夜とお散歩犬【R18】
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── 回想 ──
[あの夜も
ケガ人いねーかな?って
探しながら街の中をふらふらしてたんだ。
真っ赤な体液に
触れたい衝動を正当化できるから
応急処置の道具を、愛車の原付きに装備して。
(どっかに血まみれのヤツ、
落ちてねぇかな?)
喧嘩の多いエリアをぬってみてたら
案の定の、怒鳴り声。
お! いいんじゃね?って
向かった先に、見つけたのがタロだった。
実際には
他にも何人か屯してて
顔見知りなんかも居たんだけどさ。
失礼ながら、俺の意識は
彼の頬に走る傷と
そこから流れ出た真紅に釘付けで
あとの記憶は、霞が掛かったように朧げだ。]
[見つけた獲物を
逃したくないとばかりに熱く見つめて、
極薄のゴム手袋をぴちりと嵌めると
救急セットを片手に
自販機前で正座に蹲る彼へ近づいた。]
ん‥‥、凄くイイな。
血の吹き出し方が、完璧だ。
[称賛の言葉を紡ぎながら跪くと
美しい真一文字の傷をぬるりと撫ぜる。
色白の肌に真っ赤が映えて
とんでもなく綺麗で
酷くゾクゾクしてしまったことを覚えている。
とてもとても鮮明に。]*
── ある夜 ──
[血を流す片頬が、熱い。
自業自得と言える負傷をした僕は
自動販売機の明かりを背負って
座り込んでいた。]
え……おにーさん?
んん……っ
い、痛いよ……
[知らないおにーさんが目の前で屈んだかと思えば
カ……ッ
と頬の熱が増した。
反射的に肩が跳ねて、呻き声を漏らす。
手袋をした手が傷に触れてきた所為だと気づけば
涙目で見上げながら、不満を漏らしてしまった。
痛いのは普通に、苦手だから。*]
[その反応にも
堪らないというように目を細め
ハァ…と、熱い溜息を吐く。]
痛いか? 痛むよな?
さらに痛むかもしれないが
まずは洗わないといけないからな。
滲みるだろうが、我慢して、耐えて……
[荒くなる呼吸を隠しもせずに
掠れた囁きを耳元へ。]
[それから、
自販機にドンと片手をついて
内側に彼を囲い込み、]
楽になりたいだろ? な?
[欲を滲ませた、凄絶な笑みを贈った。]*
……ッ
[喧嘩の声音をBGMに
僕に向けられる瞳が細まる。
この場にそぐわぬ色香を纏う彼に
メモを取ることも忘れて見惚れてしまう。
おにーさん、って呼んでも嫌がられなかった。
……そのことは何だか嬉しかった。]
[耳に当たる吐息は擽ったくて
またビクッと肩が跳ねてしまう。]
う、ん……痛い、よ……っ
うわ、わ……っ!?
[片手が顔の横につかれて
自動販売機と彼との間に閉じ込められた。
歳はそう変わらない筈だけど
やけに艶めいた彼から視線が外せなくて
顔が、殴られてないところまで熱い。]
[バクバクと心臓が鳴ってる。
眉尻が落ちて、薄い唇がちいさく震える。]
……あ、……ら、楽に……ッ
なりたっ、なりたい、です……っ
[頭は混乱している。
よくわからないままに
潤んだ瞳で見上げて、乞うた。*]
[返される反応がまたいじらしいから
俺の興奮をさらに煽って
元々、細身に作られているデニムが窮屈さを増す。
屈んでいる間は目立たないかもしれないが
それは明らかに兆していた。]
くく、そうか
素直な子はキライじゃないぞ。
じゃあ、がんばって耐えような?
[嬉しそうに、再び傷をなでてから
精製水を浴びせ掛けた。
頬をすべり落ちる雫を脱脂綿で拭えば
美しく染まるのが、また愉しくて。
時折、傷にわざと触れ
痛みを覚えさせるようにしながらも
それ以外では
的確な処置を施していく。]
おにーさんは、レオって言うんだ。
上から読んでも、下から読んでも
「俺はレオ」な。
もう忘れられないだろ?
まぁ、忘れても、全然構わないけども
[くつくつと喉を鳴らして
酷く楽しそうに自己紹介を挟むみながら。]*
[おにーさんは、
素直な子はキライじゃないって。
……おにーさんの前では、
素直ないい子でいたいって思った。]
わ、わかった……耐えるよ
おにーさ……、 ……ッ
[傷口がまた触られて、熱が走り
かけられる水は、冷たくて沁みた。
痛くて逃げちゃいたくなるけど
膝の上に置いた両手を拳の形にして
目をギュッと閉じて耐えようとする。]
[治療って、こんなに痛いものなんだね。
必要なだけ触られてるって思ってる僕は
わざとだなんて気付かずに
おにーさんから与えられる痛みを受け入れて
長い睫毛を震わせる。]
……ん、……ぁ……っ
[おにーさんの指が傷口に届くたび
鋭い痛みが走るから
呻き声が漏れてしまうのを
完全に抑えることは出来なかったけど。]
[治療の最中、おにーさんが名乗ってくれた。]
ん……、レオ、さん……?
[「新聞紙」や「トマト」みたいに言うから
苦痛に耐えながら笑みがこぼれる。]
……ふふ、覚えた、よ……
確かに、忘れられそうにないね……
僕は……、アベル太郎、だよ……
[名乗り合う間は瞼を上げて、
彼の瞳を見てた。
涙で少し滲んでしまってたけど
黒くて、吸い込まれそうだって思った。*]
[拳を握り
睫毛を震わせて
必死に痛みを堪らえようとしている姿に
酷く唆られた。
執拗に触れてしまうせいで
漏れる声にも、熱が溜まっていく。]
そう、 レオだ。
[繰り返される自分の名前に
妙に浮かれながら、潤んだ笑顔に頷くと
彼も律儀に名乗ってくれた。]
へぇ、アベル太郎…?!
お前のも、インパクトすごいなー。
忘れられなさそ。
けど、ちょっと呼びにくいから
「タロ」でいいか?
俺のことも、好きに読んでいーから。
……っと、処置完了。
[普段は、怪我の状態で覚えるくせに
珍しく固有名詞で
脳の海馬に書き込んだのは
────彼のことが、気に入ったせい。]
1日1回か2回は洗って
これ塗って、これ貼り直しとけば
傷は綺麗に消えっから。
はい。 これは、やる!
[彼が傾倒している創作物で
活躍することのあるモノだとは知らぬまま、
今、使ったばかりの
純度の高いワセリンのチューブと
創傷被覆材の入った箱を押し付ける。]
腐るほどあるから、遠慮しなくていーよ。
代わりに、また怪我したら
俺んとこおいで。
…って、連絡先わかんねぇか。
ちょっと待ってて。
ボールペン取って来る。
[そう言うと、ゴミ袋の中へ
手袋をぺいぺいと脱ぎ捨てて立ち上がった。
渡したばかりの箱に
携帯番号を書きつけようと
愛車に突っ込んだ上着を取りに行くためだったが、
シルエットが変わるほど隆起した
中身のせいで
歩き辛そうなのは、誰の目からも明白だった。]*
[タロ、だって。
かわいいニックネームをつけてくれた。
嬉しくてちょっと笑う。]
うん。
……じゃあ、僕はれおにーさんって呼ぶね
[処置は済んだらしい。
痛い時間が終わってホッとしたような
残念なような……、
相反する思いを自覚しながら
膝の上で作っていた拳を解いた。]
[手当てに使っていたものを渡される。
落とさないように
わたわたしつつ受け取った。]
……えっ、いいの……っ?
これも、これも……?
[手当てしてくれただけでも有り難いのに
こんなに良くして貰っちゃって良いのかな。
上目で顔色を伺えば、
何だか機嫌が良さそうだ。]
……ありがとう、れおにーさん
[お言葉に甘えることにした。
なんと連絡先まで教えてくれるらしい。
僕も立ち上がることにして
腰を浮かすと、――目にナニカ飛び込んで来た。]
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