人狼物語 三日月国


69 【R18RP】乾いた風の向こうへ

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視点:



   あなたには、素敵な名がお有りでしょうに。


[ 猫に向かって話した提案を、
  自身のことだと思ったのか
  それとも冗談めかして言ったのか。
  
  含みを持たない瞳の輝きはどうやら前者のよう。
  呆れを通り越して可笑しくて、ふ、と笑った。]


   ピヤール、pyar───
   良い名ですね。
   少なくとも、ルシアンよりはずっと。
 


[ 妙なことにここが気に入ったのか、
  冷たい床が心地良いのか、
  人間の思惑によって名を変えられる不運な猫は、
  そんなことどうだって良いのだとでも言いたげに
  くるりと丸くなり、尾に顔を埋めて
  目を閉じている。

  規則正しく上下する温かい背に
  そっと手を沿わせ、吐息をひとつ。 ]


   ……あなたは、不思議な方ですね。
   ほんとうにあの人のお嬢様ですか。
 


[ すうすうと寝息を立てる猫を
  丸くなった姿勢のままそっと抱き上げる。
  よいしょ、と声を上げて立ち上がり、
  ゆっくりと格子の向こうの飼い主の元へ、
  数歩、歩く。

  食事をやり取りする小さな扉を開けて、
  受け取ってもらうように猫を差し出した。

  突然動いた己にも、ふわりと浮いたはずの
  自分の身体にも、ちらりと片目を開けただけで、
  暴れもせずまた眠る。

  物怖じしないのは飼い主譲りなのか、と
  吹き出しそうになった。 ]
 


   あなたと話していると、
   忘れていた己というものが甦るようです。
   心折れず、俺が俺として居られる。


[ しなやかな毛皮は手を離れただろうか。
  近づけば、彼女の瞳はずいぶん下にあった。 ]


   俺は、いつか必ず此処を出る。
   帰る郷はもう無いが、この国にも
   己の自由はないからです。

   ……だから、此処にあなたが来ることは、
   決して良いことではない、と思うのですよ。

   俺は、あなたのことは嫌いではないが、
   あなたの父上のことを残念ながら
   好いてはいないのです。


[ わかりますか、と瞳に力を込めた。 ]
 


[ 俺が此処から出るために、
  あなたを利用するようなことは
  したくないのだ、と、言いかけて、
  飲み込んで、やめた。 
  彼女と話すことが、己にとって生きる糧に
  なっている事実に気づいてはいながらも。 ]


   パンと、飲み物をありがとうございました。
               ・・・・・・・・
   くれぐれも迷子になる際は人目に気をつけて。

   ─── ピャール、またね。*
 

le chien セトは、メモを貼った。
(a0) 2021/04/20(Tue) 8:49:59



   素敵な名前だと、思ってくれるの?
   ……嬉しい。
   名前について、あまり話したことが
   なかったからなのかもしれないけれど。


[ 彼が褒めながらも笑ったところを見て
  少しだけ頬を膨らませてみせたような。
  でもすぐにその表情は元に戻って、
  愛猫の新しい名前をピヤールに決めてもらい
  ふわっとした感情に包まれた。

  彼の物言いから、
  ピヤールの意味を知っているのかと
  彼女は聞きたくなったけれど、
  それは、どうして?と聞かれたら
  彼女が答えられなくなるので
  口にするのは躊躇われた。    ]






   私は、不思議なの…?

   …確かに、うちから出たことがなくて、
   お母様の意向もあって輿入れもなく。
   …………外のお話が聞きたくなるわ。


[ ルシアン改めピヤールは
  人間の事情など全くお構いなしで
  お昼寝をはじめてしまい、
  彼から丸くなった毛玉を受け取った気分になる。

  その時一瞬だけ、彼女の手が
  彼の手に触れ合って、彼女の頬が少しだけ赤らんだ。
  だが、彼女自身は赤らんだとは知らず、
  大切そうにピヤールを抱えている。
  体が上下に動くピヤールを優しく撫で、
  セトを見上げれば、首を傾げた。   ]






   ────そう、なのね。
   気をつけるわ、迷子のときは。
   オアシスを見つける旅だもの、ね?



[ 父親のことが嫌いと言われたとき、
  どうして、とは聞くことができなかった。
  聞く権利もないと思ったのと、
  彼の雰囲気から満足な生活を与えられていないと
  何も知らない彼女でも分かったから。

  彼女は腰を上げ、部屋からひっそりと去った。
  彼女はただ迷子になっているだけなのだけれど
  彼が何かを呟いたのなら、
  ふっと振り返ってなぁに?と聞いたかもしれない。 ]





────────


[ それから、何度も彼女は迷子になった。
  人が手薄になる時間や、両親が家から出ている時間を
  見計って、迷子になり逢瀬を重ねた。
  無論、彼女は生娘のまま。
  彼女にとっては異性に会うということ自体が
  逢瀬に近いのである。

  彼との距離は少しでも縮まっているか。
  そうなら、指のひとつでも自然を装って
  絡めているかもしれないが、
  彼女に他意はないのである。  ]


   ピヤールは、少しずつ成長しているわ。
   抱きかかえるのが少し大変に思うけれど
   あなたにとっては、そうでもないのかしら。


[ いつもではないけれど、
  偶に愛猫も一緒に迷子になっている。
  その時によく抱き抱えられているのを
  思い出して、今日はいないのに聞いてしまった。
  本当は、愛猫の話よりも
  もっと外と彼自身の話を聞きたいのに。 ]





   外で私が暮らすなんて、
   とても……無謀な話だと、思う?


[ 彼の返事なんて、わかり切っているけれど
  聞きたくなってしまったから、
  彼女は素直に質問を口にする。

  実は彼に出会って、愛猫を紹介してから
  ずっと彼を自由にする方法を
  彼女なりに模索はしているのだが
  まだ分からなくて、何も伝えていない。
  彼の邪魔になっては意味もないので。   ]*





[赤の他人と家族になるということはイコール生涯の伴侶、だと言われて、なるほど納得した。
なぜか今までその認識がスッポリ抜け落ちていた。一瞬呆けたような顔をしてしまったと思う。

その、『無理だから』という言葉に分かりやすく刺された。]


 (──そりゃそう。こんな国じゃ、無理……同性愛になっちゃうから。そしたら殺されるしかないから…………

それにダレンは俺をそういう風に、好きじゃない、から。)


[言葉に、事実を絡めて反芻して肉付けして、実感を得ていく。体の中心を刺すような痛みに思わず胸を掴んだら前のめりになっちゃって床に手をつく。

なんだかよくわらないけど笑ってしまった。笑った理由は言葉にならなくて、聞かれてもそのまま何も言えないと思う。]

                
.


[、そう言われれば洗濯物を干しっぱなしなのに気づく。]


 ──そうだ!シーツ……忘れてた!!
 とってくるね!

 ……あっ、そうだ、


[ダレンには自分の使っていた寝室を案内し、クローゼットにある衣服を見てもらおうと思う。その間にシーツは取り込んで、ベッドメイクは手伝ってもらう事にして。]**

                
.

 
  ハールーン殿……。


床に手をつくさまを見ると、そんなに衝撃を与えるようなことを言ってしまったのかと困惑して、ダレンは主のそばに跪いた。

 「とってくる」と言われると]


  私がとりにいくというのに……。


[どちらが従者かわかったものではないと苦笑しながら、案内されるままに寝室へと向かった]

[見せてもらった服は異国の型のものだろうか。
 ダレンにも馴染みのある形のものもあるだろう。

 見せてもらいながら、鎧に近いくらい魔力で強化された織物がないものかと思いを馳せていた。
 隠れ住むならば、常々鎧を着込むより、平服に見えたほうが行動しやすい気がして。

 主がシーツを持って戻ったなら、ベッドメイクを手伝うだろう]**



 そうだ、朝食のことを考えないと

[ 自分の説明不足で朝出かけるとするなら、朝食はどこか外でと解決していたのだが、それはない。
 朝から君を外に出すなんてと又お母さんのような事を言っているような気がする。

 朝食の事をと言いながらもヴィがすぐ側に、横に眠ろうとして居る事の方が重要で。

 彼が眠ってしまう前に言わなければ。]

[ 考え考え、話したいと言った事を言葉にしていく。単純な話だというのに体を伴う欲を持つから自分が浅ましく、回りくどくなってしまう。

 彼をいつだって抱きしめて良い、越境を許されたい、あの日の事がただの勢いで、ヴィが過去の思い出を読んで、自分に施しをくれたんじゃないと思いたい。

 あの日、としか言わなかったから伝わりにくいかもしれないのに、ヴィは黙って聞いていてくれていて。

 それから自分の必死な問いには「言ったよ」と一言。]

 …よかった、夢じゃなかった
 ごめんね、僕が弱くて
 君に嫌われたくなくて確認ばかりして

[ 彼からすれば、疑われたようにも思えてしまうんだろうか。本当に自分のことばかりだ。彼の声が沈んで聞こえて慌てて取り繕うような事を添えたが、沈んで聞こえた、それだけで自惚れてているのでは?自分のせいでと思える事自体が。]

[ 彼がそっと寄り添ってくれて、手を繋いでくれたり、それらは全部自分のためだけに有る貴重で大切なものだと、やっと心から理解した気がする。
 本当に何と思って受け取っていたのだろう。

 どうして良いかわからないまま、当たり前の普段に戻ってしまって初めて恋をしたように覚束ないばっかりで。]

  あんな事を許してくれたのに、
  あの時の全部の言葉や仕草、それを夢だったみたいなんて
  本当に自分は馬鹿だ。

[ 未分化の身体が行為に適してないのは確実なのにそんな事を許してくれた人を。あれが特別以外の何なのかと、自分は自惚れてよいはずでは。

 恐る恐る添えるだけのようになっていた自分の腕を、彼を閉じ込める様にして抱き、鼻先でヴィの髪に触れる。拒まれなければ良い。**]


[庭に出れば、暗い空の下でハタハタと風にたなびく白いシーツたち。それに抱きつくようにして飛び込む。シーツを取り込む時の密かなお楽しみである。
防砂林よろしく、庭はぐるりと植樹されているものの少々埃っぽい気はする。]


 あ〜ちょっと干しすぎたかな……


[陽のにおいを感じながら、また笑ってしまった。

──ダレン"は"俺を好きじゃない。

執事試験の選定は、お嬢様からの直接の指定では無く、参加者含めた審査員からの投票だった。]


 (そこで俺は、ノーヴァとダレンで迷ったんだっけ。気持ち的にはダレンだったけど、ひとつ難点がある、なんて、言ってた……)


"ひとつ難点があるとすれば、『うっかり恋しそうだから』"



 っふふ…………、あはは!

 ……キレイに繋がっちゃった、なぁ


                
.


[何かを誤魔化すようにシーツをに顔を伏せる。空を見上げれば、澄んだ宇宙の色に星が現れている。
 
──あの時、自分は誰にも投票しなかった。
その『難点』に対して『生涯お護りする理由ができる』と返答した彼を、格好良いなぁなんて思ったけれど、投票はしなかった。
その理由は、こんな気持ちが原因だったのだろうか。

それを踏まえて思い当たる"帰ってきた理由"は、もう笑うしかないほど最悪なもので。]


 ──帰ってきちゃ、駄目だった……ほんとに……


[堪えていたのに遠慮なく流れてきた涙を、こちらも遠慮なく干したてのシーツで拭った。このシーツは自分の部屋に敷こう。

だから少しだけ、心のままに。]


                
.



 ──ダレンおまたせ!!
 
 気になる生地はあった?


[シーツを抱えたまま自室にしていた寝室に勢いよく入る。そういえばダレンはいつも自分のために武装してくれているわけで。]


 着心地良さそうなものがあれば、その生地に
 特殊加工してもらったら軽装でもよくなるよね?

 そういや、ダレンは装飾品はつけないの?
 魔法使える人は、金銀の魔法具をアクセサリー
 代わりにつけてるよ。アンタルはそれ以外にも
 護りの力を強めるアクセサリーつけてるし……
 俺の、コレもそうだね。


[と、左耳を飾る金色のピアスを揺らす。]

                 
.


  ……明日、また街に行ってみよっか。
 俺のはもう効力切れてるかもしれないし、
 ここに戻った記念に何か加工してもらおうかな?


[生地の話やダレンの希望を聞きながら、軽く提案してみる。]

 あれだけビビってたのに今更?だけど

 アンタルにバレちゃってるなら、もう皆知ってるん
 だよねぇ……その内に、顔見せろって言われるなら
 お菓子でも作ってこっちから行ってもいいな〜


 ……えっと……なのでダレンから、色々教わりたい
 護身術とか、さ、俺がこの先ひとりでも生きて
 行ける、ようにも…… 


 (あ、これは見栄はりすぎたかも。痛ったい……)

[誰かを好きになるという感情は、扱いが難しいようで。この、些細なことでいちいち痛覚をいじめられる感覚にはいつか慣れられるんだろうか。

──叶わない想いなのだ、これは。下手したら一生付き合うのかと思えば、途方に暮れてまた笑える。]


 ……うん、だからよろしくね!*

                
.

[もしお嬢様に恋をされてしまったら、生涯お護りする理由ができる──ダレンがそう答えたのは、お嬢様に仄かな恋心があったからだった。
 恋と言うには淡すぎるような微かな想い。それでも彼女は憧れの存在で、もし仕えることができるなら、と努力してもみたのだけれど。

 より素晴らしい執事がその場にいて、ダレンの出る幕がなかったのだった。

 その後、すぐに新しい主ができ、旅に出られたのも気持ちの割り切りに一役買ったろう。
 今はもう、彼女のことは懐かしい思い出になっていた。

 その主から恋心を向けられているともし知ることがあれば、拒絶することこそ無いだろうけれど。
 主への想いに応えることより先に、主がその罰を受けずに済む可能性のほうを先に探してしまいそうである。
 ダレンとはそういう男であった]

寝室に戻ってきた主が言ったことは、ちょうどダレンが考えていたことで]


  ん、おかえり。
  着心地がよさそうと思うものはいろいろあるな……。

  ちょうど、魔力で強化されている衣服を
  鎧代わりにできないかと考えていた。


[装飾品と言われて主の左耳を見て]


  そういえば着けないな……。
  そういうものは、魔法使い向けのものが
  多いイメージだった。

  けど、そうとも限らないのだろうか。


[土地柄もあるのかもしれない。
 この国の魔法具は祖国より品質が良いようだ。
 この機会に自分が活用できるものを探すのも今後のためになりそうだ]

街に行くという提案を聞くと]


  そういえば、市場で魔法具職人と知り合ったよ。
  住宅街の中に店を構えているそうだ。
  アルフシルバーと言ったかな。
  訪ねてみるのもいいかもしれない。


[主とはぐれている間に会った職人らしき男。彼の店にダレンは興味があった。
 もっとも、主のほうが腕の良い職人に伝手があるかもしれないが]

兄弟を訪ねる話には、ダレンは苦笑を浮かべた]


  護身術は覚えて損のないことだけれど。

  ご兄弟に従者を連れて会いに行くのは、
  宣戦布告と受け取られないだろうか……。

  手作りのお菓子も、毒入りを疑われてしまわないか
  心配だよ。


[疑われること自体よりも、それで主が傷つく可能性をダレンは恐れた。
 権力争いに無縁そうな“ふつうの人”のような皇子。
 彼が庶民のような暮らしを望むなら、それを叶えて、支えて、護りたい。ダレンが従者として抱く思いはそういうものだった。

 だから、主がひとりで生きていく可能性まで考えているのはとても寂しいことだったのだけれど、従者とは主の意向次第で首を切られる者。その点に深く言及はできなかった]*


[ 幸せを祈る言葉は、二人分。

  異国の呂律は彼女にはわからなかったようで、
  なぁに?と振り返る姿は、
  陰鬱な地下に咲いた大輪の花の如く
  とても美しいと思った。

  なんでもないというふうに首をそっと振って
  睫毛を伏せて。 ]
 

 *

[ 困ったことに彼女は迷子を卒業したようで、
  それから幾度となく此処を訪れる。

  ・・・・・・
  自らの意思で。
  時には、彼女の小さな友と一緒に。

  良くないことと知りつつも、
  彼女が来ると場の空気が穏やかに、
  ゆったりと流れることに気づいていた。

  荒んだ心が彼女の清らな佇まいに包まれ
  次第に凪いでいく。
  時折、わざとか偶然か、
  その細く白い指が己のものと絡んだりすれば、
  とん、と心臓が跳ねることさえあった。 ]
 


[ 無論、女性と触れるのが初めてと
  言うわけではない。
  久しく感じることがなかった柔い身体に、
  抑圧された男の性が顔を覗かせている訳でも
  ないよう。

  そう、それはきっと。

  豪奢なドレスに身を包み、
  何不自由なく暮らしていて尚、己と同じように
  本当の自由というものを知らず、
  焦がれている、美しい少女。

  この清廉な彼女に己は惹かれているのだと、
  理解は出来ても認めてしまうのは
  なんとも恐ろしいことだった。
 ]
 


   そうですね、ずいぶん大きくなりました。
   一人で鼠を獲ったり出来るように
   なったかな。


[ 己の膝の上を昼寝のベッドにして安らぐ
  ピヤールの、ずしりと感じる重さを
  頭に浮かべてふふと笑う。
  生憎今日はいないようだ、
  大凡陽だまりの下にでもいるのだろう。 ]


   ……外で?
   あなたが?


[ なんの前触れもなく、
  突然問われた質問に眉がぴくりと動いた。 ]
 


   …………そう、ですねぇ。
   まぁ、無謀と言うか、

   無謀でしょうね。


[ くっくっと意地悪く笑う。 ]


   外は自由ではあるが、危ないことも多い。
   あなたのようなお嬢様が、
   なにも知らずにひとり外へ出て
   容易く暮してゆけるほど、
   この国の情勢は今、整ってはいないでしょう。


[ そっと彼女の表情を窺う。
  傷つけたようなら、すみません、と謝って。 ]
 


   ─── ご結婚、とでもなれば、
   別なのでしょうね。

   ……なにか、あったのですか?


[ あまりに突然の純粋な問いかけに、
  少し怪訝な表情を返した。
  彼女の父になにか言われたり、
  勘付かれたりしたのではないか。
  ふと、そんなことを思う。

  勘、と言うものは、侮れないものだ。
 ]**
 

[ できることなら対等でありたい。彼が夜に生きる自分を気遣うように、彼が生きる昼にも寄り添いたい。自分より限られた命の彼だからこそ、彼のままに生きて貰いたい。夜に生きて欲しい訳ではない。
 昼に添うことやんわりと敬遠される度、それが何が由来であるかわかるだけ、彼への負担が心を塞ぎ、渡れない種族という名の河を眺めるような心持ちになる。

 彼が自分を尊いものの様に扱うから傍にいたいのではなく、同じ卓で囲む食事を美味しいと思い、同じ想い出の酒の栓を抜き笑いあえるからこそ傍にいたい。

 ダンテが女性を恋慕の対象としており、意識してかそうでなくてか、まるで自分をそうであるかのように扱うことは彼の好意であることぼんやりわかる。けれど自分は肉体だけでなく女性でないから座りが悪い。
 それならばいっそ、女性のままで居て欲しいと願ってくれたらいいものを。そうしていたならやがて、身体に馴染んで彼が望むように振る舞えるだろう。]


[、おかえり、という何気ないひと言にじわりと気持ちが暖かくなる。嬉しい──手放したく、無い。]


 ……そうだね、アンタルは魔法が使える人だけれど
 俺は使えないから、なんだろ『防御力アップ』
 みたいな?

 例えば魚屋さんとか肉屋さんとか、刃物を使う
 職業のひとたちは、傷の治癒が早くなる指輪を
 つけていたり、いっそ『指が吹っ飛ばない魔法』
 をかけた指輪を全部の指に嵌めてる魚屋さんに
 あった事あるよ!

 結構自由なんだよね〜面白いよね、魔法って


[空間を繋ぐ魔法で、会話できたりもする。自分は母や妹とそうやって会話をした事もあった。ただそれは、逆に寂しさが募るから、もう使ってないのだけれど。]

                
.

[試験の時のダレンの働きに惚れ惚れした事をで思い出した。情報収集力というのか。]

(自分は目の前に差し出されたモノの良し悪ししかわかんないもんな。……むしろ好き嫌い、かも……)



 ……宣戦布告、は、そっか……そうだね


 (ここに戻って来ること自体がそうだよなって気づいてはいたけど。わざわざ荒立てる事もない。ダレンに負担がかかるんだ……

 だから、ホントは今すぐ手を離すのが、お互いの為にはいいんだよ、ね)


[この関係を解除する『理由』を問われたら、全部話さなくちゃいけなくなるだろう。それは、躊躇われた。失望されたくない、ならば、せめて仕える意味がある存在で居続けなくてはと、焦ってしまった。

主人想いの従者の気持ちにはまるで気づけぬまま。]


 ──ごめん!カラ回っちゃった。ひとまず明日は
 『アルフシルバー』行って、他にも布製品
 見て回ろう!

 あ、そうだあとお米……買い忘れてたんだよね
 また忘れないようにしないとな〜 *

                
.

 街に下りないなら、城の中庭にカフェがあったよ。

[ お互いの声が既に眠い。生垣が整えられた庭園に、ガーデンテーブルが並べられているのを見た。

 話し難い事を話しているのだと、跡切れ跡切れの彼の言葉からわかる。まるで告解を聞いているかのようだ。欲深いならよほど自分の方だと言うのに、どうして彼が罪を背負っているように感じさせてしまうのか。
 彼があの日以上に踏み込むことを望まないなら、ただ傍に居られればいいと思った。ひとのこころは流れる川のようにうつろいやすい。]

 僕は夢だとおもった。

[ 今。彼が自分を好きかと問うたから、受け取られなかった想いのあの日はやっぱり夢だったのだろうと閉じた目の奥が眩む。
 ぎこちなく彼が自分を抱く。いつもより一回りも小さな身体は何の抗いも見せず彼の腕の中にすっぽり収まる。これもまた、夢なのだろうか。夢になるのだろうか。人の心は移ろいやすい。
 頬を冷たい雫が伝い、それに気付いた時には道筋が出来たかのように溢れて流れる。
 やがて頭を押し当てた、彼の胸元の布地に染みてゆく。]**

日常生活に魔法を活用する例を聞いて感心しつつも、魚屋の例には笑ってしまった]


  なるほどな。
  そういう類なら、重い武装が軽く扱えるとか、
  刃の切れ味が落ちにくくなるとか、
  動いても音が立ちづらくなるとか、
  そういったものが戦闘向きだろうか。


[戦闘に関わることが真っ先に浮かぶのも、やはり職業柄だろうか。執事を志したことがあるとはいえ、根はやはり兵士なのだった。

 その試験会場では主に気に入られていたようだが、そんなのはお互い様なのである。
 ダレンにとっても、主の天真爛漫さと疑う余地のなさが心の支えだったわけで]

 
  アンタル殿なら疑わず受け取ってくれそうだな。
  明日、持っていくかい?

  他のご兄弟は、信頼できる者とできない者を
  一人ひとり見極めていかなければならないだろう。


[菓子作りの好きな主のこと、親しい兄弟に差し入れたいのは本心だろうとダレンは提案した。
 明日の話には微笑んで頷いて]


  正確な場所はわからないが、看板は出ているようだし。
  探してみようか。
  市場からも遠くないと思う。

  そうだ、米もだったな。
  そうしたら、今日は早めに休んでおこうか?


[明日も今日と同じくらいあちこち歩くことになりそうだからと問いかけて。
 己の寝室はどこだったろうかと思えば、自然と視線が廊下に向いた]*



 うん、わかった。
 そしたら日の出前に起きれたら出かけよう

 せっかく日よけも買ったしね

[ 勝手に采配してしまっていたが、彼が言うなら、朝の暑くなる前の空気は気持ちが良さそうだと思える。日傘もあるから急いで戻れば大丈夫かもしれない。

 彼の気持ちなんて自分は少しもわかっていなくて。ただ大切にしていたら自分の気持ちがが少しでも伝わって、振り向いてもらえるかもなんて一方的なことばかり考えていて。

 ヴィだって自分に何かしてあげたいと思ってくれていることを、なぜか遠慮と言う形で避けようとしてしまっていた。遠慮なんて慎ましいふりをしながら、享受できるものは全部自分は受け取っていたくせに。*]


[ 自分の一方的な告白をヴィは黙って聞いていて、そのあと一言、彼は夢だと思ったと返した。

 その声はやっぱり沈んで聞こえて、それどころか泣きそうにさえ。]

 ……一度もらった言葉を疑ったわけじゃなくて
 僕が君の嫌がることをしてしまいやしないかって
 結局また許しが欲しいだけなんだよ なんども

[ 自分がヴィを腕に閉じ込めたなら、彼は何の抵抗もせずされるがままにしてくれた。サラサラとした髪が鼻先に触れて、ヴィは一層潜り込むように自分の胸元に顔を寄せた。]

 君が好き

[ 好きな人を抱きしめているのに、なんで泣かせるようなことをしてしまうんだろう。部屋着にしていた薄手の生地に冷たさが伝わり。ヴィの涙だと思った。]


[返ってきた答えには感心してしまった。思わず間抜けに口をぽっかり開けていたのをモグッとして]


 ……なぁるほどなぁ〜!そっかぁ!すごく良いね!
 そういう感じ!

 ……ふふ、ダレンの真面目さ?っていうのかな?
 ふとした事でもそうやって出るね。
 そういうとこ好きだな!


 (うん、普通に言えるね。大丈夫)

[この恋心を持つ負い目が、好きな人に好きと言えなくなるなら困りものだなと思ったけれど、そうでは無さそうで。少し心は軽くなる。]

                
.



 君は僕が好き

  もう聞いたりしない

[ もう一度ヴィの髪にほおを寄せ、彼がじっとしたままならそのまま眠る**]



 ──えっ、いいの……?

[菓子類を持っていくか、と問われてさらに心が逸ってしまう。
自分がこの別宅に籠もった時に気にかけてくれた兄はもうアンタルしか残っていないけれど。まだあったことの無い兄弟にも会えるならば、会ってみたい、本当は。]


 すごい、ありがとう、ダレン……!

 うん、じゃあ早く寝ないとね!
 俺もお菓子作んないと……何にしようかなぁ〜


[の問いかけに呼応して。そうだ、他にもシーツを敷きにいかなくては、とダレンの部屋になる客間に案内する。

もっと小さい子どもだったら、一緒に寝られたかなぁ等と一瞬よぎるけど、これは良くない気持ちのような気がしたので掻き消した。]*

                
.

思いつきに感心されると照れ臭くなって、ダレンは頭をかいた]


  そ、そんなに真面目だろうか……?
  身につけたい効果と思って考えたのだが。


[生真面目とか堅物とか、あまりいいニュアンスで言われたことがなかった。兵士としては良いことなのだが、私生活においては、と。
 だから素直に好意的に評価してくれる主の態度は嬉しいものだった。

 嬉しそうな主には微笑み返して]


  アンタル殿は本心から
  ハールーン殿が大切なようだった。

  有事のときに頼れる相手だと思うよ。


[一度会ったきりだが、そのときの印象で言う。
 もしそうでなかったときは、そのとき考えればよいか、と彼に関しては気楽に構えていた]

客間に案内してくれた主がシーツを敷く気なのには苦笑が浮かぶ]


  どちらが従者だかわからないではないか……。
  でも、ありがとう。


[これから毎日、どっちが先にベッドメイクを済ませるかの戦いになるのだろうか。それはそれで楽しそうではあった。

 主が小さな子どもで、今と同じように「普通の暮らし」を望んでいたなら、一緒に眠りたいと言われたら応じたかもしれない。
 今は理由次第だろう。身の安全のために最良なら同室も辞さないだろうが、必然的な理由がなければ別室のほうが“安全”だろう、という判断になりそうだ]*

 起きられるかなあ。

[ 日の出前と言うなら彼の起床如何で、諧謔を混じえる声音は平常より力無かったのかもしれない。]

 君と朝食を食べられるなら何処でもいいよ。

[ 身を寄せ応える、これは本心だ。夜の底であっても、光の強さに眼底を灼く昼最中でもいい。夜に生きる自分と雖も、朝は厭わしいものでなく、美しいものだと知っている。ただ、彼から自分がそれを奪うことを恐れているだけだ。]

 忘れてしまったのかと思った。

[ 小さく笑う。笑ったつもりだが、喉は引き攣れて、吃逆のように聴こえたかもしれない。君が好きだと彼が言う。ほんの瞬きの間としても、なんて甘美な時間だろう。]

 とどめようもなく涙が溢れる。悲しいとは思ってない。思っていない筈だが、意に反して涙は溢れ続けるままだ。]

 からだに引き摺られてるのかな。

[ 誤解を解こうとする困惑した声音。こんな筈じゃないのだと、いやいやと首を振るように彼の胸元で涙を拭う。]

 何度だって聞いてくれていいよ。

[ それだけでうつろいゆく人である彼が自分の傍に居てくれるなら。

 応えは彼からあっただろうか。暫くして静かな寝息だけが彼から響き、自分もそのまま夜の底の一番深い時刻に少しの眠りを得た。]

[ 夜が朝に染められていく、その端の時刻に目を覚ました。
 本当はそれより早く目を覚ましていた。自分を閉じ込めるような彼の腕の中に甘んじ、寝台に持ち込まれた本は差し置かれていた。
 僅かに身を捩り、厚い表紙に手を伸ばすと、ちりり、と小さな鈴の音がした。いつか彼に貰った鈴の音だ。旅先で紛失する事を顧慮し、いつもは通した革紐で手首に括り付けているものを、代わりに栞に結びつけていた。

 夜目は効くが、月のあかりで明暗を区切られた室内が、徐々に朝焼けに朧んで、白い頁を照らしていく。]


[彼のいろんな表情が見られるのは、役得だなぁと思った。]

 (ダレンって怒った事あるっけ……? 真剣な表情は記憶にあるけれど、怒りまでは見たことないかな?)


[できれば見たくないと思う。失望と軽蔑も彼にはされたくない──あの日々の兄弟たちからみたいな。]


 アンタルは……そうだね!
 俺も、信頼できると思う……


[もちろん、一番信頼してるのはダレンだけどね!と付け加えて、ベッドメイク合戦に興じた!]*



   狩りをするなんて、本能には抗えないのかしら。

   まだ、今のところ狩猟の結果を
   持ってくることはないけれど、覚悟しておくわ。


[ 猫というものは、そういう生き物だと
  彼が教えてくれたか、他の誰かが言っていたか。
  あれ以来ピヤールは随分と彼を気に入り、
  一緒に遊びにきては勝手に腕の中から
  彼の膝の上へと移動するようになった。

  座るものがあるわけでもないので、
  彼女はしゃがみ込んだり、立ち上がったり、
  普通の貴族の娘からは考えられないことを
  この場所にいる間、よくやっている。
  他の誰とも会うわけではないので
  しゃがみ込むことに慣れていることには
  まだ気付かれていないと信じていたい。 ]





   そう、よね…………


[ 彼の返事に、彼女はゆっくりと頷く。
  そう言われるとわかっていて、
  彼に質問をしたのだから。

  でも、どこか動揺を隠さないでいる彼女は
  彼の瞳を見ることまでは出来た。
  その後は、少し呼吸を置いて。 ]


   …………お父様が、輿入れを…
   まだ、正式に決まったわけではないの。
   でも……全く会ったこともない方のところに
   行くことになってしまいそうで。

   
──────あなたなら、よかったのに。








[ 彼女の両親が、彼と会っていることに
  勘付いたわけではないと思いたいけれど
  先日、父親が縁談を持ち込んできた。
  慣例として数ヶ月に及ぶ婚礼の儀式を
  省略して早ければ数日以内に、と
  言ってきたのだ。

  勿論、彼女は何を今更、と嫌がった。
  だから、返事はまだしていないと思う。

  そんな話を鉄格子越しに彼と近づいて
  指を絡めながら出来ただろうか。
  彼女にはまだ好きという感情も未知で
  どうして彼ならいいのか、
  不明瞭な部分はある。

  けれど、何度も話をした相手だから
  安心してしまっているのかもしれない。 ]







   どうしたら、良いのかしら…………



[ 困った顔で声を潜めて、
  彼女はまた、彼に聞いてしまう。
  彼を困らせる内容でしかないというのに。 ]*




ダレンが怒りを露にするとしたら、敵に対してだろうか。温厚といえばそうかもしれない。

 一番信頼していると主に言ってもらえるのは嬉しくてたまらなくて、誇らしげに微笑んだのだった。

 ベッドメイクが完了して客間で独りになると、旅の疲れと今日一日の疲れとで急激に眠くなって、あっという間に眠ってしまいそうだ。
 何か物音や人の声がすれば目を覚ますかもしれないが、そうでもなければ朝までぐっすり眠るだろう]*



 起きるよ

[ 無理に冗談めかしてくれたのかもしれない。いつものような楽しげな響きはなく。それから続いた言葉は、文章よりもたくさんの意味があるように思えた。

 暑い国の朝はきっと涼しくて綺麗だろう。
 自分が心配という、拘束で彼を美しいものから遠ざけようとしていたのかもしれない。]



 覚えてるに決まってる
 
[ 腕の中で小さく潜り込んでしまったようなヴィが、やっと言葉を発してくれて、その声は笑おうとしてくれたんだろう、それでもやっぱり涙混じりのかすれた声で。

 だけれどそれを聞いて自分もひどく安堵してしまった。彼が笑おうとしてくれた。まだきっと足りてない気もしてしまうけど、自分はちゃんと、理解したと馬鹿みたいになんども伝えなければ。]

 本当はすごく独占欲も強くて、

[ そんなことはもう知られているだろうか、彼を必要以上に構うことはそれらの表れだろう。うんざりしないでと言おうとして今更かと黙る。]

 性別で少しちがったりするの?
 僕だって泣きそうになってるから

[ 自分も多分勤めて明るく言葉にしようとしているが多分涙声になっている。性別なんて変わりはしないのではと思ってしまう。自分だってこんな有様だ。]



 明日目が覚めたら

[ 君に口付けても良い?とは言葉にできただろうか。何度だって聞いてくれて良いといったから、確認も同じことだと都合よく考える。
 言葉にできていなかったら、また口にする。*]


[ 寝返りもできないほど自分はヴィをずっと抱えたままだったようだ。うつらうつらしながらも何度か彼がそばにいることを確認しては安心していた気がする。

 明け方、遠くの方から白んでいく、青白かった室内はもうすっかり朝の雰囲気に変わっていただろうか。腕の中で身動きするような気配がして、逃がさないと閉じ込めるようにしていた腕を夢うつつで移動させる。

 それから手を伸ばす気配と、聞き慣れた鈴の音が響き覚醒が早まるのを感じた。澄んだ音色が反響を残すような特別な鈴だから聞き間違えるわけがない。]


[ 思ったより寝ぼけた声が出てしまったかもしれない。便乗して、いかにも寝ぼけていますというようなふりをして、勢いに任せてすぐそばにいるヴィの体を抱きとめる。]
 
 夢じゃない

[ 額と額で犬がすり寄るような真似をして、彼の体を解放した。]

[ 窓際から移動の際、ヴィが近くにいるなら、目的の洗面所へ行く途中一度寄り道をして、少し屈む。]

 昨日僕はちゃなと言えた?
 おはようのキスをしてもいい?

[ 許されるなら、目元とほおに触れるだけの口づけを落とす。*]

[ 笑う以外になにがあったろう。ふとすれば溶けゆく儚い泡を、宝石のように大事に抱え込んでいた。覚えているに決まっているというからまた笑った。

 何度でも聞いてくれたらいい。その都度、また彼の水面から泡沫を掬い直せるのなら。]

 そうなの? 兄弟がいるって言っていたから。

[ 独占欲が強いとは寧ろ自分にとっては意外だった。女性の様に扱う素振りは置いても、彼の上に兄弟があることは聞いていたから、やたらと面倒見が良い習性は、上から受けたあしらいを彼から見れば庇護への対象と見える自分に施しているのだと思っていた。]

 どうだろう。泣きたい訳じゃないんだけど。

[ 勝手に溢れる涙を、また勝手にダンテの夜着で拭う。泣いた記憶など殆どないから、情緒が慣れぬ身体に引き摺られているのかという僻見だ。けれど彼も泣きそうだと言うから違うのかもしれない。]

 どうして君が泣くの……。

[ 頭の芯は冴えるばかりであるのに、泥の様な眠気が身体を浸す。明日、目が覚めたら、との彼の言葉の続きを拾えなかったのは、自分が暫し意識を手放していたのか、彼が寝入ってしまったのか。]

[ 目を開いた彼が何かを探すように腕を伸ばしたと思うと自分の身体を抱き寄せた。

 悪戯げに額を擦り寄せ、夢じゃない、というのは、彼自身へ確認しているのか、それとも自分に言い聞かせているのか。]

[ 荷物を封解こうと長椅子に腰掛ける自分へダンテが身を屈める。
 昨日なにかを言えたかと聞くから何のことかと小首を傾げると、そのまま彼は長椅子の背に手を掛け更に身を屈めた。寄せられる唇に目を閉じた。頬へと柔らかな感触が滑る。

 目を閉じていたので、何処か恥ずかしげにも聞こえたおはようのキス、と言った時の彼がどんな顔をしていたかはわからない。]**


   鼠の死体を得意げに咥えて持ってきたとて、
   嫌悪感を滲ませて叫んだりしては
   いけませんよ。
   ピヤールを褒めてあげてくださいね。


[ 貴族の娘にあるまじき、
  地面にドレスの裾が擦れるほどに
  しゃがみこんだ姿勢の彼女と
  いつものように壁に背を預け
  床に足を投げ出して座る己の視線は
  柔らかく絡む。

  精神的な隔たりが少しずつ解けるに従って
  物理的にも距離は詰まった。

  初めの頃とは、座る位置が少し変化していて。
  格子から離れた部屋の隅に居たのが、
  今は床について伸ばした手は、
  白い手が外から侵入し、己の指を
  容易く掬い絡め取ることが
  容易になるほどにすぐ、側で。 ]
 


[ 彼女の口から出た唐突にも思えた
  疑問の理由がぽつりと聞こえる。
  
  なんとなく、想像がついていたことだ。
  
  僅かに眉が動くだけで、
  表情が大きく乱れたり変化することはない。

  ただ、言葉の最後に、
  消えそうに小さな声で呟かれたことには、
  思わず目を見張った。 ]
 


   ─── 馬鹿なことを。
   あなたの相手が俺になるなど。


[ 珍しく、いつもより大きな声は微かに震えた。

  住む世界の違いに気付かぬほど、
  考えのない娘とは思えないのだけれど。

  嗚呼、やはり、ここへ来ていることは
  正しくはなかった。
  わかりきっていたことなのに、
  己の甘さに反吐が出そうだ。
 ]
 


   ……良いと、思いますよ。
   お父上が連れて来られた方であれば、
   申し分のない男性でしょう。


[ 平静を装って、婚姻を勧める。
  彼女を利用してここから出ようなどという
  考えはいつのまにか、何処かへ消えていて。

  彼女の幸せを願う想いだけが残っているようで。]
 

   そういうことなら、今度こそ此処へは
   来ないほうが良い。
   俺はいつでもあなたとピヤールの幸せを
   祈っています。


[ ふ、と口元を三日月の形に持ち上げて
  彼女から視線を逸らした。 ]
 

 *

[ 彼女から婚姻の話を聞いて、しばらく。
  彼女の父に閨に呼ばれた際、
  あえて己のほうから、

  そういえばお嬢様のご結婚、
  誠におめでとうございます、と
  完璧な笑顔を添えて言ってやった。

  幾つもの修羅場を潜ってきたであろう
  彼女の父は、取り乱すようなことこそ
  なかったが、それでも生意気な犬から
  不遜な事実を聞き出そうと
  様々な方向性からの陵辱や暴力を
  与えることになった。 ]
 


[ 呻き声ひとつ、あげることを拒みながら。

  薄ら遠のく意識の寸前には、
  心配しなくても手は出してねェよ、と
  言ってやった。

  不敵に見えるよう笑んだつもりだったが、
  上手くいっただろうか。

  そのまま、視界は闇に沈んだ。 ]*
 

.


  [――本当に、最近の己は頭がまわらないようで。]


.


 兄弟ならこんなに格好悪く迷走してないよ

[ 普段が格好良いかといえばいささか自分でも疑問なのだができる限り格好つけたいとは思っている。そんなことはおいといて、独占欲の話をしたなら驚いた様子の後に再び笑うような気配。ヴィが自分のためにだろう笑おうとしてくれているから、そのことで自分の目頭の奥が熱くなってくる。

 過去に彼に押し付けてしまった鈴のお守りだって魔除けの意味が込められていて、どうか自分以外の邪なものが彼に近づかないようにとかそんな願掛けだというのに。
 
 兄弟は上にも下にもいて、さらに甥っ子姪っ子もいるから帰省なんてすれば囲まれているし、扱いも慣れているのだが。]

 君を小さな子だなんて思ってないよ

[ 今は自分も少し笑い声混じりだったかもしれない。腕の中でヴィは今もじっとしていて、ぐしぐしと目の前の衣服で涙を拭う。もちろんそれは自分が寝間着にしている木綿のシャツだが、その事が甘えられているようで抱きしめる腕に少しだけ力がこもる。]

 僕が君を泣かせちゃったんだよ
 わからないならそうしといて

[ 泣きたいわけじゃないんだけどという彼にはそう冗談めかして返した。いつも凪いだ湖面みたいな彼が感情を揺らすなんて、
 今すぐ思い出せるのは、手帳を彼が読んだ朝か、自分が見送りを遠慮して一人で出発しようとした時くらいしか]

 …君が泣きそうなのに笑ってくれるから

[ 自分が泣いてしまいそうなのはそれしかない。*]



   なら、近くに布を置いておくわ……
   褒めるのね、褒める……


[ 慣れていないことに変わりなく。
  こうやって、彼は知っている知識を彼女に
  優しく教えてくれることが多い。
  やはり、この国ではない彼だからか。
  外を知っている分、知識量は遥かに多く。

  近い距離で話をするようになってから
  彼の吐息を偶に感じるようになった気がして
  その度に胸の鼓動は速くなる。
  熱というものを、手のひらとその吐息で
  密かに感じてしまっているからだと
  彼女も少し気づき始めていた。

  しかし、いつもより大きな震え声に
  その感情は一気に切り裂かれてしまう。  ]




[ 自分は知るよしもなかったが、ヴィがダンテは眠いのでは?と考えた、目元が赤かったのなんて昨日の晩のせいにきまってる。

 ヴィの顔はどうだったか、自分のぼんやりした様子とちがい、夜中から朝の彼は薄暗い部屋でそこだけ薄ぼんやり光っているみたいに涼やかで。]

 君こそ、眠たくなったら言ってね

[ これは夢じゃない、昨日のことも今も。彼はここにいるという、額に触れるような口づけをくれたのだから、これくらいは許してと、それにこんなにそばにいるのだからと。彼を抱きしめて額をすり寄せる言い訳にして。*]



    どうして、そう言うの…?
    私は、…………


[ ひとまわり以上歳が違う異性のところなんて。

  その一言さえ言えていたら、
  話は変わったかもしれないのに。

  彼くらいの年齢、
  もしくは彼女と同じくらいの年齢なら
  もう大人しく従うしかないと思ったが、
  まさか、12歳以上も歳上の相手だなんて
  まだうら若き彼女にとっては受け入れがたい。
  だから嫌だと言っていたいのに、
  結局は子供は親には勝てないことが分かる。
  どう足掻こうとも、この婚礼は勝手に決められる。 ]






   っ……────

   期待をしてしまった私が……
   子供だったのよ。そう、ね。……


[ 口元は笑っているのに視線を逸らされると
  彼女は立ち上がり別れの挨拶もなく
  その場を去っていった。
  その瞳は絶望を感じていたが、
  視線は合わなかったので彼に気づかれることも
  なかったと思われるのだが、定かではなく。 ]





──────────


[ あれから、彼の元へ迷子にはなることはなく。
  ただ手元にピヤールを置いて
  彼女は窓の外を眺めるのみ。

  婚礼など頭にはなく、衣装なんて
  そこに飾ってあるのみで、
  日の目を見るのだろうかと考えさせられる。 ]


   ピヤール?…………
   彼の元に行けるわね?


[ そう言って、彼女は簡単な手紙を
  愛猫の首輪にくくりつけて送り出した。
  多分、これが最後かもしれなくて。
  筆記具もなかっただろうから、
  彼からの返事は期待できないけれど
  もう会えないのであれば、
  最後くらい甘えさせてほしい。

  というのも、あの後彼女はほぼ幽閉に近く
  部屋から出ることを禁じられ、
  婚礼までの間、会う人を制限されていた。 ]





[ たしか、地下室を出るときに
  この言葉を使ったことはない。
  また、といつも言っていたはずだから。

  気づいてくれるかどうかもわからないけれど
  彼女は輿入れのタイミングを見計らって
  生きることから逃げ出してしまおうとしている。
  それは、勝手に婚礼を決めた父親への反抗。
  それだけを示しているが、
  正直言って怖くてたまらない。
  どうせなら誰かに連れ去られてしまう方が
  まだいいのではないかと、
  悪い方向にばかり考えてしまうほどに。  ]*




[ 浴室へ向かう途中、長椅子の前で立ち止まり彼のそばに身を屈め。謎かけのようなことを言えば、ヴィは小首を傾げるばかりで、きっと自分は何も言えないまま眠ってしまったのだろう。それともヴィが眠ってしまったのか。

 改めて言うねと、言いなおす自分は多分恥ずかしげに聞こえたことだろう。

 ヴィがだまって目を閉じてくれたから、彼が身を預けた長椅子の背に片腕を置き、それを支えにして彼のそばに寄る。
 目元と頰に触れるだけの口づけ。]

 おはよう
 
[ 一応建前どおり挨拶の言葉を呟き、たったこれだけなのに鼓動が早まっているのがわかる。
ヴィが目を閉じた様子はひどく可愛らしくて、いつもより幾分か柔らかな様子に見える頰や唇。もっと触れたいと思い寸手で堪えて身を離す。*]

 - ねずみのこ -


[彼女は、ダイゴと同じように父母を病で亡くした孤児だった
同じ士官学校の学友として、木刀を何度も交わした。
弁当なんて作る親がいなかったから、至急される握り飯を隣で食べた。

戦場で剣を振るっているにも関わらず、
それが続けばいい、と。彼女が願うのは安穏だった。
果たして、願いは届いている筈だった。

繰り返される乱闘、喧噪、滴り濁る血の泡沫。
何も変わらないのだ。何も変わらなかった。
自分達に出来る事はこれだけなのだと、塵が積もっていく。

虎の子は、何も変わっていなかった。接していた。
靡くだとか揺れるだとか震えるだとか一切も無く。
ことの顛末を全て受け入れているように見え始めていた。

―――それは、本当に良い事なのかしら。

 彼女が疑問に思い、悩む事は、当然の事だ。
 虎が可笑しいだけなのだから。

 その考え自体が、虎にとって裏切りであると、
 普通は繋げない。考えない。だからこそ、]



 「……失礼、傭兵団というのは此処で合っているか?」
 「あ、はい……貴方は…?」 **

『私は……私なりに国の為を思って動きました。
 だって団長……ダイゴ。
 貴方、何も変わってくれないんだもの。』

[鼠の剣がずるり、という音をたてたような気がしたかと思えば、たちまち錆びたように黒ずんでいく。
彼女の得意とする毒の魔法だ。自分と同じように遠距離ではなく近接で攻め、齧りついた所で弱らせていく。手の内がわかりきっているのは此方も一緒だ。
けれど、ぶつからざるにはいられなかった。]

 『王が作ってきた国が、こんなにも揺らいでいるのに、
 守ろうとか、なんとかしようなんて、一言も言わない。
 私達にも何も相談してくれない!

 私、この国が好きなの!守りたいの!
 でも私の立場じゃあどうすることもできない!』

[ずぐ、と毒から漏れる腐臭が漂う。]

 『国を変えようって、言ってくれたのよ、
  ココウの力を貸して欲しいって、だから!!』

 ひとつ。私は、
 王にこの国を「守ってくれ」なんて命じられていない。
 結末を見届けてほしいと言われたんだ。
 それが例え砂の城であったとしても、だ。


 お前ほど多分、私はこの国を愛してはいなかったよ。

 私は何も変わってない。
 アーサーも何も変わってない。

 本当に変わろうとするなら、その時に私が止めるさ。

 ……戦場の友として、必ず。

 格好悪いだなんて思ったことないけど。

[ 寧ろ、容貌なら優れている方ではないだろうか。
 そういえば彼が自国に足留めされた初対面の折、目ぼしい宿は既に埋まり、個人が片手間に開いているような自分の宿を漸く探し当てたなら、断られては困る為心象を良くしようと努めていたなど、その夜の酒の席で聞いたような覚えがある。]

 見栄っ張り。

[ 断定でもなく揶揄でもなく、もしかしてそうであるのかと問い掛けのような投げ掛けだ。
 更に加えて、自分の為の嵩張る荷を彼に任せているのだから、酒瓶の1本くらい片腕に抱えると、憮然とも言えない表情を帰路に浮かべていたようことも思い出す

 様が好いであるとか、振る舞いが洗練されてあるだとか、そういったものに心を惹かれている訳ではないと言える。ふとした育ちの良さを感じる温柔さであるとか、良くあろう、それは自分が彼を見栄っ張りと呼びつけてしまった部分かもしれないが、そういった部分を愛しく思う。

 歳の離れた兄弟や、その子である甥姪に囲まれる彼の話を聞くのが好きだ。願わくば、遠くからでいいからいつかその風景を見てみたい。

 何故自分が泣いているかわからないと言うと、余計に彼が自分を抱き寄せた。
 僕が君を泣かせたんだという言葉に、腑に落ちる思いがする。いつかも似た事があった。自分にとってダンテは特別なのだと彼が言った。それと同じ心持ちだ。]

 悪い。

[ だからこれはダンテが悪いのだからと、余計に溢れる涙を勝手に彼の夜着で拭う。]

 泣かないで。

[ 自分は駄々を捏ねる子どものような素振りの癖、彼の腕の中で手を伸ばす。手を伸ばし彼の頬に触れる。温かい。
 ずっと穏やかで優しいものだけが彼にあればいいのに。]

[ 今は眠いと言うよりも、泣いたせいか頭の奥がぼんやりと重い。明け方の今は問題ないが、流石に昼方、熱射の中を動くのは厳しいのではないかと思う。
 眠気を我慢せずともいいとのダンテの気遣いに、恐らく甘えてしまうことになりそうだ。
 抱き締める腕が甘く温かく心地良く、このままもう一度寝台に潜ってしまおうと誘い掛けるのを堪え、寝台を出る。

 窓からまだ陽の登りきらない街を眺め、そのまま浴室に向かうと思ったダンテが、長椅子で着替えを解く自分の傍へ身を屈めたのではずみで見上げる。目が合うと、謎掛けめいた言葉が落ちた。

 答えは待たされることなく、彼が唇を寄せるのと、目覚めの口吻の許可を問うのとどちらが早かったか自分からは判然としない。どちらでも、先に目を瞑った自分が待ち詫びていたようで、唇が触れる感触に羞恥を覚える。]

 おはよう。

[ 彼が型通りの挨拶をするから、何でもないことのように平静のなりで挨拶を返す。彼がどんな顔をしていたか、見られたら良かったのに。]*


[ 嗚呼、やはり。
  責めるような、縋るような声が、
  澱んだ空気をひりつかせる。

  いい年をして、彼女の言いたいことが
  わからないはずもなかった。
  けれど、どうしようもないではないか。
  あの主のもとにいる限り。
  そうして己の飼い主は彼女の父なのだから。


  アウドラにと彼女の父親が選んだ相手が
  どんな人間か、そんなことは
  どうでも良かった。
  ただ、彼女を大切にしてくれるなら。
  彼女が幸せなら、それで良かったのだ。 ]
 


[ 自分自身に言い聞かせるように
  ぽそりと呟いて
  こちらを見ることも
  別れの挨拶もないまま去っていく姿。

  翻るドレスの裾はいつもと変わらないはずなのに、
  やけに重く、いつまでもその場に残像が残るよう。

  まるで幼子が、母親の衣服の袖を握りしめて
  引っ張って離さないような。

  そんなふうにそのゆうるりと揺れる
  柔らかな生地を、白い指ごと掴んで
  引き留めることが出来れば

  どんなに、と─── ]
 


[ 彼女が幸せならそれで良いと思っていた。
  意思を無視して諸々の事情のみで与えられた
  婚姻であっても、その全てが
  不幸というわけでもないだろう。

  けれど、彼女は。
  自身の足で、自身の手で、
  掴みたかったのではないだろうか。
  そんなことをふと思う。

  その相手が己だったと自惚れて良いなら、
  えらく泥濘んだ道を選んだものだと
  苦い笑みも浮かんだ。 

  同時に、何もかも与えたつもりで、
  何もかもを奪い、全てのことから彼女を
  ひとりにする彼女の父親に、
  今まで以上の怒りを感じた。 ]
 

 *

[ なぁお、と鈴を転がすような声がする。
  目を閉じたままの頬にざらざらとした鈍い痛み。
  ゆっくり持ち上げる瞼が重い。
  こつん、と滑らかな毛皮に包まれた
  小さな頭が擦り寄せられたのがわかった。]


   ………… ピヤール。


[ 希少な宝石よりずっと煌びやかに輝く
  エメラルドグリーンの瞳。

  ふ、と息を吐いて、久しぶりだね、と
  声を掛けた。 ]
 


   ……君のご主人は、元気かい?


[ 訛りのように重い腕を動かして頭を撫でる。
  身体中の傷と痛みで、起き上がることは諦めた。

  喉もとをそっと掻いてやろうとした時、
  美しい首輪に結ばれたものに気付く。

  両手をどうにか伸ばし、首輪から外そうとした。
  がたがたと震える両手で、
  それが傷つかないように外すのは
  存外に苦心したが、優秀な配達猫は自慢げに
  じっと座って喉を鳴らしていてくれた。]
 


[ 別れの言葉。

  今まで幾度となくここで会い、
  けれど聞いたことのなかった、
   
Au revoir

  さよなら───


  ぎり、と唇を噛み締めた。
  このままでは、きっと。 ]
 


[ がり、と音を立てて、歯で薬指の皮膚を破く。
  ぷつぷつと湧き上がる赤い滴を、
  そのまま己の唇に塗った。

  ここには返事を返すためのペンも、紙もない。
  感謝を、もしくは朧な愛を告げるための
  花も、宝石も。
  言葉すら、届かない。

  ならば。

  その手紙の隅に、そっと唇を押し付けた。

  血の赤が、唇の形に咲く花のように
  見えただろうか。 ]
 


   ─── ピヤール、ありがとう。
   返事を書いたんだ。
   また、お使いを頼める?


[ 乾いたことを確認して、
  もとのようにピヤールの首輪に手紙を結んだ。

  届かなかったら、それはそれで良いのだ、と。

  なぁお、とピヤールの声が凛と響く。
  良い子、と頭を撫でれば、
  また、目の前に暗幕が張った。 ]**
 


 そう?かなあ ふふ、

[ 格好悪いことはなかったと言ってもらえたが、いつも回りくどいことばかりしているような気がするのだが。それも大事な時にばかりだ。
 
 見送りをしてくれると言ってくれていたのに、変に気遣ってしまったのと、別れ際が寂しいなんて考えて一人で列車に乗ろうとしたこと。]

 たしかに

[ 伺うような言い方だったが、見栄っ張りと言われたならしっくりきてしまって同意を返す。いつでも格好良いと思われたい、彼の前でみっともないところを見せたくない。なのに反作用することばかりだ。

 自分のことなんて特筆するようなことも無いと思うのに、ヴィは宝物でも見たような目で聞いてくれる。それで、いつか自分の故郷にもきて欲しいなんて思うようになった。]



 ……

[ ダンテが悪いのだからと、いっそうぐしぐしと涙を拭うような仕草をするから、可愛いのと愛おしいのと、自分の至らないのともうないまぜで泣けてくるところに

 泣かないでと、ヴィが少し身じろぎをして腕を伸ばすと彼の冷たい手のひらが頰に触れた。多分泣き笑いっていうんだろうか、自分の顔はそんな表情を作ったと思う。*]

[ 一緒に二度寝しようなんて言われたら抗えなかった気がするし魅力的すぎてそんな候補は今は知らなくてよかった。

 おはようとバカみたいに口づけのあと呟いて。]

 君からは?

[ 自分の声はどんな風に聞こえたんだろう。触れたい、触れて欲しい。自分では平素のつもりだったが恥ずかしそうだったろうか、声はかすれてしまってはいなかったか。

 そんなことを考えながらも、今の自分の思考を占めるのは
 この宝石みたいな緑色の瞳が閉じられた瞼の向こうにあって、目を開く瞬間を見逃したくないとかそんな。*]

[ それから、ヴィは眠たそうにしてはいないかと、様子を伺い。]

 一度部屋に戻る?
 そういえばシャワーをつかいたいし

[ 朝食を終えた頃にはそう提案してみる。シャワーなんてのは割とこじつけだ。自分が楽しげにしているから、空中回廊や上階のほうにも彼が付き合おうとしてくれそうな気がするから。**]



 [男とその同僚の話す内容に
  乾いた笑いを零しそうに成るのを止めて。
  余程信頼をされている様な気がして、
  これはうっかりした事は出来ないなと
  駒手先が迷う思いに駆られる。

  さて、彼の手を煩わせる事になるかは
  明日に吹く風しか分からない、が、]

 

[ 見栄っ張りなのかと伺うように問うてみたら、すんなりと肯、と帰ってきた為思わず笑ってしまった。これは諦念ばかりの笑いではない。]

 別に、気取ったりする必要ないのに。

[ こう言えば、彼にとっては甲斐のないことだろうか。彼がそうであろうとする意を汲み取れていないことはぼんやりわかるが、大事に思うこと変わりないとどうして伝えればいいのか惑う。
 或いは、自分が彼の望む姿であろうということも、彼に同じ様な気持ちを抱かせているのだろうか。

 胸内は言葉にならず、泣かないで、との自分の言葉に彼が笑みを作ってみせるから余計に苦しい。]

[ それから朝の口吻を、と彼が言う。唇が離れて暫く目を閉じたままでいた。おはよう、と掠れたような囁きに漸く目を開くと、間近に此方を覗き込むような彼がいる。

 あと何度、目を開けば彼がいる幸福を過ごせるのだろう。
 与えたものを同じ様に与えて欲しいと望まれもう一度触れ合った唇は、先よりも少しだけ長い。]*

 うーん……

[ 眠くはないかと尋ねられると歯切れが悪い。昨日からを思えば横になった方がいいような気はするが、眠るといえば彼が付き合わせてしまいそうな気がして憚られる。]

 シャワーを浴びたいなら。
 今日は湯船も使いたいな。

[ だから、シャワーを浴びたいのだと理由があれば渡りに船であったし、ダンテの気遣いに気を回すことができない程度、疲れていたのかもしれない。

 朝方支度をする為に簡単にシャワーは使ったが、折角足を伸ばせる湯船が備えられているというのに昨夜は使わなかった。

 一度部屋に戻り、彼が湯を浴びる支度をする間に寝台に横たわり夕方には王宮に行く? と聞いた。
 彼に他に出向きたい場所があるのなら、少し早めに出た方がいいという思いと、昨日と異なりきちんと起こして欲しいとの念押しだが、次に彼が浴室から姿を見せるまでに、すっかり寝入ってしまっていた。]**


 気取ってるわけじゃないんだよ
 格好悪いことをしたくないだけで…

[ 語尾は尻すぼみになっていたかもしれない、]

 うん、普段通りでいいってことだよね

 そうありたいな

[ 彼の前では、本当に自然にできることとできないことがある。頰にヴィの手のひらが触れて、彼の体温は自分の人種にとっては幾らか低くてひんやりとして心地いい。
 抱きしめているのは自分なのに、熱のある子供が額に冷たいものを乗せてもらった時のような気持ちになる。いつの間にか目をつむっていて、

 睡眠は心地よいが彼といる時は本当に眠りたくないと思ってしまう。*]

[ 翌朝、額に口付けを一つもらったというのに、不意打ちだったのだからと、長椅子のまえでもう一つと強請った。

 ヴィは目を閉じ睫毛は長く銀色で、頰に手を添えて指先で触れて見たいと思いながら、それを我慢した。

 彼が目を開けば想像通りの緑の瞳がこちらを見ていて、薄暗い部屋で光を集めとても綺麗だ。

 要望は通るだろうかとじっとしていたなら彼が顔を寄せてくれたので、今度は自分が眼を閉じてそれを待つ。彼の冷たい口付けが額に届いて、目覚めた時より少し長くて自分は嬉しげに笑っただろう。*]

 
 じゃあ一度部屋に戻ろう
 
[ シャワーの水音はしていたがそういえばヴィはゆっくり足を延ばす機会はなかったなと。
 先に湯船を使っても良いよと伝えたがそこは遠慮されてしまっただろうか。

 自分が湯を浴びたいということを言い訳にしてしまったのが裏目に出てしまった。]

そうしよう、あかりが灯るところを見てみたいよね
 王宮の近くなら逆に安全だと思うし

[ がさごそと荷物を漁りシャワーを浴びる準備をする間そんなやりとりをして。浴室から戻った頃には彼は案の定というかヴィは寝息を立てている。
 計画通りというのはこのことだろうか。]

 寝ちゃった?

[ ベッドのそばで一応の声をかけたが返答は期待してない。今日こそは書き物を進めておきたい。覚えておきたいことがたくさんある。
  日が陰ってきたらバスタブに湯をためておこうかなとか、それはやりすぎだろうかとかバカなことを考えていた。**]



   …………何も言わずに出てしまったわ。
   今度、会いにいくときを…
   最期にしましょう、か……


[ 婚姻を結ぶ相手のことを
  全く知らないわけではないのだけれど
  愛情から程遠い人のようだった。
  情欲のみを満たすために、
  第二夫人以降も娶っているらしく
  飽きてしまえば全く気にもかけないとか。

  真贋は全く見えてこないのに
  先々の不安だけはすぐに見えてくる。
  母なら止めてくれるのではないかと
  心のどこかで期待していたけれど
  そんなことはなく、
  寧ろ相手の支度金の潤沢さに
  差し出されたようなものはあった。 ]






   外の世界が、楽しそうに見えてしまうせいね……


[ 彼と話して外のことを知り、
  侍女達とこっそりと外に出てそれを体感して。
  不自由ながらの自由というものを
  焦がれてしまうようになったから。
  彼女は、何もできないから、で
  話を終わらせてしまうような人ではないらしい。

  しかし、数日後。
  父親によって部屋から一歩も出られなくなった。

 『どこの馬の骨かもわからない犬に
  お前が噛みつかれてしまわないようにするため』

  そんなことを言って、部屋の鍵を閉めてしまった。 ]





────────


   あら、おかえりなさい。
   きちんと、わたせたかし…ら…………

[ 彼女は愛猫の首元に手紙が残っていたので
  残念ながら、ピヤールは会いにいかなった、と
  思い、火にくべようとその手紙をとった。

  しかし、最初のときとどこか違った巻き方に
  彼は読んだのでは、と感じたので
  改めてその手紙をひらいた。

  そこに残るは唇の跡。
  彼女は静かにその跡に自分の唇を重ねた。
  その思いは、血よりも濃い赤いものと
  感じ取ってしまったのだ。
  自惚れなら、彼にまた会ったときに
  さようならと言ってしまえばいい。  ]




   ピヤール?……私と一緒に来てくれる?

[ 夜になり、皆が寝静まる頃。
  扉が開けられるかどうか確認してみた。

  なんとまぁ。
  幸か不幸か簡単に開いてしまった。
  ピヤールは開いた扉からするりと抜け出し
  1人でどこかへ行ってしまったが、
  彼女は静かに気づかれぬように、
  地下室を目指して歩いた。    ]


   ……でも、どうしたらいいかしら……


[ 向かっている最中に大きな問題に気づく。

  鉄格子の鍵をどう解錠するのか。
  多分、持ってるのは父親だと思うけれど
  一本のはずはないと思って、
  何か、誰か他に、と考えていた。
  すると、目の前に父親の秘書のような
  存在の従者が見えたので
  こほん、と咳払いをした。     ]






   ねぇ……お父様の……あれ、
   いなくなってしまったみたいなの。


[ その人物は、それを聞いただけで
  目的地まで走っていったようだった。
  よし、とこっそり追いかけて
  彼がいる場所に向かうことに。
  ちゃりんと鍵が聞こえたとき、
  彼は目を覚ましていただろうか。

  彼女は背後からその人物の頭めがけて
  廊下に飾ってあったツボを
  振り下ろしたのだが、
  うまく失神してくれてほしい。  ]


   ……さいごのおわかれを
   してしまったことを後悔しているの。


 *

 格好悪いなんて思ったことないよ。

[ 先と同じ言葉を繰り返した。語尾が尻すぼみに消え、八の字眉とでも形容できそうなその表情が、大型犬が途方に暮れているようにも見え、伸ばした手に触れる頬は温かい。頬を撫でると自分よりも長く濃色の髪が手の甲を撫でる感触が心地よい。]

 君が好きだよ。

[ 問われるのではなく、在り処を疑懼されるのではなく、自然と口をつき同じ言葉を繰り返した。]

 君が好き。

[ 彼はもう目を閉じており、繰り返す自分の言葉と、明日目が覚めたら、と呟いた彼の言葉の終端が、どちらが先に夜に溶けて消えたのかわからない。熱くさえ感じる彼の体温にくるまれて自分も直に眠りに落ちた。]

[ 夕闇が迫るころ灯籠を灯される王宮はきっと美しいだろう。ダンテの答えにうっすらと笑い、そのまま眠りについた。声を掛けられた事も当然気付かず、次に気がついたのは昼過ぎだ。

 太陽の光が眠りを誘う訳ではなく、単に活動しやすいのが夜であるから体内時計が夜に合わせられているだけで、充分に眠れば目は醒める。時間としては短かったのかもしれないが、深く眠りに就けたようだ。
 目を擦ろうとして、すんでで今は化粧をしているのだと思いあたり手を止める。やはり女性の形は不便だ。窓から差す陽の色でおおよその時間を悟った。]

 ダンテ、お昼は?

[ 朝食を食べすぐ眠ったのだからまるで食いしん坊の様な発言だがそうではなく、起きていたダンテの腹具合の方を心配している。窓際の卓か、応接間の方か、室内に姿を探し、認めればじっとその姿を見た。]**

  


……まあ、
 アレも別に神でもなんでもなかったんだがな

 人間だから、こんなに世界が混沌としているんだ。


.

[ 昨日の晩の君が好きだよという言葉は寝入る間際に。

 胸に流れ星が落ちて、そのまま留まるような気がした。君が好きだと返したいのに、眠気に邪魔をされてしまう。また明日必ず。*]

[ シャワーを浴びてからしばらくは窓際で、昨晩から今まで、見たことや思ったことなど、メモに書き込んでいたが、だんだんに眩しくなってきたから長椅子に移動した。

 ヴィの眠っている場所は天幕で遮られてはいたが、レースのカーテンで窓を覆っておく。

 風が吹き込むようで涼しく室内は心地が良い。自然なもののようだが、魔法の道具が使われているというのが不思議だ。]

 え?もうおきちゃったの?

[ だんだん飽きてきて、持ち込んだ本をめくったり今日の新聞を読んだりしていたら昼少し過ぎくらいにヴィからの問いかけ]

 ちょうど集中できなくなってきたから、何か食べにいこうかなって考えてたところ

[ 何となく、日が沈む前までは眠るものだと思っていたから、割合早い目覚めに少し驚いたのと、嬉しさと。]


 君は何か食べる?
 ルームサービスを取ろうか
 酒も飲めるし

[ ふふと笑って、いっぱいにはいなら夕方出かける時には抜けているだろうと思い堕落の誘い。*]

 よく寝たよ。

[ 寝台の上に起き上がると大きな欠伸とともに伸びをする。朝食を採った後からすると、4、5時間は寝ていたのではないか。]

 そろそろ退屈してたんじゃない?
 お酒、お酒飲んだあとダンテ出掛けられる?

[ 昼を摂ったかと聞けば、部屋で摂ろうかと応えが返る。
 既に酒に弱いという前提で答えている。基準は自分である。]

 僕はお酒だけでもいいけど。

[ 昨日取った干葡萄とチーズが、些か干からびながらまだ残っている。それを肴に食べれば充分。後はダンテが頼むものを横合いから摘めばいい。

 酒だけでいいと答えて、それから不意に黙り込む。ダンテをじっと見詰めたまま、黙り込んでいる。]**

[ ヴィの言葉が本当かなと、彼の様子を眺めればしゃんとしていて。無理をしておきたのではなさそうだ。昨晩少しとはいえ眠ったのも関係しているんだろうか。]

 うん、じっとしてたから疲れた

[ ルームサービスを頼もうかと言いながら伸びをして、そのあとの言葉は彼なりの冗談なのかと思ったがどうやら本心から出た様でわざとらしくため息をつく。]

 流石に昨日買ってきたアラックを開けるなら自信はないけど、

[ ヴィが強すぎるんだよとぶつぶうと言いながら、食べ物は特別要らないというから飲みたいものを訪ねようと彼に視線を向ける。]

[ すると彼は突然に黙り込んでこちらをじっと見ていた。天幕の向こう、影の濃い場所に、いつもより小柄な彼が広い寝台の上にぽつんといるから何となく寂しげに見えて歩み寄る。]

 手に触れてもいい?

[ 許されるなら膝をついて両手で彼の片手を取り、指先に口付け頰で触れる。返答がなければ跪くだけにして。どうしたのと彼の言葉を待つ。**]

 外出してもよかったのに。

[ 凝った身体を解すように彼も伸びをする。
 応接室の卓には彼がいつも書付けに使っている手帳や万年筆が置かれている。手帳は閉じられているから、書き加えた内容の墨は乾き、暫く前に作業は止められているのだろう。

 そう言いながらも起きれば宿の室内に真っ先に彼を探し、姿を見つければ安堵する。]

 それは今は僕も遠慮したい。

[ 拗ねたように自分が弱いんじゃないとかなんとか、呟く彼に一頻り笑う。
 物言いたげに彼を暫く見詰めていると、腰掛けから立ち上がった彼が此方へ歩み寄り自分の手を取った。まるで貴重なものかのように許可を請うて、指先に口吻け、頬で触れる。]

 起きたから。

[ 歯切れが悪い。目覚めの口吻は朝だけなのかと、当然ではなかった筈のものが与えられると、それを当然のように強請りたくなるから、どこまでも強欲だと思う。]**

[ そばに寄り、許されれば手を取って指先に口付け頬で触れた。寂しげに見えていたが近づけば言いたいことがあるのを我慢しているように見える。]

 …

[ それから、起きたからとだけ一言を彼が呟いて、自分は暫く血の巡りが悪くて気付けた時には破顔してしまったと思う。]

 君が好き

[ 昨日の夜中に返し損ねた言葉を添えて、立ち上がり彼のひんやりとした片手も名残おしかったが離して、彼の頬に手を添えて目元と頬に口付け。
 それから大きな犬がするみたいに額で彼の髪に触れた。**]

 




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