人狼物語 三日月国


169 舞姫ゲンチアナの花咲み

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   誰かに関われば、そこに待っているのは
   決して明るくない未来。

   証明なんてしたくなかったのに
   昨夜、貴方とそれを証明してしまった。

   病を悪化させたくないのなら
   間違いだったのかもしれない。

   でも、それでも―――――。


  



   ふ、と息を吐く。
   貴方の反応はどうだったかしら。


    
「治療法、は……。」



   そこまで言って、言い淀んだ。
   書かなかった、治療法になるかもしれない手段。

   
誰かに感染せば、助かるかもしれない。

   それは犠牲を伴う治療方法。
   だから言いたくはなかったの。

   誰かが犠牲になる治療法なんて、治療法じゃない。
   知った時、そして今もそう思っているから。

  



    
「私が望むような治療法は、ない、の……。」



   か細い声で、告げて。
   きっとこの先も話すことを貴方は望んでいる。
   わかってはいるの。
   でも、嫌な予感が頭を掠めてしまうから。

   それを打ち消すには、
   まだ貴方への理解が足りない気がする。
   踏み込まないようにしていたから
   知らないのは、当たり前。


  


   
   貴方の方を見つめていたのに、
   ふい、と目をそらせば、
   零れ落ちるのは心に抱えていた本音。


    「私には、未来さきがないのに…。

     貴方が、私に時間を捧げることなんて……。」



   ないのに、とは言わない。
   だって貴方は以前に答えを示してくれているから。

  



    「私は貴方を騙していたし
     寄り添い続けることはできないのに。

     そういう意味では、
     貴方のW家族Wと、同じでしょう……?

            
それでも貴方は―――。」



   貴方の決意を疑っているわけじゃない。
   ただ、私は、貴方のことをもっと知りたかった。
   独りになってしまった理由も、
   貴方が仮面に隠そうとしたものも。


   
貴方が私に望んでくれたように、知りたかった。


   
だから私は、貴方の心に、手を伸ばしたの。*


 



   語られていく花の歴史は
   想像していたよりも重く
   共感と呼ぶにはあまりに絶する痛み

   独りで居たいのではなく
   独りになるしかなかったのだと
   そんな叫びに聞こえてならなくて。


   共感とは程遠い理屈としての理解が
   サルコシパラの顔に陰りを見せた。





   彼女を受け止めたいと。
   彼女の全てを受け入れたいと。

   青い少年の戯言のような誓いが
   あまりに無力で滑稽であることを
   サルコシパラは思い知る。

   自分が彼女にしてあげられることが
   何も無いことに気づいてしまったのだから。






   彼女は答えない。
   あの手帳に続く言葉を。

   それはあるけど答えたくないのか
   本当に知らないのか。

   どちらにせよ
   ウユニの言いたいことはなにか。
   手が伸び、語られた言葉が答えだ。





   家族は皆自分を置いて逝ってしまった。
   置いていかれたと嘆いた事がないわけではなく。

   そういう意味では彼女の言うことは正しい。

   このままでは辿る未来が
   いつかの悲劇と同じであることも。


   



   いまだ幼かった頃
   かつて小言のように言われた言葉を思い出す。
   独りとなったサルコシパラに浴びせられた同情は
   身勝手に家族を非難する言葉に乗せられて。

   こんな小さな子を捨てて死んでしまうなんて
   なんて酷い家族なんだ、と。

   赤の他人が憶測で家族を語るその様は
   当時サルコシパラの怒りを買うのに十分だった。





   「僕の家族に裏切り者なんていない。」



   「私の家族に人を裏切るような人はいません。」





   サルコシパラは過去を思い出し
   滲み出たやり場のない苛立ちを引っ込めると

   ウユニの手に、応えた。





     「私の家族を悪く言うのは
      たとえ貴女でも、許さない。」



   それがたとえ彼女自身の自己卑下であっても
   家族
を否定されるのはいい気がせず。
   仮面を外した姿のまま


     「私は貴女を信じています。

      私を悲劇の子供と決めつけ情けを口にする
      ような下劣な人々を知っているからこそ
      貴女のような人が、私は好きなんです。」


   そう、己の胸の内を明かすことになる。





   「私には、理解者も、家族もいない。
    この痛みを知る人など
    この街には決して居ないでしょう。

    だから私はこの痛みを知る人を
    その痛みを慈しめるような人を
    ずっと探していたんです。

    私が貴女の傍で力になりたいと願うことに
    これ以上の大きな理由など要らないでしょう?」





   サルコシパラは伸びた手に指先を絡めて
   それから小さく笑うとウユニの頭を撫でて。


    「この病気の治療法……

     あなたが知らないのであれば
     私は今からでも探すために全力を尽くします。」


   そう言って立ち上がり
   荷物をまとめようとするのだ。


         残された時間は少ないのだから。






   陰ってしまう貴方の顔も
   仮面のない今ならよく見えて。

   共感なんて要らない。
   私はただ、味方でいて欲しかった。
   人の身から離れた姿になったとしても
   それを受け入れて欲しいと。

   だから、貴方の誓いは私の願いそのもので。
   ……私がそれ以上を
   望んではいけないことなんてわかりきってる。


 



   私の言葉を否定するように
   貴方がきっぱりと告げる言葉には
   どこか苛立ちが滲んだ気もして。

   家族に裏切られた私からすれば
   そうやって言いきれる貴方に
   微かに羨望も向けそうになるけれど。


 


   
    「ごめんなさい…
     
貴方の家族を悪く言うつもり、は…。」



   そこまで言って、家族に自分も入っているなら
   貴方の家族を悪く言ったのと同じだと。
   気づいて、自身の言葉を打ち消すように首を振る。
   続く貴方の言葉には、
   少し後ろめたいような気持ちになるの。
   
私も以前は貴方が厭うような人だったはずだから。


 



    「きっと私も。
     貴方が下劣と思う
     人々の側に立つ人間だったのよ。

     花が知らなかったことを
     教えてくれただけ。

     人より、運がよかっただけの事。」
         
運が悪かった



   貴方に信じてもらえるような人になったのは
   花が見せた現実のおかげ。
   
   満たされた場所から落ちた私は
   満たされた場所にいる人々の考えも
   多少なりともわかるから、
わかってしまうから。

   感じた後ろめたさを隠さず口にして。

 



    「こんな私を好いていてくれるのなら
     力になろうとしてくれるのなら
     それ以上に嬉しいことなんてないわ。

     貴方の痛みを、
     全ては理解出来ないかもしれない。
     でも、私は貴方のことをもっと知りたい。
     
貴方の家族で、いたい。」



   絡む指先から伝わる体温が
   貴方の気持ちが、温かくて。
   静かに終わりを見据えていたはずなのに
   
生きたい、
と思ってしまった。

 



   この人を悲しませたくない、裏切りたくない。
   そして貴方は私の気持ちを裏切ったりしない。
   手帳の続きを口にするのは、そんな理由。


    「
……感染せば、助かる。

     それが、私が知る全て。」


   でも、それは望まない。
   誰であろうと、この病を感染したいなんて
   思えるわけがなくて。

 



   私にとってのW最善Wは恐らく
   静かに、足掻かず過ごすこと。

   治療法がまだあるかもしれない、と
   期待して、それが裏切られて
   絶望を見るよりも。

   胸をふたぎ、貴方と暮らす方が、まだ、なんて。


 



   
でもそれは、あくまで私にとって。

   貴方が、見失いかけた希望を探そうとするならば。


    「何処に、いくの?
     治療法を探すのなら、私も連れて行って。」


   独りにしないで、と願うように
   すこし遅れて立ち上がると
   ふらり、と立ち眩みを起こして
   貴方の方へ、よろけてしまった。
   
         
残された時間がないと示すように。*


 




     「過去がどうであれ
      今の貴女はそれを知っている。

         それだけで……十分です。」


   過去のウユニはあちら側の人間だった。
   仮にその通りだとしても、今は違う。
   サルコシパラが受け止めるのは過去だが
   信じるのは過去ではなく現在の姿なのだから。

   その言葉が聞ければ
   サルコシパラは満足気に微笑むのだ。
   安心した、と。






   しかし事態は何も進展してはいない。
   唯一判明している対策法は

   彼女の病気を誰かが引き受けること。


   それは遠回しな
犠牲
であり
   ウユニが望まない最悪な未来。
   それ故に、本来最善であるはずのこの対策は
   選び難い悪魔の選択にほかならない。





   となれば選べる選択肢は
   全て最善とも最悪とも遠い
   ズレた折衷案しか残されておらず。


     「もちろんです。
      貴女を独りになんてしません。」


   まるで迫る現実から逃避するかのように
   立ちくらみに揺れる彼女を支えて。
   サルコシパラは外へと出るのだった。





   心の奥底では理解していた。
   この先に望む未来などないことなんて。

   もしその時になれば自分は選択を迫られる。
   愛する人を死なせて悲哀に突き落とすか。
   愛する人を救いあげて、悲哀に晒すか。


   その事を全て承知の上で
   サルコシパラはこの未来を選んだのだ。






   とはいえ行先をこの街にしてしまえば
   花がわかりやすく目立ってしまうウユニが
   忌避の目に晒されることは容易に想像がつく。

   サルコシパラは仮面をつけ直し
   少し迷った素振りを見せたあと。


    「そうだ。
     この帽子、よければ使ってください。」


   そう言って自分が愛用していた帽子を差し出す。
   少しでもその姿が周りに晒されないためには
   必要なことだったから。





   それから
   サルコシパラはウユニから視線を逸らすように
   蒼空を見上げると。


    「実は……隣町で行きたい所があるんです。」


   いつもは彼女に伺いを立てる配慮をするのに
   今は何も言わずに彼女の手を引く。
   有無を言わさずに、彼女を連れていくために。



 




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