人狼物語 三日月国


145 【R18G】星仰ぎのギムナジウム2【身内】

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【秘】 中等部 バラニ → 司書 エルナト

「君も……昨日までの私の方がと、言うのかい……?」

ただ尋ね返すその言葉の中に、どこか寂しげに見えるような表情を僅かに浮かべる。

実際には治っていなくても、もう大丈夫だと思わせれれば彼の親はよかったのだろう。
やがて効き目が薄くなり、もっと強い物を、と薬の量を増やすことになったとしても。

そしてなにより、バラニもこれを飲まずにはいられないほど追い詰められていたのだ。
綻びが生じたそこに付け込まれ、言葉巧みに唆されて、こんなものに頼ってしまった。

「けれども、飲まなければ駄目なのだ、私は……」

そこから言葉は続くことはなかった。
握り締められた薬を見つめて、瞬きをひとつ、ふたつ、繰り返して。

「……私はもう、寝ることにするよ。
 なんだか、眠たくなってきてしまったからね……おやすみ、エルナトくん」

強引に話を打ち切るように、バラニは寝台に横たわってしまった。
軽い受け答えには応えてくれるだろうが、他愛のない談笑をする気にはなれなかった。

薬はあなたの手に委ねられていたが。

(-5) 2022/05/06(Fri) 21:10:14

【秘】 中等部 バラニ → 司書 エルナト

──翌朝のこと。

またしてもバラニの姿は見えなくなっていた。

昨日の朝と同じだけれど、この朝はちゃんと置き手紙が残してある。

『また先生に呼ばれた。心配はしないでくれたまえ』

手紙にはそう書かれている。
(-6) 2022/05/06(Fri) 21:11:16
バラニは、今朝も朝食の場に来ることができなかった。
(a0) 2022/05/06(Fri) 21:13:49

【秘】 恋の呪い シャルロッテ → 中等部 バラニ

トン、トン、トン。
ノックの音がゆっくりと三度。

「――バラニ」
「私だよ」

次いで、聞こえるのは掠れた声。
(-7) 2022/05/06(Fri) 21:17:39

【秘】 中等部 バラニ → 恋の呪い シャルロッテ

「!」

ノックの音に過敏に反応してしまう。
扉の向こうから何やら少し騒がしい音が聞こえてきた。

「…………シャルロッテ、くん?」
「ど、どうしたのかね……私に、何か用でもあるのかい……?」

返ってくるのは、酷く怯えたような声ばかり。
そしてそれは、いつもの彼の声よりも少し甲高いものだった。

動揺で声が上擦ってしまったのだろうか、それはわからないが。
(-9) 2022/05/06(Fri) 21:27:01
バラニは、皆が朝食に向かったのと入れ替わるように自分の部屋に戻って。
(a6) 2022/05/06(Fri) 21:27:49

バラニは、そのまま寝台に身体を預けて、布団に包まるように身を丸めていた。
(a7) 2022/05/06(Fri) 21:29:50

【秘】 恋の呪い シャルロッテ → 中等部 バラニ

扉の向こうで立つ音に、瞬きをひとつ。
誰かがいるのは間違いない。
エルナトは食堂で見かけたから、順当に考えれば、それはバラニの筈だ。
そうして思考を巡らせている間に、室内から声が返って。

「そうだよ」
「食堂にいなかったから、朝ごはんを持ってきたの」
「開けてくれる?」

何だか妙に高い声だと思った。
酷く怯えているようだから、そう聞こえるだけかもしれないけれど。
何にせよ、受け答えから、目的の人物であることは確かだろう。
そして、こんな風に動揺しているのなら、昨日の彼とは違うということだ。

『お願い』を、聞いてもらえたのかもしれない。
(-11) 2022/05/06(Fri) 21:40:39

【秘】 中等部 バラニ → 恋の呪い シャルロッテ

「っ……だ、駄目だ!」

返ってきたのは、強い拒絶の言葉。
自分でも君にそんな言葉を掛けてしまったことに気がつけば、唇を噛んで呻き声を上げた。

「……すまない、シャルロッテくん。
 それと、ありがとう……私のためにわざわざ……」
「朝食は……扉の前に置いておいてくれないか……
 後で必ず食べておくから……どうか、お願いだよ」

懇願するようにあなたに訴えかける。
顔を会わせたくない気持ちが、言葉からも滲み出ている。

しかし、その扉に鍵は掛かっていない。
踏み入ろうと思えばあなたはいつだってこの部屋に踏み入ることはできるのだ。
(-15) 2022/05/06(Fri) 21:57:17

【秘】 恋の呪い シャルロッテ → 中等部 バラニ

大きな声に、刹那、足が竦む。
けれど、少■は深呼吸をひとつ、それから、かぶりを振って。

「――そのお願いは、聞けない」

静かな声で、あなたの望みを一蹴する。
トレイをひっくり返さないように慎重に片手で支え、確かめるようにドアノブへ手をかける。
試しに回せば、扉は何の抵抗もなく開いた。……開いてしまった。
少■は室内へ足を踏み入れる。
後ろ手に扉を閉めて、それから。

――錠の落ちる音がする。

「これは私が頼んだことだから」
「おはよう、バラニ」
「おかえりなさい」
(-16) 2022/05/06(Fri) 22:19:22

【秘】 中等部 バラニ → 恋の呪い シャルロッテ

扉が開く音を聞いて、しまったと思うも、時すでに遅し。

「─────!」

再処置を受けてからというもの、心は大きな不安に蝕まれて周囲に気を遣う余裕などなかった。
エルナトがいつでも帰ってきてもいいようにと施錠せずにいたものあったが、いずれにせよ大きな隙だったのだ。

「や、やめたまえよ……! シャルロッテくん……!
 私は……私は、大丈夫だと言っているのだから……」

錠の落ちる音がした。
その音は、今のバラニにとっては他の何よりも恐ろしい音だった。
恐怖に震え上がるかのように呻き声を漏らす。

「君が頼んだ、なんて……そんな……どう、して……」

あなたの告げる挨拶の言葉には何も返せなかった。
酷く動揺した様子で、あなたにどうしてそんなことをとうわ言のように問う。

布団から少しだけ顔を覗かせて外界の様子を伺っているその姿は、まるでミノムシやカタツムリのようで実に滑稽なものだった。
(-22) 2022/05/06(Fri) 22:34:22

【秘】 恋の呪い シャルロッテ → 中等部 バラニ

「そんな様子で言われたって、信じられないよ」

ちらと視線を向けた先、ベッドの上のあなたはミノムシのよう。
すぐに朝食を摂るのは難しかろうと、サンドイッチとあたたかなホットミルクを載せたトレイを、テーブルに置く。

「病気が治るのは、いいことだと思うけど」
「昨日のバラニは、大切なものも一緒に失くしてしまったみたいだったもん」
「だから、先生お父さんに助けてってお願いしたの」

酷いことはしないで、ともお願いしたけれど、それは聞いてもらえなかったのかもしれない。
或いは、少■のこのような行いが、酷いことだったのかもしれないけれど。
少■はあなたを振り返る。
ゆっくり、ベッドのそばへと歩を進める。
(-27) 2022/05/06(Fri) 23:23:19

【秘】 中等部 バラニ → 恋の呪い シャルロッテ

こちらに近付いてくるあなたを見て、身を隠すように包まった布団を掴む力を強める。
中等部にもなったというのに、やっていることは本当に小さな子どものようだった。

「こ、来ないでくれ……」

弱々しく拒絶の言葉をあなたに放つ。
こんな状況で命令口調でなんて言えるわけもなく、懇願するように。

「や、やめておくれよ……
 私は、こんな姿を君に見られたくなかったから……」

微かに覗くその瞳には、涙をいっぱいに溜めているのが見える。
昨日のバラニとも違っている、一昨日までのバラニとも違った。

そこにいるのは、弱々しく何もかもに怯えるだけの少■だった。
(-38) 2022/05/06(Fri) 23:54:45

【秘】 恋の呪い シャルロッテ → 中等部 バラニ

少■はあなたの言葉を聞き入れず、歩みを止めることはない。
すぐそばまでやって来れば、ベッドの端へ腰を下ろして、あなたを見つめる。
不幸中の幸いか、布団を引き剥がすつもりはないらしい。
ただ、そう——ずっとずっと怯えたままだから、少しでも安心させてあげたいな、と思う。
けれど、近付かれることを恐れているようだし、それを聞くのは嫌だし。困ったな。

「こんな姿って?」
「だいじょうぶだよ、私はバラニのことがだいすき」

だから、どうにか会話を試みるしかない。
掠れた声が穏やかに、愛を紡ぐ。
(-44) 2022/05/07(Sat) 0:27:26

【秘】 中等部 バラニ → 恋の呪い シャルロッテ

「私だって、同じだよ……」
「君の事が、大好きだから……愛おしいと思っているから……」

だからこそ、知られたくないと思っている。
君の前では皆に誇れるような立派な男としてありたいのだから。

このような醜態を見せてしまえばもう手遅れかもしれないけれど、その一線だけはどうしても譲ることはできなかった。

「……恐ろしいんだよ、君にこのことを知られるのが……!」

今にも泣き出しそうになってしまうのを、何とか堪えている。
君が傍にいる限り、バラニはずっとこの秘密が表沙汰になることに怯え続けることになってしまう。
(-50) 2022/05/07(Sat) 1:15:13

【秘】 恋の呪い シャルロッテ → 中等部 バラニ

瞳にいっぱいに涙を溜めているのを見ると、拭ってあげたくなるのだけれど。抱きしめたくなるのだけれど。
今はきっと、触れようとするのは逆効果だろうな。
少■は膝の上で、手持ち無沙汰な指先をもごもごと絡ませている。

「……だいすきだから知られたくないこと」

少■はあなたから目を逸らさない。

「実はね、私にもあるよ」
「だいすきだから知られるのが怖くて、知られたら嫌われてしまうかもしれなくて。
それでも、いつか言わなきゃいけないこと」
「……バラニは、隠したい秘密を知られたら、どうなると思う?
知られることの、その結果訪れることの何を怖がってるんだろう」

それは、上級生のお姉さんが少■に言ったことの繰り返し。
秘密を知られてどうなるかは、知られるまでわからない。
もしかすると、思ったほどに恐ろしいことでは、ないのかもしれない。
(-73) 2022/05/07(Sat) 7:05:58

【秘】 哀れな子羊 バラニ → 恋の呪い シャルロッテ

「君にも……?」

君の言葉を訝しむように呟きながらも、今までの様子を思い出す。

ずっと気になっていたことと言えば、そうでないはずの人間にもお父さんと呼ぶ姿。
君にも何らかの事情があるのだろうと思って、深く触れようとはしなかったけれど。

知られたくないこと、隠したい秘密、抱えている悩み。
この学び舎がある意義を思えば、君もそれを持つのは決しておかしなことではない。

未だその瞳には涙をいっぱいに溜めながら、君のことを少しだけ見て、それからすぐに視線を落とす。

「…………父上や母上には、酷く失望されてしまうだろうね。
 跡取りに相応しい立派な男になれと言われていたのだから」

その言葉には、家族の期待や想いを裏切ることに対する恐れが。
そんな機会は、生涯失われてしまうのではないかという不安が。
(-76) 2022/05/07(Sat) 13:42:36

【秘】 哀れな子羊 バラニ → 恋の呪い シャルロッテ

そして──

「それに、なにより……」
「君には、そんな軟弱者だと、嫌われたくなかった……」

「君には、君の前でだけは……
 私は……立派な男として、ありたかった、んだよ……」

それは君に恋焦がれたからこそ、立派な姿を見て欲しいと思う。

少年の見栄だった。

ひとつぶ、ふたつぶ。

ぽろぽろと零れる涙が、少■の頬を濡らして、視界をぼやけさせる。
そんな姿も見られたくはなくて、更に身を隠すように布団に包まった。
(-77) 2022/05/07(Sat) 13:44:47

【秘】 恋の呪い シャルロッテ → 哀れな子羊 バラニ

「……ねえ、それって、もう絶対にだめなのかな。
あんな、すべての情動を削ぎ落してしまうみたいな方法でしか、どうにもできないの?」
「一昨日話したみたいに、これからうんと勉強して、遊んで、強い勇気を持つ、そういう時間のかかる方法では、だめだと思った?」

ゆら、ゆら。濡れて揺らめくあなたの視線は、少しこちらを見たかと思えば、すぐに逸らされてしまう。
それでも少■は、ただじっと、あなたを見ている。
見ていたから。
ああ――やっぱりだめだ。

ぽた、ぽた。
光の雫が落ちるのを見て、少■はあなたに手を伸ばしてしまった。
これ以上、怯えさせることのないようにと、膝に置いていた手を。
その涙を掬うように、あなたの頬へ。

(-94) 2022/05/07(Sat) 20:24:31

【秘】 恋の呪い シャルロッテ → 哀れな子羊 バラニ

「……あのね」
「私、いつも支えてくれて、勇気をくれるバラニがだいすき」

「でも、こんな風に怖いことが起きて、バラニだって不安なんだって思った」
「だから、守ってもらうばかりじゃなくて、私もバラニのことを支えられたらいいのにって思ったの」

「いつもかっこいい姿を見せてくれてありがとう」
「これからは、そうじゃないところも見せてくれたら、きっと、もっとうれしい」

「たぶん、弱いことが悪いんじゃない。
不安になっても、泣いてしまっても、また立ち上がれるなら、それは立派なことだよ」
「もしも一人で立てなくなっちゃったら、私が手を握ってあげる。
……頼りないかな?」

――たとえ手を振り払われたとしても。
少■は夢見るようにやわらかに微笑むだろう。

あなたを繋ぎ留めようとするこの感情は、きっと、やっぱり、呪いなのだ。
(-95) 2022/05/07(Sat) 20:25:48

【秘】 哀れな子羊 バラニ → 恋の呪い シャルロッテ

頬に触れる手にぴくりと身体を震わせて、様子を伺うようにまた視線を君に向ける。
守ってあげたいと思っていた君が、これほど頼もしく思えるのはどうしてだろうか。

自分が情けないと思いながらもこの手を振り払うことはできない。
恐ろしくて、不安で堪らなくて、何かに支えてもらわなければまた立ち上がれない。

「……あの後にはもう、だめになっていたんだ。
 自分自身では、気付けなかったけれども……ああでもしないと、どうにもならなくて……」

涙と共に零した言葉に滲むのは、悔しさと深い絶望。

「私だって……私だって、本当はずっと……」
「そんな風に弱さを克服していければと思っていたんだ……
 今までのように、自らの意志で乗り越えていこうとも……

「けれど、最初から……最初から私は……違ったんだよ……
 最初からあんな方法でないと、私は何も、できなくて……」

少年のその勇気は、最初からあんな方法を頼りにしていたものだった。

たとえ、それからの歩みの全てが彼の意志によるものだったとしても。
今まで信じていたものを足元から崩されれば、少年は挫けてしまった。

(-103) 2022/05/07(Sat) 22:35:36

【秘】 哀れな子羊 バラニ → 恋の呪い シャルロッテ

「頼りなくなど、ない……けれど……」

だから、再び立ち上がるにはそれだけでは足りない。
立ち止まってしまった泣き虫が、また最初の一歩を踏み出すにはもっと目映い勇気が必要だった。

「…………」

「君が手を握ってくれるのなら、勇気をくれると言うのなら……」
「この秘密を明かして構わないと、思えるほどの勇気をおくれよ……」

その言葉が意味するものは、きっと君にとってはもっとも残酷なお願い。
真実を知らぬからこそ、可能性すら想像しないからこその残酷なお願い。

「でなければ、私はきっと……
 シャルロッテくんが好いてくれたバラニに……
 戻れないままに……なってしまいそうだから……」
(-104) 2022/05/07(Sat) 22:41:25

【秘】 恋の呪い シャルロッテ → 哀れな子羊 バラニ

すり、すり。白い指先があなたの頬を撫で、こぼれる涙を丁寧に拭う。
手を振り払わずにいてくれることがうれしかった。
もしかすると、そんな気力もないだけかもしれないけれど。

「――ねえ、それじゃあ、今から私と、別の方法を試していこう」

ひとりのあなたが挫けてしまったのなら。
ふたりの私たちで、何かを変えられるかもしれないから。
ぐっと身を寄せて、あなたの額に口付けをひとつ。
それは、おまじないのような。
或いは、最後のお別れのような。
すぐに離れて、少■は一度、立ち上がる。

「――もしも、私の秘密を知っても。
バラニがまだ、私のことを好きでいてくれたらだけど」

(-109) 2022/05/07(Sat) 23:36:20

【秘】 恋の呪い シャルロッテ → 哀れな子羊 バラニ

嫌われてしまうかもしれないと思うと、今も怖い。
けれど、知らないところで他の誰かに壊されてしまうより、自分できちんと話をしておしまいになる方が、ずっといい。
少■は躊躇いなく、ふわりと揺れるジャンパースカートのファスナーを下ろした。
――床へ落とせば、ごとりと固い音がする。

次にリボンタイをゆるめて、ブラウスのボタンを外してゆく。
――最初に見えるのは、目立ち始めた喉頭。

露わになるのは白皙の肌。
薄く華奢な、少年のからだ。

「バラニが好きになってくれた『女の子』シャルロッテは、いないの」
「ずっと黙ってて、ごめんね」

――脱ぎ捨てられたジャンパースカートのポケットからは、
鈍く輝く鋏が飛び出している。

――いらないところを切り落としたら、まだ、好きでいてもらえるだろうか。
などと、そんな絵空事を少しだけ、考えていた。
(-110) 2022/05/07(Sat) 23:37:34

【秘】 哀れな子羊 バラニ → 恋の呪い シャルロッテ

「シャ、シャルロッテ、くん……!? どうして服を──」

額に口付けを受ける。
君のかけてくれるあたたかいおまじないが、冷たい心にぬくもりをくれたと思えば。

躊躇いもなく衣服を脱ぎ始めるのを見て、酷く慌てたように思わず目を逸らした。
どうしていきなりそんなことをするのかすぐには理解できずに、ひとつ確かめるように、おそるおそる君の姿を見る。

ごとり、固く鈍い音が部屋に響いた次の瞬間。

「ぇ――――」

──少■は言葉を失った。

(-131) 2022/05/08(Sun) 2:02:36

【秘】 哀れな子羊 バラニ → 恋の呪い シャルロッテ

──君は、女の子では、ない。

「最初、から……?」

明かされた残酷な真実に問いかける言葉も最後まで続かない。

この光景を見てしまえば冗談だろうとも言える余地すらない。
君から告げられる言葉も事実を裏付けるものでしかなかった。

『こんな私が惹かれてしまったのも、君が男の子だったからなのか?』


ひとつの疑問が頭をもたげる。
もしそうだとすれば、私は最初から立派な男になどにはなれなかったことになる。

──そんなもの、到底認められるはずもない。

君の明かしてくれた秘密を受け入れがたいと思った気持ちは、紛れもなく本物で。

(-132) 2022/05/08(Sun) 2:03:37

【秘】 哀れな子羊 バラニ → 恋の呪い シャルロッテ

──けれども。

少■にとって今の君は、とても目映い■の子に見えた。

君のその行為が、計り知れないほどの勇気と覚悟をもってなされたことだともわかるから。

君がくれる勇気を、ただ受け取るだけでは嫌だと。
君が支えてくれるだけでは、納得できないのだと。

君と共にあるのに相応しい人間でありたいのだと。

そう思ってしまう気持ちも、紛れもなく本物だった。

「…………」

何も言葉を紡げぬまま落とした視界には、スカートのポケットから飛び出した鋏が映り、鈍い輝きを放っている。
(-133) 2022/05/08(Sun) 2:04:41

【秘】 恋の呪い シャルロッテ → 中等部 バラニ

だって、見た方がわかりやすい。

少年は自分が男性であることをずっと、わかっていた。
心が違っているかと言えばそうでもなくて、自身の性別に違和感を抱いたことはない。

「『シャルロッテ』は、お母さんの名前だったんだって」
「私を生んで、死んじゃったお母さん」
「私が殺したお母さん」
「だから、代わりにならなくちゃって、思って」

お父さんの最愛の人を奪ってしまったのだから、埋め合わせて償わなければならないと、ただずっと、そう思っていた。
少年は『お母さん』にならなければならなくて、けれど、それは『女の子』になりたいと思うのとは違う。違ったはずだ。

「……嫌いになった?」
「うそつきって思った?」

——あなたの隣にいられるのはどちらか、と考えるまでは。

(-146) 2022/05/08(Sun) 10:40:35

【秘】 恋の呪い シャルロッテ → 中等部 バラニ

ぎ——と、ベッドの軋む音がする。
ベッドの端に膝をつき、手をつき、少年はあなたの顔を覗き込む。
あなたの恋した少女のかんばせ。
あなたの知らない少年のからだ。
掠れた声は歌のせいではない。
ただ、自然に迎えた変声期の途上にあるだけ。
治まれば、ソプラノの声は永久に喪われる。
これから身長だってきっと、伸びてゆく。
『少女』の寿命はもう、幾許もない。

「——バラニ」

苦しいな。
『シャルロッテ』をやめて、『お母さん』になることをやめて、あなたのそばにいられたらいいのに。
『少女』でなくなれば、やっぱりそれも叶わないのかもしれない。
(-147) 2022/05/08(Sun) 10:41:19

【秘】 哀れな子羊 バラニ → 恋の呪い シャルロッテ

「っ……」

覗き込もうとするあなたから逃れるように顔を隠す。

ふたつの想いの間で激しく揺さぶられる。
今すぐにこの複雑な気持ちに整理など付けられるはずもない。
けれども、この瞬間にだって『少女』としての君はもう……

「私は、ずっと……」
「君の事を、守るべき可憐な女の子だと思っていたけれど……」
「それは……間違い、だったのだね……」

なんとか言葉を紡いで、気持ちを落ち着けようとする。
けれども、君への返事は口から出てくる言葉の中にはなかった。

「──すまない」

ただ一言、謝罪の言葉だけを残してバラニは再び押し黙ってしまう。
何に対する謝罪なのだろうか、バラニはそれ以上語ることはしない。
(-165) 2022/05/08(Sun) 17:39:18

【秘】 夢の終わり シャルロッテ → 哀れな子羊 バラニ

「——————」

あなたが目を逸らすから、何もかも終わってしまったのだとすぐにわかった。
伝えてみるまでわからないというのはただの希望的観測で、やっぱり、蓋を開けてみれば、こんな風に。
あなたは何に謝罪しているのだろう。
もしかしたらと有りもしない期待に縋ってしまったのは、少年が浅はかだったから。
それでも瞬きの拍子に一粒、色のない雫が頬を滑り落ちていった。
いつかおしまいになってしまうことを知っていて、自分でおしまいの瞬間を選んで、それなのに。
酷く胸が痛かった。息が苦しかった。
幽鬼の如くふらりと、少年は立ち上がる。

——ブーツの踵が、床に転がる鋏を蹴った。

(-172) 2022/05/08(Sun) 18:41:52

【秘】 夢の終わり シャルロッテ → 哀れな子羊 バラニ

「……ううん、いいの」
「こうなることは、最初からわかってたんだから」

今更もう、何もかも遅いけれど。
少年は自らを受け入れられなくなってしまった。

「それでも、だいすきだよ」

(-173) 2022/05/08(Sun) 18:42:27

【秘】 夢の終わり シャルロッテ → 哀れな子羊 バラニ

少年は震える指先で鋏を拾い上げる。
それは酷く冷たくて、重くて。






————しゃき。しゃきん。
じょき。






白いドロワーズを裂く。
それから。
それから。
それから。
皮膚を裂く音。肉を断つ音。
ぼたぼたと赤い液体が滴る。
上手く切れない。鋏ではだめかもしれない。


ふらついた足音。錠を上げる音。扉の開く音。閉まる音。
この部屋にはもう、あなたしかいない。



机の上のホットミルクは、冷めてしまった。
(-174) 2022/05/08(Sun) 18:43:25