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【置】 さよなら 御山洗カチカチと、いつしか時計の針が進む音を克明に聞いた。 霧がかった道が晴れていくように、頭の中の夢が色を失って消えていく。 そうだ。俺には、帰るべき場所なんて無い。迎え入れる親族はない。 親父の実家がどうなっているのか、今の俺に分かる筈もない。 夢の中の居処ががらんどうのようなのは――会うべき人がいないからだ。 「……俺は。もう、帰る場所なんて無かったんだな」 最初は本当に只々、昔過ごした場所を懐かしむひとつの郷愁によるものだった。 少年期を過ごした場所は何よりも大切なもので、自分を作り上げた愛おしいものだった。 だけどもう少しで、その外で生きてきた時間に追い越されて塗りつぶされてしまう。 消えゆくまま、過ぎゆくままに。その前に、もう一度だけ帰ってみたかったな、と。 自分が置き去りにしてきたこの村というものに、会いたかったのだ。 でも。その輪郭を思い出すほどに、俺は別のものを蘇らせてしまった。 夢が終わったのにも関わらず、胸を焦がす思いと心を失ったような空隙が消えない。 ああ、そうだ。帰りたいという思いは過剰に増幅された不自然なものだったとしても。 長らく患ってきた恋は決して誰かに煽られたせいではない、ほんものだったから。 夢が終わりを迎えたって、時間が過ぎ去ったからって、目が覚めるように消えるわけじゃない。 (L2) 2021/08/17(Tue) 4:44:50 公開: 2021/08/17(Tue) 4:45:00 |
【置】 さよなら 御山洗ふと、この痛みを負うことになったきっかけを瞼の裏の景色に思い出す。 十五年前。親父と母さんが喧嘩をして、三人で遊びに行く約束を反故にしてしまった。 両親は色絡みの揉めがあったわけではないが、生き方に無視できない隔たりがあった。 父は昔ながらの考えの人で、此処で働き母にもそれについてくることを望んだ。 母は先進的でそれに馴染めず、度々仕事の都合での不便を緩和しようと打診していた。 そうした話し合いが不定期にあることで、お互いへの不満が爆発することもよくあったのだ。 機嫌を悪くした二人に挟まれ、その日は外に遊びに行くことが出来ず閉じこもっていた。 そんな時。部屋の中で蹲って過ごしていた俺に、手を伸べたのが翔だったんだ。 こっそりと家の中に入ってきて、遊びに行こうと笑って。 思えば向こうからしてみれば、時間になっても来ないから迎えに来ただけだったのだろう。 大した意味もなければ勇気が必要なわけでもない、ほんの些細な行動だ。 けれども。それが、まだ子供だった俺には、何より喜ばしい救いだった。 自分に伸べられた手と同じくらい、こいつに与えられるものがあればいい、と。 それは独り善がりの思いでしかなくて、ただ子供ながらに抱いた望みでしかなくて。 そんなものが、どうしようもなく焦がれる想いになって、今の今まで心の中を占めている。 村を離れて、自分の人生を得て、恋人を持って、別れて、それでもまだ燻る熱が。 ――少年期が終わろうとしている。 (L3) 2021/08/17(Tue) 5:03:57 公開: 2021/08/17(Tue) 5:05:00 |
【置】 さよなら 御山洗カチカチと、いつしか時計の針が進む音を克明に聞いた。 水を吸った服をまとっているかのように重たい体をずるずると動かす。 夏の盛りにも関わらず、薄ら寒い感覚が背中をゆっくりと降りていった。 帰ってこなければ、この夢の中に呼ばれなければ、こんなに胸の苦しさを覚えずに済んだのに。 腫れた瞼から流れた涙が、皮膚を引きつらせてぴりぴりと痛み走る。 鉛のように重たい体を動かして浴衣に袖を通す。少し調整すれば見栄えに問題はないだろう。 薄灰色の浴衣は、まだひょろっとした子供だった頃に比べれば印象も変わって見えるのだろう。 十年。十年の時が過ぎ去って。 それはどんなに飾ってまばゆく見せたところで、思い出のものとは何もかもが違うのだ。 鏡の中に立った男は、山の中を走り回って三人だけの秘密を埋めた、あの頃の子供ではない。 終わらせなければ、夢の終りが訪れないのなら。 もう少しだけ見えない誰かに付き合えば、目が覚めてしまえるだろうか。 遠くに祭りの喧騒を聴いて、届かない手を思う。 (L4) 2021/08/17(Tue) 5:15:10 公開: 2021/08/17(Tue) 5:15:00 |
【独】 さよなら 御山洗聴こえてきた声は遠く遠く山の端まで響いてしまいそうなものだった。 この虚構の楽園の中で、それでも足掻いて、届けようという声がある。 まだ、追いかけているのだ。夢の中の残影を、思い出を。 靄の中に映り込んだ蜃気楼のような夏に、心を曝け出して。 彼らは現実に繋がり続けるための叫びを伝えようとしているんだろう。 「……敵わないな」 少しだけ吐息のこぼれたような笑い。あんなに真っ直ぐには、いられない。 だからこそ縁側に続く扉を明けて、澄み渡った空を見上げる。 せめても彼らの願いばかりは、見届けていたいと、そう思ったのだ。 ……それは在りし日の自分が背を向けたまま不発弾の奥底に閉じ込めたものだから。 同じ道を、彼らが歩んでしまわないように。その背に続く路のないように。 夢の終りが早く、だれかの望ましいかたちで、訪れますように。 (-26) 2021/08/18(Wed) 14:58:22 |
【秘】 宵闇 → さよなら 御山洗これはひとり祭りをさ迷った後 三人で埋めた秘密を暴きに行った後 そして、だんだんと夢が綻んでいくどこかの時 男は、一方的に吐き捨てた再会の言葉通り、御山洗を探していた。あの時は夢がこんなにすぐ終わるとは、思っていなかったから。 ──彼はまだ、家にいるのだろうか? そうでなければ、どこにでも探しに行く。 夢が終わる前に、夢が終わるとしても さよならをするとしても 男がこのままいい夢だったと終わらせるには 寝覚めが悪かったからだ。 話を、したかった。 (-27) 2021/08/19(Thu) 18:54:58 |
【秘】 さよなら 御山洗 → 宵闇>>-27 ――まだ、祭りの終わりきらない頃。夢の覚めやらない頃。 少年たちのまばゆい夏が、未来に向けた約束を遂げた頃。 御山洗はまだ家にいて、縁台から花火を見上げていた。 ぱらぱらと降り注ぐ光の帯は夢の中でも美しいもので、きっと、誰かの思い出なのだろう。 こんな田舎で打ち上がるにしては数も多く規模も大きくて、きっと、こんなに裕福なら。 都市開発に負けず、この集落もいつかのままの形で残っていたのかも知れない。 空を彩る花火の音が、細かな音をかき消して。 誰かが訪れたのだということに、未だ気づけずにいた。 見上げる顔は色とりどりの花に照らされて、目に七色が映り込んでいる。 (-28) 2021/08/19(Thu) 20:51:10 |
【秘】 宵闇 → さよなら 御山洗>>-28 男は探し人の姿を認めると、色とりどりの光を背に歩む。 しばらく思い出に照らされるその横顔を立ち止まって見ていた。 話しかける機を伺っているのかもしれない。 一際大きな花が夜空に咲き、男の黒も鮮やかに照らされた。 そして、訪れる少しの静寂。 「よう、アキラ」 いつもの調子で、名を呼ぶ声が響く。 昼間のようにはしゃいだ風ではなく落ち着いた声だ。 (-29) 2021/08/19(Thu) 21:53:46 |
【秘】 さよなら 御山洗 → 宵闇>>-29 一瞬夢を見るような顔をして、今しがた飛び起きたように目を見開いた。 前髪の向こうに透けた表情は驚きでいっぱいになっている。 薄灰色の浴衣の袖が縁台の上で引きずられて、指先が強張った。 疑うような諦めるような、未だ信じきれていないような顔をして。 「……ゆ、め……?」 (-31) 2021/08/19(Thu) 23:36:51 |
【秘】 宵闇 → さよなら 御山洗>>-31 首を傾げた。そんなに驚くことだろうかと言わんばかりに。 「……さあ。どっちだろうな? お前はどっちがいい?」 おどけたように話しながら、からころと下駄を鳴らし 目の前までやってきて、少し困ったように笑う。 「言わなかったっけ"またな"って。話がしたいって ……だから来たんだけど。ダメだったかい」 また逃げられてしまうだろうか、それは悲しいな。 目の前までやってきて、手を差し出す。 それが取られようが取られまいが言葉は続く。 「なあ、少し外歩かないか」 閉じこもってばかりでは気が滅入るだろう、と。 もう夢は終わる。この思い出のままの村の姿は もうなくなってしまう。だから、最後に見ておきたかった。 (-32) 2021/08/20(Fri) 0:41:32 |
【秘】 さよなら 御山洗 → 宵闇>>-32 喉が嗄れたように声はうまく出てこず、短い息が漏れた。 目元から鼻に掛けては赤く腫れていて、情けない顔をしている。 "また"、都合のいい夢をみているのではないかと、自分の願望で汚していやしないかと。 泣きはらしてぼんやりとした頭のまま手を浮かせて、そのままそろそろと触れる。 見上げた顔に、ああ、と。懐かしいものを感じて、また鼻の奥が痛む。 「……どうして、来たんだ」 身勝手な物言いだなと思った。勝手に耐えきれなくなって、突き放して。 宵闇の言う通り、なにも納得させられるような話なんてしていないのに。 それがいいものでも、わるいものでも――ここはゆめのなかだから、自分の願望なのではないかと。 そこから先を求めることに怯えて、逃げていた。 唇を引き結び、差し出された手にこわごわと手を乗せた。触れ合う箇所は着いては離れて落ち着かない。 距離感を測りかねるようにかさついた手が触れて、ゆっくりと立ち上がる。 見下ろした目線の高さの違いは、いつかのものとはだいぶ違っているように思う。 (-33) 2021/08/20(Fri) 2:36:00 |
【秘】 宵闇 → さよなら 御山洗>>-33 「"ばーか。なに泣きべそかいてんだ。 お前がいつまでたっても来ないからだよ"」 なんてな、子供の頃のような戯言を吐いた。 細いけれどしっかりとした手が、大きな手を引く。 一歩踏み出す、夜に溶けそうな後ろ髪をふわりと翻す。 今や見上げるほど大きな彼を一瞥した。 田舎の夜道を照らすのは、時々上がる花火と 月明かりがほとんどだ。 男は、こうして夜に出歩くのが好きだった。昔も、今も。 「どうして、か。聞きたいのは俺のほうなんだがな。 お前が抱え込んでたもの……全部この耳で聞きたかった。 俺は言葉を音楽にして届ける仕事をしてる。 だから大事さは知ってるつもりだ」 長い前髪が風に乗って、横顔の目元を隠す。 焦がれるほどに誰かを好きな気持ちを抱いたことがない男には きっと、全部は理解できないのかもしれないけれど。 だからこそ、図々しく聞こうなんて思えるのだろうか。 「……じゃあ先に俺もなんか言うか? 祭り一人で行けって言われて割とショック受けた」 夢が綻び始めた夜の道 あてもなく歩く先にはなにがあるだろう。 (-34) 2021/08/20(Fri) 11:02:01 |
【秘】 さよなら 御山洗 → 宵闇>>-34 変わらない言葉を掛けてくれるのだと、変わらず手を伸べてくれるのだと。 こらえきれずに瞼に溜まっていた涙がぽろりと目頭から落ちて、 それだけで揺らぐくらい色んなものがもろくなっていることに、自分で笑ってしまう。 見下ろす目はまだ恐れていて、怯えていて、壊れ物を見るように愛しさで溢れている。 「……それは、ごめん。 一緒に行くなんて、もう出来ないと思ってたから」 御山洗はどうして彼が帰ってきたのか、わかっているようでわからなかった。 急なことで何もわからなかっただろうというのはわかるのに、 それでも遠ざけきれず、遠ざけられきれなかったのは、不思議でしょうがなかった。 「俺は、同じくらい三人でいるのが好きで、楽しかったから。 もし不用意に口にしたり態度に表れたら、もうあんな風に遊んだり出来ないんだって。 そう思ったら……もう絶対に誰にも言わずにしまっておけば、今まで通りにいられる筈だって。 ずっと、昔から、そう思ってた」 実際にはここに帰り着いて、胸の中を占めていく心に耐えきれず鬼走に打ち明けたりもした。 自分の意思で抑え込むよりも育っていく願望を恐れている事ごと口にして、満足しようとしていた。 懐かしさの中に抱いていたいつかの面影や今の宵闇に対する思いは、 結局ふとした瞬間に耐えきれなくなって口を衝いて吐き出されてしまったのだけど。 下駄の歯が控えめに地面を叩く音ばかりが耳に響く。 指先まで心臓の鼓動が伝わるくらい、やけに血が集まって熱い。 細い蜘蛛の糸のようにつながっているだけの手は、ガラス片のように剥がれ落ちそうだった。 「言うつもりなんてなかったのにな」 (-36) 2021/08/20(Fri) 12:59:46 |
【置】 いつかの 御山洗──御山洗 彰良『不発弾 <タイムカプセル> 』の主な中身きっと二人の入れたものより、内容は少ないのだろう。 『一枚の写真』 三人が遊んでいる風景の写った写真。 村の大人に、もしかしたら鬼走かもしれない、撮ってもらった写真は、視点が高い。 思い思いのポーズをとっていて、薄い写真からでもそれぞれの性格が現れるようだった。 『MDプレイヤー』 ずっと昔に御山洗が使っていた。一枚のMDディスクがそのまま入っている。 好きな順番で録音された中には、清和や宵闇の勧めた曲が入っているのだろう。 "11' 夏"とラベリングがされている。 『フォトブック』 料理の写真と料理名や感想が乗っている。 清和の家でいただいたものや集落の外で外食した時のものばかり。 そんな機会は少なかったのか、後ろの方はページが余ってしまっている。 『押し花の栞』 ベゴニアの押し花がプラスチックに挟まれている。 (L6) 2021/08/20(Fri) 13:10:38 公開: 2021/08/20(Fri) 13:10:00 |
【秘】 宵闇 → ただいま 御山洗>>-36 「そうか」 どうしてか遠ざけきれなかった男は、眉を下げて笑う。 見上げた先の涙を見れば、どうしても、あの時の表情が浮かぶ。 苦痛を堪えるように目を伏せる姿──同情だろうか。 過ぎ去ってしまった日のことはもうどうにもできないけれど。 「ごめんな」 お前はひどいやつだ、と言われたのを思い出して自嘲する。 彼の気持ちを知りたかった、手を取って振り回すのではなく 隣で歩いてみたかったのだ。もう、あの頃の自分のままではない。 「お前がそんな想いずっと抱えてたなんて知らなかった」 昔。10年もだろうか。忘れられてもおかしくない長い月。 男はそんなに想われるような価値のある人間だっただろうか。 「俺、いつもお前を振り回してばっかだな。大人になってもさ」 こうして手を引いて歩いていても、伝わらないことだらけだ。 男の手は体温が低くて、すこしひやりとしている。 (-37) 2021/08/20(Fri) 16:23:15 |
【秘】 ただいま 御山洗 → 宵闇>>-37 「いいんだ。隠してたんだから、知られてないならそれでよかった。 今だって困らせてるのは俺で、翔が悪いことじゃないんだから」 遠巻きにする手、遠巻きにする言葉。泣いて萎れた頭はなんだか遠い風景のように隣を見ている。 見納めるように横顔を見つめて、視線が輪郭を滑っていく。 いつかも、この夏も。ずっと見つめていたもの。風景の中にある彼を見ていたのだ。 年甲斐なくはしゃいでる姿も、バーベーキューにかぶりつく様子も、 日の傾き始める空と海の間にある姿も、等身大の彼を。 「……ありがとうな。連れてきてくれて」 きっとこれで最後になるのだろう、それを視界に収めてられるのも。 きゅうと指先を皮膚の固くなった手が握る。 握りしめているのに、身動ぎしただけでするりと落ちそうなくらい脆い。 (-38) 2021/08/20(Fri) 16:45:18 |
【秘】 宵闇 → ただいま 御山洗>>-38 沈黙。いつしか頬を撫でる風は潮風になっていた。 ──すこし遠くに、しずかな海が見える。 「なあ、」 ふいに見納める視線から逃げるように手が離れて行った。 男は少し先を歩くと、数歩先で振り返る。まっすぐ視線をやる。 「昔からって10年以上も俺のこと好きだったってことだよな。 やっぱりさ、この夢の終わりに語るには時間が足りないだろ」 「それに、まだ話は終わってない」 「俺は最初からこれを言うつもりでお前に会いに来た」 ──そして、楽し気に目を細めた。 「俺さ、驚いた、知らなかった、とは言ったけど お前の告白に対する返事をまだ"ちゃんと"してないんだよな。 ずっと考えてた……これは、本音だから真面目に聞いてくれよ」 「きっともう、ここ <同じ景色> には二度と帰ってこれないから」この場所に未練を残すのは勘弁だ。 せめて、おかしな夢だったと笑い飛ばしたい。 → (-39) 2021/08/20(Fri) 19:52:35 |
【秘】 宵闇 → ただいま 御山洗「俺は、アキラのことは好きだ──友人としてな。 お前が手を取ってくれると安心するんだ。 好きだと言われて、嬉しかったよ」 これはいつもの軽口ではない、嘘偽りのない言葉だ。 「俺とお前の好きが違うことは百も承知で言うが だからって……このまま手放したくもない。 傲慢だと思うかい、俺はいつも満たされない気分で一杯だ」 想いが両立しないときはどうしたらいいなんて、ひとつだ。 「なら俺が、考えを変えよう。変えたい、そう思った」 いつまでも同じ考えに囚われる必要を捨てる。 それに、やっぱりお前が悪いとは少しも思わないからだ。 そう思わせてしまうほど、きっと心に灯がともってしまった。 これで最後なんて、やっぱり寝覚めが悪いんだ。 どう思われようが構わない、きっと、後悔はしないだろう。 思い出は思い出のままだ。壊れはしない。 あの時楽しかった日々のままだ。 誰がどんな気持ちを抱いても、そうだ。 一歩、また一歩と近づく。目の前までやってくる。 御山洗の胸倉をつかんでぐいと引き寄せる、二つの影が重なる。 → (-40) 2021/08/20(Fri) 19:59:25 |
【秘】 貴方の隣に 宵闇 → ただいま 御山洗「……どうだ、参ったか?」 顔を離すと、不敵に笑む顔が間近にある。 思い出でも今でもなく"これから"を見つめていきたくなった。 ただ、それだけ。もう、夢は終わるのだから。 (-42) 2021/08/20(Fri) 20:02:54 |
【秘】 ただいま 御山洗 → 貴方の隣に 宵闇>>-39 >>-40 >>-41 >>a11 >>-42 宵闇 夜の海は空との境界を失くしてどこまでも真っ暗なそれらが続いているみたいだった。 黒い髪に、黒い浴衣。時折ぱらぱらと光の粒を振りまく花火が、そこにいると教えてくれる。 やっぱり、海が似合うなと思った。掴みどころがなくて、波間の泡沫と一緒に流されていきそうで。 「うん、……うん。 きっとお前が思いもしない頃から……そうだったんだと、思ってる」 望みのないことだというのも、それ以上に何もかも終わらせてしまう一言だということも。 その先に何かあるだなんて思えなかったし、思いつきもしなかった。 瞼を閉ざすようにその先を閉ざされてしまうくらいなら、何も聞きたくはなかった。 だから逃げて、突き放した。その先を聞かなくて済むように。 けれども今彼が続く言葉を告げるというのなら、それを止める術もまた、なかった。 明かりになるようなものはほとんどありもしないのに眩しそうに目を細める。 告げられる言葉のひとつひとつを拾い上げて耳に入れる。返すのは小さな頷きばかり。 どんなことを望み、声にしているのか。望んでしまいそうで、期待してしまいそうで。 浮つきそうな気持ちを、きっと違うと押し止める。自分の都合のいいように思ってしまいたくなくて。 立ち尽くしたまま下がった指が、袖口に寄った皺の形に癖がついてしまいそうなくらい力を込めている。 → (-43) 2021/08/20(Fri) 20:34:57 |
【秘】 ただいま 御山洗 → 貴方の隣に 宵闇>>-40 >>-41 >>a11 宵闇 「でも――」 形のないものを恐れてまだ駄々を捏ねようとしていたのだと思う。 変わらないままでいればいい、変わらないままでいることがいいと信じてきたから。 喉の奥に封じ込めてきた思いを飲み下してしまえば丸く収まるのだと思っていた。 だからこそ何も聞かずに逃げ出したのだし、何も耳に入れようとせず。 じっと蹲ったまま時が過ぎるのを待っていた、それでいいと思っていた。 自分の上背が落とした影の中で睫毛が動くのを見ていた。 息のかかる感触があって、触れ合うものがあって。 指折り数えるようにそれを確かめて、声の近さに気付かされて。 「――」 まだ胸の奥で都合のいい事を押し込めるものがある。 それを、彼の声がそうではないと引きずりあげるのだ。 俺にとって都合のいい夢がそこにあるのではなくて。 情けなく蹲った俺に、自分で選んで手を伸べてくれたのだ。 歩み寄って、声を掛けて。いつだって、そうしてくれたように。 立ち竦んでいる腕を引いて光のある方に連れて行ってくれたのはいつだって。 (-44) 2021/08/20(Fri) 20:35:14 |
御山洗は、宵闇を抱きしめた。 (a12) 2021/08/20(Fri) 20:35:42 |
【秘】 ただいま 御山洗 → 貴方の隣に 宵闇>>-42 宵闇 「――……降、参……」 しゃくり上げて閉塞した喉からやっと出たのはそれだけだった。 涙が絡まってほとんど言えたかどうかも怪しいくらい。 背中に回したのは片腕だけ、それも一歩退かれれば押しのけられてしまえそうなくらい遠く。 それでもごく微かに背に支えたてのひらは、そこにある体温を確かめている。 うなだれた頭が側頭部に寄せられる。めちゃくちゃになった顔を見られたくなかった。 互いの髪越しの体温はほとんど通い合わなくて、がさがさと音がするばかりで。 ごくかすかに頭の重しを乗せて、腕の中にあると、きっとそう信じて良いのだろう音を聴いている。 (-45) 2021/08/20(Fri) 20:39:20 |
【秘】 貴方の隣に 宵闇 → ただいま 御山洗>>-43 >>-44 >>a12 >>-45 涙声でも、確かに聴こえた言葉に笑う。 「──は、じゃあ、俺の勝ちってことで……」 小さく吐くのは、安堵のため息だ。 得意気に湛えた笑みは少し和らいで その身を目の前の彼に委ねる。 たしかに宵闇は御山洗の腕のなかにいる。 波の音、夜の海がしずかに見守っている。 ここにある想いは、海の泡沫のように消えゆく夢ではなかった。 「もっとちゃんと捕まえとかないと 勝手にどっか行っちまうけど……?」 そっと大きな背に手をまわす こちらはしっかりと体温が感じられるくらい。 「目覚めたらちゃんとお前が見つけられる ようなとこにいてやるけどさ、」 (-49) 2021/08/21(Sat) 11:33:40 |
【秘】 ただいま 御山洗 → 貴方の隣に 宵闇>>-49 宵闇 返事をしようとして喉の奥で高い音が鳴った。しゃくり上げてうまく発音出来ないのだ。 どうにも情けない反応ばかりしているのをごまかすように、喉が唸る。 「どこにも行かないでほしい、けど。 置いていかれてもきっと帰ってきてくれるって、信じてる」 ひとつひとつを返すように、進みすぎて遠ざけてしまわないように。 同じようにそろそろと両腕を背中に回して、遅まきにぎゅうと抱きしめる。 嫌われたくない。一歩一歩、隣で歩んでいけるように。 歩むあしを揃えて、置き去りにせず、されてしまわないように。 「……俺も、きっと会いに行く。 もう見失いたくない」 背丈の違うふたりの視線はうまくは通い合わない。 同じものを見るのは簡単なようで難しい。だから手をとって確かめ合うように。 聞きそびれられてしまわないように耳に声を注ぎ込んで。 かたちがわかるように頬を擦り寄せて、肩越しの骨っぽさを感じ取って。 鼓動が伝わる。もう目を逸らしてはしまわない。 夢の終りが早く、訪れますように。 今度こそは、現実でその手を取れるように。 (-50) 2021/08/21(Sat) 13:26:53 |
【秘】 貴方の隣に 宵闇 → ただいま 御山洗>>-50 「お、やっと素直になったな」 そう、それでいいんだよ、なんて上から目線。 細身の男は背丈も体格も違うその腕の中にすっぽりと収まって くすくすと機嫌がよさそうに笑う声が耳をくすぐる。 男は、嬉しかったのだ。本当に、嬉しかった。 あの時苦痛を堪えるようだった姿は 怯えるように男を無理やり遠ざける姿は もう見なくてもいいのだと思うと肩の力も抜ける。 そうだ、彼に笑ってほしかったんだ。 この心が少しだけ満たされるような気分になる。 「ああ、待ってるよアキラ」 目を閉じて、広い胸に額を押し付ける。 「そしたらさ、また俺に好きだって言ってくれよ 何度でも聞いてやるし、言ってやるし」 ゆっくりと話しもしたい。この先に想いを馳せる。 ──だから夢が終わるまで、もう少しこのままで。 (-57) 2021/08/21(Sat) 17:03:54 |
【秘】 あしたの 御山洗 → あの頃の 宵闇>>-57 宵闇 じわりと滲んだ涙をうまく堪えることが出来なかった。体温の移ったしずくがぱたと落ちる。 喜ばしいからか、安堵したからか。許されたからか、まだ薄く残る罪悪感なのか。 ぐるぐると胸の内をわだかまっていたものは、溜息と共に落ちて、消えた。 好きだ、ともう一度だけささやく。今度は耐えきれなかったためではなく。 今こうして伸ばされた手を、掴み取ることが出来た手を、ちゃんと握って。 逃げるためではなく、心から伝えたかったこととして。 夜空から夢の世界を見下ろすような花火が消える頃には、夢は醒めてしまうのだろう。 ひと夏の気紛れと思い出が作り上げた願いの世界は、消えてしまっても。 ちゃんと自分の意思で願って、その手を掴みに行くために。 置き去りにしてしまった不発弾を、皆でもう一度見るために。 背中を向けたままだった思い出の中の人達に会いに行くために。 今なら、それが出来る。 ベゴニアの花言葉は――。 (-58) 2021/08/21(Sat) 18:51:17 |
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