「こちらとしても、先程打診した件の事と……
もう一つ浮かんだ事があるので、それについてご報告したいのですが──さすがにこの人の多さの中、先ほどと同じ真似をすればバレかねません。

……こちらからお願いするのは非常に気が引けるのですが、私の部屋も普段よりはマシとはいえ、主人を呼ぶにはふさわしくない場所です。

もうすぐ、恐らく多くの者にとって、"気が散る"時間が来るはずです。そのタイミングで僭越ながらお時間と場所を頂けたらとのお願いです。無論、手間をかけていただく分、退屈な提案や時間にさせる気はありませんよ。"いつも通りに"」

つまりはそれなりの自信はあるという事。
このタイミングの打診。通常であれば、

その時期の打診に疑いが飛んでくる可能性も当然理解している。けれどもそれは、貴方も同じだろう。

そして『ラサルハグがわざわざそれを口にせず、何かを狙い気を逸らそうとして誤魔化してる』なんて事はあり得ない男とも、今までの付き合いで明確なはずだ。この男は『当然バーナードもこの打診を、客観的に見れば非常に危ういタイミングの誘いではある事に気づく』と理解しており、その上で『お願い』をしている、と。

「いいや、俺としては実に好ましかったよ。
“そう言う”反応の方が得てして好みなんだ。
元々普通とは昔から縁がない人間だ、尚更さ。」

払い除けられなかった事か、返答か、
あるいはその視線に、か。
随分と機嫌がよさそうにその手をそっと引く。

「──ふふ。随分と、いい気分にさせて貰った。
じっくり改めて話すのは折角だから酒でも入れた時にしようか！
ああ、でも一つ、お礼代わりに……」

この時はまだ、異能の解除がされていなかった。
どちら“も”檻の中と変わりない。

「俺と同じ気質に見える人間が、
　最低でももう一人はいる、と教えておこうか。
が多くて嬉しいのは、君も同じと思ってね」

貴方にとってこの言葉が喜ばしいか、助言になるかもわからない。ただそれを貴方に伝えてから、この場は別れた事だろう。

　
「ふうん？テンガン、君。
　開いたか、開きかけ？或いは蕾かなぁ。
　何？悦楽を覚える悪事でも探してる？
　それか……
　それも、全部飽きちゃったが故に他を探しに来た？」

独り言のように好き勝手述べる。
何に例えているか、伝わっても伝わらなくてどちらでも構わない。そんな態度。

「詳細があっても理由には常人ではまず至らない、はず？至ったら俺、感動して泣いちゃうくらいさ。

あー……口で説明するのが難しいからなあ……端末で看守が閲覧できる俺の事件データ送るか見せてもいいけど。」

好奇心がわかりやすく顔に見えないので、
これも選択制。肯定すれば見せるだろう。

　
「うん？随分と不思議なことを言うねバーナード。いや、マスターって呼ぼうか？まあ俺はどっちでもいいんだが。」

意図的に貴方の頭の後ろで縫い留められたような厳重な手錠型の拘束具を解かないまま、淡々とした声色でそう返答する。貴方がラサルハグに着けて、一度回収した『それ』も首にはめられている事だろう。

無彩に近い部屋に、ただ異常な程に目を惹くを体現した男が一人。その赤と、異常に仕込んだ悪趣味な貴方の上だの横だの下だのに転がる道具が、この色のなかった部屋の空気も貴方も、何もかもを

手酷く複数回強姦した後、数回意識を飛ばす程には何一つ情け容赦はなかった。その上でまだ、“この程度でいいか”とラサルハグが判断した回に限って、貴方の意識が残っていたのは、さて貴方にとって幸か不幸か。

「あはは！なんて、まさか君の口から出るとは思えなかったよ。俺はそういうお決まりの台詞、むしろ興奮しちゃうが──うん。ま、あえて言っておいてあげよう。不本意だった君の被害者の代わりにね」

とさ。」

普段無彩の部屋では常にあった敬語がない。丁寧語ですらない。その癖、この言い方で『心底馬鹿にした』と言う声色でも全くない。ただただ純粋に、本音を──貴方へ投げる声色と視線に含まれたようにしか聞こえない。

「で、気分はどうだい？ああ、紅茶の味の気分は？」

演技、と言うようには違和感があり、無理やり例えるなら──自然体、だろうか。貴方の部屋のやや離れた紅茶でも飲むような机と椅子に座って両肘をついて手を組みながら、貴方の様子を観察している。最も、貴方の従者であった時間はそう短くはない。これが自然体と見えたとして、それを貴方がどう思うかまでは、不明だが。

　
「うん？気に入らなかったら悪いな！
割とこう言う例えが沁みついていてね。あ、はい。
それもそうだ。ただ言い訳は思いついた。今だけど」

非常にあっさりと貴方に端末を見せた。
特別何の感慨もない顔でそれを見る貴方を見ているだろう。


「…………。
　もしかして悪事が好きと言うよりは……
　

　え、わからない。いやわかるけどわからない。
　そんなことある？え、どこが楽しいの？
　それどういう感情がどう発生してるんだい！」

　



　
　　　　　　　　　　　▽

ラサルハグは当時のR.B船内で発生した、
という、
異常な大量殺人現場の唯一の生存者であり殺人犯である。
この事件は不可解な謎が多く、主犯が未だ特定されていない。

また殺人とは言え全員が蘇生不可にまでは追い込まれておらず、ラサルハグ自身にも暴行・性暴行を受けた痕跡などが数多く残っている為、事件の発生要因や切っ掛けは別人による者、あるいは何らかの存在が扇動を行っていた疑惑も根強い。

ラサルハグ自身を含む乗船者の全員が当時の記憶を失っている事や、現場状況の手掛かりが軒並み破壊されていた為、発生要因や殺害動機すら何一つ判明していない過去の未解決事件である。

だが、「この犯罪を行ったのが俺と言う可能性があるのなら償おう」と言うラサルハグの意思と、主犯になれる可能性の能力保持者だった(なお、ラサルハグ以外にこの事件を行える該当者は複数存在した)危険性を重く見た当時の判断により収監されている。

※事件以降、能力を使用しようとした形跡も一度も見受けられないため、普段の素行の良さ、また本人の希望が収監の一要因だった上に反省も見られる為に模範囚として扱われている。

　
「なあ、アルレシャ看守。
　『あれ』、本当にバーナードの『絶好調』かい？」

やや不自然な文。
それは本気ではなく、調子を聞いている事。
どう見ても先程、スピカが膝をついていたのは見たのにこの問いだ。

　
「なあ、シトゥラ看守。
　『あれ』、本当にバーナードの『絶好調』かい？」

やや不自然な文。
それは本気ではなく、調子を聞いている事。
どう見ても先程、スピカが膝をついていたのは見たのにこの問いだ。

　
「なあ、ナフ看守。
　『あれ』、本当にバーナードの『絶好調』かい？」

やや不自然な文。
それは本気ではなく、調子を聞いている事。
どう見ても先程、スピカが膝をついていたのは見たのにこの問いだ。

　
「煽り合いも楽しめはするが、今のは悪趣味と君が呼んだ方のつもりだったよ。まあ最もな疑問だ。答えよう。からさ。

ああ、拘束は勿論外すつもりはあるけど、お湯を沸かして紅茶を淹れ直すまでは待っていて欲しいな。じゃないと、互いに損をするだけだ」

と言って、はじめて案内された部屋にも関わらず勝手知ったると言う顔で再びお湯を沸かしに行く。最も、この時代一瞬で湯なんて容易だろうが、雰囲気作りを優先とした古式の沸かし方も残っているだろう。そちらをしている。最も、散らばってる道具のせいで奥ゆかしさは全て消し飛ばされるが。

「君の言う通りの事柄は確かにある。まず『味見』ではないのはその通りだ。俺は君を味見として使うのには惜しいと考えているからだ。そんな勿体ないことはしないさ。……さっきので伝わったようで何よりだね？」

その時間の間に、それは手酷く抱いてしまった相手ベッドによって、よりにも寄ってすぐ傍に腰を下ろした。──視線が突き刺さるのではないか、と言うくらい貴方を情熱的に/出方を窺うように見つめている。

「だが、一つ勘違いしている。確かに甚振ったし俺も愉しみはしたが、違いはそこだ。君はその点を『目的』としているが、俺はこれはだよ。違うのはそこだ」

行動原理が読みにくいのは、貴方が悩むのは承知の上だ。この主人──と言うと、怒るだろうが、少なくとも今ラサルハグはそう呼んで構わないと事実思っているこの相手だからこそ、予想できなかった解答を送るかもしれないが。

「煽情的だ。最高の口説き文句だね。
　──けど、生憎俺は一方的な搾取はもう引退したんでね。そんな最高な物を与えられれば、口“で”なんてかまけている隙に君の胸を抉りかねないけれども」

　
「そちらに利があるなら、教えてくると踏んだ。
　だから尋ねたんだよ。

　……ふふ、でも君達にも仲間意識はあるんだね。
　君が最も立場よりも個人のを見てくれそうだったと思っていたんだが、まだまだ修行が足りなかったかな」

特別それに怒る事も、否定する事もなく。
ただ、それに肯定をしているかと言うと、真逆だ。
余りにも真逆すぎる場合、それは同質に見える事がある。

だからこそ、貴方の言葉に素直に納得したように頷いて終わった。“従者”の言葉には一切触れないまま。この場は“そうだった”事になるだろうか？なったなら、それで終わる一瞬のやり取りだ。

　
視線を受けて、緩く笑みを返す。
どことなく少し残念そうに肩も落としていた。
それで、話は終わっただろう。

　
「シトゥラ看守が前衛でバーナードが後衛なの、
　すっごく逆だと思う。取り違えてないかい？」

失礼極まりない。気質と体格的につい思ってしまう。

「……なるほどね。とりあえず一つ思ったのは、最低限の近接戦の訓練はあれ自分で鍛えたって事になるのかな。どうしても不向きならともかく、こんな“観戦者”が集まるなら全員近接戦は必修科目にした方がとは思うね」

囚人の癖に看守の事に口出ししている。
何の恐れも悪気もなく。でも事実だと思ったから。

「戦闘能力を把握しておきたいのは当然じゃないかい？もうすぐゲームが始まるだろうし……

　



そんな音が出そうなくらい、満面の笑みだ。
貴方が口を滑らせた事がどうこうではなく、ただ回答の中身が嬉しいように心底喜んでいる。

「そっかぁ。アルレシャ看守、何度か彼と手合わせでもした事があるのかな。バーナードは銃がメインの後衛型だったと把握しているから、人前で明かすのは随分なサービスだなと思ってね。


最後の一言はそれまでの歓喜が一瞬で冷えた、本当に小さな呆れが混じった声色の呟きだ。

　
「君なら理解できる筈さ。俺だって、長い間君を見ていてそれが可能な人間だと踏み、今リスクも冒した上でこうしたのだから。なんだよ、バーナード。誰よりも君が最も“素質”を感じたからさ」

睨みつけられて軽く微笑む。単純な構図問題で見下す形になっているが、精神では見下してはいないのだから。最も、わざわざベッドに降りて視線を合わせると言う事もしない。




「何でも受け入れる従順なイエスマンを殴り続ける行為は、木人を殴り続けるのと大差がない。だから、こうして俺に抵抗どころか反旗を翻されて思ったんじゃないかな。」



疑いのない晴れた表情で浮かぶ愉悦は貴方を馬鹿にしているのではなく、同類を見つけられて喜びを含んでいる笑顔のまま、最初にそう伝えた。 ▽

　
「俺はねバーナード。君の加虐性癖を好ましいと感じている。
何故って、被虐趣味もあるけれど──

そのタイプの『人を飼う事に愉悦を覚える人道を外れた性癖』の保持者が、何を思うかも当然わかる。面白い事に、俺も君と全く同じ事をしていたんだよ。

だから一芝居打ったわけさ。成功すれば、互いにいい結果になると言ったのは……理解して貰えたかい？

いずれにせよ君は今みたいにこうして理屈で言うよりさ、実際に試してみないと認めてくれないとは思ったから強引にさせて貰ったけどね。有能だろう？」

貴方が満足するペットを見つけられなかった理由だって、当然察しも付けば説明もできる。その先を、その実何も見えていないのも薄々気付いてはいたが、紅茶を淹れるお湯が沸いた事で一度貴方の返答を聞きながら淹れようと、再び立ちあがった。