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【人】 征伐者 ヴィルヘルム[ 翌朝目を覚ましたのは既視感の酷い状況の中。 取り乱した誰かの絶叫に叩き起されての事だった。 意識が浮上した頃には既に、扉の向こうの従者が 困惑に満ちた声色で入室許可を求めている。 “それともお飲物をお持ちしましょうか”と訊く辺り、 動揺の具合が伺い知れる。 ] ……んー……? ああ、必要だ。 水差しとゴブレット、両方貰おう。 侍女に出させる様に。 [ 寝惚けた頭ながら、最低限の事は為済ませた。 起き上がると、シーツに挟まり呆然と動けぬ儘であろう 学友の事は其方退けで書き物机を片付け始める。 ] [ 放り出されたペンの下には、未だ白紙の遺書。 ] (0) 2020/12/10(Thu) 8:23:13 |
【人】 征伐者 ヴィルヘルム[ やがて部屋に入って来た侍女に言い付けたのは、 其処に隠れている“客人”の服を見繕う事だった。 運び込まれたシュミーズと上衣は少し大きかったが、 彼女の普段の服装になるべく近いものだったろう。 ] 言い忘れていたが、今朝は早く出る予定だ。 馬で半日も進めば帝都が望めるだろう。 早い処、身支度を済ませてしまえ。 然も無くばもう一度襲う事になる。 [ 涼しい顔と平坦な口調で告げるのが単なる方便だと 気付くのは、寝起きの頭には難しいかも知れない。 どんな反応が帰って来ようと、欠伸を噛み締めて 何処吹く風といって様子なのだった。 ] [ 慌ただしく帰還準備が進められる砦の廊下では、 “昨晩お聞きした際には女は不要と仰ったのに……”などと 何処から現れたかも分からぬ同衾者の噂が立ったとか。 ]* (1) 2020/12/10(Thu) 8:23:49 |
【人】 終焉の獣 リヴァイ[…………最悪な目覚めであった。] [砦の中だということを忘れかけていたのかもしれない。 扉の向こうの他人の声に乙女には程遠い野太い悲鳴ですっぽり布団を被って震えていた。 昨夜の乱れ具合が嘘のように生まれたままの姿を隠し、朝の寒さに震え続ける。 随分昔の頃のように寝ぼけ、平然とした相手を恨めしそうに睨め付けた儘、差し出された服を震えた手つきで引っ掴む。もぞもぞとシーツの芋虫の如く蠢いた後、いつもよりも長い袖に不満を零しながら這い出てきた頃合い。 自分が窓を叩くまで彼が何をしていたのか。 知る機会がなければ、白紙の紙の内容さえも察せる筈もなく、 ……掛けられた言の葉に頬を染め、き、と睨みつけた。] (2) 2020/12/10(Thu) 21:42:11 |
【人】 終焉の獣 リヴァイ(これほどまでに昨夜の不貞を呪ったことはない。 もう間違いは重ねないでおこうと誓ったのは 彼の言葉を本気で捉えたせいであろうか。) お前、本当に殺してやるからな……! [わなわなと振動する拳を振るうよりも先、昨夜散らばった衣服の残骸から見つけ出した短剣を引っ掴み、懐に放り込む。眼帯を探して拾い上げればしゅる、と傷跡が目立つ右目に括り付けた。 思い出したように、転がっていた真鍮製の注射器を取り上げる。 ぶかぶかとした服の袖をたくし上げれば、狂ったように注射痕の乱れ咲いた腕が曝け出された。 いつか見た事があったであろう真紅に染まった液体を、唇を噛みしめ血管の中に注ぎ込む。 …………決心の現れを、身に刻み込むように。 殆ど手ぶら同然の彼女の支度はこれにて閉幕。] [その後浴びる視線と独り歩きする噂話は、かつての学び舎を彷彿とさせる。ポーカーフェイスの仮面を被りながら、化け物の噂は立っていないかと神経を張り巡らせていたのは内緒の話。 ────そんな余計な心配も、彼が帰路の途中で寄る場所の正体を察してからは消えてなくなるのだろうが]* (3) 2020/12/10(Thu) 21:42:14 |
【人】 征伐者 ヴィルヘルム[ 僅かな配下を引き連れ、馬上から降りる。 帰還途中で足を運んだのは城下より間もない宿場町。 その広場に建つ古びた教会だった。 騎士団長を務めた勇士はこの街一番の名家の出で、 歴代の当主と共に緑豊かな敷地の墓所に眠っていた。 最も新しい墓標の前に自ら花を手向ける。 ] ( 戦は終わった。俺もまた終わる。 だが、彼方で逢うべきではないだろう。 おまえはもう自由なのだから。 それに…… ) [ 墓前にて語り掛ける言葉が無いのは、 既に別れは済ませてあるから。 主従であり、幼馴染であり、戦士同士であれば 乱世の運命など互いに分かり切っているというもの。 ] (4) 2020/12/11(Fri) 2:38:29 |
【人】 征伐者 ヴィルヘルム[ 凱旋は箍が外れる兵も多いもので、 “客人”は常に自分か侍女の目の届く範囲で連れ歩いていた。 他国の法に一切従わないとは言え、 懸賞金が掛かれば秘密裏に報酬を求める者も居る。 ] [ 帰り際、馬上で隣の彼女に語ったのは 騎士アルベルタが最後に出陣した戦場の話だった。 ] 彼奴は二千の兵と共に俺が死なせた。 空挺部隊はそうでも無ければ下せなかっただろう。 敵将を取る為に多くの駒を失い、 而して俺は独りでに斃れる最期の一騎となる。 [ 感傷に浸っていた事は言うまでもない。 従者や護衛に聞かれぬ様に声を潜めて、 この二人以外の誰の命も懸けさせる心算はないと 暗に示すような表現を用いた。 最期に手をかける獲物は一人だけ。 ] (5) 2020/12/11(Fri) 2:39:08 |
【人】 征伐者 ヴィルヘルム( 必要な犠牲。 其の言葉を拡大解釈していけば──── いずれ己もそうだと納得出来るのか? ……何もかも滅ぼした後ではもう遅い。 ) [ 帝王学部の特別学科に参謀役として入学した彼女を、 かの賓客は顔見知り程度としか知り得ないだろう。 其れでも話そうと思ったのは、踏ん切りを付ける為。 ■きたかった。たった一つの夢を諦める為に。 二人だけの物語に、もう他の犠牲者は不要であるから。 ] [ 誰かを死に至らしめる前に幕を引くのだ。 ]* (6) 2020/12/11(Fri) 2:39:31 |
【人】 終焉の獣 リヴァイ[かの皇帝が信仰の熱い人物だと言う話は今まで聞いたことがなかった。 故に、教会などという場で足を止める理由が追悼以外に見つからない。無関係であるのは百も承知であるが、一歩退いた場所でその様を俯きがちに見つめていた。 刺さる視線が酷く痛い。王族に擦り寄る女にしては、随分と場違いな噂が尾鰭を付いて回っている。それが大きくなればなるほど自身の首の値など信じられぬ値段になる故──彼の判断は妥当、といったところか。 帝王学部に難癖を付けておちょくってきた学生時代、彼女のことを聞いたことも無ければ直接話したこともない。 が、時折彼の傍らにいた事実のみを思い出し───「そうか」と相槌を打った。] (とっくのとうに捨て去った筈の陽だまりが、 少しずつ確実に崩れ落ちていることを改めて理解する。 その選択を、尊い犠牲を、 自分が口を出す資格なんてあるはずがなく。) (7) 2020/12/11(Fri) 9:56:45 |
【人】 終焉の獣 リヴァイ(学友のみでなく、守りたかった本心とは裏腹に、 踏み台にして国家焼却炉の燃え滓にしてしまった 嘗ての同胞たちのことが頭によぎっていた。 人権さえ奪われていた彼等が 国の土の下に眠る権利を与えられるはずもない。 殺した事実を国へ公表した手前、 満足に墓も作ってやらなかったことを思い出す。 ……彼等に罵られて当然の結果だろう。) ……お前がそう決めたのであればそうなのだろう。 特に何も言いやしないさ。 争いとは生と死によって成り立っているのだから。 お前と私も。 ……そうだろう? [声を潜めた密談に肯定とも否定とも取れぬ言葉を返したのは、 どちらの立場にも立つことができない内心があってこそ。 物憂げに睫毛を馳せて───再び上げた隻眼は、真っ直ぐな意思を持っていた。] (8) 2020/12/11(Fri) 9:57:46 |
【人】 終焉の獣 リヴァイ……頽れる前に私が喰ってやるから安心しろ。 苦しませはしないさ。 (懐の中で握りしめた約束が、やけに熱かった。) [悪魔の脚本通りのつまらぬ芝居などごめんであった。 チェス盤に並べるには些か駒数が少なすぎるかもしれないが、2騎もあれば勝負はできよう。 犠牲に必要か否かを問うには既に罪を重ねすぎた思考回路を無理やり望む向きに正そうとしていた。 ……未だ彼の本心にも、託した毒が使われるのかも 気付ける予兆も感じないまま。]* (9) 2020/12/11(Fri) 9:57:51 |
【人】 征伐者 ヴィルヘルム[ 数万と続く人の群れは帝都に近付くにつれ数を減らし、 最後には千人程度が主君に続く様にして残った。 王宮務めの騎士達を中心とした軍勢は 昼過ぎには隔壁の麓まで辿り着き。 堆い門をくぐれば、直ぐ様視界に赤い吹雪が舞った。 使い鳥の報せを受けて待っていた民衆達が終戦を祝う。 そして二百年前の皇族に因んだ薔薇の花弁を投げるのだ。 再びの力と栄光を祝して “Gewinnen Sie Macht und Ruhm zurück!” ] ( ────こんな光景を待ち望んでいた訳じゃない。 ) [ 飽くまで戦争に携わらなかった賓客に出る幕は無いが、 この国の頭目のすぐ後ろを馬で着いていけば 散々、赤薔薇に塗れる羽目になるだろう。 民家が立ち並ぶ狭い路地を抜けて大通りに出れば 視界を覆う程の花吹雪も少しは収まるが。 見慣れぬ女の姿を民衆が気に止める事はなく、 手を振り返す君主の立ち振る舞いに誰もが夢中だ。 ] (10) 2020/12/11(Fri) 10:06:49 |
【人】 征伐者 ヴィルヘルム[ 結局は、全て殺めた所で満たされはしなかった。 正しくは、解放される事に安らぎを見出したのだ。 ……最期を看取る者が既に在る安心感を。 ] [ 薄い笑顔の下、死を恐れぬ戦士の殺伐とした希望 ] (11) 2020/12/11(Fri) 10:07:10 |
【人】 征伐者 ヴィルヘルム[ 日がだいぶ傾く頃合には王宮へと戻った。 南西の夕空に浮かぶ白い半月が、 一週間にも満たない残りの時間を指し示している。 賓客に与えられるのは寮長時代の自室より大きな部屋と、 専属の侍女、絢爛豪華な衣装、食事、其れから自由。 熱い湯を浴び、傷を癒すのも思いの儘だったが、 たった数日で満喫するには少々此処は広過ぎる。 ] ( 『茶でもどうだ』とつい声を掛けたのは、 もうじき終わる人生だとしても 積もる話が山程あるからだ。 その中に、長らく抱き続けた違和感の 手掛かりがあるのではないか、と。 ) (12) 2020/12/11(Fri) 10:07:23 |
【人】 征伐者 ヴィルヘルム……俺の死が予定調和の上と教えた時、 おまえは散々俺を咎めたな。 だが、おまえと其の旧友の過去を聞いた時も 俺は同じ様に咎めた。 “誰かの為に死ねる程その命は安いのか”と。 [ 誰にだってもう、死んで欲しい訳じゃない。 いつか口に出した息苦しさは消えていたが、 次に苛まれたのは毛色の異なる■の苦しみ。 収拾のつかない心を見つけ出す為に問う。 ] (13) 2020/12/11(Fri) 10:07:40 |
【人】 征伐者 ヴィルヘルム[ 薄く口の広いティーカップに注がれたダージリンは 秋の終わりに摘まれたばかりの皇室御用達の品。 何度も品種を変えながら、五年の間の出来事を 心行くまで語り合った。 何かと口煩いから甘すぎぬケーキを従者に出させて、 陽の差し込む庭園でなく敢えて自室を選んだ。 ……本当は、事ある毎に小言を差し込まれることも いつからかは鬱陶しく感じなかったのだけれど。 彼女の“獲物”と看做された夜に、 どの様な情緒の変化があったのか。それが知りたくて。 ] 遠い昔の邂逅だったとは言えど、 おまえが“そんなもの”の為に命を投げ打ったのかと 苛立ちさえ覚えたものだ。 ……抱いたことの無い奇妙な思考だった。 [ 彼女にとっては何にも代え難き幼馴染であるとは 分かっているのに、どす黒い気持ちが抑えられない。 そうしていつか冷たい言葉を吐いた事さえあった。 己は運命“如き”の為に魂さえ捧げたというのに。 ] (14) 2020/12/11(Fri) 10:07:59 |
【人】 征伐者 ヴィルヘルム( あれからずっと、気の浮き沈みを繰り返していた。) おまえも似たような心持ちだったのか? 肯定するならば、詳しく考える事は止めておく。 同じだと言うのなら、其れだけで充分だ。 [ 誰かの運命を自分のそれより煩わしいと思ったのも、 其れが永遠に訪れなければ良いと考えたのも、 生まれてこの方経験がなかったものだったから。 凸凹の感情にもいつか当て嵌る時が訪れるだろうか。 『満月の晩、夜半過ぎに謁見の間まで来てくれ』 ……そう告げれば、此度の茶会は締め括られる。]* (15) 2020/12/11(Fri) 10:08:18 |
【人】 終焉の獣 リヴァイ[搾取ばかりを繰り返し、戦乱にあけくれ、絢爛豪華な閉鎖空間で悦を得るばかりの祖国を見てきた自分には、英雄の帰還を祝うような他国の雰囲気が少しばかり眩しく見えた。] [場違いなのだとわかっていても、飛び交う真紅に圧倒される。 君主の振る舞いに刮目し、称賛を述べられ、それに応える姿は幼い頃に夢見た理想の国の姿と重なってしまう。 (権力の全てが憎らしいとさえ思っていたが、 民主主義を声高々に掲げようとも思わないのだ。 誰も搾取されず、貧困に喘がず、差別もされず、 幸福に生きていられるのなら……それで。) 数日経てば馬の扱いにも慣れ、指定された立ち位置を保ちながら民に揉まれる元学友の姿を唖然と見つめている他無かったのだ。] (ひとつの国が長年の屈辱から解放される瞬間。 誰もが縛られることがない。誰もが自由を喜んでいる。 誰もが不安を抱えることなく生きている。 血と断末魔を乗り越えた先に存在するエデンの証明。 こんな場所で、あの子と生きてみたかったとさえ。) (16) 2020/12/11(Fri) 21:15:49 |
【人】 終焉の獣 リヴァイ(…………でも、 お前は?) [前よりもやや逞しくなった後ろ姿からでは 彼の表情なんかわかりやしないのだろうが、 彼が本当に心から笑っているのか自信が無くて、 やや俯いた表情を曇らせてしまった。 手元に残るは、引き裂くべき生命の運命。] (私が此処迄穢れる道を辿らなければ、 お前は唯、誰にも知られず孤独に燃え尽きたのか?) (17) 2020/12/11(Fri) 21:15:52 |
【人】 終焉の獣 リヴァイ[まるで帰りを悲しむ輝夜姫のようだ。 道行く月を見上げては意識を遠ざける日々が続いていた。 毎晩毎晩戒めるように刺し込む注射器の数は日々減っていき、その効力も定かなのかさえわからなくなってくる。 悪夢に苛まれる時間が増え、学生の頃よりも寝不足になっていたのかもしれない。 煌びやかな衣装は元々余り惹かれる性格でもなければ、刻限が迫る時の中で侍女と話して交友を深めようとも思えない。 削れていく自我を徐々に感じながら、残った意識を手繰り寄せるように食事だけは噛みしめていた。人間以外で湧き出る涎こそが自分を自分たらしめる証拠だとでもいうように。] [声を掛けられたのは、夢遊病のように部屋を彷徨っていた時だった。 少し瞬いた後二つ返事で向かった先はどの部屋よりも広々としており、彼の権威を思い知らされる。 権力を何より嫌っていた癖に、大人しく王宮に収まる自分の今の状況に心の中で苦笑しながら席に着く。 ────随分と昔、学び舎の一室で似たようなことをしたことを思い出していた。] (18) 2020/12/11(Fri) 21:15:55 |
【人】 終焉の獣 リヴァイ[日頃の彼の暴食っぷりを見ていれば、 糖質控えめのものでも少々眉を顰める要因にはなろう。 ……けれど、もう今は小言を言う気にもなれなかった。言えるような精神をしていない、と言うべきなのか。 つかの間に与えられた安らぎに浸るように言葉を紡ぎ、低体温症の身体に暖かな紅茶を流し込んでいく。 茶会の席で彼女が選んだドレスコードは、最初に与えられたものと同じ。黒を基調としたロング丈のワンピースの上に、男物の軍服。] お前と私じゃ価値観が違う。 生まれも育ちも違えば何れ突き当たる常識だな。 昔は全くもって理解出来やしなかったが、 今ならなんとなくわかる気がする。 私はお前では見ている景色が違いすぎるだけだ。 だけど……な。 (19) 2020/12/11(Fri) 21:15:58 |
【人】 終焉の獣 リヴァイ(自分の決めた道を真っ向から突き放すような言葉を吐かれ、 思わず頭に血が上り、我を忘れて相手を貶したことを思い出す。 あの時は互いに守りたいものが異なっていただけだというのに 馬鹿の一つ覚えのように傷つけあって、おかしなことだ。 ……どちらも決めた道から逸れないのだと知っていたのに。) ────そう聞かれれば、そうなのかもしれないな。 私もどうしてなのかは全くもってわからないのだが もう二度と自分の目の前で、自分以外の誰かが 相手自身のためではないことに苦しむことが 見ていられなかっただけなんだろうさ。 (自分は守られたいだなんて思っちゃいなかったのに、 守護の代わりに命を捨てる誰かの姿を思い浮かべて目を細めた。 ……相手の中に渦巻く感情を理解できてもいないから、 平然とそんなことを言っていられた。) [死刑宣告のような重みのある言葉に隻眼を軽く向け、返事は瞬きを数回。……承諾なんて声に出さなくてもいい筈だ。 その呼び出しの意味を、どうしようもなく理解できていたから。] (20) 2020/12/11(Fri) 21:16:02 |
【人】 終焉の獣 リヴァイ[初めて触れる重い扉を押せば────案外呆気なく視界は開けた。 壁を飾るステンドグラス、眼前に聳え立つ階段の先に見える鉄の玉座はどこまでも冷たい温度を感じさせるようで。 未だに長い袖の下の手をぐ、と握りしめたのは、伝わる寒さに耐えようとしたのか。 凍土の色を抱く瞳で頂上の主を真っすぐ見つめる。その目は昔のように燃え盛るかの如く光っているのだろうか。 月は未だに雲間に隠れ、その正体を現していない。自分の病の発作が現れる予兆が無いのなら、少し位の言葉は交わせたのかもしれないが、] ………………どうやら、もう時間のようだな。 [最後の会話がどんなものであれ、満月の衣は何れは流れ去ってしまうから。 徐々に訪れる視界の揺らぎと、頭痛の初期症状を鈍いながらも感じれば、か細い声で非道な運命のカーテンコールを告げようか。*] (21) 2020/12/11(Fri) 21:16:14 |
【人】 征伐者 ヴィルヘルム[ 幼き我が子を腕に抱く慶びも、 長らく別れていた妃との再会も、 戦場を共にした戦士達との祝賀も、 『我等の王』と慕う民草の言の葉も、 ────全てすり抜けて、過去の幻燈となる。 ] ( 宿業から解き放たれて尚、刻限は迫る。 何を遺そうにも時間は足らず…… とうとう遺言は書き上がらなかった。 新たな国土統治の取り決め及び相続、 そして新帝が成人する迄の代理人を立て。 誰にも終わりを仄めかさず、 終ぞ彼奴にも秘めた 約束 の話はしなかった。 ) (22) 2020/12/11(Fri) 22:58:40 |
【人】 征伐者 ヴィルヘルム[ 其の理の外側に在る至高の獣が、 この冠ごと打ち砕いてくれる瞬間を望む。 冷えた鋼鉄の玉座は心まで蝕む様で、 黙した儘、目を閉じ其の刻を待った。 ] (23) 2020/12/11(Fri) 23:02:46 |
【人】 征伐者 ヴィルヘルム[ ────聞き慣れた、鈍い音色が鼓膜を震わせる。 父帝もまた、この玉座であの扉が開く音を聴いたのだ。 緩やかに瞼を上げれば、謁見の間へと訪れる 唯一人の姿を視界に収める。 篝火だけがその輪郭を轟々と照らし、 朧気な光を受けて佇む王の姿とは対照的でもあった。 ] [ 足取りを、佇まいを、揺れる漆黒の髪を。 大理石の階段の遥か上から、瞳に焼き付けて。 ] [ 誰もが主君を仰ぎ見る様に造られた百の階段から、 僅かな囁き声でさえも降ることはなく。 砂時計の最後の粒が落ちようとしていた。 ] (24) 2020/12/11(Fri) 23:03:05 |