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【人】 ろぼ先生 夏越 清正[くる、と振り向けば妻がいる。 幸せな結婚をした記憶を持って生まれて1週間で 一緒に市役所に緑の紙を出しに行ったはずの。 男は彼女を愛している。 空っぽの家に取り残された時や、 自分を受け入れてくれる土地を探して 心許ないままさまよった時ですら その想いは変わることはなく。 ──アンドロイドとしての刷り込みが消えた今も。] (10) 2021/10/28(Thu) 3:10:04 |
【人】 ろぼ先生 夏越 清正おかえり! [そう、ふにゃりと笑う。 もしかしたらさっきまでのテレビ通話を 見られていたかもしれない照れを滲ませながら。] 今ね、山梨のみんなとおしゃべりしてた。 前の教え子だった健太が 坂道を自転車で転げ落ちて骨折してたの、 ようやく退院出来たんだって。 [季節のパフェの主役を飾る桃の作り手や、 未だにロボットネタでからかってくる悪童共、 その他同僚やらご近所やら、 男の話には毎度登場する人々のことは 清華もある程度は知っているだろう。 それは確かに男が“ 僕 ”として生きて 絆を獲得した人達。] (11) 2021/10/28(Thu) 3:24:24 |
【人】 ろぼ先生 夏越 清正[でね、それでね、と外出から帰った母親に 矢継ぎ早に今日の出来事を報告する子どもみたいに 面白おかしくさっきまでの話を聞かせたら 清華はどんな反応をしてくれたろう。 なんとなく子どもじみた甘え方をしてしまうのは 再度の離別への恐怖ゆえか、 それとも未だに「僕」と“僕”と彼女の関係の しっくりくる置きどころが分からないせいか。] お店は、どうだった? 新しいメニューの反応とか。 [もう桃や葡萄の盛る時期は過ぎた。 カフェでも暖かなメニューが愛される時期だろうか。 そんなことを考えながら、尋ねよう。 自分の店を持って、たくさんの人を笑顔に。 そんな大事な夢が「叶った」と思えるまで。] (12) 2021/10/28(Thu) 4:07:28 |
【人】 ろぼ先生 夏越 清正それでね、あの…………。 [男は不意に言葉を区切って、 握ったままのマグカップに視線を落とす。 誰のものでもない「お客さん」のやつじゃなくて “僕”のマグカップが欲しい。 前に買ったのはひどい騒動のせいで 割れてしまったから。 そう言おうとするのだけれど、 誘うことで要らぬ傷を開きやしないか。 少し心配で、頭の中で言葉を探す。 なるほど、言葉に出すのって照れくさいし難しい。 ]あの、一緒に、お買い物行きたい。 清華が、嫌じゃなければ。 [何度かつかえながらも、言った。 ちゃんと目を見て。頑張った。 ……“僕”は、「僕」とは違うのだから。]* (13) 2021/10/28(Thu) 4:17:54 |
【人】 ろぼ先生 夏越 清正[まるで、苦い粉薬を包みこんで飲み込ませる オブラートみたいに、薄い膜が間にあるよう。 時々、清華と話す時に男はそう感じることがあった。 近くにいることを許されては、いる。 だけれどあと一歩のところで近付けない。 だけれどそれに気付かないふりをして 男は自分の大事な人達の話をする。 いつか、お互いのベストな心の距離が見つかるまで いつまでもいつまでも待とう。 ……そう、心に決めて。] (17) 2021/10/29(Fri) 13:36:21 |
【人】 ろぼ先生 夏越 清正[そして、獲得したデートの確約には 素直にぴょい、と小躍りして。] わーい!ずっと欲しいのがあってね! 一緒に来てくれたら、嬉しいな。 [いつか、黒い海がうねる街で選んだものは、 男が使う間もなく割れてしまった。 今度行きたいのは車で十数分ほどのところにある 小さくて可愛いお店。 男一人で入るには、ちょっと気恥しいのもあるし 単に一緒に出かける理由が 欲しかっただけかもしれない。] (18) 2021/10/29(Fri) 13:47:15 |
【人】 ろぼ先生 夏越 清正[「僕」とは違って、“僕”は感情を表にする。 どうする「べき」か、じゃなくて どうし「たい」かを優先する。 それが、清華が男に授けてくれた“意思”という宝物。 だからデートの約束にけらけらと小躍りしながら ふと、清華の頬に手を伸ばして] …………ね、いい? [肌に触れて、キスをする許可をもらうのも 男がそう「したい」から。 ……でもそれはお互いの意思確認が なきゃいけないことだから、小さな声で尋ねよう。]* (19) 2021/10/29(Fri) 14:05:55 |
【人】 ろぼ先生 夏越 清正[言葉にしなくても、そっと閉じられた瞳に 意図を察して、まるで教会でするみたいなキスを いちばん愛する人に注ぐ。 重ねた手は温かい。 男にはない鼓動が分け与えられるよう。 角度を変えてもう一度、手を頬から滑らせ 背中をそっと抱き寄せる。 震えてない?もう、怯えてない? “僕”は、君のそばにいてもいい? 言葉に出来ない意思確認を掌に乗せる。] (25) 2021/10/30(Sat) 12:00:59 |
【人】 ろぼ先生 夏越 清正[閉じた瞼を開いて唇を離せば視線が通い合って、 男は照れくさそうに、ひひ…と笑う。 自分からキスを強請ったのに、 このつかの間満たされた空気が 流れるのは慣れていないのだ。 緩く弧を描く清華の唇に倣って 微笑んでみせようとするのだけれど、 どうしても恥じらいが邪魔をする。 だけどそのもにゃりと不格好な唇の笑みは、 清華の言葉で弾けて、より深い喜色に変わる。] いく……!え、いいの? [一緒に泊まりの旅行なんて、あの時以来。 数ヶ月悩んでたセレクトショップのカップが 頭の中からぽーいとすっ飛んでいって 男は早速、お土産にカップを買うことを考えている。] (26) 2021/10/30(Sat) 12:17:42 |
【人】 ろぼ先生 夏越 清正[行きたいところ、というのがパッと思いつかなくて んー、うーん、と清華の肩に手を置いたまま 悩んで唸ってしばし。] …………今度は、ビジホじゃないとこにしよ。 [インパクト大な女社長の顔が 至る所にあるあそこじゃなくて。 冗談半分、半分は本気。] (27) 2021/10/30(Sat) 12:22:05 |
【人】 ろぼ先生 夏越 清正[結局、今すぐ「ココ!」となる場所が思いつかなくて 少し時間をもらうことにした。 写真の撮影しがいある、映え、なところがいいかな。 今なら渓谷の紅葉が綺麗かな。 あーでもない、こーでもない。 PCとにらめっこしたり、 本屋で旅行雑誌を立ち読みしたり。 しかしいまいちピンと来ない。 その日の夜も、ノートPCを膝に載っけて真剣な顔をして。 不安定だと、椅子に座った手で太腿をぴちぴち叩くのは ]オリジナルにはない、桃農家の息子さんから移った癖。 (28) 2021/10/30(Sat) 12:30:54 |
【人】 ろぼ先生 夏越 清正[けれど翌朝、清華と朝食を取っている時に たまたまつけていたテレビの旅番組を見ていたら 画面にものすごいものが写った。 温泉の地熱ですくすく育った、 ものすごーーーく大きな、 もやし。 農家のおじさんの膝より大きく育ったそれは 正しくは「そばもやし」という、 スーパーで見かける「まめもやし」とは違うもの。 それにしても、でかい。 レポーターがそのでっかいもやしを使った料理を がつがつと頬張っている。 温泉があるとはいっても、それ以外何も無い。 だからもやしを栽培してみたのだという。 恐ろしく映えない光景だけれど、 なぜだか男は画面に釘付けになってしまった。] (29) 2021/10/30(Sat) 12:38:42 |
【人】 ろぼ先生 夏越 清正清華…………あれ、 [食べに行かない?と続ける。 場所は青森だから、朝早くに出なくちゃだけど 行って帰ってこれる距離だ。 清華はもっと華やかなところがいいだろうか。 でも、紅葉の山に囲まれて人も少ない場所で ゆっくり体と心を休めるのもいいかな、と。 もしそれでOKがもらえたならば いざ、もやしといやしを求めて 何もしない旅に出よう。]* (30) 2021/10/30(Sat) 12:43:33 |
【人】 ろぼ先生 夏越 清正食べたい、とは少し違うかな。 見た事ないじゃない、あんな大きいの。 [男も、オリジナルも、そこまで もやし好きではない、はず。 不思議そうに小首を傾げた清華に こてん、とこちらも首を傾げながら、男は言葉を探す。] 見た事ないから見に行きたい、が近いかも。 もちろん食べるのも楽しみだけどさ。 [知らないものを見に行って、触れたい。 普通はどうするべきかはともかく 自分の気持ちと向き合ってみたい。 そういう、気持ち。] (35) 2021/10/31(Sun) 9:21:17 |
【人】 ろぼ先生 夏越 清正[レポーターが美味しそうにパリパリ音を立てながら もやし炒めを平らげているが、その味は未知数。 テレビではもやし炒めのほか もやしをたくさんのせたラーメンを紹介していたがさて。 日が暮れると氷点下を下回るらしいから しっかり暖かいものを用意して 男は清華とともに北の大地に旅立とう。 新幹線とはいえ数時間はかかる道のり、 ガイドブックを捲りながら旅程を組もう。] もやしのある温泉地には ほぼ観光できるところないね…… 弘前駅のまわりを少し観光してからいこうよ。 [弘前城や、りんご公園、ねぶたを展示した資料館。 もう少し海が近ければホタテやイカなどの 海鮮にありつけたかもしれないが。] (36) 2021/10/31(Sun) 12:11:41 |
【人】 ろぼ先生 夏越 清正[都心から離れるにつれて、車窓から眺める風景は ビルの林が次第になだらかになって、 やがて畑の中に家が点在するようになり、 最終的には完全に森の中へと変わっていく。 その次々変わる景色は、カメラには収められない。 代わりに男はつぶさに記憶にとどめようとするように じっと景色を眺めている。 心做しか、北上するにつれて肌寒さを感じ 男は首元に巻いたマフラーに頬を埋める。] 青森っていったら、やっぱりりんごかな。 [また巡り会えた場所が桃農家だったのもあって、 男は何の気なしに、青森でも おいしいリンゴを探すのか尋ねようとするだろう。] (37) 2021/10/31(Sun) 13:36:29 |
【人】 ろぼ先生 夏越 清正[しばらく続いたトンネルの真っ暗闇が晴れると、 朱や黄に色付く木立が広がっていた。 花の盛りのような光景に魂を奪われしばし 黙って目を向けていたが、やがてまたその林がひらけ 赤く色付く果実を実らせた畑がちらほら見えてくる。] ね、りんごなってる! [山梨や、普段の景色と違う風景に歓喜する男は、 数十分後、目的地に着いた途端に 肌を切るような寒風の歓迎を受けることを まだ知らないでいる。]* (38) 2021/10/31(Sun) 14:02:09 |
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