#ハノイの塔

「わ、わっ。
　早速お出ましなんだね？」

ポケットからスパナを出し、ボタンひとつで巨大化し電気を纏う。
盾にもなり武器にもなるスパナは優秀だ。
とはいえ如何せん本人の戦意は足りてない。
敵は弱そうな送迎用グレイを標的にするだろうか。
最早天然の挑発である。

「あ、うん。どうぞ、殴られる分にはそんなに痛くないからね」

装甲を分厚く作られた男は、並大抵のことでは傷つかない自信だけはあるらしい。

#ハノイの塔

「横領罪って……、ここでの遺失物は戦利品なんだよね？」

それが攻略を有利に進めることもあるのだし、回収しておかなくてはいけないだろう。
ひょい、ひょい……。

「えーと布切れ……ハンカチっぽいな、これ
　あ、こっちには飲めそうなのが……あ、ラッキーだ。電子ソーダもってたよこのNPC」

#ハノイの塔

「なんだ、キミ攻撃も出来るんだね、イーサン」

えらいなーと言いながら、２・３人の暴徒を引き受けている。
本人的には何故か敵の的になってしまうという認識なのだが。
まぁ痛みには鈍いから問題なかった。

「そっちが終わったらこっちの方も頼むよ」

特攻などはないが、一応殴れば電気のデバフは与えることができるスパナで殴ったりしている。
強くはない。……が、敵の動きを阻害することは出来ているだろう。

#ハノイの塔

「わぁ、頭突きだ。
　僕も装甲だけは分厚いからやれないことはないかも」

いい子は真似しないようにしましょう。

「一体何があってこんな暴徒化したんだろうね？
　ストレス解消のため？あ、うん、そうだね、ゲームだもんね……」

荒事が苦手なグレイでもこれはストレス解消になるんだろうか？……わからない。少なくとも今のところストレス値に変化はないが。

#ハノイの塔

敵に殴られてる先で、赤髪のシングソンが何かを突き立てているのが見えた。
何をするのだろうと首を傾げたのもつかの間、

「！！！？？？？？」

ものすごい音が辺りに響く。
装甲は分厚くても、中身はナイーブな精密機械。
その部分に影響を及ぼす音波には当然強くはない。

「あはは。あ、頭がくらくらするねぇ？」

頭に強い衝撃を受けた時と似ているきがするよと、笑った。

#ハノイの塔

「僕は大丈夫だよー」

頭がくらくらはしたけれど、それだけだ。
むしろ今の攻撃のお陰で、暴徒の攻撃の勢いがかなり減った。
自分もスパナで応戦できそうだと、がつんと電気を帯びたそれで殴りつけている。
まぁ、あれだ。所謂スタンガンみたいなものなのだ、これは。

「それより、シングソンの喉の方が心配だよ。
　のど飴は持っているかい？あまり無理をしないようにね」

#ハノイの塔

「ただでさえキミは喉をやられてしまってるんだろう。
　武器にもするなら喉は大事にした方がいい」

大体の敵を処理し終わって、シングソンの傍に行くと、首を横に振られてしまった。
のど飴などは用意してないらしい。
とはいえ自分ものど飴を都合よく持ってなどいないから、どうしたものかと考えて。
せめてこれでもと、自分の水筒を差し出した。

「普通の烏龍茶だけど、ないよりはマシだと思う」

「……って、ええ。
　エスカレーターが動かないのかい？
　仕掛け、仕掛けか……」

何か困ったことになってしまったようだが。

#ハノイの塔

「あぁ、わかった。
　のど飴は探索のついでに探してみよう。
　離れ離れになるのは危険だから、全員で食品売り場に行こう」

バンドッグが食品売り場と言ってるのだから、いいだろう？と、得意げだ。
ついでではあるが、のど飴は見つけておきたい。

歌唱用であるグレイがなぜ喉を潰したのか。
それを僕は知らないし、それがストレスの元になっているのは確かだろうからこちらから今聞くことはない。
あまり気遣われるのは苦手なようではあるけれど、喉を武器とするならケアをしておくのだって大事なことだ。

「修理するにしてもあのNPCが邪魔で基盤を見ることも出来ないよ。まずは修理のためのギミックをクリアすることだよね、イーサンも一緒に」

そうしてその場を離れ食品売り場へ向かうことだろう。

#ハノイの塔

「ハッカキャンディか。
　シングソンはミント系はイケるクチかい？
　大丈夫ならせめてそれを舐めておきなよ」

そういうやり取りをしながら進む食品売り場。
その一角でなにやら仕事をサボっている制服姿の警備員。
すぐにバンドッグが男と会話をしているが、飲み物がほしいらしい。

「はは、なるほど。
　ラッキーだと思ってたけど、このイベントのためにあそこでドロップするようになってたのかな」

勿論構わないと、手にしていた電子ソーダを差し出す。
これで修理してもらえるなら御の字だろう。

#ハノイの塔

「イーサン一人先行しちゃったら危ないし、分断は危ないから迷ってしまいそうだな……」

このメンバーなら、一人にして危ないのはイーサンだから、イーサンを追いかけそうだ。
バンドッグとシングソンは戦闘スタイルの相性もいいだろうし。などとのんびり考えつつ。
シングソンの視線を感じて、にへらと笑って手を振った。勿論無傷ではないのだが、まだまだ元気そうである。

「バンドッグは看守用だし、規律正しいから気になるんだよね。
　仕方ないと思う」

用途に合わせた性格設定というのもあるだろうし、環境がそうしたというのもあるだろうし。
うんうんと頷く。じゃあなぜ自分はこんなにのんびりなのかと言うと、よくわからないが。

「そうだね、さっきみたいに有益なものが落ちてるかもしれないし、探すだけ探してからエスカレーターに向かおう」

ごそ……ごそ……。
知育菓子をみつけた。

#ハノイの塔

「え、何。何？」

エレベーターが直ったら上の階に行けるのではなかったのか？
NPCたちの様子が突然変わった。
言葉もおかしければ、どこか狂っているようにさえ見える。

巨大化させたスパナを構えて、困惑。
どうしてこんな事にと思うが、自分にできることは皆の盾になることしかない。
イーサンが巻いた粉薬を吸って、よし、と気合を入れた。

「あぁ、こっちの攻撃はできる限り引き受けるから、攻撃の方はよろしく頼むよ」

殴られるのは得意だが、殴るのはあまり得意じゃないんだ。
攻撃を受けてはスパナで応戦し、多少なりと相手の動きを阻害している。耐えてる間にどうにかしてくれれば助かると言ったところだ。

#ハノイの塔

「OK.　じゃあちょっと……大人しくしてて、くれよっ」


スパナを大きく振り上げ、首の付根を叩き、言われた通り2歩下がった。
強い電流が首に走り、数秒は動きが阻害されるから下がるのは簡単。

そして動きを再開させようとするエネミーに蛍光灯を当てるチャンスも生まれる。
下がってまたスパナを構え直せば、目の前で蛍光灯がクリーンヒットするエネミーを拝むことができるはず。

#ハノイの塔

「大事ないよー」

はは、と笑みを浮かべながら手を降っている。
流石に殴られ続ければ無傷という訳では無いが、大怪我はしていない。

「そうだね……。
　焦って進んで全員倒されるわけにはいかないし、一旦帰って報告と準備かな」

異論はないと頷いて、小さくしたスパナをポケットに仕舞った。
皆と一緒に安全に帰還したことだろう。