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世良健人は、今日も自転車を漕いだ。息が白い。表情は、希望に溢れている。 (c2) 2021/11/04(Thu) 21:16:20 |
【墓】 風雪 世良健人空き教室だった。人目に付く場所でやるのは憚られたからだ。 いつも人寂しくても談話室にいるのは、何か頼られることがあれば、と。 求められる側であるならと、そこにいた。けれども今は違う。 話は朝に戻る。 手の中にあるものを握りしめる。溢れた血を確かめる、けれど、痛みはなかった。 今までのように痛みを覚えるでもなく、その前に傷は吸い込まれるように消えた。 たしかに其れは、異能の進化した姿なのだろう。 だから、きっと。願って、希望を叶えようとしたのに。 そうは、ならなかった。 (+27) 2021/11/05(Fri) 20:38:48 |
【墓】 風雪 世良健人世良健人と世良風磨は、入学したときから一部では話題になっていた。 といっても、特別に彼らが目をかけられていたとか、有能だったわけではない。 新しい環境で生活していくにあたって、双子のサッカー部員というのはやや話題性があったのだ。 それは例えば全校生徒から、だとかいう大したものではない。 そのほとんどは同じサッカー部員や同じ一年のミーハーな女子によるもので、 つまり二人は、おおむねセットで扱われることが多かったのだ。 運動神経抜群で、空を飛ぶ異能を駆使してルールの範囲内でのトリッキーなプレイをする弟。 チーム全体のメンターとして働き、マネージャーとして治療の異能を使う兄。 サッカー部の中で二人の存在は必要なものになっていった。 一つのプレイにかける思いとしても、次の世代へ移り変わるにしても。 ヒーローめいた活躍をしてみせる弟も、縁の下の力持ちの兄も、 どちらもあるからにこその稲生学園サッカー部だと、そう思われるようになっていった。 二年の秋、ちょうど今から一年前。 異能格闘のメンバーに選ばれた風磨は、サッカー部としての練習に加え、 自らの異能を使った効果的なプレイを身につけるために日々研究に励んでいた。 当然体に無理を強いるような練習を続ける健人はそれを止めようとしたが、 「一世一代の大舞台かもしれないじゃん」と、風磨は隠れて練習を続けていた。 大会に向けて追い込みも兼ねた、練習試合の最中だった。 全力を出せるように打ち込んだ風磨は、後半あと少しでポイントを稼げるというところで、 "発作"を起こして倒れてしまった。 (+42) 2021/11/06(Sat) 15:59:50 |
【墓】 風雪 世良健人風磨は先天性の心臓病を患っていた。 健人も、サッカー部のチームメイトも、顧問も、もちろんわかっていた。 だからサッカー部の練習や試合では彼に無理をさせないように気を遣っていた。 兄に監督させ、練習の息抜きはしっかりと行わせ、体への負担を少なくさせた。 それを加速させたのは、異能格闘に選抜されたという期待だった。 きっと、嬉しかったのだと思う。選ばれたということ。認められたということ。 そして、一世一代の大舞台に、自分の全てを賭けられるかも知れないという、願い。 光り輝くような栄光への道に、体は耐えてくれなかった。 世良健人が医学部を目指すことを担任の教師へと宣言したのは、その頃だった。 年頃の男子らしい遊びに興じたり、こっそりゲームセンターへ抜け出したり、 女子となんとなく交友に勤しんでみたりする、そうした十代の若者らしさは抜け落ちた。 目標が出来てしまった。それが良いことかどうかは、他人にはわからない。 世良風磨は寮生活を止め、自宅での療養に専念した。 今は保健室登校の形になり、調子のいい時は教室での勉強も許された。 細かな手術のある前後は、入院のために登校さえ難しくなり、部活動は辞めたらしかった。 もともと双子で使っていた寮の部屋は、ひとりきりの部屋になってしまった。 不自然に空いた同室募集があったのは、そうした理由があったからだった。 ともかく、二年の秋、体育祭の前。一年前の風雪が。 二人の兄弟の行路を変えてしまったのは、かつてあった、小さな動きだった。 誰もが知ることじゃない。けれど、隠されたわけでもない。 よくある話だった。 (+43) 2021/11/06(Sat) 16:09:04 |
【墓】 風雪 世良健人異能を以て弟の病気を治すことは出来ないだろうかというのは、何度も試みたことだった。 小さな頃から、学園という場で異能の可能性を見てから、一年前のあの時から。 試みが実を結ぶことはなかった。複雑な病理の前では、異能の力は無力だった。 医者が言っていた言葉が何度も思い出される。 残念ながら、既存の方法を以て一定の回復を見ていくのがせいぜいでしょう。 特別に効果的な方法が開発されるそれまでは、今の彼の望みを可能な限りで優先させましょう。 可能な限りというのはつまり、過度な負担をかけたり、危険の大きい方法は避けるということです…… 地道な治療を続ける横で、地道な勉強を続けるのが償いであり、望みになった。 出来事は双子の人生を変えた。自分の力で歩み続けることが、希望への道だと知った。 けれどももしそれが覆せるものがあるのならば。 ちょうど感傷的になりかけた秋の頃、耳に入った噂は少しの誘惑として兄を揺さぶった。 もしも、自分の力に新しい芽吹きを得て、今まで出来なかったことが出来るようになったなら。 怪我や火傷ばかりではなく、病気さえも治せるようになったのなら。 そんなことはない、ないのかもしれない。そんなリスクに自分が賭けちゃ、意味がない。 わかっていても、健人の背中を後押ししたのはごく優しいひと押しだったから。 少しだけ信じてみようと、思ってしまったのだ。 薬を飲んで、一日、二日。 ゆっくりと花開くように、効果は表れたのだ。 (+44) 2021/11/06(Sat) 16:18:06 |
【墓】 風雪 世良健人朝起きて、カッターの替刃を折ったもので手のひらを傷つける。 握りしめれば傷が出来る。それはいつもどおり。なぞれば、傷は消える。それもいつもどおり。 それを繰り返して、繰り返して。日に何度も、一時間のうちに何度も確かめて。 今か今かと、効力が出るのを待った。何かの変化があることを待ち続けた。 握りしめた手のひらの中から痛みさえも消えた時、急いで自転車を漕ぎ出したのだ。 家に入り、まだ起き出してもいない家の中に駆け入って、弟の傍に駆け寄った。 叩き起こして手をかざし、何度も質問を重ねた。 違和感は消えたか。痛みはないか。いつもと変わったことはないか。 苦しくはないか、楽になったりしてないか、いつもと変わったことはないか。 無理を強いて説得をして、説明をして、病院にまで連れていかせた。 親にも、弟にも、保健室の先生にも拝み倒して、その日の予定を変えさせて。 困り果てた医者の返答としては、病状に変化はないと。 事情も話せないまま、けれども必死な形相の健人を見て、医者は優しく言ったのだ。 不用意な行動を叱りつけたりもせず、残念だけれど、と。 時刻は夕方に戻る。 午後からひとり登校して、なんでも無いようすの学校を見上げる。 正確にはもう少しばかり騒動に見舞われていたけれど、対処できない問題ではないようだった。 誰かの何かが変わって、手を差し伸べて、変化を抱きしめて明日へと歩んでいく。 そういう優しいものが、あったのだろう。 自分は、何も変わりはしなかった。 異能が進化を遂げても尚、痛みさえ治し切るほどになっても、無力なままだった。 (+45) 2021/11/06(Sat) 16:24:05 |
【墓】 風雪 世良健人からすの声がかあかあと降り注ぐ。 秋空が暗んでいくのは早くて、練習や外作業の生徒がばたばたと戻るのが聞こえる。 それでもなお、まだ何も変わらないのだ。自分に出来ることはなかったのだ。 暮れていく空が色を失っていくのが、夕焼けが熟れて黒くなっていくのが、 無性に苦しく、寂しい思いを胸に呼び起こした。 最初は腰掛けた机を蹴ったくらいだった。足先は痛みもなかった。 蹴り倒して、跳ねた足が自分の脚を掠めても、傷もなく痛みは感じなかった。 教室のスペースを空けるために組んで積まれている机を蹴ったら、崩れてしまって。 決して軽々ではない重みが顔を掠めても、傷はなかった。シャツが破れたのに。 机を両手で持ち上げて、思い切り叩きつけた。大きな音を立てて、パーツは外れた。 幸いネジ留めの部分が折れたくらいで、修復は可能そうだった。 けれども吹き飛んだ上側のパーツは壁を少し凹ませて、その勢いでジャケットとシャツを薙いだ。 普通だったら少しくらい切り傷のようになってもおかしくないのに、それもなかった。 思い切り叩きつけたにも関わらず手の痺れもなく、関節も柔らかく動いた。 なんにも手ごたえがない。なんにもならない。 何をしたって痛みも疲れも感じないし、何も変わりはしない。 それが無性に苦しいような、空しいような、どうしようもない心地を呼び寄せて。 三年生用の階、空き教室の静けさ。生徒たちの騒々しさのせいで、お互いに何も届かない。 空っぽで、息苦しくて。 だから、空き教室の窓ガラスを、思い切り叩き割ったのだ。 (+46) 2021/11/06(Sat) 16:32:36 |
世良健人は、素手でガラスを割ったのに、怪我一つ無かった。 (c35) 2021/11/06(Sat) 16:35:57 |
世良健人は、自分の道を見つけている。だからこれは少しの誘惑で、而れども少しは辛いのだ。 (c37) 2021/11/06(Sat) 18:30:53 |
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