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【人】 晨星落落 ヌイバリ青年は、端末の連絡を見て。 資料室で自分が被っていた毛布に刺繍を始めていた。 こんな時に何をと自分でも思ってしまうけれど、 こうしている間だけは、余計なことを考えずにいられる。 昔みたいだな、とだけぼんやりと思った。 デフォルメされた青い目の狐。 その傍に葡萄。猫。一番星。 大きな白い狼。薔薇。雪だるま。 モチーフも何もかも整合性のないばらばらなものたちを、布の上に写し取って。 皆が帰ってくるまで時間をつぶしていたことだろう。 (0) 2022/06/10(Fri) 0:07:22 |
【秘】 晨星落落 ヌイバリ → 篝屋に来た カジヤマ突然脳裏に響いた声に青年ははっと顔を上げた。 姿が見えなくなっていたあなたがようやく戻ってこれたのかとあたりを見回して、それでも姿が見えないことに気付く。 何を言おうかとはくはくと口を開け閉めしている間に、心中の声にならない声が返った。 『にーちゃん、リョウにーちゃん? はりーだよ。どこにいるの?』 もはやこの状況ならなんでもありだ。 意思疎通ができるなら無事なのだろうか、それとも端末の履歴に残っていた最後の連絡は。 そんなことが頭の中で巡った。 (-10) 2022/06/11(Sat) 8:02:46 |
【秘】 晨星落落 ヌイバリ → 篝屋に来た カジヤマ『そういう能力、っていうことなのかな。 本当になんでもありだな〜……』 でも、こんな状況では身体の安全確保ができていなければ行使は困難だろう。 気絶するように眠っているあなたの姿を思い出した。 どんな感覚なのか、視界なんかはどうなっているのか。 平時なら質問したであろうそれも今は捨て置かれた。 簡潔な質問責めに目を白黒させて、ひとつひとつ答えようとする。 あなたの質問がひととおり終われば解答をしようと脳裏に用意していたものが、最後の質問ではない言葉でがらがらと崩れた。 『 い……嫌だ、ダメだよそんなの! なんで、なんでっ、俺無事だよ、ちゃんと生きてるよ。 ちょっと疲れてるけど皆のこと待ってる!』 奈尾さんにはちょっといじめられたけど、もう痛くないし怪我もないよ。 ごはんはね、野菜とお肉と入れたお粥にすればにーちゃんも食べやすいかなって思うんだ。 会議室はいろいろあって今は資料室に移動してるよ。ちょっと埃っぽいけど、今は俺一人だから寂しいな。 ちゃんと生きてるって、なんだろう。 三十三さんがにーちゃんのこと探しに行ってるよ。 大丈夫だよ。 ぱらぱら、ばらばら。 言葉にしたかったものが崩れて散らばっていく。 (-24) 2022/06/12(Sun) 1:26:25 |
【秘】 晨星落落 ヌイバリ → 篝屋に来た カジヤマそうして崩れ落ちた言葉になれなかったものたちは。 青年の意思を代弁するが如く、能力として発現した。 毛布に包まれるような安堵、日向にあたためられるような心地よさ。 差し伸べられる誰かの手のぬくもり、午後の微睡むような穏やかさ。 あえて言葉にするならばそういった、あなたにとって心地よい感覚が伝わっていくだろう。 それらはすべて一瞬の儚い幻であって、 あなたがそうあれるようにと青年が願う気持ちでもあった。 (-26) 2022/06/12(Sun) 1:33:59 |
【秘】 晨星落落 ヌイバリ → 篝屋に来た カジヤマ『 わぁっ!? びっくりした〜……ちょっとは楽になった? なんか気持ち悪いとか、ない?』 これはあくまで強制的なもの。 あなたが望んだこととはいえ、外部から与えられたにせものだ。 声色にそういった色は見られなかったが、やはり心配にはなって聞いてしまった。 死んだ人と、という言葉に息を呑む。 誰と、何を。深く聞くほど踏み込む勇気はないけれど、少なくともこの状況下でそんなことができてしまったら。 帰りたくなくなるのも理解できてしまう。 理解できてしまうから、言わなければならないことがある。 青年はそのことをよく知っていた。 (-33) 2022/06/12(Sun) 16:55:51 |
【秘】 晨星落落 ヌイバリ → 篝屋に来た カジヤマ『 ……にーちゃんのアホ!バカ!バカ!! 死んだらとかさぁっ、弱かったからとか!何言ってんの!? 襲われたんだろっ、今怪我して辛くて、怖いんだろ! それがなんでにーちゃんのせいになんの、バカ!』 疲れていて、追い詰められていて、楽になりたくて。 それでもかっこつけたくて走っていって、弟分からは背中すら見えない。遠く、眩しく。 どうしてそれを笑えるだろう。 十年の隔りは、二人に不可逆の変化を齎している。 あの日にはどう足掻いたって戻れない。 とうの昔に枯れた花を求めて暗い土を剥がしたところで、その手に得られるものは何一つない。 それだって本当はお互い様だ。 泣いてない、泣いてない。 泣いてなんかやるもんか。 あなたがそう振る舞うことを自身に許していたとして、 その結果傷ついて泣くことを自身に許さない。 そんなことを、許してなんかやらない。 ぐるぐると目の奥が熱くて、喉の奥で押し殺したような音が鳴る。 『留守番させるんなら、帰ってきてよ。 帰ってこないのは留守番じゃないんだから……』 無茶苦茶なことを言っていると分かっている。 自分はここから抜け出して迎えにいくこともできない。約束しているから。 だからこれは、ただの弟分からのわがままだった。 (-34) 2022/06/12(Sun) 17:25:45 |
【秘】 晨星落落 ヌイバリ → 篝屋に来た カジヤマああ。 なぜだかその答えで、すとんと腑に落ちた気がした。 『はは、変なの。 もっと悪い使い方もできちゃうのに、こんな…… こんなのも、できたんだな……』 無意識下にある意思の具現化。 見えもしない、ありもしない敵に吠え続けるような気分だったのは、薬の影響もあったのだろうけど。 それでも、人に助けられて今ここにいるという事実は、青年にそれなりの影響を与えたのだった。 『あーっ、えっとね。 バカって言ったのはほんとにバカって思ってたわけじゃなくて、 ああえ〜〜……なんて言うか……』 詰められた知識も、あなたがそうなりたいと思って努力した結果なわけで。 そのものを否定するのではなく、たまに寄り道に誘う悪い弟分がいる。 それを思い出してくれただけで十分だと思った。 (-37) 2022/06/12(Sun) 20:08:53 |
【秘】 晨星落落 ヌイバリ → 篝屋に来た カジヤマ『そう、無駄にしないように帰ってきてな、にーちゃん。 こっちはそんなにひどくはないよ。 狭いし埃っぽいけど、皆帰ってきたら隠れられるように愛施…… あ、えーと、古後くんがバリケード作ってくれた。 だから今めちゃくちゃ秘密基地にいるみたいな感じ。 机とか椅子とか組み合わさってさ、面白いよ』 その程度には余裕がある状態だ。 今のところ。 早く昔になればいい。 体は未来に向かって生きていくから、 心だけは過去に埋めて生きていたい。 歩みの止まる足を叱咤しても、泥に埋まったように踏み出すことができない。 心と体が二つに裂けた狭間で、もう休んでしまいたい。 その気持ちは、悲しいほどに分かるから。 『……帰ってきたら、ちゃ〜んと聞かなかったことにしたげる!』 だから。 いってらっしゃい、また後で。 (-38) 2022/06/12(Sun) 20:20:31 |
【置】 晨星落落 ヌイバリ伊縫 玻璃にとって。 針は自らの境界を知るための道具だった。 たとえば、自分の指を一本たてて。 カラフルな待ち針を一本、その指に向かって突き立てる。 にんげんの皮膚は脆く、破れやすい。 あと少し力を入れればぷつりと傷ができて、真っ赤な血の玉があふれてくる。 そのほんの少し手前で均衡を保つと、痛みも、自分の気持ちも、 全部思い通りに、『意思』のままに支配下に置けていると――錯覚する。 ただ自傷するだけだと両親を心配させてしまうから、 大切な裁縫箱に全てをしまい込んで。 玻璃は壊れて戻らないものだった。 10年前のあの日、姉と友人の――瑠璃姉と、真珠さんからの手紙を皆に配った時に。 『皆への感謝の手紙だから、私たちがいってから皆に配ってあげてね』 その言葉を鵜呑みにして、任せられた仕事に張り切って配って歩いて。 自分への手紙を開けようと喜び勇んで家に帰った時には、もうすべてが終わっていた。 青年は、少年は、知っていたのに。 姉とその友人が何かに悩んでいたことも。 ラベルのない薬の瓶を、こっそり机に隠していたことも。 それを、『願いを叶えてくれる魔法の薬』と呼んでいたことも。 だから今も、手書きの手紙が嫌いだ。 (L1) 2022/06/12(Sun) 20:44:23 公開: 2022/06/12(Sun) 20:50:00 |
【置】 晨星落落 ヌイバリ守ってあげたかった。 皆を助ければ、取りこぼさなければ、今度こそ、 愛することを許されるはずだと信じて。 でもそれはとんだ勘違いで。 守るどころかずたぼろになって、助けてもらって、大泣きして、 そうして今ここにいる。 青年の指先は、 焔 を灯したかのように熱を持っていた。時間なのかな、と青年はぼんやり思う。 幾人かの人々の顔が脳裏に浮かんで、消えて、 誰かを泣かせるようなことにはならないといいな、と思った。 (L2) 2022/06/12(Sun) 20:44:56 公開: 2022/06/12(Sun) 20:50:00 |
ヌイバリは、目を閉じた。 (a7) 2022/06/12(Sun) 20:46:57 |
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