［額に手を当てられて、じわ、と体温が沁みる。>>96
　そう感じる程度には、熱が上がりきってる訳じゃない。］



　　　…… ヒートだとこんなもんだよ。



［呟くと、少し身体を横にずらして、
　惺が中へと入れるスペースを開ける。
　両腕広げてハグを強請ってもいいくらいには、
　身体は気怠くて、惺にくっつきたくて仕方なかったけど。
　俺の情緒はやや不安定だった。

　こないだ巣篭もりへのお誘いをかけた俺に、こいつ。
　あろうことか。
『きちんとお付き合いしましょうってこと？』って。>>-191
　それって要するに、俺らは現状
　って事なんですかね？？？？？

　第一に楽屋だったのと、第二に仕事を控えてたのと。
　『お前が好きっていうならSHOUは出来る限り続ける』とか
　しおらしいこと言ってたから、その場は不問にしたけど。］

［有名な老舗ホテルが運営しているレジデンスだから、
　部屋の作りはホテルによく似ている。
　柔らかいブラウンの木目調のドアを潜れば、
　同系色のソファーやテーブルが置いてある。

　定期的にクリーニングに入ってもらうし、
　オフでも部屋に籠もる時間が短いから、生活感は薄い。

　住んでる人間の色が出てるのは、ぎっしり詰まった本棚と
　大量のBDラック。あとは、街歩きしてる時に
　気まぐれに揃えたカラフルなオブジェがいくつか。

　最近増えたのは宇宙関係の本と、神宮の研究所のデスクに
　置かれていたシャトルのミニチュア模型。
　クランクアップの日に、記念にもらったやつ。］

［そこ座って、とソファを掌で指しながら、
　内心穏やかとは言えない。

　こいつが俺のこと好きなのは分かりきってる。
　だったら一体、どういうことなんだ？
　それでもきちんと末永くお付き合いするには、
　手に余るってか？

　俺は案外自制心が強いので、今日までは、
　なんか上手く伝わんなかったんだな。って
　自分に言い聞かせてやり過ごしてたんだけど。

　今の俺は、あれってどういう意味？って
　密室で問い詰めてやりたい気持ちと、
　何でもいいからくっつきたいって気持ちと、
　初めて一緒に居られるヒートを
　険悪に過ごしたくないって気持ちが、
　嵐のようにせめぎ合っている。

　あと身体が、純粋にもうしんどい。］

［ソファの背もたれに手を突いて、
　はぁ、と大きく息を吐く。
　代わりに吸い込む息に惺の匂いが交じり込んで、
　うっと息を詰める。

　……フェロモンにも、敏感になってる。］


　　お茶淹れる元気ないから、飲みたいやつ、
　　冷蔵庫から適当に出して。
　　色々入ってるから。


［ソファのすぐ隣に腰を下ろして、
　肩口に顔を埋める。］


　　……あと。これ、脱いで。
　　置いてって。


［キッチン行くなら。と惺が着ている上着の裾を、
　くいっと強く引いた*］

[圭吾さんは、"ことを荒立てるつもりはありません"と言っていたけど。

いや、これは相当に荒立てているのでは？
顔を合わせるなり、宣戦布告とばかり導火線に火を点けた爆弾を、この場の中央に落としているに等しいのでは？

両手を床につき、顔を伏せたままの僕は、全部言った、この人……と、初手の"結婚を前提に"の言葉に赤面し、"私の所に引き取りたい"まで、言いたいことをつらつらと言い切ってのけた圭吾さんの度胸の良さに、皆からは見えない角度で口角を上げてしまっていた。

ほんともう。
ほんともう、そういうところですから。

あなたはその我の強さで、家の名を捨て、一人でしたい事をするために、戦いながら生きてきたのだろうな、って。]
　

[────時は数分巻き戻り。

圭吾さんは三度目となる月嶺家。けれど初めて上がることになる表玄関から表座敷へと、共に足を踏み入れていた。

広々とした畳敷きの間は、磨き込まれた床柱と、黒漆塗りの長押が重厚さを際立たせている。

正面の床の間には、流麗な筆跡の古筆の書軸。その脇には松を描いた金屏風。
反射した障子越しの夏の光が、淡い金の輝きを室内に漂わせていた。

文化人の来訪、あるいは政治家財界人の陳情にと使われる月嶺邸最上級の間に、祖父と父母が既に着席していて。

他の親戚筋や門弟たちまでの姿は無いことには安堵しながら、畳に上がったところで圭吾さんと共に膝を折る。
視界の隅、姉がそっと座敷入り口に近い席に座するのが見えて。]

　澄夜、ただいま戻りました。

[正座して、圭吾さんと共に深く一礼。

そのまま卓前の座布団に上がることもなく、圭吾さんが、僕が耳にするのは二度目の"藤吾圭"を名乗るのを傍らで聞いていた。>>93

そのまま流れるように、"結婚を前提に"と言い出したことに、結婚？と目を見開いてしまったわけだけれど。]
　

[────嬉しい。いや嬉しいけどそこまでの話はまだ此方もされていないというか、え、一緒に住むとなればつまりそういうことにはなるのだろうけど、書類上のこととかそういったことはまだ全然何も考えていないし話してもいないわけで、え、結婚？……結婚？？？

動揺は押し隠し、プロ根性で顔色には出さなかったものの、逆に、口を挟むこともできなかった。

座敷に揃う誰もが言葉を失い、ただ、沈黙だけが広がって。

隣の障子越しにあるのは、白砂を敷き詰めた石庭だ。
その静けさを破るように、ししおどしが、"カ、コーン"と呑気な音を立てた。

あまりに場違いなその響きが、却って重苦しい沈黙を際立たせる。]
　

　
　…………ぁ、の、

[乾きかけた口を開きかけたところで、それより先、祖父がゆっくりと口を開いた。



声は低く、静かではあったけれど、一語一語に怒気を孕んでいると、否応無しに思い知らされる。
視線は僕へは刺さっていない、睨み据える眼差しは、圭吾さんだけを射抜いていた。



座敷の梁を震わせるかのように祖父の声が、響く。
伏せていた顔を持ち上げ、僕も祖父に相対すべく口を開いた。]
　

　お祖父様。
　僕は、月嶺の名を汚すつもりはありません。
　澄翔の名を捨てるつもりもない。
　澄翔としての務めは、決して疎かにいたしません。

　けれど、月嶺の血のためだけに、
　望まぬ番を結ぶことはしたくない。

　僕は、────圭吾さんと共に生きたい。
　願っているのは、それだけです。

[緊張に震える声で言い切った後、改めて頭を下げる。
許しを請うわけではなく。己の決意を示すために。

障子の向こう、再び "カコーン"と、ししおどしが鳴った。]*
　

──幕間──


[悠凛のマンションを訪れる数日前。>>97]


　親父、ちょと頼みが……。

[後ろから声をかけると、
首を少し回してこちらを見上げる親父。

かなり気恥ずかしいけど。
何か微妙にバレてるっぽいし。]

***

[──親父の目が笑っている。**]